◆Wedding Bed  〜 another story 「trauma」〜
かさねさま作


 左腕に覚えた微かな痺れを解そうと、腕をずらそうとした時だった。ふと感じ慣れない肌の感触に彼は目を覚ます。
「…………。」
 無我夢中で彼女を求めてもまだ足りのか。眠りに落ちてもしっかりと抱き寄せていた自分に思わず苦笑が漏れた。
(……そりゃ、足りねーよなぁ……。)
 お互いが青く幼かった頃には感じ得なかった衝動が、湧き上がっては必死に抑え込んできた日々。その苦難の日々にやっとの思いで終止符を打てた夜。いっそ二人このままどこか誰もいない孤島にでも流されてしまいたい。そうしてずっとずっと二人離れずにいられたら……とさえ思う。
 服越しでは決して伝わることのない人の肌の温もりと触れあう心地良さを、彼はもう一度噛み締めるように彼女の体を抱き締めた。
「ん……。」
「っと……。」
 彼女の眠りを妨げるつもりはさらさらなくて、眉間にかすかな皺が寄っていそうな声に、彼は慌てて彼女を放した。
「んん……。」
 その突然の解放に彼女のほうが駄々をこねる。離れていった温もりを追うように、彼女はその体を彼に寄せた。そんな彼女を誰が拒めようか。彼は再び愛しい妻を抱きしめた。
(……ぁ。)
 腕の中に抱いた彼女の気配が変わった。どうやら二度目の抱擁で目を覚ましたらしい。
 鈍い彼女らしい反応に小さく笑い、次なるリアクションを悪戯な思いで待ってみる。

「…………。」
「…………。」

 寝ぼけ眼がお下げの解かれた見慣れない青年を映し出す。だが、全ての事情を呑み込むと彼女は咄嗟に小さく俯いた。
 伏せた目に新妻の初々しさを感じ、彼は言いようのない満足感を覚える。しかし、それも長くは続かなかった。
「え……と……。」
 彼女が上目遣いで彼を窺い見た。彼の体の芯がジッと熱くなる。
「ぉ……おぅ……。」
 こんな彼女を見せられてしまっては、先ほどまで少しは持てていた余裕も吹っ飛んでしまう。こんな状況でいったいどんな言葉を掛けてよいのやら。ただでさえ本気の相手には上手い言葉が掛けられない彼。言葉という言葉、声という声が奪われる。
 彼女もこの場に漂う気恥ずかしさに、布団の端をぎゅっと握った。
(………。)
 途端、さきほどまで彼を縛っていた照れは、じりっと胸を焦がす小さな焔に変わった。
「……んなことは絶対にないとは思うけどよぉ……。」
「?」

「……俺以外のヤツに、んな姿、見せんなよ。」

「ばかっ!そんなことあるわけないでしょ?!なに考えてんのよっ!」

「そうじゃな。」
「それともなに?あたしってそんなに信用できない女に見えるわけ?!」
 誤解を解こうにもその言葉は耳に入らぬようで、恥らう新妻の豹変振りに驚く間もなく、拳の嵐が彼の上に降り注ぐ。
「いでででででっ!わぁっ、ばかっ、やめろっ!分かった、分かったから!」
 彼女が怒りだす理由が分からないわけではない。ただ……
「きゃっ!」
 起き上がりかけた彼女の体が布団に沈められる。細い両手首には大きな手の枷。
「万が一ってこともあるだろうが。」
「万が一ってねぇ!いったいどこをどうなったら万が一になるわけよっ!」
 彼女の頭に上った血は引く気配を見せない。それならば、と彼も声を高くして言い放った。
「ばか!おめーが浮気するとか、そんなこたぁこれっぽちも心配してねーよっ!」
 自分の「浮気可能説」は断固として否定されたのだが、そう言われてしまうと、
「……ずいぶんな自信じゃない。」
 と、『万が一の可能性』を孕ませた声で返したくなるのが人の心理というもの。
「おれに勝る男なんていねぇよ。格闘でも、おめーが惚れる男としても。」
「………。」
 この天上天下唯我独尊極まる強気な姿勢はいったいどこから生まれてくるのだろうと呆気に取られもするのだが、事実そうなのだから何も言い返せない。ただ一言、
「……バカ……。」
 と無力な悪足掻きの小石を投げ付けるのが精一杯。
 そんな彼女の気持ちの流れは全てお見通しなのか。「だろ?」と、勝ち誇った笑みを瞳に湛える。
「俺が言いたかったのは、たとえば銭湯に行って覗かれたとか、海に行ってたまたまとか……。」
「ばかねぇ。そんな宝くじに当たるよりも低い――」
 とここまで言って彼女はハッとした。
 蘇る記憶。決して丸々裸を見られたわけではないけれど、湯船から上がったところを、そう「たまたま」――
 途中で言いかけたままの妻。それを見て、単純に不思議がる夫ではない。


