◇『生き残り』を賭けて・・・ 其ノ五 ―
ayaさま作


 其の日の午後、珍しく医療室には乱馬以外誰も居なかった。
 今日は、各チームごとに召集をかけられミーティングを行う日だからだ。月に一度行われ、役割の再確認、新たな役割・仕事等を話し合うのだ。
 養生中の乱馬には、ミーティング終了後東風から内容を聞かされることになっている。
 炊事係であるあかね達は、東風に付いてミーティングに参加している。特にする事はないのだが、やはりラバーのクルーの一員だ。参加しないわけにはいかない。
 ミーティング中はあまり人気はなく、乱馬の見舞いに来る者もいない。そうなると、何もする事がなく暇になる為、乱馬はベッドから抜け、医療室から出て行った。
 高度は医療技術の御蔭で、乱馬はたった二・三日で歩けるほどにまで回復する事は出来たが、未だ完治には至っていない。
 最初は、シュミレーションルームにでも行こうかと考えたが、東風にばれた時言い訳の仕様がないので断念。自分の部屋・・・は、何もないので行っても一緒という事で
止め。結局は格納庫に来てしまう乱馬だった。
 格納庫は今は無人。乱馬を咎める者は当然居なかった。
 乱馬は、真っ直ぐと自分の戦闘機に向かっていく。
(・・・酷いもんだ・・・。)
 乱馬の戦闘機は、あの日から今迄、全く手を付けられておらず、あの時の無残な姿のまま其処に居た。
(何で・・・助かったんだろうな・・・。)
 乱馬はゆっくりと歩み寄り、機体にそっと触れた。
「あの爆発に・・・よく耐えられたよな・・・。」
 乱馬は小さく呟き、ハッチを開けた。勿論、コックピットの中も乱馬の血でどす黒く汚れていた。それを見た乱馬は側に有ったバケツに目をやると、其れを手に取り水を入
れ、雑巾でコックピットの中を拭き始めた。
 念入りに汚れを落とす。
 時間が経っている為、落とすのには結構力が要った。力を入れる度に身体にピリピリと痛みが走る。しかし、乱馬はそんな事など気にする様子もなく、只ひたすら汚れを落
とすことに専念していた。背後に人がいる事にも気が付かない程に。
「君は一応、怪我人なんだけどね。」
 不意に声を掛けられ、しかし乱馬は驚く様子もなく後ろを振り返った。
「そんな事をしていたら折角治り始めた怪我も治らないじゃないか。」
「・・・副長。何時から・・・。」
「ん?乱馬君が機体に触れた時ぐらいからかな?」
 乱馬は機体から降り、バケツの水で雑巾を洗い始めた。
「説教なら、今は聞きませんよ。」
「説教?いやいや、そんなつもりはないよ。」
「・・・なら何故です?」
 乱馬は雑巾を絞り、再びコックピットの中を拭き始める。
「今、休憩中なんだ。医療室に様子を見に行ったら君が居なくてね。」
「・・・もう戻った方が良いんじゃないですか?時間は越している筈ですよ。」
「大丈夫だよ。僕が居なくても御頭がいる事だし、彼等は勝手に始めるから。それに、少し乱馬君と話したいと考えていたからね。」
 東風のこの言葉を聞くと、乱馬は手を止め、東風に向き直った。
「・・・座ろうか。」
 乱馬と東風は、格納庫の壁に寄り掛かり、片翼を失い傷付いた戦闘機を眺めながら話した。
「あの子が直るのには、少し時間が掛かるそうだよ。」
「・・・時間を掛けてでも直します・・・。」
「そう言うと思ったよ。」
 東風はくすくすと笑いながら言った。
「・・・副長、幾ら考えても分からない事があるんです。突撃した筈の俺が、何故助かったのか・・・。」
「うん、其の事なんだけど。」
「・・・何です?」
「実はね、僕も君が助かった理由が分からなくて、色々と調べてみたんだ。」
 東風は乱馬を見て話した。
「君が母艦に向かっていく映像があってね、爆発するシーンを何度も何度も見たよ。そうしたら・・・。」
「何なんです・・・?」
 乱馬は東風を急かした。
「君は射撃をしながら敵に向かって言っただろう?実は、向こうが先に力尽きていたんだよ。そして、申し訳程度に乱馬君の戦闘機の周りに張られていたシールドが、君を爆
発から護った。」
 乱馬は、偶然に偶然が重なった話に、言葉を発する事が出来なかった。
「・・・まるで・・・天が君を生かしように思えないかい?」
 東風は、何時もの笑顔を乱馬に向けて言った。
「僕は、そう信じているよ。」
「・・・只の偶然ですよ。」
「でも、君が助かった理由は此れだけじゃないんだよ。」
「・・・まだあるんですか。」
「君は重傷を負った。其れこそ、死んでもおかしくない様な。出血は止まらず、どんどん流れ出てくる。機体の破片は心の臓寸前のところまで突き刺さっていた。全身には重
軽度の火傷。しかしそれでも君は其の命を繋いだ。《MTT》のクルー達の頑張りと、そして良牙君とあかねちゃんの御蔭でね。」
 東風の最後の言葉に、乱馬は目を見開いた。
「血液の在庫がなくてね、君と同じ血液型のクルーから採血する必要があった。其の時に、二人が名乗り出てくれた。」
 頭が上手く働かない。
「つまりは、二人の血が君の中を流れているって事かな。」
 あまりにも衝撃的な事実に、乱馬は動揺を隠しきれなかった。
 東風はゆっくりと立ち上がり、話し続けた。
「君は生きなければならない。」
(・・・何を言っているんだ・・・。)
「もう、自分の命を自ら落とすような真似は出来ないよ?」
(そんなの、俺の勝手じゃないか・・・。)
「だって、君は生かされいているから・・・。」
 東風は格納庫から出て行った。
「・・・生きろよ・・・。」
 そんな言葉を残して・・・。





