◆景色 〜後編〜
自動的存在さま作


最初は、何が本当なのか分からなかった。終わってしまっても、あれはそのまま私の心を通り越してしまっていた。結局この事件は、最後まで夢のままだった。


誰が、世界のどこを探せば、この事件を想像し得ただろう。
あかねの視線の先には、「大型の拳銃」が浮いている。浮いていると思ったのは、その先にいるはずの狙撃者が、薄暗くて視認できないからである。そう。乱馬の背後に。
「乱、馬…」
あかねは、顔を強張らせながらも、必死にその相手に伝えようとする。いち早く、誰よりも、何に代えても、
分かってくれ!
「あん?」
「ふせぇてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 
涙が反射的に出ていた。体が超人的スピードを出していた。今、この時に全てを賭けた。潜在能力を出しきる思いだった。乱馬を必死に床に押しつける。
だが、やや遅い。すでに引き金は引かれていた。 弾速に比べれば、人間の取る反射速度など知れている。 
それは、まるで嘲笑うかのような発射音だった。どん!!と凄まじい音が鳴り響いた。窓に衝撃で、ひびが入っていく。
そして、二度目のドンという音が鳴った。
「ぐ……!」
激痛があかねの右腕を襲ってきた。何とか乱馬を銃弾の軌道からはずしたものの、自分が避けきれなかった。銃弾はそのまま、後方の壁に当たった。
かすっただけではある。だが、威力は凄まじかった。今までに味わったことのない痛みだった。あんなものが直撃したら、右腕が吹き飛ぶに違いない。
しかし、ここで休んでいるわけにはいかない。
「乱馬、逃げるわよ!!」
あかねは声を張り上げた。
「ん?乱、馬?」
あかねは、その不自然さに気がついた。
「………」
乱馬の顔が固まっている。突然の轟音に、驚ききった表情をそのまま顔にとどめている。
「な?これ、は…?」
まるで、映画の中にでもいるのかと思った。時間が止まっているのだ。
動揺するより先に、あかねの前方にいる狙撃者が教えてくれた。
「私とあかねの周りの時間軸をずらさせてもらったわ。つまりね、分かり易く言うと…」
聞き覚えのある声だった。
「この世界の1時間が、普通の世界の1秒にあたる、ってところかしら?」
あかねは、前を向いた。おそる、おそる、想像をつけながら、でも、まさかなと思いながら。
「………!」
絶句した。信じられないなんてものではない。冗談抜きに心臓が止まるかと思った。生きているうちにこれほど驚くことが何度あろうか。受け入れられるはずがない。目の前の現実、全てを嘘だと決め付けたかった。
「な…」
ゆっくり、ゆっくり、自分の鼓動を確認しながら、懐疑的に、目の前の景色が幻想であることを祈って、あかねは呟いた。
「なびきお姉ちゃん…」
言った。そのとおりだった。分かってしまう。あの声は、そっくりさんでもなんでもない。長年付き合ってきた姉妹だ。見間違えるはずもない。目の前の人物は、あかねの姉、天道なびき以外の何物でもない。
「あら?随分と驚いているようね、あかね」
なびきは淡々と言った。そして、あかねの視線に気づき、右手にある常人持たざる物を掲げて見せる。
「ああ?これ?」
極平然と言った。
「確かマグナムって拳銃だったかしら?威力があんまりないんで私流に改造してみたの。そしたら、今度は威力がつきすぎてね。下手をすると、肩を脱臼してしまいそうで怖いのよ」
どこにも冗談という感じが含まれていない。それでもあかねは、最初それがエアガンか何かの玩具かと思った。
なびきは威力がないと言った。しかし、なびきの持つその拳銃マグナムは、世界最強のハンドガンであった。達人が撃てば、100メートル先の象の脳みそさえ吹っ飛ばせる代物だ。そのぶん反動の衝撃が強く、熊のような大男にしか撃つことは不可能である。それを目の前の彼女は、片手で軽く操作している。          
「嘘、でしょ?」
あかねは念を押すように問い掛ける。
「嘘でしょ。お姉ちゃん。どういうことよ!?」
あかねは叫んだ。しかし、目の前の少女は、眉をぴくりとも動かさない。
「嘘だって思えば、嘘。本当って思えば本当よ」
相変わらず、淡々と呟く。元からクールな方だが、今の冷淡さは常軌を逸していた。あかねはここにきてようやく気がついた。
「あんた、お姉ちゃんじゃないでしょ…」
「………」
「お姉ちゃんがこんなことするはずない!人の命を奪おうなんて…」
「あんたの姉であるかどうか、そんなことはどうでもいいのよ。あんたがどう思おうが、それはあんたの勝手。どう反応しようが、それもあんたの勝手」
あかねは、その冷たい視線を睨みつける。しかし、なびきは全く動じる気配を見せない。付け入るすきがない。
「あんた、さっき人の命を奪おうなんて、って言ったわよね」
淡々と続ける。
「そうよ!そんなこと許されないわよ!この偽者!」
「許されない?許されなくても、別に私はいい」
