◆いもうと
かさねさま作
「母ちゃん、はやくぅ。」
母ちゃんはまだげんかんにいる。はやく手つないでほしいのになぁ。
「こらっ。母さんは大事な体なんだからあんまり急がせちゃダメだろ。」
「だって…。」
「ったく、しょーがねーな、斗馬(とうま)は。男のくせに甘えん坊だ。」
「父ちゃんだって、いつも『あまえんぼう』だよ!」
「だっ、誰がいつも甘えん坊なんだっ。」
なんか父ちゃんの手、きゅうにあっつくなってきた。
「どうしたの?何が甘いの?」
「え゛っ?!い、いや、チョコレートが甘いって言ってたんだよなぁ、斗馬!」
「???」
「なっ!」
「う、うん…。」
ちょっとちがうけど…。ま、いーか。
「チョコレートが甘いなんて、そんなこと決まってるじゃない。」
母ちゃんは「にぶい」んだって。父ちゃんがよく『おまえは「にぶい」からな。』って母ちゃんにいってる。「にぶい」ってことばはよくわからないけど、たぶん、母ちゃんは「にぶい」。
「さ、さぁ、行こうぜっ。」
父ちゃん、かおがあかいよ。あついのかなぁ。
「そうね。待たせちゃってごめんね。」
「ううん、だいじょうぶだよ!父ちゃんが、『母ちゃんはだいじなからだだからゆっくりでいいんだ』って。」
「あら、そう。優しいお父さんね。」
「俺はいつだって優しいの。」
「はいはい。」
(あ…)
オレ、これがすっごくすきなんだ。
父ちゃんに「けいこ」してもらうことも、パンダじーちゃんにゆらゆらしてもらうことも、母ちゃんのおひざのうえでねることも…これをするとときどき父ちゃんがおこるけど…、いっぱいいっぱいすきなことはあるけど、父ちゃんと母ちゃんがわらってるときが一ばんすきなんだ。きょうのポカポカおひさまみたいで、なんかとってもうれしくなっちゃうんだ。
「やだ、斗馬。なに笑ってるの?」
くすくすわらう母ちゃんをみて、もっとうれしくなった。
母ちゃんは「びじん」なんだよ。ようちえんのともだちはみんな、せんせーがきれいだっていうけど、母ちゃんのほうがず〜っときれいだとおもう。父ちゃんだって『母さんはせかいで一ばんきれいなんだぞ。』っていってた。でも、『母さんにはいうなよ。』っていってたけど。なんでかな…?
「なんか嬉しいことでもあったのか?」
「うん!だって、きょうは『おとうと』か『いもうと』かわかるんでしょ?」
「そうね。たぶん分かると思うわよ。」
母ちゃんはすっごくやさしいかおして、おおきくなったおなかをさわった。
「オレ、ぜったい『いもうと』だとおもうよ!だって、その子がそういってるもん!」
「へぇ、すごい自信だな、斗馬。よし!じゃ、俺は弟だ!」
「なに子供相手にムキになってんのよ。」
「いーじゃねーか、別に…。」
父ちゃんはつよいけど、母ちゃんにはよわいんだって。なびきおばちゃんがいってた。
オレの父ちゃんは「むさべつかくとう」っていう「かくとう」をしてて、とってもつよいんだぞ!母ちゃんが『せかいで一ばんきれい』で、父ちゃんは『せかいで一ばんつよい』んだよ!それでね、父ちゃんはオレの「ヒーロー」なんだ。
でもね、父ちゃんでもかてないものがあるんだって。それが母ちゃんなんだよ。「どーじょー」でふたりが「たたかってる」ときは、父ちゃんつよいなぁっておもうけど、ほんとうは父ちゃんて母ちゃんに「べろんべろんに」よわいんだって。…この「べろんべろん」は、パンダじーちゃんとひげのじーちゃんがおしえてくれた。
