◇風の記憶〜聖女の悲嘆〜
   第4章  聖女の祈り

珈琲屋さんさま作



   諸人、曰く――
   その者、真実を知る聖女なり。
   力に支配された世界を憂い、
   民を知り、民のことを想う誠の聖女なり。
   信仰と現実に揺れるその瞳に映るは人の醜悪さ、人への希望か――。


  貿易都市ウイッグ――共和国最大の貿易港にして共和国第一艦隊が駐留する軍事拠点の一つである。
  しかし、商業重視の政策が行われるようになった数年前から取引などを円滑にするため警備などは最小限にされている。
「無事ウイッグに到着!っと。私や乱馬君の武器もちゃんと許可もらったし、なんかいい感じに進んでる〜。」
「オッシャー、まずは飯だ、めしー!」
 刹那とゲイルのテンションの高さに反比例して乱馬のテンションは低かった。
「う〜、ねむい。」
「乱馬、どうしたの?調子悪いの?」
 あかねが心配そうに覗きこむ。
「昨日、うっちゃんとシャンプーのせいで寝れなかったんだよ。」
 乱馬は欠伸を噛み殺しながらトボトボと歩く。
『乱馬が悪いね。私達のこと机の上にほったらかしにしてあかねのところに行ってしまうなんて。』
『ほんまにうちらがどんなに心配したと思ってんの?』
「だから、何度も謝ってるだろ。」
 また昨日の夜の繰り返しになってしまう予感がしたので謝る乱馬。
「ちょっと、シャンプーも右京も喋ったら駄目って言ってるでしょ。」
 刹那が三人の会話を聞いてわざわざ注意しに来た。
『ずっと黙ってるなんて退屈ある。』
『うちらだけ仲間外れなんてひどいわ!乱ちゃんもそう思うやろ。』
「えっ、まあ、その」
 答え方に困っている乱馬を押し退けて刹那が出てくる。
「これは本部からの命令です。あなた達の市街での発言権は私用では認められていません。」
 本部からの命令と言われてはさすがに逆らえず、右京とシャンプーは刹那への直接攻撃を始めた。
 と言っても、宝玉は剣から外されているため、言葉での精神攻撃である。
『まったく小姑みたいな女やな。そう思わん?シャンプー。』

  ピクッ

 刹那が一瞬反応する。
『私も前から思ってたある。でも、そういう女ほど男の前では乱れるある。「あ〜ん、XXXもっとして〜!」みたいな感じあるぞ。きっと。』
『ハハッ!「♀§♂†♀〇♂×♀X♂X♀X♂!」とかもいっとるんとちゃうか?』【右京が言った事は余りに酷いので伏せさせて頂きます。】
『あいや―、とんでもない変態さんあるな。』
 ヒソヒソと刹那に向かってとんでもない暴言を吐きまくる二人についに刹那がキレた。
「いいかげんにしないと怒るわよ。」
『あいや!誰に怒るのか?私達ホログラム形成してないから、怒ったりしたら、おまえ変人だと思われるあるぞ。』
『そうやで、人目につくと大事な任務に支障が出るんとちゃうか?オペレーターさん。』
 皮肉たっぷりに言い返す二人のコンビネーションに刹那は頭痛を堪えるかのように頭を抑える。
「中間管理職の苦労ってやつだな。まっ、気にすんなって。」
 乱馬はポンポンと刹那の肩を叩いて励ます。
「乱馬君がちゃんと彼女達の面倒見てたらこんな事にはならないです。」
 刹那は少し拗ねたような目で乱馬を睨んだが、
「俺だっていろいろ大変なんだ。」
 乱馬はさっさとゲイルの方へ行ってしまう。
「あんまり気にしない方がいいよ。私達も行こ!」
「うん。あかねちゃんも大変だね。あんなのがライバルなんて。」
「ハハッ、まあね。」

