◇夢幻
  1、滅びの時
自動的存在さま作


「君は今自分が生きているのが夢か現実か分からなくなったなんてことはないかい」
その男はゆっくりと乱馬に話しかけた。乱馬は何も答えられない。
「今、目の前で起きている事は夢だって思う時はね、その事が自分にとって負の存在であるという何よりの証拠。
そしてそういう事物がこの世には絶え間無く渦巻いている」
男はせせら笑うように乱馬に話しかける。乱馬がひどい手傷を負っているというのにこの男は何の反応も示さない。
「僕はね、その事に気づいていない愚かな人間どもに教えてあげたいんだよ。この世は夢幻であるということを」
男はふっと寂しそうな表情を見せる。
「混沌という名のもとにね」

その日乱馬は朝から憂鬱だった。ひどく悪い予感がしてならなかった。武道家というのは気配を探る能力に長けているため、そういった予知能力も自然と身につくようである。
「乱馬、おはよっ!どうしたのよ、朝から道場なんかにいて」
あかねの覇気のこもった挨拶にも、まともに答えようという気がしなかった。
「よう」
「何か元気無いわね」
「お前が朝からハイテンションなんだよ。何かいいことでもあったか?」
「ふん、別に〜」
あかねは近頃の乱馬の態度に少なからず好意を抱いていたのだ。乱馬は少しずつあかねの許婚としての自覚を持ったのか、
あまり馬鹿だのずん胴だの言わなくなった。無論まだ些細なけんかは絶えないが、昔に比べて二人はだいぶ親密になっていた。
「で、何で道場にいるのよ?」
「落ち着くからだよ」
[何かあったの?]
「昨日夢を見てな」
「夢?」
「ああ、世界がブラックホールのようなものに飲み込まれちまって真っ暗になっちまうって夢だ。何かやけに気になってよ。休日なのにこんなに早く起きちまって。んで、落ち着こうと思ってここに来たんだよ」
「ふ〜ん」
あかねは乱馬を馬鹿にしなかった。何だか妙に現実味を帯びていて不気味に思えたからだ。自分の頭にも乱馬の拙い説明で驚くほど鮮明にその有様が描かれてゆく。
まるで世界の終わりのような。
「乱馬君いる?」
と言ってかすみが道場に入ってきた。
「何すか?かすみさん」
「うん、何か猫飯店のおばあさんが乱馬君に用事があるそうよ」
そう言われ乱馬は大広間に足を運んだ。あかねもそれについて行く。
「何だよ、ばあさん。おれに用事って」
「ふむ、まあそこに座って聞いておくれ」
乱馬とあかねは腰を下ろした。
「実はのう、最近お主らの学校で行方不明者が出た事は知っておろう?」
「ああ、確か見回りをしてた先公と夜中に忘れ物を取りに行ったとかいう生徒の事だろ?」
「うむ、その事がちと気になってのう」
「何でだよ?」
「話は変わるが婿どのも気づいておるか?ここ最近世界が異様な気配に包まれておるのを」
確かにここ最近川に魚が大量に浮いていたり、からすが一斉に山から飛び出して来たり、黒猫が数匹並んで死んでいたりと各国で様々な怪奇現象が目撃されている。日本各地では梅雨でもないのに雨が何週間も降り続き、平均気温が前の年に
比べて大幅に下回っているとテレビを騒がせている。オゾン層もここ半年で急激に減ってきているそうだ。
そして乱馬達の町は怪奇現象と思われるものが特に多いと言われている。
「確かにここ最近変な事が多いよな〜」
「そうよね、何か体の調子もいまいちよくないし」
「んで、おれに用事って何だよ」
「うむ、今日夜中に学校に潜入するからお主にもついて来てもらいたいんじゃ。」
途端乱馬は頭をハンマーでぶん殴られたような気がした。
「はあ!?学校って俺達のか!?何でだよ!?例の行方不明者の事でも調べるつもりかよ!?」
「うむ、それもそうなんじゃが、もうひとつ気になることがあってのう」
とコロンは妙に真剣な顔つきになる。
「多すぎるんじゃよ」
「は?」
「学校に渦巻いている邪気が何故か夜中に限って気分が悪くなるほど多くなるんじゃよ。その源泉が何なのか調べたくなったんじゃ」
「お、おい普段動かないばあさんが動くほど重大なことなのか?」
「うむ」
「俺達もついてく事にしたぜ」
とそこには勝手にあがりこんだのか、良牙、ムース、シャンプーが立っていた。
「最近妙な胸騒ぎがしてならねえだ」
「そこのばあさんに聞く所によるとそれが原因に思えてな」
「本当なのか、ばあさん」
「それは調べてみんと分からん。ただ、ただ事ではないことはたしかじゃ」
「そうか」
「お主もついてきてくれるか?なるべく多いほうがいいんでなあ」
このばあさんがうろたえるとは確かにただ事じゃない。それに自分の胸騒ぎもそれが原因に思えてならなかった。
「よし、おれも行く」
「乱馬が行くなら私も行く」
とシャンプーが乱馬に抱きついてきた。今だにあきらめていないらしく乱馬も別に抵抗はしていなかった。
「のわ、シャンプー」
「らーんーまー」
とあかねが力の限り乱馬の耳を引っ張った。
「ててててて、何すんだよ、あかね」
「いいわ、あたしも行く」
とあかねが不機嫌むきだしに言った。
「いいか?ばあちゃん、ついてって」
「だめじゃ」
とコロンから思いもよらない言葉がでた。
「何故ね?」
「お主らおなごには危険すぎる。今回は妙な胸騒ぎがしてならん。やめておけ」
と言い、コロンはいつになく厳しい表情を見せる。穏やかな言葉の裏には妙な迫力が感じられた。
「わ、わかたある」
「あかね、お前もやめとけ」
「う、うん」
「さて、それでは今夜学校に集合じゃ。異論はないな。三人とも」
「おう!」
と三人は声を合わせた。
「そうだ、おやじ、お前も…」
「パオ?」
どかっ!!

