◇昇竜覇闘
  第4章  熾烈な華 あかねvs珊璞
半官半民さま作


 そこは公園からさらに入った森の中だった。鳥の声が響き、爽やかで心地好い風が吹き、木陰が優しい穏やかな空間を作る。
「わあ、気持ちいい。」
あかねが大きく伸びをした。光の中であかねの髪が茶色に透けきらきらと輝く。眩しそうに目を細め、乱馬はそのあかねの姿をじっと見た。かわいい許婚だった。かわいくてしょうがなかった。一度も口に出したことはなかったが、本心ではずっとそう思い続けてきた。
「乱馬、見て。きれい………」
あかねが指差す方向に小さな花畑があった。その色とりどりの花をうっとりとあかねは見つめる。
(おまえの方がずっときれいだよ。)
歯の浮きそうなうわ言が乱馬の胸に浮かんできたが、慌てて乱馬はそれを否定し、代わりに口に出した言葉はまったくの裏腹だった。
「んなもん見て喜ぶなよ。ガキじゃあるめーし。」
あかねが膨れっ面をして乱馬を見た。
「あんたに美的センスを求めてもむだだったわね。」
言い返したあかねの言葉に今度は乱馬がむっとなる。
「おめえみてーながさつな女から言われてもピンとこねえぜ。」
互いにむっとして無意識のうちに構えをとる。やはり無意識のうちに間合いをとるのも彼等2人が格闘家であるためだろうか。本当にこの2人はけんかが好きだ。犬も食わないという夫婦げんかを飽きず繰り返す乱馬とあかねの無差別格闘流カップルは、多分互いに死ぬまで仲良くけんかを繰り返すのだろう。夫婦げんかという名の遠慮のない触れ合い、確かめ合いいや愛し合うことを。がさりと音がして、2人ははっと我に返る。同時に見たその方向に、1人の少女の姿があった。長く艶やかな髪を2つ髷に結っている。中国の髪形だ。鮮やかな色合いのチャイニーズスーツがほっそりしなやかな身体を包んでいる。女傑族の美少女、シャンプーである。ちらりと乱馬に視線を向け、シャンプーは艶っぽく微笑んだ。あかねが明らかにむっとした表情になる。顔を赤らめた乱馬の足を思い切り踏んだ。
「痛てえ! 足砕く気か凶暴!」
シャンプーがぎらりとあかねを睨んだ。そのシャンプーをきっとあかねも睨み返す。
「邪魔ね、あかね。」
「どっちが邪魔なのよ。」
2人の声は険を含んでいる。明らかに敵対していた。シャンプーにとって乱馬は自分を倒した男であり、掟によって夫とすべき最強の格闘家である。強さこそすべての女傑族にとって乱馬は理想の男であった。何がなんでも結婚する気だった。シャンプーにとって乱馬は運命の相手である。だが、その愛すべき男の側には女がいた。親によって決められた許婚、あかねが。何度もあかねを消そうとした。だが乱馬がそれを許さなかった。そしてあかねも容易に倒せる相手ではなかった。それでも、あかねさえいなくなれば乱馬は自分のものになる。その思いが何度もシャンプーを過激な行動へと駆り立てる。
「おとなしく乱馬をこっちに渡すよろし。」
「断るわ。」
2人の間に険悪なムードが漂った。乱馬がその場に居づらくなりぽりぽりと頭を掻く。だが女2人はお構いなしに睨み合ったままだった。
「あかね、おまえ一番の邪魔者。腕づくでも奪ってやるね。」
「……おもしろい。」
あかねがすっと気を込めた。清烈な闘気がふわっと彼女の体を包む。シャンプーがぴくりと反応した。あかねはじっとシャンプーから目を放さない。シャンプーが端麗な唇に薄く笑いを浮かべた。
「わたしと闘って、勝てる思うか。」
「やってみなくちゃわからないわ。」
さげすむような目つきでシャンプーは冷たくあかねを見た。
「むだある。痛い目みたくなければ乱馬から手を引くよろし。」
「ふっ、負けてからもう一度同じセリフ言う勇気あるかしら?」
じっと睨むあかねをシャンプーが強く睨み返した。
「勝ちの見えてる勝負、おもしろくないね。だけど乱馬手に入れるために、ここでおまえを徹底的にたたきのめすある。あかね、覚悟するね!」