(さて、如何したものかな・・・。)
 東風は通路を歩きながら、何かを思案していた。
 ミーティングはとっくの昔に始まっている。これ以上遅くなっては副長の面目が立たないのだが、一向にミーティングルームに向かう様子はない。
(後はあの子に任せてみるかな。)
 そう考えて角を曲がろうとした時だった。
「あ!副長さん!」
 息を切らせたあかねが飛び出してきた。
「やぁ、あかねちゃん。」
「やぁ、じゃないですよ!ミーティング始まってるんですよ!?早く来てもらわないと・・・。」
「話が行き詰ってる?」
「はい。ですから、あたしが探しに来たんです。」
「う〜ん・・・。それじゃぁ、あかねちゃんに頼み事しても良いかな?」
 東風は、思案するふりをして見せ、そんな事を持ち出した。
「あたしに出来る事であれば・・・。」
「有難う。乱馬君がね、格納庫に入り浸っていて出てこないんだよ。彼、重傷だっただろ?だから、心配なんだよね。医療室に連れ戻してくれないかな・・・って、あれ?
・・・早いねぇ・・・。」
 東風が気付いた時には、既にあかねは居なかった。
「何考えてんのよ!あいつはぁ!!」
 この時既に、あかねは格納庫まで数mと言う所まで迫っていた。





