◇あかね色  前編
kawachamonさま作


 夕方6時、なびきは学校帰りの急な坂を夕日に向かって登っていた。
夕焼けの空に先をゆく人影。ショートカットの後ろ姿、あかねだ。
"茜色にあかねか…"
そんなことを思いながらなびきはあかねに声をかけようと手をあげた。
「あかねぇー!!」
しかしこれはなびきのそれではない。
後方から赤いチャイナ服の少年がすごい勢いでなびきを抜き去る。
乱馬だ。彼はなびきにまったく気がつく様子もない。
"失礼しちゃうわねぇ乱馬君、あかねしか見てないんだから"
乱馬の呼びかけに気づきあかねが振り返る。
そして彼に向かって極上のほほえみ。
夕日があかねのほほえみをふちどりそれはまるで絵からぬけでたよう。
"コレは金になる!!"
なびきは思わず鞄からいつも持ち歩いているカメラを取り出しあかねにむけた。
パシャ!パシャ!パシャ!
逆光なのでフラッシュは忘れない。抜かりのないなびき。
そのフラッシュで二人はなびきに気がついた。
「おねーちゃん!また隠し撮り!?」
「人聞き悪いわねぇ、隠れてないわよ今回は」
右手にカメラ、左手を腰になびきがニッと白い歯を見せる。
「たくっ、なびきもよくやるよなぁ、こんな色気のない女の写真とって、マジで売れんのかよ。ぜってー俺のがいいって」
よせばいいのに乱馬はいつもの悪態。すかさずあかねの鉄拳がらんま後頭部を襲う。
「そぉねー、今回のはかなりいい出来かもよぉ、
売るなんて姑息な事よりずっとお金に成ること思いついちゃったかも…」
金の亡者、なびきはなにやら思わせぶりな笑みをうかべる。
「イッテテテ…、なびき、それ、どーすんの?」
後頭部をさすりながらも気になるのか乱馬が問う。
「な、い、しょ。別に悪い事に使うつもりはないから安心なさい乱馬君」
「いやぁ、別に俺は心配なんかして…」
乱馬の顔が夕焼け色に染まる。
「ホント?おねーちゃん。お願いだから変な事には使わないでね」
あかねがなんとも心配そうな表情で言う。
「大丈夫よ!」
なにやら自信ありげななびき、事が動きだしたのはこんな記憶も薄れつつあった二ヶ月後だった。


 平日午後6時半。
ジリリリリン!ジリリリリン!
天道家の黒電話がけたたましい呼び出し音をたてる。
「乱馬くーん、ごめんなさい。今、手がはなせないの、電話でてもらえないかしら?」
居間で一人、テレビをみていた乱馬にかすみが台所から声をかける。
「へいへーいっと」
といいつつ廊下の電話をとりにいく乱馬。
「はい、もしもし、天道です…」
「こちら日読新聞社ともうします、天道なびきさんはご在宅でしょうか?」
「はい、少々お待ちください」
なんだろう?とおもいつつも乱馬はなびきを呼びに二階へと駆け上がる。
「なびきー!日読新聞から電話だぞー!」
階段を登りきった所で少し大きな声でなびきをよんだ。
するとなびきは部屋から飛びだし、
乱馬に思い切りぶつかりつつも階下の電話へ猛ダッシュ。
「いってぇ、なんだよなびき」
ぶつかった肩をさすりながら乱馬もその後を追う。
「えっー!!!本当ですか?!やったー!!
大賞と言うことは賞金100万円ですよね!ありがとうございます!!」
なびきは受話器に絶叫している。
「大賞?賞金??100万円???なんだぁ?」
この状況を飲み込めない乱馬。
「ただいまぁー」
そこに掃除当番で乱馬より帰宅が遅くなったあかねが帰ってきた。
「あかね!とったのよぉ!!"あかね色"が、大賞とったのよ!!
賞金100万円よ!!」
なびきはあかねに叫びながらだきついた。
「ちょっと、おねーちゃん、なによ?私色がどうしたの?」
あかねも状況が飲み込めない。
乱馬に説明を求めるべく視線を送ってみたが、彼もまた両手を広げかぶりをふった。


