◇風の記憶〜聖女の悲嘆
  第5章  閉ざされた心

珈琲屋さんさま作


    
  希望の少女が視しは、人の闇。
  昏き闇に蝕まれし心が生み出すは、恐怖と絶望なり。
  永久なる闇の中で希望の光と若き守護者が見つけし答えは――。
  汝、須らく見よ!真実は汝らと共に。


 まるで廃人のようなあかねが異端審問軍に連れられて帰ってきたのは刹那やノエルと買い物に行って3時間程経ってからだ。
 焦点の合わない瞳を不安げに揺らしながら、乱馬達がとっておいた宿に入ると一人で部屋に篭ってしまったのだ。
 
「刹那。いったい何があったんだ?あかねはどうしてあんな風になっちまったんだ。」
 ノエルとレオンには席を外してもらって臨時の作戦会議を開く乱馬達。
「それがね、私達が買い物から帰る途中で異端審問軍が公開処刑をしてたの。
 それで、あかねちゃんが止めに入ったんだけど、結局止めることが出来なくてみんな死んじゃって、あかねちゃんはあの通り廃人同然の姿になっちゃったてわけ。」
「じゃあ、結局何が原因なんだよ。公開処刑がそんなにショックだったのか?」
「うーん、私に言われても。」
 刹那の話だけでは何が原因なのか分からず乱馬が頭を抱えていると、 
  
『たぶん、あかねちゃんは接触テレパスでたくさんの人の悪意を受け止めちゃったんだと思うよ。』

ビクッ 

 突如、部屋の中に響くアブデルの声に乱馬達はビビリまくる。
「あっ!そういえば定時報告の時間だったんだ。」
 刹那は慌てて鞄の中から通信用の宝玉を取り出すと、そこにはこの場にそぐわない軽薄なアブデルの顔が映っていた。
『酷いじゃないか?刹那ちゃん。僕がどれだけ待ってたと思うんだい。もしかしてあれかな?放置プレイってヤツ!
 悪いけど、僕はそう言うアブノーマルな趣味は・・・・』
 アブデルはそこまで言ってやっと自分が睨まれている事に気付いたのか、咳払いで誤魔化すと尤らしい顔で説明を始める。
『通常、接触テレパスは対象物に触れないとその効果を発揮しないんだけど稀に間接的に触れるだけで人の意志なんかが視えちゃう事があるんだよね。
 おそらく、あかねちゃんは地面や人と人の触れている部分を通してそのとき街の人が軍に対して秘めていた憎悪を一身に受け止めてしまったんじゃないかな。」
 確かに、あの場は人が密集していたし、市民が軍に対して抱いていた憎悪は半端なものではなかった。
「あかねが立ち直るには自分の中で何らかの答えを出すしかないだろうな。どうする?あかねが立ち直るまでここに留まるか?
 今のままのあかねを連れて旅をするのはチト危険だと思う。この部隊のリーダーとして部隊に危険が及ぶような事は出来ないぜ。」
「でも、この街にいるのも良くないと思うよ。今のあかねちゃん、人間そのものに対して恐怖を感じてるように思うの。」
 ゲイルに意見したのは刹那だ。たしかに今のあかねはゲイルや刹那だけでなく安らぎを感じていた乱馬にまで恐怖を感じるようになってしまっている。
 このまま精神が不安定な状態が続けば、体にまで害を及ぼす事になるだろう。
「アブデル、そこに東風先生いねぇか?あの人ならなんかいいアドバイスしてくれるかも。」
 乱馬の機転にアブデルも急いで東風先生を呼びに行く。 
 
