◇夢幻
  2、闇との対峙

自動的存在さま作


「んじゃ、行ってくるわ」
ドクン
「え?何今の?」
あたし天道あかねはたった今許婚の早乙女乱馬を見送ったのだが、妙に湧き上がってくる焦燥感に悩まされていた。
道場で乱馬が話した夢の映像が頭から離れない上に心臓が何かやけに落ち着かない鼓動を刻んでいるのだ。
今まで生きてきてこんな気持ちになったことは一度たりともなかった。とてつもなく気分が悪い。
気づいたらあたしは乱馬達を追いかけていた。そこでシャンプーにばったりあって、
「あかね、お前も来たか」
「ええ、何だかやけに落ち着かなくて、いてもたってもいられなくなって、まるで…」
まるで、乱馬達と二度と会えないような。
「私もね。やけに嫌な予感がしたある。急ぐね」
それからあたし達は全力疾走とも言えるようなスピードで学校を目指した。
そして学校が視界に入ったんだけど、
「な、何よあれ!」
思わず声をあげてしまった。何と空間に黒い穴が開いていたのである。
そう、乱馬の夢に出てきたブラックホールのような。
「バ、バカ、何でついてきやがった!」
「あ、あかねさんこっちに来ちゃだめだ!」
あたし達は半ば茫然としていた。乱馬達の声もちっとも耳に入らなかった。そうしたら体が急に浮かび上がって、
「きゃあー!」
「あいやー!」
こうしてあたし達は乱馬達まで巻き添えにしてその穴に吸い込まれていった。それっきり意識が途絶えて…

