◇生き残りを掛けて・・・ 最終話
ayaさま作


 あかねは、乱馬との口論の後ミーティングルームには向かわず、艦内をうろうろしていた。始終思案顔で、時折溜息を吐いていた。
(乱馬の過去・・・知りたくない訳じゃないのよね。知りたくない訳じゃないんだけど、心の何処かが聞いちゃいけないって言ってる。それに何だか、また乱馬と仲悪くなっちゃったみたいだし・・・。)
 何度目かの溜息を吐いたあかねは、或る所へ向かった。
 ブリッジの下方にある公園だった。唯一、母星地球の面影を思い起こさせてくれる場所。ラバークルー全員にとって、心の拠り所となっていた。
 あかねがゆっくりと奥へ歩むと、其処には先客がいた。先程、喧嘩したばかりの乱馬だった。
 此方に気付く様子もなく、ベンチに座り、只々目の前に広がる宇宙空間を食い入る様に見つめていた。
 あかねは大きく深呼吸をし、意を決すると、
「乱馬・・・。」
 名を呼んだ。
「・・・まだ、何か用かよ。」
 驚く様子もなく、突き放すような冷たい口調で其れに答えた。
「ん・・・ちょっと・・・。」
 あかねは、先程の事もあってか、少々控えめだった。
「隣・・・良い?」
「・・・別に・・・。」
「有難う。」
 あかねは、ゆっくり歩み寄るとベンチに腰を掛けた。乱馬と人一人分の距離をおいて。
「・・・先ずは、さっきの事を謝るわ。御免なさい。あたし、少し無神経過ぎた。」
 乱馬は何も答えず、俯いていた。
「あたし、貴方の事・・・何も・・・知らない・・・。」
 急に、あかねの言葉が途切れがちになった。
「何も・・・知らないから・・・、何も、出来ない・・・。」
 あかねは、涙を眼に溜めて涙声で続けた。
 言葉を繋ぎながら思い知らされたのだ。たった今、乱馬の事を何も知らない事に。過去の事だけではない。乱馬の事を一欠片すらも分かっていなかった。其れに気付いたあかねは、乱馬の事を分かったつもりでいた自分に嫌悪を覚え、情けなくなったのだ。
「何かしてくれなんて、頼んだ覚えはない。」
 しかし、乱馬はあかねには目を向けず、冷たく言い放った。
「そう、だけど・・・。」
「泣くくらいなら、俺に関わらなければ良い。只其れだけの事だろ。」
「そんな事出来るわけないじゃない・・・!」
 あかねは声を張り上げ、乱馬を見た。
「そんな事・・・出来ないよ・・・。だって、今の乱馬凄く不安定で、今にも崩れ落ちそうなの・・・。」
 あかねの其の言葉を聞いた次の瞬間、乱馬は立ち上がり、あかねの前に立った。
「・・・っ!お前には関係ないだろ?!一体如何したいんだよ!生きろ生きろって、みんな口を揃
えて同じ事を言いやがる・・・俺が・・・俺が今までどんな思いで生きてきたかも知らねぇくせに!」
 乱馬は怒りで冷静さを欠いていた。滅多に取り乱す事のない乱馬が此処まで取り乱したところを見るのは初めてだった。
「乱馬の周りには大勢の人達がいるのに、如何して其の人達に話そうとしないの?如何して心を許せないの?あんなに乱馬の事気に掛けてくれてるのに!」
 あかねは半ば意地になって言い返していた。
「俺は誰も信用しないし頼らない。同じ艦に乗ってるよしみで付き合ってるだけ・・・―――」
 其の時、パシッと、乾いた音が辺りに響いた。
 何時の間にか立ち上がったあかねが乱馬の頬をぶったのだ。乱馬はいきなりの事で暫し呆然としていた。乱馬はのろのろと腕を動かし、痛む左頬に手をやった。
「・・・あんたは今迄そんな風に思ってたの?」
 あかねは涙を流しながら言った。
「幼馴染だって言う良牙君やあんたの事を親身になって考えてくれてる副長さん・・・他の人達だって・・・。あんたの事を気に掛けてる人達の事をそんな風に!」
 乱馬の言葉に、あかねは怒りを露にした。
「つまりあんたは、あんたの事で一生懸命になっている人達を影で見下してたのね。」
「・・・違う・・・。」
「何が違うのよ。あんたが言っている事はそう言う事なのよ!良牙君とは長い間一緒にいたんでしょ。それでも、その人の事も信用してないのね!?」
「違う・・・!」
「副長さんも信頼してないんでしょ!?」
「違う!」
「みんなを信用してないあんたが、よくも今迄《SDT》の《AL》なんてやれたものね。」
 あかねは続けざまに言う。
「ねぇ、乱馬。貴方は、本当に周りの人を信用していなかったの?だとしたら、とっくの昔にラバーは敵にやられていたはずよ。だけどラバーはやられてもいないし、それどころか戦死者すらいない。貴方は、無意識のうちにみんなの事を・・・―――」
「言うな。」
「乱馬・・・。」
 あかねはゆっくりと乱馬に近付いた。そして、乱馬を抱きしめた。乱馬の身体は微かに震えていた。
「あ・・・。」
「大丈夫・・・。」
 あかねの声を聞きながら、乱馬はゆっくりと瞳を閉じた・・・。
(あったけぇ・・・。)





