◇風の記憶〜聖女の悲嘆〜
  第3章  船上の嵐

珈琲屋さんさま作


 ――我ら、互いに愛し合えば、
  神、我らにいまし、その愛を全うせらる。
            【ヨハネ第一の書四章十二節より抜粋】
  


「定時報告・首都ホーリィから航海に出て五日が過ぎましたが、変わったことは特に有りません。
このまま順調に航海が進めば、共和国貿易都市ウイッグには明朝にでも入港できるでしょう。
一つ気がかりなことは乱馬殿をめぐる女性関係によって私やゲイル殿はおろか他の乗客にまで被害が及んでいます。
今日の朝など酷いものでした。
カクカクシカジカあってそれによってあかねさんの魔力が暴走した結果、甲板の一部が損傷し私とゲイル殿が甲板を修理する羽目になるなど被害が日に日に甚大になっていきます。
なんとなりませんか?このままじゃ私達死んじゃいますよ〜。」
 通信用の宝玉に映し出された3人を前に最初の方こそ冷静に報告をしていた刹那だが、最後はほとんど泣きながら何とかするよう懇願している。
『何とかと言われましても、なんとかなるんですか?アブデル博士。』
商業国家エルラーンを支えるナンバー2にして今回の探索部隊の総括的な指揮を担当する関谷鎮は困りながら今回の騒動の発端とも言えるアブデルに尋ねる。
 なんと言っても、シャンプーと右京を造ったのは他でもないこのマッドサイエンティストなのだ。
『まあ、出来ないことのないけどね。でも、僕としてはあんまりお勧めできないな。』
「あ、有るんですか?早く教えてください。おねがいします。」
 何を暢気なこと言ってやがるこの優男が!こっちは命がかかってるんじゃボケ!などとは決して口にしないが刹那は一刻も早くその方法聞き出したかった。
「でもな〜、僕としてはこの騒ぎの報告聞くの結構楽しみなんだよねぇ。」

ブチッ

 アブデルの不用意な一言で刹那がキレた。
「へ〜、アブデル博士は楽しみにしていたんですか。私がこうやって報告しているの。フ―ン、そうなんだ。
私、ゲイルさんのおかげで結構弓の感覚思い出してきたんですよね。今度アブデル博士の研究室に向かって撃ってみましょうか?」
 アブデルの顔がみるみる青ざめていく。自分で造った武器だ、その威力は十分知っている。あんなもの撃ちこまれたら・・・・
『ゴ、ゴメン。君も大変なんだね。で、でも、僕の楽しみが・・・・』
「この前、練習で撃ったら、たまたま浮かんできた一角鯨に当たって殺しちゃったんですよね。あの死体はえぐかったな〜。(嘘)」
 まだ自分の楽しみにこだわるアブデルに刹那は脅迫罪で捕まりそうな発言で硬直させる。
『おとなしい女性が怒ると恐いって言いますからね。アブデル博士、早く言わないと彼女本気で怒りますよ、たぶん。』
 自分の身体に風穴が開いた姿でも思い浮かべたのか、アブデルはコクコクと頷きながら説明に入る。
『方法は簡単です。剣から宝玉を外せば彼女達はホログラムを形成することは出来ません。』
「な―んだ、簡単じゃないですか、どうして今まで言ってくれなかったんですか?」
 普段の軽薄さは消えて、やたらとかしこまっているアブデルの説明を聞いて刹那はいつもの穏やかさを取り戻す。
『そ、それは、僕の楽しみ・・じゃなくて、宝玉を外すと彼女達の友好度および愛情度が下がってしまう恐れがあり、
 武器の性質上、あまり良くない結果になりますので言うのをひかえていました。』
「あっ、そっか。そうだよね、うーん、どうしよ?」
 完全にいつもの刹那に戻っていることに3人は安心した。(特にアブデル)
『そのあたりの判断はそちらに任せます。いろいろ大変かと思いますが頑張ってください。それでは通信を切ります。』
「はい、ありがとうございます。それでは、通信アウト。」
 通信が終わるとホログラムは消え、部屋には刹那一人になる。

