◇夢幻
  4、Battle Second 〜heaven〜 幻想編

自動的存在さま作


゛雨が降って、海と踊って、風が吹いて、花がしぼんで、虫が泣いて、
大地が歌って、太陽が沈んで、月が昇って、星が瞬いて、
けれども全てが土に暇無く還る、この虚ろな世の中を雲の上から垣間見る…
この光景は果たして真実と呼べるのだろうか…″  
ある冒険家、エベレスト制覇の際に

゛進めば往生極楽。退けば無限地獄。どっちにしても、後に待つのは虚ろで冷たい「死」だけ。そう、こんな風に生命は自分の意思なくしてどんどん死んでいくんだろうね。少なくとも、純粋で空っぽな「白い」彼が君の傍にたたずむ限りは…″
「エンジェルズガイダンス」゛リング、孤高の丘での呟き″

そこはとにかく真っ暗だ。黒以外にその場に渦巻いている要素は何も無い。五感全てがいかれそうな、この世の終わりのような場所だった。
しかし、見なれた人がそこに立っているんだ。暗いのに見える矛盾した状況。名前は確か…思い出せない。
その人が振りむいて、俺の方を向いてくる。にこっと天使のように微笑んでくる。
(あ、あかねさん…?)
「良牙君…」
その人が寂しそうな眼差しで俺の顔をのぞきこんでくる。俺にとって、大切な人…だったような気がする。その人が俺に話し掛けてくる。
「…のかもしれない…」
声が小さくて、よく聞き取れない。もう一度、今度はよく聞こえるように聴覚に神経を集中させる。
しかし、よく見てみると、もうその人はそこにいなかった。完全に姿が消滅していた。
代わりに、声だけがその場に児玉して残っていた。
「良牙君、純粋で心が真っ白っていうのは、ひょっとすると何よりも怖いのかもしれない。彼はその人の意思に関係無く…」
意識が途切れゆく、そのさなか、俺は何かを思い出していた。しかし、具体的に言語化してみろと言われると少々難しい。
目の前の人が、
「死ぬってなんだろうね?」
と言った直後、見えない映像の音はいきなり消えた。それっきりだった。


