◇『生き残り』を掛けて・・・ 其の参
ayaさま作


 あかねは、長い通路を当てもなく歩いていた。
 乱馬と話せなくなってから、あかねの状態は一変していた。
 偶に遠い目をして物思いに耽ったり、溜息を吐く事が多くなったりと、この間までとはまるで違うあかねの様子に周りのクルー達は、疑問を抱かずには居られなかった。
(・・・どうしよう。この間の事があってから、乱馬の顔がまともに見れなくなっちゃったよ・・・。でも、あんな顔を見ちゃったからもっと他の顔が見たくなっちゃうし。
も〜!)
 あかねは、今日何度目か知れない溜息をつき、通路の角を曲がった。
『・・・あ・・・。』
 其れはもうお決まりのパターンで。
 乱馬とばったり鉢合わせになってしまった。お互い、心情の整理がつかぬ侭。
 あかねの顔はみるみる赤くなっていき、そしてまた乱馬も、言葉を詰まらせ、予想外のアクシデントに瞬時に対応しきれなかった。
「あ・・・こ、この間は・・・有難う・・・。」
 何を話したらよいのか分からぬまま、あかねは取り合えずこの間助けてもらったお礼を言った。
「・・・別に・・・。」
 乱馬はあかねには目を向けず、視線を逸らしたまま返事を返した。
 二人は其の侭無言になってしまった。幸いな事に、通路を通る者が居なかった為、冷やかされる事もなかった。が、この沈黙は何だろう・・・。あかねは、何を話そうかと
頭をフル回転させ、乱馬は乱馬で無意味に戸惑っていた。
「あの・・・―――」
「あのさ・・・。」
 あかねの言葉を遮り、なんと、乱馬の方から話し始めた。
「え・・・。」
 余りに意外な事だった為、あかねは驚きとも、困惑ともつかぬ声を出してしまった。
「・・・何で・・・お前は、俺に・・・構うんだ?」
 乱馬の口から出てきたものは、問いかけだった。あかねの行動に対する・・・。
「・・・ずっと、考えてた。何で・・・お前は・・・。」
「笑顔が見たかったから。」
 突然言われたものだから、乱馬は瞬時に其の言葉の意味を理解する事が出来なかった。
「見たかったの。あなたの、笑った顔が。」
 そう言って、あかねは微笑んだ。
 正直言って、乱馬は驚いていた。予想だにしなかった返事が返ってきたからだ。どうせ、自分の過去が知りたいだのそんな理由からだと思っていた。しかし、あかねから返
ってきた返事は何だ・・・?
(俺の・・・笑顔が見たい・・・だと・・・?)
 乱馬は、何も言う事が出来なかった。
「くだらない理由でしょ?」
 くだらいない・・・。そう、確かにくだらない理由だ。何が哀しくて、無愛想で人と接するのが苦手できつい言い方しか出来ない人間と付き合っていかなければならないの
か。その理由が笑顔が見たいなんて、乱馬には理解し難かった。
「・・・如何したの?」
 急に黙ってしまった乱馬に、あかねは声を掛けた。
「・・・・・・いや・・・。」
 数テンポ遅れて、乱馬はやっと声を発した。まだ少し放心状態だが。
「そういえば、ミーティングは終わったの?」
 あかねは、この間の事を忘れてしまったかのように極普通に乱馬に話しかけていた。
「・・・ああ・・・。」
「戦いで体疲れてない?」
「・・・いや・・・。」
 乱馬とあかねは何時の間にか、並んで歩いていた。数日前の二人に戻ったかのように・・・。
「今日の夕飯、あたしまた作るから、食べてね。」
 乱馬はこの言葉を聞いた時、眉間に皺を寄せた。
「いい。」
 今迄生返事だったが、流石に此ればっかりは即答。あかねの料理が相当応えているらしい。
「・・・っぷ。」
 あかねは、乱馬の反応が面白くて、堪えきれず吹き出してしまった。そんなあかねを乱馬は怪訝そうに見た。
 あかねは、クスクスと笑っていた。ホントに楽しそうに・・・。
「・・・あはは・・・御免。笑っちゃってりして。」
 目尻に涙を溜めて、ようやくあかねが話し始めた。
「・・・いや。」
「乱馬って、ホントに単語しか話さないね。」
 乱馬は、返す言葉が見つからず、黙っていた。
「言葉が見つからない時は、そうやって黙っちゃうし。他に話さないの?」
