◇あかね色  後編
kawachamonさま作


 次の日からあかねの撮影は始まった。
といってもあかねは普段通りの生活をするだけ。
なるべく自然なあかねをとるため、
なびきは隠し撮りという方法であかねを撮影する事にしたからだ。
なびきの鍛え抜かれた隠し撮りの技術と最新鋭のカメラの望遠。
写真を撮られているどころか、気配さえ感じられない。
最初こそあかねも撮られているという意識だったが、
そのうちにそんな意識は薄れいつも通りの日々を送っていた。
歌やダンス、演技のレッスンも撮影の間は始めない。
自然なあかねを撮るため少しでも普段と違う事をさせたくないというなびきの考えからだ。
"銃口だなんて私ったら考えすぎてたのかも、撮られてるのかしら?全然わかんないわ"
なびきの思惑通りの展開。
撮影期間は一ヶ月に及んだ。
"写真は私が選ぶ!"
なびきがそういって譲らなかっため、監修もなびきがする事となった。
こうしてあかねの写真集"AKANE"が完成した。


 製本したての写真集をかかえ野口が天道家を訪れた。
「みなさん、凄い出来ですよ。
なびきさんは天才だ。そしてあかねさんは天使だ」
野口は興奮しきっている。
「私が撮ったんだから当たり前よ」
なびきは涼しい顔だ。
実際、写真集はすばらしい出来だった。
授業中のあかね、おべんとうを食べるあかね、
友達と笑うあかね、告白されて困り顔のあかね、天道家での無防備なあかねも、もちろん寝顔も。
そして乱馬をみつめているであろうあかねも…。
ありのままのあかねが集められていた。
そしてそのすべてが魅力的なのだ。
なびきはダテにあかねの姉をしているわけではない。
彼女はかわいくて素直なのにそうなりきれない妹をとても愛している。
だからこそ撮れるそんな写真ばかりだった。
乱馬は写真集に引き込まれていく自分を感じていた。
"すげぇかわいい…"
そんな気持ちと裏腹に前に感じたあのモヤモヤを再び味わっていた。
もっとつよく、もっとハッキリとした形で…。
あかねに助けを求められたあの時、なぜ助けてやれなかたのだろう。
自分のチンケな意地に流されて。
"あかねが自分の手の届かない所にいってしまう…。"
確信に似た不安が胸にこみ上げる。
「これ、売れますよ。絶対、売れますよ」
野口もまた確信していた、しかし彼の胸にこみ上げていたものは乱馬のそれでなく、とめどなくふくらむ期待だった。
「あかねさんには明日からレッスンを始めてもらいます。
学校が終わり次第車でお迎えにあがりますので教室でお待ちください」
「えっ?教室でなくても校門まで行きますよ」
あかねは不思議そうに野口をみた。
野口はニヤッと笑い、
「明日から写真集"AKANE"の発売です。
おそらく校門になど来たら恐ろしい騒ぎになるでしょう」
恐ろしい騒ぎ…。もうあとには戻れないそんな気持ちがあかねと乱馬を襲っていた。


あかねにとって息もつげないような忙しい日々が始まった。
もともと頑張りやの彼女だ、最初こそ不安にさいなまれていたが、
知らぬまにそのハードなスケジュールも体当たりでこなしていった。
"AKANE"は信じられない売れ行きを見せていた。
メディアがこぞってあかねの特集をくむ、
あかねはデビューさえしていないのにまたたくまにトップアイドルとなってしまった。
あかねのファンが風林館高校のみならず、天道道場までもとりかこんだ。
世の中はあかねのデビューを今か今かと待ちわびる。
こうなるとあせるのは野口だデビューを急がねばならない、
そんな彼の気持ちがただでさえハードなスケジュールを殺人的なものへとかえていった。
すこしずつあかねの元気がなくなっていく。
乱馬はあかねの気が弱っているのを感じ心配でならなかった。
「おまえ、少しは休めよ。毎日、毎日深夜までレッスン漬けで、いつかたおれるぞ!」
"俺はお前が心配なんだ"そう一言やさしく付け加えればあかねをとめられたかもしれない。
しかしどうしても言えない。意固地な乱馬。
「大丈夫よ!ほっといて!」
めまぐるしい忙しさは、あかねに自分自身を見失わせていた。
レッスンをこなすこと、狂わされたあかねコンパスはそれのみ目指せと指示していた。
その先に以前は恐怖さえ感じていたデビューがあったとしても。


