◇昇竜覇闘  
  第2章  無差別格闘早乙女流の二代目
半官半民さま作


 秘宝を探し少年と少女が2人孤島の森を行く。
「おい、こっちでいいのか? あかね。」
先に木に登って周囲を見渡していた乱馬が、とんと地上に下り立ちあかねの側に歩み寄った。
「うん……たしかこの森の中に八武岩があるって………」
あかねが地図とにらめっこしながら乱馬に答える。ひょいとあかねの肩越しに乱馬も地図をのぞき込んだ。ほとんど顔がくっつきそうなくらい近くで乱馬があかねの手元を見る。あかねの白い指が指す所がこの森らしい。確かに岩のマークがある。
「でも……それらしいのある?」
あかねがつぶやいた瞬間だった。いきなりどうんと音がして周囲の大木が数本薙ぎ倒される。割り箸のように真っ二つになっていた。その向こうに人影がある。乱馬と同じくらいの背格好をした少年が、2人の方をじっと睨んでいた。
「この技は………山千拳!」
あかねがその男をじっと見る。公紋竜は無差別格闘早乙女流山千拳の使い手である。乱馬と同じ早乙女流を修めたこの男は、彼と闘い早乙女流の継承を奪おうとした。竜がちらりとあかねに視線を向ける。気の強い光を弾く黒目がちの大きな瞳で、あかねが竜を睨み返した。その瞳を見て、竜が少し唇の端を吊り上げ笑う。そして、今度は乱馬を睨む。容赦ない格闘家同士の瞳で、乱馬と竜は対峙した。
「………公紋、竜……まさかこんなところで会おうとはな。」
「てめえを待ってたぜ、早乙女乱馬。」
竜がじっと睨んだままで乱馬に話しかける。そして黙って自分の後ろにある岩を指差した。あかねがあっと声を上げる。それはまさに探していた八武岩だった。
「てめえらの狙いはあの岩だろう。」
岩に目をやった後、乱馬はもう一度竜に目を戻し、静かに睨んだ。
「すんなり渡してくれそうじゃねえなあ……」
竜が凄味のある笑い方をした。当然だと言わんばかりにぐっと自分の拳を乱馬に向かって突きつける。
「おれはてめえと闘うためにここにいるんだぜ、早乙女乱馬。てめえを倒し、無差別格闘早乙女流の名はおれが継いでやる。ついでによ………」
そう言って竜は、今度はじっとあかねを見た。あかねがきっと睨み返す。ふん、と竜は笑う。あかねの愛らしい顔の中の、気の強い黒い瞳を、おもしろそうに眺めた。
「その女、天道あかねをもらってやるぜ。」
「あかねを? 何考えてんだこの野郎!」
思わず乱馬がぐっと身を乗り出し竜に詰め寄る。無意識のうちに拳を構えていた。
「へっ、天道あかねはおまえの許婚だろう。つまり早乙女流と天道流の間に交わされた約束ってわけだ。なら、おれが二代目になりゃ自動的にその女と道場が手に入る。」
「勝手なこと言わないでっ! 誰でもいいってわけじゃないのよ!」
あかねが目を吊り上げて叫んだ。ほお、と竜があかねを見る。
「その男を深く愛してますとでも言いてえのか。健気なこった。」
「誰が! こんなやつの許婚の座なんてどうでもいいけど!」
「……おい。くぉらあかね。」
こんなやつと言われて口をはさみかけた乱馬を無視して、あかねはきりきりと竜を睨み上げ、さらに言葉を続けた。
「無差別格闘流の血は濃いの。あんたなんかに容易に奪えるものではないわ。」
「いや、おれは奪ってみせるぜ。無差別格闘流の名も、天道あかね、おまえもな。」
「んなセリフはおれを倒してからこきやがれっ!」