「あたしは男の子でも女の子でも、元気な子さえ生まれてくれれば…。斗馬みたいにね。」
「確かにな。俺たちにしてみればどっちにしても宝物には変わりねーや。」
「うふふ、そうね。」
あ、またポカポカのおひさまだ。
父ちゃんと母ちゃんがいると「はる」みたいにあったかくて、からだがフワフワかるくなるんだ。ほら、あそこにあるふわふわのくもみたいになっちゃうんだ。足だってはねがあるみたいにピョンピョンとんでるみたいだ。…ほんとうは、父ちゃんと母ちゃんの手があるからなんだけどさ。
ひだりの手は父ちゃんのおっきな手。
みぎの手は母ちゃんのやさしい手。
ずっとずっと、これからもずっと手をつないでてくれるよね、父ちゃん、母ちゃん。
「ん?」「どうしたの?」
「ずっと、いっしょだよね。父ちゃんも母ちゃんも。」
「「?」」
「バイバイ、しないよね。」
「「え?」」
父ちゃんも母ちゃんも、びっくりしたかおしてる。でも、オレ「しんけん」なんだよ。だから、こうやって父ちゃんの手と母ちゃんの手をギュッてくっつけてんだよ。
「どうした?斗馬。」
いっしょうけんめい父ちゃんと母ちゃんの手をくっつけてたら、父ちゃんがオレのあたまをぐしゃぐしゃぐしゃってなでた。それからあっというまにだっこして、いつもぶらさげてあそんでくれるふとくてつよいうでにのせてくれた。
(うわぁ…。父ちゃんとおなじだ。)
父ちゃんがだっこしてくれるときや「かたぐるま」してくれるときはおそらがぐ〜んとちかくなるだ。父ちゃんはでっかいんだよ。「おさげ」だって父ちゃんのほうがおっきいし。はやく父ちゃんみたいになりたいなぁ。
「幼稚園でなにかあったのか?」
やっぱり父ちゃんってすごいや…。ときどきへんだけど、でも、とってもだいじなときはつよくてやさしい目でおはなしするんだ。だからこまったときは父ちゃんがいればだいじょうぶなんだ。
「…うん。あのね、しおりちゃん…。」
「しおりちゃんって、斗馬と同じ星組の?」
「うん。」
「そのしおりちゃんがどーかしたのか?」
「…しおりちゃんの父ちゃんと母ちゃん、もうすぐさようならするんだ…。」
しおりちゃんがオレだけにそっとはなしてくれたんだ、しおりちゃんの父ちゃんと母ちゃんのこと。
しおりちゃんちの父ちゃんと母ちゃんはいつもケンカをしてて、もうすぐバイバイするんだ。もういっしょのおうちにすまないんだって。しおりちゃんは父ちゃんといっしょにすんで、母ちゃんはどっかにいっちゃうんだって。
『でも、しおり、へいきだよ。』
ってしおりちゃんいってた。
『なんでへーきなの?』
『だって、パパもママもすきだもん。しおりがなくとね、パパもママももっとこまっちゃうんだって。だからしおりは…。』
でも、しおりちゃんの目に「なみだ」があった。しおりちゃん、なかないようにがんばってるんだっておもったら、なんだかとってもかなしくなってきたんだ。だから、ひみつのおはなしをやめて、しおりちゃんをみんなのところにつれてった。しおりちゃんの目にもう「なみだ」はなくて、わらってみんなとあそんでた。
しおりちゃんはへいきじゃないのに、へいきだよっていった。
父ちゃんも母ちゃんもすきだから、なかないっていった。
でも、オレ、わかんないよ。
父ちゃんも母ちゃんもだいすきだよ。
ときどきけんかもするけど、父ちゃんと母ちゃんがわらってると、ほんとうにうれしいんだよ。
父ちゃんと母ちゃんが、オレの「父ちゃん」と「母ちゃん」で、ほんとうによかったっておもってるんだよ。
