◇昇竜覇闘  
  第7章  懲りない男九能帯刀
半官半民さま作


 すでに陽はとっぷりと暮れ、月が小道を走る2人を青く照らしていた。乱馬はあかねが走るスピードに合わせその隣を走っている。時々足元に目を向けながら、あかねが走る道が危なくないように気をつけている。守っているのだ。これは乱馬にとっては自然に身についた動作である。2人が走る先にドームが現れる。薄墨色の闇の中にくっきりと浮かび上がるその巨大なドームは、サーチライトに照らされた要塞のようであった。地図ではこのドームの側に八武岩があるはずだった。今までの闘いで、2人とも容易に岩を破壊できないことはわかっていた。誰かが邪魔をするだろうと予測できた。おそらくその敵がこのドームの中にいるはずだった。
「おい、誰だと思う?」
走りながら乱馬が隣のあかねに声をかける。
「………まだ、このゲームを考えた張本人が出てきていないわ。」
あかねが前を向いたまま答える。乱馬が黙ってうなずいた。2人とも次の敵が誰かわかっていた。この島に自分たちを招いた張本人。この喜界ヶ島にリゾートランドを作り、鬼の秘宝伝説を2人に教えた九能財閥の1人息子。風林館高校の剣道部主将で達人、九能帯刀。
「九能はおれがやるぜ。」
乱馬がそう言ったときは、2人とももうドームの入り口にたどり着いていた。体を打つほどに眩い光が室内に溢れている。あかねが傍らの乱馬を見上げた。
「もうちょっと休む気ない?」
怪訝な顔をして乱馬があかねを見下ろす。
「またおれにおまえの治療させる気かよ。」
「だーってぇ、腕試しに調度いいんだもん。」
乱馬が考え込んだ。確かに、九能はあかねに対してすきが多くなる。つまりあかねにとっては組みしやすい相手だ。しかし、あまり気は乗らなかった。九能はことあるごとにあかねに手を出そうとする。側にいてその九能を乱馬が撃退したこと数知れず。あかねが相手と知れば、この男は涙を流さんばかりに喜んで襲いかかってくるに違いないだろう。『交際しよう。』だの『愛し合おう。』だのと叫びながら、またあかねに擦り寄ったり抱きしめたりするのに違いない。だが、たいていあかねに殴り飛ばされているのも事実である。
(まあいいか。九能がしょうもねえことしやがったらおれが乱入すりゃいいんだし。)
先に歩くあかねの小さな体を見ながら、乱馬が1人ごちた。光の中に長身の人影がある。歩み寄る2人に視線を向けた。切れ長の目。木刀を肩にかけ、身につけた剣道着がその長身をさらに強調していた。側にきたあかねをじっと見つめる。途端にその気難しい顔が嬉しそうに輝いた。
「おお、天道あかね。ぼくの誘いを受けてくれたのだな!」
両手を広げ一気にあかねを抱きしめようと走ってきた九能の顔面に2人分の拳がめり込んだ。
「お誘いありがとうございます先輩。」
九能の顔面に右ストレートを打ち込んだあかねがその姿勢のまま答えた。
「よお九能先輩、おれも来てやったぜ。」
左フックを打ち込んだ乱馬が、これもその姿勢のまま答えた。乱馬は九能があかねに触れる前にその両手をいったん払っている。2人が拳を引いた。九能が顔に拳の跡を張りつけ、プンプンと乱馬を睨んだ。
「貴様を誘った覚えはないぞ早乙女乱馬!」
「へっ、武道家に用があんだろーが。おれたちに八武岩を砕かせて鬼の秘宝を手に入れるためにはよ。」
九能が思わず言葉に詰まる。図星を指されたのだ。あかねがポケットから秘石を取り出す。その淡く光を放つ5つの石を、はっと九能は見つめた。
「天道あかね。ぼくのために秘石を集めてくれていたのか!」
「いつそんなこと言いましたかっ!」
きっと九能を睨みながら、あかねが乱馬に5つの石を手渡した。
「先輩、たしかここにも八武岩がありますね。」
「そのとおりだ天道あかね。さあ、ぼくと一緒に鬼の秘宝を手に入れ幸せになろう。」
乱馬がポリポリと頭を掻いた。あかねがふうと溜め息をつく。
「勝負よ、先輩。あたしが勝ったらおとなしく6つ目の八武岩を渡してください。」
