◇FIGHT FOR YOUR LIGHT その3
ケイさま作


「本当にこんな山奥に寺なんかあんのかよ・・。」
乱馬は奥深い山道を一人歩いていた。
すでに山に入って数時間。しかし、未だに彼は目的地に辿り着けずにいる。


「哭竜寺?なんだそりゃ?」
「うむ。山中の隠し寺だ。」
それは、乱馬が削夜との再戦へ向けての修行に悩んでいる時だった。
「オヤジ、そこに行って修行すれば強くなれるのか?」
「うむ。山中の隠し寺、哭竜寺に秘して伝わるという古流格闘術。わしが知る限りでは最強の流派だ。無差別格闘流の未来のためにも身につけて損はない。」
玄馬の提案はあまりにも唐突だった。
「しかしよ、わざわざ人里離れたところに道場がある流派だろ?そんなところに修行にいって、相手にしてもらえんのか?」
「それは心配せずともよい。」
「・・・わかった。どうせこのままやってても削夜のヤツには勝てそうもねえしな。・・・やれる事はなんでもやるしかねえ。」
「それでこそ、おまえだ。・・これがその寺への地図だ。・・頑張って来い!!」
「おう!!」
そう答えるが速いか、乱馬は出発の準備にとりかかり、その日のうちに天道家を発った。
乱馬がいなくなった天道家では早雲と玄馬がなにやらこそこそ話し合っていた。
「早乙女君・・。武門の後継者は強くなければいけないのは事実だけどさ・・。私はなにがあろうとあかねの許婚は乱馬君だし、無差別格闘流を継ぐのも
乱馬君だと思ってるよ。」
「うむ。わしもそう思うよ。・・だが、これは大事な試練だ。乱馬にとっても・・削夜君にとってもね。」
「・・だから、早乙女君は乱馬君を哭竜寺へ送り出したのか・・。だけどあそこの修行は恐ろしく過酷だよ。・・乱馬君、大丈夫だと思うかい?」
心底心配そうに早雲が尋ねた。
「あやつはわしの弟子にして息子だ。この程度で潰れるほどヤワではないさ。」
「そうだね。それに、こうなったら信じるしかないか・・。」
「うむ。・・そうだ、哭竜寺の師範に連絡を入れなければ・・・。」
玄馬は受話器を取ると、旧式のダイヤルをくるくるとまわした。
(もしもし・・早乙女です・・・削夜君は・・・乱馬をそちらに送りました・・はい、予定通りです・・・・・・・・・・)