すうっとシャンプーが構えをとる。あかねも腰をため、構えた。じっと睨み合いながら、間合いをとり始める。
「乱馬、ちょっと待つよろし。あかねすぐ片づけて、2人で宝探しに行くね。」
「よく口動くわね。いいからかかって来れば?」
あかねが言った途端、シャンプーが躍りかかった。その素早い跳び蹴りをあかねは両手でがっきとブロックする。一瞬シャンプーの動きが止まり、そこにあかねの強烈なサマーソルトが炸裂した。
「きゃんっ!」
続いて落下してくる体にあかねの連続蹴りが入る。6発。あっという間にかなりのダメージを受けたシャンプーが、ばっと大きく離れる。
「あかね……いつの間に腕上げたか。」
「あたしは毎日乱馬とけんかしてるの。乱取り稽古をしているようなものよ……楽しみながらね。」
あかねがじっとシャンプーを睨む。瞳がきらきらと光をはじいた。
「昔と同じと思ったら怪我するわよ。」
ちらりとシャンプーが乱馬に視線を向ける。乱馬が少し口の端を吊り上げ笑った。あかねの言葉が嬉しかったのだ。乱馬もまた、あかねとのけんかを趣味としている。けんかは2人だけの楽しいじゃれ合いなのだ。ただ、2人とも武道家であるが故にそのじゃれ合いは稽古の代わりにもなるのである。
「……今までなら、わたしと闘う前に乱馬があかね止めてるとこだたが……それでわかたね。」
乱馬はじっと腕組みしたまま2人の闘いの行方を見守っている。一度も口を出さなかった。確かに、これまでだったら乱馬はあかねがシャンプーと闘うとなると血相変えて止めに入っていた。あかねではシャンプーに勝てなかったからだ。痛い目にあわされるのがわかっていたから、乱馬は止めようと躍起になっていた。確かに今までは。だが、今回乱馬は動かなかった。つまり、あかねがそう簡単にやられないとわかっていたからである。乱馬の格闘における目に狂いはない。しかもあかねとはしょっ中けんかしているからあかねの実力はすべて知り尽くしている。今のあかねならシャンプーに対峙しても一方的にやられる心配はない。もし、どうしようもない時は自分が助けに入ればいい、そう乱馬は考えていた。
「後悔するよいね。あかね、おまえ殺す。」
「いいわよ、本気で来る?」
あかねが不敵に笑う。今まで勝てなかった相手に、自分の力が十分通用することがわかり、嬉しくてわくわくしてきていた。闘うことが楽しいと思った。無差別格闘流を継ぐ者である。乱馬同様、あかねも根っからの格闘好きなのだ。シャンプーの闘気が一気に膨れ上がる。全開した相手に対し、あかねもその闘気をすべて解放した。どうんと、大気が震える。風がうなった。女とはいえこれ程の闘気を操れる2人の武道家を、感心したように乱馬は見ていた。
「たいしたもんだぜ、あいつら。」
凄まじい闘気の渦を身にまとい、再度あかねとシャンプーはぶつかった。すっと身をかがめ、シャンプーがあかねに足払いをかける。右足をすくわれあかねは態勢を崩したが、そのままくるりと体を反転させ着地した。その着地点にシャンプーが蹴りを加える。軽く体を捻り、あかねはそれもかわした。
「わたしの動き、見切れるのか。」
「乱馬より遅いわ。」
そう言うなりあかねはシャンプーの正面から正拳で突いてきた。ふわりとシャンプーはそれをかわす。
「当たらなければ意味ないね。」
ふっとシャンプーは笑うと、ばっと上空に飛ぶ。強烈なきり揉みのごとき蹴りがあかねの頭上に迫った。恐るべきスピードだった。かわしきれず、あかねの肩に蹴りが炸裂する。
「あうっ……!」
ぎらっとあかねを見て冷たくシャンプーが笑う。
「ふっ、怯じ気づいたか、あかね。」
言った途端シャンプーの顔色が変わる。しなるようなあかねの二段蹴りが左脇に入った。
「きゃうっ………!」
「もう寝たいの? シャンプー。」
