◇imitation ACT.4
kawachamonさま作


額につめたさを感じリンスは眠りから冷めた。
額になにかが乗っている。それをどかせようと手を動かし、何か妨げるものがある事に気がついた。
目をそちらに向けるとシートウがベッドに突っ伏し眠っている。
その手はリンスの手を握ったままだ。
リンスはシートウの手をそっとはずし半身を起こした。
ふと昨日の記憶がよみがえる。
沢で乱馬と名乗る少年と出会い。抱きしめられた瞬間、体中の血がざわざわと全身を駆けずり回った。
少年にあかねと呼ばれるたびに苦しくなり、乱馬という少年の名を口にしたとき、締め付けられような激痛が体を突き抜けた。
今、思い出しただけで気が少し遠くなり体のバランスを失いベッドに倒れこみそうになる。
シートウが目覚めあわててリンスを支えた。
「リンス!まだ起きちゃだめだ!」
「ごめんなさい、でももう大丈夫よ、ずっと今まで看ててくれたの?」
リンスは弱々しくではあったがシートウに微笑み聞いた。
「ん?まぁ、そうだ。それよりお前はすぐに無理するから心配だ」
シートウはわざとムッツリ顔をつくる。
そしてリンスの額に自分の額をくっつけた。
「よし、熱は下がった」
満足げに笑い、リンスの瞳を覗き込む。
そしてすばやくそのの唇を奪った。
「礼としてもらってもいいよな」
大胆な事をしたわりにシートウは真っ赤になっている。
ウブな性格の持ち主なのかもしれない。
「う、うん」
リンスもシートウに負けないほど真っ赤だ。
「あと2日でリンスは花嫁なんだぞ、絶対無理しない事。今日は一日ベッドでおとなしくしているんだぞ」
シートウは真っ赤になっている事を隠すためかのようにわざとぶっきらぼうに言う。
「わかった」
リンスは嬉しそうに笑った。
「じゃ、約束」
そういうとシートウは、リンスの小指に自分の小指をからめ指きりをした。
そしてリンスをグッひきよせ、再びその唇に自分の唇を押し当てた。
「これは約束のしるしだ」
シートウはニッと笑ってリンスに背を向けた。
「ずるい」
抗議の言葉を口にするものの、リンスは幸せそうに笑っている。
バン!その時扉が勢いよく開きコロンが帰ってきた。
「おぉ!おばば殿ようお帰りなさった」
「あぁただいま帰ったぞ」
コロンはそう言ったが、本当はリンスが気がついた頃から戸の裏にたのだ。
二人の雰囲気が甘すぎるので入るに入れずにたのだ。
「して、あの男はどうなっておった?」
リンスの血がまたざわめく。
「あぁつめとうなって死んでおったので手厚く葬ってやったわ」
ドクン!!心臓をじかにつかまれたような衝撃が走った。
「うっ!!」
リンスは胸のあたりを強くつかんで前のめりにベッドに倒れこむ。
ドクン!ドクン!!心臓は自分の意思に関係なく大きく拍動を繰り返す。
その拍動とともに、大量の血液がリンスの体内を駆け巡った。
毛細血管にいたるまで、全身が切り刻まれているかのごとく痛い。
リンスは自分の血液が、まるでガラスの破片を含んでいるかのような錯覚を感じていた。
「リンス!!」
コロンとシートウが同時にかけよる。
「リンス!しっかりせい!」
一瞬自分を失ったようなそんな感覚にリンスは襲われていた。
”気を失う瞬間なの?離れていく・・・。私が離れていく・・・。”
いまだ身体は苦しみ喘いでいるのだろうが、その感覚が今はもう遠い。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!・・・」
浅く激しくリンスは呼吸をを繰り返す。
しかしその間隔が少しずつ長くなってきた。
身体の末端から少しずつ冷たくなってくる。
「い、いかん・・・!リンス!!」
リンスの身体の崩壊が始まっている・・・。