 東風が去った後、乱馬は再び先程まで続けていた作業を開始させていた。
 ハッチの血は大分落ちた。次はシートに手をかけようとしたとき、其れは何の前触れもなくやって来た。
「何やってんのよー!!」
 其れはもう、格納庫中に響き渡る大声で。
「なっ!?」
 あかねの突然の登場に、乱馬は首がグキッ、と言ってしまうのではないかという勢いで後ろを振り返った。
「ちょっと、乱馬!あんた怪我人でしょ?!こんな所で何やってんのよ!」
 あかねは怒鳴りながらズカズカと乱馬のもとに歩み寄った。
「まだ傷も完全に塞がっていない状態で、そんな力の要ることやってるんじゃないわよ!!大体、あんた、人にどれだけ心配掛ければ気が済むのよ!今回の事で、ラバーのク
ルー全員があんたの事気に掛けてるの!其れはもう、ミーティングの休憩時間の度にね!それだけ心配させておきながら、まだこれ以上の事やらかす気なの?!今度こそ、誰
か一人は心臓止まっちゃうわよ!!分かってんの?!」
 約十秒弱。マシンガンの如く文句を連ねたあかねは、肩で息をしていた。それでも尚、あかねの怒りは納まってはおらなんだ。乱馬を睨み付けていた。
 乱馬といえば、口を挟む隙を与えてもらえず、呆然とあかねを見つめていた。
「そんな事、《AT》の人達にやってもらえば良いでしょ?今は、身体一刻も早く回復させることに専念してちょうだい。」
 あかねは、乱馬の右手に握られていた雑巾をそっと取ると、バケツの中に入れた。
「・・・この血・・・早く落としたいんだ・・・。」
「取れ難くなるから?」
「・・・否。」
 乱馬はゆっくりと機体に立てかけてあった梯子から降りた。
「・・・俺の責任下だから・・・。」
「そうかもしれない。だけど、折角其の子が綺麗になっても、其の子に乗る人がそんな状態じゃねぇ・・・。」
 あかねは乱馬に近付き、格納庫から出るように促した。
「自分の手で直してあげたいっていう乱馬の気持ちも分からなくもないけど、片方が直って、もう片方がまだって言うのはちょっとね・・・。」
 乱馬は、口を挟まず黙ってあかねの話を聞いた。
「だから、一緒に治っていけば良いじゃない。《AT》の人達に元の姿にまで直してもらって、そして、あの子に何か不都合があったなら、何時もの様に乱馬の手で調整して
あげれば良いだけの事じゃない。」
 其処まで話すと、あかねは乱馬に微笑んだ。
 乱馬は、顔を逸らしてしまった。何故か、そうせざるを得なかった。
 それから医療室まで二人に会話は生まれなかったが、こっそり盗み見たあかねの表情は始終晴れやかだった。
 医療室に入ると、あかねは乱馬にベッドに入るように言い、大人しくしてるようにとも付け加えた。
 あかねが再びミーティングに参加するため、医療室を出ようとした時だった。
「・・・あかね。」
 乱馬に呼び止められた。
「何?」
「・・・副長から・・・、お前と良牙が輸血してくれた事を聞いた・・・。」
「うん。」
「・・・何で、俺に血を分ける気になった・・・?」
「乱馬を助けたい一心で・・・。只それだけ。」
「・・・俺が、死を望んでいた事は知っていたんじゃないのか?」
「そりゃぁ、今迄の乱馬の行動を見てればね。」
「だったら・・・。」
「生きてほしかったから。」
「・・・は?」
「考えて、この意味。」
 あかねは、意味深な言葉を残し、医療室から出て行った。
「何なんだ・・・一体。二人して・・・。」
 乱馬は、新たな難題に頭を悩ませる事となった。
(考えて、乱馬。今の貴方には辛い事かもしれない。でも、必要な事でも有るから・・・。)





 乱馬は夢を見ていた。
 この間と同じ光景だった。青い空、緑の草原、そして少し離れた所に佇む着物の女性。
「お袋・・・。」
『乱馬。貴方は何を悩んでいるのかしら。』
「・・・分からない・・・。分からないんだ。過去を乗り越えろとか、生きろとか・・・一体俺に何をさせたいんだ・・・。」
 乱馬は其の場に座り込み、膝を抱えた。
『今が一番貴方に大事な時期よ。壁を乗り越えて、大きくなりなさい。』
「誰も教えてくれない・・・。」
『乱馬。貴方は幸せよ。貴方の事を思って、問題を提議してくれる人がいるんだもの。』
「お袋・・・。」
『貴方は其の分だけ大きくなれる。貴方は恵まれた環境の中にいるのよ。負の意識に呑まれては駄目。前向きになるのです。決して簡単の事ではないけれど、乱馬、貴方なら
きっと出来る。だって、あの人と私の子ですもの。』
 言い終らない内に、乱馬の視界は淡い光に包まれていった。
『大丈夫よ・・・。』
「・・・お袋・・・。」





