◆一番の被害者は…
ゴンタックさま作


「『爆砕点穴はしばらく封印しろ』!?」
東風の接骨院に良牙の声が響き渡る。
「うん、そうだよ。」
「先生、それはどうしてなんだ!?」
「どうしてって言われても…その指じゃ無理なんじゃないかな。」
東風は良牙の手を持ち、人差し指を軽くつつく。
「ぐっ…こんなのは軽く引っ張ればすぐ治る!」
良牙は痛みに顔を歪ませながらも、なんとか平静を保とうとした。
「良牙君、突き指を甘く見てはいけないよ?」
「何?」
「じゃあ、試しに指を伸ばしてみてごらん。」
「そんなの簡単……ぐっ、の、伸びねえ?」
良牙は指に力を入れたものの、あまりの激痛と指が思うように動かせないことに驚いた。
「な、なぜだ?」
「良牙君、今まで突き指をしたことは?」
「む…爆砕点穴を習得する前はよく修行で……。」
「その時の応急処置はどうしてた?」
「軽く指を引っ張って…。」
東風はやっぱりといった表情を浮かべた。
「君の指、骨折している可能性があるね。もしくは靭帯が切れているか…。」
「え?」
「本来、引っ張るという処置は脱臼した時だけにするものなんだよ。それ以外の場合はかえって症状を悪化させてしまうんだ。」
「そうなのか。」
「突き指は、軽い捻挫の場合や靭帯が切れたり骨折している場合とか、症状が色々あるんだ。それを知らずに無理に引っ張ったりすると指が腫れて、曲がったままになってしまうんだ。」
「そ、そうなのか…。」
「まあ、正しい方法で処置すれば数週間で完治するけど…。」
東風は良牙を安心させるかのように笑顔を浮かべた。
「でもっ!」
「うわっ!」
東風はズイッと顔を良牙に近づけた。
「ちゃんとした治療法をしないと、一生指が変形したまま、もしくは痛みが残ったままになってしまうよ。」
「い、一生!?」
「うん、一生。」
東風の宣告に良牙は肩を落とし、ガクッとうなだれた。
「この俺が一生ものの傷を受けてしまうとは……。」
「…良牙君?」
東風が心配げに良牙の顔を覗き込もうとしたのと同時に、良牙は勢いよく顔を上げた。

「何もかもお前のせいだ、乱馬っ!!」

「だ〜か〜ら〜、悪かったって言ってるだろ〜?」
「ちょっと乱馬、動かないでよっ。」
良牙の鋭い視線の先には、あかねの手当てを受けている乱馬の姿があった。
「なんであかねさんを守ろうとした俺が貴様の攻撃を受けなきゃならんのだっ!」
「だからさ〜、そん時の記憶がねえからわかんねえって言ってるだろ?」
「ごめんね、良牙君。あの時、乱馬は猫化してたから…。」