このまま精神がせめぎあいを続けていれば、やがて身体がそれについていけなくなるだろう。
コロンはすばやくわき腹にあるツボを押した。
「あっ・・・!」
小さく喘いでリンスはグッタリとうごかなくなってしまった。
「リンスーー!!」
シートウは狂わんばかりにリンスを揺さぶる。
「シートウ、落ち着け!死んではおらん。深く眠っておるだけじゃ。精神のスイッチをほんの数時間だけ切っただけじゃ」
”そうせねばあぶなかったからのぉ・・・”
その言葉をコロンは飲み込んだ。
「おばば殿!いったいどういうことなんだ!!リンスはいったいどうなってしまったんだ!?あの乱馬とかいうやつの事に触れると死ぬほど苦しんで・・・。
やはりリンスの過去にあいつは何か深い関係があるんだな!今度は話てもらうぞ!話さぬというのなら力ずくでも話さしてやるわ!!」
怒りのためシートウの身体は震えていた。
いや、一瞬でも愛するものを失うかもしれないという思いを味わい怯えて震えているのかもしれない。
その瞳の怒りの奥に、たしかに恐怖の色が広がっていた。
「リンスは3ケ月前まであかねという少女だったんじゃ」
観念したようにコロンが話し出した。
「あかねは早乙女乱馬と許婚の仲だった。親同士が勝手にきめた事だったが二人はいつの間にか、ほんとに好き合うようになったおったのじゃ。
そこに横恋慕に入ったのがシャンプ−じゃ」
「シャンプ−って女傑族最強と名高いおばば殿のひ孫のか?」
「そうじゃ、シャンプ−も最初は乱馬に敗れ掟に従うという形で乱馬を追いかけておったのだが、いつしか本気で乱馬を愛するようになっておったのじゃ。
しかし乱馬とあかねの絆は深く、すでにシャンプ−のつけいる隙はなかったんじゃ」
そこまで話コロンはふ−っと溜め息をついた。
「しかしシャンプ−はプライドの高いおなごでな、いつか乱馬は自分の方を振り向くと信じて疑わなかった。
ところがある日、シャンプ−は乱馬とあかねの決定的な場面をみてしまったらしい。それでもう自分ではどうしようもないと気が付いた。
しかし自分があかねになればどうであろう?シャンプーがシャンプ−であることを捨てる、それはプライドの高いシャンプ−にとって、死するよりつらい屈辱ではあるがそうまでしても乱馬がほしかったんじゃ」
シ−トウは黙ってコロンの話に耳を傾けていたが、あかねになるというくだりがどうも解せない。
「おばば殿、先ほどあかねになると申されたが、他人になり変わる事などそうやすやすとはできまい」
「シ−トウ、呪泉郷の事は知っておるか?」
「あぁ、泉で溺れた者はみなその呪いを受けてしまうという伝説の修行場のことであろう?それは知っておるが・・・。ま、まさか!?」
「そのまさかじゃ。呪泉郷には茜溺泉があるのじゃ。それを利用してシャンプ−はあかねになり変わろうとした」
「泉の呪いを利用しようとするなどなんと恐ろしい、そうまでして乱馬がほしかったのか・・・!」
シ−トウは考えられないというようにかぶりをふった。
「しかしいくら自分があかねになったとて、本物がいれば意味がなかろう。シャンプ−はあかねを始末する事にしたんじゃが・・・。
いざとなるとできなんだのだ。あかねは気立てのよい娘でな、シャンプ−も知らず知らずのうちに、そんなあかねの事を好きになってしもうておった。
そこでシャンプーは人の記憶を操る技、洗髪香膏指圧拳をふたたびあかねにかける事にしたんじゃ」
「再びということは、あかねは・・・」
「そう、あかねは過去に一度シャンプーに洗髪香膏指圧拳をかけられておるのだ」
「しかし洗髪香膏指圧拳といえば大技、それを2度もかけられたとなると・・・」
「あかねの身体と精神は相当なダメージを受けておろう・・・。しかしあかねはそれに耐えうるだけの強靭な身体と精神を持ち合わせておる。大丈夫のハズだったのだが・・・」
