◆苦悩と苦難
ゴンタックさま作



「ふぅ〜…ようやくあの三人をまいてやったぜ。」
乱馬はやれやれといった感じでため息をついた。
今日も学校帰りの途中で、シャンプーと右京、小太刀の三人に追いかけ回されていた。
「あかねのやつ、また怒ってんだろうなぁ……。」
案の定、その騒動に巻き込まれた乱馬は、一緒にいたあかねをその場に残していってしまったのである。
「あいつ、どこに行っちまったんだ?」
己の優柔不断な性格を恨みつつ、彼女を探しながら歩いていると公園の脇の草むらの中で動いている物体が目に入った。
「なんだ?」
不思議に思いのぞいてみると、そこには赤い衣を着た銀髪少年がしゃがみこんでいた。
少年も乱馬の気配に気づいて振り向いた。
「あっ、お前、この前の…。」
「こんなところで何してんだ?」
そう言いながら乱馬が近づく。
「わっ、ばか!バレるだろうが!」
少年は慌てて乱馬の頭を鷲掴みにするとそのまま地面に押さえつけた。
「いってーな!何すん…!!」
「しーっ!!」
少年は文句を言おうとした乱馬の口を手で押さえ、草むらの向こう側を指差した。
「あそこ見てみろよ。」
「ん?」
彼の指差すほうを見ると、公園の中にあるベンチにあかねと以前会ったことのある少女が座っていた。
「あいつら、何してんだ?っていうか盗み聞きする必要なんかあんのか?」
「う、うっせー。さっきあいつの喧嘩しちまって出るに出れねえんだよ。」
「はあ?だったら素直に謝りに行けばいいじゃねえか。それに俺は関係ねぇだろ。」
他人の喧嘩の相手をしていられない乱馬は憮然とした表情で草むらから出ようとした。
「こ、こら!行くなっての!!」
「何でだよ?」
「あいつだけじゃなく、あかねって女の方もかなり機嫌悪そうだぞ。お前もなんかしたんだろ?」
「ぐ…。」
「また前みたいな目にあいたくねえだろ?」
以前、彼女たちにやられたことを思い出した乱馬は少し青ざめた表情でコクコクと頷いた。
「と、とにかくしばらく様子を見ようぜ…。」
「お、おう…。」
乱馬は少年の言葉に従うことにした。


「はいっ。」
「あっ、すいません。」
あかねは少女に缶ジュースを手渡した。少女は受け取るとすまなそうに礼を言った。
「で、何かあったの?」
「えっ?」
「さっき会ったとき、なんかすごい怒ってたようだったから…。」
「あ、いや…な、何でもないですよ。ハハハ…。」
あかねが先ほど会ったときの少女の様子を言うと、彼女は慌てたように答えた。
「…もしかして、あの銀色の髪をした男の子のこと?」
「!!」
何気にあかねが言うと、少女はビクッと反応した。
「…どうやら図星みたいね。」
少女の反応にあかねはクスッと笑った。
少女もばれちゃったかというように苦笑し、フウッと一息つくと話し始めた。
「あたし、アイツのことになると変にムキになっちゃうんですよね。」
「それだけ彼が好きなんだね。」
「えっ!?え、えっと、まあ……。」
あかねの言葉に少女は顔を赤くした。しかし、すぐにその表情を曇らせた。
「でも、アイツ…あたしのことどう思ってるのか、時々わからなくなるんですよね…。」
「彼との付き合いはどれくらいなの?」
「けっこう長いんですけど……。」

少女は銀髪の少年の身の上について説明し始めた。

どれくらい話していただろう。気づけば二人の手の中のジュースの缶は空になっていた。
「…ふ〜ん。それにしてもその彼、けっこう優柔不断なところがあるのね。」
「やっぱりそう思います?」
「うん、あたしもそういう感じのやつ一人知ってるから…。」
あかねはフウッとため息をついた。
「もしかして前会った時にいたあのチャイナ服を着た人ですか?」
「そうよ。あいつはいつも女の子に言い寄られると断れない性格してるのよ。」
あかねの脳裏には三人娘に追いかけられている乱馬の姿が浮かんでいた。
そんな光景を想像しているうちに、収まりかけていた怒りが込み上げてきた。
「まったく人の気も知らないで!!」
「そういうのってこっちの身としては嫌ですよね。はっきりしない分、余計に…。」
「そうね。で、こっちがそれで気分悪くすると慌てて謝ってきたりして…謝るんなら最初から迷惑かけるようなことするなって感じ!」
「ですよね〜。あいつなんか…と……なって…。」
「へぇーそうなの!?あたしの場合、あの時…あんなことを…。」
「えー、本当ですか!?それって最悪じゃ……。」
「最悪もなにも、男として…というより人として情けないことこの上ないわ!」
二人は互いの男に対しての愚痴を長々と言い始めた。


