◇FIGHT FOR YOUR  RIGHT その1
ケイさま作


「疲れた・・・。 」
彼は歩いていた。かなりの疲労が体を覆っていたが、それでも彼は歩いていた。
いかつい体に巨大なリュックをしょって。
「・・・どこだよ・・天道道場って・・。」
擦り切れたジーンズにかなり着古された上着。どうやらファッションには無頓着な男らしい。
「腹減った・・。でも金ももうないし・・・。早くなんとかしないと行き倒れるよ・・。」
彼はそんな事をぼやくと路肩に座り込んでしまった。どっかりと重いリュックも投げ出す。
「はぁ・・・。」
だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!
一息ついた彼の耳に数人分の足音が響いた。というよりも響き渡っている。自転車の音も混じっているようだ。
だだだだだだだだだだだだだだっだだだだだだだだ!!
足音との距離は次第に近くなっている。

「乱ちゃん!!まちい!!」
「乱馬!!逃げる良くないね!!」
「お待ちください!!乱馬さまぁぁ〜!!」
「冗談じゃねえ!!」
秋の静寂を粉々にしながら、今日も乱馬はシャンプー、右京、小太刀の三人娘から必死に逃げていた。
乱馬も兎に角必死で逃げる。普通の人ならあっという間に振り切ってしまう乱馬の足だが、この三人が相手では必死で逃げても距離はまるで開かない。
もちろん、前後を気にする余裕などあるわけも無い。
ぐしゃ!!
「ぐえっ!!」
乱馬の足元で何かがつぶれたような感触があった。そして悲鳴も聞こえたような気がした。
(ん?なんか踏んだかな?)
乱馬は少し気になったがとりあえずその場は確認する余裕などあろうはずもない。
「乱馬待つよろし!!」
ぐちゃ!!!
「がはっ!!」
(なにか踏み潰したあるか?・・まあいいね。)

「・・・なんなんだ?一体?」
彼は背中と頭に自転車のタイヤの跡と足跡をくっきりとつけながらどうにか立ち上がった。
「あいたたたた・・。なんなんだよ・・・もう。」
そう呟きながら彼はボロボロに汚れた服をパンパンと払った。だが悲劇はまだ終わっていなかった。
「逃がさんで!!乱ちゃん!!」
「少々手荒いですけど、これも愛ですわ!!乱馬様!!」
ワンテンポ遅れてやってきたのは小太刀と右京だった。
そして彼女たちは人影を見つけるやいなや、何のためらいも無く「手荒い方法」を行使した。
もちろん、それが乱馬だと確信しながら。
そして彼女たちの手から放られたのは勿論、「黒バラ爆弾」と「お好み焼きヘラ」である。
(えっ?なに?なに?バラ?ヘラ?えっ・・・・・・・ぎゃあああああああああああああ!!)
どかん!!ざくざくっ!!
爆音とヘラが突き刺さる音が響いた。・・・合掌・・。
「あら?乱馬さまじゃありませんわ!!」
「人違いか?そらすまんことしたわ。」
「そんなこと言ってる場合ではありませんわ。シャンプーに先をこされてしまいますわよ?」
「そうや!!シャンプーのやつは自転車なんや!!・・急ぐで!!小太刀、」
そして二人が走り去った後に残ったのはボロボロの男が一人だけだった。
「・・・な・・ん・・だってんだ?・・がはっ・・・・。」
ばたっ・・・・。
そして彼の意識も現世から引き離されてしまった。いや・・死んではいないけど。
「ちょっとあんた達!!いいかげんに・・・。」
さらにワンテンポ遅れてやってきたのはあかねだ。
「あら?・・・・どうしたんですか?」
あかねは倒れている男に気がついた。そしてあかねの目に飛び込んできたのは
背中に刺さったヘラ×3+背中の自転車のタイヤ跡+爆風を食らったように(実際喰らった)ボロボロの服+頭の足跡・・・。
「・・・やっぱり乱馬達のせいみたいね・・・はぁ・・・。」
あかねはやはり責任の所在(の一部)は乱馬にあると判断した。
「・・・仕方ないか・・。よいしょっと・・。」
あかねは自分の二倍程もあろうかという男を担ぎ上げた。流石は格闘一家の娘といったところであろうか。
「・・・重い・・・。」
こうして彼はあかねに担がれるというなんともはや情けない状態で天道家に担ぎ込まれる事となった。
この時点では彼が無差別格闘流を存亡の危機に陥れるとは誰も思いもしなかっただろう。
その日は少しばかり騒がしい、それでも平和な秋の日だった。



