◆金髪の少年
ゴンタックさま作



「…いってぇぇぇぇっ!!」
「もう動かないでよ〜。」
天道家の居間であかねが乱馬の怪我の手当てをしている。
顔や手についた無数の傷に消毒液をつける度に、乱馬は顔を歪ませる。
ちょうどそこへなびきがやってきた。
「あら乱馬君、また派手にやったわね〜。で、夫婦喧嘩の原因は何?」
「なんで俺が意味もなくあかねと喧嘩しなきゃいけねえんだよ?」
「誰も『あかねと』なんて言ってないけど〜?」
「ぐっ…。」
「もう、なびきお姉ちゃん!!」
乱馬とあかねに対するなびきのからかいはいつものことである。
予想通りの二人の反応に満足したのか、なびきは笑顔を浮かべた。
乱馬はなびきを睨みつける。あかねも同様な表情を浮かべながらも、乱馬の傷の消毒をする。
「いってぇぇぇぇぇっ!!いきなり消毒液つけんなっ!!」
「いちいちうるさい!男でしょっ!!」
「もうちょっと丁寧にやってくれよなっ!!」
「あんたが動くからでしょっ!!」
「だからもうちょっと優しくやれって!!」
「だったらこんな怪我なんかしないでよねっ!油断するからこんな目にあうのよ!!」
「なんだと!!」
「なによ!!」
ギャーギャー言い合いながらも、乱馬はじっと動かずに手当てを受け、あかねもできるだけ乱馬が痛がらないように、丁寧に傷の手当てをしている。
そんな二人にやれやれと思いながらも、なびきは一つの疑問を口にした。
「で、一体何があったの?」
「それがね……。」
あかねは事のいきさつを説明し始めた。

それは、数時間前、二人の学校帰りの途中で起きた。



「早乙女乱馬だなっ!」
いつもの帰り道を歩いている二人の後ろから声がした。
「ん、なんだ?」
振り返ると、そこには黒いチャイナ服を着た金髪の少年が立っていた。髪は肩まで伸びていて、太陽の光を浴びて輝いているようだ。
「乱馬の知り合い?」
「いや、俺こんな奴しらねー。」
乱馬とあかねはそろって首を傾げた。
少年は金色の瞳でじーっと乱馬のほうを見ている。その視線は鋭い。
「で、俺に何の用だ?」
コイツいい眼をしてるな、と思いながらも乱馬は少年を見た。その視線も少年と同様に鋭い。
「俺と勝負しろっ!」
と言いながら少年は構えた。乱馬はニッと笑った。
(なかなかいい構えをしてるじゃねえか。)
「いいぜ。最近稽古ばっかで退屈してたんだ。」
「ちょっと乱馬。あたしとの稽古が嫌だって言うの!?」
「んなこと言ってねえだろ。たまにはこういった実戦もしたいんだよ。」
あかねが少し膨れ面をしているのを尻目に手をポキポキと鳴らし、その場で屈伸をし始めた。
「それにあかね相手に本気出したらまずいだろう?親父が相手でもなんか拍子抜けしちまうし……よしっと…。」
ンーッと伸びをしてから乱馬は構えた。
「準備OKだぜ。」
「いくぞっ!」
乱馬と少年はほぼ同時に相手に向かって突進した。少年の右の拳が乱馬めがけて飛んできた。
乱馬は体を右に傾けてそれを避けた。少年の拳は空を切ったものの、その拳圧が乱馬に響いてきた。
「くっ!」
乱馬も対抗して右の拳を繰り出す。一流の格闘家でさえ避けるのが困難なほどの速さだ。
しかし、少年には当たらなかった。いとも簡単にかわされてしまったのだ。
(コイツかなりの腕もってやがる!)
二人は一発ずつ拳を出した後、間合いをとった。
少年は構えたまま、ニッと笑った。
「やっぱりすげぇな。当てる自信があったんだけどな。」
笑顔ではあるが、その視線は先ほどのように鋭い。
「何言ってやがる。おめぇの拳圧すげぇじゃねぇか。俺の拳も簡単にかわしやがって。」
乱馬も少年と同じような表情を浮かべた。
「今度こそ!!」
少年は一気に間合いをつめると、今度は右足で回し蹴りを放った。
「甘ぇっ!!」
乱馬は回し蹴りをしゃがんでかわすと、そのまま左足で足払いをかけようとした。
「もういっちょ!!」
しかし、少年は左足でジャンプしてそれをかわすと、そのまま左足で乱馬の顔面を蹴ろうとした。
「なんの!!」
乱馬はそれを右腕で防ぐと、左手で少年の顎めがけて拳を放つ。
しかし、少年が右の手のひらでそれを防いだ。
一瞬、動きが止まり、互いの顔を見てニッと笑うとすぐに攻勢に転じた。
「まだまだぁっ!!」
「おりゃぁぁぁっ!!」