「ちっきしょう・・この地図間違ってんじゃねえか?」
一方、天道家でなにやら企みが企てられている事などつゆ知らず、乱馬は道に迷っていた。
「・・良牙の気持ちがちょっとわかっちまったぜ・・。」
そんなことを呟きながら、乱馬は道なき道を歩き続けている・。
かなり勾配の厳しい山道は乱馬の体力を容赦なく奪う。
(一休みするかな・・・・・!!)
乱馬が堆くつもった落ち葉に腰をおろそうとした時、乱馬の五感は異様な気配を察知した。
(ふたり・・三人・・・三人か。)
雪の混じった風に運ばれてきたのは、乱馬を監視する数人の気配。
(哭竜寺の人間か?・・それにしては・・。)
そう。それにしてはおかしい。先ほどから途切れ途切れに乱馬の警戒をあおるこの感じは殺気だ。
「来る!!」
森に充満した殺気が一気に動いた。
木々のこずえの裏に微かな人影が走る。
「だれだてめえら!!」
乱馬の声が聞こえないかのように、三人の人影は乱馬にむかって距離を詰めてきた。
「シャアア!!」 「ソイヤア!!」 「テエイ!!」
木々の中に男の声が響く。
だが、男たちの拳が交差した位置にすでに乱馬はいなかった。
目にもとまらぬスピードで男たちの視界から姿を消し、後ろに回りこむ。
「あんたら哭竜寺の人間か?・・随分手荒い歓迎だな。」
男たちは突如後ろに回り込まれた事に狼狽し、大慌てで再度攻撃を仕掛けた。
「別に俺はあんたらとケンカしにきたわけじゃ・・。」
だが、男たちは攻撃の手を休めない。乱馬との実力差は三対一でも明白だが。
「しゃあねえな・・。」
そう言うと乱馬は一人目の男の後ろに回りこみ、首筋に手刀をいれた。男は力なく落ち葉の中に倒れこむ。
そして、二人目の拳を避わし、頭側部に廻し蹴りを叩き込んだ。おとこは小さくうめき、同様に倒れこんだ。
「んで、あんたで最後だけど・・。もう止めない?別に俺はケンカしにきたわけじゃないんだからさ・・。」
最後に残った男は一瞬、狼狽したが、
「流石は師範の客人ですね・・。我々が三人がかりでやられるとは・・。隙あらば倒してやろうと思っていたんですがね・・。」
男は白と黒の道着を身に纏い、帯の変わりに縄をまいたいでたちだ。中国系の拳法のスタイルである。
「それでは、哭竜寺へご案内いたします。私の後についてきてください。」
そういうと、男は倒れたふたりを揺り起こし、歩き始めた。
寺はそこから小一時間ほど歩いた位置にあった。
しかし、その道は複雑を極め、さしもの乱馬の方向感覚にも狂いが生じている。
「寺の周りは迷路のように木々が生い茂っています。迷い込んだら出られませんのでご注意ください。」
男がそういった直後眼前に寺院らしき建物が現れた。
よく見ると、かなり大きく、しかも年季のはいった建物だ。
「師範がお待ちです・・。どうぞこちらへ。」
男はそういうと乱馬を寺院内に招き入れた。
古びてこそいるが、かなり立派な建物だ。装飾の類は何もないが、一種独特な優美さがある。
「こちらへ、中で師範がお待ちです。」
男は襖をあけると、乱馬に中に入るよう促す。
そして、乱馬はその部屋踏み込む。香の強い匂いがはなをついた。
「早乙女乱馬君だね・・。哭竜寺へようこそ。」
大きな仏壇の前に座り込んでいた老人が言った。