夜の学校というのは本当に不気味である。普段、人がいて成り立っているものなのでそれがいないとなると本当に恐い。
そしてこの暗さがそれを助長している。よくある怪談番組で生徒が夜中に学校で肝試したり、忘れ物を取りにきたりするが、一体どんな神経をしているのか疑ってしまう。
「確かに邪気が多いな」
そう言ったのは乱馬だった。常人なら気絶するほどの邪気がこの場には渦巻いているのだが、修行をつんでるせいかこの四人はさほど変わった様子は見せていない。
「おい、ばあさん。この邪気と世界の異常さと何か関係があんのか?」
「それはわしにも分からん。ただ…」
「ただ?」
「いや、何でもない」
ただ、もしあの古文書に書いてあることが本当でその時が今年だとしたら…
ばあさんがうろたえるほどやばいことが起きようとしているのか、ここはと乱馬は腕を組む。
そして昨日の夢が何故か頭から離れない。世界崩壊の映像が。
しかし、世界の怪奇現象がこんな小さな学校のせいとはとても思えない。スケールがあまりにも違いすぎる。
ま、いつもみたいになんとかなるだろと乱馬は気楽に考えることに努めた。
「うぐ、何か気持ち悪いだ」
とムースが訴えた。
「うむ、校舎の中かと思ったがどうやら発信源はここみたいじゃの」
乱馬達はちょうど校庭の真中に来ていた。
「でも、ここ何もねえみたいだけど」
「う〜む」
と次の瞬間であった。
ゴゴゴゴゴー
すさまじい轟音がその場に轟いた。
「!?」
全員に緊張が走る。
「お、おい」
と良牙が叫んだ。何と目の前の空間に大きな黒い穴が開いたのである。まるで乱馬が夢でみたブラックホールのような。
「な、何だ!?」
と乱馬が愕然としている。
「いかん、これはやはり…」
「何なんだよ、ばあさん!」
「とにかくここから離れろ!急ぐんじゃ!」
そして突然その穴は回りのものを吸い込み始めた。しかも、その吸引力がはんぱじゃなく強い。
「シャ、シャンプー!」
とムースはその穴に吸い込まれていってしまった。他の三人は懸命に耐えている。
「ム、ムース、ちくしょう」
「な、何よあれ!」
その声に乱馬は振り返り愕然とした。何とそこにはあかねとシャンプーが立っている。
「ば、ばか!何でついてきやがった!!」
「あかねさん、こっちに来ちゃだめだ!!」
しかしもう二人はブラックホールの射程距離に入ってしまっていた。
「きゃあ!!」
「あいやー!」
体重の軽い二人はいとも簡単に浮かび上がり穴に引き寄せられていく。
「あ、あかね、シャンプー!おい、良牙、どっちでもいい、キャッチしろ!!!」
「おう!」
と力を抜いてつかもうとしたのがいけなかった。
「う、うわ、ちくしょう!!」
「あかねさーん」
と四人は共に穴に吸い込まれていった。
「ぐ、おのれえ…」
一人残ったコロンは必死に戦い続けている。一番体重が軽いと思われるのによくここまで耐えたものである。
しかし、やはり限界がきたのか、
「く、もうだめじゃ!!」
こうして全員が吸い込まれると同時にその穴はゴーと閉じられた。


そうか、彼らを求めていたんだね…
暗闇に一人の男の声が透き通るように響いていく
夢幻空間よ…
こうして世界滅亡計画の幕は切って下ろされた。



つづく




作者さまより

初投稿です。小説創作はけっこう好きでこのページに載せるのが夢でした。
まだまだ拙い文章ですがよろしくお願いします。しかしスケールでかくなりそうな話だな。
ちなみに勉強中に考えました。{勉強してんのか、お前}

 壮大なスケールの長編作品となりました。
 どうぞお楽しみください。
(一之瀬けいこ)

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