「…何か俺たちメチャクチャ言われてねえか?人として情けないとかどうとか…。」
銀髪の少年は草むらの中で呟いた。
「そうだな。まあ、お前よりは俺はマシだと思うけど?」
乱馬は答えた。その一言に少年はムッとした。
「はぁ?何言ってやがる。お前のほうがひどいじゃねえか!他の女たちに言い寄られてるしよ〜!」
「あれは向こうが一方的にだろ。そういうお前なんて過去の女が忘れられねえみてえじゃねえか。そういうのを『女々しい』って言うんだぜ!」
負けじと乱馬は言い返した。
「う、うるせー!少なくとも優柔不断なお前に言われたくねえ!」
銀髪少年の言葉に乱馬はカチンときた。
「俺だっててめえみたいな二股野郎に言われたくねえぜ!」
「なんだと!!」
「なんだよ!?」
草むらの中で二人の睨み合いが始まってしまった。


「……あの二人、隠れてるつもりなんですかね?」
「……あのバカ…。」
二人の少女はため息をついた。
先ほどから草むらの陰からお下げ髪と銀髪が見え隠れしている。
「この野郎!!」
「やんのか!?」
「いい度胸してんじゃねえか!」
「それはこっちのセリフだ!!」
草むらの中から怒鳴り合う声が聞こえてきた。彼らはすでに自分たちが隠れていたことを忘れているようだ。
「…確かに二人とも『いい度胸』してるわ。」
「男二人して盗み聞きですもんね〜。」
二人の少女は顔を見合わせた。少し笑顔が引きつっている。
「…どうしましょうかアレ?」
「聞くまでもないでしょ?」
「ですよね〜?」
二人の手にある空き缶がパキパキと音を鳴らしながら形を変えた。


数十分後。
「今日の夕飯の材料はこれで全部ね。…あら?」
買い物帰りのかすみが公園の傍を通りかかったとき、地面に倒れている二つの物体が彼女の目に入ってきた。
「あらあら。二人ともこんなところで寝ていると風邪をひきますよ。」
「……。」
「……。」
物体の返事は無い。よく見るとピクピクと痙攣を起こしているようだが、かすみはそんなことを気にせず微笑んだ。
「本当に仲がいいのね。」
事の事態をあまり理解していない彼女はそう呟くと、仕方ないわねといった表情を浮かべながらその場を後にしようとした。
ふと立ち止まり、最後の一言を告げた。

「乱馬君、夕飯までには帰ってくるんですよ〜?」

倒れている彼の耳にかすみの声が届いたのかは定かでない……。








作者さまより
 「ヒロイン=飼い主」?に対する一之瀬様の「二人が顔を突き合わせて、互いの愚痴を語り合ったらどうなるんでしょう。」というお言葉より、主人公’Sの愚痴話を創ったので、今回はヒロイン’Sバージョンを創ってみました。
 つくづく彼女たちは主人公たちにかかわらず男どもに苦労しているような気が…。
 それがヒロインの宿命(さだめ)なのでしょうか?そして彼女たちにのされる主人公も…。

 さて、今回も最後はかすみさんにシメさせていただきました。彼女のマイペースさはなぜか落ち着くというか、癒されるというか……。



 乱馬とあかね、犬夜叉とかごめ。それぞれ、カップルの成立過程は違いますが、優柔不断男二人に、それぞれ振り回されながらも逞しいヒロインたち。強敵や妖怪たちには強い彼らも、それぞれのヒロインだけには敵わないようです。
 それにしても、かすみさんのこの、絶妙な間合いは何なのでしょう?うーん、奥が深い。


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