 夕食をとりながらなびきは事のいきさつを家族に説明した。
「こないだ学校からの帰り道、あかねの写真をとったじゃない?
ほら二ヶ月前くらいだったかな?あの写真、かなりの出来だったんで、日読新聞社主催の写真コンクールに出品してみたのよ。
"あかね色"っていうタイトルで、そしたらなんと大賞とっちゃたのよー!そんでその賞金が100万円なわけ!」
「「「ええっっ−!賞金100万円!!」」」
一同仰天!…といっても一人をのぞいてだが、
かすみはおだやかな表情でお茶を湯飲み注いでいる。
「そう、よかったわねぇ。なびきは写真とりなれてて腕がいいし、あかねはとってもかわいいものねぇ」
お茶を飲みながらかすみはニッコリ答える。
「そ、それにしても100万円とは…!なびき!でかした!これで天道家も安泰だ…!」
「パフォ!パフォ!(何かおごってくれ!)」
「100万円…、パンティ何枚分じゃろ?なびきちゃーんワシのリクエストは黒のレースじゃ!」
勝手な展開に持ち込む面々。
「何言ってるのよ、これは私が稼いだお金だからね!ビタ一文たりともわたさないわよ!」
なびきがそう断言する。
「けっ、なびきになんかおごってもらおうとか、期待する方がおかしいぜ!コイツは金の亡者なんだからな!」
乱馬は恨めしげに飯を腹にかき込む。
「あらぁ、よくわかってんじゃない!その通りよ!
金の亡者、なんてステキな響き…。今の私には最高のほめ言葉ね」
うっとりするなびき。
「はぁー、私がモデルなのになんにももらえないのかぁ」
「でも今週の日読新聞の日曜版に"あかね色"が大賞受賞作品としてデカデカと載るのよ。
自分の写真が新聞を飾るなんて、あかね、それだけでもステキな事じゃない?」
「ええっ!恥ずかしい…!」
あかねは思わず両手で頬を押さえる。
「あかねの写真が新聞に載るのね、と言うことはこれから毎日にぎやかになりそうねぇ」
ニッコリかすみが言う。
「はっ?かすみさんそれどういう事?」
乱馬は不思議顔でかすみをみる。
「だって、あかねの顔が世間様の目にふれるんでしょ?そけはにぎやかになるわよ」
今ひとつ要領を得ないかすみの答え。
"あかねが世間にさらされる…。…。ま、いっか。そんな考える事でもねぇか"
乱馬は胸のあたりにモヤモヤしたものを感じた。
そしてまた飯をかきこんだ。
飯は乱馬の腹にきえていった、しかしそのモヤモヤは胸のあたりでつっかえて消化不良のようなムカツキを乱馬に感じさせていた。


 "あかね色"が掲載されてあかねの周辺は確かににぎやかになった。
まず下駄箱のラブレターが激増した。
いつもは一日1、2通だったものが、最近は下駄箱のフタがしまらないほどになっている。
ラブレターなどまわりくどい戦法ではなく堂々と告白するものも後をたたない。
(もちろんあかねは丁寧に断るのだが…。)
いままでは乱馬に気を使ってほそぼそと活動していたファンクラブもあかねが公共の媒体に載った事で乱馬のものという意識が薄らいだのか、会員も激増、がぜん活気に満ちている。
新聞に載ってしまったのだから騒ぎは風林館高校の中だけではすまない。
下校時には他校の男子学生が校門前であかねを一目みようと黒山の人だかりだ。
「天道あかね!お前は僕のものだ!誰にもわたさん!
わたさんぞー!チェストー!!」
九能が校門前の男子生徒の群に向かって突進し、それを避けるためにパカッと人の群が割れる。
あかねはその隙に全力疾走で帰宅する。
いいかげんうんざりな毎日が続いていた。
もちろん乱馬だっておもしろい訳がない。
「毎日、毎日、おモテになって大変ですねぇ」
家の居間という貴重で穏やかな時間でさえつい口をついてでる嫌味。
「乱馬、私だってホント困ってるんだから。」
「それはどーだか、案外おもしろがってんじゃねーの?」
「それっ、どういう事よ!」
二人の関係もなんだかギクシャク、
いつもの痴話げんかではないピリピリムードだ。
「あっらー、めずらしく仲が悪いじゃなーい?二人の仲もこれで終わり?
やっぱあかねがモテると乱馬君おもしろくないわよねぇ?」
なびきがニヤニヤたきつける。
"うっせーよ!誰のせいだと思ってんだ!お前があかねを世間にさらすからこうなったんだろ!"
喉まででかかった怒号を乱馬は飲み下す。
かわりに口からでた言葉は
「あかねがモテようが何しようが俺には関係ねーよ!!」
あかねの前ではほとほと素直になれない彼だった。
「はーい、みんなお茶がはいったわよ。」
いつもどおりのほほえみでかすみはみんなにお茶をすすめる。
"くそっ!なんなんだよ!この気持ちは、俺はなんでこんなイライラしてんだよ!!"
「俺、ちょっとロードワーク行ってくら」
自分の気持ちをもてあまし、いたたまれなくなった乱馬はその場から逃げるように玄関へと向かった。
「ごめんくださーい!」
玄関の戸が開き、一人の男がそこに立っていた。
かすみの言った"にぎやか"の本体。
それの登場だった。今まではほんの序章。本番はこれからだ…。