「おーい!早くこいよ!ゲイルさんがもうレストランの席とってくれてるから。」

 乱馬はレストラン前で二人を呼んでいる。

  
 レストラン『ターヂン』
 レストランの中はこの都市に駐留する共和国軍第一艦隊の兵士が群れていた。
「うわ―、兵隊ばっかりだね。私達バレないかな?」
 あかねが不安そうに尋ねるがゲイルは自信満々に答える。
「大丈夫だ。俺達はただの遺跡ハンターだ。」
 あかねが不安になるのは当然だろう。何しろ港はおろか、街中にまで兵士がいるのだから。
「でも、こんな真昼間から兵士がレストランにたむろしてるなんてかなり腐敗してるな。」
「腐ってるのは兵士だけじゃないですよ。政治屋は企業や政治的有力者と癒着して己が利益をむさぼり、
 国民は有権者である自らの責任を放棄しながらも不景気の責任を政治屋に押し付けるなんて衆愚政治の見本を見せているようなものです。」

 刹那の共和国に対する政治批判は正当なものだ。近年、長期化する戦争によって優勢であるとはいえ経済が圧迫されているのは事実である。
 それらを最も象徴するのが福祉事業の廃止、または多くの魔道技術者の軍への参入における多くの企業での技術錬度の低下である。
 政府もこれらの自体を重く見ているのだが戦費の拡大を抑える事が出来ず、仕方なく税率を上げるなどの急場の仕事で難を凌いでいるに過ぎない。

『今はそんな政治話なんてどうでもいいある。』
『そうや、そんな事より、何でうちらの席がないんかのほうが重大や。』
 ゲイルが獲っていた席は四人座りの座席である。これはシャンプーと右京が数に入っていない事を意味する。
「だって、あなた達、食事しなくても大丈夫なんでしょ。アブデル博士から聞いてるわよ。」
 確かにホログラムである彼女達に食事は意味をなさないのだが、
「刹那、これはちょっと酷すぎないか?これじゃあ、シャンプーとうっちゃんが可哀想だぜ。」
 刹那の余りの対応に乱馬もさすがに口を挟むが、
「ずいぶんと優しいですね。乱馬君。でも、私達に支給された路銀の中に彼女達の食費は入ってなかったわ。
 つまり、事務や経理を担当しているなびきさんが不必要と判断したんです。私はそれに従っているだけです。
 それとも乱馬君は宿に泊まらず馬小屋で寝たり、途中で路銀を稼ぐために皿洗いしたりしたいの?したくないでしょ。
 仕方ないんです。これから何があるか分からないのに、無駄なお金を使う余裕はないんです。これから馬車だって買わないと行けないし。」
 刹那の言っていることは正論ではあるが実際、話す事やホログラムを形成する事に制限をかけられている二人としては納得いかないのも仕方のない事ではある。
『うちら、仲間やと、思ってたのにあんまりや。あれも駄目、これも駄目!その上、お金の話まで持ち出すなんてひどいわ!』
『仕方ないね、右京。私達は所詮便利な武器としか思われてないある。いつか、刹那を亡き者にして私達の人間としての尊厳を取り戻すある。』
 まるでどこかの労働者解放運動の演説を彷彿とさせる二人の異常に息の合ったコンビネーションに刹那はいい加減うんざりしていた。
「とにかく、何を言われようがどうしようもないんです。これ以上の問答は無駄です。」
『わかたある。我慢するある。』
『そのかわり、街出たら、好きにさせてもらうで。』
 刹那の頑なな態度に二人はついに折れた。
「街を出れば、私にあなた達を拘束する権利はなくなりますからご自由に。」
 食事をめぐる問答が終わった頃には乱馬もゲイルも疲れ切っている。
「じゃあ、みんなでご飯にしよ。これからの予定なんかも話ながら。」