「っつ、ててててて」
暗闇の中にぽつんと存在する光のようなうめき声がその場に響いた。
「な、何だよ、ここは…」
身動きがあまりとれなかった。体をぶつけて痛めてるとはいえ、そこまでダメージがきているとは思えない。
よく目を凝らしてみるとそこは暗闇なのだが完全な暗闇ではなかった。わずかばかり光が侵食してきている。
その次には何か固い物体が自分の体の上にのしかかっているのが確認できた。
それが何かは分からないが、とにかくこの状況は、
「閉じこめられてるってわけだ!」
と乱馬はいきおいよくその物体の中から飛び出してきた。そして現状を把握しようと辺りを見まわした。
「ん、これは…」
そこは明らかに自分の記憶に残っている場所だった。目を閉じればここで起きた何もかもが鮮明に思い出せるに違いない。
「しかし、変だな」
そこは確かに乱馬達の通う高校の教室なのであった。だが、何か妙だ。
長年使われてきているはずのこの教室がやけにさっぱりとしていて殺風景に見える。
そこには気とか趣だとかいわれるような類のものが全く存在していない。まるで写真の中のようだった。
それだけではない。今乱馬は自分を閉じ込めていた物体の上にいるわけなのだがその物体と言うのが生徒達の机やいすなのだ。
それは、まるでダンプカーで一気に移し替えられたかのように全て一箇所に固められていた。
「ち、しかし何で教室なんかにいるんだ?あの変な穴に吸い込まれたと思ったんだがなあ」
そして乱馬はとにかくみんなを探そうと廊下にでたのだが、その瞬間絶句した。
「…!?」
窓の向こうに広がる光景はここが乱馬達がいた世界とは違うということを示唆するのに充分すぎる要素を含んでいた。
学校の造り自体は風林間そのものなのだが、窓の向こうに広がる景色はただただ広がる砂漠になっていて、空は暗雲でおおいつく
され、時折雷さえ轟いている。
さらに驚くべきことに空と地上の間の空間にぽっかりと黒い穴が開いている。あそこを通過してここに至ったのだろうか。
乱馬は夢幻ともいえるような感覚にとらわれ、茫然としていた。
「ん?」
乱馬は何かの気配に気づき我に返った。そして乱馬は気配のした方に振り返り、そして仰天した。そこには異形の者が立っていた。
「な、ミイラ!!」
「誰がミイラじゃい」
とコロンの杖が乱馬の顔にめり込んだ。
「ぐ、ばあさん、いたのか」
「うむ、お主も無事でなによりじゃ」
「他の奴らは?」
「ここにいるぜ」
声のほうに振り向くと、そこには良牙とムースが立っていた。
「お前らも無事だったか」
「まあな」
しかし、乱馬が一番確かめたいはずの人物がここにはいない。
「あ、あかねは!?」
「そうじゃ、シャンプーもここに来たと思うんじゃが…」
「何だ?お前らと一緒じゃなかったのか?」
「ちっ!つうことは」
あかねとシャンプーはすぐ近くにはいないということになる。が、この学校にいるということはまぎれもなく確かだ。
すなわち、二人は非常に危険にさらされていると考えるのが普通である。
「あかねさーん!」
「シャンプー!」
と良牙とムースが絶望交じりの声で叫んだ。二人とも今にも泣きだしそうである。というより泣いている。
「騒ぐんじゃねえ!この学校の中にいるに決まっている。すぐに見つかるさ!」
その乱馬の声は自分に激励をとばすかのようにも聞こえた。
はっきり言って乱馬もそう願いたかった。あかねに何かあったらと思うと胸がぐっと痛くなる。
ついてきたあかねが悪いと言ってしまえば身も蓋もないが、そんな過去の事物など乱馬にはどうでもよかった。
ただ、あかねの無事が確認したかった。
「それにしても、ここはどこなんじゃ?この建物自体は風林間のようだが外はあの通り。なあ、猿の干物」
「誰が猿の干物じゃ」
今度はムースの顔に杖がめり込んだ。
「うーむ、たぶんとしか言えんが、ここはおそらく…」
とコロンが話しだそうとした瞬間だった。
それまでは蛍光灯の光さえなかったが、外からの光で多少はこの学校の中にも明るさと呼べるものが存在していた。
それがたった今シャットアウトされたかのように乱馬達の回りが突然闇に支配され、1m先も見えなくなったのだ。
「な、何だよ、これ!」
と乱馬が叫ぶと同時にそれは起こった。全員の目に一抹の灯火のようなものが写った。
そして、それは段段と大きくなり何かの形になっていく。そうして、気がつけばそれは1人の人間を形成していた。
その人間は背丈から見るに、男と思われる。だいたい180前後だろうか。やけに長身だ。
そしてフードつきの黒いマントという、何とも形容しがたい服装をしている。
今の街中ならば、仮装でもしないかぎりまず見かけないだろう。
「クスクス、ようこそ夢幻空間へ」
その長身からとはとても思えないような声の高さでその黒マントは話しかけてきた。子供のような声である。
そして、うつむいていたその顔をあげ、乱馬達の方を向いた。
見ると非常に整った顔立ちをしており、黒色の前髪が首のあたりまで降りてきている。女とも思えるかのような長髪だ。
