◇imitation ACT.3
kawachamonさま作


3度目の中国だった。1度目は変身体質になり、2度目は愛する人を失いそうになった。
そして3度目の今回はその愛する人から逃げてきた。
中国と俺は、よくよく相性が悪いのかもしれねぇな。
乱馬は広大な平野の果てを見つめながら思った。
もう呪泉郷までの道程は、ガイドなんてなしでも判る。
完全な男に戻る、乱馬にとってそれは切実な願いだったはずなのに、今回はそっちの方向へなかなか足が向かない。
男に戻ると日本に帰らなければならない。帰ればあかねと祝言だ。
その事実が乱馬の足に見えないカセとなってからみついていた。
「中国かぁ、そういえば女傑族の村ってこの辺だったよなぁ」
変身体質になってしまった帰り道、女傑族の武道大会でシャンプ−を破った。
それがきっかけで彼女につけ回されることになってしまった。
もう十数年も前のことのような気がするが、まだほんの2年と少し前の事だ。
こうして考えてみると、自分は濃厚な時を過ごしてきたものだとあらためて感じた。
今はそのシャンプ−もム−スと結婚している。
おそらく二人の里である女傑族の村で新婚生活を送っているのだろう。
二人がいた頃は良かった。毎日シャンフ−におっかけられては、あかねにヤキモチをやかれ大変だったが楽しかった。
あの頃のあかねが乱馬は大好きだった。優しくてかわいくて、御人好しで不器用で。
思えばあかねが変わったのも二人が中国に帰ってからだった。
二人に会いにいこう。乱馬は急にそう思い立った。
急ぐ旅ではない、というよりむしろ急ぎたくない。
シャンプ−、ム−スにあえば昔に戻れる。大好きだったあかねにもう一度会える。
乱馬はそんな気がして女傑族の村へとその足を向けていた。



”この沢を越えれば女傑族の村のはずだ”
乱馬は女傑族の村の入口の森を抜けようとしていた。
樹氷をまとった枝は寒そうに北風に身を揺らしている。
しかしその間をする抜ける日の日差しはやわらかく、乱馬の気持ちもどこか弾んでいた。
2年と少しぶりのこの地、季節こそ違っていたがその様相は少しも変わっていない。
あの頃はまだあかねに出会ってなかったんだよなぁ。って事はシャンプ−はあかねよりも長い付き合いってわけだ。
先にキス?したのもシャンプ−だったしなぁ。
そんな事を思いだし一人小さく笑った。
沢の流れは穏やかで、真冬の凛とした空気の中をゆっくり流れていた。
この辺は雪が降るようで、うっすら白い雪が地面被っている。
その雪の所どころにキノコが頭を出している。
このキノコにも人を自在に操れたりする変な毒があるのかと思うと、乱馬はゾッとするのと同時になんだかおかしくなってまた少し笑った。
下流の方に目を移すと、そのキノコをつんでいる娘がいた。
大方女傑族の娘なのだろう、シャンプーがよく着ていたような襟の詰まったチャイナ風の上着ににサブリナパンツのような短いパンツをはいている。
ピンク色に赤い小さな花柄をちりばめた、なんとも若い娘らしい格好だ。
こちらに背をむけてキノコをつんでいるので良くはわからないが、おそらくシャンプ−と同じ年頃の娘だろう。
もしかしたらシャンプ−とム−スの新居を知っているかもしれない。
中国語はよく判らないが、日本語でも筆談なら少しはわかるだろう。
乱馬は声をかけてみる事にした。
「すみません」
その声に反応して振り返った娘の顔に乱馬は腰を抜かしそうになった。
「あ、あかね・・・」
あかねだった。
「な、なんだおまえ、日本からここまで追いかけてきたのか?」
乱馬は思わずあとずさる。最近のあかねの乱馬に対する執着から考えるとついてきても不思議はなかった。
しかしあかねは乱馬の問いかけに答える様子はない。
あかねは少し怯えている。
「何?あなた誰?なんで日本語はなしてるの?あかねって誰の事?」