言いながらあかねは、追撃を加えようとばっと離れたシャンプーの背後にとび込んだ。
「ばか、あかね。そこはだめだ!」
腕組みしてじっと2人の闘いを見守っていた乱馬が思わず声をあげた。
「あん、やっ!」
背後に迫ったあかねの突きをくるりと飛び上がりシャンプーは避けると、そのまま両足をあかねの肩に掛け体を回転させる。避けきれずあかねは地面に脳天から落ちた。再度頭上に飛び上がったシャンプーが倒れたあかねの背に強烈な蹴りを加えた。あかねの背骨が嫌な音をたてる。そのままシャンプーはあかねの顎に手をかけ、ぎりっと締め上げた。キャメルクラッチを極められ、痛めた背骨がさらに軋み音を上げる。あかねの顔が苦しそうに歪んだ、勝利を手中にしかけ、シャンプーがとどめとばかりにあかねを締め上げる腕に力を込めた。
「あ、あかねーっ!」
乱馬が思わず拳を握り締める、ちらりとシャンプーは乱馬に目をやり、再度冷たくあかねを見た。
「降参するよろし。あかね、背骨折られたくないのならな。」
苦しそうに歯を食いしばったあかねが、ぎりっとシャンプーを睨んだ。
「………誰に言ってんのよ………!」
「強がってもムダね。もう勝負はついてるある!」
自分の勝利を確信し切った様子のシャンプーを見て、あかねが脂汗の滲む顔に薄っすらと笑みを浮かべた。そのあかねをシャンプーが怪訝な表情で見る。
「乱馬の助けを待つのか。しょせん乱馬の力借りないと何もできない女ね。」
「バカにするのもそれくらいにしたら………!」
ふいに2人を取り巻く空気が変わる。あかねの体から発せられている闘気が、背中のあたりで爆発するように膨れ上がった。背骨がさらに痛むのも構わず、あかねは両手を地面について思い切り体を反らせた。ふいの動きにシャンプーがあかねの顎に掛けていた手の力が一瞬緩んだ。くるりとあかねが体を反転させる。その勢いに乗ったまま、強烈なエルボーがシャンプーのみぞおちに入った。そのままあかねはシャンプーを突き放す。2人が立上がり、ばっと構えをとる。はあはあと大きく肩で息をしている。
「自分の背骨痛めるのもかまわずはずすとは…………しぶとい女ね。」
脂汗がいく筋もあかねの顔を伝っていた。だがその目は強く輝いたまま、対戦相手のシャンプーを睨み据えている。
「だがもう、立っているのがやっとのようね。この勝負、わたしの勝ちある!」
シャンプーの目が怪しく輝く。言葉とともに大きく跳躍した。
「あかね、さよならね!」
すうっとあかねが胆田に気を込めた。上空に飛び上がったシャンプーをじっと睨むと、あかねも大地を蹴った。
「これで終りよ! シャンプー!」
空中で正面に来たあかねに、シャンプーが手刀を構え、一直線に突き出した。まともに入れば、あかねの体を突き破り、背中までえぐるほどの鋭い攻撃である。そうなれば命はない。先程のように肉を切らせて骨を断つ戦法は使えなかった。一気に致命傷を受けるおそれがあった。さすがに乱馬の顔色が変わった。
「あかねーっ! よけろおおーっっっ!」
その鋭い手刀を、あかねはわずかに身をかわし避け、そしてがっきと右脇で捕らえた。脇腹をかすめ皮膚が破れ血がしぶく。しかし、怯まずあかねは、左手でシャンプーの細い首をぐいと握り締めた。
「あいやーっ………しまた……」
どうんと音がしてあかねの闘気が解放された。シャンプーを捕らえた掌から物凄い衝撃波が加えられる。
「でえいっっ!」
あかねが右手で強烈なスクリューアッパーを炸裂させた。シャンプーの体が大きく宙に舞う。そのままどさりと地面に落下した。動かない。先に地面に降り立ったあかねは、落下してくるシャンプーの体をじっと見ていた。まだ構えは解かない。そして地面に倒れたシャンプーを、じっと見下ろしている。その体にはまだ闘気が充満している。
「そこまでだ、勝負あった!」