「ハズだったのだがなんじゃ!!」
シートウは心配と不安で気が変になりそうだった。
「逆にその強さが裏目にでておるようじゃ。あかねは強すぎるのじゃ、リンスの中に残っているあかねの部分が乱馬に出会ってしまった事によって刺激をうけ反応をしている。
それをリンスが押さえ込もうとしておるのじゃ。一人のなかで二人がせめぎあう。しかし二人というても当人同士、すべてのダメージは自分自身に返ってくる。おそらく相当な苦しみを伴っておるのじゃろう・・・」
リンスの苦しみはいかばかりか・・・、シートウは変わってやりたいと心から思った。
「かわいそうに・・・、リンス」
リンスの手を強く握るシートウ。
「しかし、考えてみればリンスが苦しむのは、あかねの許婚の乱馬が関係する時のみ。乱馬は俺がこの手で昨日葬ったのだからもう安心なのではないのか?」
「そ、それは、そうじゃ・・・。シャンプーにはかわいそうではあるが確かに乱馬は死んだ。もうあかねが覚醒することもなかろうて・・・」
シートウに乱馬が生きているかもしれないとはいえない。シートウはリンスを愛しすぎている。
もし生きているとなればシートウは必ず乱馬を探し出し、そして殺すだろう。
乱馬には生きていて貰わなければ・・・。自分自身をすててまで乱馬を欲したシャンプーの元に返してやらなければ。
コロンはかわいいいひ孫のために鬼にでも蛇にでもなるつもりだった。



シートウが帰り3時間ほどしてリンスは目覚めた。
昨日から身体にかなりの負担がかかっているのであろう、その顔色は血の気が引いておりまるで陶器のような青白い色をしていた。
「ばば様、私、いったいどうなってしまったの?」
リンスは力なくコロンに聞いた。
「ちょっと疲れておるのじゃ、もうすぐ式であろう、緊張をしておるのじゃろうて。なにも考えず寝ておればようなる」
コロンは優しくリンスの頬をなでながら言った。
「あの乱馬という人、日本語をしゃべっていた。私の事をあかねと呼んでいたわ。私も日本語をしゃべる。あの人に抱きしめられた時、私の中で何かが弾けた。そしてどうしようもなく苦しくなって・・・。なくしてしまった私の過去に関係があるのではないかしら?」
精神を一度リセットしてしまったためかリンスの記憶から乱馬が死んだという箇所がすっかり抜け落ちてしまっている。
覚えていればまたリンスが苦しみだしたかもしれない。コロンはホッ胸をなでおろした。
「ばば様、私は3ヶ月前道でケガをしていたところをばば様にたすけられたのよね」
「そうじゃ、過去のことなどもうようではないか、ワシはリンスの事を本当の娘じゃと思うておうる」
「私もばば様の事、本当の親のように慕とうております。見ず知らずの私を助けていただ上こうして一緒に暮らしてもらって。まして嫁にまでだしてもらえるなんて・・・」
リンスはベッドから半身を起こした。
「これっ、リンス、ねておりなさい。シートウにまたしかられるぞ」
「ばば様もう大丈夫、シートウは心配性なんだから」
そういうリンスは少しうれしそうだった。
「リンス、お前はシートウに愛されてしあわせものじゃのぉ、あの凛々しい姿、なによりもあの強さ。中国広しと言えどなかなかおめにかかれん立派な婿殿じゃ。シートウをめぐってどれだけの女子が戦こうたか!?この女傑族でも何人もがシートウに思いを寄せておったわ」
リンスの頬にほんのり赤みがさす。
「おまけにシートウはリンスに夢中じゃ。日本語など聞いた事もなかったのにお前のためにあっという間に覚えてしもうて・・・。あやつは頭もよいのじゃのう。リンスほんにお前は幸せもものじゃ」
コロンは目を細めてうれしそうだ。
「シ−トウの事をあいしているんじゃろ?」
リンスは恥ずかしそうに、しかしうれしそうにコクッとうなずく。