あかねもあとずさりながら逆に乱馬に問いかけた。
「おい?何言ってんだよおまえ・・・」
乱馬は様子のおかしいあかねが心配になり、思わずあかねの両肩をつかんだ。
「きゃっ!何するの!!嫌!!!」
あかねの平手が乱馬の頬を襲う。あかねの動きなど乱馬は見切っている。
ヒットする前にその細い手首をつかんだ。
「キャ−!!」
あかねの絶叫がこだました。
乱馬はびっくりして、思わずあかねの口をその大きな手で押さえた。
乱馬は口をおさえたつもりでもあかねの顔は小さい、目から下をすっかり手のひらで被われて、あかねはますます怯え今度は暴れ出した。
じたばたするあかねの動きを封じるため、乱馬は反射的にあかねを抱き締めてしまった。
そのとたんあかねは急におとなしくなる。
やっと落ち着いたのかと安心し、あかねの顔をみた乱馬はさらに仰天した。
その顔からは血の気が失せ真っ青になっていたのだ。
「おい!あかね!どうしたんだ!?」
あかねはもう一人では立っていられないほどになっている。
膝からがっくりとその場にくずれ落ちた。それを乱馬はあわててささえる。
あかねは小刻みに震えていた。
「あかね!しっかりしろ!!」
訳がわからないまま乱馬はあかねをゆする。
「苦しいよ・・・。何・・・?あなた誰なの・・・?あかねって誰?わかんない・・・」
息もたえだえにあかねがつぶやく。額にはうっすら汗さえにじんでいる。
「誰って・・・。あかねはおまえの事じゃねぇか・・・!俺は乱馬だよ!!」
「私があかね・・・?あなた、乱馬・・・。乱・・・」
あかねはそういうと、震える右手を乱馬の頬に向けてのばし。
その手が乱馬の頬に触れる寸前、何かに射抜かれたかのようにビクッと身体をのけぞらすと、あっと小さな声をもらし気を失った。
「お、おい!!あかね!!どうしたんだよ!!おい!!起きろよ!!」
乱馬は狂ったようにあかねをゆする。
しかしあかねはいっこうに気付かない。
呪泉洞のでの事が頭をよぎる。
あかねを失う、そう思った時乱馬の中で津波のように恐怖がひろがった。
「あかね−!!」
声のかぎり乱馬は叫んだ。
「○△◇!」
後ろから何物かが乱馬に声をかけた。
しかし乱馬はいっこうに気付かない。
痺れを切らしたその男は、乱馬の肩に手をかけた。
乱馬が振り返った事であかねの姿が男の目に入る。
「リンス!!」
その男はそう叫ぶと乱馬の肩にかけた手に力をこめ、乱馬を後方に突き飛ばした。
あわてて乱馬は受身をとる。
「てめぇ!!何しやがる!!」
臨戦体制に入る乱馬。男に向かって構えをとった。
「日本語?おまえ日本語をしゃべるのか?」
あかねを抱き上げ、その男も乱馬の方をむいた。
対峙したその男は長身で、長い髪を一本後ろでたばねていた。
ム−スと同じような雰囲気の服をきているが、袖はム−スほどゆとりはない。
暗器の使い手ではなさそうだ。
「御前、何者だ?リンスになにしたんだ?日本人か?」
その男は乱馬を射抜くようにみつめながら低い声でいった。
「俺は早乙女乱馬、あかねの許婚だ!!あかねに手ぇだしやがたらただじゃすまさねぇぞ!!」
あかねを奪われ乱馬はすっかり冷静さを失っている。
「あかね?リンスの事を言っているのか?俺は名は石頭(シートウ)、リンスの婚約者だ。」
シートウと名乗った男は、あかねを手にしている優越感からか乱馬よりは幾分落ち着いている。
「リンス?そいつはあかねだ!返してもらうぜ!口で言ってわかんねぇなら力ずくでもわからせてやる!!」
乱馬はジリジリとシートウとの間合いをつめる。
「力ずく?おもしろい、俺にケンカうるやつなんてこの辺にはいねぇからな」
シートウはそう言うと、あかねをやさしく木の根元に寝かせた。そしてもう一度乱馬に向きなおった。
「来いよ」
シートウはニッと笑って、乱馬を招くように手のひらを上へ向けてクイッと指を折った。
「ナメやがって・・・!行くぜ!!」
