◇風の記憶〜聖女の悲嘆〜
  第2章   出発前日



 其の者達 汝を守護するものなり 汝の危機に現れ 必ずや汝を救うであろう
 されど、其の者達 穢れし存在 世界を混沌に還す危うさを備えし 不浄の存在なり
 彼女達に人の心がある限り 汝恐れるなかれ
 其の者達 優しき瞳を持つ『人』なり


 新たな任務を与えられた翌日、乱馬は不機嫌極まりなかった。
「ちくしょう、親父の野郎。許婚なんて勝手に決めやがってなに考えてやがる。今の俺に女にうつつ抜かしてる暇なんてないんだよ。」
 がむしゃらに剣を振ってストレスを発散するがいっこうに気分が収まらない。

  ガキッ!!
  
 突如背後から振り下ろされた剣を殺気を頼りに受け止める。
「相変わらず、いい反応だな。」
 背後から攻撃してきたのはゲイルだった。
 獣化を解くゲイルを見ながら乱馬はほっとため息をつく。
「ゲイルさん、ビビらせないでくださいよ。」
「おまえがあんまりがむしゃらに剣振ってから。つい、な。で、やっぱ。原因は許婚のことか?めでたいじゃねぇか。
 それともなにか、あのかわいこちゃん、えーっと、あかねだっけ。タイプじゃないなんて罰当たりなこと言うんじゃないだろうな?」
「別にあいつがどうとかじゃなくて、親父の奴が勝手に決めたことが気にいらねぇんだよ。」
 乱馬は吐き捨てるように言うとそれっきり、話さず剣を振りつづける。
(よしよし、別にあかねの事を嫌ってるわけじゃないんだな。あとは刹那がうまく聞き出せるかだな。)
 ゲイルは今ごろ天道家についている頃であろう刹那の心配をしながら二人の関係を気にかける。なぜなら、
(せっかくの海外出張が気まずくなってたまるかっつーの!!)

「お邪魔します。」
 刹那はゲイルから与えられた任務≪乱馬があかねにどう思われているかの調査ともし嫌われていたときの軌道修正≫を胸に天道家を訪れた。
「あら、結城さん。こんにちは。ちょっと待ってね。今あかね呼んでくるから。」
 政府から与えられた総理官邸からほど近い一戸建ての家に天道家は引っ越していた。
 ほど無くしてあかねが二階から降りてきて少し対応に困ったような顔になる。
「どうしたの、結城さん。」
「私、買い物行くから。天道さん、まだこの町あまり慣れてないでしょ。だからいっしょに行かない?案内するよ。」
「うん、いくいく。」
 あかねはうれしかった。特殊部隊などという所に配属されてしかも自分が大切な役割を担っていて、不安で仕方が無かったのだ。
 生まれ持った異能、普通に生きるために隠してきた力、それらを認めてくれる人がほしかった。
(この人、仲良くなれそう。)
「じゃ、行こ!」
 差し伸べられた手をとってあかねは買い物に出かけた。

 首都ホーリィ・メインストリート

「今日、ありがとね。私、不安だったんだ。これから、みんなと旅するのになじめなかったらどうしようって。」
「いいよ、そんな事。それにみんな良い人ばっかりだよ、うちの部隊。あなたの許婚も含めてね。」
 街は買い物客で異常な賑わいを見せていた。商業国家というだけあって物資の豊富さは共和国や皇国に引けを取らない。
 そんな喧騒にまぎれることなくあかねの顔は『許婚』の言葉が出た瞬間に曇る。
「気に入らないわ。おとうさんったら私の知らない間に勝手に決めちゃって。」
「乱馬君のこと嫌いなの?ぶっきらぼうだけどいい人だと思うけど、もしかしてタイプじゃないとか?」
「嫌いとかそう言うんじゃなくて、私は勝手に決められた事が気に入らないのよ。」
 刹那は心の中でガッツポーズをした。
(つまり、乱馬殿の事が嫌いってわけじゃないってことよね。よし、任務完了。)
「まっ、そんな事今は忘れて、買い物!買い物!まず、服屋にGO!。」
「うん。」
 任務というしがらみから解かれた刹那は思いっきりあかねとの友好を深めた。