「なんですって!?」
「やりたいように生きる。それが人間の本能でしょ?そして、さっきも言ったけど、私を偽者と思おうと、あんたが私のことをどう思おうと、それは私にとって関係無い」
そして、ここでなびきは拳銃を向けた。
「私の目的はひとつだから…」
かちり、と拳銃を、その男の頭に押し付ける。それなのに、男は固まったままである。
「乱馬!?何するのよ!」
あかねは駆け出そうとした。しかし、その途端、
「あんたが動くと、乱馬君、死ぬよ?」
びくり、とあかねの体が強張る。まるでコーヒーブレイクでもしているかのように、気軽に言ってくる。しかし、それが掛け値無しの本気だと即座に理解できた。限りなく深い恫喝だった。
「ふふ。そんなにこの子が大事?」
「あんた…」
あかねは泣き出してしまいそうだった。
「なんでこんなことするのよ?私が何をしたって言うのよ…」
「あら?別に私はあんたに危害を加えるつもりはないわよ」
「乱馬にやるのは、私にやるのと同じなのよ!絶対そんなことさせない!」
「何思いあがってるの?」
なびきは冷たく言い放った。
「乱馬君を撃てば、あんたも死ぬ?それはあんたの勝手な言い分でしょ?そもそも、あんたにそんなこと言える権利あるの?」
「う…なによ。だったらあんただって、乱馬を殺す権利なんかどこにも…」
「だから、私のことはどうでもいい。問題はあんた」
「何よ!屁理屈ばかり…」
「大体あんた思ってたわよね?」
なびきは酷薄に、罪状を読み上げるように続ける。
「こいつなんかどうでもいいって。違う?」
「な…それは…」
確かにそう思ったこともある。だが、それは明らかに自分の本心ではないと、自分でも分かっている。乱馬がどうでもいいはずない。私は…!
「私ね。あんたらみたいなの見てるとむかついてくるの」
「………」
「嫌いだ。好きだ。馬鹿じゃないの?都合よく勝手に考えをぽんぽんと代えないでよ」
「………」
「だからね。ここらで、私が終止符を打ってやろうかと思ってね」
なびきは、指に力を込める。
「そうすればきっとすっきりするでしょうよ。ねえ…あかね?」
「………私は…」
あかねは、下をうつむいた。確かに目の前の偽者の言っているとおりかもしれないとは思う。だが、だが、確固たる意思は一つしかない。他の誰になんと言われようと、百万の屁理屈を唱えられようと、私は…
「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ…」
「………」
「確かにあんたの言うとおり、私は馬鹿よ。思ってもいないことを口にしたり、妙にすねたり。そうよ!まだ、単なるガキよ!悪い!?」
「………」
「あんた何様よ?人のこと、とやかく言わないでよ!あんたがどう思おうが…私は…私は…」
「私は?」
「私は…私は、そいつのことを…!」
あかねは、声のでる限りそう叫んだ。今まで誰かに言いたかったのかもしれない。だけれど言えなかった。言ったら負けだと思った。
「だから…私は…」
「………」
「そいつに手を出す奴は、誰であろうと許さない!!絶対に!」
無意識の内に涙が零れ落ちて、声が震えていた。さっきとは違う、大粒の涙だった。何故私は泣くんだろう?
「それは、あんたまだ弱いからね」
ん?とあかねはその異様な雰囲気に気がつき、前を向く。
「あんた。さっきの言葉、本心よね?」
これまでとは違った調子でなびきは続ける。
「当然よ!」
あかねも強く答える。
「そう」
なびきはうつむいた。その様子は、さっきとは打って変わっていて、どこか優しい雰囲気が含まれていた。
あかねも、虚をつかれ絶句してしまう。
「そうね」
穏やかにそう言った。
「私は、あんたのそういう言葉が聞きたかったのかもしれない。あるいは自分で言いたかったのかもしれない」
「え?」
「私は、不器用だから。恋愛には向いていないのかもね。だから、あんた達に嫉妬したのね、きっと」
「………」
「最初から、分かってたのね」
弱弱しく呟く。
「あかね」
なびきはあかねを見つめた。驚いたことに、その手元にはすでに拳銃は影も形もなかった。
「あんたは、きれいよ」
唐突に、ぽつりと呟く。
「は?」
「だから、自分に自信を持ちなさい」
なんだか、言ってることの意図がわからない。普段は、絶対にこんなことは言わない。戸惑いから、返す言葉が見つからなかった。
「じゃあね、あかね」
そう言うと、なびきの体が幽霊みたいに透過した。後ろの景色がすけて見える。
夢の終わりが近づいてきていた。
(やっぱり、良くない夢だったのかしらね。でも…)
考えるより先に、映像の方がおぼろげになってきた。当たりが段々と真っ白になっていく。薄暗い景色は、もうどこにもない。残っているのは声だけになった。そして、それはすでになびきのものではなかった。
あかねは脳内で、いつまでもその言葉が反響しているのを覚えていた。それは、皮肉にも同情にも聞こえなかった。
「あんたの景色、見せてもらったわよ」