乱馬はシートウに飛びかかる。蹴り突きのコンビネ−ションでシートウを追い詰めて行く。
「オラオラ!防戦一方か?さっきまでの勢いはどこ行った!!」
乱馬は攻撃の手を緩めず言った。
「ふん。お前なかなかやるな。これほど使える奴にあったのは久しぶりだぜ。これならちったぁ本気だしても大丈夫だな」
シートウは乱馬の攻撃を紙一重ですべてかわしながらつぶやいた。
「なんだとぉ!!」
乱馬はますます熱くなる。
「今度はこっちから行くぜ!!」
と言うとシートウは、乱馬をはるかに凌ぐスピ−ドで攻撃をはじめた。
あまりの速さでその手足が何本にも分裂して見える。
しかも蹴り突きすべて急所を的確にヒットしていた。
「ウォ!!グハッ!!」
倒れこみそうになると、下からシートウの拳が乱馬を突き上げる。
それはまるで起き上がりこぶしのような動きに見えた。
もはや乱馬には倒れることさえできなかった。
「俺がなんで石頭(シートウ)って呼ばれるか教えてやろうか?」
シ−トウはもはや返事も出来ない乱馬に言った。
「それはな、こういうことだ!!」
そういうとシ−トウは、乱馬の頭を両手で押さえ強烈な頭突きをくらわした。
「グォ・・・!!!」
乱馬の額が割れ鮮血がとびちった。
勝負あり。完全に乱馬の負けだった。
「なかなかの使い手だったぜ、ホメてやるよ。でも俺にケンカを売るとは運がわるかったな」
無残に横たわる乱馬にシ−トウはそう声をかけあかねの元へとゆっくり歩きだす。
「ま、まちな・・・。まだだぜ、俺はまだ死んじゃいねぇぜ・・・。あかねは渡せねぇ・・・!!」
ゆらゆらと乱馬は立ち上がり再びシ−トウに向けて構えをとった。
満身創痍の状態で、もはや乱馬は気力のみで立っている。
「おぉ、俺の頭突きを受けて立ち上がるとは、御前ほんとにすげぇやつだな。できればもっと相手してやりてぇところなんだが、生憎リンスがこんな状態だ俺も先を急ぐんでな。悪いが永遠に眠ってもらうぜ」
シ−トウは右手の人差指と中指を眉間の間にあて瞳を閉じそこに気を集中させた。
「石貫閃!!」
そう叫び乱馬に向けて指を突き立て、一気に溜めた気を放出する。
その気はレ−ザ−ビ−ムさながらの光を放ち乱馬を貫いた。
「・・・・・・!!」
一瞬の出来事で乱馬は声も出せなかった。
しかし身体は貫かれた勢いで後方にふっ飛び、背中から地面に叩きつけられた。
もう乱馬はピクリとも動かない。みるまに雪が鮮やかな赤色に染まっていく。
「悪いな、リンスは渡すわけにはいかねぇんだよ」
シ−トウは上着を脱いで乱馬にかけた。
そして木の根に横たわるリンスの元へ歩いてゆく。
リンスはまだ随分と苦しそうだった。
肩で息をし額には汗がにじんでいる。シ−トウはリンスの額や頬を心配そうになでる。
「ちっ、なんて熱いんだ。こりゃ急いでおばば殿のとこ戻らねぇとな」
リンスを軽々と抱き上げシ−トウは女傑族の村へと急いだ。



「おばば殿、リンスの具合どうだ?」
「熱が高い。いったいどうしたんじゃ?」
コロンがリンスの額のタオルを取り替える。
女傑族の村にあるコロンの家、リンスはここでコロンと暮らしていた。
「村の外れの沢で早乙女乱馬と名乗る日本人に何かされたらしい。あいつリンスの事あかねって呼んでた。おまけに許婚だとも言ってた」
「なに!早乙女乱馬とな!」
「やっぱ何か知ってるんだな話せよ、俺はリンスの婚約者だぜ知る権利があるはずだ!」
シ−トウが噛みついた。
「リンスはリンスじゃ3ケ月前、大ケガをして道で倒れていたのをワシが助けた。記憶をなくしておって身元もわからんのでワシが娘として育てると決めたんじゃ!
おぬしはそれ以上の事はしらんでよい。3日後にはリンスと式をあげ夫婦となる。それでよいではないか、過去の事などおぬしに関係なかろう?リンスは女傑族の女、おぬしに勝負で負けた以上妻と成るほか道はない!