『やあ、乱馬君。大変な事になっているようだね。』
「先生、あかねを元に戻すにはどうすればいいんだ!教えてくれ。」
 東風が来ると乱馬は一刻も早くあかねを助けるために東風のホログラムに組みかからんばかりの勢いで懇願する。
『まあまあ、乱馬君落ち着いて。君がそんなんじゃあかねちゃんを助ける事は出来ないよ。』 
 東風は医者特有の落ち着いた口調ゆっくりとで説明を始める。
『僕は精神医学の方に明るいわけじゃないから一般論としてのアドバイスしか出来ないけど、とにかくその街からは離れた方がいい。精神が不安定な状態で接触テレパスを使ったら、彼女の精神は今度こそ崩壊してしまうかもしれない。だから出来るだけ悪意にさらされないところに行くのがベストなんだけど・・・・』
 悪意のないところ、そんな所がない事ぐらい、東風とて分かっている。それでもあかねを助けるには彼女の心を支配している闇をこれ以上拡大させるわけにはいかない。
『乱馬君、彼女の心を救ってあげられるのは君しかいないと思う。出来るだけ彼女と話していろんな事を聞いてあげるといいよ。
 僕に言えることはこれぐらいしかない。すまないね、何も力になってあげられなくて・・・』  
「いえ、ありがとうございました。それでは通信アウト。」
 乱馬は東風に礼を言って通信を切ったがそこで三人は大きな溜め息をつく。
「結局前に進むしかないってか。」
「そう言うことですね。乱馬君、あかねちゃんのトコ行ってきてあげたら?」
「えっ、ちょ、でも、なんて言えばいいんだよ?」
「ただ、話を聞いてやればいいんだ。」
「一人でいると考えがいい方向に行かないと思います。」
 ドッと背中を押されて部屋から追い出された乱馬はあまり気分が乗らないままあかねの部屋の前で悩んでいた。
(ッたく!なにを話せってんだよ。)
「あかね、入るぞ!」
 トントンと控えめなノックをしてあかねの返答を待たずに乱馬は部屋の中に入っていった。
 乱馬がそこで目にしたものは想像以上のものだった。剣を抜き放ってこちらを睨みつけているあかねの表情に浮かんでいるのは敵意というより恐怖と言う方が正しいだろう。
「来ないで!私に近寄らないで、魔物め。」
 あかねは可愛らしい顔を悪鬼のように歪めて喚き散らしている。
「あかね、なに言ってんだよ?俺だ!乱馬だ、覚えてるだろ。」
「知ってるわよ、私の許婚の乱馬でしょ。でも、そんなこと関係無いわ、人間なんてみんな薄汚い魔物よ。
 いいえ、普段きれいな皮を被ってるだけタチが悪いわ。私見ちゃったの、人の心の奥、深くて何処までも暗くて、恨み、嫉妬、殺意、汚い感情ばかりだったわ。
 人間なんてみんなそうよ、あんたも私もそんな人間なのよ。人間なんて嫌い!だから、私に近寄らないで!」
 あかねはそこまで言い終えると泣き崩れてしまった。乱馬は少しの間その姿を見守っていたが、それ以上なにかをする愚を犯さず、剣だけ取り上げるとそっと部屋を出て行こうとして振り返る。
「あかね、俺絶対におまえのこと護るから。おまえを傷つけるもの、全部敵にまわしてでも護るからな、それだけは忘れないでくれ。じゃ、おやすみ。」

 乱馬は自分の部屋に帰ってため息をつく。
 結局なにも出来なかった。自分にはあかねがどれだけの苦しみを負っているのか理解してやることは出来ない。
 護ると言っても物理的な外敵を退けることは出来ても精神にまで介入することは無理だ。
「人間は魔物か・・・」
 確かにそうかもしれない――乱馬はあかねの言葉を思い出してなれない考え事に耽っていた。乱馬地震も戦場で多くの汚い部分を見てきた。
 占領軍に蹂躙された村の女子供が泣き叫びながら犯されていく姿、皇国の哀れな反戦主義者が演説をしているところが都市区画ごと吹き飛ばされた瞬間、捕虜達が斧で足や腕をもぎ取られ苦痛に歪んでいる顔、今思い出しても気分が悪くなるものばかりだ。
 だが、乱馬はまだ耐えることが出来た。幼い頃から修行と言う名目で世界を転々としていたから世界はそういうものだと割り切ってしまえる。
 あかねはどうだろう?つい先日まで、一般人として暮らしいて、しかも公的には戦争に一切関わっていない商業国家で普通に暮らしていたあかねが耐えることができるわけがない。
「・・・・護ってやる、か。」
 自分に何ができるのか、頭をフル回転させて考えていた乱馬だが、たいした答えを見出せないまま眠ってしまった。


 ガラガラガタンガタンゴトゴトゴトンゴトン
 2台の馬車がノートンに行く道中にある魔性の森に入って12時間ほど経っただろうか。
 共和国軍による魔性の森のモンスター掃討作戦も皇国との戦争が激化すると共に廃止され、道路の舗装作業も頓挫しているため馬車の乗り心地は最悪なものになっている。
 ここまでの道のり、貿易都市ウィッグを発ってから4日、あかねの様子に変化は無く今でも荷台の片隅で一人、まるで何かに脅えるように震えているが、唯一の救いは食事だけはちゃんと摂取していることだ。
 そのことについてシャンプーが『ただ乱馬の注意を引き付けたいだけではないか』と愚痴ったこともあった。
  空の闇の支配がだんだん強くなってきた。これからは魔物がこの森の王者となる刻である、むやみに歩を進めることが良いはんだんでは無いことをゲイルも承知していた。
「神父レオン!今日はこの辺りでキャンプにしようぜ。もう日が暮れそうだ。」
「了解しました。今の聞こえましたね?シスターノエル、フロイライン刹那。今日はこの辺りでキャンプにしましょう。」
「「は〜い!」」
 二人は返事をかえすといそいそとキャンプの準備に取りかかる。
 ここでなぜ刹那がレオンやノエルの馬車に乗っているかと言うと別に刹那が買った馬車が小さいとかではなく、乱馬とあかねを二人きりにしてあげようという彼女なささやかなはからいだった。
 だから、乱馬【+宝玉状態の右京とシャンプー】とあかねはゲイルが御者を務める馬車にノエルと刹那はレオンが御者を務める馬車に乗りこんでいる。
 右京とシャンプーも文句は言ったがいきなり自分たちが現れては怪しすぎることに気付いたのか、チャンスを伺いつつも未だにホログラムを形成できないでいた。
   
