◇昇竜覇闘
  第8章  竜虎激突! 乱馬vs良牙
半官半民さま作


 険しい岩山がそびえ立っている。月がその山頂にかかりいやおうなく闘いの雰囲気を盛り上げていった。おそらく、乱馬の永遠のライバル響良牙は、この岩山の上にいるのだろう。山頂が近づくに従い、乱馬の表情が険しくなってくる。公紋竜と闘った時のように、容赦ない格闘家の顔つきになってきた。年も同じで、実力も伯仲。常に精進を怠らず修行の旅に身をついえているこの良牙という男は、乱馬が修行で強くなれば自分も修行で強くなり、乱馬が必殺技を開発すれば自分も技を編み出すというように常に努力を重ね乱馬と勝負することを目標に日々を送っていた。竜とは違い、乱馬は良牙と闘うときは相手が自分のライバルであることを熟知しているため、その闘い方も相手を叩きのめすのではなく勝敗を決するというやり方であり若い武道家同士の力試しの傾向が強い。ただ、本気で相手を倒しにかかった時もある。この場合は必ずといっていいほどあかねがかかっている。良牙にとってあかねは初恋の人。乱馬の許婚であることがわかっていながらどうしても諦め切れない最愛の女性。乱馬にとってあかねは自分の守るべき許婚であり決して失うことのできない妻となる最愛の女。ともにその強い思いの分だけ激しくぶつかり合った。あかねは良牙が自分を思っていることを知らない。あかねにとって良牙は大事な友達であり、乱馬と互角に闘うことのできる数少ない若き武道家の1人である。いつも旅先から手紙をくれる。土産を持って自分の家に遊びに来てくれる。乱馬に会いに来るのだと、あかねはそう思っていた。諸行の成果を試すために。だが、良牙はあかねに会いたくて来るのであり、乱馬もそれを、一途にあかねを思う良牙の恋心を知っている。だが、渡す訳にいかなかった。乱馬もあかねを愛していた。そしてあかねは乱馬の許婚、いや、妻だった。つまり、あかねは乱馬のものだった。
『おれかおまえ、勝った方があかねさんをとる。それでいいな、乱馬!』
『あかねは渡さねえぜ良牙。この勝負、おれが勝つ!』
ふと、乱馬は傍らにいるあかねを見る。良牙と自分が争う最大の原因である彼女を見る。今はもうあかねは自分の妻である。仮とはいえ祝言を挙げた、将来を誓い合った相手だ。許婚の時代とは訳が違う。他の男が触れていいものではない。良牙にはずっと会っていなかった。あの日、自分とあかねが仮祝言を挙げた日から良牙は自分たちの前から姿を消した。良牙の気持ちはわかっていた。もし逆の立場だったら、自分も辛くて姿を見せることなどできないだろう。どうあがいてももうあかねはその男のものになってしまった。どんな顔をしてあかねの前に現れることができるだろうか。
(良牙…………)
乱馬はゆっくりと岩山を登る。あかねを手に入れた自分に、良牙はおそらく容赦などしないだろう。かなり激しい戦闘になることを覚悟しておかねばならない。あかねがじっと乱馬の顔を見上げた。その厳しい表情の中に、静かな決意があることを感じた。これは決闘なのだ。2人の男が、その雌雄を決するための。八武岩のことなどさしたる問題ではない。若い武道家が激突する。目の前の強い敵を倒す、格闘家としての宿命。そっと、あかねが乱馬の手を握った。乱馬が立ち止まりあかねを振り返る。その掌から暖かい気が流れ込んでくる。それだけで乱馬はあかねの思いを理解した。
(気をつけてね……)
(心配するな。おれが勝つぜ。)
(本当は闘って欲しくない。だけど……)
(………おれたちは武道家だ。)
(わかってるわ……)