「ほう、ぼくに交際を挑むか天道あかね。よし、君が勝ったら言うとおりにしてあげよう。で、ぼくが勝ったら……わかっていような?」
にやりと笑い、九能があかねを見る。乱馬が思わず顔をしかめた。今度は九能は乱馬に向かい、勝ち誇ったように剣を向けた。
「ふふふふ、早乙女乱馬、天道あかねはもらった!」
「そーゆーセリフはあかねに勝ってからにしな。もっとも……あかねが負けてもおれが許しゃしねえがな。」
乱馬が腕組みして九能を見据える。そしてあかねに目を向けた。あかねはすでにドームの中央に進み出ている。こちらを振り返った。きっと九能を睨む。すっと腰を落とし構えをとった。十分な闘気がその体にみなぎっている。
「ぼくを待っているのだな。かわいいやつめ。」
あかねに対し、いちいちかんに触る答え方をする九能を何度乱馬は殴ろうと思ったが、バカにまともに取り合ってはこちらもバカになると思い直しじっとこらえていた。しかしすでにこめかみには青筋が数本立っている。そして乱馬が見守る中、あかねと九能の勝負は開始された。まだ青筋を立てたままではあるが、乱馬はこの試合は比較的楽な気分で観戦できた。前にあかねが闘った、シャンプーの時もムースの時も、乱馬は拳から汗が流れるくらいひやひやして見守っていたのだ。心配でたまらなくて。対戦相手として前の2人があかねを指定したから、そしてあかねが、この気の強い許婚が勝負を受けたから仕方なかったが、実際乱馬は生きた心地がしなかった。目の前であかねがダメージを受けているのに助けられない悔しさが押さえがたかった。なんとかあかねは勝利をものにしたが、一歩間違えば、特にムース相手の時はあかねが命にかかわるような怪我を負っても不思議ではなかった。ムースはそれだけ凶悪な武器を使っていた。今度はもっとスポーツライクである。九能は確かに武器を持っているがそれは木刀。あかねが切り刻まれる心配はない。ただし、九能の腕は超高校級だ。木刀でコンクリートに大穴を開けることくらい朝飯前である。まともにくらえば危ない。動きが鈍い分九能の攻撃をあかねが受ける可能性は低いが、もし一度受けてしまえばかなりのダメージを負うだろう。木刀の分、九能の攻撃のリーチは長い。つまり懐が深い。踏み込んで相手に攻撃を当てるためにはこの木刀の連打をかい潜って懐に飛び込まなければならない。確かにあかねの攻撃は速いが、間合いは狭い。動きの基本が空手のため直進的なのだ。直進の動きに対し剣術は強い。だから、空手と剣道の他流試合を行った場合は二段のハンディを剣道側につける必要があるのだ。もっと自分の動き、拳法の動きを教えとくべきだったと乱馬が舌打ちした。
「破っ!」
乱馬の心配をよそに、あかねは果敢に攻めていた。九能の攻撃をうまくかわし、次々と連続攻撃を決めている。その攻撃にはまってしまい九能はなかなか反撃できなかった。とどめとばかりにあかねが宙に飛び上がり跳び蹴りを仕掛ける。九能がにやりと笑った。彼はこのチャンスを待っていたのだ。
「大回転西瓜殺!」
木刀が千本に分かれたような錯覚に陥るほどの強烈な突きの連打が上空のあかねを襲った。飛び上がってしまったため避けようがなかった。あわてて身をかがめ防御の姿勢をとったがその前に数十発もの突きを受けてしまった。あかねの小柄な体が大きく後ろに吹っ飛ばされる。思わず乱馬が両の拳を握り締めた。
「くっ………!」
あかねが顔に苦痛の色を浮かべながらも、ばっと立ち上がり態勢をとる。間髪を入れず九能が間合いを詰めてきた。
「天道あかね、愛し合おう!」
だありゃーっという気合いとともに上段に木刀を構えた九能が打ちかかってくる。あかねは体を反転させくるりとその場から逃れた。とんと立ち上がりすっと構えをとる。
「九能先輩……悪いけど必殺技の実験台になってくれる?」
九能が怪訝な顔をした。乱馬が顔色を変える。あかねが練習中のその必殺技を乱馬は知っていた。未完成ながら恐ろしい威力を持っていた。あかねのことだからパワーをセーブできないかもしれない。もしまともにあかねがこの技をかけたら、自分はあかねではなく九能を助けるはめになるかもしれない。