コンコンッ

「入るぞ。」
「うん。鍵開いてるから。」
 刹那の許しを得て部屋に入ってきたのはゲイルだ。身体中に今日のあかねの攻撃魔法の誤爆の痕が残っている。
 獣化中の治癒力があればこの程度の傷はすぐに治るのだが、ゲイルはあまり人前で獣化することはない。
 それは、ワーウルフが亜人と呼ばれ、まれに人と獣が交わった不浄の存在などと言う迷信が色濃く残っている地域があるからだ。
「ちょい、傷の手当てしてくれねぇか?」
「うん、いいよ。あっ、そこのベットにでも座って。」
「ああ。」
 二人は話しながら服を脱ぎベッドに腰掛ける。
「うわ、背中、結構ひどいことなってるよ。痛くないの?」
 傷口に消毒液を塗り、手際よく手当てをしていく。
「はい、できた!」
「さーんきゅ。」
 ゲイルは服を着ながら愚痴る。
「ッたく、なんで、俺様がこんな目にあわなくちゃいけねぇんだよ。なんとかなんねぇのか?」
「なるよ。」
「へっ?」
 ゲイルは刹那のあっけない回答に阿呆のように口が開けっぱなしになる
「だから、さっきの報告のときにアブデル博士に聞いたら簡単に教えてくれたよ。(大嘘)」
「で、どうすれば、あの騒動を止めさせれるんだ?」
「宝玉を剣から外せばいいんだって。」
「それだけなのか。」
「うん。」
 ゲイルの瞳がにわかにうるみだし、
「じゃあ、俺達、他の船員に謝りに行ったり、甲板の補修工事手伝ったり、攻撃魔法の巻き添えくったりしなくて済むんだな、ヨッシャ―ッ!!」
 すこしの間、喜びの雄叫びをあげていたゲイルだがふと思い出したように刹那に向き直る。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
 ゲイルは突然かしこまったように刹那の目を見る。どんな小さな心の変化も逃さないように。
「な、なにどうしたの?」
「おまえ、俺と弓の稽古するの嫌か?俺と稽古した後、おまえいつもの元気がない。強要するつもりはないから迷惑なら言ってくれ。」
 ゲイルの目は真摯に刹那の瞳を見ていた。刹那は目を逸らすように俯く。
「やっぱ、迷惑だったか。悪かったな、無理矢理稽古なんてさせちまって。」
「違う!違うの!私、迷惑なんて思ってない。」
 刹那は眼の端に涙を浮かべながら訴えた。
「じゃあ、どうして元気がなかったんだ?・・・ゴメン。俺さ、馬鹿だから、ちゃんと話してくれないと分からないんだ。」
 ゲイルは刹那が落ち着けるようにそっと抱きしめてやる。
「ゆっくりでいいから、話してくれよ。」
 ゲイルがまるで子供をあやすように刹那の髪を撫でていると刹那ゆっくりと話し始めた。
「ゲイルが弓の稽古つけてくれるって言ってくれたとき、とってもうれしかった。でもね、弓の稽古してるとお父さんやお母さんのこと思い出しちゃって。
そしたら、寂しくて、哀しくなっちゃって、こんなこと想ってもどうしようもないって頭では分かってるのに、それでも哀しい気持ち抑えれなくて。
辛いよ、こんなことなら全部忘れたいよ。家族のことも、自分のことも、そのほうが・・・・」
「辛いよ。きっと忘れちまった方がずっと辛いぜ。おまえは忘れちゃいけない。その哀しみの大きさがおまえの失っちまった家族の価値だから、その哀しみは忘れちゃいけない。」
 ゲイルの言葉に嘘は絶対にない。誰のことでも真剣に考えてくれる。だから・・・・
「・・・・うん。ゲイルって優しいよね。好きになっちゃいそう。」
「なってみるか?」
「えっ!?」
 刹那がゲイルを見つめる。
「・・・・・・」
「・・・・・・ぷっ!ハハハハハハッ!こいつマジになってやんの。」
「なっ!」
 刹那の顔がみるみる赤くなる。
「いや〜、ウブだね〜。あかくなっちゃって。」

