◆一人と一匹
ゴンタックさま作


「いい天気じゃのう…。」
縁側で八宝斎が庭を眺めていた。
みな学校やら町内の用事やらで家には八宝斎ただ一人。
「…なんか退屈じゃのう。面白いことないかのう。」
その時である。不意に首筋にチクッとした感覚を覚えたのは。
八宝斎は蚊だと思い、首筋を叩いた。
「まだ蚊の出る時期なのか…。」
とりあえず自分の手のひらを見てみる。
「…?」
八宝斎は目をパチクリさせた。手の上には蚊ではなく、得体の知れないものがいた。
姿形は虫ではなく、どことなく人間に近い。髪型や服装からして、八宝斎に似ている。
叩かれた衝撃で気絶をしている。
「な、なんじゃ?」
今まで見たことのない生き物に彼は驚きの表情を隠せないでいた。
しばらくしげしげと見ていると、その生き物が目を覚ました。
「う、うーん…はっ…わしは一体何を…?」
辺りを見回している。一瞬八宝斎と目が合った。が、腕を組んで独り言を始めた。

「確か…わしは昨夜、飲みすぎてそのまま寝てしまって…。」
「おい、おぬし。」
「朝起きて、酔い覚ましに…ええっと…。」
「おいっ!」
八宝斎が話しかけても反応しない。
その生き物はしばらく考え事をした後、突然声を上げた。
「あー!!」
「な、なんじゃ?」
八宝斎が驚いていると、小さな彼は八宝斎に話しかけてきた。
「わ、わしはおぬしに何かしたか!?」
「な、何って、わしの血を吸ってたじゃろう?」
それを聞くと、その生き物は唾をペッペッと吐き始めた。
「なんたる不覚!若い女子(おなご)の血を酔い覚ましにと思っとったのに…寝ぼけてこんなクソじじいの血を吸ってしまうとは…。」
「な、なんじゃと!?」
八宝斎は小さな彼を睨みつけた。
「おぬし、このわしの血を吸っておいてその態度は何じゃ!!」
小さな彼は、八宝斎の手から飛び降りるとすぐに彼を睨み返した。
「うるさーい!誰が好き好んでお前の血を吸うか!」
「何じゃとー!?」
「やるかー!?」
二人、いや一人と一匹の間に火花が飛び散る。
その時だった。

「ただいまー。」
玄関の方から声がした。その声を聞くと双方の表情が変わった。
「あ、あの声は…!」
「若い女子の声じゃ!」
どちらからともなく玄関の方へ走り出す。
玄関には靴を脱ごうとしているあかねの姿があった。
「あっかねちゅわーん!!」
「女子じゃ、女子じゃ!!」
一人と一匹はあかねに飛びつこうとした。が、

バキッ!

プチッ!

「おう、た・だ・い・ま!!」
乱馬の蹴りと正拳突きが彼らに炸裂した。八宝斎は床に、小さな彼は壁に叩きつけられてしまった。
二人は何事もなかったかのように家に上がる。
「そうだ、あかね。数学の宿題写させてくんねえか?」
「ええっ、またあ?もういいかげん自分でやってよね!」
「まっ、いいからいいから。」
そう言いつつ、さりげなくあかねの肩を抱く乱馬。
それを見ていた八宝斎が叫んだ。
「おのれ、乱馬!!わしのあかねちゃんに何をするか!!」
再びあかねに飛びつこうとした。

ドガッ!

「誰が『わしの』ですかー!!」
今度はあかねの鞄が八宝斎の顔面に直撃した。その衝撃で八宝斎は空のかなたまで飛んでいってしまった。
「さ、行きましょ、乱馬。」
「おう。」
二人は二階に上がっていった。

壁に叩きつけられながらも、一部始終を見ていた小さな彼。
「あの女子あれほどかわいいのに…時代は変わってしまったのう…。」
そう呟くと、どことなく寂しそうに家をあとにした。


(おまけ)
その後のあかねの部屋にて。
「ねえ、乱馬。さっきの攻撃、ひとつ余分っていうか無意味じゃなかった?」
「やっぱり?俺も自分でもおかしいとは思ったんだけどよ。」
「何かあったの?」
「うーん…ジジイ以外の気配を感じたのは確かなんだけどよー。とりあえずその気配がジジイに似てたからやっておいた、って感じかな。」
「そっか…ありがと、乱馬。」
恐るべし格闘家の本能…。







作者さまより

というわけで、前作に続き「似たもの」モノです。
今回は容姿が似ている(似ているかな?)八宝斎とあの小さな妖怪おじいさんの話を創ってみました。(スケベ心だったら、あの法師も似ていますが。)
八宝斎は、実はあの妖怪の子孫もしくは転生した姿なんてことも考えちゃいました。


「似たもの」シリーズですか(笑
そういう視点から書いてみるのも面白いかもしれません。
次回は何が飛び出してくるかな?
(一之瀬けいこ)

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