「天道流奥義、逆鱗咬龍拳……あれをやるつもりか。」
あかねのこの奥義は、自分の奥義の中でも破壊力の強い、飛竜降臨弾に匹敵する大技だ。だがまだその成功の確率は五分五分。不発に終わる可能性もある。
「破あああ〜〜〜〜〜〜〜〜」
あかねが腕を体の前でクロスさせる。今までとは比べものにならない闘気の高まりが彼女の体を包んだ。九能が攻撃に踏み込めずためらっている。嫌な予感があった。しゅんしゅんと音をたててあかねの闘気が沸き立っている。髪が強風に煽られているように激しくなびく。
「て、天道あかね……一体何をやるつもりだ……!」
さすがに九能も武道家である。その本能が九能に警告していた。逃げろ、その技を受けてはならないと。
「むうっ、ま、まずいっっ!」
九能が回避の態勢をとろうとした時だった。あかねの闘気が最大限まで高まった。すうっとあかねの両手が動く。
「逆鱗咬龍拳!」
ごおん! と巨大な鉄球が壁にぶち当たったような音が響いた。ぎゅるっと九能の周囲をかまいたちのような闘気の渦が巻き込む。その渦が中にいる九能を切り裂いたかと思うと、すっとその中央にあかねが姿を現した。あわてて避けようとした九能の動きは、あかねにはるかに及ばなかった。青白い炎をまとっているかのように見えるあかねの右手から、闘気の塊が飛び出し九能を襲う。それはもろに九能の胸部に突き当たった。ものすごい破壊の衝撃が胸部から全身に一気に走った。
「うわああっっー!」
とん、とあかねが地面に下り立つ。九能の体がどさりと落ちてきた。剣道着がずたずたに裂かれて木刀も粉々に砕け散っていた。九能は完全に気を失っていた。
「ごめんね……九能先輩。でも手加減したから大丈夫よ。」
あかねが大きく息をはずませたまま、まだ倒れている九能に話しかけた。しかし気を失った九能は何も答えなかった。完全に白眼を剥いていた。あかねの表情が心配そうに変わる。乱馬が近寄り、手に持ったバケツの水を九能にかける。九能が目を覚ました。
「天道あかね、今の技は………」
「ありがとう先輩。試させてくれて。実戦で使ったのは初めてだったの。」
にこりと笑いかけるあかねの笑顔に、九能が倒れたまま高笑いした。
「はっはっは。礼など無用だ。おまえのためならこの九能帯刀十七歳、何でもしてみせようぞ。」
「ほんとーにおめでたい野郎だな………」
呆れて乱馬がつぶやく。しかし次の九能の言葉にむかっと顔色を変えた。
「天道あかね、感謝をしたいのなら受けてやっても良いぞ。」
そう言ってあかねの方に手を伸ばした九能の顔を乱馬は踏みつけると、平然とあかねを見て言った。
「あかね、八武岩んとこ行くぜ。」
「う………うん。」
乱馬にうりうりと踏まれている九能に少し気の毒そうな目を向けて、あかねはドームの出入り口へと向かう。
「じゃーな、先輩。」
乱馬がその後を追った。たちまちあかねに追いつき当然のように隣に並んで歩き出す。九能が倒れたままじっとその2人の背中を見つめた。
「おのれ早乙女。いつもいつもぼくと天道あかねの邪魔をしおって!」
くやしそうに歯がみし、九能はその顔にべっとりと乱馬の靴の跡を付けて、まだ仰向けに倒れたままじっと腕組みして天井を睨んだ。

 2人はドームから出る。二手に分かれて両側から回った。右回りに乱馬、左回りにあかねが走る。
「あったぜ!」
乱馬の声がした。あかねが走るスピードを上げて乱馬の声のした方へ向かう。途中で岩の砕ける音がした。あかねがその場所にたどり着いた時は、すでに乱馬の手に秘石が握られていた。乱馬がズボンのポケットから5つの秘石を取り出し、合わせて6つの秘石をあかねに手渡す。じっとあかねの顔を見つめる乱馬の目は、残り2つの闘いはおれがやると物語っていた。あかねも黙ってうなずくと、乱馬から6つの秘石を受けとった。おそらく残りの相手のうち1人は響良牙である。自分の歯の立つ相手ではない。それに自分が闘うと言い出したら乱馬も良牙も血相を変えて止めにかかるだろう。良牙はあかねと闘うなど日本が沈没してもできる話ではない。