それは数時間前のこと。
「乱馬ー!」
あかねは猫化してしまった乱馬を追って公園の前に来ていた。
「ったく、どこに行ったのかしら?ここの公園にいればいいんだけど…。」
彼女が公園に入るとサッカーボールが顔面めがけて飛んできた。
「あかねさん、危ない!!」
それと同時に良牙が飛び出してきた。
「爆砕点穴っ!」
「良牙君っ!?」
良牙がボールに向かって指を突き出すのと同時に、近くの茂みから猫化した乱馬が飛び出してきた。
「にゃーごっ!」
「乱馬っ!!」
猫乱馬はあかねに目もくれず、ボールに殴りかかった。
ちょうどその時、猫乱馬の拳…いや前足が不運にも良牙の指に直撃してしまった。
「ぐっ!!いってぇぇぇぇっ!!」
あまりの激痛に叫ぶ良牙を尻目に、猫乱馬は前足を使ってサッカーボールにじゃれついていた。
ボールを取りにきた子供たちがそんな光景を見て怯えた表情を浮かべている。
「ああもう!乱馬ったら!!」
苛立ちを隠せない様子のあかねは、乱馬に近寄ると彼の目の前にあるボールを取り上げた。
「にゃ、にゃ〜ぁ。」
前足を上げてせがんでくる乱馬をあかねは一喝した。
「だめっ!これはアンタのものじゃないの!!」
「ふぎゃっ!」
乱馬はあかねの声に驚き、後ろに飛び退いた。
「ったくもう…あ、ごめんね。はい、これ。」
あかねはできるだけ子供たちを刺激しないように、笑顔でボールを返した。
しかし、そんな彼女の努力も空しく、子供たちはボールを手にしたとたんに、一目散に逃げていってしまった。
「はぁぁぁ……。」
子供たちの後姿をため息をつきながら見送ったあかねは、困ったように乱馬を見つめた。
乱馬は先ほどのあかねの一喝が相当堪えたのか、怯えた表情で彼女を見つめている。
また怒られると思っているらしく、あかねが一歩近づくと乱馬は同じように一歩後ずさりした。
あかねは二、三歩近づいたところで仕方ないといった感じで、その場にしゃがんだ。
「乱馬、おいで。」
「にゃ?」
「もう怒ってないから、ね?」
「にゃ〜?」
あかねは乱馬の首を傾げる姿に思わず苦笑した。
乱馬はそんな彼女の表情に安心したのか、ゆっくりと近づいていった。
が、あかねと乱馬の間に立ちふさがるものが現れた。
「乱馬、貴様ぁぁぁっ!!」
先ほど巻き添えを喰らった良牙である。かなりのご立腹の様子である。
「俺の邪魔をしやがって、もう許さんっ!!」
「フーッ!フーッ!」
対する乱馬もあかねの膝に乗るところを邪魔されたのが気にくわなかったらしく、髪の毛を逆立てて威嚇している。
「り、良牙君やめて!乱馬もっ!!」
これ以上騒動を大きくしたくないと思ったあかねは、二人を止めようとした。
しかし、彼女が制止の言葉を言い終わる前に二人はすでに動き出していた。


「…ったく、あの時の二人を止めるのには苦労したわよ。」
乱馬の顔に絆創膏を貼りながら、あかねはため息をついた。
「っつーか、なんで俺だけこんなにボロボロにされなきゃなんねえんだよ?」
絆創膏を貼られるたびに、痛みで顔を歪ませながら乱馬は文句を言った。
「そっちの方が手っ取り早くていいからに決まってんでしょ。」
「あのなぁ…。」
あかねの即答に乱馬は抗議の視線を送った。
「すいません、あかねさん。なんか迷惑をかけてしまって…。」
良牙は申し訳なさそうに頭を下げた。
「へんっ、ほんとだぜ!わざわざボールなんかに爆砕点穴なんかしやがっ……て、イデデデデッ!!」
「気にしないで良牙君。もともと乱馬が猫になったのが悪いんだから。」
良牙に悪態をつく乱馬の耳を思いっきり引っ張りながら、あかねは笑顔で答えた。
「痛ぇって!離せよ!」
「あんたが大人しくしないからでしょ!」
「わ、わかったからっ!あかねさん、離してください……。」
乱馬が少し抵抗するのを抑えるのを確認したあかねはゆっくりと手を離した。
「あー痛ぇ、耳が千切れるかと思った。」
「あんたが余計な口出しするからでしょ。ほら、顔そっち向けて。」
あかねは再び乱馬の手当てを始めた。
(俺もあかねさんに手当てしてもらいたい…。)
良牙は乱馬のことを羨ましく見ていた。
「…良牙君、どうしたんだい?」
「あっ、い、いえ、なんでも…。」
先ほどまで良牙の指の状態を診察していた東風に声をかけられ、良牙は我に返った。
「とりあえずさっきも言ったけど、爆砕点穴は使用禁止だからね。」
「は、はぁ…。」
「あと骨折の可能性もあるから悪化しないように指を固定しておこう。」
東風は細い添え木を取り出し、良牙の指に包帯で巻きつけ始めた。

