◇嗚呼、麗しの君の髪
第二話、あかねと美容師の恋?!
かさねさま作
いつもの通学路。いつもの風景。そして、いつもの帰り道。
フェンスの上を難なく歩いていく乱馬。
フェンス越しの道を、彼と並ぶようにして歩いていくあかね。
変わらない日常の風景。変わってほしくない二人の帰り道。
高校二年生になり、クラス替えがあったにも関わらずまた同じクラスになった乱馬とあかね。
新学級になった当初は、周りの友人たちから
「よっ!お二人さん!夫婦は違うね〜」
「二人の絆ってやっぱり強かったのね〜」
などと散々からかわれた。
『人の噂も七十五日』という格闘チアリーディングの経験から、乱馬は友人たちの冷やかしに反抗しながらも、こうしてあかねと登下校を共にしていた。
あかねも、乱馬と二人になれる時間を大切にしたかった。だからさゆりやゆかに反論しつつも、決して乱馬との登下校を止めようとはしなかった。
こうして、いつもと同じように並んで歩く二人。
しかし、変わらないのはこの二人だけではない。
「乱馬ぁ〜!デートするよろしっ」
「乱ちゃ〜ん!うちの店に寄ってき〜!」
「乱馬様〜!今夜、九能家の晩餐にご招待いたしますわ〜!」
そう。変わらない、風景…。いや、変わってほしい風景。
「い゛っ!おまいら!!」
いつもの三人娘の登場。そして、彼女たちと優柔不断男の攻防戦。
(毎日毎日、よくもまぁ飽きずにやってられるわねぇ)
いつもなら怒りの闘気をめらめらと放つあかねだったが、今日は怒るのもバカらしくなり、許婚を置いて家路を急ぐ。
「お、おい!あかね!待てよ!」
三人娘の愛の攻撃をかわしつつ、すたすたと先に行ってしまうあかねを呼び止めようとする。
「あたし、用事あるから。先行くわよ〜」
こちらを振り返ろうともせず、手だけは『バイバイ』というように乱馬に振る。
「あんな冷たいあかねなんか放っとくね、愛人」
腕にしがみつくシャンプー。
「なにが、『愛人』や!うちの乱ちゃんから離れんかい!」
乱馬に引っ付くシャンプーを引き剥がそうとする右京。
「まったく!図々しいでございますわよ!」
右京に加勢しようと棍棒を投げつける小太刀。
「お前らっ、いい加減にしろ〜!!」
そんな乱馬の悲痛な叫びを、あかねは背中越しで聞きながら一人家へと帰って行った。
「お夕飯ですよ〜」
かすみとのどかの声に、全員が居間へと集まってくる。
「「「「いっただきまぁ〜す」」」」
そして、大家族の夕食が始まる。
「あーら、小太刀に夕飯の招待受けたんじゃなかったの?」
夕食が始まって早々、あかねから嫌味の一つが飛んできた。
「ふんっ!さっさと帰っちまった冷た〜い誰かさんになんか関係ねーだろ!」
乱馬も負けじと言い返す。
周りの家族は、それまた始まった…と言わんばかりに二人に目を向ける。
「どうしてこう仲が悪いのかねぇ、早乙女君」
「う゛〜ん、困ったものだねぇ、天道君」
「あらあら」
「勝手にやらしときゃいいのよ」
「喧嘩するほど仲がいいっていうものね」
周りのことなど気にも留めず、口喧嘩を続ける二人。
「だって、用事があったんだもん。仕方ないでしょ!」
「ほぉ〜、そうですか。そりゃどうもわるーござんした!」
「なんなのよ、その態度!気に入らないわね!」
「お〜、結構、結構!だ〜れが、あかねなんかに気に入られたいかよっ」
「ぬわんですって〜!だいたいねぇ、なんであたしがでれでれ鼻の下伸ばしてるあんたなんか待ってなきゃなんないのよ!」
「誰がいつ鼻の下伸ばしたっていうんだよ!」
「いつも伸びっぱなしでしょうが!」
「んだとぉ〜!」
「まぁまぁ、そのくらいにしときなさいよ、二人とも」
一体どういう風の吹き回しなのか、なびきが助け舟を出してきた。
…勿論、「あの」なびきが単なる良心でそんなことをしたとは信じ難いのだが。
「あかねだって、遅刻できないような大事な用事があったんだから。大目に見てあげなさいよ、乱馬君」
意味深な言葉に、意味ありげな視線を乱馬に送る。
「そうよ。あたしだって約束の時間があったんだから」
「なんだよ、約束って」
なびきの言葉にまんまと引っ掛かった乱馬は心中穏やかではない。
「担当の人って変わってないの?あかね」
乱馬のことなどは無視してなびきは話を続ける。
「うん。田辺さんてこっちの希望通り以上にしてくれるから。信頼してるんだ」
「あんたたち、結構付き合い長いわよね」
これまた意味深な内容。
その「田辺」と呼ばれる人物が一体何者なのか、あかねとはどういう関係なのか。そんな疑問が乱馬の頭をぐるぐると回っていた。
「誰だよ、田辺って」
やきもきしている乱馬に気付いていながら、なびきはまたもや乱馬を会話に入れようとしない。
「あたしも一度だけ担当してもらったことあるけど、彼って結構かっこいいわよね」
「彼」=「男」と分かった時点で、乱馬の不安が爆発する。しかも、「かっこいい」というではなか。