 あまり人気のないオープンカフェに一組の男女がなにやらこそこそ内緒話をしていた。
「・・・と言う訳でこっちの方は問題なしだ。そっちはどうなんだ?」
「こっちも同じような感じです。どうも親に勝手に決められた事が不満なだけで乱馬殿がどうとかじゃないみたいです。」
「つーことは今んとこお互い興味ナッシングな感じか?これはうまくやれば気まずくならなくて済むな。」
「はい。」
 秘密の作戦会議をしていたのは、先ほどまで乱馬とあかねの関係チェックをしていたゲイルと刹那だ。
「なんかこう、二人の距離が近くなるようなイベントを起こす必要がありますね。」
「イベントねぇ。」
 ゲイルは少しの間考えると急になにか閃いたかのか、頭上に電球マークをちらつかせた。
「おっ、それならいいのがあるぜ。」
「え、なんですか?」
「いいから。ちょい、耳貸せ。」
 ゴニョゴニョゴニョゴニョ
「お花見パーティーですか!?」
 よく考えたら、ひそひそ話をする必要なんてないが、その方が雰囲気が出るようだ。
「おおよ。満開になった桜を前に少女の心は揺れ動いている、そこに乱馬の野郎がカッコ良く決める。これでばっちりだって。」
 ゲイルは大様に頷き、自分のうまく行き過ぎているビジョンに陶酔している。
「そんなにうまくいくかなぁ?」
「大丈夫だって。」
 根拠のない事やたらと自身ありげに言うゲイル。
「ところで、さっきから気になってたんだけどよ。なんで玄馬さんはともかく、俺や乱馬に『殿』を付けるんだ。
 乱馬はもちろん俺だって『殿』付けされるほど年くっちゃいねーぞ。」
 確かに、刹那は『殿』付けで男性のことを呼んでいる。近頃の女性で男の事を『殿』付けで呼ぶ奴は珍しいだろう。
「あっ、えと、私、エルラーンに来るまで皇国に住んでたんですよ。」
 刹那が先ほどより暗い雰囲気になっている事にゲイルは気付かない。
「ああ、知ってるよ。資料で呼んだからな。でも、それがどうかしたのか?」
 ゲイルのことだ、どうせ流し読みにでもしていたのだろう。もし、知っていたならこれ以上の詮索はしなかったはずだ。
「私の家、武家の名家だったらしくって、戦争で父上が亡くなるまで礼儀作法とか結構厳しく言われてきたからその名残なんです。」
 ゲイルには刹那の表情が感情を無理矢理殺しているような痛ましいものに見えた。
「そっか、悪かったな。辛い事思い出させちまって。でもよ、これからいっしょに旅すんだから、堅苦しいのは無しにしてさ、楽に行こうぜ。楽に。」
 ゲイルの言葉に嘘は無い、そのすべてを受け入れても、なお前に突き進んでいくゲイルの姿勢が刹那の暗く沈んでしまった心を引き上げた。
「はい、ゲイルさん。」
「ゲイルでいいよ。」
「じゃあ、ゲイル!これから晩御飯食べに行かない。そこで明日のお花見パーティの詳しい段取り決めましょ。」
 刹那の表情は先ほどよりも断然明るくなっている。
「任せろ!!このB級グルメの帝王と呼ばれた俺が案内してやるぜ。ヌハハハッ。」
 この夜、エルラーン全土に響き渡るようなゲイルの馬鹿笑いが途切れる事は無かった。