「「いただきまーす。」」
             ・
             ・食事中
             ・
「それで、これから何処に行くの?」
「本部との協議の結果、とりあえず宗教都市ドリスで遺跡や神殿の情報収集をしようと思います。諜報部がおおまかな事は調べてくれているので、
 私達は現地での情報収集と探索活動が主な任務になります。」
 あかねの質問に答えた刹那に乱馬が続けるように説明を請う。
「どんなとこなんだ?ドリスって。」 
「共和国第3都市にしてジューダス教会に完全な自治権の与えられている都市です。また、ジューダス教の総本山でジューダス教会のの本部や神学校があって、
 人口の四割が聖職者で、後の6割のほとんどがジューダス教の信者だそうです。この街には一切の軍隊が駐留しておらず、武器の携帯も許されません。」          

 ジューダス教――宗教の自由が許されていないガルマフォード皇国を除くほとんどの地域に幅広く分布している世界宗教である。
 その歴史は深く、戦争が長引く世界に神の加護を求める者も多い近年その勢力を急激に伸ばしている。
 神の下の平等と隣人愛を基本理念とし、幅広いボランティア活動を行っているため多くの支持者を得て政界にもその勢力を伸ばしつつある。
 これらの宗教関係者の政界進出に危機感を感じた政府は弾圧を試みたが、市民の抵抗を受け、今では黙認を余儀なくされている。
 人という種の精神に革新が起きない限り、宗教がなくなることはないだろう。なぜなら、人はその心に絶対的な存在を創りたがる傾向がある。
 その絶対者が神であれ、悪魔であれ、人だろうと。人はいつでも絶対的な存在を創ってしまう、その心の弱さ故に。
 
「フ〜ン。なんか、堅苦しそうなところだな。俺達、かなり浮いちまうんじゃね―か?」
「そうかもしれませんね。」
 料理をつつきながら、今後の行動について話していた、そのとき!

 ガシャン!

 料理を運んでいたウェイトレスの一人が禿頭の兵士の頭の上にヌードルセットを溢してしまったのだ。
「てめぇ!何しやがる、この女!」 
 頭からヌードルセットを滴らせながら顔を真っ赤にして、怒っている兵士その姿は何処かユーモラスな雰囲気を持っていたが、
 ウェイトレスは震えながら謝っているが男に許す気はないらしい。この店の店長が謝りに来たが男に一撃で倒されてしまう。
 女の顎に手をあて、ヤニ臭い顔を近づけると、まるで値踏みするかのように見て、そして、なんともいやらしい笑みを浮かべる。
「なかなか上玉じゃねぇか。今夜は愉しめそうだな。」
「いっ、いや。やめて!おねがい。」
 女は必死で許しを請うがその表情は男の嗜虐心を煽ることしか出来ない。
「今夜は、朝までゆっくり可愛がってやるからな。」
 男はまるで戦利品を見せるように女を持ち上げる。
「大尉、下げてくれるなら、あんまり壊さないようにしてくださいよ」
 周りの兵士も下品な笑い声を上げるだけで、止めようとする人間など一人もいない。

「ッたく!マジで腐ってやがるな。」
「自分達はこの街を護っているとか思って優越感に浸ってるんでしょうね。」
「女の敵よ。」
「ちょっとお灸を据えてやろうぜ!」
 乱馬たちが震えているウェイトレスを助けに行こうとしたとき、突如、禿頭の兵士が倒れこむ。頭に大きなタンコブをつけて。
 