「幸せになるんじゃよ、リンス」
コロンのその気持ちに嘘はない。
本来なら乱馬と幸せになるハズだったあかね、その幸せを曾孫のシャンプ−の為に壊してしまった。せめてリンスとして幸せを掴んで欲しい。
コロンはコロンなりにリンスを愛していた。
「リンス、御前にコレをあげよう」
コロンは自分の首からキラリと光るものを取り外した。
「この首飾りはなワシが嫁に行く時、母より授かったんじゃ。中央にあるのは龍の涙と呼ばれる石でダイヤモンドより煌きそしてなによりとても硬い。この石に負けぬ硬い絆で結ばれよ。母はそういって嫁に出してくれたんじゃ」
昔の事を思い出しているのか少し遠い目をしている。
龍の涙は雫型をしており透明で一見ダイヤモンドのようだ。
しかしよく見ると光を反射して輝いているのではなく、それ自身が光を発している。神々しいまでの不思議な光を放っていた。
「そんな大切なもの・・・。ばば様、私、いただけません」
遠慮がちに俯くリンス。ふいにコロンの腕がリンスの首に回る。リンスの胸元に龍の涙がきらめいた。
「おぉ、おぉ、よぅにおうとるわい。まるで昔のワシのようじゃのう」
嬉しさとリンスの美しさに目を細めるコロン。
「ばば様」
リンスの頬に涙が伝う。
「リンスにもろうてほしいんじゃ、ワシの娘なんじゃから」
コロンはリンスをそっと抱き締めた。
「私、幸せになります。ばば様ありがとう」
偽りの人格、偽りの親子。しかし今、二人の気持ちは本物だった。
娘の幸せを願う母、こみあげる母への感謝。
結婚を直前に控えた母と子の当たり前の風景がそこにあった。
いつのまにか二人は本当の親子となった。



同じ頃乱馬も目覚めていた。こちらは最悪の目覚めだった。
「ここはどこだ?」
そう考えても頭の奥が痺れていてなかなか記憶がひっぱりだせない。
ふいにフラッシュバックのように、あかねを抱いた後ろ姿が遠ざかる様子が目に浮かんだ。
「あかね!」
乱馬は反射的に起きあがろうとして、全身の細胞の激しい抵抗にあった。
どこもかしこもとにかく痛い。特に左胸から肩にかけては焼きゴテをあてられているかのように熱い。
「うっ!」
思わずうめいて再びベッドに倒れ込む。激痛とともに記憶がよみがえってきた。
そうだ、俺は沢であかねと出会ったんだ。
でもあかねは突然苦しみだした。何がんだか分からないうちにシートウという奴が現れあかねを奪っていった。
あかねはどうしたんだ?無事なのか?!
自由にならない身体がもどかしい。キョロキョロと目で回りを見渡してもまったく見覚えのない部屋だった。
その部屋の扉がギッと音をたて開いた。
「おぉ乱馬、気が付いたか」
粥をのせた盆を手にム−スが顔をだす。
「ム−ス!!」
久しぶりのそして意外な人物の登場に思わず乱馬は声をあげた。
「丸一日以上ねておったのぉ。気分はどうじゃ?」
乱馬の狼狽ぶりと対象にムースはいったて落ち着いている。
「ムース!ここはどこだ?あかねはどうなった?」
聞きたいことでいっぱいだった。
「安心しろ、ここはオラのうちだ。あかねも無事だ。かなり衰弱はしているよだがな」
ムースは乱馬の首に手のひらをあて熱を測る。
「もう熱もないようじゃ、さすがは乱馬タフじゃのう。それほどの傷を負っておるというのに。オラの薬草もよう効くじゃろう」
ムースは少し得意げだ。
「そんなことよりあかねはどこにいるんだ?!」
「それは、今は言えん。だた無事だ大丈夫じゃ。心配するな、お前は自分の体力の回復だけ考えろ。あさってはあかね、いやリンスの結婚式じゃ。それを邪魔しにいかねばならんからな。ささ、この粥を食え。オラの特性薬膳粥じゃ。精がつくぞ」
ムース粥ををすくいふーっと息をはいて熱をさます。