 乱馬が目を覚ますと、もう既に深夜を回っていた。
(えらく長い時間寝ていたんだな・・・。)
 乱馬はゆっくりと起き上がり、医療室から出た。
 乱馬が向かった先は、自室。
 久しぶりに踏み入る其処は、相も変わらず物が少なく、ひっそりとしていた。
 乱馬は迷わず、ベッドの隣に備え付けてある小さな棚の前に立った。
 棚の上には、写真立が伏せてあった。乱馬は躊躇いがちに其れを持ち上げた。
 写真には、人が三人写っていた。幼き頃の自分と、母のどか、そして、のどかの隣には頭に白い手拭を巻いた男が、見るからに幸せそうにこちらを見て笑っていた。
 頭に手拭を巻いた男こそ、乱馬の父親、玄馬だった。
「親・・・父・・・。」
 乱馬は、呟くと写真立を元のように伏せ、自室を急いで跡にした。
 医療室に入ると、其の侭入り口に凭れ掛りズルズルとしゃがみ込んだ。
 膝を抱え込んだ乱馬の身体は、小刻みに震えていた。





 乱馬はベッドの上にいた。
 あのまま寝てしまったらしい。が、自らベッドに入った覚えはない。乱馬が辺りを見渡していると、部屋の置くから《MT》の《AL》がマグカップ片手に姿を現した。
「起きたか。」
「真之介・・・。」
「全く、吃驚したぜ。此処に入ろうとしたら、入り口の所にお前が寝てるんだもんな。俺、蹴っちまったよ。」
「・・・おい。」
「俺を責めるな。あんな所で寝ていたお前が悪いんだからな。」
 《MT》の《AL》を改め、真之介はベッドの端に腰をかけた。
「お前、傷も治りきっていないのに歩き回ってるみたいだな。
 コーヒーを口にしながら、静かに言った。
「前々から言おうと思っていたんだが・・・。」
「忘れっぽいお前がよく思い出せたな。」
 説教染みた事を言われると悟った乱馬は、真之介のウィークポイントをついた。
「・・・・・・置いとけ。其れは。」
 真之介は頬を赤く染め、俯いた。
「・・・で、何の話だったんだ?」
「さぁ。」
 真之介の忘れっぽい性格というか何と言うか・・・まぁ、何にしても、乱馬は真之介の特性を利用して、話をはぐらかす事に成功した。
 しかし、そんなやつが《MTT》の《AL》が勤まるのかという事は、あえて突っ込まないで頂きたい。だが、此れだけは告げておこう。まだ、大事に至る事件は起きてい
ないという事を。
「ま、良いか。今日は、最終的な検査をしたいから、其のつもりでな。」
「ああ。」
 真之介は、立ち上がると再び医療室の奥へと入って行った。
「・・・疲れる。」
 乱馬は、静かにそう呟いた。





 数日後、乱馬の傷は完治した。進んだ医療技術の御蔭で、乱馬の身体には傷跡一つ残らなかった。
 時を同じくにして、乱馬の戦闘機も《AT》クルーの頑張りもあって、元通りに修復されていた。細かい設定の方は乱馬の責任下にある為、其の辺りは弄られていない。
「乱馬君、如何だい?身体の方は。」
 通路を歩いていた乱馬を呼び止めたのは東風だった。
「もう何の問題もありませんよ。」
「そうか、良かった。」
「俺の養生中に敵に襲われなくて幸いでした。」
「あはは・・・そうだね。襲ってこられたら、君は飛び出しかねないからね。もっとも、そんな事はさせないけど。」
 二人は並んで歩いた。
「これから、何処に行くんだい?」
「一々聞かずとも分かっているでしょうに・・・。格納庫です。」
「やっぱり。」
「いけませんか?」
「まさか。僕にそんな権利はないよ。」
 色々と話し込んでいる内に、格納庫の前まで来た。
「あまり、無理のないようにね。」
「御心配なく。」
「じゃぁね。」
 東風はそう告げ、立ち去ろうとした。
「副長。」
 立ち去ろうとしたのだが、乱馬に呼び止められた。
「何だい?」
「戦闘禁止令は、解除されましたよね。」
「・・・・・・忘れてると思ったのになぁ。」
 東風は呆れ気味に溜息を吐きながらそう言った。
「良いよ。無理をしないならね。」
 言い終えると、東風は踵を返して通路の奥へと消えていった。
 それを黙って見送っていた乱馬は、ゆっくりと格納庫へ入って行った。
(かなり困惑しているようだな。ま、仕方のない事だけどね。)