「あなた達は恥ずかしくないのですか!このような女性一人を寄って集って落とし入れようとして!」
 40人近くいる兵隊に向かって説教を始めたのは一人の紅髪の尼僧である。後姿で容姿は分からないが、年の頃は16,7あかね達とそれほど変わるものではないだろう。
 視線を横に移せば、そこには一人の神父がいる。手には鞘に入ったままの長剣が握られている。禿頭の兵士を殴ったのはおそらくこの神父だろう。
「てめぇ、よくも大尉を!覚悟は出来てんだろうな。」
 腐っても軍人である。二人を取り囲むとそれぞれ剣を引きぬいて威嚇する。
「けっ、この人数で勝てるとでも思ってんのか?逃げるなら今のうちだ。安っぽい正義は命を削るぜ。」
 まるでチンピラのような台詞を吐く男を見る神父の表情は嘆かわしげだが、そこには溢れんばかりの嫌悪が滲み出ている。
「貴様らはそれでも、国を護る騎士か!よく覚えておけ。剣を抜くときは自分が殺される覚悟が出来ているときだけだ。」
 低いが確実に相手を威圧する声は神父というには気品に満ち溢れている。
「殺されるのはてめぇだ!ボケェ。」
 神父の言葉を挑発と思ったのか、一斉に二人に向かって突っ込んでいく男達、しかしその数が妙に少ないことに気付いたのは一瞬後だ。
 乱馬たちは兵士達をこっそりしばいていたのである。兵士達がそのことに気付いたときには、残りの数は20を切っていた。
「畜生、貴様らも、この神父共の仲間か?」
「違うけど。いい女が泣いてるのを見過ごす男なんていないぜ。それに、おまえら、女の誘い方がなってねぇぜ。俺がレクチャーしてやろうか?」
「馬鹿なことやってないで、とっとと片付けるわよ!」
 男前光線を出しながら一人カッコつけているゲイルの頭を刹那が何処から取り出したのかハリセンでしばく。
「なんか、あの二人、お笑いキャラ定着してるね。」
「あんな風にはなりたくねぇな。」
 いつまでも夫婦漫才を繰り広げている二人を見ながら、乱馬とあかねはしみじみ思った。
 
「おいこら、てめぇら、シカトしてんじゃねぇぞ。こら!こうなったら皆殺しじゃあ!」
 乱馬たちはリーダー格の声に猛進してくる兵士達を素手で倒していく。
「畜生、女だ、女を狙え!」
 なんとも情けないことだがあかねに向かって襲ってくる雑魚兵士はあかねによって一撃でシバカレル。
 そして、兵士達は誰に一撃を加えることも出来ないまま全滅した。

「ッたく!歯ごたえのないやつらだぜ。」
 乱馬は敵のあまりの不甲斐なさに余計フラストレーションが溜まってしまったようだ。
「これが、かの有名な第一艦隊の兵隊とはな。」
 皆が兵士の質の悪さに呆れていたところに先ほどの神父が近寄ってくる。
「先程は助けていただいてありがとうございました。私の名はレオン・ガントレット。ジューダス教の巡回神父をしています。」
「別に気にすることないですよ。」
 あかねはそこまで言って思わず見惚れてしまう。
 そう、レオンと名乗る神父の容姿は神父などにしておくには勿体無いほど美しかった。
 透けるように輝く銀髪は後ろで束ね、切れ長の鋭い目は高い知性を感じさせる。その容姿はモデル並だ。
「私の顔に何か?」
「い、いえ、何でもないです。」
 あかねは自分が見つめてしまっていた事に気付き、思わず目を伏せる。
(あかねのやろう、今、見惚れてやがったな〜。)
「神父レオン、あんたの後ろにいるシスターは何やってるんだ?俺には気絶してる兵士の財布を物色しているように見えるんだが。」
 ゲイルの指差す方向を見て、レオンは慌てて尼僧の首根っこを掴んでこちらに連れて来る。