幸いおぬしもリンスも惚れおうておるではないか!リンスに過去などありはせぬ!あとの事はワシに任せておけばよい」
反論を許さない凄みのある口調だった。
シ−トウは射抜くような目でコロンを見、フッと目をそらした。
「俺としちゃあリンスが俺のものになりゃそれでいい。邪魔者は消すのみだ。早乙女乱馬のようにな」
「何!シ−トウ!乱馬を殺したのか?!」
今度はコロンがシ−トウに噛みつく。
「あぁ、殺すつもりはなかったんだがあんまりしつこいんでつい。俺もリンスの事で頭に血がのぼっててさ。な、なんだよ・・・。まずかったか?」
コロンのあまりの剣幕にシ−トウはたじろぐ。
「早乙女乱馬が死んだ・・・」
コロンは茫然と椅子に崩れるように腰掛けた。
「おばば殿、大丈夫か?」
シ−トウはますます不安になる。
「大丈夫じゃ、してその亡骸はどこに?」
「沢においてきた、今からここにつれてこようか?」
「いや、いい・・・。ワシ一人で行ってくる。おぬしはリンスの様子を見ていてくれ」
コロンはフラリと立ち上がりドアの向こうへと消えて行った。
「なぁリンス、俺なんか悪いことしちまったのかな?そりゃ殺しちまったのは悪いと思ってるぜ。でも御前の事あかねとか呼んで許婚だとか言うからさ、俺、つい・・・。
ただリンスを守りたかっただけなんだ・・・。リンスを奪う奴に容赦はしねぇ。俺はリンスが大切なんだ」
シ−トウは熱の為に上気するリンスの頬をこわれものを扱うようにそっとなでる。
「シ−トウ・・・」
リンスはうわごとでシ−トウの名を呼んだ。
シ−トウはリンスのちいさな手を両手でそっと包む。
シ−トウがリンスを見つけたのは3ケ月前。
女傑族の武道大会を、おもしろ半分に地元の村の仲間と見に行ったときだ。
女傑族の女は強くそして美しい。その中でひときわ華麗に戦うリンスにシ−トウは一目で心を奪われた。
女傑族にはよそ者に敗北した場合夫とすべしという掟がある。
早速リンスに勝負を挑んだ。
シートウは女傑族の隣村、豪傑族最強の男だった。
豪傑族は中国でも屈指のつわものぞろい、もしシートウが少しでも力を入れてリンスと戦っていたらリンスも大怪我を免れなかったろうが、そこはほれた弱み、きわめて優しく負かしたのだった。
最初はリンスも掟だから仕方ないと思っていたが、シートウの優しさに触れいつしか本当に愛するようになっていた。
3日後二人は晴れて挙式する。シートウもリンスも幸せの絶頂にいたたのだった。
「リンス、誰がお前を奪いに来ても俺は絶対お前を渡さない。だから安心して眠れ。おれはいつまでもお前のそばにいる」
シートウは愛しそうにリンスのの髪をなでると額にそっと口づけた。



コロンは一人村外れの沢へと来ていた。
もう日も暮れつつある、闇とともに真冬の冷気もその厳しさを深めていた。
シンシンと絶え間なく降り注ぐ雪に、コロンは老体を震わせていた。
しかし、なんとしても乱馬を捜さねばならなかった。
シ−トウの話からすれば、おそらくこの辺りなのだが乱馬の姿はない。
コロンは入念に辺りを見回した。
すると真っ白な雪の絨毯に、うっすら赤いシミのような場所を見つけた。コロンはその場にかけよる。
すでに時間が経過しているので上から雪がつもっているが間違いない、それは血痕であった。
おそらく乱馬のものであろうが、肝心の乱馬の姿が見えない。
コロンは焦った。その血の量からしてかなりの深手、生きているかどうか・・・。
もし生きているなら一秒でも早く手当せねばならない。
これほどの傷を負っていては、そう遠くへは行けないはずだ、コロンは必死になって辺りを捜した。
しかし乱馬の姿を見つけることは出来ない。
何時間捜したであろうか、すでに夜もすっかり更けあたりは闇につつまれている。
これほど捜して見つからないとすると、何者かにつれさられたか?!