乱馬が2人に駆け寄る。あかねが構えを解いた。シャンプーが薄く目を開き、まだ地面に横たわったまま悔しそうにあかねを睨んだ。
「……あかね、いやな女ね。」
睨み続けるシャンプーをあかねが静かに見る。
「おまえを殺してやるね。必ず、必ず乱馬を奪ってみせる。」
「勝負は受けてあげるわ。だけど……」
くるりとあかねがシャンプーに背を向ける。腕組みしてその場に立つ乱馬の方に歩み寄って行った。
「勝つのはあたしよ。」     
乱馬があかねを見る。その顔にふっとあかねは微笑みかけた。額に流れる汗。まだあかねも息が荒い。
「行こう、乱馬。このあたりに岩があるはずよ。」
「ああ………」
ちらりと乱馬がシャンプーに目をやる。少し心配そうな光をたたえていた。シャンプーがすがるように乱馬を見つめる。しかし、乱馬はそれ以上何もしなかった。シャンプーにはムースという一途に彼女だけを愛している同じ部族出身の男がいる。自分が助けずとも、ムースが駆けつけるはずだった。乱馬にはちゃんとその手で守るべき女が側にいた。乱馬の相手はシャンプーでなく、シャンプーの相手も乱馬ではなかった。
「………痛むんだろう。あかね。」
乱馬が、その定められた自分の相手に声をかける。さっきの闘いで、あかねは背骨に痛手を受けた。脇腹にも大きく血が滲み、あかねの服を赤く染めている。顔には出さないが、額に滲む汗がかなりの痛さであることを物語っていた。顔色も青ざめている。しかしあかねは、心配させまいと明るく乱馬を見上げた。
「少しだけよ………平気。」
そう言って笑ったあかねを、乱馬は黙って抱き上げた。あかねも体を鍛えた格闘家である。しばらく休めば回復するだろう。
「岩は逃げやしねえよ……ちょっと休憩しろ。」
腕の中のあかねにそう言うと、乱馬は柔らかな草が生えている木陰にそっとあかねを横たえた。自分もその側に座り込む。
「……シャンプー……強いわ。」
「よく勝てたな、おまえ。」
あかねが黙って乱馬を見上げる。ふわりと微笑んだ。
「あんたよりすきが多かったから。」
そう言ったあかねの言葉に乱馬も穏やかに笑う。
「竜も、おまえほどきつい攻め方じゃなかったぜ。」
2人顔を見合わせ、くっくと笑った。乱馬がころっとあかねの横に寝転ぶ。2人じっと空を見上げた。しばらく黙って空を見ていたが、乱馬がすっとあかねの頭の後ろに手を差し入れ、自分の側へと抱き寄せた。されるままにあかねが乱馬の肩に頭をもたせかける。触れ合った部分から気が流れ込んでくる。乱馬が、あかねの痛手を癒すため自分の強い気を送り込んでいるのだ。乱馬とあかねの気はほとんど同質である。薄く蒼く透明感のある『気』だ。同じ身体、同じ人間ではないかと思うほどに2人の発する気は似ている。だから、乱馬が自分の気をあかねの体に送り込んでも、あるいはその逆でも、違和感を感じることはまったくない。

 互いに気を交換できることに彼らが気づいたのは、わりと最近の話である。仮祝言を挙げ、一応夫婦の関係になってからだ。血の気の多い武道家たち10人余りとけんかして帰ってきた乱馬を、あかねが道場で手当てしていたときのこと。ふいに近くの電柱に雷が落ち、天道家は停電の闇に包まれた。
「や、やだもうっ! 見えないじゃない。」
「おいあかね。おまえ不器用なんだからいらんことすんなよっ!」
こんな暗がりではあかねの手元が狂っても不思議ではない。乱馬はずりずりとその場を離れようとした。あかねの不器用は並ではない。手当てしてもらうどころがケガを増やされてはたまったものではない。だが……。
「ら、乱馬っ! ねえこれ何?!」
尋常でないあかねの声に思わず乱馬がそちらを向く。ぼうっとした蒼い光が自分とあかねを包んでいた。それはあかねの掌から出ていた。そして、自分の中へ入っていた。じっと乱馬はその光を見る。澄んだ淡い光。その光の入ってくる部分から暖かさが広がっているのを彼は感じ取っていた。