「ちょっと、レオン!まだ一人分とってないのに。」
「そんな事は後でも出来る。早く挨拶しろ。」 
(いや、つーか、盗ったら駄目だろ。)
 四人がそんなつっこみを抱いているとは知らず、尼僧は四人に向き直ると丁寧に挨拶する。
「私に名前は、ノエル・ガルシア。ジューダス教のシスターをしています。」
 ノエルは埃の付いてしまった紅い髪を丁寧に直しながら、その蒼い瞳はチラチラと盗り損ねた財布を見ている。
「ノエル!じゃあ、あなたが聖女ノエルですか?」
 あかねはノエルの顔を見て急に大声を出す。
「ええ、まあ、人からはそう呼ばれることもありますけど、聖女なんて私には過ぎた呼び名です。」
 さっきまで財布を物色していた人間とは思えないほど、ノエルはおとなしい。
「そんなに有名なのか?この子。」
「超有名人よ。共和国で知らない人なんてほとんどいないわ。戦災孤児たちのために孤児院を建てたり、モンスター退治をしたり、たくさんの慈善活動に従事しているわ。」
「そんなに、偉い奴がどうして兵隊から、ネコババしてるんだよ。」
「し、仕方ないんです。慈善活動をするのにも、先立つものが必要で。それに、主も聖書の中でこう仰っています。『悪人にお金を使う権利はない』ってね。」
「ノエル、神の御言葉を捏造するのは止めろ。ジューダス教の品位が下がる。ところで、君達はいったい誰なんだ?先程の手並み、相当な訓練の賜物に見えたが。」
 ノエルにつっこみをいれつつ、話を進めていく辺り、レオンはかなり優れた司会進行能力を持っているようだ。
「俺達はフリーの遺跡ハンターだ。俺の名前はゲイル。一応リーダーだ。」
 ゲイルに続き、乱馬、あかね、が自己紹介と挨拶をする。
「どうも、結城刹那です。よろしく!」
 最後に刹那が自己紹介をするがこのとき、密かにレオンと視線があっていたことに誰も気付かない。
「まあ、こんなところであったのも神のお導きでしょう。どうです、場所変えてお茶でもしませんか?この近くに美味しい紅茶を出す店がありますよ。」
「じゃあ、そうさせてもらおかな。」
 レオンの誘いを受け、荒れた店を出ようとしたとき、

「突入!」

 漆黒の鎧に身を包んだ兵士が店内になだれ込んでくる。乱馬達六人をすばやく包囲すると中央から入ってきたのは小柄な男だった。
 おそらくはまだ二十歳過ぎくらいだろう。仕官服を一分の隙なく着こなしている男は荒れた店内と乱馬達を見て眉をひそめる。
「俺は共和国異端審問軍特佐ウォルフガング・ファラオーニだ。第一艦隊の兵士がいざこざを起こしていると言う通報を市民から受け急行してきたのだが、これはいったいどういう事か状況説明を要求する。」
 ファラオ―ニ特佐は気絶している兵士の醜態に表情を歪めながら丁寧だが何処か威圧的な声色で乱馬達に問い掛ける。
「私が説明しましょう。私はジューダス教のシスターを務めているノエルと申します。私の横にいるのは神父レオン、同じくジューダス教の巡回神父です。」
「ほう、あなたが高名な紅髪の聖女様ですか。これほど若いお嬢さんだとは思いませんでした。」
「私たちが食事をしているときに・・・・・・・ということが起きまして。彼らに協力してもらって兵士諸君を鎮圧させていただきました。」
 ノエルの説明に納得したのか、ウォルフガングは乱馬達に目を向ける。
「それで、君達は何者だ。傭兵か?」
「俺達はフリーの遺跡ハンターだ。」
 ウォルフガングは胡散臭げに乱馬達を見つめるが、どうでもいいと判断したのか兵士達に撤収を命じ、もう一度近寄ってくる。
「不躾な対応で失礼した。それから、同じ共和国軍として仲間の横暴な振るまい、俺から詫びておこう。」
「いえ、私達より、この店の人に言ってください。」
 ノエルは異端審問軍に介抱されている店員を指差す
「もちろん、そうさせてもらう。それにしても困ったものだ。軍の腐り具合は深刻だな。」
 おさまりの悪い黒髪を直しながら、ウォルフガングは嘆く。
「我々、異端審問軍も本来なら敵と戦うのだが、軍内部の規律の回復が急務だと感じずにいられない。
オッと、君達に愚痴っても仕方のないことだったな。それでは我々はこれで撤収させていただく。」
 そう言うと気絶した兵士を引きずって漆黒の集団を引き連れ帰っていく。
「気を取り直してお茶にでもしますか?」
 レオンの計らいに今度こそ店を出ていく。
 
