◆それぞれの愛しき想い
かさね(秋月空)さま作


「ん…」
ある日曜の朝。
静かに降り注ぐ雨の音にあかねはゆっくりと瞼を開けた。
決して早い時間ではない。少し朝寝坊の時間…のはず。いつも日曜日は目覚ましを掛けていない。朝はとっくに迎えているはずなのに、雨のせいなのか、カーテンの隙間から入る外の光は暗い。
居心地の良いBGMのように聞こえる雨音にあかねは耳を澄ました。と同時に、自分の顔に優しく当たる規則正しい寝息と頭の下にある腕枕に気付く。そして…あかねを守るように背中に回された逞しい右腕。
(乱馬…)
あかねは愛しい彼の顔をそっと見上げた。
「出逢ってからずっと守られてるね…あたし」
彼が自分を助け、守ってくれた数々の出来事が次から次へと頭に過ぎる。
自分の髪がばっさり切られた良牙君との決闘の時、飛び出るバンダナから守ってくれた乱馬。ムースに捕まって鴨子溺泉の水を浴びせられそうになった時。パンスト太郎と戦った水の砦。呪泉洞…。久能先輩や八宝斎のおじいさんたちからだって…。数え上げたら切りがない。
そして、今も…
愛して止まない者への感情が迸るように溢れだし、身体中をいっぱいにしていく。溢れ出す愛しさに堪えられず、あかねは乱馬の前髪を優しくかきあげる。
「いつもありがとう…乱馬」
そう呟くと、自分を包み込むように置かれた右腕をそっと外した。

…あなたよりも一回りも二回りも小さいんじゃ、その大きな体は守りきれないけど…

解いた乱馬の右手を、自分の両手で包み込んだ。
「愛してる…」
それは、乱馬の耳には届かなかったかもしれない。それほど小さな囁きだった。
静かに瞼を閉じ、優しい雨音に誘われるように再び眠りへと就いた。


意識の遠くの方で静かな雨の音が聞こえる。
「雨が降ってるのか…」
乱馬はまだはっきりしない頭で誰に言うでもなく呟く。寝ぼけ眼で時計を見ると針は9時半を指していた。日曜の朝はゆっくり起きる。これが早乙女乱馬・あかね夫婦の何となく決まっている日曜の起き方。どちらかが起きれば片方も起きる。いつもは一緒に朝食を取る他の家族も、特別なことがない限り、日曜の朝だけはこの新婚夫婦をそっとしておく。
(もうちょっとだけ寝っかな…。あかねもまだ起きてねーようだし…)
ふとあかねを見る。
大きな瞳は瞼に閉じられ、そのためか睫が長いことに否応無しに気付かされる。さくらんぼのような小さな唇は微かに開いているのか、静かな寝息が漏れてくる。
(かわいい寝顔しやがって…。俺以外の野郎にそんな寝顔、見せんじゃねーぞ)
この男、「格闘」と名の付くものに関しては負けたことがないというほど強いらしいが、独占欲も人一倍強い。
(ん…?)
乱馬は自分の右手に感じる温もりに気が付いた。
(こいつ…)
思わず笑みが零れる。あかねの両手が自分の右手を包み込んでいた。
「結局、こいつに守られてるんだよなぁ…」
出逢った時から、あかねを守ってきた。「守ってやる」と意識し始めたのはいつからだったんだろう。最初はそんなつもりなかったはず……なかったと思う。
(でも、なぜだろう。出逢った時から守ってたんだ、あかねを。きっと無意識の意識。俺の奥深くに眠っていた「本当の俺」は分かっていたんだ)
あかねだけは、たとえ自分の肉体が尽きようとも守っていく。それが自分の使命とさえ思える。
でも……。
自分が守っているようでいて、本当はあかねに助けられている。呪泉洞の時はもちろん、ヤマタノオロチの時や貧力虚脱灸で弱くなってしまった時。宝来山の時だって、あかねのことがなかったら立ち上がれなかった。どんな戦いも、あかねがいなければ助からなかったかもしれない。
(こいつがいなかったら、俺は命を落としていたかもしれないな…)
そして今も、この愛しい笑顔に、いや存在に自分はどれほど守られていることだろう。あかねがいることで、どれほど自分が満たされていることか…。
「ニブチンのお前には、分かんねーよなぁ…」
腕枕をした左手でその柔らかな髪をそっと撫でる。

…もう少しこのままで眠らせてくれ。目覚めたらお前を守るために戦うから。だから、今、この時だけ、お前に守られたままで…

包まれた右手であかねの手をそっと握り返した。
「愛してるよ…」
起きている時ならばとても口には出せない言葉を彼女の耳元で囁き、乱馬もまた眠りに就いた。静かな雨音に誘われ、最愛の人が待つ夢へ…。







一之瀬的戯言
日曜の朝の情景。
人肌恋しい秋の夜長にしっとりと読んでみたい味わい深い作品。
以後「呪泉洞」を中心にご活躍いただいている、かさねさまの投稿第一作です。



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