 旅人の食事は質素なもので固くなり始めたパンと干し肉、それからスープというメニューが一般的なものだ。
 これからの予定などを話し合いつつ食事を進めるが、あかねがあのような状態では盛り上がることも出来ず、辛気臭い雰囲気が立ちこめている。
 パチパチッと焚き火が弾ける音だけが一時的にキャンプ場と化した空間に流れる。
「薪少なくなってきちゃったね。私、取ってくるね。」
刹那はこの重たい空気に耐えかね立ちあがると、
「私も御一緒しましょう、女性が一人歩きするにはここは少し危険ですから。それでは行きましょうか、フロイライン刹那。」
 神父レオンはいかにも紳士らしく言うと長剣を取って刹那の手をとって森の中に消えて行ってしまう。
 実はゲイルも刹那と行こうと立ちあがろうとしたのだが、レオンに先を越され、中腰で止まった状態になり、乱馬に笑われる羽目になった。
「俺、もう寝るからなんかあったら起こせよ。」
 レオンに先を越された腹立たしさと刹那が自分を誘わなかったことに対する不満を感じたゲイルは不貞寝をしてしまった。
 取り残された乱馬とあかねとノエルは何を話せばいいのかを模索しかなり困っていた。


 黙々と薪を集める刹那とレオンの二人の間にも沈黙が訪れていた。
 だが、これは乱馬達の間に流れていた雰囲気とは違い、表現するなら『何となくイイ感じ』の雰囲気だった。
「刹那か、イイ名前だな。だが、俺としては『アイリス』の方が呼びやすいんだがな。」
「もう、その名前は捨てちゃったから。あなたは違うの?『ランス王子』様、それとも『ランスお兄ちゃん』の方がいい?」
 皇国にいた頃の自分の名前を呼ばれた刹那は神父レオンに対して親しみのある呼び方を応えるが、『ランス王子』というフレーズを聞いた瞬間レオンの表情が曇る。
「『ランス王子』か、懐かしい響きだ。だが亡国の王子も今ではしがない巡回神父さ。」
 このときレオンの瞳に映っていたのは5年ほど前にウィルミナード共和国によって攻め滅ぼされた自国の想い出だったのだろう。

 マギ王国――王政のもとに完全平和主義を樹立し一切の兵器、戦術、戦略レベルでの攻撃魔法を禁じた、ガルマフォード皇国とウィルミナード共和国の緩衝地帯に存在していた王国である。
 しかし、地理的に重要な戦略拠点を欲した共和国によって必死の外交努力も虚しく滅ぼされた。
 この国に武器が無かったか?と問われれば答えはノーだ。もともと武術に重きをおいていた国ではあったがあくまで武術は人を護るためのものであり、
 軍事力として行使するという概念を長く培われてきた完全平和主義の中に置き忘れていたのだと後に後世の歴史家達は語った。
  
