◆桜
kawachamonさま作


 キラキラーー。陽射しの音が聞こえてきそうな春の日。天道家の縁側にあかねは腰掛けていた。
「あったか〜い、気持ちいい〜。桜餅はおいしい。」
そうひとりごちて大きく伸びをする。

 天道家の庭は広い、池がありその脇には大きくはないが桜の木もある。
 桜餅を食べながらあかねはお花見を楽しんでいるはずだった。
「バカ乱馬・・・。」

 ”桜が満開になったら桜屋の桜餅を食べながら一緒にお花見をしよう。”
 そういってくれたのは乱馬の方だった。
 いつもはシャイな彼、滅多にあかねを誘うことなどない。
 きっと勇気を振り絞っての言葉だったろう。
 あかねもそれがわかるからその気持ちがとてもうれしかった。
 なのにその彼の姿は横にない。おそらく今頃町中を逃げ回っているのだろう。

 今日は待ちに待った満開の日。
 おまけに家のみんなは年に一度の町内会のお花見寄り合いで全員留守をしている。
 天道家は知っての通りの大家族、二人きりになれるなんてめったとない。
 絶好のラブラブお花見日和に二人して桜餅を買いに出かけたまではよかったのだが、その帰り道、三人娘につかまってしまいいつものごとくおっかけごっこがはじまってしまった。
 桜餅をかかえひとりとり残されたあかね。
”こんなはずじゃなかったのに・・・”
”いつものことじゃない・・・”
 相反する二つの言葉が交差する。一人で帰る帰り道、大好物の桜屋の桜餅さえむなしさを演出する小度具となりさがってしまった。


 縁側に座ってどれぐらいたったろうか、少し肌寒い、日も傾きかけた頃玄関のドアが開く音がした。
「ただいまぁ」
 疲れ切った様子の乱馬の声がする。
「・・・・・・・。」
 あかねは相手にするつもりはないといわんばかりに無視を決め込んだ。
「おい、あかね」
 背後に乱馬の気配。
「あかね・・・?」
 まるで小さな子供に話しかけるような優しい口調の乱馬。
「・・・。しょうがねぇなぁ。」
 今度は少し笑いがまじっている。
”何よ!もう!私はおこってんのよ!!”
 なおもあかねは無視し続ける。
 ふいに背中からあたたさを感じた。
”えっ?!だきしめられてる!?”
「あかねはほんとにかわいいなぁ」
 耳元で小さな小さな声でささやく乱馬。そしてあろう事かそのままあかねの頬にキスをした。
”・・・・・!!”
 決してもう無視を決め込んでいるわけではない。
 後ろから回された乱馬の腕や背中にふれる胸の体温にあかねは金縛りにあったのか動けないのだ。それどころか声だってでない。
「大好きだぜ・・・」
 とどめの一撃だった。あかねはもう息も止まりそうだ。
”なに?!なに?!なんなの!?乱馬、あんたなんでそんなに余裕なの!?今、あんたは私を抱きしめキスし、おまけに愛をささやいてんのよ!!どうしてそう冷静でいられるの?!”
 視界がクラクラする。
”もうダメだぁー!私、失神しちゃう!!キャーー!!”


 パチッ!!!目をあけると桜の木が横をむいて生えていた。いや、なんのことはない、あかねが横になっているだけだった。
”???私、苦しくなってたおれちゃったの???”
 事態を飲み込めないあかね。目をキョロキョロさせる。
 あたりはすでに夕闇おとずれていた。春とは言え頬にふれる空気はひんやりしている。
”あっ、私、お花見しながらで眠っちゃたんだ。さっきのは夢?なんだかリアルだったわぁ”
 そう思いながら体を起こす。
 パサッ。
 あかねの肩から何かが落ちた。
”チャイナ服・・・。乱馬?”
「おう、起きたか?」
 背後の居間から乱馬の声。
「あ・・・、乱馬。」
「今日はごめんな・・・。俺・・・」
すまなさそうに乱馬。
「えっ、いいよ。別に」
 ほほえんであかね。それは強がりではなかった。
 現実のような夢、それとも夢のような現実がそうさせたのだろうかなんだか昼間の事はホントにどうでもいいような気がしていた。
 ただ確かなのはあの時伝わって来た乱馬のぬくもり。
「ねぇ、乱馬。」
「うん?」
「眠ってた私になにかした?」
 できるだけサラリと問うてみる。
「べっ、べべべべべつに!!服をかけただけでそんな俺は何も、何もしてねぇよ!」
「あ、そう」
 思わずこぼれるあかねのほほえみ。
「乱馬、ありがと」
 素直にあかねは礼をいった。
「お、おう!」
 ぶっきらぼうに応える乱馬。しかしその顔色は桜色。どうやらこの二人も春爛漫。
 すっかり夜もふけた庭、天道家の満開の桜だけがそんな二人を優しくみつめているのだった。








素敵な情景の短編です。
春の風景。柔らかな日差しに浮かぶ、美しく咲き誇る桜の木の下の小さな幸せ。
この二人は桜の季節が終わっても、いつも「春爛漫」なのかもしれませんが・・・。
(一之瀬けいこ)



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