静かにあかねが手を離す。頂上に人影が見えた。じっとこちらを見下ろしている。掌の中のあかねのぬくもりをぎゅっと握りしめ、ざんと乱馬は良牙に対峙した。良牙がじっとその乱馬の姿を睨む。少し遅れてあかねが登ってくる。離れた所で立ち止まった。良牙がそのあかねの姿に目を移す。ふっと寂しそうな影が良牙の瞳をよぎった。仮祝言の日からずっとあかねに会っていなかった。しかし、久しぶりに見たその姿は、前にもまして愛らしかった。他人のものになってしまったから余計にそう思うのだろうか。いや、あかねが以前の愛らしさに加え、艶やかな美しさを醸すようになったのも事実である。愛を知って美しくなったのだ。乱馬と将来を誓い合って。一瞬良牙のこめかみを血が逆流した。ぎらりと自分を睨む良牙の視線が強烈になったことに乱馬が同じように睨み返す。今度は良牙は乱馬を見る。乱馬もまた以前と少し変わっていた。強くなっていた。ぎらぎらした若い力の奔流が、今は成熟した巨木のように圧倒する迫力を持って静かにたたずんでいた。乱馬は男になっていたのだ。愛する女を、あかねを守り続け、その未来までも手に入れたことによって。
「久し振りだな、良牙。」
乱馬が静かに話しかける。
「ああ、修行に明け暮れてたぜ。乱馬。」
良牙がじっと乱馬を睨んだまま、これもまた静かに言った。話しながら次第に間合いを取り出す。2人の闘気が急速に高まっていくのをあかねは感じた。
「どれほどのもんか見せてもらおうか。」
「お望みならたっぷり味あわせてやるぜ。」
だっと先制攻撃をかけたのは乱馬だった。やはりスピードの上で良牙は乱馬に劣る。2人の勝負ではほぼ90%以上の確率で乱馬が先制攻撃をかけられる。
「破っ!」
乱馬の2段回し蹴りを良牙は両手でブロックした。良牙は打たれ強さに定評がある。防御力は乱馬よりやや高めだ。攻撃力は乱馬の方が高いが、腕力だけを取り上げてみれば良牙が上回る。故に、良牙の攻撃をまともにくらえばかなりのダメージを受ける。それをかわすだけのスピードが乱馬にはあるので、いくら力が強いとはいえ良牙が容易に乱馬を倒すことはできない。守破離、いわゆる攻守速のバランスが取れていることが格闘にとっては大事な要素である。この点乱馬は最も優れている。ただ、スピード全般において乱馬は最も高い能力を有するにもかかわらず、どういうわけか攻撃の出るスピードだけはあかねに一歩譲っていた。あかねの闘い方は猛攻と呼ぶに相応しく、先制攻撃をかけることに優れている。有無を言わせぬ強烈な一撃。うまく避けなければ一気に攻撃を畳みかけられる厳しさ。このあかねの闘いの特性ともいうべき攻撃時のダッシュ力を、乱馬は今自分の内側に感じていた。これは特に自分よりスピードの劣る、つまりすきの多い良牙相手の闘いには有利だった。
「火中天津甘栗拳!」
良牙のガードごと吹っ飛ばす強烈な無数の突きを乱馬は繰り出す。倒れた良牙を両足ではさんで放り上げ、脳天から叩き落とす。良牙が態勢を立て直す間も与えず今度はその腹部に蹴りを加えた。
「ぐっ………!!」
良牙がうめく。だが、すかさず自分の腹の上にある乱馬の足をつかむと、思い切り放り投げた。乱馬がくるりと身を回転させ着地する。良牙がよろりと起き上がった。
「動きが違うじゃねえか乱馬。んな攻撃ラッシュをくらったのは初めてだぜ。」
ふっと乱馬が笑った。
「これはあかねの闘い方だ。あいつの連続攻撃はけっこうキツいんだぜ。」
「あかねさんの…………」
良牙がちらりと遠くで闘いを見つめるあかねを見た。すぐ乱馬に視線を移す。
「なんでてめえがあかねさんの動き身につけてんだよ。」
「一緒に住んでりゃ似てくるさ。」
明らかに良牙の顔色が変わった。その様子を見ながら乱馬は静かに良牙の目を睨んだ。仕方がなかったのだ。良牙がまだあかねを愛しているのもわかっていた。だが、あかねは自分の許婚、いや、妻だった。辛い諦めを選択してもらうしかなかった。誰にも渡す気はなかった。例え一度たりとも。
「おれとあかねは気を交換できる。あかねの動きの特性はその闘気を通じておれに伝わる。」
良牙の握りしめた拳がわなないているのがはっきりとわかった。だが、追い討ちをかけるように乱馬は言葉を続けた。