 暫く経った後、二人はどちらからともなく離れた。
「・・・御免・・・。」
「・・・ううん。」
 二人は再びベンチに腰をかけると、其の侭黙ってしまった。互いに下を向いたまま、動かない。あかねが、部屋に帰ろうかと思い始めたときだった。
「・・・10年前の事、覚えてるか?」
 急に乱馬が口を開いた。
「え?」
 急な事で上手く聞き取れず、あかねは聞き返した。
「10年前に何があったか、覚えてるかって聞いたんだ。」
「・・・覚えてるわ。忘れられるわけないじゃない。あんな、大きな災害。」
 あかねは、其の時の事を思い出し、表情を暗くした。
「あれは、元はと言えば人間の責任だ。」
「・・・如何いう事?」
 乱馬は手に力を込めた。
 今を去ること10年前・・・乱馬達がまだ6・7歳ぐらいの頃の事だ。
 其の頃も、身勝手な人間達は更なる科学技術の発達を促していた。
 利潤を追い求める権力者。とどまる事を知らない人間の欲望。それに伴って成長を続ける科学技術。その結果が、地球外の星への進出だった。
 地球人が住むには不利な条件が揃っている星であろうとも、人々は不利を有利に強引に変えた。次第にその範囲を広め、多くの人間が地球との間を行き来した。
 其の中で、とある計画が進められていた。『地球防衛軍』の結成である。地球人以外の生物の存在を知ったからには、もしも≠フ事を考える必要があった。もともと存在
する、陸・海・空軍に継ぎ、加えられる予定だった。
 軍を結成する前に、様々な検討が必要だった。人材は勿論の事、設備、武器。いずれにしても、かなりの時間を要するものだった。
 しかし、その計画と平行して、もう一つある研究が行われていた。もしも≠フ時の為の最終兵器だ。一番の有力兵器は・・・核兵器=Bだが、従来の物では通用しない
かもしれないとの声が上がったのがきっかけとなって、もっと強力なものを作り出せないかと研究者達は日夜研究に勤しんだ。その中に、乱馬の父・・・早乙女玄馬は居た。
「・・・乱馬のお父さんが・・・?」
「・・・ああ。」
 乱馬の言葉に、あかねは驚いた声を出した。
 乱馬の父、玄馬は、その研究の最高責任者だった。
「・・・家に居るときの親父は、何時もゴロゴロしてた。仕事の最高責任者だなんて信じられなかった。」



『お母さん。』
『何?乱馬。』
『お父さん、家で寝てばっかりだよ。本当に偉い人なの?』
『ええ。お父さんのお仕事はね、とても・・・とてもきついから、お父さん疲れてるのよ。だから、静かに寝かせてあげましょうね。』
『・・・うん・・・。』



「お袋は俺が尋ねる度に、そう俺に言ったんだ。」
 軍の形成には予想通り、多くの時間を要した。研究も思ったようには捗(はかど)らず、足踏み状態だった。
 そんな時だった・・・運命の時がやってきたのは。
 何処から漏れたのだろうか、研究の事が他の星の者達に伝わってしまっていた。他の星の者達は、地球に目をつけた。敵は何の前触れもなく地球に迫ってきた。軍を結成中
だった地球には防衛手段はなく、攻撃を受けるしかなかった。



『お母さん・・・怖いよ・・・!』
『大丈夫。大丈夫よ乱馬。』
 母のどかは、怖がる乱馬を宥めながら、逃げ纏う人で埋め尽くされた緊急避難用カプセルへの道を走った。


『早乙女さん、本気ですか!?』
『今のこの状況を逃れるためには、こうするしかないのだ。』
 玄馬を囲んで、何十人もの研究員が険しい表情をしていた。
『し、しかし・・・。』
『モデル機に従来の物を積めるだけ積んでくれ。』
『早乙女さん・・・。』
『一刻を争うのだ!急げ!』
『は・・・はい!』
 研究員達は、玄馬の怒鳴り声に慌てて動き出した。
 研究室には玄馬一人が残った。


『早乙女さん・・・準備が整いました・・・。』
『うむ。』
 玄馬は、軍のために作られたモデル戦闘機にその身を沈めると、一度その瞳を閉じ、空へと飛び立った。
『・・・すまない。のどか・・・乱馬・・・。』
(乱馬の将来のためにも・・・こうするしかないのだ・・・!)