ブツン

「よくもからかいましたね。乙女の怒りを知れ―ッ!」
「グハッ!?、そ、そこはさっきの傷が・・・・」
 傷口を攻められ、苦悶の声をあげる。
「バカバカバカバカ―ッ!!」

ボコボコボコボコボコボコボコボコ

「いて、痛い、痛いって。オ、オレ、乱馬に剣のこと言ってくるから。じゃな!」
 ゲイルは直も攻撃を休めることのない刹那から逃げ出した。
 刹那は一人部屋に残され、ゲイルのいなくなったほうを見ながら一人呟く。
「・・・ホントに馬鹿なんだから。」

「ヤバかったなー。もうちょっとで刹那にあんなことやこんなことするとこだった。やっぱ、オレってばケダモノなのかな。」
 乱馬に剣のことを教えた後、自室でゲイルは悩んでいた。
「やっぱ、傷ついたかな―。でも、謝るのも違う気がするしな。」
 ベットの上でゴロゴロしながらゲイルは先刻のことを思い出す。
「せっかく、イイ感じだったんだけどな〜。でもな〜、自分を抑制する自信ないんだよな。それに・・・」
 ゲイルは鏡で獣化した自分と対面する。人間であって人間でない。獣であって獣でない。その姿はモンスターと言われても仕方のないものだ。
 刹那は自分と付き合うということがどういうことか、分かっているのだろうか?確かに、人間とワーウルフが婚約することは認められている。
 しかし、ワーウルフに対する偏見や敵意は世界中の何処にでもある。
 これは遥か昔にあった人間とワーウルフの間に起きた闘争が原因なのだが、この闘争は人間側の勝利というかたちで終わった。
 勝者が敗者の歴史を書く、これが世界の理である。ワーウルフは世界の平和を乱す危険因子として人類社会から隔離されていた。
 しかし、当時の賢王ウィリアム・フォン・ローエングリューンによってワーウルフとの間に友好条約が結ばれ、人類とワーウルフの共存が再開したのだった。
「世界はそんなに単純じゃない。だから、まだ・・・もうちょっと待ってほしい。」
 焦る必要はない、自分たちの時間はまだまだあるのだから。



「あかね!おい、あかね!開けろよ!昼飯の時のこと、ちゃんと話がしたいんだよ。」
 ゲイルからホログラムの強制解除の仕方を聞いた乱馬がなぜあかねに必死で謝っているかというと、それは昼食のときに起きた事件が原因だ。
 その事件は作戦会議が終わった後の刹那の提案から始まった。

「・・・と言う訳で、作戦本部との協議の結果、私達はフリーの遺跡ハンターとして共和国に潜入および探索活動に入ります。
なお、なびき様からシャンプー、右京の両名は街の中や公共施設などではホログラムの形態をとることを禁止、宝玉の状態での私語を禁止することを通達するように言い付かりました。
この命令はアブデル博士のパスを利用されていますのであなた達には反論する権限が与えられていません。」
 つまり、彼女達が関わるといちいち被害が大きくなるとこれまでの報告から知ったなびきによって、二人のこれからの行動は大きく制限されることになったのだ。
「どうして、そこまで制限されなければいけないのか?私達の人権はどうなるか?」
「そうや、うちらかてみんなと一緒にいたいわ!」
「あなた達の行動は人の目を引きます、これまでのような行動を取られると任務に非常に大きな障害となるでしょう。私達が行っているのはあくまで軍事行動です。
 その中で個人の意志が多少蔑ろにされるのは仕方のないことです。」
 刹那はシャンプーと右京の敵意の視線を一身に受けながらあくまで事務的に説明する。
「何か、問題がありますか?」
「・・・ないある。」
「・・・命令やさかい仕方ないな。」
 刹那に何を言ったところでなんの意味もないことは理解しているのでそれ以上の反論はしない。
「明朝にはウイッグに入港できますから、みなさん今日のうちに荷物整理を済ませておいてください。それでは、作戦会議を終了します。
じゃあ、会議も終わったことだし今日はこの船の厨房借りてみんなでご飯作らない?」
 刹那は会議中とは打って変わって陽気な雰囲気で提案する。
「女傑族の秘伝の料理、腕によりをかけて作るある。」
「よっしゃ、うちもひとはだ脱ごか。」
「じゃ、男は味見専門ってことで!なッ、乱馬。」
「おう!」
「何いってんのよ!乱馬や、ゲイルさんは昨日壊した通路の修理が残ってるでしょ。」
「そうそう!男はとっとと働いてくるよろし。ご馳走作って待ってるあるぞ。」
 結局、乱馬とゲイルは肉体労働に狩り出される事になり、女子四人によって料理が作られることになったのだが、この人選が今回甲板が損傷する原因となるのだった。