 ってことでお花見パーティー
「おーい、こっちだこっち、早くこいよ。」
 ゲイルは昨日の夜、段取りきめのあとから徹夜で花見の場所取りをしていたのに、いっこうに疲れていないようだ。それどころか、子供のようにはしゃぎまくっている。
 刹那が早乙女親子、天道親子、関谷鎮を連れて来る。
 夜の支配が始まり出した空が蒼みを増している中、部隊の親交深めるための(乱馬とあかねを良い感じにするための)お花見が始まった。
「オオッ!!これは見事だね、天道君。」
「いや〜。本当に見事だね。早乙女君。こんな景色を見せられたら、飲まずにはいられないよね。かすみ、お酒〜。」
「はいはい、お父さん、あんまり飲みすぎないでね。」
 かすみの忠告は聞こえていないだろう、玄馬と早雲は最初からかなりのペースで酒を飲みまくっている。
「ったく、親父達、結局酒が飲みてーだけじゃねーか。」
「乱馬さんもそんな仏頂面してないで、楽しもうよ。ほら、飲んで。飲んで。」
「なっ、ちょ!刹那、おまえキャラ変わってねーか。」
「気にしない、気にしない。」
 どうやら、昨日のゲイルとの飲み会(しかし、二人とも飲めないのでジュース)でかなり性格がゲイルに感化されたようだ。
 刹那は乱馬のコップにオレンジジュースを注ぎながら、あかねやなびき、鎮をシートに呼びつける。
「でも、よくこんな良い場所取れたわね。」
「ああ、それはゲイル君が昨日から徹夜で場所取りをしてもらってたんですよ。」
「そのとーリ!この永遠の宴会部長とは俺のことよ。」
 ゲイルはなんだかよく分からない事を鼻高々に自慢しているのをよそに鎮は何やらバケットをゴソゴソあさっている。
「何してんだよ?鎮さん」
 乱馬が不思議そうにバケットの中には料理が詰まっていた。
「ええ、実は昨日の夜、刹那さんから料理を作るのを手伝ってほしいと呼び出されましてね。ちょっと張り切ってみましたんで、皆さん食べてください。」
「国家のナンバー2がお花見の料理を作るなんておかしなことよね。」
 なびきのいうことはもっともだ。
「おら、おら、みんな食わねーと俺が食っちまうぞ。ほれ、乱馬君、あーん。」
 乱馬の口に料理を詰め込もうとするゲイル、
「だーっ!ゲイルさん、もう酔っ払ってるんすか?口移しなんてすんなよ。気持ちわりーな。」
「なっ、俺は酔ってねー。だいいち俺が酒飲めねーの知ってんだろ。」
 ゲイルは心外だとばかりに顔をゆがめる。
「じゃあ、どうして、そんななんだよ。」
「ふん、テンションが高けりゃ、オレンジジュースでも酔えるんだよ。ヌハハハハハッ。」
 ゲイルは馬鹿笑いをしながら、乱馬の口にオレンジジュースを流し込む。
「ははっ、男ってほんとバカよね。ねぇ、あかねちゃん。」
「うん。」
「おやッ、さては許婚の横をゲイルに取られて不満なんだ。そうでしょ?当たり?当たり?」
「ち、ちがうよ。そんなんじゃないったら。」
 あかねは顔を真っ赤にして否定するが刹那もうゲイルから、乱馬をひったくってきている。
「乱馬〜、俺の側から離れないでくれ〜」
 なんとも情けない声をあげているゲイルを見ると戦場の勇ましさが嘘に見えてくる。
「ほら、乱馬君、あかねちゃんの横に座って。ワッ!ナイスカップルってカンジ。」
 はやし立てる刹那に乱馬はうんざりしたようにつぶやく。
「だから、俺とあかねは親が勝手にって聞いちゃいねーな。」
 刹那は昨日の夜、シュミレートしたように乱馬とあかねをはやし立て、いったんこの場から二人を話させようと必死だ。
「ほら、あかねちゃんも未来の旦那様にお酌して。」
「もう、からかわないでよ。あたし、ちょっと風に当たってくる。」
 あかねは顔を更に真っ赤にして昨日の買い物のあと、刹那に案内された花見会場から少し離れたこの公園の中心にある御神木の方に駆けていく。
「乱馬君、何ボーっとしてんのよ。せっかく二人っきりになれるシチュエーション造ってあげたんだからさっさと言って良い感じになってきなさいって。」
「そうだ、そうだ。この日のために俺は昨日徹夜したんだぞ。」
「おまえらにそんな事関係ねーだろうが。俺は女なんかに興味ねーんだ。」
いいかげんむかついた乱馬が怒鳴りつける。
「仕方ないですね。」
「仕方ないな。」
 刹那とゲイルはため息をつく。乱馬はこの時二人が視線を合わせたことに気付かなかった。
 そして、乱馬が隙を見せた瞬間、
「「とっとと行けつってんだろ!このボケ。」」

  メゴッ!!

 二人の見事に息の合ったスピンアッパーが乱馬を御神木へ吹き飛ばした。
「あら、流れ星。」
「違うと思うよ。お姉ちゃん。」
 願い事を3回目を言っているかすみを見ながらなびきはこの先の部隊運営に大きな不安を感じた。


「痛っ、畜生なんで俺があいつらにぶっ飛ばされなきゃいけねーんだ。」
 腹が立つ。あいつらになんの関係があるというのだ。ほっといてくれ。
 今の乱馬の心の中は不機嫌が総動員しているようだ。
 ガサガサと木々を掻き分けていった先にたどり着いたのは御神木がる開けた場所だ。
(帰ってもどうせ冷やかされるだけだし、このへんで昼寝でもすッか。)
 そう決めて御神木に近づこうとしたとき乱馬の視界に御神木の側で樹と話しているように時折頷くあかねが映る。
(何してんだ?あいつ。)
 何となく出ていきにくい雰囲気に呑まれ、乱馬は樹の影に隠れるようにあかねをみる。