ばっと乱馬が攻撃態勢をとる。この男は自分の許婚に対する所有意識が強い。けんかばかりしていながら他の男があかねに近づくのを徹底して邪魔する。けっこうヤキモチ妬きなのだ。これはあかねも同じ。乱馬が他の女にせまられたりすると怒って強烈な暴力を振るう。乱馬も好きでせまられたわけではないのに気の毒である。ただ、煮え切らない曖昧な態度をとる乱馬も悪いのだが。
「……竜、早乙女流の真髄を見せてやるぜ。てめえごときがどうあがいても真似できねえ早乙女流本来の動きをな!」
「けっ! ほざくんじゃねえぜ乱馬。おれの剛拳の恐ろしさをじっくり味わわせてやるぜ!」
2人の闘気が膨れ上がった。あかねがすっと物陰に身を移す。このまま巻き込まれては乱馬の闘いの邪魔になるからだ。とんと大岩の上に跳び上がり、2人の闘いの行方をじっと見守った。ざんと対峙していた2人がすっと構えをとる。大気を振るわせるような気合いとともに相手に向かった。攻撃のスピードは乱馬の方が速い。
「飛竜昇天破!」
ごおう、と巨大な竜巻が起こった。吹き飛ばされた竜が落下して地面に叩きつけられる。乱馬の必殺技で、間合いを見切らない限り防ぎようのない恐ろしい技だ。起き上がろうとした竜の頭上に乱馬の蹴りが迫った。身を反転させてよけたその場所に巨大な穴が開く。乱馬は、スピード、破壊力ともに優れており、相手の技をくらっても何度も立ち上がってこれるだけの防御力もある、恐るべき格闘家である。しかしこの男は、最強のくせに自分の許婚にはいいようにぼてくり回されている。そのダメージはなかなか大きいらしい。あかねの攻め方は猛攻と呼ぶにふさわしく、接近して一度攻撃を受けてしまうとあっという間に8発から10発はくらってしまう。恐ろしく速く、厳しい。防御のすきを与えてくれないのだ。そして乱馬は毎度毎度怒ったあかねにどつかれ続けるというはめに陥る。この猛攻に馴れている乱馬にとっては、竜の動きはすきをつきやすい。
「調子に乗んじゃねえぜカマ野郎! 猛虎開門破!」
ぐおん、と音がして大気が押し割かれた。先程木を真っ二つにした竜の剛拳である。とっさにかわそうとした乱馬の肩先を竜の右手が掠った。それだけで乱馬の服の袖が裂け、衝撃で乱馬は大きく右に吹っ飛ばされた。くるりと体を反転させ乱馬が地面におり立つ。だっと竜が向かってきた。とん、と乱馬が上空に飛び上がる。にやりと竜の顔に笑いが走る。
「毒蛇探穴掌!」
「ぐえっ!」
竜のアッパーが乱馬の腹部に入る。あかねが思わず悲鳴を上げた。地面に落ち、よろりと立ち上がる乱馬を竜が冷たく見下ろす。
「カマ野郎。」
乱馬が明らかにこめかみを痙攣させた。相当な怒りが込み上げてきている。おカマ呼ばわりされたことの怒りもさりながら、あかねに弱いところを見られたくなかった。彼は最強の男である必要があった。愛するあかねの前で不様な姿をさらしたくなかった。あかねとのけんかで十分不様なところを見せている気もするが、乱馬にとっては、他の男に負けるところをあかねに見られるというのがものすごくこたえるらしい。
「おれをカマ呼ばわりすんじゃねえっ!」
その途端、乱馬の姿が消えた。はっと身構えた竜の背後に乱馬がふっと現れる。次の瞬間、機銃掃射のような音とともに、瞬時に数十発もの拳が竜の背中に叩き込まれた。前のめりにぐらりと竜の体が傾く。大きく足を踏出して踏張った。
「………海千拳か……!」
竜が乱馬を睨み上げる。その顔をじっと乱馬が睨み返す。
「白蛇吐信掌だ。見えたか?」
山千拳が剛の拳であり動の拳であるなら、海千拳は柔の拳であり静の拳である。まったく反対の性質を持つこの二つの拳は、ともに相手の拳の威力を相殺する。乱馬にとってはvs竜のための技といっても過言ではない。