いわゆる女男なのか、それとも本当に女なのか分からなくなってきた。
「ああ、ちなみに僕は男だよ。今はね…」
乱馬達の心を読み取ったかのようにその黒マントは補足した。
「今確かに夢幻空間と言ったな?」
コロンがその黒マントに話しかけた。
「ああ、言ったよ」
「ふむ、やはりか。まさか本当に実在するとはな」
「なんだよ、それは」
「うむ、これはあくまで古文書で読んだだけのことなんじゃが…」
コロンは厳粛に話し始めた。
「昔、大体数千年ぐらい前、中国でも同じようなことがおこってのう。突然空間に穴が開き人々を飲みこんでしまうというな。
しばらくして、飲み込まれ行方不明になっとった者は帰ってきたんじゃが、穴の中で全く起こったか聞いても何もおぼえとらん。
結局はそれで終わってしまい、人々は忌みと恐れをこめて、その空間のことを夢幻空間と呼んだそうじゃ」
「そう、僕らも君達に分かり易いよう、便宜的にその呼び名を使用している。もとはこの空間に名前など存在しなかった」
黒マントはボーイソプラノな声でそう言った。
「ただ、わしにも分からんのが何故この空間ができたということなんじゃ。それに何故今になって現れるようになったんじゃ?
しかもわしらの町に…」
「ひとつひとつ答えていってあげるよ。いろいろ解せない部分もあるみたいだしね」
黒マントは笑みを浮かべながらそう言った。
「まずこの空間が形成された理由。それは君達の世界を救ってあげるためだよ」
「は?」
全員が一瞬黒マントの口にしたその言葉の意味が、なんだか夢うつつのような感覚がして理解できなかった。
そして黒マントのその屈託のない笑みを見て悟った。今の話には欠片たりとも嘘が含まれていないということを。
しかし、だとしたら一体こいつは何を考えているんだろう?スケールがでかいとか、そういうレベルじゃない。
誇大妄想も甚だしすぎる。黒マントの言った事は地球そのものを非難していることに等しい。
確かに地球が100%完全なものだとは誰も思っていないだろう。
環境問題だ、テロリズムだ、国際問題だと地球の中は日々危惧であふれかえってる。
それでも人間は今の現状で満足しているのだ。改善だの何だの言ってるが、そういった話はお上の者にまかせとけばいい。
人間というものは自分のことに精一杯で、そういうあまりにも漠然とした話には興味を抱かないものなのである。
ほとんどが今が楽しけりゃそれでいいじゃないか思考なのだ。
だから、こういう「世界平和」にも似たようなことを口にする生真面目君が現れると、どう対処していいか困る。
あまりにも異質な存在だから。
無論乱馬達も閉口していた。
「クス、驚いているようだね。無理もないか。僕達もつい最近気づいたんだから」
「つい最近?」
「そう、それが今ごろになって出現した理由。昔のはちょっとした手違いでつながってしまってね。僕もあの時はあせったよ」
「おい、あのときって、お前何歳だよ?」
いよいよやばいぞと乱馬は思った。
「僕はこの空間が生まれた時からいたからね。今年でだいだい数千年になるかな」
「な!?」
「別に驚くことはないよ。この世界にはありとあらゆる者が存在するから。
君らの見地からすれば確かに長いかもしれないけど、ここじゃそれが普通なんだよ。
まあ、最初は僕1人で寂しかったけど、今じゃ他に3人がこの空間に住むようになったしね」
全員があまりにも唐突な話に茫然としている。やはりこいつは本気である。人間のレベルではないのだ。
乱馬達の動揺も無視して黒マントは続ける。
「ここはね、全くの無から突発的に生じた空間なんだ。僕達も全く同じように生まれた。
生じた理由も分からないし、誰かが造ったのか、あるいは何かの偶然か、さえ分からなかった。
けどね、最近になってようやく僕達の存在理由が分かってきたんだ」
「世界を救うってか」
良牙が口を開いた。
「そう、その通りだ」
「じゃあ、何でオラ達の町に現われただ?」
今度はムースが尋ねた。
「おそらくは君達のような人間を求めていたんだろうね、この空間は」
「どういうことだ?」
「この空間は変わった特性を持っていてね。より強い者を求めるようになっているんだ。
もちろん君達が世界で一番強いなんて思えないけど、何故かこの空間は君達を選んだ。
きっと理由はあると思うんだけど。まあ、そういうわけで僕達は計画を実行するために空間と君達の世界をつないだ。
そうしたら、たまたまあの場につながったのさ」
「計画とはお主の言う世界を救うというものか?」
コロンが尋ねた。
「そう、物分りが良いね。そして君達はその計画を阻止しようとするいわば僕達の…」
ここで黒マントが間を置く。
「敵だ」
そう黒マントは断言した。
「な!?どういうことだよ?」
「この空間が選ぶ人間。それは僕達の敵と言われ続けてきた」
「だって、前にもこの空間にきた人間はいるんだろう!?」
「言ったろ、あくまであれはまだ人というものを探る能力に長けてなかったこの空間の手違いだよ。無論前の二人もね」