「うんうん。それで?そう、そんなに長くここに居るんだ。私のこと?うん、私はちょっと違うから。」
あかねは宴会会場と成り果てた花見会場を後にしてからずっとこの御神木と『話して』いた。
木や自然のものと話すことは比較的簡単なことだった。
自分の意識を自然と同調させ、あとは語りかければ『話す』ことができる。
「私ね、とっても不安なの、これからの旅が。だっていきなり自分がこの世界を救う鍵だって言われてもわかんないよ。
どこに居るかも分からない『管理者』とかいうのを探すのだって見つかる保証なんてどこにも無いのに。」
あかねは乱馬に聞かれてるとも知らずに独白を続けている。
(あいつ、結構繊細なんだな。)
ここから離れよう、そう思ってそっと振り返った時、目の前にいた蜘蛛にビビッておもわずさがった瞬間

  バキッ

 木の折れる乾いた音が鳴る。
「だっ、誰!誰かそこに居るの?」
「わ、わりぃ。覗き見する気んて無かったんだ。マジで。」
 乱馬はまだあかねが何も言ってないのに言い訳しまくる。
「見てたの?」
「うん。」
 乱馬は正直に答える。
「そっか。カッコ悪いとこ見せちゃったな。」
 あかねは特に怒ったふうも無く、さっきまでの弱々しさを隠すように微笑んでいる。
 その姿があまりにも痛々しくて乱馬は自分でも信じられないような行動に出ていた。
 抱擁!そう、乱馬はあかねを優しく抱きしめていたのだ。
「護るから。俺、おまえのこと護るから、だから、これからの旅に不安を感じることなんてねぇよ。」
「うん。」
(なんだろう?このやすらぎ、今までの不安なんてどこかに行っちゃったみたい。これが乱馬の想い、とってもあったかい。)
 乱馬の腕の中であかねはこれまで出会ったことのない温かく力強い光を感じた。
「もうちょっとこのままでいい?」
「ああ。」
 あかねも乱馬も少し火照った体を重ね合わせてお互いの光を感じ合った。

「うまくいきましたね。乱馬君、いきなり抱きつくなんて結構大胆なんですね。ドキドキしちゃいました。」
「ああ。」
 木の上で糸を括り付けた蜘蛛の回収をしながら二人の抱き合っている様子眺めていた刹那は先ほどから感嘆の声をあげているがゲイルはどうも納得いかないといった顔をしている。
「どうしたの?ゲイル、これで気まずくならないで済みますよ。うれしくないんですか?」
「確かに気まずくはならなくなった。でもよく考えてもみろ!毎日毎日、あんな風にいちゃいちゃされてみろ、こっちはストレスで自慢の毛並が台無しになっちまう。」
 ゲイルは獣化したときの自慢の毛並に円形脱毛症が出来たときを想像して身震いした。
「まあまあ、若い二人の恋に行く末を見守ってあげましょうよ。」
「興味ねぇよ、そんなもん。ほれ、さっさと帰って宴会の続きにしようぜ。」
「そうですね。」
 ゲイルと刹那は宴会会場に戻っていく。
 このあと帰って来た乱馬とあかねがゲイルを筆頭とする酔っ払い軍団に冷やかされたのは言うまでもない。