その日あかねはベッドの中での倦怠感を感じていた。
日曜ではあるが今日も朝からレッスンだ。
"起きなきゃ…、レッスン行かなきゃ…"
そんな思いがベッドのスプリングに深く沈む体を起きあがらせる。
いつもの身支度さえもまるで手足にかせをつけているようだ。
"ダメだこんなんじゃ、シャキっとしなきゃ"
かぶりをふって頬を手で軽くうつ。
いきおいよく自室のドアをあけ、階段を降りようとしたとき、階下の風景がグニャリと歪んだ。
"あっ…"
手すりをつかむ手が一瞬おそくあかねの体は宙を舞う。
「あぶねー!!」
その声と同時に風のように乱馬が階段を駆け上がりあかね抱きかかえた。
「あかね、大丈夫か!?」
「うん。ありがと乱馬。私ってほんとドジね踏み外しちゃった」
あかねはペロっと舌をだしいたずらっぽく笑う。
「お前、顔色わるいぞ」
「あかね、大丈夫?あんた最近ろくに睡眠もとってないんじゃない?
今日は日曜日だしレッスンやすんだら?」
騒動に気がついたのかなびきも自室から顔をだす。
「大丈夫だよ、乱馬、おねーちゃん。
レッスンに日曜日も何も関係ないよ。
がんばんなきゃね!」
無理に笑顔をつくるとあかねはレッスンへと出かけていった。
"あかねの体、少し熱かった…。あいつ、まさか…"
まだ腕に残るあかねの感触は乱馬の胸をかき乱す。
力ずくでも止めるべきだった…。
とめどなくあふれ出る後悔に乱馬はあかねの出ていった玄関から目をそらせないでいた。


レッスン中もあかねはふらつきを感じていた。
"体が思うように動かない…"
しかし"がんばらねば"、その気持ちがあかねの背中を押す。
「あかねちゃん、どうしたの?今日は体のキレがよくないね、体調、悪い?」
ダンスの先生が心配そうに聞く。
「えっ、そんなことないです。絶好調ですよ。
私、まだまだ練習が足りないんです。
動きが鈍いのはそのせい、家でも練習しますね」
とまた無理な笑顔。
最近はこの笑顔も条件反射となってしまっているらしい。
「なら、いいけど…。でも今日はこのくらいにしときましょ。じゃ、また明日ね」
「ありがとうございました」
もはや鉛のような体を車のシートにうずめる。
帰りの車内はあかねの大事な休息の場だった。
もう運転手とも顔みしりだ。
"気持ち悪い…、車酔い?"
そうあかねが思った時、
「あかねさん顔色よくないですよ、体調悪いんですか?」
とバックミラー越しに運転手が聞いた。
「ううん、大丈夫。でも車によっちゃたかも。
もう家に近いし歩いて帰るわ。この公園つっきたら近道なの」
力無い笑顔であかねが答える。
「じゃあ、私がお送りします。
もう11時ですよ、女の子ひとりじゃ危ない。
それにファンたちに囲まれたらどうするんです」
「平気よ、この時間だから逆にファンたちもいないわ。
それにこの辺って車おけないもの、駐禁きられちゃうわよ。私は大丈夫だから。ね」
実際この辺はよく警察が見回りに来る。
しかしあかねは正直一人に成りたかったのだ。
疲れ切った表情を誰にも見せたくない。
心配をさせたくない。
そんな彼女の優しい気持ちがそのセリフを言わせた。
「うーん…。わかりました。じゃあ、気をつけて帰ってくださいね」
「ありがと、じゃあまた明日」
あかねは一人公園を歩きだした。