 神父レオンこそがマギ王国第一王位継承者ランスロット・フォン・エーデルワイデなのだが、王国の滅亡と共に命かながら逃げ延び、身を隠しているようだ。
 共和国軍がさきの戦争によって王家は完全に滅亡したとの公式見解を出しているのは、元王国民の反共和国主義を発展させないようにするためのものであり、共和国軍の捜索は水面下で続いている。
「それにしても驚いたよ、おまえにあんなところで再開するとはな。遺跡ハンターか、たしかに『メディチ家の暴れん坊さん』にはちょうど良い職業かもな。アハハッ!」
「あー!?今馬鹿にされてる気がするー!」
  刹那は馬鹿にされたことと昔話をされたことに、照れ隠しに拾っていた小枝でバシバシとレオンを叩く。その様子はさながら仲の良い兄妹のようだ。  
  刹那がなぜこれほどレオンと仲が良いのか?それは刹那の家系つまり代々騎士の名家であるメディチ家がエーデルワイデ王家と武術という面において親交を深め合っていたからなのである。
 しかし、この親交の深さ故に共和国に攻められたマギ王国をメディチ家は見捨てることは出来ず、ガルマフォード皇国の制止も聞かず、王国の援軍に荷担した結果メディチ家は没落することになった。
 その結果、イリス・ディ・メディチは商業国家エルラーンに亡命し、結城刹那として生きることになったのだ。
 二人は昔話に華を咲かせながら薪拾いに従事していたが、
「アイリス。」
「ン、何?ランスお兄ちゃん。」
 すっかり昔のように話し合っていた二人だったがレオンの様子がおかしい。
「そ、その。ドリスには行かない方がいい。あそこで大きな叛乱がおきる、ノートンに着いたらすぐに引き返すんだ。」
「叛乱?何言ってるのよ。あそこは宗教都市だよ、いまどき宗教テロなんてありえないって!何処でそんなデマ聞いたのよ、ヤダなぁ。」
 何を血迷ったのか?この人は。宗教テロ?馬鹿馬鹿しいにも程がある。刹那のまったく取り合おうとしない様子にレオンは嘆息をつきながら、少し落ち込んだように誤魔化す。
「そうだな、おかしなことを言ってすまない。」
「なあに、あやまってんだか。」
 二人はまた昔話に華を咲かせながら、薪拾いを始めたがレオンが笑顔の裏で焦燥に駆られていたのは確かだった。