         ・女性四人、料理に奮闘中
         ・男二人、船員にこき使われながら、通路修理に奮闘中

「あ〜、腹減った〜。死ぬ〜。」
「もう、ゲイルさん情けない声出さないでくださいよ。オレまで・・・」
 甲板に設置されたテーブルで、修理をやり終えたゲイルと乱馬は餓死寸前と言った雰囲気で料理が出されるのを待っていた。
 そこに
「料理できたよー!」
 料理を運んでくるあかね達。
 乱馬とゲイルはテーブルの上に次々と並べられていく料理を前によだれを垂らしながら、料理を見つめる。
「じゃあ、そろそろ食べよっか?」
 皆が席に着いたところで

「「いっただきまーす。」」

「そういや、うっちゃんのお好み焼き食べるの久しぶりだな。オッ、これってシャンプーが作ったラーメンだろ、食欲をそそるイイ匂いだぜ。」
「乱ちゃんのために腕によりをかけて作ったんや、ぎょうさん食べてや。」
「ラーメン以外にもたくさん作ったある、愛する男なためなら努力は惜しまないね。」
「花見のときも思ったんだけど刹那って料理できんだな。やっぱ、家庭的な女ってのはいいよな〜。」
「えっ!?そんなたいしたことないよ。」
 まるでテーブルの上に並べられたあかねが作った物体を避けるかのように食事と会話は進んでいく。
「私のも食べてよ。見た目はちょっと悪いけど。」

ピキッ!

 あかねの一言によってその場の空気が固まる。
「ここはまず、許婚の乱馬君から食べるのが妥当よね。」
「オ、オイ!刹那なんてことを・・・」
「つべこべ言わずに食ってやれよ!旦那様。」
 本気で嫌がる乱馬をゲイルが後ろから羽交い締めにし、刹那が口の中に詰め込もうとする。
「食べる必要ないね。」
「そや、乱ちゃん嫌がっとるやないか!」
 右京が刹那から料理を奪い取り、シャンプーがゲイルをしばいて乱馬を抱き寄せる。
「まったくこんなもの、乱馬に食べさせようとするなんて何考えてるか?」
「あかねちゃん、料理の時、味見してなかったやろ。」
「まあまあ、あかねちゃんも頑張って作った事だし、一口くらいね。」
 険悪になっていく雰囲気を取り繕うべく、刹那が率先して食べるよう持ちかける。
「私、いらないね。」
「食べ物は粗末にしたらあかんけど、遠慮させてもらうわ。」
 シャンプーと右京はホログラムを解除して逃げる。
「ゲイルと乱馬君は食べるよね。」
 刹那の言葉にゲイルと乱馬は、あかねがこちらを祈るように見ているのを視界に入れてしまったので、逃げる事が出来なくなった。
「よし、みんな、一緒に食べるぞ。せーの!」

 バクッ!?