「気………か?」
武道家であるあかねにとって、気を発することは呼吸するに等しい。おそらく乱馬の手当てをするうち、治したいという思いからか無意識のうちにあかねは穏やかな気を発していたのだろう。それは何の抵抗もなく乱馬の中に染み込んでいた。乱馬がすっと手を伸ばし、あかねの腕をつかむ。思わずあかねがその顔を見上げた。
「あかね、ちょっと気、集中してみてくれよ。」
乱馬の声に真剣な響きがあった。あかねはうなずき、目をつぶり気を集中する。音もなく高まったあかねの気は、そのまま触れ合った部分から乱馬の中に入っていった。ゆらめくあかねの気の渦が乱馬に余すところなく吸い取られていく。しばらくしてあかねが一つ息を吐いた。乱馬が手を離す。そして顔をぱんと叩いた。
「傷……消えてる。」
あかねが乱馬の頬に手を当て、信じられないものを見るようにその目をのぞき込んだ。
「ああ、気分も爽快だぜ。」
乱馬が嬉しそうに笑った。
「すげえぜ。あかね。おれもう何も怖くねえ。」
おまえさえいれば………、と口に出しかけ、ふと乱馬はあかねを見た。
「おい? あかね?」
すうすうと可愛らしい寝息をたて、あかねはそこに横になって眠っていた。馴れないことをしたからだろうか。その寝顔を見て、乱馬の心に暖かいものがこみ上げる。自分を癒せる自分の半身。たまらなくあかねが愛しくなった。その大きな掌であかねの髪を撫でると、ふわりと抱き上げ、乱馬はあかねの部屋へと向かう。そっとベッドに横たえた。あかねが身じろぎする。目を覚まさない。深い眠りだ。すっかり傷の消えた自分の頬を指でなぞりながら乱馬は、穏やかな笑顔であかねを見つめた後部屋を出た。今は何度か気を乱馬に与えても大丈夫だが、限界を越えるとあかねはこの時と同じように深い眠りについてしまう。乱馬の方も、限界を越えると極度の空腹を訴える。互いに互いを癒すことが可能な上でも、このカップルは常に側にいる必要があるのだが、相手に気を与え過ぎると自分になんらかのダメージがかかるようである。

 しばらく送り込み続けていたが、乱馬は自分の気があかねの腰の辺りで止まりその背中を守るように覆い尽くしたのを感じとると、すっと気を収めた。あかねは背中と腰に心地好い暖かさを感じている。乱馬の気がそこを包んでいる。乱馬の温かい腕にすっぽりと抱かれているような心地好さだ。しばらくあかねはその暖かさに気持ちよさそうに包まれていたが、すうっと息を吸い込んだ。たちまち乱馬の気はあかねの気と交じり溶け合い、あかねの腰から全身へと流れた。あかねがとんと大地を蹴って起き上がる。ほぼ同時に乱馬も起き上がった。あかねの腰からはさっきの痛みが嘘のように消えていた。そっと右脇に手を当てる。あの時、皮膚が破れ血をしぶかせたそこは、すっかり元通りに滑らかな感触をしている。元気になったのが嬉しくてとんとんと跳ね回るあかねを、乱馬があきれて見た。
「おい、まだじっとしとけよ。」
「もう平気だもん。」
ふっと笑い、乱馬はあかねを次の場所へと促した。岩を砕き、現れた天竜八部衆の緊那羅王から3つ目の秘石を手に入れた。
「この像、女みてえな顔してるな。」
「この神将は女よ。半人半鳥なの。素早さと思い込みの激しさにかけては右に出る者がいないわ。」
「へえ……シャンプーみてえじゃねえか。」
あかねがふっと緊那羅王像を見上げる。シャンプーの悔しそうな顔がその像に重なった。
「そうね………」
華麗な動きと攻撃の厳しさ、そして激しさ。たしかに似ていた。
(悪いけど……あたしには乱馬が必要なの……ごめんね。)
じっと像の顔を見つめ、あかねが胸の中でつぶやいた。



つづく



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