「おい、あかね」
(うるさいな〜)
「あかねってば」
(なによ)
「お前な」
その声がしたかと思うと、あかねは急な寒さに襲われた。目を開ける。白い天井に、蛍光灯がぶら下がっている。真っ白なシーツが、自分の背中にある。
ここは自分の部屋だ。
「な…」
そして、目の前に布団を持ち、からかうような笑顔を向けている少年がいる。見間違えるはずもない。乱馬だ。
「なにすんのよ!この変態!」
ばしん、といい音が鳴った。
「い、ってえな。何しやがる」
「何すんのってね〜」
と、ここであかねに異変が起こる。
「ふ〜」
急に勢いが沈下したのだ。
あかねは、乱馬に会ったことが、なんだかひどく懐かしい感じがしてならなかった。それなのに、第一声で喧嘩をしてしまうとは。全く、つくづく私と乱馬には、そういう因果関係があるらしい。
あかねはうつむきながら苦笑した。乱馬がその様子を不思議そうに眺めている。
「どうしたんだよ?」
「ああ、私?」
ちょっと押し黙って、それからゆっくり答えた
「夢を見ていたの」
「夢?」
「うん。あんまし覚えてないんだけどさ」
あかねは乱馬を見つめる。そして、そのまま躊躇いなく抱きついた。
「な?な?お、おいあかね!」
あまりにも唐突だったので、乱馬はあからさまに動揺してしまう。顔が熱で真っ赤になっている。
「ど、どうしたんだよ?熱でもでたのか?」
「う〜ん、お返しかな?」
「お返し?」
「うん、たぶんそんな感じだよ、ははは」
「はあ?」
わけがわからないと、乱馬は肩を竦めた。
「あのさ、乱馬」
「な、なんだよ」
「………」
「お、おい」
「やっぱなんでもないわ」
(そうよね、あせることはないし。何より私の夢の中の出来事だしね)
「あらあら、朝から随分お熱いわね」
部屋の外から嫌味な声が聞こえてきた。反射的に、ばっ、と二人とも離れる。
その途端急に、自分は何をしていたんだ?、と恥ずかしくなり、あかねは熱で顔が真っ赤になった。
「あかね、一晩会えなくなっただけで、もう寂しくなったの?」
からむように、問い掛けてくる。その口調は、まぎれもなくなびきのものだった。
「ち、違うわよ!これは、条件反射ってやつで…!」
「あら?どんな条件が加わったの?」
「もう〜お姉ちゃんてば!」
あかねはむくれるように言った。でも、それはどこか嬉しげだった。さっきまで別人を見ていて、急に本物に会ったような、そういった安心感にあかねは満たされていた。
しかしなびきは、そんなあかねの気持ちなど意に介さず、クールに淡々と続けた。
「早くしないと遅刻するわよ」
「え?」
あかねは机の時計を見た。すでに7時半を回っている。
あかねは、心臓が蹴り上げられたような気がした。
「きゃあ、ちょっと!なんで起こしてくれないのよ!?」
「何度も起こしたじゃねえか!」
乱馬の訴えを無視して、あかねはベッドから降り、自分の制服を手に取った。なびきは、あほらし、とすたすた階段を降りて行った。
「ちょっと、出てってよ。着替えるんだから!」
「け。誰がお前なんぞの…」
ここで言い詰まった。殴ろうとしていたあかねにとっても、これは意外な反応だった。
「そのよう…」
ずっと待っていたように、ゆっくりと呟く。部屋は奇妙な緊張感に包まれていた。
「ん?」
「今日の放課後…」
あかねは、びくんとした。一連のことなどすっかり忘れていたのだが、嫌にその言葉に畏怖を覚えたのだ。
とにかく、しゃにむにごまかした。
「ああ、今日どっかによってこうか!?私買い物したいんだけど、乱馬も付き合ってよ!」
いやにはきはきと答えてしまった。乱馬は肩透かしをくらったみたいで、きょとんとしている。それから、諦観したように言葉を続けた。
「そうだな」
乱馬はため息をつきながら頭を掻き、部屋を出ようとした。あかねはそれを呼びとめた。
「ああ、ちょっと乱馬!」
「あん?」
乱馬は振りかえる。
「今日の数学の授業、寝ないようにね!」
「は?」
首をひねる。無駄だぜ、と今にでも自慢してきそうだった。乱馬は曖昧に返事をして、部屋を出た。
あかねは心の中で呟いた。
(ごめんね、乱馬)
今日はなんだか早く帰りたい気分だった。直感が残るなと言っている。ゆかとさゆりに勉強を頼まれても、今日は断ろうと思った。
あかねはさっき言うべきだったかどうか、まだ悩んでいた。こう言うつもりだった。
(あんた、私のことどう思ってる?)
心の中で呟く。自分は夢の中で、何かとんでもないことを口走っていたような気がする。だから、乱馬にも何とか言わせたくなってみたのだ。だが、それは理不尽というものだろう。
(そうね。私は待つ)
あいつを信じているから。
あかねは窓の外の景色に目を向けた。
桜の花びらが寿命を終えたかのように、庭の地面に落ちている。池が太陽の光を浴びて、きらきらと光っている。かすみが、変わることない満天の笑顔で洗濯物を干している。今日は雲が少々混じった晴れである。一般的に言うと、良い日なのだろう。しかし、
(やっぱピンとこないわね)
そう思ってると乱馬が、庭に現われてきた。あかねの部屋を見つめ、まだか〜、と怒鳴っている。あかねも笑顔で、待ってなさいよ〜、と返事をする。
ああ、そうだ。これでいい。これでようやくピントが合ってくる。あいつのいない景色は、やはりどこか寂しげだ。あいつがいなきゃ、私の景色は成り立たない。あいつのいない景色なんて考えられない。
(うん。そう、これからも、私は)
乱馬と一緒に同じ景色を眺めていきたい。乱馬のいる景色を、いつまでも見ていきたい。
それが私の「景色」というものだから。