「…………やっぱ、あるんじゃねぇか…………。」


 はっとして真上から迫る彼を見上げた。
(ひっ!)
 彼女の背中に冷たい汗が流れていく。彼女が結婚した男は、とんでもない独占欲の持ち主で、とんでもないヤキモチ妬き屋だった。
「……誰に見られたんだよ。」
 もうすでに声のトーンが一オクターブ以上下がってる。
「だっ誰にも見られてないわよ。」
「この俺を誤魔化せると思ってんのか?」
「ご、誤魔化すだなんて……。」
 いつもの勢いはどこへやら。言われたら言い返す。それが二人の喧嘩の基本。だが今回は分が悪い。堂々と言い返せるだけの潔白さが、今の彼女にはないのだから。
「じじいか?」
「ちっ違うわよ!」
「じじいじゃねぇのか?!」
「え?」
 彼の驚く声に彼女は慌てた。
 彼としては、あの八宝斎ならありうると思ったのだ。自分たちが高校生だった頃からその危険性はあったわけで、八宝斎に覗かれるのだって断じて許せないのだが、どこかで「あのスケベ妖怪じじいなら……」という気持ちの上での覚悟ができていたのだ。
 なのに、それが否定されたとなると、自分の想像もしていなかった……果ては知らない“野郎”となる。それは彼の嫉妬をますます煽ることとなった。
「……まさか、P助?」
 本来は“人間の男”なのに彼女にとってはかわいいペット。彼女の部屋へはフリーパス、そればかりか、お風呂も一緒という言語道断なあるまじき行為の危険性だって十分あり得たのだ。彼にとってはなんとも忌々しい最悪最強な宿敵。
「ばか!なんでそこでPちゃんが出てくるのよ!だいたいねぇ、Pちゃんはあんたと違って紳士よ!」
「どーゆー意味でぃっ。」
「そのまんまよ。」
「俺のどこが紳士じゃねーんだよ。」
「よくあたしの着替え中に部屋に乱入してきたじゃない。」
「ばかっ。あれはじじいやP助を捕まえようとし」
「Pちゃんはあたしの着替え中でもちゃんと後ろを向いててくれましたっ。」
 彼の言い訳はピシャリと断ち切られらた。
「はんっ。胸に顔埋めて鼻の下伸ばしてた野郎のどこが紳士なんでぃ。」
「なんでPちゃんの鼻の下が伸びてるって分かるのよっ。だいたい、それはあんたでしょっ。」
「俺がいつ鼻の下伸ばしたっていうんだよっ。」
「シャンプーたちに囲まれてデレデレしてたじゃないっ。」
「なにが『囲まれて』だ!あれはどこをどうひっくり返しても『もみくちゃにされて叩かれてた』って言うんだっ。」
「同じよ!」
「同じじゃねぇ!」
「それによく裸で抱きつかれてたじゃないっ!あぁ、やらしい!不潔だわっ!」
「やらし…って、おいっ、あれは好きでああなったわけじゃねーぞ!向こうが勝手に抱きついてきてだなぁ……。」
「その割りにはずいぶんと嬉しそうだったけど?」
「嬉しくなんかねぇ!」
「どうだか!」
「だいたいあれは不可抗力だ!向こうが突然現れて……。」
「じゃ、あたしのだって不可抗力ですっ!」