その後も何度か打ち合うものの、決定打が出なかった。相手に当たっても全てが「相打ち」の状態で、戦局が傾くことは一度もなかったのである。完全に互角の勝負だった。
気づけば二人の顔や腕には互いの攻撃による無数の傷がつき、服も同様にボロボロになっていた。

「ちっ、こうまで互角になるとは思わなかったぜ…。」
「へっ、この俺に勝とうなんざ百万年はえーぜ!」
互いに肩で息をしているものの、二人の闘気は高まったままである。
「こうなったら、この技で決めてやるか…あんま使いたくなかったんだけどな〜。親父の技だし…。」
少年は仕方ないというような表情をしながら、一気に己の闘気を上げた。
乱馬も対抗して闘気を上げた。膨れ上がった互いの闘気がぶつかる。
「だったら最初っからやれよな〜。」
「うっせー!!とにかくくらいやがれ!!」
少年は間合いを詰めて渾身の技を繰り出した。
「くらえっ、火中天津甘栗拳っ!!」
「な、何!?」
何と少年は乱馬の得意技の一つである火中天津甘栗拳を放ってきたのである。
(な、なんでコイツがこの技を!?)
「おらおら、逃げてばかりじゃ勝負にならねぇぜっ!!」
少年はなおも拳を繰り出す。その速度は今までの比ではない。
なんとか拳をかわしているものの、乱馬は驚きの表情を隠せないでいる。
今がチャンスと踏んだのか、少年は一気にたたみかけるように攻めてきた。
「ぐっ…!!!!」
(やべぇ、自分の技をくらうなんて洒落になんねえぜっ!)
乱馬の顔や腕には少年のさらなる猛攻によって、新たな傷が増え始めている。
うかつに飛び込めば餌食になってしまう高速の拳のために動きが制限されてしまい、思うように動けない。
「乱馬っ!!」
その時、あかねの叫ぶ声が聞こえてきた。
「渦よ、渦っ!!」
「渦!?」
何言ってんだあかねの奴、と思いながらも彼女の言葉を心の中で繰り返す。
その間も少年の攻撃は休むことなく続いている。
(渦、渦、渦……!!)
「そうかっ!!」
乱馬は何かに気づいたようである。
「何が『そうかっ!!』だ!!ちょこまか逃げやがって!!」
少年は自分の攻撃が当たらずにイライラし始めていた。
乱馬はそんな少年をからかうかのように、リズムよく円を描くようなステップで攻撃をかわし始めた。
「おらおら、どうした?一発でもいいから当ててみろよ!!」
「くっそー、この野郎!!」
乱馬の挑発に完全に乗ってしまった少年は、まさに闘牛の如く乱馬に突っ込んでいく。
乱馬は攻撃をかわしながら、徐々に円運動の円の幅を狭めていく。
そしてその円の中心に到達したとき、乱馬は一気に気を放った。
「俺の勝ちだ!飛竜昇天破っ!!」

ズォォォォォォォォォォォッ!!!!!!

「うわぁぁぁぁぁっ!!」
少年は突然発生した竜巻に飲み込まれ、どこか遠くへ飛んでいってしまった。
「ふう〜…けっこうハードだったぜ。」
「乱馬、今のやりすぎじゃない?」
少年の飛んでいった方向を見上げながらあかねは乱馬に声をかけた。
「仕方ねぇだろ〜。あれは一種のカウンター技で、相手の技の力が大きけりゃ大きいほど威力が上がっちまうんだからよ〜。」
乱馬も手を目の上にかざしながら、あかねと同じ方向を見上げる。
「…それにしても、アイツ何だったんだ?」
「さあ?名前も言わなかったもんね〜。訊こうにもあんだけ遠くに飛ばされちゃうとね〜。」
「だ・か・らアレは仕方ねぇんだって!!」
ジト目をする乱馬を見て、あかねはやれやれといった表情を浮かべた。
「はいはい、わかったわよ。…それよりも早く帰るわよ。」
「は?なんか予定でもあんのか?」
「何言ってんの!あんたの傷の手当てをしなくちゃいけないでしょっ!!」
「んなの別にいいって。こんなのただのかすり傷だって。」
「ほ〜、これが『ただのかすり傷』ね〜。」
あかねはいたずらっぽい笑顔をしながら、おもむろに乱馬の頬をつついた。
「いってぇぇぇぇぇっ!!いきなり何しやがる!?」
「ほら、やっぱりひどい怪我じゃない!意地なんか張ってないで早く帰るわよ!」
「わっ、バカ、いきなり腕を掴むんじゃねえ!痛ぇんだからよ!」
乱馬の抗議も空しく、彼はそのままあかねに引っ張られるように帰っていった。