父ちゃんと母ちゃんがいるおうちがだいすきなんだよ。
だから、もし父ちゃんと母ちゃんがバイバイしたら…
「しないよね!父ちゃんと母ちゃんはサヨナラしないよね!!オレ、ぜったい、やだからね!」
「バーカ!」
「ふがっ。」
父ちゃんはオレのはなをひっぱった。
「俺たちもずいぶん嘗められたもんだぜ。な、あかね。」
「…なめ…?」
なになに?父ちゃん、わかんないよ。
「いいか、斗馬。よっく聞けよ。」
あれ?父ちゃんの目が「しんけん」だ。「どーじょー」で「どうぎ」をきてるときより「しんけん」だ。
「父さんと母さんは…」
「しんけん」なかおで母ちゃんをみて、ほそくてしろい母ちゃんの手をギュッてにぎった。いつもオレの手をにぎってくれるのとちょっとちがう。かみさまにおねがいするときみたいに「おやゆび」から「こゆび」までギュッていっしょになってる。ほそいゆびとふといゆびがじゅんばんにならんでる。
「父さんと母さんは、どんなことがあっても…、そうだな、たとえば、お空と大地が引っくり返っても、絶対に離れたりなんかしねーんだ。」
「…ぜったい?」
「絶対に、絶対だ。」
「…ほんとう?」
「ああ、本当だ。男に二言はない。」
「…にごん…?」
「ああ。嘘じゃないってことさ。お前とこれから生まれてくる子が大きくなって、結婚して、子供ができて…、父さんと母さんがおじいさんとおばあさんになってお前たちの前からいなくなっても、ずっとずっと一緒だ。」
父ちゃんは、母ちゃんといっしょになった手をオレにみせた。母ちゃんがとなりでうれしそうにわらってる。すっごくきれいだ…。
「そうよ、斗馬。だからそんなこと、もう心配しないで。」
母ちゃんがやわらかい手でほっぺたをなでてくれた。
うん!父ちゃんと母ちゃんはウソついてない!!
「じゃ、父ちゃんと母ちゃん、『チュー』して!」
「「え゛っっ!!」」
「だって、ふたりは『あいしあってる』んでしょ?」
「い゛っ!」「と、斗馬!どこでそんな言葉覚えてきたの!」
「なびきおばちゃんがおしえてくれたんだよ。父ちゃんと母ちゃんはとってもとっても『あいしあってる』から『チュー』するんだって。」
「お、お姉ちゃん…っ!」「なびきのやつ〜〜〜〜〜っ!」
「ねぇ、『チュー』してく…ぶふぁっ。」
「しーーーっっ!!」
あれ?みんなこっちみてる。
(!!)
「ひょーひゃん!いひひゃへぇひぃひゃいひょ〜!(父ちゃん!いきができないよぉ!)」
「おおっと、わりー、わりー。」
「と、斗馬。もうちょっと小さい声でお話しましょうね。」
父ちゃんも母ちゃんもなんでまわりばっかりみてるんだろ…?
「ねぇ、『チュー』は?」
「ばっ、ばか!そーゆーものは、人前でするもんじゃねーんだっ!」
「そっ、そうよ!…あっ!まっ、まさか、斗馬…!あんた、幼稚園のお友達にそんなこと…」
「いってるよ。」
「「げっ!!」」
「なんで?だめなの?」
「と、斗馬…///」
「もう〜〜〜、今度からどんな顔して幼稚園に行けばいいのよぉ…///」
あれ?ふたりともトマトみたいにまっかだ。そんなたいへんなのかなぁ、おとなの「チュー」って。ようちえんのともだちだって「チュー」してるのに。でも、そんなこといったら、きっと父ちゃんも母ちゃんももっとびっくりしちゃうからやめよう。だって、母ちゃんのからだはあんまりびっくりさせるとよくないって父ちゃんがいってたもん。
それから七がつになって、「いもうと」がうまれた。
ね?いったとーりだったでしょ?