 カプセルの前は、人で埋め尽くされていた。我先にとカプセルに入ろうとするが、思うように前に進めない。辺りは騒然としていた。
 そんな中でのどかは、キィィ・・・ンという、戦闘機のエンジン音を聞いた。
 のどかは、ハッと顔を上げ、
『・・・あなた。』
 呟いた。
『カプセルには許容量があります!入りきれなかった方達は次のカプセルをお持ちください!』
『ばっかやろー!そんなの待ってる間に、死んじまう!!無理にでも詰めろ!!』
 飛び交う罵声。人は、すっかり冷静さを欠いていた。
『お、お母さん・・・早く・・・!』
『・・・乱馬。』
 のどかは、乱馬の名を口にするとゆっくりその繋いでいた手を離した。
『お母・・・。』
 幼い乱馬の身体は、あっという間に人の波にさらわれていった。
『お母さん!ヤダよ!僕を一人にしないで!!』
『・・・御免ね・・・。』
『ヤダ!お母さんも一緒に・・・!』
『本当に・・・御免ね・・・。』
『お母さーん!!』



「カプセルから出た時は、あれだけ燃え盛ってた火は消えていた。」
「ええ・・・。あれだけいた敵も、全くいなかった。」
 あかねも、乱馬の話を聞きながらあの日の事を思い出していた。
「後から聞かされたんだ、親父が核兵器を大量に積んで、敵の母艦に突っ込んだ事を・・・。」
「え・・・。」
「俺は、廃墟と化した街をあてもなく彷徨った。自分が生きている事を幾度となく恨んだ。そして、瀕死に近い状態の時、御頭と副長に拾われたんだ・・・。」
「・・・そう、だったんだ・・・。」
 そして人は、あの惨劇を再び引き起こす事がないように、それまでとは比べ物にならないくらいの速さで、軍事開発を行っていた。勿論、他の星の者はそれを放っては置かない。一度失敗したからといって、諦めるような事はしなかった。次から次えと刺客を送り込んできた。
「あかねは、何故ラバーがつくられたか知ってるか?」
「・・・他の星から送り出された敵を一掃するため・・・?」
「それもあるけど、本当の狙いは其処じゃない。」
「え?」
「たかが一機の艦体だけで、其れこそ何百っている敵を一掃出来ると思うか?」
「あ・・・。」
「お偉いさん方の本当の狙いは、囮≠セよ。俺達が敵を引き付けている間に、計画を終わらせちまおうって魂胆さ。」
「・・・そんな。」
「だけど、あかね達が追加されたのには驚いたけどな。阿呆の御頭が欲のため・・・なんて最初は思ったけど、本当のところはわかんねぇな。」
 あかねは口を閉ざした。
「俺としては・・・死ぬ理由が出来て丁度いいんだけど・・・。」
 あかねは、溜息を一つ吐いて、
「・・・軽々しく、死≠ネんて口にしないで。」
 あかねは、乱馬の言葉を聞いて口を開いた。
「あたしもね、あの時・・・お母さんを亡くしてるの・・・。」
 乱馬はゆっくりあかねを見た。あかねは、目の前に広がる宇宙空間を見ていた。
「あたしを・・・庇って・・・。瓦礫の下敷きに・・・。」
 あかねの瞳は微かに潤んでいた。



『お、お母さーん!』
『あ・・・あかね・・・大、丈・・・夫?』
『お母さん!お母さん!』
『あ・・・かね、お・・・父さん、達と・・・逃げなさい・・・。』
『やだよぉ・・・お母さん、置いてけないよ・・・!』
『あかね!!』
『お、お父さぁん・・・。』
『あ・・・なた・・・。娘達を・・・御願い、しますね・・・。』
『お母さーん!!』