作者さまより

あ〜ようやく終わりました。短くまとめるつもりだったのに、また無意味に長くなってしまいました。しかし、書き上げるの大変だったな〜。
え〜どうだったでしょうか?自分としては、初の乱×あ作品のつもりです。でも、他の方々の作品を見たら、自分のはまだまだ甘いな〜と思いました。やけに余計な部分が多いし。しかし、最後の方は、ぶっちゃけ自分で書いててちょっと恥ずかしかったですね。他の人のを読む時は、乱×あをすごく楽しみながら読めるのに、自分でそれを書くってのはやっぱ違うと改めて実感しました。ほんとに。あ〜おまけに乱×あにしては、いやにヘビーな内容ですね。ちょっと、別の角度からってことで書いてみたんですけど、だいぶ急角度になってしまいました。
え〜こんな拙くて、長くて、重い内容ですけど、2周年アンド引越し記念のつもりで書きました。全然そんな作品に見えないですけど、まあ。
最後に、え〜ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。まじで遅くなってすいませんでした。遅れながら言わせてもらいます。
一之瀬様、2周年アンド引越し本当におめでとうございます!これからもよろしくお願いします。
では。



 お引っ越し祝いにいただいたものです。
 色褪せぬ景色。大切な人と一緒に、その景色の移り変わりを楽しむ。造作ないことかもしれませんが、ささやかな幸せって、こういうものなのかもしれません。
(一之瀬けいこ)


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