 所変わって此処は食堂の厨房の中。
「出来ましたわ。小太刀特製愛のお弁当!此れで疲労回復と同時に乱馬様のハートを・・・―――」
「はん!よく言うわ。何処の世界に、フランス料理を詰め込んだ弁当があるや?弁当っちゅうもんはなぁ、豪勢やからええっちゅうもんやない。そんなん、弁当とも何とも言
わへんで!」
 其処では、女達の熾烈な争いが繰り広げられていた。
 乱馬が養生中、医療室への出入りが禁止されていた為、付っきりで看病するという最大のチャンスを逃してしまった。
 しかし、乱馬が完治し、格納庫に入り浸っているという噂を聞きつけ、此れは逃すまいと、各々が頭をフル回転させた。何か良いものはないものかと考えた末、三人が三人
とも辿り着いた答えが弁当≠セった。
 怪我が怪我だっただけに、乱馬の体力は多少なりと削られていた。そんな中、格納庫に入り浸って戦闘機の調整やら何やらやっていては疲れが溜まる一方。
 其処で、疲労回復を兼ねた特製のお弁当を差し出し、ポイント稼ぎ!と、言うわけだ。
「人の事言えないね、右京。お前こそ、お好み焼きを入れてるではないか。お弁当にお好み焼きなんて、可笑しな話ね。」
 右京と小太刀の言い争いに、シャンプーが加わってきた。
「んなっ?!シャ、シャンプー。」
「ふっ。自分の事は棚に上げて、偉そうな事言いよるなぁ。」
「・・・何が言いたいね。」
 自分を小馬鹿にしたような右京の言い種に、シャンプーは顔を引き攣らせて言った。
「そんな事、自分が作った弁当もっぺん見てから言いや?」
「まぁ、そうですわね。貴女も人の事は言えませんわね。」
 右京が言いたい事を察した小太刀が言葉を繋いだ。
「中華料理だけだなんて、何と詰まらないお弁当だこと。」
「其の言葉、そくり其の侭お返しするね!」
「何ですって?!誰かさんのお好み焼きよりはマシじゃありませんこと?!」
「な、何やて?!もういっぺん言ってみぃ!其の腐った根性、叩き直したる!!」
「臨むところですわ!」
「覚悟するね!」
 もうこうなってしまっては、収拾は付かない。話の方向は、戦いへと進行していった。
 傍らでは、かすみとなびきが椅子に腰をかけ、茶を啜りながら事の成りを見守っていた。
「やるなら、厨房の外でやってほしいものだわね。」
 雑誌を片手に、なびきがぼやいた。
「みんな、上手に作ってるわねぇ。」
「・・・かすみお姉ちゃん・・・。」
 観点が明らかにずれているかすみになびきは呆れた声を出した。
「そろそろ、御夕飯の準備をしなくちゃいけないんだけど、あかねは何処に言ったのかしら?」
「さぁ。でも、居ても役に立たないじゃない。逆に混乱するだけよ。」
「・・・あそこに居るのかしら?」
「あ〜・・・あそこにならいるかもね。」