  気まずい沈黙を破ったのはノエルだった。残り少ない薪を火にくべながら震えているあかねを痛ましげに見ながら呟くように乱馬に話しかけた。
「あかねさんって繊細なんですね。」
「え!?ああ、まあな。」
 乱馬はあかねの接触テレパスについて言ってもいいのか、判断できず適当に茶を濁す。
「私も人が死ぬところ、たくさん見てきましたけど、私は割り切ることが出来ました。仕方が無いことだってでも、あかねさんは全部受け止めちゃったんですね。」
「・・・不器用だからな、あかねは。」
 ノエルと同じようにあかねに目を向けながら、乱馬も火に薪をくべる。
「でも、そういうところ正直羨ましいです。私は幼い頃にこの世界の醜悪さを知ってしまいましたから。ジューダス教の教義には全ての人は神のもとでは平等であると言う教えがあります。
 私も幼い頃は信じていました。しかし、世界は違いました。まずしき者は幸いなり、 すべて嘘っぱちです。力の無い者達、お金の無い者達は次々と餓えや寒さを凌げず死んでいきました。」
「それをなんとかすんのが神の使いであるおまえ等の仕事だろ。」
 もともと信仰心などというものが無い乱馬の表情にはどうでもよいといった雰囲気が浮かんでいる。
「確かにそうです。しかし、私達の住む地域の教会は何もしませんでした。 
 彼等は聖職禄を金で買ったような人間で、彼等は人身売買の仲介をして農民の子供達を売り、自分たちの私腹を肥やしていたんです。
 私は彼等が赦せませんでした!弱肉強食が世界の理ならせめて神だけでも神に使いである教会だけでも弱き者達の味方であるべきだとドリスの大司教に訴えました。この後どうなったか分かりますか?」
「門前ばらいか?」
「まあ、そんなところです。スキャンダルを恐れた教会本部は全力でことの揉み消しにかかり、事実を知る者達を一時拘留し魔法で記憶を封印したんです。」
「どいつもこいつも腐ってんな。だが、おしゃべりはここらで終わりにした方がいいみたいだ。」
 乱馬は剣に宝玉をセットすると何も無い闇に向かって構える。
「何かいるんですか?」
「ああ、どうやら囲まれちまったみたいだな。」
 ノエルの問いかけに答えたのは乱馬ではなく、馬車の荷台から降りてきたゲイルだ。獣化せずに戦うつもりなのか、身の丈ほどもある大剣を肩に担いでいる。
「ノエルはあかねと一緒に焚き火の近くにいてくれ。」
「はい。」
 ノエルは乱馬に言われると震えるあかねの肩を抱き寄せて神の御言葉を復唱し精神を落ち着けている。
「シャンプー、敵の正確な数とか判るか。」
『索敵終了ある。敵影およそ40、種族はバーサーかー12、レッドキャップス7、サイクロプス15、その他諸々。』
「チッ、多いな。かといってホログラムで援護させるのは気が引ける。」
 ホログラムを出せない理由、それは急に彼女達が現れれば怪しすぎるからだ。ノエル達に二人の説明をするのはなかなか困難である。
『うちに言い方法があるわ、任せといて!』
「じゃあ、うっちゃんに任せる。ホログラムを形成したらすぐに馬車を守ってくれ。『足』が無くなると困る。」
 そうこうしてる間にも敵がぞろぞろと集まってきている。何匹かは刹那達の方に流れたのか、若干数が少ない。
「さ〜て、パーティーの時間だ。いくぜ!乱馬。」
「おう!」
 乱馬はあかねとノエルの護衛にゲイルは敵のど真ん中に突っ込んでいった。
 そして、シャンプーと右京は! 
『『わたしたち、プリティナイト!マジックシスターズで〜す!』』
 決めポーズと少女趣味なBGMと共に突如あらわれた二人はこの場雰囲気にとは到底かけ離れたものだった。
 両手にバトルアックスを装備したシャンプーと棍の先に刃のついた斬馬刀を苦も無く構える右京の服装はメイド服にフリフリがたくさんついているこれから血生臭くなるこの場には到底似つかわしくない姿で現れた。
「な!?なんだ。」
「・・・ハァ」
 ゲイルは戦闘の最中にもかかわらず、目を点にしてそちらを見入ってしまい、乱馬はこめかみを抑えて任せなければ良かったと苦悩に耐えている。
 モンスターまでもがその鬼気迫る異様なカッコの人間が二人も現れたことにより動けないでいた。そんな中、ただ一人だけが羨望の眼差しで右京とシャンプーを見ていた。
「かっこいい〜!」
「「うそ!?」」
 乱馬とゲイルは目をきらきらさせているノエルを新しい生命体でも見るような目で見ていた。
 まあ、怪しまれてないのだから、一応作戦成功だろう。
 『『月に代わってお仕置きよ!』』
「もうどうでもいいから早く手伝え。馬鹿!」
 決め台詞を完璧に言った二人にはゲイルの叱責など聞こえていない。
 しかし、各々に武器を取ると馬車に群がろうとしていた敵を惨殺していく。
 一匹のサイクロプスが唸り声を上げながらシャンプーに猛然と突っ込んでいくがシャンプーが投擲した2本の戦斧が大きく発達した巨人の筋肉を貫き心臓を押しつぶす。
 だが、武器を失ったシャンプーをかっこうの餌と判断した2匹のサイクロプスが地響きを立てながらタックルをしかけてくる。
 サイクロプスは全身を筋肉の鎧で覆われた一つ目の巨人である、さすがにシャンプーもこれと力比べをするつもりは無かったのか、軽やかに飛ぶと片方のサイクロプスの目を手刀で貫くとそのままサイクロプスの首もとに蹴りを入れる。
 よろけたサイクロプスは死角からシャンプーに迫っていたもう一匹のサイクロプスに支えられるようにして転倒し、シャンプーが死体から引きぬいた戦斧に頭を爆砕され脳漿を飛び散らせながら絶命する。
 一方、右京も斬馬刀を巧みに操りながら豪快に敵を屠っていく。
 紅い帽子を被った凶悪な老人の顔をしたレッドキャップ巣の群れが一斉に襲ってきたの超重量の斬馬刀を持ったまま宙を舞い、周りの木々を切り倒してレッドキャップスの群れ生き埋めにして一網打尽にするや否や、
 背後から襲ってきたバーサーカーをまわし蹴りで昏倒させるととどめに斬馬刀で顔ごと押し潰す。
「はあ〜、モンスターはテクが足りへんわ。がむしゃらなだけやったら女は悦ばへんよ。なあ、シャンプー。」
 右京はビチャビチャッと頬に付いてしまった返り血を拭き取りながら、傍らでサイクロプスの頚骨をへし折ったシャンプーに同意を求める。
「まったくね。どいつもこいつも突っ込んでくるだけで物足りないね。乱馬を見習うよろし!」
 モンスターの手本となるべき乱馬は敵の心臓、首、頭に必殺の一撃を送りこみながら、すべて一撃で屠っていく。
「はあ〜、いつ見ても惚れ惚れするね。将来、ベットの中でもあれぐらいテクニシャンであることを希望するね。」
 シャンプーはさらっと危険な発言をする。R指定がかかったら彼女のせいだ。
「あんたが乱ちゃんと結ばれることは無いわ。さっきからサイクロプスに求愛されてるような女、乱ちゃんが選ぶとは想わんで。」
「ふん、!おまえだってレッドキャップスに求愛されてたね、しかも7匹いっぺんに。右京はモテモテあるな。」
「なんやて〜」
「いいね。殺るなら受けてたつね。」
 モンスター、そっちのけで火花を散らし始めた二人に影が忍び寄る。

 ウギュルグガー!! 
  