「体のどこかが触れ合っていれば気を交換できる。手でも、肩でも………口……でもな。」
どうんと、良牙の闘気が爆発した。剥いた目から涙を溢れさせ、良牙は焼き尽くすように乱馬を睨んでいた。怯まず乱馬はとどめの一言を良牙に告げた。
「………あかねはおれの妻だ。」
「うるせええっっっ!!!」
良牙が咆哮した。巨大な気柱が周囲の土砂を巻き上げ天高く屹立した。瞬時にその気柱に飲み込まれたが、乱馬は防御の態勢をしっかりとったまま、良牙に対峙する。上空で巨大な気の塊が落雷のような音をたてて渦巻いていた。あれが落下してくればさしもの乱馬でも無事には済まない。気柱に閉じ込められ、2人の男が猛烈に睨み合っていた。
「あかねのことはもうあきらめろ、良牙。」
「………黙れ。」
「これ以上思っても不毛だぞ!」
「そんたこたあわかっとる!」
体を気が圧迫してくる。唸り音が耳元で響き出した。良牙はまだ気塊を頭上で止めている。だが、落下させるのは時間の問題だ。
「ここで今おれが貴様を倒しても、あかねさんの心はおれにはねえってな。」
じっと乱馬が良牙を睨み据える。
「悲し過ぎるぜ。このまま諦めちまうのは。おれの恋心が悲鳴をあげていやがる。」
良牙がじっと目をつぶった。瞼の裏にあかねの笑顔が映る。会いたくて、会いたくていつもいつも旅の先々でその面影を求めた。よく似た髪形の女とすれ違うとどきりとした。新たな涙が良牙の頬を伝う。乱馬は手出ししなかった。この気柱の中ではへたに動けなかった。その乱馬がじっと睨む良牙の目が、かっと見開かれた。
「おれの、あかねさんへの思いが、どれほど強いか、今貴様に教えてやる!」
(来る!!)
胆田に力を込め、乱馬が両腕を深く胸の前で交差させ、腰を溜めて防御した。
「最大級獅子咆哮弾!」
ごおうという唸りとともに気の塊が落下してきた。乱馬の体に凄まじい重圧がかかる。耐えていた。だが、ついにその重圧に乱馬は膝をつく。それ以上体勢を崩さなかったのは乱馬の武道家としての意地だろうか。渾身の力で耐え抜き、放心して佇む良牙と、膝半分地面にめり込ませた乱馬が獅子咆哮弾によりできた巨大なクレーターの最深部にいた。
「忘れられねえよ………」
よろりと乱馬が手を突いて起き上がった。
「わかったぜ……てめえが納得するまでとことんつき合ってやらあ!」
固唾を飲んで見守っていたあかねが、固く手を握り締めた。乱馬と良牙は再度激突した。激しい攻防を繰り返す。気の抜けない試合展開。実力の伯仲している者同士だから、勝負は容易につかなかった。天高く照らしていた月はすでに西に傾いている。何度も互いの体力を削り取り、ほとんど気力だけで2人は立っていた。東の空が薄明るくなる夜明け前の静寂の中で、荒く息をつく2人分の呼吸だけが響いた。互いに奥義を出し尽くして闘っていた。相手の奥義は、何度も闘う中で互いによく知っていた。しかし、実は2人ともまだ相手に知られていない究極奥義があった。ふと、あかねは乱馬の気の高まり方がいつもと違うのに気づいた。うねり、縄をなうように蠢く闘気の束。同時に良牙の方も変化していた。爆発的に膨れ上がるあの強大な闘気が、その質量によるものか足元から広く沈殿していく。
「次の一発で決めるつもりかよ………」
荒い息の合間に乱馬が不敵に笑う。
「それはてめえも同じこったろ………」
良牙が同じように笑い返した。互いに知られていない究極奥義で、2人はいま雌雄を決しようとしていた。宙をうねり逆巻く乱馬の闘気。そして、地を這い渦巻く良牙の闘気。その二つの闘気が互いにぶつかり合おうとのたうっている。
「獅子破砕牙!!」
「夜叉円空覇!!」
極限まで高まった二つの闘気が激突した。凄まじい烈風が周囲のすべてを薙ぎ倒した。その破壊力にあかねは立っていられず身を伏せる。上空を吹き飛ばされた岩木が飛び交っている。そのあかねの目の前で、八武岩が飛び去っていった。