  
 それほど人気はないが確かにいい雰囲気のカフェでもう一度改まって自己紹介しなおした後、六人の会話はそれなりに弾んでいた。
「それであなた達はこれから何処にに行かれるのですか?」
「ドリスにいって次の遺跡の情報集めってとこかな。」
 レオンの問いにゲイルは馬鹿正直に答える。まあ、確かに隠すほどの事でもないが。
「ねぇ、レオン。じゃあ、この人達に頼もっか?」
 ノエルの意味ありげな発言に乱馬は胡散臭げに二人を見つめる。
「厄介ごとは御免だぜ。俺達だって暇ってわけじゃないんだ。」
「いえ、簡単な事です。我々をドリスに行く途中にあるノートンという街まで護衛してほしいのです。
「護衛ですか?」
「ええ、ここからドリスに行くには街道沿いにある『魔性の森』を抜けなければなりません。しかし最近、魔物が急増してまして私達二人だけでは心許無いので護衛を頼みたいのです
 もちろんお金は払います。どうでしょうか?」
 悪い話ではない、同じ道を通るのだしお金も貰える。しかし、乱馬達はあくまで特殊任務中だ。あまり人と深く接する事は避けた方がいいのだが、
「いいんじゃない!お金だって貰えるんだし。旅は道連れ世は情けってね。」
 意外な事に刹那が受け入れるように持ちかけてきたのだ。
 刹那と言えば、シャンプーと右京が喋るだけで任務に支障が出ると愚痴をこぼすのだが、何の考えがあるのだろう。
「そうだな!まあ、通り道だし別にいいだろう。聖女様を護衛したとなりゃ、神のご加護が受けれるだろうしな。」
 ゲイルの決定によって聖女達と一緒に旅をすることに決まった。



 共和国第一艦隊旗艦『ザミエル』特別会議室
「軍法会議によって貴様等の処分が決定した。スペンサー特尉、判決文の朗読をしてやれ。」
 ウォルフガングに命じられ、ウェンディ・スペンサー特尉の長く伸ばした髪と同色の紫水晶のような瞳は痛みに耐えるかのように揺れている。
「判決。バークン大尉等四十五名がこれまでに起こした傷害事件は共和国軍の権威を失墜させるものであり、貴官達には市民の軍に対する不信を拭う責任があるものとする。
 よって、軍の権威回復のためのプロパガンダとして貴官等を公開処刑に処するものとします。」
 判決を聞いた兵士達の顔は蒼白である。確かに横暴な振る舞いは軍法会議にかかっても仕方のないものだ。だが、公開処刑とは命を奪われるとまでは誰も思っていなかったのだろう。
「そんなあんまりであります。確かに我々は・・・」
「黙れ。蛆虫共が。」
 ウォルフガングの鋭い声色が大尉の反問を一蹴する。
「貴様等に生きる価値などない。力を弱き民に振り下ろす愚者共が!今日だけではない、これまで貴様等がしてきたことについても調べがついている。
 公開処刑は俺自身の手で焼き尽くしてやる。この蛆虫共を連れて行け。」
 自分が熱くなってしまったことに嫌気がさしたのか、疲れたように部下に命じ、元兵士達を部屋から追い出す。
  