「やっぱり居た。」
 あかねは、とある戦闘機を見上げながらそう言った。
 あかねの視線の先には、当然の如く乱馬がいた。乱馬はあかねの事には気にも掛けず、黙々と作業を進めていた。
 あかねは、乱馬のそんな態度には慣れてしまったのか、腹を立てることもなく、立て掛けてあった梯子を上った。
「ちょっとは反応してくれても良いのに。」
 言葉だけの不満を投げかけてみても、乱馬は無反応だった。
「治ったからって、体力はまだ削られたままでしょ?無理は良くないわよ。」
「いざと言うとき大変よ。」
「戦闘って、かなり疲れるんでしょ?」
「休めるときに休んどかなきゃ、命に関わるんだからね。」
 依然として視線を交わそうとしない乱馬にちょっとムッとしたあかねは、意地もあって話しかけたが、段々と空しくなってきて、仕方なく話す事をやめた。少し五月蝿い事
を言って振り向かせようと言うあかねの作戦は、無駄に終わってしまったのだった。
 しかし、此処までやっても何の反応も返さない乱馬に、業を煮やしたあかねは、思わず怒鳴った。
「ちょっと!人が心配してやってんのに無視するって言うのは如何いう了見よ!!」
 しかも、耳元で。
 流石の乱馬も此れにはまいったのか、あかねをじろりと見た。
「・・・五月蝿い。」
「あんた、最近態度がおかしいわよ?昨日も、一昨日も、其の前も。あたしの事避けるみたいに!あたしが一体何したって言うのよ!」
 そう。乱馬のあかねに対する態度が最近変わってきているのだ。合っても目を合わせようとせず、食事の時もわざと時間をずらしてみたりなど、明らかにあかねを避けてい
た。今日も、其の事が気に掛かっていたため、乱馬に会いに来たのだがこの有様である。もう、あかねは限界に来ていた。溜まりに溜まった不満が、一気に爆発する。一旦爆
発してしまった不満は止まることを知らない。
「・・・俺に構うな。」
「其れは無理。」
 あかねはあっさりと否定した。
「だって、あんた危なっかしいんだもの。何時また今度みたいな事があるか分からないし。」
「ほっとけよ。」
「だから無理だって言ってるでしょ。」
 暫しの沈黙の後、乱馬がゆっくりと口を開いた。
「・・・お前は、俺に何を求めているんだ・・・。」
「え・・・?」
「お前は一体俺に何をさせたいんだ?俺みたいなやつに構って何が楽しいんだ?何故副長と同じような事を言う?」
(副長と・・・同じ事・・・?)
「お前は前に俺の笑った顔が見たいと言ったな。」
「・・・ええ。」
「無駄な努力だよ。俺は笑わない。笑えない。それどころか、楽≠ネんて感情は俺にはない。俺の傍に幾ら付いていようと、一生笑った顔なんて見れはしない。とっとと諦めるんだな。」
 乱馬は一気に其処まで言い包めると、あかねの居る反対側から機体を降りた。そして、振り返りもせず、其の場を立ち去った。
 あかねの頭の中では、乱馬の言葉が反響していた。
(副長と同じような事って・・・。あたし、何か言った?)
 普段から冷静で口数の少ない乱馬が、少し感情的になっていた事があかねを動揺させていた。
 あかねは、ゆっくりと梯子から下り、格納庫を出た。
(乱馬の・・・過去、か・・・。)
 あかねはこの時初めて、乱馬の過去を意識した。


つづく



作者さまより
やっと、《MTT》の《AL》の正体が明らかになりましたねぇ。真之介ですよ。
原作25巻〜26巻に登場した。公にするのがすっかり遅れてしまって申し訳ないです。
乱馬とあかねの関係にまたもや微妙な変化が・・・。
二人は互いが気になるぐらいにしか思ってないようです。
まだまだ、likeには至らない様子。でも、まだ先がありますからね。そのうちに・・・。
話は着実に完結へと向かっております。今しばらくお待ちを・・・。
それでは、今回はこの辺で。
(作者さまのコメント)


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