◇夢幻
  6、Battle Third 〜~heart~

自動的存在さま作


目覚めて最初に認識できたのは、体中に渦巻いているだるさと背中に押し寄せる寒気のみだった。
「………」
眼に入ってきたものは、黒いざわざわとした雲だった。その中を、ごろごろと光が走っている。
ここは一体どこだろう?その前になんだろう、この胸に押し寄せるどうしようもない不安は。
とりあえず、少女は体を起こそうとした。だが、自分の体に触れているものが固体ではないということにようやく気がついたらしい。
「?」
眼を疑った。自分の下に淀んで、濁ったものがある。どろどろと滑って、少女の赤い服に浸食してきている。
少女の背中にあるのは、様々な粒子が分解されてると思わしき液体だったのだ。そして、空に広がっているのはうるさいぐらいの雷鳴…
「!?」
少女の背中に本能的な戦慄が走る。下に広がっているのは純粋でも何でも無い、間違い無く電流を通すと思われる液体。そして、自分はその上にいるこの意味は…
「あぶねえ!」
危機を察知した途端、少女は両手から衝撃波のようなものを発し、体をその液体から引き離した。
そして、液体の真上に飛び出ると、すぐその近くに陸を確認した。
「くっ!」
すぐさま体を旋回させ、その場に飛び移る。その瞬間、ごろ、という恫喝のような響きが空から発せられ、刹那液体の真上を落雷が走った。
ぼん、という異常な音が発生する。
少女は、衝撃で壁に叩きつけられた。鈍痛が、背骨に響いた。
「ぐう、いててて」
だが、この程度の衝撃など、落雷をまともに浴びていたらという恐るべき仮定に比べたら何でも無い。
液体に浸された体に高電圧が直撃したら、そこに生き残る余地はあり得ない。
奇跡のようなタイミングだった。
「なんなんだよ、一体」
突然の襲撃に、思わず愚痴をこぼしてしまう。
間一髪の危機を脱したその少女、早乙女乱馬は冷静を取り戻したのか辺りを見回した。
「全く、こんな所に飛ばしやがって」
すぐにその場がどこか理解できた。
そこは自分の通う高校のプールだった。今の季節、掃除さえされず放置されてある場所なので、目に入れるのに少々抵抗のある所である。
乱馬は今や全てを思い出していた。空間に突如開かれた謎の穴。そして地球侵略の宣告。黒い影。
「と、それと」
あかね達。そして少なくとも、今彼女達の置かれている状況が安全と呼べるものではないということも、だ。
おい、と水をかぶって女になった乱馬は誰かによびかけた。
しかし、辺りからは返事も気配も返ってこない。
「まいったな」
どうやら、一緒にいた仲間たちとも分散されてしまったらしい。今、彼らはどこで何をしているのだろう。無事にいてくれとしか願えない。
もしも彼らまで捕われていたら、状況は益々余談を許さないことになってくる。
ふう、とぼりぼり頭を掻いた。途方も無い可能性に押しつぶされそうだった。
そう考えていると、どん、
と校舎の方角で、ものすごい音が発生した。
「あ?」
瞬間、乱馬は振りかえる。
見ると、校舎から校舎へ空中を飛んで移動して飛んでいる物体があった。なにやら細長い、しかしやたらあちこちに亀裂を走らせているものだった。
ん?と乱馬は一瞬目をこする。だが、疑念はやがて確信に変わり、そして戦慄で体が強張った。
「な、なにい!?」
遠くからでよく確認できなかったが、間違いなかった。
あれは人の形をしていた。だが、手足が考えられない方向を向いていた上に、とんでもない傷を負っていた。
しかも、その人間に乱馬は見覚えがあった。いつも彼女に対抗してきて、あかね、あかりとわけもわからず悩んでいるあの男は…
(良牙!?)
そう認識した途端、ぞく、と血が凍るような気がした。あの傷からするに、相当の重傷を負っているに違いなかった。
「や、やべえ」
ただ事では無かった。危機を察知した彼女は、校舎に向かって走りだそうとプールのフェンスに足をかけた。だが、その時、