「おい、刹那。これはどういうことだ?俺にも分かるように説明してくれ。」
「わたしにもよくわかりません。」
「このままじゃ何が起こってるか、読者に解らんだろうから、説明しろ。」
「はい。」
 ゲイルと刹那が疲れている理由、それは毎日毎日、旅の出発準備をしている中で行われる夫婦喧嘩のせいだった。
「それでは実況およびインタビューを開始します。出発前日の今日、旅の荷物の総チェックが行われている中で騒動は起きました。
 それでは騒動の原因となっている二人にインタビューを試みようと思います。はい、乱馬さん!ずばり今回の原因はなんでしょうか?」
 マイクを乱馬に向け、乱馬に睨まれながらも決死の報道活動に勤める刹那。
「あかねが悪いんだ。このクソ荷物の多いのに香水やら何やら、持って行こうとしやがって邪魔じゃねぇか!遠足じゃねぇんだぞ。」
 乱馬は毒づくがすぐさまあかねが噛み付く。
「何よ!それぐらい。女の嗜みよ。た・し・な・み。ねぇ、刹那ちゃん。」
「ええ、まあ。」
 あかねの突然の援護要請に刹那はあいまいに答えることしか出来なかった。
「けっ、刹那ならともかく、てめぇみたいな強暴女が香水なんて持ってても猫に小判なんだよ。なあ、ゲイルさん。」
「えっ!つーか俺も毛並整えクリーム持って行くぞ。長旅になるとどんなにビューティフルかつストロンゲストな俺の毛並にも粗が出てくるからな。」
 獣化して自慢の毛並を披露するゲイルを見て引きまくる3人。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「と、とにかく、みんな好きなもの持っていってるんだからいいでしょ?」
「けっ、勝手にしろ。」
「と、まあ。こんなふうに毎度毎度飽きもせず、夫婦喧嘩をされて困っているのが現状です。それでは一度、報道ステーションのゲイルさんに返します。」
「ハイハイ。お疲れ様でした、まったくこの前二人で熱い抱擁を交わしていたと思ったら、急の喧嘩、理解に苦しみますね。まあ、喧嘩するほど仲が良いって言いますからね。」
「いつまでふざけてるんですか?皆さんに新しい装備の受け渡しがあるから、アブデル博士の研究室まで来てくださいって言ったじゃないですか。」
 鎮によって研究室まで連れていかれる四人。
 研究室に入るとなんだかよく分からない機材に埋もれているアブデルがいた。
「アブデル博士連れてきましたよ。」
「やあ、ありがとう。鎮。」
 いつ見ても軽薄さとナルシズムをミキサーで混ぜたような表情だ。
 もし、アブデルが美青年でなかったら許されないものだ。
「これからの旅はかなりハードかつデンジャラスなものになるかもしれないから君達に新しい装備を造ってあげたんだ。僕って優しいねぇ。」
なにやらゴソゴソとわけのわからない機材を掻き分けながら、いくつかのアイテムを取り出す。
「あった!あった!えーと、まずは刹那ちゃんの武器はこれ。」
 アブデルが渡したのは一挺の弓だった。
「えっ、これって。」
 刹那は想いもしなかった装備に困惑気味だ
「刹那ちゃん、弓使えるの?」
 あかねの疑問はもっともだ。弓などという武器は素人に使える武器ではない。護身用に渡すならせいぜいナイフぐらいが妥当だ。
 しかし、あかねの疑問に答えたのは刹那ではなくアブデルだった。
「使えるとも、なにせ彼女の家は代々騎士の名家でね。彼女の父君も戦争で亡くなるまではかなり部下にも信頼されてたらしいよ。
 そして彼女自身もこの国に単身逃げてくるまで皇国のなかでも将来を有望視されるほどの弓矢の使い手だったんだよ。」
「・・・・私、もう使えません。5年も使ってませんし、私には出来ません。だからこれは・・・・」
 刹那は渡された弓をアブデルに返そうとするが、
「受け取っとけよ。あって困るもんじゃねぇし、それにおまえが戦えるんなら俺達だって助かる。使い方を忘れちまったてんなら、俺が教えてやるから。」
「・・・わかりました。」
 ゲイルに言われしぶしぶ了承する刹那。
「でもよ。この弓おかしくねぇか?だって弦がついてねぇじゃん。」
 刹那達のやり取りなど見向きもせず弓を見ていた乱馬だったが確かにその通りだった。
「これはぼくが造った武器なんだから普通じゃないのは当たり前さ。天才は普通のものなんて造ったりしないのさ。」
アブデルはきざったらしく前髪を弄りながら説明を続ける。
「この『イヴァルディの弓』は、精神力を弓矢と言う媒体をとして撃ち出す兵器なんだ。
『イヴァルディの弓』内に収束した精神エネルギーはプラズマエネルギーに変換されて触れるものを瞬時に消し炭へと変える矢となって撃ち出される。
 まあ、百聞は一見にしかずって言うしさ、ちょっとやってみなよ。」
 言われるままに刹那が弓に精神を集中させると光の弦が現れる。
「そうそういい感じ、それで弦に触れてもう一度し精神を集中させれば今度は矢が出てくるはずだからさ。」
 そして刹那が精神を集中した瞬間、