がつがつがつがつがつがつ・・・・・・。
「沢山召し上がってくださいね・・・。」
かすみさんがおっとりと言った。
がつがつがつがつがつ・・・・・・。
天道家の居間に無遠慮に飯をかっ込む音が響いている。
「・・・ぷはー・・・。すいませんね。ご飯までご馳走になっちゃって・・・。なんせここ数日水しかのんでなかったもんで・・・。」
飯をかっ込んでいたのは先ほどあかねによって天道家に担ぎ込まれた男だ。
「いいえ・・・。こちらこそすいません。ほら!!乱馬も謝りなさいよ!!」
あかねが気まずそうにしている乱馬を促した。
「・・・すんません・・。踏んづけたの気づかなくて・・・。」
「あはは。気にしなくてもいいですよ。お陰で美味しいご飯にありつけたんだから。どうせあのままだと行き倒れだったしね・・。ははは。」
彼はニコニコと持ち前の恵比寿顔をさらにほころばせて笑った。
「・・・でもどうしてあんな所をそんな大荷物持ってあるいていたんですか?」
男の持っていたどう見ても場所柄不似合いなリュックを横目で見ながらあかねが尋ねた。
「・・・いや、この辺で天道道場って所を探してたんです。・・・ひょとしてどなたかご存知ないですか?」
男の応えに乱馬達や、早雲と玄馬。それに遠巻きに様子をみていたなびきまでが一瞬唖然とした。
「いや君、どこっていうかここが天道道場だよ。」
「・・・え?」
「いや、だからウチが天道道場だってば。」
早雲がもう一度言い直した。
「・・・そうだったんですか・・・まいったなあ・・・。」
「一体、どうしたんだい?」
「いや・・・・・・・・・・、実は俺・・・・道場破り・・・・なんですよ・・・ねぇ・・。」
男は歯切れ悪そうに続けた。
「・・・つまり・・一番強い人と勝負して・・で、看板とられたく無かったら金払いな・・っていうのが俺の飯の種なんですよ。」
「へぇ・・。どうりで大荷物だと思ったら、修行の旅ってわけか。」
乱馬が口を挟んだ。
「・・・全然驚かないんだね・・。」
男は少し驚いたようだ。
「ウチは道場破りは年中行事だからね。それじゃあ乱馬君と勝負するかい?・・もっとも看板は賭けないけどね。」
早雲が言った。
「そりゃあ、何ぼなんでも飯をご馳走になった家に看板を賭けろとは言いませんよ。でも、修行ですんで勝負してもらえますか?」
「ああ。いいぜ。」
乱馬が応えた。
「君がこの道場の師範代なのかい?」
「師範代?・・まぁそんなもんかな?」
「うむ。道場主は私だが、今一番強いのは乱馬君だよ。」
早雲が補足した。
「ん?そういえばまだ名前を聞いてないね?」
「あ・・そういえばまだ名乗っていませんね。俺は削夜(さくや)。兵藤削夜っていいます。・・・あ、ちなみに18歳です。」
「変わった名前だね。で、私が天道早雲。この道場の主だ。こっちが、娘のかすみとあかね。それと・・・なびきはいないのか。
そしてこちらが居候の早乙女玄馬君だ。そして、その息子で無差別格闘流二代目の乱馬君だ。」
いつのまにか、なびきは何処かへ行ってしまったようだ。金にもならない来訪者など彼女にとって興味の対象ではないのだろう。
「へえ。随分たくさんいらっしゃるんですね・・。」
「それじゃあ早く道場行こうぜ。」
乱馬が削夜を促した。格闘家の血が騒ぐらしい。
「ちょっと乱馬・・。」
あかねだけが不安げな表情を浮かべていた。


「へぇ・・立派な道場だな〜。」
道場に足を踏み入れるなり、削夜は驚嘆の声をあげた。
「そうか?他の道場はあんまり見たこと無いからわかんないけど・・。」
「凄い立派だよ。大体、最近は一軒道場を持っている道場は珍しいよ。大抵はビルの一階を借りたりしてる事が多いのに。」
「ふ〜ん・・。そうなのか・・。」
乱馬は格闘技界の現状などにはあまり興味は無いようだ。
削夜はおもむろにリュックを開くとボロボロの帯で括られた道着をとりだした。
その道着もところどころ擦り切れていて、帯にいたってはもともとは真っ黒だったのだろうが、擦り切れて灰色に近くなっている。
「ほお・・鍛えこんでるねえ・・。どんな格闘技をやってたんだい?」
早雲は少し感心したように聞いた。
「ガキの頃は柔道・・。それから空手。最近は拳法ですかね。」
乱馬と削夜は道着に着替え、ストレッチを始めた。
「それじゃあ始めようか?」
「ああ、いつでも構いませんよ。」
削夜が応えた。
「俺もいつでも大丈夫だぜ。」
乱馬も応える。
「それでは、お互いに礼!!」
早雲の号令で、二人は適度な距離をとったまま礼をする。
格闘技は礼に始まり礼に終わるのだ。