シュウ

という、何かがこすれるような音が響いてきた。ん?と乱馬は足を止める。
(なんだ?)
今、何か明らかにプールに入っている濁った液体が引き起こしたとは思えない音が鳴った。
(気のせい、か?)
いや。そうではないことに乱馬は気がついた。
微かだが、また辺りから、しゅう、というこすった音が聞こえてきた。その音は止むどころか、どんどんどんどんその音量を増幅させているのだ。
そして一段と高い音が鳴ったかと思うと、
ばき、
と、プールを囲んでいるフェンスの一つに亀裂が生じた。
(?!)
そしてまた、しゅうしゅう、と奈落から聞こえてくるようなその音が鳴ると、ばき、とフェンスが割れる。その間隔が段々と短くなっていく。その音は、ひとつ、またひとつ、と確実に破壊を繰り返していった。
「な、なんなんだよ?」
悪夢でも見ているようだった。乱馬は、状況が全く分からず混乱の極みにあった。次から次にプールのあちこちが自動的に破壊されていく。
そしてその音が、すう、と乱馬のすぐ後の方で発せられる。
「!?」
瞬間、乱馬は飛んで逃れている。すると、乱馬のいた所の床に、どん、とドリルでえぐり返したような亀裂が発生した。
「ち、誰だ!?どこにいやがる!?」
乱馬はいらつきのあまり怒鳴っていた。
その途端、彼女の後方にあったプールの水面に衝撃が走り、水柱が巻き起こった。
「な?」
そして、その水柱の中から数本の光が飛んできて、乱馬を襲撃した。
「ぐ!」
その光は、小型のサバイバルナイフだった。それが乱馬の手足に突き刺さっていた。
うう、とうめきながら乱馬はそのナイフを引きぬく。鍛えられた筋肉でガードしていたので、浅かった。
だが、一体何がこのナイフを飛ばしてきたのか。
「へ、ちったあやるじゃねえかよ」
低い声がプールから聞こえてきた。
乱馬が見ると、そこに背の高く、頬がこけて骨が浮き出でいるやせすぎの男が、物理法則を完全に無視して水面に立っていた。
「?」
その男は、髪が逆立っていて、顔のあちこちに生傷を走らせていた。服装は、てかてか光っている黒のジャケットに、腰に様々な装飾が施されたベルトが巻きつけてある汚れたジーンズ。目が血走っていて、全身がかたかた痙攣し、口元に妖しい笑みを浮かべている。
およそ、その姿に清潔とか上品と思われる要素は見られない。普通人がこの男の姿を目にしたら、誰であろうと麻薬ジャンキーを想像しそうな、本能的に嫌悪感を抱いてしまいそうな、そんな奴だった。
乱馬も一目見て、こいつが自分の仲間でないことを悟った。
「てめえ、だれだ?」
乱馬が問い掛けると、その男はげらげらと自分の真上に広がっている暗雲に向けてけたたましく笑い、
「うるせえんだよ!!このくそ野郎!てめえに質問する権利なんざねえんだよ!!」
と不敵に言った。乱馬は、これを無視して、
「てめえ、リングとかいうあのふざけた野郎の仲間か?」
「リング?ああ、全くあいつも俺にこんなつまらねえ女なんざよこしやがって」
「そうなんだな?」
「たく、俺に一番楽しめそうな相手よこすとかぬかして、こんな糞とはよ」
「ああ?」
「まあでも、こいつならそこら辺のいかれ野郎に売り飛ばせば金にはなるか」
「てめえ、一体なんなんだよ」
「ああ?」
男は、軽蔑するような下卑た視線を乱馬にぶつけた。
「ごちゃごちゃうるせえ女だな。むかつく奴だ。よし、決めた!てめえはここで、この俺がぶち殺す!」
乱馬は厳しい視線をそいつにぶつけ、腰を低く落とし、構えを取る。
「ああ?俺様がだれかだと?そうだな、強いて言うなら…」
男は、ごきごきと骨を鳴らし、血走った目を見開いて、ぶつぶつと独り言を言う。
「ハートだ!てめえをここで血祭りにしてやるもんだよ!おとなしく、くたばりな!!!」
瞬間、パンと男はプールの上から消失し、そしてあたりにびりびりと衝撃をまき散らした。



つづく




作者さまより
最近忙しいんで、かなり即席で作りました。いつ、こんな謎な話の続きが書けるやら。すいません。


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