 バチバチバチッ

 盛大な音と共に現れたのは蒼く光る矢だ。
「で、できた!」
「すごくきれい。」
 蒼白く光る矢は幻想的な美しささえ携えていたが、その矢は触れるものを死へと誘う死神そのものだ。
「で、これどうすんだよ。?」
 皆がその弓矢の美しさに見惚れていたが乱馬は冷静だった。
「どうするって後は撃ち出すだけじゃないか。」
 何を当たり前のことを、そんな雰囲気で言ったアブデルだが刹那の質問によって自分の過ちに瞬時にして気づかされることになる。
「博士、これどうすれば消せるんですか?」
「・・・・はっ!?}
 沈黙するアブデルに刹那は不安そうに尋ねる。
「もしかして撃ち出さないと消せないとか?」
「・・・・・」
「そうなんですね。」
「・・・・うん。」
 刹那はアブデルに狙いを定める。
「ワア!?待ってよ。そんなのくらったら死んじゃうじゃないか!窓を開けて空に向かって撃てばいいよ、うんうん。名案だ。」
アブデルはかなり慌てて窓を開け、空に向かって撃たせる。
「ふぅー、恐かった。でも使い方は分かったね。それじゃあ、次はゲイル君のだね。はい。」
ゲイルに美しい光沢のある爪状のものを手渡す。
「えっと、じゃあ次はあかねちゃんの・・・」
「って待てぃ!ちゃんと俺の武器の説明もしやがれ。この気障野郎!」
 男にはかなり冷たいアブデルに説明を飛ばされ、ゲイルは唾を飛ばしながら憤慨している。
「うわ!汚いなぁ、それは『フェンリルの爪』って言う武器でこの世界には無い『精神感応金属』で出来ているんだ。
 君の爪に装着すれば君の意志で爪の形状、硬度を自由に変化させることが出来るんだ、以上説明終了。」
 ゲイルは爪を長くしたり柔らかくしたりして遊んでいる。
 アブデルはゲイルの武器の説明をさっさと終わらせると急に活気付いたような表情になってあかねの装備の説明に入る。
「えっと、あかねちゃんの装備はこれ!」
 アブデルがあかねに差し出したものは一対の美しいタリスマンのついた腕輪だ。
「なんでー、ただの腕輪じゃねーか。」
「これは『ミーミルの宝玉』、簡単に言うと魔力増幅装置だよ。まあ、あかねちゃんは基本的に戦闘に出ないほうが無難だと思うよ。
 だって、あかねちゃんがいないと『管理者』を探し出せないからね。」
「ありがとうございます。アブデル博士。」
「いやいや、どういたしまして。お礼はデート一回でいいから。」
 アブデルのあいかわずの軽口に乱馬は口にこそ出さなかったがアブデルを軽く睨みつけた。
「おいおい、そんな恐い目で見るなよ。冗談だろ、許婚君。」
 アブデルは乱馬に喧嘩を売るようなことを言うが乱馬はそれ以上なにも言わなかった。
(乱馬、やきもち焼いてたのかな?)
 もしそうだったらうれしいな、あかねは思った。
「次は許婚君の武器だね。これは僕の発明のなかでも一番自信作なんだ。」
 乱馬が渡されたのは一振りの剣だ。刀身には幾何学的な模様が彫られている。
「その剣は『スキールニル』、刀身は『フェンリルの爪』と同じくらいの強度があるから心配ないよ。
 これは禁忌の武器と言っていいだろうね。なんせ、この世界の魔道技術と僕のいた世界の科学技術を完璧に融合させたものだからね。
 まあ、専門的な話は無しにしてこの剣の最大の特徴はこの世界に混沌を呼び込むことが出来ることさ。
 混沌に触れたものはこの世界から完全に消え去ってしまうから、間違っても人に向けたりしたら駄目だよ。
 あと、混沌の制御にはかなりの精神力が要るから、そうだな、だいたい一回制御したら丸一日は自力で行動できないから気をつけてね。
 ついでに言っておくけど混沌の制御に失敗したらどうなるか分からないから。」
「なんで、俺の武器はそんなに使いにくいんだよ。」
 乱馬の不満はもっともだ。こんな汎用性の低い武器をどうしろと言うのだ。
「だから、君はこの天才をなめすぎだよ。ちゃんと普段の戦闘でも使えるような補助システムを組み込んでるよ。
 鍔元を見てごらん。二つの穴があるだろ。そこにこの宝玉をはめるんだ。」
 そう言ってアブデルは白衣のポケットから淡い光を放つ紅と蒼の宝玉を取り出した。
「なんだよ、これ?」
 乱馬は宝玉を受け取るといぶかしげに見る。
「それは魂の器だよ、その中に君の戦闘を補助してくれる存在がいて、その剣の鍔元の穴に宝玉を入れることで彼女達は力を発することが出来る。
 まあ、実際にやってみなよ。そうだな、蒼い宝玉を入れてみなよ。」
 乱馬は言う通り蒼い宝玉を入れる。
 瞬間眩い光が部屋中に広がり、乱馬をはじめ、部屋にいた全員が咄嗟に目をかばう。
「えっ、・・・」
 視力が回復した乱馬は自分の目の前に現れた存在に驚きを隠せずにいた。
「だっ、誰?」
 あかね達も何が起こっているのか、まったく理解できていないようだ。
「うっちゃん、なんでここでうっちゃんが出て来るんだよ。」
『うっちゃん』と呼ばれた女は瞳に涙を浮かべ乱馬に抱きついた。
「乱ちゃん、会いたかった、会いたかった。もう、会われへんかと思った。」
「・・・うっちゃん。アブデル、ちゃんと説明してくれ。俺にも分かるように。」
 乱馬は女を介抱しながら説明を求めた。
「そうだね、詳しい説明が必要だね、その前に紅い宝玉もセットしてその方が説明しやすいから。」
 乱馬は女が落ち着くのを見計らって紅い宝玉もセットする。
 同じように眩い光があたりを照らし出した後、同じように民族衣装に見を包んだ一人の女が立っていた。
「乱馬、ほんとに乱馬あるか?嘘じゃないね、大歓喜!」
 乱馬と視線が遭うや否やその女も乱馬に抱きつく。