「あかねの結婚式ってどういうことなんだ!!あのシートウってやつがリンスの婚約者とか何とか言ってやがったが・・・」
粥どころではないといった勢いで乱馬はムースに噛み付く。
「まぁまぁ、そう興奮するでない。ちょっとあついのぉこの粥は・・・。よし粥が冷めるまで乱馬にいきさつをせつめいしてやるとするか。
何から話そうか・・・。まずそうだな・・・。日本におるあかねはあかねではない。あれはシャンプーじゃ」
「シャンプーだと!!確かにあかねじゃないみたいだったが・・・、姿形はあかねそっくりじゃねぇか!」
「3ヶ月ほど前じゃ、出前から帰ってきたシャンプーの様子がおかしかったのは、そして急に中国は帰ると言いだした。
日本に再び戻って来た時、シャンプーは店をたたむ事を決めていた。自分は長い旅にでるのでオラとおばば殿は中国は帰ってほしいと。
オラたちはもちろん反対しただが、シャンプーは絶対に言う事をきかなんだ。昔からこうと決めたらテコでも動かんおなごじゃ、オラもおばば殿もあきらめそれを了承した。
ところがじゃ、いよいよ中国へ帰る日の前夜、シャンプーが傷だらけのあかねを抱え店に帰ってきたのじゃ。シャンプーはあかねを殺そうとしたが無理だった。しかたなく洗髪香膏指圧拳をふたたびあかねにかけたと。
オラたちその時は訳がまったくわからなんだが、シャンプーが水をかぶった時、そのすべてが分かったんじゃ。シャンプーは水をかぶるとあかねになった。
中国に帰っていた時、茜溺泉の呪いを受けておったのじゃ。シャンプーは号泣しながら話してくれたわ。もう乱馬とあかねに自分が入り込む隙はない、それでも自分は乱馬をあきらめきれない。
自分でどうしようもないなら、いっそ自分を捨てよう。あかねになるのだと。そして茜溺泉の呪いを利用しあかねになった。邪魔なあかねを消そうと思ったのだが、どうしてもできなんだと。
山よりも高いプライドの持ち主のシャンプーが、自分を捨てる事までして乱馬を強う思っておったとわ。オラはもうたまらなくなってのう。おばば殿もかわいいひ孫の悲しむ姿はつらかったのじゃろう。
あかねには悪いとは思ったんじゃが、あかねを中国に連れて行き、違う娘として生かす事にしたんじゃ。それが昨日お前が沢であったというリンスじゃ」
ムースの話を聞きながら乱馬は、ふつふつとシャンプーへの憎しみがわいてくるのを感じていた。
”シャンプーの野郎ゆるせねぇ・・・。あかねをこんな目に合わせやがって・・・”
全身が怒りのために震える。先ほどまでの激痛さえ乱馬は忘れていた。
「それであのシートウというやつはなんなんだ?!あかねの婚約者なのか?!」
「あかねではないリンスの婚約者じゃ。シートウは隣村の豪傑族最強の男じゃ。豪傑族とは女傑族の男版じゃと思うたらええ。中国で最強の部族じゃ。
その村の最強の男と戦うて、ひどい傷を負ってはおるがこうして生きておるとは、やはりおまえはたいしたもんじゃな。しかもその肩の傷、おそらくそれはシートウの必殺技、石貫閃じゃろう?シートウは気を自由自在に操る達人なんじゃ。
急所をギリギリはずれておる。あぶなかったのう。おぉ粥が冷めてきた。ほれ食わんか」
ムースはひとさじ粥をすくい乱馬の口へ運ぶ。
「まだだ!まだ聞きたい事がある!あかねの結婚式ってどういうことなんだ!シートウと結婚するのか?!」
「そうじゃ、シートウはリンスにぞっこんじゃからのう。悪い話ではないぞ。なにせシートウは強いし、凛々しいしそして何よりあやつは心優しい。
それゆえ豪傑族の若きリーダーじゃ。ま、リンスも今やこの辺で知らぬものはいない女傑族一の美少女じゃがな。
先日の武道大会でリンスは初出場ながら3位になったんじゃ、その時の華麗な戦い。
何人もの男が心を奪われた。シートウもその一人じゃたんじゃ。
乱馬、女傑族のおきてを覚えておるよのぉ?