そこは奇妙な、もやもやとした、居心地の悪い暗闇の中だった。
なんだか、やけに辺りがじめじめしていて、寝苦しいのである。
「んん、う〜ん、ん?」
間抜けな声をあげながら、良牙は覚醒した。
「………」
一瞬自分がなんなのか分からなかった。事態がさっぱり飲みこめなかった。
しかし、彼は記憶を段々と呼び覚まし、そして思い出した。
「はあ〜〜」
彼は盛大なため息をついた。
「もう少しだったのにな〜」
彼は今、もう少しであかねさんとのデートの為に約束の場所につけたのに〜、となんともピント外れなことを考えていた。どうやら、長く、しかも、かなりリアルな夢を見ていたようである。夢幻空間のことを覚えている様子は、とても見受けられない。無論、夢のなかでも大遅刻をしていたので、眼が覚めて良かったと、ほっと安堵の息を漏らしている部分も当然あったのだが。
「う〜ん、昨夜はこんなとこで寝た覚えはないんだがな〜」
彼は未だに寝ぼけている。が、それは無理もなかった。
彼は今、普段の野宿の時に寝止まりしているテントの中にいた。朝日がさんさんとその中を照らし出していて、意外に整理整頓してあるそれを写し出していた。先程のじめじめした感覚は、どうやら朝露が原因らしい。彼は寝袋もかぶることなく、駅前にいそうな浮浪者の如く、その場にだらしなく寝っころがっていたのだった。
一体なんの因果でこんな場所にいるのか、さっぱり分からなかった。
ここから夢幻空間のことを彷彿しろと言われるだけ無駄だった。
彼はとりあえずその場に起きあがった。
「はあ〜。さて、どうするかな」
さあこれから一日の始まりだ、と意気揚々とした気分だった。なんともお気楽なものであった。
「ん?」
その微妙な匂いに鼻をぴくつかせた。どうやら、その匂いはテントの外から来ているようで、彼が近頃全く経験していないような、そんな匂いだった。
「こいつは、もしや…」
予測をつけ、外に出た。そして、外の光景は彼の期待を裏切ってはいなかった。いや、それどころか、もしこの世に神がいるとしたら、彼は今千回感謝しても飽き足らないと思わせるぐらい、そこには衝撃的な映像が広がっていた。
「ふふ♪」
そこでは、あかねが鼻歌混じりに味噌汁を作っていた。それ以外にも、朝の和食の定番とも思える料理がその場には並べられていた。
あかねが手際よく、とんとん、と包丁を鳴らし、細かく、その味噌汁の具にするだろう、物を均等に切っていく。それは、ほとんど手馴れた手つきで、迷いなど一切見当たらない。そこには彼女が普段の料理の時に、必然的に大量に出してしまう「生きたごみ」も一欠片さえ存在していない。細かく刻まれたそれら全ての材料は、具と呼んでもなんら不都合は生じないものだった。
それらを一斉に味噌汁の中に放り込み、火を弱火にして、彼女は良牙の方に向き直った。
「あら、良牙君。おはよう」
あかねが彼に微笑んでくる。
「………」
良牙は事実を未だに受容できていなかった。再び夢の中に引き戻された気がした。眼前の光景を天国かな〜と言った面持ちで、完璧にぼっとしながら見ているのだった。何故か分からんが、この世とは遥か無縁のものとしか考えられないベルのような音が彼の脳の中で反響していた。天使がそれらを鳴らしていて、辺り一面野原と青空が広がっていた。そこはまさに楽園と呼べる光景だった。
「?どうかした?」
そのあかねの言葉で良牙はようやく、我に帰った。それでも、まだ体中がぼんやりとした空気に包まれていた。
彼は感化され、早朝だというのに異様にハイテンションな調子であかねにあいさつした。
「お、おはようございます!」
「あら、朝から元気ね」
あかねがクスクスとかすかに笑う。
「い、いや、その、いいお天気ですね!」
「ふふ、そうね」
「いや、その、あの、なんか僕迷ってしまって…は、ははは」
彼は他に例を見ないというぐらい、あからさまに動揺していた。肝心の聞きたいことが、頭の中の回路が完全にショートして、全く思い浮かばなかった。今、何を話しているのかさえ、さっぱり意味不明だった。