 ゲイルの掛け声で三人はあかねの料理を食べた。そして・・・・
(う、うぷ!なんじゃ、こりゃ。これならマンドラゴラでも食った方がましだぜ。)
(こッ、これはヤバイ、ヤバすぎるよ〜。こんなのフォローできないよ〜。乱馬君、許婚の君に任せたね。)
 ゲイルと刹那は青くなっている。
「えっ、おいしくない。嘘!ねぇ、乱馬は?」
 あかねは瞳を潤ませている。
「・・・・・・」
 乱馬はスプーンを咥えたまま、動かない。
『気絶しているある』
『あかねちゃん、とりあえず、味見してみたら。』
 あかねは右京に言われるまま料理を一掬いすると口元に運ぶ。

カラン!

(まずい、最悪にまずい。こんなもの、みんなに食べさせようとしてたなんて・・・)
 あかねがあまりのまずさに硬直しているとシャンプーが再びホログラムを形成する。
「やっと、自分の作ったもののまずさに気付いたか、まったく乱馬にこんなもの食べさせるなんて。おまえが作った料理なんて二度と乱馬に食べさせないね。
もし、今度乱馬に被害が及ぶような事があったらすぐに消してやるね。」
『シャンプー、いくらなんでも言い過ぎや!』
 シャンプーのあまりの言いように右京もホログラムを形成して反論する。
「シャンプー、あかねちゃんも頑張って作ってんから、あんまりひどい事言ったらあかんよ。」
「頑張った頑張ってないは関係ないね。事実として、乱馬は被害を受けたある。
私は乱馬のことを想う一人の女として乱馬を護る『スキールニル』の一つの人格としてもこれ以上乱馬が被害を受けるのを見過ごすわけにはいかないね。」
 シャンプーと右京は睨み合いを続けている。二人の仲裁に入ったのはいつのまにか復活していた乱馬だった。
「二人とも、オレはもう大丈夫だから。喧嘩しないでくれ。」
「でも・・・」
 シャンプーはまだ何か言いたげだったが、乱馬に逆らうこともできないので不満顔のままホログラムを解除する。
 右京も乱馬のこと心配げに見ていたがそのまま消える。
「フ―ッ!なんとか、修羅場は乗り越えたんじゃねーか?」
「甘いよ、ゲイル。まだ、一番傷ついてるあかねちゃんがいるもん。」
 あかねは俯いたままで表情は分からないが時々肩が震えている。
「あ、あかね・・」
 乱馬はあかねに近寄ろうとするが、
「来ないで!」
 あかねは強く拒絶した。乱馬は、なぜ自分が拒絶されているのか分からない。
「料理食ってやれなかった事怒ってんのなら謝るから。」
 あかねの顔は涙で濡れていた。
「来ないでよ、どうしてあんたが謝るのよ!」
(最悪だ、乱馬に八つ当たりして。乱馬は何も悪くないのに!悪いのは私なのに。)
 乱馬のために何かしてあげたかった。自分の事を護ってくれると言ってくれた乱馬の役に立ちたかった。それだけなのに!
「ゴメンね、まともな料理作れなくて・・・」
 そう言うあかねのの周りに感情の不安定さによって暴走しかけている魔力が渦巻いている。
 その危険にいち早く気付いたのはシャンプーと右京だ。
『乱ちゃん、早く逃げな。巻き込まれたら、冗談じゃすまへんで!他の人もはよ逃げ!』
 甲板にいた船員達は声の出所が乱馬の持っている剣である事など気付く余裕もないまま、一目散に逃げていく。刹那とゲイルもすでに隠れている。
「おい、シャンプー!何してんだよ?」
 乱馬があかねの方に目をやるとそこにはホログラムを形成し、自らの精神力で創り出した光の刃を携え、あかねに構えているシャンプーがいた。
「決まっているね。あかねを排除するある。あかね、乱馬の身体を二度も危険にさらしているある。
乱馬を護る事が私が与えられたトップオーダーある。だから、殺す!」
 シャンプーは一気にあかねとの距離を零距離にまで縮めるとためらいなく刃を振り下ろす。
 しかし、刃が振り下ろされる事はなかった。乱馬が自らの剣を引きぬき受け止めたのだ。
「シャンプー!いいかげんにしろ。」
「なぜか?なぜ、とめる?」
「当たり前だ!あかねは俺の許婚だ。俺はこいつを護ると決めた!」
「・・・クッ!」
 シャンプーは乱馬と睨み合った後、姿を消してしまう。
『乱ちゃん!早くここから離れて!魔力の暴走に巻き込まれたら・・・』
 乱馬のあまりの行動に右京は言葉を噤んでしまう。乱馬は正気を失い魔力が暴走しそうなあかねに近づいていったのだ。
「・・・痛ッ!」
 でたらめに巻き起こる魔力は触れるだけで肉体に傷をつける。
 しかし、乱馬はかまうことなくあかねを抱き寄せ語りかける、あかねの心に
「ゴメン、あかね。後でちゃんと話そう。最近、ちゃんと話できなかったからな。」
「・・・・」
 乱馬の語り掛けに呼応するように魔力は消えていく。