シャンプーがお前にホレるきっかけじゃったんじゃから忘れたとは言わせんぞ。
シートウはその掟を利用してまんまとリンスを手に入れたんじゃ」
「なんてきたねぇ野郎だ!!」
乱馬ははき捨てるように言う。
「心優しいといっても結局は男よのぉ、力ずくでリンスをものにしようとはあざといわ。意に染まぬ結婚でこのままではリンスがかわいそうじゃなぁ」
ムースはいかにも気の毒そうな表情をつくる。
「のぉ、乱馬、リンスいやあかねを救えるのは乱馬だけじゃ。あかねを救い出してやってくれ。
沢であかねはひどう苦しんだんじゃろ?おそらくそれは乱馬を見て思い出しそうになったんじゃて。
結婚式にのりこんであかねの記憶を呼び戻すんじゃ!」
「言われなくたってそうするに決まってんじゃねぇか!結婚式なんてぶっ壊してやらぁ!!」
乱馬はすでにムースのしいたレールの上を走り出していた。
「ほれ、そうと決まったらこの粥を食うてはよう元気になれ。明日には動けるようになるじゃろうて」
ムースは笑顔で粥をすすめる。
「おぉ、すまねぇなぁ・・・。でもお前なんで俺の味方なんだ?」
粥をほおばりながら乱馬が聞く。
「オラはシャンプーの幸せをと思うてあかねの拉致に手をかした。
しかし、お前はこうして中国にいるではないか。
所詮お前とあかねをひきはなすことなどできぬ事じゃったんじゃ。シャンプ−の望んだ事は結局夢にすぎんのじゃ。悪い夢ならはやく覚めさせてやりたい。
オラはどうあってもシャンプ−にだけは幸せになってほしいんじゃ、オラはシャンプ−が好きじゃ、どうしようもないほど好きなんじゃ」
シャンプ−への強い気持ちを恥ずかしげもなく口にするム−スを乱馬は初めてかっこいいと思った。
それにくらべて自分はいつもつまらない自尊心に振り回されて憎まれ口ばかり・・・。
あかねをシ−トウの手から奪い返したら、その時はあかねがうんざりくらい好きだって言おう。
だって本当に俺は自分でもあきれるくらいあかねの事をすきなのだから。
ム−スに粥を口に運ばれながら乱馬はそんな事を思っていた。
やがて腹は満たされ乱馬再び深い眠りへとおちていゆく。
寝返りをうつ事もなく昏々と眠る。
ム−スはそんな乱馬を見下ろし心で詫びた。
”すまんのぉ乱馬。結婚式へ乗り込めば、御前はシ−トウに殺されるかもしれん。あかねは自らを取り戻し、その代償として息絶えるかもしれん。しかしシャンプ−を目覚めさせるには、もうこれしか方法がないんじゃ。
もし御前らが再び昔のように戻る事ができたなら、シャンプ−もあきらめがつくじゃろう。あまりに危険な賭けじゃとはオラも判っておる。しかし信じたいんじゃ。奇跡を、御前らを。
シャンプーが、己を捨ててまで引き離そうとした二人はどれほど固い絆で結ばれておるのか、それをみせてくれ。そうでなくてはシャンプーがあまりにも不憫ではないか”
ムースは乱馬の傷口の薬草を取り替える。
全身まだ傷とアザで痛々しいことこの上ない。
しかし昨日に比べると、信じられないほどの回復をみせている。
ムースの薬草と乱馬の驚異的な回復力のせいだろう。
この分だと大方の傷は明日までになんとかなりそうだ。
しかし問題は石貫閃で貫かれた左胸の上の傷だ。
コレばかりはどうしようもなさそうだった。
万全な状態でもシートウにボロボロにされた乱馬。
この傷がいえないままシートウと対決することになれば、いったいどうなるか・・・。
ムースの脳裏に凄惨な情景が浮かぶ。
ブルッと頭をふりそれを振り払った。
いったい乱馬はどんな夢をみているのだろう。
幸せな夢だろうかそれとも・・・。
次、目覚めたときは悪夢のような現実がまっている。
せめて今は、今だけは幸せな夢をみていてほしい。
「ゆっくり眠れ」
ムースは乱馬に毛布をかけなおし、部屋を出て行った。



つづく



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