その時、診察室のドアが開いた。
「東風先生、こんにちは。」
4人が振り向くと、そこにはダンボール箱を抱えたかすみが立っていた。
「か、かすみお姉ちゃん、どうしてここに…?」
「買い物の帰りに、たまたまここの前を通ったんだけど、玄関先にこの子が捨てられてたから…。」
「この子?」
あかねがダンボール箱を覗き込もうとした瞬間、中からあるものが飛び出した。
「にゃ〜っ。」
「ね、猫!?」
箱から飛び出した一匹の猫は乱馬の顔にへばりついた。
「ひ、ひいいいいぃぃぃぃぃっ!ね、ねごぉぉぉぉぉっ!!」
乱馬は髪を逆立て、猫を顔に貼り付けたまま暴れ始めた。
「ら、乱馬っ!!」
「ぐぎゃぁぁぁぁっ!!」
あかねがなんとか抑えようとするも、乱馬があちこち跳ね回るので収拾がつかない。
「良牙君、お願い!乱馬止めるの手伝って……って!?」
良牙に助けを求めようとあかねが振り向くと、そこにはなぜか全身包帯の良牙の姿が。
「りょ、良牙君!?」
「フゴーッ、フゴーッ!!」
鼻と口を包帯で塞がれているため、良牙は苦しそうにもがいている。
「あら東風先生、良牙君どうかしたんですか?」
「か、かすみさん!いや、なに、な、な〜んか、つ、突き指したみたいで〜!」
「突き指だったらそこまで包帯使わなくても…。」
「な、ななな、なるほど〜!さささ、さすが、か、かすみさんっ!!」
「あらあら東風先生ったら。」
「い、いや〜、は、ハハハッ!!」
東風は笑いながらも、なぜか良牙に関節技をきめていた。
「ちょ、ちょっと東風先生!」
「あかね、東風先生の治療の邪魔しちゃだめでしょ?」
「どうしてそうなるのよ!?」
「東風先生なりに考えがあってやってるんだから…。ほら、良牙君、気持ちよさそうじゃない。」
どうやら意識を失ったらしく、良牙は東風の腕の中でぐったりとしていた。
「と、東風先生!!」
「ぎにゃあああぁぁぁっ!」
「あっ、乱馬ーっ!?」
あかねが東風の腕から良牙を引き剥がそうとしたとき、乱馬が奇声を発しながら窓ガラスを突き破って外に飛び出してしまった。
かすみは驚く様子もなく、乱馬の後ろ姿を見送った。

「乱馬くーん、夕飯までには帰ってくるんですよー!」

惨状と化した診察室に、かすみの優しい声が響いた。

翌日、全身包帯だらけの乱馬と良牙の姿を見て、かすみは微笑んだ。

「二人ともお揃いの格好なんかして、仲がいいのね。」

その傍らでは、乱馬たちよりもさらに疲れた表情のあかねの姿があったとか……。

ちなみに、かすみは乱馬たちの怪我が治るまで、接骨院の出入りが禁止されたらしい…。







作者さまより
学生のころに、体育の授業のバスケの試合で小指を突き指して骨折した経験があります。気づいた時には、小指が親指と同じくらいの太さに腫れあがってました。
良牙の場合は、そういったものの比ではないと思いますが…。「突き指を侮るなかれ」です。

自分で書いていうのもなんですが、かすみさん、ここまでくると単なる営業妨害のような…本人自覚ナシなんで、なおさらタチが悪い(笑

 
 久々のゴンタック様のパンチのきいた作品に笑い転げました。
 確かに天道三姉妹の中で一番、たちが悪いのは「悪気や邪気が一切感じられない菩薩のようでありながら、それでいて激しい天然ボケで突っ込んでしまうかすみさん」なのかもしれません。一番の被害者は?良牙君?それとも乱馬君?東風先生?…いや案外、妹のあかねちゃんなのかも。
(一之瀬けいこ)



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