「あっ! い、岩がっ!!」
2人の闘気の爆発に巨大な八武岩ですら吹き飛ばされた。慌ててあかねはその行方を目で追う。東の空の方向に、八武岩は島の中央にある山林に、ごおうという音とともに飛び去った。その方向をしっかり確認すると、すかさずあかねは2人の闘いに目を戻した。2人を飲み込んでいた巨大な闘気の渦が収まりつつあった。どうやら勝負は終わったようだ。その闘気と土煙のたち込める中から2人分の人影が現れる。動かない。乱馬と良牙は睨み合っていた。2人とも顔色がなかった。あかねが目を凝らす。ぐらり、と良牙の体が傾いた。そのままどさりと倒れる。ようやく乱馬が口を開いた。
「………相打ち…………か………」
言い終えるか終えないうち、乱馬もばったりと倒れ伏した。
「乱馬! 良牙くんっ!!」
あかねが駆け寄って来る。介抱しようと俯せに倒れた2人を仰向けに寝かせる。良牙の顔を見てあかねははっと動きを止める。ひどく満足そうな顔をしていた。その唇に微笑みすら浮かべて。乱馬も満足そうに寝ていた。互いに力を出し切って闘った満足感が2人の男を支配しているのだろう。その2人の寝顔をあかねが微笑ましく見つめた。だから良牙は乱馬のライバルなのだ。親友といってもいいほどの。
「もう少し寝かせといてあげるか。まあ、八武岩の行き先はだいたいわかったし。」
そっと乱馬の頭を膝に乗せ、その頬に手を当ててあかねはゆっくりと自分の気を送り込む。乱馬の顔色が次第に赤みを増す。まだ目を覚ます気配はない。ふわりと自分の気で乱馬を包み終えると、あかねは今度は良牙を見た。
「良牙くんには、あたしの気は入らないだろうな…」
試しに良牙の額に手を当ててみたが、やはり入っていかない。乱馬以外にはだめらしい。残念そうにあかねは溜め息をつくと、ハンカチを取り出し、草露を集め濡らして、良牙の額に当てた。別のハンカチで良牙の頬を包み、そのこびりついた血を拭い、優しく手当てする。
「ずいぶん良牙にやさしーじゃねーかよ………」
ふいに耳元で声がして思わずあかねが飛び上がる。
「なっ何よ乱馬。もうびっくりするじゃない。」
あかねに気をもらった乱馬はもう元通りに復元している。顔に傷一つない。膨れっ面をして良牙の手当てを続けるあかねを見た。あかねはおもしろくなさそうな乱馬の様子などお構いなしに良牙を介抱する。そっと頭を持ち上げ唇の血を優しく取り除いた。
「あかねっ! 良牙は大丈夫だから寝かしとけよ!」
「もー、あんたはすっかり元気だけどね。あたし良牙くんにあんたみたいな治療できないもん。手当てしてやんなきゃかわいそうじゃない。」
あかねが良牙に優しいのが気に入らない。これは嫉妬だとわかっている。あかねは良牙が好きなんじゃなくて友達として接しているのもわかっている。あかねは自分のものだとわかっているしあかねもそれを知っている。他愛ないやきもちだ。しかし、やはり自分の女が、倒れているからとは言え他の男に優しくしているのを見るのはおもしろくない。偽らざる心情である。
「あ、気がついた? 良牙くん。」
あかねが穏やかに声をかける。そして優しく笑いかけた。闘いの労をねぎらうように。良牙の視界の中で、自分の目の前で微笑むあかねの顔が次第にはっきりしてきた。良牙が目を見開く。しかし、その視界に割って入るように乱馬が顔を突っ込んできた。
「引き分けだ。」
乱馬がぼそりとつぶやく。
「とんでもねー技編み出しやがって。」
「そりゃおれのセリフだぜ、乱馬。てめーいつの間にあんな大技開発したんだ。」 
「早乙女流海千拳最大奥義、夜叉円空覇のこと?」
あかねが2人の顔を見比べ口をはさんだ。良牙がその海千拳という言葉に反応する。察してあかねが言葉を続けた。
「早乙女のおじさまが考え出した拳なの。もうひとつ、山千拳という技と対を成している………封印されるはずだった邪拳よ。」