ドサッ

 乱馬とあかねはそのまま気を失って倒れてしまう。
「まったく、なんて無茶なコトするか!乱馬は!」
「あんたが、あかねちゃんにキツイこと言うから、こんな事になったんやろ!自覚ないんか?」
「フン、そんな事知らないね。」
「あんたは・・・・」
「もう、そんなとこでいがみ合ってないで医務室まで運ぶの手伝ってよ。」
 ホログラムを形成していがみ合っている二人に乱馬を運ばせ、刹那はあかねを背負って医務室まで運んでいく。
 ゲイルは魔力の暴走こそ免れたものの、かなりの被害を被った甲板に一人取り残される
「乱馬も大変だな〜。つうか、俺も怪我したし。背中いてぇ!ッたく、巻き込まれた方はたまったもんじゃねーぜ!」
「まったくだよ!」
「へっ?」
 ゲイルが振り向いた先にいたのは大柄の船員だった。
「甲板ボロボロにしやがって!修理手伝ってもらうからな!」
 ゲイルは船員に連れられて甲板修理を延々やらされる羽目になった事は刹那の報告からもわかることだった。



 ドア越しに乱馬の声が聞こえる。
 会いたくない、今の自分はきっと醜い顔をしているから。
 乱馬に美味しいものを食べさせてあげたかったのに、結局自分がした事は乱馬を傷つけただけだ。
 辛い、涙が止まらない。こんな顔、乱馬に見られたくない。
「泣いてると可愛げのね―顔がどんどん可愛くなくなるぞ。」
「えっ!?」
 顔を上げるとそこには乱馬がいた。
「どうして、?だって鍵が。」
「これだよ。」
 そう言う乱馬の手には針金が数本見えている。
「あんた、こそ泥でもやってたの?」
「昼、話するって約束したろ。」
「知らないわよ。」
 知っている。乱馬が抱きしめてくれた事、そのおかげで自分を取り戻して魔力の暴走を抑える事が出来た事、すべて分かっている。
 だからこそ、辛い。自分が乱馬に依存しているようで。
「あかね、ちゃんと話そうぜ。今日はシャンプーやうっちゃんは来ね―から。」
 乱馬の声は優しい。でも、今のあかねにはその優しさがとても辛く感じた。
「どうして、私なんかに優しくするの?許婚だから?シャンプーの言う通りじゃない。私には乱馬のそばにいる資格なんてないよ。
私、乱馬のために何もしてあげられない!料理を作ってあげることも出来ない!なのに、私・・・」
 あかねは乱馬に抱きしめられ、二人の距離はいっきに近づく。
「俺がおまえのこと護るって言ったのは俺自身の意志だ。だから、おまえが護らなくていいなんて言っても俺はおまえを護る。
いいじゃねーか?料理が出来なくたって。それに、刹那辺りに、頼めばいくらでも教えてくれるって。」
「私、乱馬の側にいていいの?」
「ああ。」
 乱馬はそう言うとあかねをもう一度強く抱きしめようとしたが、

ガグンッ!