「さて・・始めるかい?」
削夜はそう言うと、ゆらりと構えを取った。
右の腕を僅かばかり前に突き出し、タンっと足を一つ踏み鳴らす。
「ああ・・。」
乱馬の応えが途切れるその刹那、削夜は一足飛びで乱馬に迫った。
「セヤッ!!」
低く鋭い咆哮が響く。顔面の直突き・・・それも、狙いは人中(鼻の下の急所)。
おそらく、直撃すれば命すら危険に晒されることであろう。
だが、この程度の不意打ちを喰らう乱馬ではない。両の腕を鋭く交差させ、打突を受け止める。
「人のよさそうな顔して・・・不意打ちとは・・恐れいったぜ・・。」
組み合った姿勢のまま乱馬が呟いた。
「だぁっ!!」
乱馬がその姿勢のまま、削夜を一気に左右に揺さぶる。
「・・・あの程度の不意打ちなら・・喰らう方が悪いさ・・。」
元来の恵比須顔に微かな闇を浮かべて削夜が呟いた。そして一歩後ろに引き、乱れた構えを取り直す。
「・・・けっ・・今度はこっちからいくぜぇ!!」
今度は乱馬が一気に詰め寄った。
「だだだだだだだっ!!」
無数の突きが削夜を襲う。
だが、その突きはことごとく削夜に挫き落とされた。
(・・・いってえな・・。)
挫き落とされた左右の手が痛む。削夜はただ打突を挫き落としているだけではない。
その本来なら防御の動きの一つ一つが鋭い刃のように乱馬の両腕を襲っている。
激痛で、乱馬の動きはしだいの滞り始めた。
「・・・・こんなものかい?早乙女君・・・。拍子抜けだな。ここらでは一番の腕だと聞き及んでいたのだがね・・。」
「・・・なんだと?」
「ひょ・う・し・ぬ・け・だって言ったんだよ。」
削夜のこの言葉は乱馬を激しく激昂させた。だが、こと闘いにおいて一つだけ確かな法則がある。
それは、己の心を抑えられぬ者に勝機はないということだ。
「ふざけんなっ!!!!」
乱馬は怒りに任せて削夜に飛び掛った。蹴りが空気を裂く音が響く。
「ふふ・・・まだまだだね。」
乱馬の渾身のとび蹴りは削夜の体には届かなかった。
削夜の右の腕がその足をやすやすと跳ね飛ばしたのだ。そして体勢を崩した乱馬の体は空中で削夜に捕らえられた。
右の腕で長袴の渡りを掴み、相手の体を丸ごと持ち上げる、「掬い投げ」だ。
「・・・・なっ?」
乱馬の視界が上下逆転した。
「セエエエエッ!!」
バガッ!!
「がはっ!!」
削夜の声、床の轟音・・・そして乱馬の悲鳴。
「・・・・意識はあるかな?」
立ち上がった削夜はぽんぽんと乱馬の体を叩いて言った。
「・・・・が・・・ちきしょ・・う・。」
乱馬がやっとの思いで、言葉の一つを絞り出す。
「・・・感謝してほしいね。今の投げはきちんと柔道ルールで投げてあげたんだから。顔面から叩き落せば今ごろ君は話も出来なかったはずだ」
「・・・くっ。」
「さて・・・。まだやるかい?」
削夜は尋ねた。
「あ・・・あたりめえだっ!!」
乱馬は痛む体を無理やり立ち上げた。
「そうかい・・・。」
その瞬間削夜の足が風を切るように動いたのを乱馬は見た。
眼前に舞い飛ぶ火花。そして乱馬の意識は闇のみ込まれる。
意識が遠のく刹那、あかねの叫び声が聞こえたような気もする。

どうやら平和な秋の日は終わってしまったらしい。



つづく




作者さまより

久しぶりに投稿します!!
今回は某格闘漫画に大きく影響を受けた(笑)本格格闘小説(?)です。
とりあえず、第一回は乱馬君やられちゃいました・・。でも巻き返しは必ずありますので・・乱馬ファンの方怒らないで・・。
かなり自分の趣味嗜好に偏った作品なんで面白いかどうかは解かりませんが、何作かに分けて投稿しようと思っています。
よろしければ、最期までお付き合いください。



 かつて一之瀬がケイさまにリクエストした「格闘物」の作品です。

 ケイさまは柔道を嗜んでおられるそうなので、格闘シーンは本格的な描写が盛りだくさん。
 さあ、格闘家、乱馬はどうなるでしょうか?このまま引き下がるわけはないので、大波乱は必至であります。
(一之瀬けいこ)


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