振り積もる雪に足跡はかきけされ、その跡を追うことは不可能だった。
「あと少しだと言うのに、なんということよ・・・」
コロンは口惜しさに唇を噛んだ。そしてもう一人の共犯者ム−スの元へと向かって歩いてゆくのだった。



”ドンドンドン”
「ム−ス開けてくれ!ワシじゃ!コロンじゃ!」
コロンがム−スの家の木戸を叩く。
家と言ってもほったて小屋に近い粗末なものだった。
この地方の寒さを思えば冬を越すのはさぞかし大変であることがうかがえる。
「なんじゃ?おばば殿。こんな夜更けに」
暫くしてム−スが顔を出す。
「ム−ス、一大事じゃ乱馬が現れた」
「なんじゃと!!」
ム−スも仰天する。
「おばば殿、立ち話もなんじゃ、ささ、中へお入り下され」
ム−スはコロンを招き入れた。
部屋の中は暖炉に火がともっており、外よりは随分と暖かだった。
ム−スはコロンに暖かいス−プをすすめた。
「ささ、おばば殿外は寒かったであろう?これで身体を暖めて下され」
「おぉム−ス、すまぬのぉ生き返るわ。この部屋はいつ来ても寒いが今日はあたたかじゃな、暖炉のせいか?」
「あぁ、今夜は冷えるのでな、贅沢じゃが薪をつこうたのじゃ、それよりおばば殿、乱馬が現れたとは本当なのか?」
ムースは早く聞きたいとばかりにコロンをせかす。
「あぁ、今日、村はずれの沢であかね、いやリンスと会い、シートウと戦ったのじゃ」
「なに!あのシートウと・・・。いかに乱馬とは言え相手がシートウであればただではすまんじゃろう!」
「あぁ、どうやらかなりの深手を負っている」
「それで乱馬の具合はどうなのじゃ?!」
「それが姿がみえんのじゃ・・・」
「姿がみえんじゃと?!深手を負ってそう動けるものでもなかろう!何者かにつれさられたのか?!」
「おそらく・・・。しかし肝心のそれが分からんのじゃ・・・。ムース、もし乱馬を見つけたら必ずワシの元へ連れてきてくれ」
「おぉ、分かった。まかせておいてくれ。してリンスはどうなんじゃ?乱馬とあってしもうたんじゃろ?」
「それんなんじゃが・・・」
ふとコロンは険しい顔になる。
「リンスは今、家で高熱にふせっておるわ」
「高熱!?なぜじゃ?」
「おそらく拒絶反応ではないかと思うのだが・・・。あかねは2回シャンプー洗髪香膏指圧拳を受けている。
そして生まれ変わってリンスとなった。1度目はシャンプーも乱馬の記憶だけという甘いかけ方をしたが、今回は違う。
すべての記憶を失わせている。しかも2回目じゃ・・・。おそらくリンスの精神と体はあかね時代の記憶がズタズタになっているのであろう。
それが乱馬と会ったせいでで刺激を受け、ズタズタになりながらも反応した。それをリンスの部分が押さえつけようとしておるのじゃ。
記憶が戻ることはない。なにせシャンプーは女傑族の中でも屈指の洗髪香膏指圧拳の使い手、その技を2度までも破ることは不可能じゃ」
コロンはキッパリと言った。
「オラは呪泉洞でのあかねを見ている。あの娘は奇跡的な力を持っていると思うのじゃ。もしかしたらシャンプーの技を破るかもしれんぞ」
ムースは呪泉洞の事を思い出しているのか遠い目つきになっている。
「もしそうなったしたら・・・。残念じゃがおそらくあかねの命は絶たれるであろう。精神も体も破綻するのは間違いない・・・」
「命が絶たれる・・・」
ムースは呆然とつぶやいた。
「わかった。全力をつくして乱馬を探す、あかねもリンスとしての幸せをあと少しでつかむところじゃ。何よりシャンプーの幸せも目の前であるしな」
「そうじゃ、あかねがリンスとしてシートウと結婚してしまえば、乱馬も日本にいるのが偽者と知ったとしても手が出せまい。
あとはシャンプーの元へ戻るのみ、なにせ姿だけはあかねじゃからな・・・」
「あぁ、シャンプーの幸せのためじゃ・・・。仕方ないわ・・・」
ムースはまるで自分に言い聞かせるかのようだ。
「では、ムースよろしく頼むぞ。ワシは家へ戻る。リンスが苦しんでおるからな、シートウに頼んではおるが心配じゃ。
嫁入り前の体に万が一があっては大変じゃわい。かわいいひ孫のためとは言えあかねには不憫な事をしたと思うおる。
せめてリンスとして幸せをつかんでほしいからのぉ」
コロンはヨロヨロと腰を上げると木戸へと歩いてゆく。
「ムース、スープを馳走になった。あったまったわ」
こころなしか小さな背中がさらに小さく見えた。
「いや、もっとええものがだせたらよかったのじゃが・・・、おばば殿ももう年じゃ体に気をつけなされよ」
「ありがとう、しかしもう少しがんばらねばな、かわいいひ孫のためじゃて・・・」
そう言ってコロンは外へと出ていった。
窓からムースはコロンの後姿を見送る。
もう空が白々としてきている。夜明けは近い。
この時間が一日のうち一番で冷え込む。
「寒いのぉ」
そう言ってムースは寝室の扉を開けた。
「暖炉はひとつしかないのでここ閉めていては寒かったじゃろ?すまんのぉ」
そう暗闇に話しかける。
その暗闇の奥には、ベッドで昏々と眠る乱馬の姿があった。



つづく



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