「……ほぉ……。」


「あ……。」


 本日、己の浅はかさに悔やまれること二度目の彼女。


「……で?誰に見られたんだよ。」


 絶対におかしい。こんなことがまかり通っていいはずがない。自分が彼に文句をぶつけていたのと、一体なにが違うというのか。自分だけがこんなにも追及されてしまう悔しさ半分、逃げられない焦り半分。落ち着かない心持ちで彼女はなんとか突破口を探ろうとする。
「も、もういいじゃない、そんな話。」
「よかねぇ。」
 こうなってしまったら彼は絶対に引かないのだ。すでに袋小路に追い詰められた自分の姿が彼女には見えた。
「俺の知ってるやつか?」
「しっ知らない人っ。」
 窮鼠猫を噛む……どころか、
「ってことは俺の知ってるやつだな。」
「!?」
 一歩、また一歩、敵は彼女を追い詰めていく。彼のその勘は、もうすでに野性のものに近いのだろう。自分のテリトリーを犯された。そんな気持ちなのかもしれない。
「良牙か?」
 Pちゃんと同じであるのだが、彼女にとっては別物。故に、もう一度聞いてみる。
「ばか!良牙君はそんな人じゃないわよ!」
「……おめーが知らねぇだけだよ……。」
「なんか言った?」
「別に。それじゃ……ムース?っても、あいつはド近眼だからな。……あっ、パンスト太郎か?まさかあの砦で――」
「なに考えてんのよっ!だいたいあたしちゃんと制服着てたじゃない!」
「……だよな。」
「も、もういいじゃない、誰だって。ずっと昔のことなんだし。」
「いーやっ、納得いかねぇ。……小夏?バニーの格好させられた時か?」
「違うわよっ!」
 彼女の焦りは次第に呆れへと変わり、今ではそれも通り越して怒りすら覚え始める。
「だよな。だいたいあいつはうっちゃんにぞっこんだしな。おめーの裸見てもなんとも思わねぇだろうな。」
 なんとなくカチンとくる言葉である。
「まさか……。」
「え゛っ。」
 ついにバレてしまったか。“彼”に関しては、あまりいい思い出がないように思える。その事実を知った時の反応が少し、恐い。

「……九能、先輩?」

「そんなヘマするかーーっ!!」

 一瞬想像して怖気立った。
「……じゃ……。」
 そう切り出した彼の顔が、くしゃりと歪んだように見えたのは気のせいだったのか。
「……な、に……?」
 問いかけても返ってくる返事はない。ただ、じっと彼女を見ているだけ。
「!」
 両手首の呪縛がふいに軽くなった。と同時に、押し迫っていた彼の「気」も彼女の上から消え失せる。彼は、彼女から離れるとくるりと背を向けて横になってしまった。
 逃げ場のない、壁に追い詰められたような威圧感に息苦しささえ感じていたのに、それから放たれてしまうと、どこか淋しいような気持ちに襲われる彼女。よせばいいのに、その強さを追ってしまう。
「どう…したの…?」
 ここで話を終わらせてしまえば困ることはないのに、彼女は引っ込められてしまった、その隠されてしまった彼の言葉をどうしても聞きたいと思った。
「……別に……。」
「ねぇ、なによ。気になるじゃない。」
「なんでもねぇよ。」
 どうやら白状する気はないらしく、頑なに拒む声。
「…………そ。ならいいけど。」
 押して駄目なら引いてみよう。彼女もずいぶんと大人になったようで、こんな駆け引きができるようになっていた。
 そんな彼女の小技トラップにまんまと嵌った青年。布団を被った背中の向こう。彼を取り巻く空気が変わったような気がした。
「…………って、思ってさ……。」
「え?」
「いや、だからさ……。」
 言い淀む彼の躊躇いに、彼女もこくんと息を呑む。伝わる緊張に思わずぐっと手を握り締めた。
 そして、絶対的な自信を常に漲らせている彼には似つかわしくない細い声が、ついにその名を告げた。


「……東風先生、かな……って……。」


「………。」


 何か言ってあげなければ誤解するかもしれない。
 なのに、彼の言葉の余韻に心を捉えられたまま、彼女は一言も紡げずにいた。
 強烈な独占欲とヤキモチで攻め続けていた彼。なのに、たった今彼女が耳にしたその声は、まるで別人のもののようだった。
 静かな嫉妬の怒りから来るものでもなければ、感情をなるべく表に出すまいと決め込んだ不器用な態度から来るものでもない。全ての自信が粉々に砕かれ砂となってしまったような声。

 彼の中ではまだ、引き摺っているというのだろうか。
 当の本人は甘酸っぱい思い出だけで、彼がどこかで不安に思うような感情など、一かけらも残していないというのに。

 ――愛しくて、たまらない――

 いつだってその圧倒的な強さで彼女を押さえつけてしまう彼。
 それなのに、この不安に揺れている姿のなんといとおしいことだろう。
 どんなことをしても倒すことの出来ない彼が見せた意外な脆さに、彼女の心は大きく揺さ振られた。