「こんにちは、オフィスライジングの野口ともうします。
天道なびきさん、あかねさんはご在宅でしょうか?」
野口と名乗った男はロードワークに出ようと玄関にいた乱馬に名刺を差し出しそういった。
歳は35歳前後、なかなかの男前、浅黒い肌にグレーのスーツがきまっている。
貫禄があるのに妙にさわやか、不思議に魅力的な男だった。
「は、はぁ…。」
その名刺を受け取りながら乱馬は間の抜けた返事をした。
「お客様かしら?」
かすみが奥からやってくる。
「こんにちは、オフィスライジングの野口ともうします。
天道なびきさんですか?」
さわやかにそう聞いた。
「いえ、なびきなら奥におります。立ち話もなんですので、どうぞ」
笑顔でかすみが居間へ案内する。
"ちょ、ちょっとかすみさんそれはあんまり不用心すぎないか?!"
と思いつつ、ロードワークの事などすっかり忘れた乱馬が後に続いた。


 居間には家族が勢揃い。
野口はもう一度みんなに自己紹介し用件を話始めた。
「私はオフィスライジングというタレント事務所の社長をしております。
今回日読新聞のあかねさんのお写真を拝見いたしまして、
是非うちの事務所からデビューしていただきたいと思いお伺いいたしました。」
「「「デビュー!」」」
面食らう一同。もとい、かすみをのぞいた一同。
「そ、そんな事、急にいわれても…。」
とまどうあかね。
「はははっ、明日デビューしてくれと言うわけではないのですよ。
あかねさんは今まで普通の女子高生だったんですからいきなりは無理と言うものです。」
「と、おっしゃいますと?」
早雲が父親然と聞く。
「なびきさんの作品"あかね色"はとてもステキな写真でした。あかねさんは今時めずらしい可憐さを秘めた魅力の持ち主だ、それの魅力が遺憾なく発揮されていました。
ですから、まず普段通りのあかねさんを被写体になびきさんに自由に写真をとっていただく。
そしてそれを写真集にする。その間に歌や踊り、演技のレッスンみっちりしてもらう。いかがでしょう?」
「でも私、じし…。」
「でギャラはおいくらですの?」
あかねの言葉を途中でさえぎりなびきが聞く。
「ひとまずは契約金として500万、
しかし写真集の売れ行き如何でその何倍もの報酬がご用意できます」
「わかりました。お受けいたします」
もはや瞳が¥マークのなびきが快諾する。
「ちょっと!おねーちゃんまってよ!私はまだ何も承知してないわよ!
乱馬!なんとか言ってよ!」
あかねは乱馬に助けを求める。
「そ、そーだぜ、今でさえこんな…。」
乱馬はいきなり求められた助けにしどろもどろになりながらもここは反対せねばとがんばろうとする。が、
「あ〜ら、乱馬君あかねがモテようが何しよーが関係ないんじゃなかったけ?」
「そ、それは…」
「乱馬…!」
「それともやっぱりあかねが大切?
そうよね許嫁だもんね。当然よね。
あかねはかわいいし心配よね。」
ミエミエの罠を乱馬にしかけるなびき。
「そんな訳ねーよ。許嫁ったって親が勝手に決めた事だ!
俺には関係ねーよ!」
しかしそんな分かり切った罠にさえあまんじてかかってしまう乱馬。
ここまでくると素直になれないなどそんなレベルではすまされない。
彼はあまりに幼すぎる自尊心に振り回される。
「乱馬…」
失望と不安の入り交じった瞳であかねは乱馬を見つめる。
思わず目をそらす乱馬。
「じゃ!決まり!明日からさっそく撮影にかかりましょ!」
なびきがパチンと指をならす。
「では、コレを使ってください。最新鋭のカメラです、小さくみえますが、望遠もスゴいんですよ」
野口がカメラをなびきに手渡した。
「コレは凄いカメラね。いい写真が撮れそだわ」
なびきはカメラを構えあかねに照準を定めた。
しかし、あかねにはもはやそれはカメラにみえない。
"まるで銃口を向けられてるみたい…。"
ハンターに狙われたあかねはただおびえるしかなかった。



つづく





呪泉洞、初投稿です♪
さすがにファン暦が長いとおっしゃる作者さま。ばっちりと「らんま作品」のツボを抑えてあります。
(一之瀬 けいこ)



Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.