「邪魔ね!」「邪魔や!」

 背後から迫ってきていたバーサーカーは二人の見事に息の合ったスクリューパンチで吹き飛んでいった。

  乱馬は迫ってくるサイクロプスの首に剣を滑り込ませるようにして一閃する。
「チッ、なんて数だよ。これじゃ、キリがねぇ。」
 乱馬は悪態をつきながら周りの敵を牽制するように剣を構える。
 すでに周りは倒した敵の累々たる死体と足元にはどす黒い血とモンスターの頭やら腕がそこら中に散乱している。
 そこからたちこめる血臭を求めて来たモンスターはここに集まってきては乱馬たちに屠られていく。    
 しかし、いくら強いといっても体力には限界がある。皆、最初の威勢は何処えやら、魔物たちの計画無き人海戦術に苦戦を強いられていた。肩で息をしているノエルの白魔術での援護も限界の兆しを見せている。
 このままではいずれこの魔物共に食い殺されてしまう、何とかしなければ!焦りが乱馬の心を覆い、冷静な判断力を奪っていく。
 そこに一際大きな巨人が唸り声を上げながら突っ込んでくる。それは大きさもさることながら、他のサイクロプスとは一線を隔したプレッシャーを持ったこの森の主だ。
 乱馬は相手の懐にもぐりこむと肩口から袈裟懸けに切り裂いた!はずだったが実際には筋肉の鎧に阻まれ、鎖骨辺りで止まってしまっている。
 そして、あろうことか強靭な筋肉に挟まれたスキールニルを抜くことが出来ず乱馬が躊躇した瞬間!
  
「ぐふぅぅ!?」 
  
 主の拳の直撃を受けた乱馬は血塊を撒き散らしながら吹き飛ぶ。肺の空気を強制的に押し出され、乱馬は呼吸すら出来ず蹲っている。
 乱馬の危機にシャンプーと右京は駆けつけようとするも未だに数の減らないモンスターに足止めをされ、いっこうに近づけないでいたが、
 突如ホログラムを解除した二人にモンスターたちは人間で言えば困惑といった表情が浮かび上がり、行動できないでいると獣化したゲイルが一陣の風となってモンスター達を薙ぎ倒していく。
 シャンプーと右京も戦線を離脱したわけではない、宝玉に精神を戻すとありったけの精神力を剣を媒介に破壊エネルギーに換えて巨人の主に叩きこむ。
 一瞬の瞬くような光が収束した後、そこにはまだ主の姿があった。剣の刺さっていた肩から胴にかけてバックリと肉を消し飛ばされ、誰が見ても致命傷、死ぬのは時間の問題かと思われた。
 しかし、巨人がまるで笑ったかのように目を細めた瞬間、傷口から触手のような肉の芽がウゾウゾ蠢き出し、互いに結び合ってもとの身体を造り上げていく。
『な、何あるか?』
『傷がふさがっていく・・・』
 血筋にトロルの血が混じっていたのだろう、おぞましいほどの生命力と回復力である。
 巨人はゆっくりと周りを見渡すと放心状態のあかねと力を使い果たしたノエルの方へゆっくりと近づいていく。
「ここからさきは通行止めだ。引き返しやがれ、この筋肉だるまが!」
 獲物との距離を縮める巨人の前に立ち塞がったのは、血まみれの乱馬だった。
『乱馬無茶ある。そんな傷で、何ができるあるか。』
『乱ちゃん、うちらにも援護するだけの力は残ってへん。お願い、逃げて!』
 しかし、乱馬には何も聞こえてないのか、そこからいっこうに動こうとはしない。ただ、あかねを護るようにその場で剣を構えている。


 血だ、みんな血まみれになって戦っている。おぞましい!なぜ何かを犠牲にしてまで人は生きていくのだろう?人間は傲慢だ。
 モンスターが人や家畜を襲うのは本能だ。食欲を満たす、生物としてごく当たり前の本能に付き従って生きているだけだ。
   ジャア、ニンゲンハ、ドウナノ?
 食うわけでもなく生き物を殺し、更なる富を求めて同族争いを止めない人間は正しい生き物だろうか?嫌、そんなことはない。人間が正しいわけが無い。
 私は見てしまったのだから、人の奥底に眠る悪意を。あれが人の本性なんだ、私も目の前で戦っている人も遠い国の私の知らない人達もみんなが持ってるものなんだ。
 気持ち悪い、自分の中にあんなものがあるなんて信じられない、信じたくない!

 じゃあ、どうして目の前の男は生きる価値のない私を護るために戦っているの?

  タタカイガ、コロシアイガ、スキナンダヨ。ヒトノハダヨリモ、チノヌクモリヲ、ホッシテイルノ。チノカオリガ、ランノカオリヨリモ、カグワシクカンジルテイルノヨ。
   
 違う!乱馬は私を護る為に戦ってくれてるの。乱馬はそんな人じゃない!
 