「ばかね……。」

 妻は夫の背中にそっと寄り添った。そして、彼女はその広さを改めて実感する。
 鍛えられた、自分のとは違った硬さと骨格を持つそれは、いつも咄嗟の危険から庇ってくれた。そう、出会った時から。それは無言の背中だったけれども、いつもの罵詈雑言など許せてしまったほど、そして、いつもは反発していたはずの彼女自身も結局はそこを頼りにしてしまっていたほど、偉大だった少年の背中。
 けれども今は、守ってあげたいと思う愛しい人の背中。
 背に当てていた手をするりと脇腹へ滑らせて、彼女は後ろから彼を抱き締めた。そして、その背中に唇を当てる。

 この気持ちが、彼の全身を伝ってその心へ届くように。

「さっき……言ったでしょ。」





『……うん、あたしも……。』







 ――アイシテル。







 すっぽりと包むような温もりが彼女の左手に降りてきた。そして重なった二本の薬指がゆっくりと絡み合う。心臓に繋がっているこの指にはめられた永遠の証。こんな小さなリング一つで、と思うかもしれないが、その小さな証が立てる硬質な音は胸いっぱいの幸せと嬉しさを運んでくれる。
「……ばぁか。んなこたぁ分かってるよ。」
 返ってきた言葉はいつもの憎まれ口。一瞬あんぐりとなって、それでも、その尊大さすら漂わせる彼の態度にカチンとこないのは、見えないものもきちんと感じることができる余裕が、彼女にあるからかもしれない。
「あのね。」
「ん?」
「……真之介君……にね、ちょっと、見られたの……。」
 ぴくりと動いたような気がした背中。彼女は畳み掛けるように続けた。
「でっでもねっ、ちゃんと前はタオルで隠してたから……!だっだから、全然っ、うん、全然大丈夫だったの!」
 言い訳がましいと思いつつ、とにかく余計な誤解と嫉妬だけは生ませたくなくて、被害は最小に止まったことを印象付けようと躍起になる。
「ひゃっ。」
 二人の体勢が一瞬にして反転する。彼は彼女の頭を胸に押し当てるように抱き締めていた。
「……オレ、やっぱあいつのこと――」
「え?」
「…………。」
 それを認めてしまうのはどこか悔しくて、それを言ってしまったらどこか負けてしまうような気がして、
「なんでもねぇ。」
 彼はその先をぐっと喉の奥に押し込めた。
「?」
 彼の心中など何も知らずに不思議がる彼女。そんな彼女が憎らしくて、そして、ざらりと纏わりつくような不安を払拭したくて、それ一つに頼る己の情けなさを承知で、彼は彼女の唇を求めた。
 しかし、それだけではないのが、彼が彼たる所以であって――

(……ぜってーあいつには負けねぇ……!)

 競い合っても詮無い勝負。
 けれども、一度でも「負け」らしきものを味わってしまったら、己が「勝ち」と納得するまで闘い続ける。
 どこか女傑族の「死の接吻」に似た意気込みを重ねる唇に込めていた。

「なぁ……。」
「なぁに?」
 見上げてすぐにぶつかった熱の篭った視線。彼女はそれを悟る。
「……えっ…と……、うん、大丈夫……だと思う。」
 堂々と言うには恥ずかしさが込み上げてきて、くっと顔を埋めて答えた。そんな仕草が彼をいたく擽(くすぐ)る。
「んじゃ、遠慮なく。」
「ちょっ、ちょっとっ。」
 どこか現金な響きとその速攻性に彼女は待ったをかけた。
「……やっぱ、辛い、か?」
「そっそうじゃなくて……。」
「?」
「あれ……。」
「あれ?」