年の頃、七十ほどだろうか。年の割には若々しく見えるがそれでも紛うことない老人である。
背丈も百五十センチあるかないかの温厚そうな老人だ。
「わしが、哭竜寺師範、兵藤隆三(ひょうどうりゅうぞう)じゃ。よろしくの。」
老人は顔全体を嬉しそうにほころばせて乱馬を出迎えた。
「はぁ・・早乙女乱馬です。」
乱馬は正直拍子抜けしていた。先ほどの弟子も乱馬には及ばないとはいえかなりの手練だ。
その師匠たる人物がこんな枯れ木のような老人とは、にわかには信じがたい。
「ほーほっほっほっほ。なーんじゃなんか浮かん顔し取るのお。」
「いえ・・別に・。」
「隠さんでもええ。隠さんでもええ。わしがあーんまりジジイじゃからがっくりきとるんじゃろ?初めてわしに会うヤツはみーんなそうじゃ。
イカンのお。物事を外見で判断してはのぉ・・。」
「はぁ・・。」
「なんじゃ、やっぱりおぬしも信じとらんな?・・・・ヨシ!!立ち会うか!!」
乱馬は正直面食らった。立ち会うとは真剣勝負の意。
こんな老人と真剣勝負などしたら、下手をすれば自分は殺人者になってしまう。乱馬はそう思った。
「ヨシャ!!来い!!乱馬君。」
老人は立ち上がるとポンと手を叩いて、乱馬を促す。
その瞬間、乱馬は背中を何か冷たいものが流れていく感覚を感じた。
まるで、幽霊にでも出会ったような、実態を感じさせない恐怖。磨き上げられた乱馬の六感はそんなものを眼前の老人から感じ取っていた。
(用心しとくか・・。)
乱馬は心の内でそう呟くと、老人との間合いを一気に詰めた。
それこそ、常人の目では追えないほどのスピードで。そして距離が十分に詰まった瞬間、老人に向けて正拳突きを放った。
だが、乱馬の手に手ごたえは全くなかった。
「ほいさっ!!」
老人の掛け声が耳に入ったその瞬間、乱馬の視界は一回転した。
(なんだあ?)
状況が全く掴めないまま、乱馬の身体は重力に引かれるがままに落ちていく。
「がはっ!!!!」
床の鳴る轟音が鳴り響いた。
「ほら言ったじゃろう?これが極めるっちゅうこっちゃ。乱馬君。」
「すげえ・・。」
叩きつけられた激痛は勿論あったが、それ以上の興奮が乱馬の心に生まれた。
「なにがどうなってブン投げられたのかはわかんねえ・・。でもすげえ!!」
「やーっと納得したかい。いったじゃろう?わしはスゴイんじゃよ。」
老人は大分しわが刻まれた顔をさらにくしゃくしゃにして高らかに笑った。
「ジイサ・・いや、兵藤師範!!。」
乱馬は痛む身体を起こして、正座を組むと頭をたれた。
「ぜひ、その技をおれに教えてくれ!!」
「なんじゃ、急に杓子定規になりおって。ジイサンでいいわい。・・そーじゃのう、まあしばらくはここで弟子として修行してなさい。話はそれからじゃ。」
「わかった。たのむぜジイサン。俺は一月以内に倒さなきゃならない奴がいるんだ。」
「ほっほっほ。まあ、がんばりなさい。・・それと、もう一つ。玄馬君に聞いたんじゃが、おぬし、呪泉の呪いで女に変身する体質じゃそうだな。
なるべく、寺の中で変身するでないぞ。この寺は女人禁制じゃからの。」
「オヤジを知ってるのか?」
「わしゃ、なんでもしっとるわい。」
ケタケタと笑いながら老人は言った。
「よくわからんジイサンだ・・。」