良牙にとってあかねは最愛の女性であり一途に思う女神のような存在である。乱馬も、しょっ中良牙と闘って自分の実力と伯仲していることを知っているから、絶対に許しはしないだろう。そして、最後の敵は、多分自分たちの集めたこの秘石を虎視眈々と狙う者である。こちらの命を奪っても鬼の秘宝を手に入れようと画策している者なのだろう。じっとあかねが神将像を見つめる。乾闥波王だった。芸術を愛する平和的な神将だった。こういう血なまぐさいことには不向きのような気がした。見上げるあかねの背後に乱馬が歩み寄る。その肩に手を置いた。
「後2つだな。」
「………うん。」
乱馬があかねの肩に置いた手をとんと動かす。あかねが振り向いた。その顔を見下ろし乱馬は少し心配そうに話しかける。
「おまえ、きつくないか。」
「平気。シャンプーやムースと闘った時よりずっと楽よ。あんたの気もらわなくても大丈夫。」
あかねがにっこり笑う。短時間のうちにもうすでに2回乱馬はあかねに自分の気を送り込んでいる。自分の防御力があかねの体に染み込んでいるのだろうか。あかねは打たれ強いタイプではない。もし自分の闘いの特性を相手に与えられるのなら、これは非常に便利である。あかねに自分の防御力や身のかわし方を与えられるし、あかねから攻撃開始のスピードや猛攻のラッシュするタイミングを受け取れる。互いに互いを補完できる。
(こいつはいいぜ。)
乱馬が嬉しそうに含み笑いをした。あかねが怪訝な顔をして肩越しに乱馬を見上げる。
「何なのよ気味悪い。」
「ちっとおもしれえ発見したんだ。あかね、おれたち気をやり取りできるけどさ。これってすっげえ便利なんだぜ。」
「何なの? その便利って。」
見上げるあかねの顔をおもしろそうに乱馬は見て、気の交換が傷を癒すだけでなくそれぞれの闘いの特性までも伝えられることをあかねに言った。あかねはじっと乱馬の言葉を聞いていたが、そっと目を伏せる。乱馬がそのあかねの表情の変化を怪訝そうに見つめた。
「どうした。」
「……もしそうならあたしには便利だわ。だけど、あんたに与えられるものがない。」
寂しそうにそう言ったあかねの頭を、乱馬は笑ってぐしゃりと撫でた。
「ばーか。いくらっでももらうもんあるぜ。」
ふとあかねが顔を上げる。その大きな瞳をじっと乱馬は見つめた。
「おまえのきつい攻め方。そのすきのねえラッシュのタイミング。こいつはおれも欲しい闘い方だぜ。」
あかねの瞳がじわりと涙に潤む。
「攻撃の出るスピードの速さ。凶暴で強靭な闘いの意思。おれがあきらめそうになった時も、おまえはあきらめなかったよな………」
ふいにあかねがくるりと体を乱馬の胸に投げ出す。そしてその胸にすがりついた。
「……あかね?」
あかねは何も言わないでと言うように乱馬の胸に擦りつけた顔を横に振った。乱馬が言いかけた言葉をつぐみ、そっとあかねを抱きしめた。表情にたまらない愛しさを漂わせながら、その柔らかい髪に顔を埋めた。
「おまえがいて、おれは完全になれる………」
あかねにというよりは自分に言いきかせるように、乱馬がつぶやいた。
(おまえを守って闘うことが、おまえと一緒に闘うことが、おれをもっと強くするんだ……)
かすかに震えるあかねの細い肩を抱き、守るべき女を腕に抱ける満足感に乱馬は浸り、そして、一生側にいて守るという決意を新たにした。自分の胸で泣いているあかねを乱馬はしばらくじっと抱きしめていたが、あかねが落ちついてくるとその腕に手をかけ自分の胸から起こさせた。あかねが手の甲で涙の跡を拭う。じっと見つめる乱馬の顔を、あかねは見上げて微笑んだ。
「ありがとう……乱馬。……嬉しい………」
はにかむあかねの素直な言葉に、乱馬が一気に上気した。
「……あかね、じゃあ次行くぞ。」
照れながら、あかねの様子が元に戻ったのに安心して、乱馬はあかねの手を引き7つ目の八武岩のある場所へと向かった。




つづく




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