対してあかねは気味が悪いくらい冷静で、上機嫌だった。ここにいることになんの気後れも感じていない様子で、良牙のしどろもどろな態度にも落ち着いて対処している。人が変わったみたいだった。が、そのことに良牙は気づきもしない。
彼はあかねがここにいるという時点で、すでに何もかもがどうでも良くなっている気分だった。我を忘れて、努めて話をきらさないようにしていた。
そして、ほとんどどうでもいい話を続けているうちにその話題にぶち当たった。
「と、ところで…」
「ん?なーに、良牙君?」
あかねが満面の笑みで良牙に聞き返してきた。良牙の体の中が、その途端ぼっと熱くなる。
「い、いや、あの、その…」
「ん?」
「いや、だから、なんであかねさんがここにいるのかな〜?って思って…」
「ああ、そのこと〜」
あかねはそう言うと、意味ありげにクスクスと微笑し、良牙の眼を見つめこんできた。何もかも見透かすような、あかねの普段とは明らかに違う、奇妙な眼差しだった。
「あ、あの、あかねさん?」
良牙は益々頭の中が熱くなる。あかねのその異質な眼光に、気づく様子など全くない。
「ねえ」
あかねが眼を虚ろにして、すーっと良牙の隣に座り込んできた。気配の全く無い死人のような動きだった。
「良牙君?」
対して良牙の頭の中はもう完全に沸騰していて、何も考える余裕が無く、ぼうーっとしていて、隣を向くと眼前にいるあかねに眼があって、もう…
「は、はい?」
あかねは、すうっと人差し指を自分の顔の前に立てた。そして、静かに、ためらい無く、
「良牙君はさ、今、目の前で起きている現実が許容できなくて混乱しているんでしょ?」
あかねは他人が聞いていたら、何か宗教関係か、と疑われるかのようなことをそう、ごく普通に言った。しかし、良牙はあいかわらずぼんやりしている。
そう。この時のあかねの眼には、人間独特の「光」と呼べるものがまるで写ってなかった。
彼女はこの時すでに゛永遠の闇″の中をさまよっていたのである。
「それも当然よね。理想と現実とが完全にリンクすることなどまずあり得ないし。そこで君は次に目の前の光景を疑ったわよね。そう、これはいいのよ。だが、君はそこで安易に妥協してしまった。目の前を光景を現実として捉えてしまった。いけないわね。君はまだまだ武道家としても、人間としても甘いわ。せいぜい三流といったところかしら?」
あかねは突然、やけに大時代的な口調に変わった。しかし、声はそのまんまである。
「え…う…」
良牙はなんだか、何もかもどうでもいいような気がしてきて、何を話すべきかも全く見当がつかず、というよりしゃべろうとしても何故か口を開くことができないのだ。
「いい?目の前で繰り広げられる、視認することが可能な領域のみが、あり得る現実なんて思うのはね、君の思いあがりなのよ。この世には君の目に届かない、そう、例えば異次元に漂流している夢幻空間なんていう世界も存在している。ということはひょっとして、今の目の前で起きている光景は、その空間の干渉により歪められた幻、そう考えることだってできるでしょう?」
あかねは真顔で、良牙が言っていることの半分も理解できないような意味不明なことをぺらぺらしゃべっている。良牙はあいかわらず黙りこくったままだ。彼は未だに現状を把握できない。しかし、声も形もあかねそのものなのである。あかねに疑念を持つということは、彼にとって無理な相談だった。
「だから、これからはとりあえず常識というものを疑った方がいいよ。そこから、君の新たなる世界が始まるのよ」
あかねは、そう一通り言い終わるとすーっと上を見上げた。その眼には、どこか寂しげなものが含まれていた。
その場には、いつまで経っても完成しない味噌汁の匂いだけが印象として残っていた。
良牙は心のどこかで、味噌汁を嫌いになったような気がした。