「おい!だから、何の話かって聞いてんじゃねーかっ」
「っんとに、ごちゃごちゃとうるさいわねー。あんたには分かんないわよっ」
まるで自分には分かるはずもないといったあかねの台詞に、乱馬のプライドがぴくっと反応する。
「んだと!言ってみなきゃ分かんねえじゃねーかっ」
「もう!だから美容院よ!」
「はっ?びょういん?」
「ばか!び・よ・う・い・ん!」
「ああ、散髪屋か」
「あんたのと一緒にしないでよ」
「けっ!んなの、行ったって行かなくったって変わんねえじゃねーか。寸胴が直るわけじゃあるめーし」
最後の言葉がいけなった。あかねの拳がぷるぷると震える。
「…だから、あんたに言っても分かんないって言ったのよ!!」
あかねが言い終わるか終わらないかのうちに、乱馬は空高く舞い上がっていった。
食べ掛けのご飯と、
「どちくしょ〜!」
という叫びを残して…。
「あらあら。乱馬君、ご飯もういいのかしら」
おっとりとしたかすみの言葉と、残された人々の溜息が静かに聞こえた。
「ったく〜。あかねのやつ、思いっ切り殴りやがって」
吹っ飛ばされた乱馬は、あちこちに傷を作って戻ってきた。
「あら、おかえりなさい」
いかにも待ってましたというように、天道家の次女が乱馬を出迎える。
こういう時は、ろくな話にならない。今までの経験から学んだことだった。
「なんだよ…」
警戒する乱馬。
「あら、ずいぶんねぇ。せっかくいいこと教えてあげようかと思ったのに」
「どーせ、くだらない内容なんだろ。んなのに情報料なんて払わねーよ」
「へ〜、ずいぶんな余裕ね。あかねと田辺さんのことなのに」
階段を上がろうとした乱馬の足がピタッと止まる。
なびきが獲物を捕らえた瞬間だった。
「…いくらだ」
「千円」
しぶしぶ財布の夏目漱石をなびきに渡す。
「毎度!」
「で?」
情報料を取られたことと、また何か自分が聞きたくないような情報だろうという予想から、乱馬の眉間に皺が寄る。
「まぁまぁ、そんな恐い顔しなさんな。いい男が台無しよ」
「んなことはどーでもいいから。なんなんだよ、その、あかねと田辺って野郎のことって」
あまり聞きたくないと思う反面、
(あかねに手ぇ出すやつがいたら、ただじゃおかねー!)
といきり立つ。
「田辺さんてね、あかねが中学校の時から担当してもらってる美容師さんなのよ」
「美容師?!あいつ、そんなガキん時から美容院なんてとこ行ってたのかよ。ませガキだなぁ」
「あら、今時の子なんて就学前から行ってるわよ。それに、美容院行ってるからって、別にませてるわけじゃないでしょ?」
「それで?」
「さっきもちらっと話したけど、田辺さんてかっこいいのよねぇ。しかも、なんだかあかねに気があるみたいだし…」
(んだとぉ〜!)
思わず叫びそうになり、ぐっと堪える。
「中学の時からの付き合いでしょ?ロングだった時はそれほど頻繁には行ってなかったけど、ショートにしてからは2カ月に1回のペースで通ってるしね」
「2カ月に1回?!」
(ってことは、俺と知り合ってからは…)
密かに回数を計算し始める。
「乱馬君なんか、美容院なんて所行ったことないでしょうけど、結構、気持ちいいのよ。人に頭洗ってもらって、髪の毛切ってもらうのって。相手はプロでしょ?そりゃもう、夢心地よ」
乱馬の頭の中に、いやらしい狼があかねの髪を触りまくっている図が浮かんでいた。
「美容師と客の恋なんて、よくある話しだしねぇ。結婚する人もいるみたいよ」
(な゛っ!なに〜?!)
なびきの最後の追い撃ちが効果覿面だった。
「どこなんだよ!その美容院って!」
ここまで来るともう歯止めが効かない。
「千円」
なびきの手がすっと伸びる。
「な゛っ!さっき払っただろっ」
「追加情報料よ」
「ちぇっ!ちゃっかりしてるぜ」
ぶつぶつと言いながら、もう一人夏目漱石を取り出す。
「場所は駅前にある美容院よ。担当者の名前は…と、これは分かってるわね。あかねの友達で、紹介されましたって言えば友達紹介キャンペーンかなんかで安くなるわよ。どうせお小遣い足りないでしょ?」
「…足りなくしたのは誰だよ…」
なびきの手の中にある二人の夏目漱石を恨めしそうに見つめた。
つづく
作者さまより
今回の「嗚呼、麗しの君の髪」は、映画『愛と哀しみの果て』であった、ロバート・レッドフォードがメリル・ストリープの髪を洗うシーンからヒントを得ました。
でも、映画のようにはどきどきした描写ができなくて、ただ文の羅列になってしまいました。
しかも、乱馬の独占欲が強すぎて…。
原作のキャラクターじゃ、絶対あり得ない・・・。
独占欲・・・大いに結構。
原作と違う乱馬とあかねを描く作品を読むのも楽しみの一つです。
さあ、乱馬はどうするのか・・彼のやきもちぶりを楽しみにしてくださいませ・・・。
(一之瀬けいこ)
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