  ドウシテヒテイシヨウトスルノ?アナタハミタンデショ、ヒトノミニクサヲ。
  
 あれが人の全てじゃない!いい人はたくさんいるわ。

  ソウオモイタイダケヨ、アナタハ、ソノイイヒトノナカヲ、ミタノ?ミテナイワヨネ。アナタハ、オクビョウモノダモノ。

 そう私は恐れていた、人と人の間にある形の無いものに恐怖を感じていたから。でも、今なら信じられる。
 
『絶対におまえのこと護るから。おまえを傷つけるもの、全部敵にまわしてでも護るからな、それだけは忘れないでくれ。』
  
 乱馬、私、信じるよ。乱馬の気持ち、私の一番深いところまで届いたから。


 その異変に真っ先に気付いたのはあかねを抱きしめていたノエルだった。焦点の合っていなかったあかねの瞳が今では目の前の傷ついた乱馬をしっかりと見ていることに気付いたのだ。
 あかねが立ち上がろうとするのを助けてやりながら、ノエルは失血で立ちながら意識を失いかけていた乱馬に呼びかける。
「乱馬!あかねが・・・」
「あ・かね・・!?いつものあかねに戻ったのか?」
 振り返った乱馬の目に映ったのは瞳に力強い光を湛えたあかねだった。
「乱馬、私を信じて力を貸して。あいつを倒してみせるわ。」
「分かった。シャンプー、うっちゃん、まだ戦えるか?」
『任せるよろし。』
『任せとき!』
 シャンプーと右京の声にも力が戻る。マスターである乱馬の精神とリンクされている二人の心にも力が漲る。
「雑魚は俺が抑える!乱馬たちは巨人の動きを止めろ。あかね!復帰祝いだ、存分にやれ。」   
 ゲイルは作戦を伝えると傷ついた身体を酷使して敵のど真ん中に猛進していく。
 乱馬、シャンプー、右京も巨人を囲むと三方向から間断無く連撃を叩きこむ。
 たとえ、ダメージが無いにしてもこれで巨人は個々の攻撃の防御に専念せざるを得なくなり、身動きが取れない。
   
『無限の知識を蔵するミーミルよ、我が前に立ち塞がりし愚かなる者を討ち倒すべく、偉大なる汝の知識の片鱗を貸し与え給え!』

 あかねの呪文詠唱と共に両腕につけられたブレスレットの宝玉が淡く光り、魔力が満ち溢れ出す。
 そのとき、あかねの背後からサイクロプスの大質量の拳が繰り出される。あかねは術に気を取られ、気付かない。
   
  バシィ!!

 しかし、あかねを潰すはずだった拳はノエルの防御呪文によって防がれるがミシミシと結界にヒビが入っていく。
「ノエル!?」
 あかねは背後で苦悶の声を必死で抑えている聖女に思わず手を差し伸べようとするが、
「何してるの!早く呪文を完成させなさい。いつまで持つかわからないわ!」
「でも!」
「いいから、早く!おこしてみなさいよ、奇跡を!あなたの信じる力で。」
「・・・わかった。」
 尚も縋ろうとしたあかねだがノエルの瞳から1歩も引かないという意志を読み取るや否や呪文の詠唱に入る。

『咎人よ!汝、大罪を背負いし忌むべき者、神に叛きし哀れな者なり。』
  
 あかねは複雑な印を結びながら、呪文を練っていくが、ノエルの結界はもはや限界だった。
(駄目、間に合わない!)  
 キィィィィンと耳に響く音と共に結界が破れ、巨大な拳がノエルの目前にまで迫る
 ノエルはミンチになった自分を幻視したが痛みは来なかった。恐る恐る目を開ければそこには細身の長剣が串刺しになったサイクロプスが死の痙攣に身体を震わせていた。
「大丈夫か?ノエル。」
 そこには剣を投擲した男、身体中傷だらけの神父レオンが心配そうにノエルに駆け寄ってきていた。
 その容貌は神父用のカソックは破け、せっかくの美しい銀髪が真っ赤に染まってしまっているほど、血に濡れている。
 レオンと一緒にいたはず刹那の姿が見えないことにゲイルは言い様の無い不安を感じた。
「刹那!刹那は無事なのか!?」
 ゲイルが叫んだ瞬間、チュドドドドドと蒼白い死神の矢がゲイルとその一帯のモンスターに降り注ぐ。
「うんうん、絶好調!」
「俺まで狙ってどうすんだ!?」 
 Vサインをして喜んでいる刹那と尻尾の焼け焦げたゲイルはいつもの夫婦漫才を繰り広げている。とりあえず、みんな無事だったようだ。