「シャンプー、おまえまで。」
 二人の美少女に抱き疲れ呆然とする乱馬を見てあかねは少し心がモヤモヤするのを感じた。
「アブデル博士、いったい彼女達は誰なんですか?」
 あかねは少しでもモヤモヤを払拭するためアブデルに尋ねる。
「右京、シャンプー、自己紹介して。」
 アブデルに促され、二人は名残惜しげに乱馬から離れると4人に向き合う。
「うちの名前は久遠寺右京、乱ちゃんの可愛い許婚や。」
「何言てるあるか!乱馬は私の婿殿ね、乱馬の妻になる、これ私の役目ね!あいや!自己紹介だたな。私の名前はシャンプー。女傑族の戦士ある。」
「乱馬君、彼女達あんなこと言ってるけどそこんとこどうなの?」
 刹那が乱馬に詰め寄る。
「ちがーう。あれはあいつらが勝手に言ってるだけ。そんな関係じゃねーよ。うっちゃんは幼なじみでシャンプーは昔修行の旅してたとき世話になっただけだ。」
 乱馬は彼女達との関係を断固否定している。
「説明の続きしてもいいかな?」
「おねがいします。」
 気を取りなおして説明の続きを始めるアブデル。
「彼女達は元は人間だよ。」
「もとってどういうことだよ?うっちゃんやシャンプーはもう人間じゃないって言うのか。てめぇ、二人に何しやがった!」
 乱馬はアブデルに組みかかる勢いで糾弾しようとするが右京とシャンプーに制止される。
「ちがうんや。乱ちゃん!アブデル博士はうちらに生きるチャンスをくれたんや。」
「そうある。アブデル博士は命の恩人ある。」
 アブデルは頷きながら説明の続きをする。
「確かに彼女達は今はもう人間と呼べる存在じゃないよ。二人の身体はすでに戦禍に巻き込まれて病院のベッドで瀕死の状態だったんだ。
 はっきり言って助かる状況じゃなかったよ。それを親御さんの了承を得て僕の開発に協力してもらったんだ。それで今の二人がいるって理由さ。
 彼女達の今の身体はホログラムなんだ。と言っても、質量・五感はもちろん感情だってあるから人間とあまり変わらないけどね。」
 乱馬は説明を聞いて納得したのか、右京やシャンプーに向き直る。
「うっちゃん、シャンプー、よろしくな。」
「乱ちゃんのためやったら、なんぼでも戦うで。」
「私もある。ところであれはいったい誰あるか?」
 シャンプーが指差した先には、あかね、刹那、ゲイルの3人がいる。
「ああ、彼らは、僕が紹介してあげるよ。」
 アブデルが悪意のこもった目であかねと乱馬のほうをチラ見する。乱馬の中で不安が増大した。
「まず、いかにも頭の悪そうな熱血漢っぽいそこの男が今度の探索部隊のリーダー、つまり君達の上司にあたるゲイル君だ。ちなみに彼はワーウルフで 頭は悪いけど強い。」
「誰が頭が悪いって、クソッ!・・・これからよろしくな。」
 アブデルにひどい説明をされてかなり機嫌の悪いゲイルだが挨拶はちゃんと交わす。
「そして、彼女が結城刹那ちゃん。この部隊の現場での作戦担当およびオペレーターだ。」
「よろしく。」
 当たり障りの無い挨拶だ。
「そして、彼女が天道あかね、この部隊の最重要人物で接触テレパスを使える貴重な存在だよ。ちなみに彼女も乱馬君のい・い・な・ず・け!だから。」
 アブデルはいちいち要らないことを言う。『許婚』の一言を聞いて、右京とシャンプーの瞳に敵意がこもる。
「乱馬、あの女が許婚ってどういうことか?」
「そうや、乱ちゃん。乱ちゃんにはうちって言う大切な許婚がおるやんか!」
「えと。その、あの、」
 詰め寄られて思わずあとず去る乱馬。
「ふん、どうせ、私達は親達が勝手に決めた関係だから、ご心配なく!」
 あかねは乱馬のはっきりしない態度に業を煮やし部屋から出ていってしまった。
「あーあ、怒らしちまった。」
「乱馬君、あかねちゃん、きっと傷ついてると思うよ。」
「俺達、ご機嫌とって来てやるから、あとでちゃんと謝っとけよ。」
「今度、あかねちゃんのこと悲しませたら、狙いますからね。」
 あかねの後を追って部屋を出ていくゲイルと刹那。シャンプーと右京も自己紹介が終わってホログラムを解除する。
「いや〜、面白くなってきたね。」
「てめぇ!ぶちのめされてぇのか。」
 いかにも愉快そうなアブデルに乱馬はキレル1歩手前だ。
「まあまあ、落ち着いて。まだ説明しなくちゃいけないことがあるんだ。
 彼女達の戦闘能力は生前と何一つ変わってないけど君との友好度もしくは愛情度が上がればそれだけ彼女達は強くなる。
 つまり君は強くなるためには彼女達と仲良くすることが必須なのさ!ハハハハハッ!」
「くだらねぇ、設定創ってんじゃねぇよ。このマッドサイエンティストが!」
 乱馬の肘打ちが高笑いをしているアブデルの顔面に直撃する。
「いっ、痛いじゃないか!言っておくけどいまさら設定は変えれないからね。まあ、彼女達と仲良くしつつ、あかねちゃんとも仲良くしなよ。
後、大事なことを忘れてたけど、彼女達は確かにホログラムで出来ているけど一定以上のダメージを受けた場合死ぬことだってあるということを忘れないでね。
 説明終了、僕は忙しいからさっさと出ていってくれ。」
 乱馬はドアを蹴破らん勢いで出ていく。
「クソッ!ふざけやがって。」
 乱馬は毒づく。
『乱馬、私達と仲良くする、嫌なことなのか?』
『乱ちゃん、うちらおったら迷惑なん?』
 シャンプーと右京の哀しげな声が聞こえてくる。
「ごめん、そういうわけじゃねぇんだけど。ちょっと、頭の中がごっちゃになってんだ。わりぃ、怒鳴ったりして。」
『気にすることないね。』
『そや、うちらはいつでも乱ちゃんの味方やで。」
「サンキュ。」
 乱馬は頭の中を整理すべく自室の戻っていった。