夜風がほてった体を冷やす。
この公園は結構広い、昼間は子供たちが遊び回る楽しい場所だが、
夜中はひっそりとしていて気持ち悪い事この上ない。
"早く帰ろう"
そう思ってあかねが早歩きになった時、
後ろから誰かに羽交い締めにされた
"キャー!!"
そう叫びたかったが恐怖のあまり声が出ない。
「あかねさんだね?僕、君のファンなんだ。大好きなんだ」
そういいながら男はあかねを抱きしめた腕に力を込めた。
「あっ!!苦し…!あはっ…!」
いつもならなんなく投げ飛ばせる相手も今日のあかねにそんな力は残っていない。
「あかねさぁん、…とてもきれいだぁ…。とてもいいにおいだぁ…」
間近で感じるあかねや芳じられる甘いかおりに刺激され、男の腕はどんどんあかねの体を締め付ける。
もう離さないといわんばかりに…。
「いやっ…!やめてっ…、離しっ…」
あかねは次第に意識が薄れて行くのを感じていた。
先ほどまでの苦しさは序々に遠のき、それは不思議と心地よいほどだった。
体の重さが抜けていく、楽になっていく。
まっ暗な意識の淵にあかねは愛しい少年の幻をみた。
「ら、ら…んま…」
それはもう吐息でしかなかった。
しかし、たしかにつぶやいた少年の名。
「あかねー!!!」
そう叫びながら暗闇から飛び出す人影。
そう、その名の持ち主、乱馬だった。
乱馬はあかねを締め付けているその男のうでをねじ曲げる。
ボキッ!!鈍い嫌な音がした。
「ぐおおっぉ!!」
苦痛に男の顔がゆがむ。
「ゴホッ!ゴホッ!…」
突然の開放感にあかねは激しくむせる。
そして手放しかけた意識がうっすらと戻ってきた。
「乱馬、ゴホッ!や、や、めて、それ以上したらその人…」
そう言うとあかねはその場に崩れ落ちた。
「あかね!!」
乱馬は男の手を離し、あかねを抱きささえる。
その隙をついて男はあわてて逃げていった。
「大丈夫か!?」
「う、うん。大丈夫…だ、から」
あきらかに大丈夫でないその表情に乱馬はたまらなくなった。
「お前の体、熱い…やっぱり…。
バカヤロウ!!無理ばかりしやがって!!
意固地なのもたいがいにしやがれ!!」
「ごめ…んね、らん…ま」
まだ苦しいのか不自然な箇所が強調された言葉。
「くそっ!そうじゃねぇ!そうじゃねえんだ!
あやまるのは、俺の方だ!お前を守ってやれなかった。
つまんない意地張って、意固地なのは俺だ!ごめん、ごめんな、あかね!」
そう言うと乱馬はあかねをだきしめた。
「でも、俺…、俺、お前を愛してるんだ!最近ずっと怖かった。
お前が離れてっちまうって考えて、
体が引き裂かれるおもいだった。こんなにお前の事愛してるのに、俺は素直になれなくて…ごめん」
涙をながし乱馬はあかねを抱きしめた手に力を込める。
「ら、んま、苦しいよ…」
ビクッとしてあかねを解放する。
「ごめん、力込めすぎた、これじゃあさっきの男と同じだ…」
恥じ入る用にうつむく乱馬。
「同じなんかじゃないよ。乱馬。助けに来てくれてありがとう。
私、きっと…、ずっと乱馬を待ってたんだ」
あかねはやさしくささやき乱馬の胸に顔を埋める。
そして熱にうるんだ瞳で乱馬を見上げ
「私も乱馬が好き…、愛してる」
小さくだがまっすぐにそういった。
お互いの唇が引き合うように重なる。
ガササッ!木々がざわめく音がして二人はハッとし身をはなした。
唇に甘い余韻が確かに残る。
あまりに自然な自分たちの行為にとまどいながらも
それを受け止めようとする二人。
暫しの静寂。
「帰ろうか…」
「うん…」
いつまでもこうしていたい、
しかしそろそろ現実に戻らねば。
名残惜しむようにもう一度見つめ合い、二人は甘い時間に別れを告げた。

「ほれ、乗れ」
というと乱馬は腰のあたりに後ろでに手をくみしゃがんだ。
「えっ?」
とまどうあかね。
「おんぶっ、今日のお前は危なっかしくて一人で歩かせらんねー、だから、乗れ!」
ぶっきらぼうな言いぐさと裏腹に夜目にもわかる乱馬の赤面。
あかねはくすっと笑うと素直にその背中に乗った。
「ねぇ乱馬、どうしてこんな時間に公園にいたの?」
あかねは不思議に思って聞いてみた。
「お前を迎えに来たんだよ」
「えっ、でもいつもは車だよ」
「運転手さんから電話があったんだ、あかねが一人で歩いて帰るっていうから公園の所で下ろしたんだけど、やっぱ心配だって、迎えにいってくれないかって」
「そっか…。運転手さん心配してくれたんだ…乱馬も私の事心配してくれたんだね…」
いつもは心配されるのが大嫌いなのに、今は自分のために心配してくれる乱馬の気持ちがとてもうれしい。
あかねは幸福感につつまれていた。
広くてあたたかなその背中に身をゆだね
あかねは知らぬまに眠りにおちていた。
「あかね、もうレッスンやめてくれ、デビューも。俺だけのあかねでいてくれ…
って寝ちまってるじゃねーか」
独り言になってになってしまったささやきに乱馬は小さく、しかし幸せに笑っていた。