「いいたいことがあるなら言え、ウェンディ。」
「彼等の処刑を取り消していただけませんか?ファラオーニ特佐」
 思っていた通りの反応が返って来たのだろうウォルフガングは少し穏やかな笑みを浮かべる。
「二人のときはウォルフでいいと言ったはずだが、今はそんなことはどうでもいいか。おまえの言いたいことは分からないわけではない。
 しかし、彼等の命が共和国軍の規律の回復より重いとは私には思えない。それに異端審問軍の軍法会議が覆ることはない。」
「分かっています。分かっていますけど・・・」
 ウェンディが紫水晶のような瞳を痛ましげに揺らしているのを見るとウォルフのの心に抑えつけていた罪悪感が湧き上がってくる。
「辛いなら、公開処刑は俺だけでいい、おまえは休んでいろ。」
「いいえ、私も行きます。私はあなたの部下ですから。それにあなたはすぐに自分自身を敵にしてしまいますから。
 ウォルフ忘れないで、私はあなたの味方です。あなたが、茨の道を進もうとも私はあなたについていきます。」
 ウェンディは柔らかな身体でウォルフを抱きとめる。まるで母親のように優しく。
「辛いときは辛いと言ってください。私は・・・」
「ありがとう、ウェンディ。俺のことなら心配ない。俺には手を差し伸べてくれる仲間がいるからな。」
 そう言うと身支度を整えて出ていこうとする。
「どうした。ついて来てくれんるのだろ?ウェンディ。彼等の恐怖を早く終わらしてやろう。」
「はい。」
 人は昏い道でも歩いて行ける、支えてくれる仲間がいれば。 
  

   街が騒がしい。たとえメインストリートにある中央広場とはいえ、この人ごみは異常だ。
  馬車を買いに行くついでに買い物をしてきたあかねと刹那、そしてノエルは帰り道の異常な人ごみのせいでなかなか帰れずにいた。
 「何なのかな?ちょっと聞いてみよ。」
  あかねは手近にいた青年に事情を聞く。
 「いったい、何の騒ぎなんですか?」
 「な〜に、今朝、問題を起こした兵士達が異端審問軍の手で公開処刑にされるんだってよ。これで散々酷い目に遭って来た市民の怒りも少しは収まるだろうよ。」
  青年の言い方には少しの慈悲もない。まるで殺されて当たり前だと言わんばかりに悪意に満ちている。
  そんな、いくら彼等が酷いと言っても命を奪うなんて!
   
  「やめてー!」

 あかねは考える前に行動していた。人ごみを掻き分け、処刑を止めるためにウォルフのところまでいっきに詰め寄る。
 周りの兵士達もまさか止めに来る者がいるとは思っていなかったのか、あかねの接近を許してしまう。ただ一人を除いては。
 あかねの手がウォルフを掴もうとした瞬間、あかねは側頭部に受けた衝撃に受身を取ることも出来ずに吹き飛ぶ。
 しかし、これは後から追ってきた刹那達に抱きとめられ、あかねも蹴りをくらう瞬間急所を外したため何とか意識を保つことが出来た。
「何者です?あなた達は殺されたいのですか?」
 周りを見れば、すでに抜刀した兵士達が三人を囲んでいる。
 ウォルフは三人を見て驚いて駆け寄ってくる。
「お知り合いですか?特佐。」
「今朝、彼等の横暴に鉄槌を下してくれた娘達だ。少し足りないが。」
「どうして彼等を殺したりするんですか?」
 あかねは必死で訴えかけた。
「どうして?君を見ただろ。彼等は力に巣食う悪だ。我々は民を護る兵士として彼等の横暴を見過ごすわけにはいかない。
 君のような少女には分からないだろうが。」
「分かりたくありません。そんな人殺しの論理分かりたくありません。」
「私もこの処刑はおかしいと思います。彼等の罪が処刑に相当するものだとは思えません。」
 刹那もあかねに同調する。
 ウォルフはおさまりの悪い黒髪を苛立たしげに掻きながら言う。
「確かに、彼等の罪が今日だけなら処刑はやり過ぎだろう。だが、市民の声を聞けば分かる。彼等がどうなるべきか。」
  