「その邪拳をてめえは掘り出したってのか、乱馬。」
「おれも封印するはずだった。だが、山千拳を使う男がいるんだ。こいつに対抗するためには海千拳でなきゃいけねえんだ。」
乱馬がじっと遠くを見る。脳裏に山千拳の使い手、公紋竜の不敵な姿が浮かんだ。
(おれはおまえを倒し、早乙女流の名と天道あかねを手に入れる。)
乱馬がぎりっと唇を噛んだ。その様子に良牙とあかね、2人が怪訝な顔を向ける。乱馬がゆっくりと2人の顔を見た。
「その男、早乙女流二代目の座を狙ってんのか。」
「ああ。それと……」
あかねを見た。
「あかねもな。」
良牙が起き上がり、拳を握りしめる。
「んな野郎に負けたら承知しねえぞ。」
「良牙、多分いつかおめえも拳を合わせる時が来ると思うぜ。山千拳は剛の拳。その荒々しさゆえに親父は封印しようとした。」
良牙がじっと話を続ける乱馬を見る。この無敵を誇る男が気をつけろと自分にアドバイスするほどの使い手なのだ。戦慄が心地好く良牙の背中を上っていった。そして乱馬が綴る山千拳の恐るべき破壊力に固唾を飲んだ。その技、猛虎開門破、迎門鉄扇指、毒蛇探穴掌、懐中包珠殺、そして、鬼神来襲弾と、その応用された大技、鬼神群大乱舞。巨大な岩も、山をも切り裂く真空の刃の鋭さに良牙が息を飲む。続いて乱馬は海千拳の話をした。自分が使う技ゆえ秘伝書に記されている細部は教えなかったが、良牙に使った大技、夜叉円空覇のことは伝えた。
「おれがおめえに使った究極奥義のことは、多分竜は知らねえ。」
「それをおれに教えてくれたってわけかい………」
じっと相手の目を見た良牙だが、そのいつわりのない光に乱馬が純粋に自分に山千拳、公紋竜のことを、そして対応する技を伝えようとしている粋を感じ、この剛胆な男は大きくうなずいた。
「その男に会ったら、おまえより先におれが倒してやるぜ。」
不敵な笑みが良牙の顔に浮かぶ。それを見て乱馬もふっと笑った。話が終わったことを確認し、あかねが2人に話しかける。
「ねえ……八武岩のことだけど………」
「あっあかねさん。おれが案内します。」
「おめえに案内されてたまるかこの方向オンチ。おれが………」
ばっと立ち上がった2人をあかねはじっと見上げ、再度口を開いた。
「ここにはないわよ。」
その言葉に良牙が慌てて周囲をきょろきょろ見回す。
「そ、そんなばかな。確かにあったはず………」
乱馬も見回したが、周囲は草木一本生えていない。切り裂かれた大地がその肌をむき出しにしていた。
「あんたたちの闘いで吹き飛ばされたの!」
あかねがぷうと2人の顔を見る。おそるおそるあかねの方を見た乱馬と良牙は、面目ないというように頭を掻いた。
「東の方よ。」
そんな2人の様子を見て、にっこり笑いながらあかねが言う。乱馬と良牙、2人ともにどきりとして顔を赤らめた。あかねはその2人の男から愛された女である。しかし、あかねが愛を自覚したのは乱馬1人。良牙は報われなかった。しかたがない、と良牙は思う。乱馬から奪えない以上、あかねのことはあきらめるしかないと。しかし、あかねは優しく微笑みかけてくれる。友達として暖かく迎えてくれる。今はこの小さな幸福感で満足しよう。それで十分じゃねえか。欲はかくまい…………。良牙があかねを見た。あかねはじっと東の空を見ている。すでに陽が昇りかけていた。ポケットから秘石を取り出す。6つの秘石は朝日を受けきらきらと輝いた。
「あと2つ……だけど、最後の敵っていったい誰なのかしら………」
ぽつりとつぶやいたあかねの後ろに、黙って乱馬は立ち同じように朝日の昇る海を見つめる。その2人の顔を見比べ、良牙が口を開いた。
「乱馬、おれも行くぜ。」
その言葉に2人一緒に振り返る。良牙は自分を見上げるあかねの顔を見、さわやかに笑った。




つづく




Copyright c Jyusendo 2000-2005. All rights reserved.