あ、でも、トマトみたいなかおでびょういんへいったときに、「いもうと」だってわかったんだよ。
父ちゃんも母ちゃんもそれからじーちゃんやばーちゃんもみんな、オレが「ぜったいにいもうとだ!」っていったのがふしぎだったんだって。
でも、オレ、ちゃんときこえてたんだ、いもうとのこえが。いもうとはちゃんと父ちゃんや母ちゃんにもはなしかけてたんだよ。でも、きこえなかったみたいだったけど。
それから、いもうとは「あきら」っていうなまえになったんだ。
ともだちに「あきら」っていうおとこの子がいるけど、ふつうはおとこにつけることがおおいんだって。
でもね、父ちゃんと母ちゃんがいってた。「あきら」っていうかんじはちょっとむずかしいけど、“あさのおひさまがのぼる”いみなんだよって。
あきらはあさのたいようがでてくるときにうまれたんだ。ばーちゃんが「よあけ」っていってたかな。
「よあけ」みたいなおんなの子になってほしいって父ちゃんと母ちゃんがいってた。
母ちゃんのなまえが「あかね」っていうなまえで、すっごくきれいな「ゆうひ」のいろのなまえだから、あきらは「あさひ」のなまえなんだよ。
オレ、とってもきれいななまえだとおもう。
じぶんのなまえもすきだけど、あきらのなまえもすきだよ。
…もちろん、あきらもすきだよ。
だって、だいすきな父ちゃんと母ちゃんの「たからもの」だもん。
だから、あきらはオレとおなじ、父ちゃんと母ちゃんの「たからもの」になるんだ。
オレとあきらは、父ちゃんと母ちゃんがずっとずっと「まもりたい」ものなんだって。とってもとってもだいじなものなんだって。
「えへへ。なんかとってもうれしいね、あきら。」
あきらはあかちゃんのベッドでねむってる。すっごいちっちゃくて、すっごいやわらかくて、なんだかこわれちゃいそうだよ。
「うわぁ…。」
あきらのちっちゃい手にさわったら、ぎゅーってオレのゆびをにぎった!あかちゃんでもすごいちからだ。
オレね、ずっとずっとたのしみにしてたんだよ、あきらとあえるの。
これからいっぱいいっぱいあそぼーな。
それから、いっぱいいっぱい「けいこ」もしような。
いっぱい、いっぱい、いっぱい…
「これからどーぞよろしく、あきら。」
完
作者さまより
(小人の過つは必ずかざる)
…読みにくいですね。す、すみません…。
漢字で書こうと思ったのですが、どうも子供に語らせている感じが出ず、思い切ってひらがなに。まぁこれくらいは…という文字だけ漢字に。
以前、投稿させていただいた「観察」の時は、自分が郵便局で見た母子から妄想し、今回のも電車で見た仲睦まじい親子を見て書き始めたのですが、子供の語彙で話を進めるのがあまりにも困難で、途中で挫折してそのままパソコンで眠っておりました。
が、最近友人が出産し、書きたい衝動がムクムクムクと…。
設定としては四歳児ほどです。でも、できすぎていますね、この四歳児。(特に、しおりちゃん。)
友人の四歳児は、聞いた言葉をすぐに吸収して日々新しい言葉を増やしていき、色々なことを話すので楽しいと申しておりました。
お腹にいる子供に話し掛け、性別を言い当てたというのは別の友人の実体験です。子供とは摩訶不思議なもので、知恵の付く四歳あたり前に、「お母さんのお腹の中は何色だった?」と聞くと、勘の良い子は記憶に残っていて「○○色だった」と答えるとか。
友人の旦那さんの姪っ子さんはもっと恐ろしく(?)、「お腹の中はどうだった?」と聞いたら、ばっと頭の天辺を押さえて「もう、痛かったよ〜」と答えたそうです。その子の母親はギクッとしたとか。そのお子さん、吸引分娩だったそうで…。(嘘のような本当の話)
「あきら」。漢字は「暁」です。この命名にはとある漫画の巨大な影響が。…吉田秋生先生の「BA○○ FI○」です。パクリと言ってしまえばそれまでですが、乱馬×あかね夫婦に女児が誕生したらこの名前をつけようと思っておりました。
下に妹や弟ができると、上の子はしっかりしてきます。赤ちゃん戻りする時期があっても、それは束の間。俄然、「頑張らなくちゃ!」となるようであります。斗馬くんもそうなりそうですね。
暁。二人は生まれた女の子に、そんな名前をつけそうな気がします。
さて、はみ出し話をば。
お腹の記憶の話は三歳までに訊くことが大切です。それ以後だと記憶にないそうです。
私も娘が三歳くらいのとき、いろいろ聞きました。こちらが「へ?」と思うほど、良く覚えているらしく、驚くほどすらすらと答えが返ってくるんです。(実践した人)
当時の彼女は「お兄ちゃんの声がうるさかった!」とか「暖かくて気持ちが良かった。」とか「お父さんは女の子がいいってずっと言ってた。」とか。
言った本人は勿論、もう覚えていませんが。
子供が三歳くらいになったら、是非尋ねてみてください。新しい発見があるかも。
Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights
reserved.