 突如、船が大きく船体を揺らしたのだ。乱馬はゆれた表紙にバランスを崩し壁に顔面をぶつけ悶絶している。
「いったい、何があったの?」
「ひらね〜!」

バタンッ

「乱馬君、あかねちゃん、大丈夫?」
 荒々しく扉を開けて入ってきたのは刹那だった。
「いったい、何があったんだよ?」
 顔の痛みを我慢しながら刹那に状況説明を求める。
「船がモンスターに襲われているの!クラ―ケンとか魚人とかマーメイドに。いまゲイルと船員がなんとか撃退してるけど数が多くて、早く応援に行かないと!」
「わかった。」
「早く行きましょう。」
 三人が甲板にでると無数の船員の死体と同数ぐらいのモンスターの死体が転がっている。
「おせ―ぞ!おまえら、早く何とかしろ!クラ―ケンはあかねの攻撃魔法で吹飛ばせ。乱馬と刹那は周りの雑魚を倒せ。」
 ゲイルの指示通り、乱馬はあかねの援護にまわる。
「クソ!数が多いな。シャンプー、うっちゃん、手伝ってくれ!」
「・・・・・・・・・」
「乱馬君、剣に宝玉ついてないよ。」
「しまった〜!あかねと話すために宝玉外したんだった。」
「馬鹿、何してやがる。このボケ、アホ、マヌケ!」
 ゲイルは悪態をつきながら、次々に敵を屠っていく。
『ギガ―!』
「ゲイルさん、危ない」
 ゲイルのは以後から襲いかかってきた魚人を刹那の放った蒼白く発光した矢が貫く。
「サンキュ。」
「どういたしまして。」
 ゲイルと刹那はコンビネーション攻撃で次々にモンスターを屠っていく。
「あかね、大丈夫か?」
「うん。乱馬、かなり強力な魔法撃つから、呪文詠唱に時間がかかるの。その間、私を護って!」
「当たり前だ、おまえを護るってのは俺が決めたことだからな。」
 あかねの呪文詠唱が始まる。

『無限の知識を蔵するミーミルよ、我が前に立ち塞がる愚かなる者を討ち倒すため、偉大なる汝の知識の片鱗を我に貸し与え給え。』

 あかねの呪文詠唱が終わり、両腕につけた『ミーミルの宝玉』が淡い光を発するとあかねの周りに魔力の渦ができる。
 そう、アブデル創った『ミーミルの宝玉』は特定の呪文を詠唱することで術者の魔力を飛躍的に上げる能力を持っているのだ。
 乱馬はあかねに襲いかかる敵を一撃で屠っていく。ある者はどうを真っ二つにされ、ある者は首が宙を舞い、またある者は頭蓋を叩き割られた。
 突如他の敵を押しのけ、あかねに向かって飛びつく。その直後、あかねを背後から狙っていたクラ―ケンの触手が乱馬に直撃した。
「グハッ!」
 あまりの衝撃に肺の中の空気が押し出され、呼吸が困難になる。
「乱馬!」
 あかねは自分の楯になってくれた乱馬を抱き起こす。
「今、回復魔法を。」
「俺は大丈夫だから、早く敵を倒せ。」
「でも・・・わかった。」
 乱馬の瞳にまだ力が残っているのを確認すると、あかねは呪文の詠唱を開始する。