「うん。……もう一回、言ってほしいな。」

「……え゛。」

 何を意味するか分かったのだろう。彼の全身の関節がぎしぎしと唸りだし、暗がりでもその顔に熱が込み上げてくるのが見えた。
「だめ?」
 ああ、いつの間に彼女はこんな必殺技を身に付けたのだろう。軽く首を傾げたお願いのポーズに彼の熱は上昇まっしぐら。
「だ…っ、だめ……って……。」
「ね?いいでしょ?」
「い、いや、だから……っ。」
 さぁ、あともう一押し。勝負の決め所も彼女は押さえていた。
「お願い。ね?」
 駄目押しは囁き声。
「いや、えっと、だから、その…………、あ、あ、あい………。」
 彼女の目に浮かぶ星がきらきらと輝きを増す。
「あっあっあい、あい、あいし…………だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!やっぱり駄目だっっ!!」
「ええ〜〜〜〜っ!なんで駄目なのよっ!」
「こんなキザったらしいせりふ、そう何度も言えるかっ!」
 旦那様はすでに逆切れの勢い。
「なによ、さっきは言ってくれたじゃないっ!」
「さっきはさっきだ!そっそれにっ、んなに何度も言ったら意味が軽くなるだろうが!」
「ならないわよっ。」
「なるっ。」
「ならな……っ……。」
 これ以上は言わせない。強引だけれども、甘い口封じ。
「……いっつもそうやって誤魔化すんだから……。」
 膨れた頬はほんのりと赤く、彼は小さく笑う。拗ねても悪い気がしないだろうと見越して出た行動。
「俺は言葉より態度で示す男なの。」
「のわりには素直じゃなかったんじゃない?高校時代。」
「お互いさまだろ。」
「う゛っ。」
 それを言われてしまうと彼女も返す言葉がない。
「それに、態度では示してたぜ、あの頃だって。」
「どこがよっ。」


「おめーは絶対に俺が守るってな。」


「………。」


 彼女は再びその厚い胸板に顔を埋め、馬鹿と小さく呟いた。
「ひっでーな、その言いよう。」
「だっ、だって……!」
 愛の言葉などさらりと言えないのは今も同じなのに、その不器用さで時々ものすごい直球を投げてくるから、慣れない受け手はその衝撃に痺れてしまうのだ。
「ふ〜ん。」
「なっなによ。」
「嫌い嫌いも好きのうちってか?」
「ちっ違……!」
「んだよ、違うのか?」
「ちっ……違わ、ない……けど。」
「な?」
 してやったりと笑う彼は憎らしいけれど、それよりも、もっと大きな気持ちが彼女の胸を包むから。
「……たよ。」
「ん?」
「知ってたよ、いつも守ってくれてたの。」


 だから、その一片でも伝えていきたい。


「ありがとう、乱馬。」


 この気持ちを引き出してくれる源が、不安という闇に呑まれてしまわぬよう。


「さっ。」
「?」
「最初っから、素直にそう言えばいいんだよっ。」
 ストレートな彼もいいけれど、こんなところもやはり捨てがたい。
「相変わらず横柄な物言いなんだから。」
「わーるかったな、横柄でっ。そいつと一緒になったのはどこのどいつでぃ。」
「……あたし……。」
 寄せ合う体に小さな笑い声が軽やかに響く。



 こんな幸せを積み重ねていこう。
 大きな幸せひとつよりも、たくさんの小さな幸せを。

 これからも、ずっと。



「あかね……。」

 二人重ねた手が、



「……愛してる。」



 強く優しく絡まった。












作者さまより
 昨年の一之瀬さまのバースデー記念として「Wdding Bed」を贈らせていただき、「続きのお話があるので、それはまた来年に・・・。」というお約束をさせていただきました。
 サイトのリニューアル作業真っ只中ということで、しかも「作業が進まず!」という日記を本日出されたばかりだというのに投稿作を送りつけてしまい、申し訳ありません。
 ですが、一之瀬さまへのお誕生日ギフトとして投稿した作品でもあり、サイトにお越しのらんまファンの皆様にも読んでいただきたいと思うのが投稿者の本来あるべき姿勢なのでしょうが、
 暫しの間、サイト上ではなく、一之瀬さまのPC上で楽しんでいただけるだけでも一投稿者としては大変嬉しく思います。
(メール本文より抜粋)


 待望の、かさねさま作品であります!長らく留学のために渡英されていらっしゃったので、作品をいただいたのは久しぶりであります。
 お誕生日にいただきました。なのに、休眠期間が思った以上に長びいてしまったために、今頃の掲載になってしまい、申し訳ありません(汗

 「新妻」という言葉、なんと良い響きなのでしょうか。「恋人」や「許婚」であった頃とはまた違った、風情が広がっていても良さそうなのに、やっぱりこの二人は「痴話喧嘩」が好きな模様で…。どちらともなくたきつけ、たき付けられる会話に、彼らの愛情が見え隠れしていて心地良いです。
 こういうのを「純愛」と呼ぶんだろうなあ…。
(一之瀬けいこ)

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