「疲れた。」
「私もです。」
 あかねのご機嫌取りに今日のすべての力を出し尽くしたゲイルと刹那かなり落ち込んでいた。
「これでこれからの旅が気まずくなることは確定しましたね。」
「したな。」

「「ハァーッ」」

 ふたりの大きなため息と共に薔薇色の遺跡探索がどこかに飛んでいってしまったのをゲイルと刹那は幻視したのだった。


つづく




作者さまより

疲れました。『スキールニル』の設定をややこしくし過ぎましたのでここでちょっと簡単に書かせていただきます。

武器名 スキールニル 
種類  剣

特徴
剣の鍔元に装着している二つの宝玉に『右京』と『シャンプー』と言う人格が入っている。
彼女達はホログラムに意識を移すことで独立した戦闘が可能になるが宝玉内に意識が在る時は彼女達の精神力が破壊エネルギーに返還され剣の威力が増大させることも出来る。
汎用性を高めたいのなら、一人を剣に、もう一人をホログラムにして戦うのがいい。
また、この県の最大の特徴は混沌をこの世界に呼び込めることで混沌に触れたものはこの世から消えてしまうらしい。
この混沌を制御するシステムがシャンプーと右京であり、ホログラムになったり出来るのは本来は補助システムでしかない。
混沌の制御に使用されるのは乱馬の精神力なので混沌を呼びこんだ後の乱馬はまともに行動できない、この状態の乱馬を守ることも彼女達の役目である。
また、この兵器は科学と魔道の合成によって出来た非常に不安定な代物なので扱いには細心の注意が必要である。

まあ、だいたいこんな感じのアバウトな設定しか創れていないのが現状です。すいません。
後、今回もやっぱり説明的文章が多くなってしまってすいません。
次くらいから、話が動き出しますので頑張って書きます。
では、次回をお楽しみにしてくださっている方もそうでない方も読んでいただいてありがとうございました。



ウっちゃんとシャンプーが武器になってしまっているとは(笑
これは大波乱必須な感じです。喋る武器、それがちじんのだったら、少し不気味な気もしますが…。
ゲイルと刹那も、漫才的なコンビだなと思わず、笑みが。
原作よりは少し、積極的な乱馬君ではありますが…あかねちゃんと、どんなふうに進展していくのか楽しみです。
(一之瀬けいこ)




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