うちに帰ると泥だらけのなびきが二人を待っていた。
「ただいまーって、なびき、なんだその格好は?」
「ああ、やっと帰ってきた。
あたしの格好なんてどうでもいいのよ、それよりあかね!ちょっと寝てないの、おきなさい!」
なびきがあかねをゆすりながら言う。
普通なら乱馬におぶされて帰って来たのをまっさきにからかうはずなのに、それどころではないっといった感だ。
「なびき、やめろよ、あかね疲れてるんだよ!」
乱馬はあわてて止めにはいる。
「いいの!大事な話があるんだから!」
乱馬の制止などおかまいなしになびきはあかねを揺さぶり続ける。
「う…ん。何、おねぇちゃん」
あかねが眠い目をこすり聞いた。
「あんたのデビューは取りやめよ。」
「「ええっ?!」」
「マジかよ?!なんでだ?契約どうすんだよ?破棄できんのか?!」
なびきはニヤッと笑っていった。
「あの野口のおっさん、とんだ色男だったのよ、
奥さんも子供もいるってーのに、私やかすみおねーちゃんにまで色目使ってさ、変だと思って身辺さぐったの、そしたらやっぱ何人も女騙してんじゃない!自分の事務所のタレントもだよ!信じられない!!そんな奴にあかねはまかせられません!!!」
「でも契約は?おねぇちゃん、お金もうもらってるでしょ?」
「あったりまえよー、だからここ数日ずっと奴を見張っててさ、
今さっきコレでパチリと証拠写真を隠し撮りしてやったわよ!」
ニッっと笑って野口からもらったカメラを指さすなびき。
「このカメラさぁ、望遠だけじゃなくって赤外線機能もついてて、暗いとこでもハッキリ写るのよ、しっかりスキャンダルをファーカスしてやったわ!
これを奴に突きつけたらグゥに音もでないわよきっと!」
いまさらながらなびきのそつなさには感服させられる。
「なびきおねぇちゃんてば…。怖い…」
「それに他にいいものも撮れたしね」
ほくそ笑むなびき。
「何?」「何だよ?」
「それは、な、い、しょ…」


実は乱馬があかねを公園で助けた時なびきは現場にいたのだ。
野口の写真を撮った帰り道にあかねが襲われている所に出くわした。
なびきが我を忘れて男に飛びかかろうとしたところ、後ろから来た乱馬に突き飛ばされて見事転んでしまった。
泥だらけなのはそのせいだ。
それでもしっかりと二人のキスシーンはカメラに納めている。
"ほんっと乱馬君たらあかねしか見えてないんだもん、私をつきとばしといて全然気づいてないなんて失礼しちゃうわ。
でもおかげでいい写真がとれたけどね。
あまりのうれしさに興奮して音たてちゃった時はあわてたけど、この分だと二人とも気づいてないようね。
ふふふっ、この写真でもう一儲けするわよ!
…もうコンクールはコリゴリだけど…"
「なによっ、おねーちゃんニヤけちゃって気持ち悪い」
「ふふふっ、いーの!」
"現像するのが今から楽しみだわ"
このカメラのせいで乱馬とあかねは今まで以上に
なびきのカモとなったのは言うまでもない…。






 素敵な初投稿作品です。

 あかねのデビューが取りやめになって、また元の生活に戻ってよかったね・・・と思いたいところ。
 傍観者としては、あかねちゃんの写真集にも興味そそられます。ヤキモチ妬きの乱馬くんにとっては、独占したい代物なのでしょうけれど…。
 しかし、やっぱり、なびき姉さんだけは、一筋縄じゃいきそうになく・・・乱馬とあかねの受難は続きそうです。
 でも、何だかんだ言っても、幸せそうな二人です。一生なびき姉さんにはやられっぱんしとなることでしょう。
(一之瀬けいこ)



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