きっと行方不明になっていた教師と生徒のことだろう。コロンが口を開く。
「ということは、あの古文書に記されていたことだけでなく、他にも人を吸い込んだ前例はあるのか?」
「…」
ここで黒マントが意味ありげに微笑み、そして、
「そう、何度かね」
とだけ答えた。
「もうひとつ聞きたい。」
コロンが続ける。
「なんだい?」
「お主は何故今になって自分の存在理由とやらに気づいたんじゃ?数千年もの間気づかなかったのに何故今になって?」
「さあ、何ででしょう?」
黒マントはとぼけたような表情を作る。これに乱馬がいらつき、
「あかねとシャンプーはどこだ?それに前に吸い込んだ2人は…」
「さあね、この学校の中にはいると思うよ」
「ち!」
という乱馬の舌打ちと同時にコロンを除いた3人は、その黒マントめがけてとびかかっていた。
もう、彼らの堪忍袋の尾がきれたらしい。
「な?お前ら何を」
「うるせえ!もう我慢できねえ!」
「このまま話していても時間の無駄だ!!」
「こいつを締めあげて、シャンプーの居場所を吐かせるだ!」
3人は超スピードで黒マントにせまっていった。しかし、黒マントは至って冷静だ。
「クス」
黒マントは不気味な笑みとともに、すうっと手をかざし、そして、クイッと手を空中でひねった。
その瞬間3人は何かに吹き飛ばされ、壁面に体をぶちあてた。
「ガハッ!」
あまりにも突然なことに3人とも何をされたか分からなかった。
いきなり、鉄球でもぶつけられたかのような痛みが体を襲ってきたのである。
「てめ、なにを…」
「クス」
そうかすかに笑い、黒マントはすうっと暗闇に浸食したかのようにその場から消えた。辺りが何も見えなくなる。
「な!てめ、まだ話は…」
安心しなよ、前の二人はもとの世界に返したよ。記憶を一部消去してね…
黒マントの声が暗闇のむこうから聞こえてくる。
ただし、残りの2人は返すわけにはいかないねえ、大切なえさになりそうだし…
「な!んだと、てめえ!」
2人を取り戻したいなら僕達と戦うことだ。この学校の中を進んでね…
黒マントの声が段々と小さくなってゆく。
そういえば、自己紹介がまだだったね。僕の名前は…
黒マントの声はもうほとんど聞こえない。しかし、最後にかすかに
リング
とだけ聞こえた。そして、辺りから布でふき取られるように、サア−っとその場に存在していた暗闇は消えうせた。
再びあの薄暗い廊下に戻ってくる。
「・・・・・・・…」
しばし無言が流れる。全員が自問自答して心に何か決心のようなものをしている感じだった。そして、
「ようするにあいつを倒さなきゃいけねえんだろ?」
と良牙が言った。
「ああ、しかし俺らを敵視しているんだとしたらなんか妙なんだよな…」
「婿殿も気づいたか」
コロンが厳しい表情を見せる。
「そう、何もあんなまわりくどい仕方しなくても、今ここでわし達を倒せば良いのに。
なのに相手は人質まで取った。まるで、わし達を誘うかのように」
「ふ、よっぽどオラ達との戦闘が楽しみたいんじゃろうな」
「いや、そんな簡単な理由では…。だいたいやつらが立てた計画はスケールの大きさからしても、よほど重要だったはず。
それを邪魔すると思われるわし達は絶対的な敵。なのに何故…」
「ああ、もういいだろうが、そんなことは!」
乱馬が叫んだ。自分できりだしたくせによく言う。
「相手が俺達と戦いたいんだろ。それでいいじゃねえか!」
「だといいんじゃが…」
「ああ、それよりも今は2人を助け出すのが先決だろ?」
「ふむ、まあ、確かに」
「んじゃ、とっとと行こうぜ。その敵さんがいるとこまでよ!」
そして、それぞれの思いを胸に4人の目的地が分からない冒険が始まった。
(あかねさん、待っててくれ)
(シャンプー、今行くだ)
(あかね、無事でいろよ)
しかし、やはりコロンは未だに落ち着けなかった。
(やつらは何を考えている?いずれにしろこの空間には、まだまだ多くの謎が含まれていそうじゃな…)

そう、コロンの読みは的中していた。この後彼らは知ることになる。
黒マントの言葉の真の意味。そして、彼らに降りかかってくるあまりにも巨大な運命のことを…。



つづく




作者さまより

ええ、かなり長く、かなり思わせぶりな内容ですみません。さらに申し訳ないことにこの後しばらくあかねがでてきません。
初投稿だというに、かなり身勝手です。さらにこの話のメインキャラになりそうな黒マントですが、けして某小説の主人公を
ぱくったわけではありません。(多少意識はしましたが)ええ、この話を読んでる人が飽きないでくれたらなと思う限りです。
これからなるべく面白いようにしていくんで。(ああ、乱×あのいいのが思いつかない。どうも自分はその手の才能がないみたい)
サーバーの復旧についてはいろいろたいへんでしたね。自分もかなり心配しておりました。
ええ、かなり脈絡ありませんが次回に御期待を。


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