「あたしもね、乱馬みたいに何であたしは生きているんだろうって何度も思ったの。其の度に、あたしは引き篭もりがちになってたわ。」
 あかねは、真っ直ぐ乱馬を見ていった。
「でもね、あたしお父さんに言われたの。お母さんはあたしの事が大事だから、生きてほしかったから庇ったんだって。だから、あたしはお母さんの分まで精一杯生きなきゃ
いけないんだって・・・。乱馬、あたしが前に生きて≠チて言ったの覚えてる?」
「・・・ああ。」
「何でだか分かった?」
「いや・・・。」
「人間、生きていれば誰しもが苦しみを味わうものよ。人によって、その苦しみの度合いは違うものだけど、みんな苦しい事、悲しい事・・・色々なものを背負って生きてる。だから、乱馬に、その苦しみから逃げてほしくなかった。」
 乱馬はあかねの話を黙って聞いていた。
「乱馬もあたしも、生かされてるの。乱馬の両親もあたしのお母さんも、自分達を犠牲にしてまでも、あたし達に生きてほしかったのよ。どう足掻いたって、お母さん達が死んだっていう事実は覆せないもの。でも、それを受け止めてあたし達は生きていくの。其の事を生きていく糧にして。」
 そう、乱馬に言って聞かせるあかねの表情は、哀しい過去の負い目を感じさせない程生き生きとしていた。それを見た乱馬は、何処か心の闇が晴れていく・・・そんな印象を受けていた。
「ね?だから、乱馬も軽々しく死にたいとか言っちゃ駄目。言えないの!乱馬が死んじゃったら、乱馬のお父さんやお母さんの死は無駄になるのよ?生きていれば、哀しい事だってあるけれど、楽しい事だって数え切れないほどあるんだから。」
 あかねは、身を乗り出して乱馬に訴えた。
 乱馬は。一度溜息を吐くと、スクッと立ち上がってあかねに背を向けた。
「乱馬?」
 あかねは、乱馬に怒鳴られる事を予想して身構えようとした。
「・・・しょうがねーな・・・。」
「え?」
 身構えようとしたのだが、乱馬の口から出てきたのは以外にも普通の声だった。否、それよりも少し明るい感じがした。
「・・・生きてやるよ・・・。親父達の・・・ためにもな・・・。」
「乱馬・・・。」
 あかねは、乱馬の言葉に満面の笑みを浮かべた。
「俺、部屋に戻るから・・・。」
「ん。」
 乱馬はゆっくりと部屋に戻っていった。
(星が・・・綺麗・・・。)
 あかねは暫し、其の場に座っていた





“敵機発見。全クルーは戦闘配置に就け。繰り返す、敵機発見。全クルーはただちに戦闘配置に就け。”
 その数時間後、お馴染みになった警報音が艦内に鳴り響いた。
 艦内は瞬く間に騒々しくなり、通路を人が行き交った。
「ムース!」
 部屋を飛び出した乱馬は、格納庫に着くと自分の愛機の傍に居た《AT》の《AL》、ムースに声を掛けた。
「おお、乱馬か。戦闘機の準備は出来とるぞ。」
「サンキュー。」
「?乱馬、お主・・・。」
「ん?」
「・・・いや、何でもない。頑張れよ。」
「ああ。」
 言葉を交わして、乱馬が戦闘機に乗り込んだ時だった、
「乱馬!!」
 あかねが走って乱馬の傍まで来た。
「あかね。」
「乱馬、生きて=I!」
 あかねは微笑んでそう言った。
「・・・ああ。」
 答えた乱馬は、勢い良く飛び出して行った。
(今、逆行でよく見えなかったけど・・・―――)
「・・・乱馬、笑った・・・?」



― Fin ―



作者さまより

大変長らくお待たせしました。
連載中の「生き残りを掛けて・・・」最終回です。
夏に書き始めて約五ヶ月・・・。去年中にと思ったのですが、年越ししてしまい、せ
めて一月中にと休みの日には執筆にあけくれました。
気に入らない所は何度もやり直したりと、堂々巡りだったのでなかなか思うように進
まず、手こずらされた作品でもありました。
が、出来たときはちょっぴり達成感が・・・。
ずっと書きたかった話なので、完結を迎えられた事を先ず喜びたいです。
そして、シリーズ化という先の楽しみも出来た事ですし、本編では少なかった乱あを
書いていきたいと思っています。
マイペースな私ですが、今後とも宜しく御願いします。


生きることは死ぬことよりも難しいと誰かが言っていました。本当にそうだと思います。
もしかすると、この作品の乱馬はあかねに救われたのではないでしょうか?
守りたいと思える人に出会えること、生きていて良かったと思えること。
漆黒の宙を飛びながら、この作品の乱馬はきっとあかねを愛し続けてくれるでしょう。

長く奥深いこちらの作品。その後を描いた作品もいただいておりますので、続けてどうぞ。
(一之瀬けいこ)



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