「ふ〜ん…。」
あかねから一通りの話を聞いて、なびきは納得したような声を出した。
「その金髪の男の子ってイイオトコだった?」
「何言ってんだなびき?」
「あたしは乱馬君じゃなくて、あかねに訊いてるのよ。…で、どうだった?」
「う〜ん…あんまりわからないけど…何となく乱馬に似たような雰囲気だったかな?」
それを聞いたなびきの眼が怪しく光った。乱馬は何かを察知したようだ。
「おい、なびき。おめえ何か企んでるだろ〜?」
「あら失礼ね。あたしは新しいビジネスを考えてただけよ。」
「新しいビジネス?」
「そうよ。今まで乱馬君の生写真で稼がせてもらってたけど、今度はその少年のブロマイドを作って女子たちに売り込むっていうビジネスよ。」
「はぁ!?何言ってんだ…っていうよりまだ俺の写真撮ってたのかよ!?」
「まあね〜。でも最近、売り上げが落ちてきてね〜。女の乱馬君のは相変わらず売れてるんだけど…男の乱馬君のはね…。」
なびきはため息をつくと、チラッとあかねの方を見た。
「以前は女子たちに人気があったんだけど、先約ができたって知ったとたんにね〜…。」
「ちょ、ちょっとなびきお姉ちゃん!何であたしが乱馬の先約しなくちゃいけないのよ!?」
「だれも先約があかねとは言ってないけど?」
乱馬とあかねの顔が一気に赤くなってしまった。またもやなびきの術中にはまってしまったのである。
(相変わらず素直じゃないわね〜…まっ、らしいと言えばらしいんだけど。)
「それじゃ、あたしは新ビジネスの計画でも練るわ。おやすみ、お二人さん!」
と言いつつ、なびきは居間を後にした。
「ったく、なびきのやつ…。」
「いつものこととはいえ、ね…。」
あかねは顔を赤らめながらも、乱馬の傷の手当てを続けた。
「それにしても、今日のあの子何だったのかしらね?乱馬の技まで出してたし。」
「いてててて……さあな。ただの物好きかもな。」
「それにしては強すぎよ。」
「まっ、今度会ったときは俺が一方的に攻めてやるからな。」
「そうね、今度はあたしがアドバイスしなくてもいいようにしてよ?」
「あれはアドバイスって言わねえだろ?」
「そう?単純かつ明快だと思ったんだけど…。」
「単純すぎるんだよ。『渦』って…。」
「でもいいじゃない、結果的に勝ったんだから。」
「あれはお前のおかげじゃなくて、俺の実力のおかげなんだからな。今度会ったときだって…!」
「はいはい。頑張って下さいね〜。」
「なんだよ、その言い方は?」
「べっつに〜…はい、おしまいっ!!」
あかねは乱馬の頬に絆創膏を貼って、バチンと叩いた。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
天道家に乱馬の声が響く。あかねはくすくすと微笑んでいた。