「おれの動きは竜、てめえには見えねえ。降参しな。叩きのめされる前によ。」
「へっ。力まかせの技の、本当の恐怖を知らねえようだな………」
竜がべっと地面に血を吐く。そして、ゆらりと立ち上がると乱馬に向けて薄笑いを浮かべる。
「おい、カマ野郎。てめえほんとにあの女と結婚するつもりかよ。」
「それがおめえに何の関係があんだよ!」
むっとした顔で乱馬が答える。
「半分女のてめえによ、あの女が愛想つかすと思わねえのか?」
薄ら笑いを張り付け、口を歪ませ吐いた竜のセリフに、乱馬の顔色が変わる。
「……何が言いてえんだてめえ!」
「おめえはしょせんハンパ野郎よ。惚れた女を守り切ることなんざできやしねえ。」
「……何だとおっっっ!!」
唇に薄笑いを浮かべる竜の言葉に、乱馬は明らかに怒りにこめかみを引きつらせていた。
「知ってるぜ。途中で雨が降ってきて、女になっちまったてめえはバケもんに勝てず、あの女を目の前でさらわれちまったってな。」
どおん、と音がした。紅蓮の炎のような怒りの闘気が乱馬の周囲に立ち込め始める。にやりと竜が笑った。術中にはまり、乱馬は怒りの闘気を発散させている。
「カマ野郎。女になってみろよ。あの女の目の前でいたぶってやろうか。」
「ほざくんじゃねえっ!……てめえ、ブッ殺すっ!」
ついに完全な怒りの闘気が乱馬を包んだ。にやり、と竜が笑う。乱馬を怒らせること、すなわち、海千拳を見切ることである。己の気配を完全に消す乱馬を捕らえるためには、怒りの闘気を発散させ気配をつかみやすくする必要があるのだ。
「乱馬っ! だめえっ! 怒っちゃだめーっっ!」
怒りの闘気を発している乱馬に、あかねが気づかせようと必死で叫んだ。だが、竜の背後に回り込もうとした乱馬に、竜がくるりと振り向いて構えた。
「見えたぜ!」
はっと乱馬が避けようとしたその方向へ、竜の腕が伸びる。
「懐中包珠殺!」
がきっと音がして、竜のさば折りが完全に極まった。膨れ上がった筋肉で乱馬の体を締めつけている竜の両腕は、まるで巻き付き食い込むつたのように微動だにしなかった。
「し………しまった…………!」
乱馬が呻く。容赦なく竜はその体をぎりぎりと締め上げる。
「さっきのセリフそのまま返すぜ。降参しなカマ野郎。じゃねえと、てめえ死ぬぜ。」
「………ざけんな………」
乱馬が苦しそうに顔を歪めている。脂汗がいく筋も流れた。かなりの苦痛である。なんとか外さなければ乱馬に勝ち目はない。血が止まりかけていた。乱馬の目の前が暗くなる。
「乱馬あーっ!」
あかねの悲鳴に近い声が乱馬の耳に入る。その声がふっと乱馬の体に力を取り戻した。ぎらっと乱馬は目を見開くと、全身の筋肉をいったん緩め、ほとんど同時に緊張させた。これにより膠着状態から一呼吸分の動きが生じた。乱馬には十分だった。殺されている右手はそのままで、乱馬は左手を素早く竜の首にかませた。そのままぐいっと突き上げる。竜の首の骨が音をたてた。乱馬を締めつけていた腕が緩む。そのすきを乱馬は逃さなかった。
「鯉魚翻身!」
体中のばねを使い乱馬は鮮やかに竜の腕から逃れる。その肩に足をかけると、くるっと体を回しぱあんと両手で大きく足元を払う。
「支柱落地勢!」
足元をすくわれ体勢を崩した竜の襟首を、起き上がりざま乱馬は掴むと、そのまま両腕を竜の首に巻きつけぐいっと背負った。
「背山倒海態!」