  『殺せばいいのよ』

  『私の父さんだって奴等に!』

  『殺せ』

  『殺せ』

  『殺せ』

 広場にいる市民から聞こえてくるものは悪意に満ちた憎悪と怨嗟の叫びばかりだ。
「ノエル、あなた聖女なんでしょ!彼等を助けて。お願い!」
 すがるようなあかねの叫びにノエルは黙って首を振る。
「あかね、それは出来ないわ。わたしには市民の怒りを否定することは出来ないの。人の哀しみや怒りを癒すことなんて出来ない。
 だからこそ、人を傷つけてはいけないの。たとえどんな理由があってもね。たしか、あなたエルラーン出身だったわね。
 見ておくといいわ。人の心のおぞましさを、長引く戦争が人の心に産み付けた恐ろしい化け物を。人っていうものを知っておくなら、早い方がいいわ。」
  
 ノエルの声は優しかった。まるで聞き分けのない妹をなだめる姉のように。
 しかし、そんなノエルの声さえ耳に入らないほど、あかねの心には人々の憎悪と怨嗟の声が入り込んでいた。
 自分でも気付かないうちに接触テレパスを使っていたのだ、自分では制御出来ないほど広範囲に。
(これが人の心なの?私の心にもこれと同じものがあるの?恐い、恐いよ。助けて、乱馬!)
 
「話はついたようだな。じゃあ、ちょっと離れていろ!」 
 兵士達があかね達を安全な場所まで連れて行くのを確認すると、ウォルフは手で印を結びながら魔法の詠唱に入る。
「森羅万象を司る偉大なる精霊達よ、我が前に現れ、すべての咎人に浄化の焔をもって救いを与えたまえ。」
 ウォルフの詠唱が終わる。
「嫌だ!」
「死にたくない」
「助けてくれ!」
 ウォルフは救いの言葉を投げかける咎人達から瞳を背けずに最後に力ある言葉を発すると同時、印をなぞる様に魔方陣が淡い光をもって浮き上がる。
『出でよ!“スルトの炎剣”』
 煉獄の剣が処刑台を焼き尽くした後に残ったのは肉の焼ける臭いと市民の怒りの残滓だけだった。
 この日、あかねは初めて人の心の恐怖を知った、咎人の命を代償に。




つづく



作者さまより

 申し訳ありません。最後の方、異常なまでに話が暗くなってしまいました。しかも、一切救いがないという無残な結果に。
 嫌悪感を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。自分でもここまで暗くなってしまうとは思いませんでした。
 本当に申し訳ないです。
 本編の話がここまで暗くなってしまうと後書きがかなり書き難いです。
 ですので、今回出てきたオリジナルキャラの簡単な紹介だけしておきます。

   ノエル・ガルシア・・・・・・・・ジューダス教の尼僧。紅髪の聖女と呼ばれ、数々の慈善活動を行っている。
   【桑島法子様】

   レオン・ガントレット・・・・・・ジューダス教の巡回神父。
   【速水奨様】
      
   ウォルフガング・ファラオーニ・・共和国異端審問軍、階級は特佐。
   【草尾毅様】

   ウェンディ・スペンサー・・・・・共和国異端審問軍、階級は特尉。
   【横山智佐様】


 毎度濃い、あとがき、ありがとうございます。
 アニメ好き、声優好きには、このあとがきだけで、オリジナルキャラクターの雰囲気がつかめるかと…え?そんなの私くらいだって?
桑島法子さんは、珊瑚ちゃんです(犬夜叉)私的には「機動戦艦ナデシコ」のミスマル・ユリカ、速水さんは「鋼の錬金術師」のフランク・アーチャー中佐(このくらいしかピンと来なかった・・・汗)、草尾さんは真之介(らんまOVA)私的には「スラムダンク」の桜木花道、横山智佐さんは、サクラ大戦の真宮寺さくら(私的には「機動戦艦ナデシコのスバル・リョーコ)…ますますわかりませんね(笑

(一之瀬けいこ)



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