『我、ここに汝に枷をはめ、世界の果てに縛り付け、孤独をもって汝を粛清す!』

 一部で戦闘が終わっている中、あかねの呪文も終盤を迎えていた。
「シャンプー、うっちゃん、今だ!よけろオオオオー」
 乱馬の声と共に二人はいっき跳躍し、安全地帯に退避する。
『レーディング!』

 あかねが呪文を言い終えると共に地面に手をつけ魔力を解放した瞬間、地面に巨大な魔方陣が現れ眩い光の中から無数の鋭利な岩が飛び出し巨人を貫く。
 巨人は痛みのあまりもがくが、それは更なる苦痛を与えることにしかならず、回復しようとも岩に貫かれたままでは回復も出来ず、体力が切れて死ぬのを待つしかないという悲惨な状況になっている。
 森の主の敗北を悟ったモンスター達の気配が無くなったのを確認するや、乱馬はあかねに駆け寄る。
「あかね、もう大丈夫なんだな?」 
「うん、私はもう大丈夫。心配かけてごめんね。」
 二人のムードが良くなってきているのを感じたシャンプーと右京は阻止しようとするがゲイルと刹那によって取り押さえられ挙句の果てに剣から宝玉を取られ、ホログラムを強制解除されてしまう。 
 シャンプーと右京の二人がまだ何か言おうとしたのを宝玉ごと森の中に投げ捨てた刹那の瞳にはなんとか乱馬とあかねをくっつけようとする執念の炎がメラメラと燃え盛っていた。
(頑張って!あかねちゃん。私はあなたの味方よ。)
 刹那の影ながらの貢献で乱馬とあかねの二人を邪魔する者はいなくなったと思われたが!

「ねー!乱馬くん。プリティナイト・マジックシスターズの二人、知らない?」

 刹那には意味が分からなかったが完全に二人のムードがプリティナイトの二人に憧れを抱いているノエルの乱入によって崩れてしまったことだけは理解した。
 ムードを壊された二人も額に青筋を浮かべながら、顔だけは笑顔を装っている。
 しかし、ノエルも悪意があってこんなことをしたわけではないだろう。
 幼い頃から厳粛な信者として育った彼女には恋愛といったものが、いまいちピンッとこないのだ、と端から見ていたゲイルは推測した。
 そして、その場にいなくとも乱馬とあかねの雰囲気をぶち壊せるシャンプーと右京の呪いに似た強い想いに恐怖を感じずにはいられなかった。
 完全にしらけてしまった場の雰囲気にとどめを刺したのは神父レオンの愚痴った言葉だった。
「今日はここで寝るのか?私には無理だ。何処かに移動することを願うぞ。」
 皆、辺りを見まわして、現実に引き戻された。そこにあったのはモンスターのバラバラ死体と未だに呻き声をあげ、再生と崩壊を繰り返す巨人の姿だった。
 乱馬とあかねはこんな中でいい雰囲気を出していた自分たちに後悔しつつ、この中でいい感じにならなかったことにちょっと安心するという非常に複雑な気持ちになった。
 結局、宝玉の捜索と移動で徹夜することになった乱馬達の馬車ではシャンプーと右京の愚痴の総攻撃にノートンに着くまでまともな睡眠をとることは赦されなかった。


つづく




作者さまより
  
   うう、疲れてしまいましたです。あかねちゃんが元に戻って良かった、良かった。
   戦闘シーンがパターンですね、反省しています。むいてないかな、これからは出来るだけ省こうかな。
   私の小説の書き方は、まず言わせたい台詞を考えて、その台詞が言える環境を整えて、後は適当に肉付けと言う曖昧な物なので飛躍が多いかもしれません。ごめんなさい。   
   今書きたいな〜と思ってる場面は、
   関谷親子による専制君主政治と民主政治ついての討論・関谷鎮と天道なびきの共同戦線による艦隊戦などを予定しています。
  (銀河英雄伝説を見たのに、もろ影響されてしまっている私は魔法世界に艦隊戦を入れようなどと考えるようになってしまった。)
   後、皆さんお気付きかもしれませんが、ゲイルは人間にも変身できるのでワーウルフではなくライカンスロープです。間違えました、すいません。
   それでは今後もよく分からない小説を量産していきます。ええ、それはもうドンドン量産します。
   かの有名なドズル中将も言われました、『戦いは数だよ、兄貴!』  
    私はこの名言を胸にこれからも頑張っていきます。



 妄想力の量産に追いつかない管理人ですいません(汗
 へたれ管理人が私用雑用に追いたくられて、暫く作業しないうちに、どんどん物凄いことになってるんじゃないかと、心配しつつも、楽しみです。
 台詞は大切ですからね…。是非、乱馬のきざな台詞も聞いてみたく(笑
 とにかく、あかねちゃんが元に戻れて良かったです。
(一之瀬けいこ)




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