鯉魚翻身から支柱落地勢、背山倒海態の3つは乱馬の海千拳の連続技である。その流れるように見事な技からも、乱馬の格闘家としての恐るべき実力が計り知れる。かわせない。支柱落地勢をくらえば一気に背山倒海態までもっていかれる。逃げられない。すきがないのだ。乱馬が危機を脱し優勢になったのを見て、あかねはほっと安堵の溜め息をついた。今度は竜がつかまり締められる番だった。乱馬が背負う形で締め上げている。背中合わせで締めているため、返しようがない。竜の体からだらりと力が抜ける。
「それまでよ乱馬! 落ちたわ!」
あかねが駆け寄って来る。乱馬は腕の力を緩めどさりと竜の体を落とす。まだ竜は気を失ったままだ。じっと乱馬が倒れた竜を見た。あかねがすっとかがみこんで竜の顔をのぞき込む。そして、その細い指先でとんと軽くこめかみを突いた。ふうっと竜が意識を取り戻す。自分の側に座っているあかねの顔をぼんやり見上げた。口を開いて何か言おうとする。あかねはその竜に柔らかく笑いかけた。 
「………まだ、体が痺れてるから、無理に起きない方がいいわ。」
腕組みしてじっと見下ろしていた乱馬が、竜の側に座り込んでいるあかねの側に立った。その気配にあかねが乱馬を見上げ、すっと立ち上がる。乱馬がじっとあかねの顔を見る。そして、ぐいとその体を抱き寄せた。また竜を見下ろす。無言の圧力だ。その強い光を弾く瞳は、無差別格闘早乙女流二代目としての風格と誇りに満ちており、そして天道流二代目である自分の許婚は絶対渡さないという強い決意を感じさせた。
「……てめえに勝ってやる………! 今度は、今度こそ必ず…………!!」
「あきらめな。」
焼けつくような瞳で乱馬を睨みつけ、よろよろを体を起こそうとする竜をじっと乱馬は見た後、くるりと背を向け立ち去った。その後ろ姿に悔しそうに竜が視線を送る。
「けっ……! わざわざ女つかってみせつけやがって。嫌味な野郎だぜ。」
吐き捨てるように竜が呟く。
「きっと勝つ。てめえを地面に這いつくばらせてやる!そして早乙女流の名と天道流の女をもらう!」
新たに闘志を燃やした。

 乱馬とあかねは八武岩まできた。側に近寄ろうとするあかねを乱馬が手で制する。
「ちょっと離れてろ、あかね。」
そういうと乱馬は1人で岩の前に立つ。ゴゴゴッと音がして乱馬の全身に闘気が込められていった。そして右腕に集中する。
「破っっっ!!」
乱馬が思い切り岩を突いた。ごおうんという低く響き渡る音とともに15mはあろうかという大岩は粉々に崩れた。その中から人物大の大きさの石像が出てくる。厳しい表情をした神将像であった。
「天竜八部衆だわ。天王の像よ。」
あかねが像に近寄る。口に何かをくわえていた。不審に思ってあかねがそれに触れる。その途端、天王像は眩い光を放った。
「きゃっ。」
思わず手で顔を覆ったあかねの足元に、白く光る小さな石の粒が転がってきた。乱馬がそれを拾い上げ、じっと見た。乱馬の手の中のそれをあかねも見つめる。その白い石は透き通るように淡い光を放っている。神秘的な石だった。
「何だかきれいね……」
あかねがうっとりと石を見つめる。乱馬は手に持っていたその石をあかねにぽんと手渡した。
「おまえが持ってろ。何か特別なもんかもしれねーしよ。」
渡された石をしばらくじっとあかねは見ていたが、乱馬の言葉にうなずくとその石を上着のポケットにしまい込んだ。
「行くぞ、あかね。次はどこだ。」
「うん。ここから海岸沿いに行った公園の側みたい………」
砕け散った岩を後にし、少年と少女は次の目的地へと向かった。



つづく



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