「ああ、だけど、これはね。実を言うと全くの嘘というわけでもないのよ」
あかねはしばらく間を置いた後、再び独り言のように語り始めた。
「確かに今起きている全ては、私が創り出している幻。けど、その幻を創り出すのにだって、ある程度ひっかかりのようなものがいるの。全くの無からでは、さすがにこの私でも困難だからね」
「………」
「夢って君はよく見る?夢ってのはね、大別すると三つに分けられる。ひとつは未来の夢。これから起こるかどうか、その前触れみたいなもの。力の強い者だと、それが正夢となることもある。いわゆる予知夢ってやつかしら?もうひとつはわけのわからない、自分とは全く関連性の無いような夢。これは突発的。滅多に見ることは無い夢だけどね。例えば、自分がいきなり怪獣になってたりとか。まあ、そこらへんは想像に任せるわ。そして、これが夢の大部分を占めているんじゃないかしら。過去の夢。自分の良かったり、悪かったりの体験の思いが強くて、夢という形で具現化されるケース。それは誇張されていたり、またはその逆だったり。まあ、大体こんなとこだけど、今回のケースは、三つ目のものを応用したのよ」
「…え…」
「まあ、これは夢って言うのは語弊があると思うけど、似たようなものよ。私は過去の君の記憶を引っ張り出してきて、それを形にしただけなの」
あかねは自慢気に答えた。
「そ、それ…って」
「そう。大体君も理解できた?この幻の元となる事実を、君は実際に体験しているのよ」
あかねは念を押すように、語尾を強くした。良牙は一瞬周りの温度が下がったような気がした。
「ふふ。納得できない?まあ、無理もないでしょうねえ。なにせ本人どころか、私の主体となっているこの少女でさえ、そんな事実の記憶など存在しているはずがないのだから」
「え…」
なんだか言っていることが矛盾している。
「しかし、記憶なんて滅多に無くなるもんじゃないしね。忘れたと言っても、たいがいは゛奥底″に沈んでいるから。君の゛奥底″で、こんなような事実を検索したら、簡単に持ってこれたわよ。クスクス」
あかねは一人で、ほとんど勝手にしゃべり、不敵に微笑した。何もかも知っているんだぞ、とでも言うかのような、人間全てを小ばかにしたような、そんな笑いだった。
良牙は口をぽかんと開け、益々ぼんやりしている。
「さて、記憶の探索は君に任せるわ。探しやすいようにしておいたから。それじゃ、私は戻るとしましょうか」
座りっぱなしだったあかねが、ここに来てすくっと立ち上がった。
「は…」
「じゃあね、響良牙君?」
あかねが良牙に向かって手を振る。
その途端、良牙の目の前は突然暗闇に支配され、彼の意識は、とん、という指で背中を突かれたような軽い衝撃と共に完全に消沈した。