『我は汝に希う、恐ろしき戦神よ!汝の力は卑小なる者に恐怖と絶望を与えん。我ここに汝と血の契りを結ばん。』

 あかねはそこまで詠唱すると自らの腕をナイフで傷つけ血の流れる腕を空に掲げる。

『無価値なる者、悪なすもの、卑しき者、邪悪なる者にその強大な鉄槌を振り下ろし、我が敵に滅びをもたらせ!』

 あかねの呪文に呼応するように天空が揺らぐ。

『トールハンマー』

 あかねが力ある言葉を発すると天空を切り裂き血に染まったような紅い稲妻がクラ―ケンを焼き尽くす。
 クラーケンが死んだことが分かったのか、他のモンスターは次々に海に飛び込み逃げていく。
「フーッ!なんとか、片付いたな。それにしても刹那、弓の腕上げたな。」
「コーチがいいから。」
「煽てたって何も出ねーぞ。」
 ゲイルと刹那は楽しげに談笑している。
「あかね、頑張ったな。」
「うん。ハハッ、腰抜けちゃって立てないや。」
「しかたねーよ。実戦始めてだろ。」
 あかねの実戦はこれが始めてである。かなりハードな初陣であることに間違いはない。
「よっと!」
「ちょっとなにすんのよ?」
「だって、腰抜けてんだろ。部屋まで連れていってやるよ。」
乱馬はあかねを俗に言う『お姫様抱っこ』で運ぶ。あかねは恥ずかったが、自分一人では立つことも出来ないのを自覚しているため何も言えない。
「ねぇ、乱馬。」
「なんだよ?」
あかねは首をひねって乱馬を見つめる。
「私、乱馬に負けないくらい強くなる。だって護られてるだけじゃ、お姫様みたいでカッコワルイもん。」
「まっ、期待しねーで待つとするか。おまえが強くなるの。」
「少しくらい期待してよ。」
「ときにあかね、おまえさっき言ったよな『お姫様みたいでカッコワルイ』って。じゃあ、降ろしていいか。おまえ、見かけによらず重い。

バキッ

「馬鹿なこと言ってないで早く運んでよ。他の人に見つかったら恥ずかしいじゃない。」
「ハイハイ、お姫様。」
「もう!お姫様じゃないったら。」
(でも、今はお姫様でもいいや。なんてね。)



乱馬の部屋
『いったい、さっきまでの揺れは何だったあるか?』
『乱ちゃんのド阿呆!うちらのこと置いていきおって。』
 そう、乱馬はあかねに話をしに行く為に二人の宝玉を無理矢理外していったのだ。
『乱馬、あかねのところに行ったに決まてるある。』
『帰ってきたら、絶対に問い詰めたる。』
『協力するある。』
 右京とシャンプーは堅く誓い合ったが二人の今の願いは一つだ。
(乱馬、早く帰ってくるよろし。)
(乱ちゃん、はよ帰ってきてーな。)
 乱馬は帰って来た後、二人に問い詰められたことは語るまでもない。




つづく


作者さまより
ごめんなさい。この前、話が動き出すとか言ったのにぜんぜん動きませんでした。
ほんとは今回、新キャラが二人も出てくるはずだったのですが、航海中の様子を書こうと思ったら、予想外に長くなってしまいました。
これはまだ未定なのですが今回は良牙もムース出てこないと思います。ファンの方すいません。
話すことがなくなってしまったので今回は珈琲屋さんの自己紹介をします。

 1、P・N         珈琲屋さん        
 2、容姿         毛深いキャイーンの天野さん
 3、性格         明るく装うが実は根暗   
 4、楽しみ        寝転びながら妄想する
 5、座右の銘      過去は過去、今は今、将来は将来(必死に生きろ的な意味らしい。)
 6、好きな漫画・アニメ   らんま1/2  ガンダム0083スターダストメモリー 彼氏彼女の事情  最遊記 ヘルシング ふしぎ遊戯・・・etc
 7、好きな声優       大塚明夫様 大塚芳忠様 林原めぐみ様 関智一様 岩田光央様
 8、好きなモビルアーマー  ノイエ・ジール

まあ、こんなものですかね。なんか・・・・あれですね。
次回は今度こそ新キャラ登場です。声の出演は桑島法子様と速水奨様です。( どんな次回予告やねん!
では、これからもよろしくお願いします。

 いきなり、ラブモードに突入・・・かと思ったら、横槍。何だか原作世界をほうふつとさせるような。
 シャンプー、右京に囲まれてあたふたしているところも、乱馬君らしいです。
(一之瀬けいこ)



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