ところ変わってこちらは金髪の少年の家。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「こらっ、動かないの!!」
少年が母親の手当てを受けていた。
「ったく、こんなにもボロボロになって…おじいちゃんの鏡持ってどこ行ってたの?」
「べ、別にどこだっていいだろ……。」
「どぉ〜こぉ〜にぃ〜行ってたの?」
「うっ…!!」
母親の鋭い視線に少年は怯んだ。
「昔の俺のところ行ってたんだろ?」
二人が振り向くとそこには男が立っていた。
「げっ、親父!!」
「乱馬、それどういうこと?」
乱馬と呼ばれた男は少年の前までいくとその場でしゃがみこんだ。
「稽古の最中に『親父に一度でも勝ったら小遣いを上げてもらう。』って約束したんだよな〜?」
乱馬は少年の頭をクシャッと少し乱暴に撫でた。
「で、今の時代の俺に一度も勝てねえもんだから、少なくとも『今の俺』より弱い『昔の俺』となら勝てると思ったんだろ〜?」
「う、うっせー!」
少年は自分の頭上にある乱馬の手を払おうとしたが、あっさりよけられてしまった。
「こらっ、動かないでって言ってるでしょっ!!」
「いてぇ!!いきなり何すんだよっ!?」
「じっとしてなさいっ!!」
「ひっ…は、はい……。」
またもや少年は母親の鋭い視線に怯んでしまった。
「ははは…俺に対抗心燃やしてるお前もあかねの前では形無しだな〜?」
背筋をピンと伸ばしたまま、あかねという名の母親の手当てを受けている息子の姿を見て乱馬は微笑んだ。
「ぐ…このクソ親父っ!」
「こらっ!!」
「は、はい!じっとしてます!!」
少年は乱馬につっかかろうとしたが、あかねの鶴の一声でおとなしくなってしまった。
あかねはやれやれというようなため息をついた。
「ったくもう…乱馬もいちいちこの子を挑発しないでよ。」
「へいへい。」
「乱馬っ!!」
今度は乱馬があかねに怒鳴られた。が、その声にビクッと反応したのは少年だった。乱馬は微笑んだままでいる。
あかねとの生活が当然のことながら息子より長い乱馬にとっては大したことがないようだ。
「で、決着はついたのか?」
「………。」
乱馬が尋ねたが、少年は黙ったまま乱馬を睨んでいる。いやむしろ目標を見据えたような目つきをしている。
少年は父親には何も答えず、あかねに向かって口を開いた。
「母さん、まだ手当て終わんねえの?」
「もう少し待ちなさい。…っと、これでよし。はい、もういいわよ。」
手当てが終わると、少年はすくっと立ち上がった。
「…親父、道場で待ってるからな!!」
一言そういうと居間から出て行ってしまった。
「…どうやら小遣いアップはお預けのようね。」
「素直に普通に頼めばいいのにな。ま、あいつの性格だからな〜。」
あかねが救急箱の片づけをしているのを横目に、乱馬は少年の後ろ姿を眺めていた。
「あの子、いつも乱馬に対抗するわね〜。乱馬に似るのが嫌で、金髪にしたり、カラーコンタクトを入れたりするし・・・。」
「あいつの目標はあくまで俺を越えることだからな。親父やお義父さんは新しい跡継ぎだ、これで道場は安泰だ、なんて言ってたぜ。」
「それにしてももう少し素直になってくれればいいのに…。」
あかねはお父さんらしいわと苦笑しながらも、我が子に対する思いを呟いた。
「そりゃあ仕方ねぇだろ?お前の子なんだし…。」
「どういう意味よ!?」
「どうもこうも…あの性格はあかねゆずりだろ?」
「何言ってんのよ!どう考えても乱馬ゆずりしかないじゃないのよ!!」
「い〜や、あかねだっ!」
「乱馬よっ!」
「あかねっ!」
「乱馬っ!」
二人はしばらく睨み合うと、互いにプッと笑い始めた。
「こういう強情っぱりなところが…。」
「あたし達ゆずり、かもね。」
「…だな。」
乱馬とあかねは微笑んだ。
「…さてと、我が息子の稽古のお相手でもしてやるか。」
「ふふ…しっかりやんなさいよ『師匠』!!」
うんと伸びをした乱馬の背中をあかねがバチンと叩いた。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
早乙女家に乱馬の声が響く。あかねはくすくすと微笑んでいた。


過去も未来も…二人の仲は相変わらずである。








作者さまより

今作は、「似たものシリーズ」から少し離れて新しいバリエーションに挑戦してみました。 今作でオリキャラ(というか、乱馬とあかねの息子)を登場させました。以前アニメでやっていた「鋼の錬金術師」主人公エドワード・エルリックもお下げ髪だな、乱馬と並ぶと(身長差で)親子の設定でもいけるかなと思い、このような作品を作ってみました。 未来の乱馬、あかねの仲は(結婚していても)こんな感じなんだろうなと思いました。 あえて息子には名前をつけていません。文中の「少年」のところを好きなように名前をつけて読んでくだされば、と思っています。 シリーズ化は検討中でありますが、よりよい作品を創っていきたいと思っています。



金髪の乱馬の息子を想像しながら、くすっとなりました。
時代が変われば子供も変わる。親を踏み越えたいという気持ちが強いのは、かつての乱馬と同じ気持ちなのかもしれません。(但し、玄馬さんより乱馬の方が手強いと思いますが…)
いや、あかねちゃんとの間にできた子だったら、彼もかなりの器量、才能の持ち主なのかもしれません。
(一之瀬けいこ)



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