「はっ!」
良牙の目の前が光でいっぱいに埋め尽くされ、彼は意識を取り戻した。
「?どうしたの、良牙君?」
なんだか良牙の耳に聞きなれた声がしてきた。
「え?」
良牙は辺りを見まわした。
その場はやはり、さっきのテントが張ってあった空き地であった。目の前では、あいかわらずあかねが朝食の支度をしているという、見なれない光景が広がっている。
「ふふ、まだ寝たり無いんだ」
あかねが余裕の微笑を浮かべる。
「………」
゛常識というものを疑った方がいいよ″
「………」
良牙は未だに、あの謎の言葉を覚えていた。それが何度も、彼の頭の中で反響していた。
不安。
そんな文字が彼の脳内をよぎった。
「あ、あかねさん…」
「ん、なあに?良牙君」
「あ、あなたは…」
「?」
「ほ、本当に、ここに存在しきれている現実?」
「…?は?」
「い、いや、だから」
「だから何?」
「あ、あなたのその笑顔は、お、俺に対するどういう意味?意図的?それとも自然なもの?」
「ど、どういう意味って…」
「な、なにか企んでたりとかしない?」
良牙は自分でも何を口走っているのか、よく理解できていなかった。しかし、彼からしてみれば、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。なんだか聞かなければ、取り返しのつかなくなるような気がして…。
なるべく分かり易く、簡潔に質問しようと思ったのだが、この辺はやはりボキャブラリーに乏しい哀れさがあった。
「なんだかよく分かんないよ」
あかねは素直に答え、複雑な表情を浮かべた。
「え、っと、う〜ん」
…せいぜい三流といったところかしら…
また、彼の脳内のどこかで謎の、それでいて、いやにむかつく言葉が浮かんだ。
そして次の瞬間、彼は雲をも掴むかのような不安定な手つきで、あかねにそっと手を伸ばしていた。普段の彼なら、けして、そんなことをする度胸など沸き起こるはずなどない。だが、何故だかどうしてもやりたくなったのだ。ほとんど無意識だった。
良牙がそのことに気づくと、すでに顔一つまるまる掴めそうな自分の手が、あかねの頬に触れていたところだった。
「え、ちょ、ちょっと、良牙君」
あかねがあからさまに動揺する。しかし、良牙は、何かとんでもないことをしているような気がするのだが、動くことがものすごくけだるく思えてしょうがない。その時、
「てめえは何してんだよ」
という声が、みしっ、という鈍い音と、後頭部の痛みと共に聞こえてきた。
これ以上はないというぐらい、馴染み深い声だった。しかし、なんだか何年も聞いていないような、この声は…
「ら、乱馬…」
そう。彼のライバル、早乙女乱馬その人だった。いつもと変わらない鋭い眼差しと筋骨隆々な体躯をもち合わせ、多少いらつきながら、良牙を見下ろしていた。
ひどく懐かしい感じがした。夢から現実に戻ったような気がした。しかし乱馬は、そんな良牙の視線に興味なしといった感じだった。
「たく、おめえは俺のあかねに何してやがんだ」
そう言って、乱馬は良牙の頭に蹴りをくらわした足を戻して、その場に座り込んだ。
「ふふ、まあ、いいじゃない乱馬」
すると、あかねが乱馬に擦り寄ってきた。
「へへ、お前がそういうならな」
乱馬も、なんのためらい無く、あかねの肩に手を回した。
良牙は目を疑った。
「え…?」
゛なんなんだよ、この光景は″
先程までなら、明らかに現実離れしていても、自分にとって都合の良い傾き具合だったので、別に気を悪くすることも無く、その場の雰囲気に合わせることができていた。しかし、これは自分にとってはまさに最悪と呼べるべきケースである。
良牙は完全に正気を取り戻した。いきなり乱馬の肩に乱暴に手を置き、
「くぉら!乱馬、貴様!!あかねさんになんて真似を!!」
そして、憤然と乱馬の胸倉を掴みあげた。対して乱馬は実に不思議そうな目で良牙を眺めている。
「何怒ってんだよ?」
「貴様、あかねさんに何をした!?」
「何をしたって…。別にお前の怒ることじゃないだろ。俺とあかねができてるってのは周知の事実だし」
乱馬は、当然だろ、と言うかの如く答えた。
「な!?」
「そうよ、良牙君。何を怒ることがあるの?」
あかねも平然と、すました顔をして良牙を見ている。
「はい?」
良牙の中で何かが崩壊していく音がしていた。先程の楽園の光景など微塵もない。まさにこれこそ、というような現実を突きつけられるかのようだった。妙に納得してしまうところが、皮肉だった。
がくりと地面に膝をついた。他の人から見れば、大仰すぎて、劇か何かの練習をしているかのように見えるだろう。それほど、この男は単純なのである。
「あ、」
あかねは鍋の方に振り向く。
「よしよし、できたできた」
そして、コンロの火を止め、おわんに中に味噌汁をそそいでいくのだった。
彼女は平和だった。
「お、なんだ、そりゃ」
「うん、乱馬の為に作ったの」
「お、まじか。わりいな」
そして、乱馬は平然とあかねからおわんを受け取り、口に含んだ。
「うん、うめえぞ、あかね」
「ほんと?よかった。いっぱい食べてね」
あかねが乱馬の隣に座り込む。
良牙はさらに衝撃が加えられた気分だった。もう、文字通り、全てが意味不明だった。記憶全てが消去された気分だった。
「あ、あの、なんでここで飯作ってたの?」
おずおずと良牙は切り出した。
あかねは良牙の方を向き、にこっと満面の笑みを浮かべ、
「ああ、乱馬が近くで修行していてね。丁度、調理器具が揃ってたから貸してもらったの。あたしは材料は持ってきてたんだけどね」
と悪びれず言った。
なんでわざわざ俺のテントの目の前で…と言える余裕は既に良牙には残されていなかった。
もう完璧に別の世界に飛んでいたからだ。目の焦点が合っていない。
(はは、なんだかお花畑と爽快な青空が見えてきたぜ。天国ってとこかな…?)
しかし、そう思ったと同時に闇が訪れ、プツンというノイズのような音と共に彼は意識を失った。

あかねはその良牙の様子を見て、クスクス笑っている。
「分かったかしら?」
良牙は既に意識を失っていたのだが、最後に確かに聞いた、
゛真実なんていつでも身も蓋も無いのよ″
という言葉が妙に頭に残っていた。
そう、彼は人間誰しもが自明の理と感じていることを、体質的に信じ込めないのである。
事実と真実との領域は、けっして一致はしていないというそのことを。
これから起こる彼とその「天国」との熾烈な戦いの時でさえ。



つづく




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