その日から乱馬の修行が始まった。
寺の修行メニューはかなり過酷なものだ。
回山奉山行(山の中を走る、山中フルマラソン)に始まり、座禅、そして、武門の一派としての修行。
哭竜寺の弟子たちはそれぞれがかなりの強さを持っているのでかなり厳しい稽古だ。
だが、乱馬にとって一番辛かったのは
「げー!!!なんだよ、飯ってこれだけか?」
食事の膳にのぼったのは、一膳の粥と僅かな青菜のみ。
乱馬ならずとも健康な人間なら」まるで足りない量だ。
「文句いうんじゃありません。粥に十種(とくさ)の効能ありです。ありがたく頂きなさい」
場を取り仕切る修行者に一喝され、乱馬は仕方なく、粥を飲み干した。
「・・・全然足りねえよ・・。」
乱馬は小さくそう呟いた。

まあそんなこともあったがそれから二週間、乱馬の修行は続いた。
修行者たちにも乱馬は暖かく受け入れられ、充実した修行の日々が続いていたが、乱馬はずっと考えていた。
これでもまだ、削夜の実力には追いついていない。
「ジイサン。おれはこの二週間の修行で確かに強くなったと思う。だが、まだ足りねえ。俺が倒したい相手。兵藤削夜の力にはまだまるで及んでいねえ。
頼むジイサン!!おれを強くしてくれ!!」
乱馬は最初に訪れた部屋で、老人、兵藤師範に訴えた。
「そうじゃな・・。そろそろだと思っていたわい。」
「ジイサン、俺に直に稽古つけてくれるのか?」
「そんなことをしても無駄じゃ。今のおぬしにわしの技を教えても身に付くわけがない。」
「何故だ?」
乱馬が憮然と聞き返す。
「おぬしは精神的に未熟すぎる。今のおぬしに技を教えても、生えたばかりの芽にバケツで水をやるようなもんじゃ。」
師範ははっきりと言い放った。
「・・そうかもしれねえ。でも俺は負けるわけにはいかねえ。・・失いたくないものがあるんだ。たのむ!!ジイサン!!ムダでもいい!!おれを鍛えてくれ!!」
「うむ。・・・手っ取り早く精神を鍛える方法がある、と言ったら、おぬし、どうする?」
兵藤老は少し、くぐもった声でそう言った。
「そんな方法があるのか?もちろんやるぜ!!」
「二度と闘えなくなるかもしれない・・・といってもか?」
「・・・ああ。」
乱馬は真っ直ぐに兵藤老を見つめて言った。
「・・そうか。その方法は呆れるほど簡単じゃ。精神鍛錬を目的とした仏門最大の行。それは死ぬ事じゃ。」
「ちょ・・ちょっとまってくれジイサン。死ぬって・・どういうことだよ?」
「厚着して、わしについてきなさい。」
そう言うと兵藤老は山の中へ向かって歩き始め、数分歩いた先で立ち止まった。
「これが、寺の名前の由来。哭竜洞じゃ。」
兵藤老が指差した先にあったのは高さ二メートルほどの口を開いた洞窟。
その入り口には鋭く割れた岩が立ち並び、さながら竜の口のような様相を呈している。
そして、さらに圧巻なのは、つよく吹き込む風が、洞窟のなかで反響し、まるで竜が哭いて(ないて)いるようだ。
「・・すげえ。」
「圧巻じゃろ?この洞窟は代々、兵藤家の祖先・・哭竜寺の主が修行に用いたものじゃ。この洞窟は奥に入れば完全な闇。つまり、死を体感できる。
その闇夜に三日間己を置き、精神を鍛えるわけじゃ。・・だが、心が弱ければ壊れてしまう。」
「・・・・。」
乱馬はごくりとつばをのんだ。確かに、洞窟の奥には完全なる闇が巣食っている。
「どうする?きめるのはおぬしじゃ。」
「やるぜ。三日間のまず食わずは辛いけどな。・・それと、一つ聞きたいことがあるんだ。ジイサンあんた兵藤って言ったよな。
それに最初に喰らったあんたの技。よく似た感じの技を喰らった事がある。ひょっとしてあんた削夜の・・」
「その話は君が無事に帰って来たらじっくりとしよう。」
「わかった。・じゃあいってくるぜ。」
「乱馬君、己を見失うなよ。「己こそまこと得がたきよるべなり」中国の拳法につたわる言葉じゃ。自分を信じろ!!そうすれば未来は開ける!!」
「ああ。ありがとう。ジイサン!!」
そういうと乱馬は洞窟の奥へと足を踏み込んでいった。試練は佳境を迎えている。


(兵藤じゃ。乱馬君は哭竜洞へ入った・・。無事に出てこられる保障はないが、本当によかったのかね?)
寺に備え付けられた古臭い黒電話で、兵藤老は玄馬に電話をいれた。
(はい。わしはあいつを信じていますので。)
(そうか・・じゃが、許婚の娘にはこのことは話さぬ方がよいぞ。いらぬ心配はかけるものではない。)
(はい。もちろん、あかね君にはこのことは・・

「黙ってたわけね、おじさま。」
後ろから高い声が響いた。
「あ・・あかね君!!いや・・その・・これは。」
後ろからあかねに電話を聞かれていたことに気づき、玄馬はうろたえる。
「心配ないわ。どんな試練だろうと乱馬は絶対に乗り越える。わたしは信じてるもの。心配なんかしないわよ。」
「そうか・・つよいな。あかね君は。」
「ええ。心配なんかしないわよ・・。」
あかねは少し微笑んだ。
(信じてるわよ・・乱馬。)
あかねは自分の迷いを殺すようにそう呟いた。



つづく




Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.