 あかねは首を傾げて聞いた。
「・・・必要な事意外は話す必要ないだろ。」
「え゛?!其れは、そうだけど・・・。」
 乱馬の他の人とは異なった思考回路を目の当たりにし、あかねは言葉を詰まらせてしまった。
 あかねが、言葉を返せないでいると、乱馬が歩みを止めた。
「如何したの?」
 あかねは、振り返って乱馬を見た。
「俺の部屋・・・此処。」
 あかねの問いに、傍にある入り口を指しながら、乱馬が答えた。
「・・・そっか。うん、それじゃ、ね。」
 あかねは、知らず知らずの内に、肩を落としていた。そして、あかねがその場を去ろうと踵を返すと、
「おい。」
 乱馬は何かを思い出したかのように、あかねを呼び止めた。
「・・・名前・・・教えていけ・・・。」
 続けて言われた乱馬の言葉に、あかねは自分の耳を疑ってしまった。
(・・・嘘・・・。)
「おい。」
「・・・っあかね!」
 何の反応も見せないあかねを不審に思ったのか、乱馬がもう一度呼び掛けた時、あかねは満面の笑みを浮かべて振り向き、そう叫んだ。
「あたしの名前、あかねって言うの!」
 あかねは、大きな声で自分の名を告げ、乱馬の反応を見ずに通路を駆けていった。
「・・・叫ばなくても・・・聞こえるのに。」
 乱馬はそう呟くと、部屋に入っていった。
(如何しよう・・・!凄く、凄く嬉しい!!)
 あかねは、顔をトマトの如く真っ赤にさせながら、通路を勢い良く駆けた。





 そんな事があってから、二人の距離は少しずつ縮まっていった。其れは、周りにもはっきり分かる事で・・・。
 クルー達を何より驚かせた事は、乱馬があかねを名前で呼んでいた事だ。初めの頃、女の同乗を認めなかった乱馬だけに、周りの驚きようは凄まじかった。其れでなくとも、
乱馬が名前で呼び合う人間は数少ない。指で数えられるほどだ。
 近頃の乱馬の変化には、目を見張るものがあった。
「ね、ね、今度のは?如何?」
 最近、再びあかねの手料理が乱馬に出されるようになった。
 しかし、前までは単品だったのだが、何故か今では2〜3品はテーブルの上に並ぶようになっていた。
 全て、料理を言えるのかは・・・ご想像のままに。
「・・・・・・不味い。」
 乱馬が呟くと同時に、何処から取り出したのか、ハリセンが乱馬の後頭部を直撃した。何とも、気持ちの良い音が食堂に響き渡った。
 この事は、乱馬が名前云々よりも、更に周りを驚かせたのだった。驚くなんてものではない。その場に居た者一斉に、顔面蒼白冷汗だらだら挙句の果てには腰を抜かす者ま
で出たくらいだ。
 今迄、彼にどついて平然としていられてたのは、良牙くらいなものだろう。というか、乱馬と一緒にいてどつく≠ニいう状況になる事が、先ず有り得ないと言って良いだ
ろう。
「こんな時は、お世辞の一つや二つ、言ってみるもんよ。」
 こめかみに青筋を立てながら、あかねが笑って言った。
「・・・一つ質問して良いか?」
 叩かれた後頭部をさすりながら、乱馬が口を開いた。
「なに?」
 珍しく乱馬からの質問。あかねは、身を乗り出して聞いた。そして、周りのクルーも。
「・・・お前、味見してるか?」
 乱馬からの質問は、至って普通。それどころか、余りしないのでは・・・?と言う質問だった。しかし、実(げ)に恐ろしきはあかねの返答。
「してないわよ、そんなの。」
 そんなの・・・。あかねのこの言葉は、周りを凍らせるのに十分だった。しろよ、味見くらい・・・!≠ニ、誰もがそう思った。
「・・・あかねちゃんはねぇ、昔からそうなのよ。」
 くすくすと笑いながら話しに入ってきたのは、久々の登場、かすみだった。
「かすみお姉ちゃん?!」
「だから、気にしないでやってね。」
 気にするな・・・つまりは、如何する事も出来ないから、諦めろと言う事なのだろうか。
「かすみお姉ちゃん、其れ、フォローになってないわよ。」
 かすみの背後から現れたのは、なびきだった。
「あら・・・なびき。」
「あかねのそそっかしいところは昔っからで、今更直せなんて無理に等しいわよ。ねぇ?」
 なびきはあかねを見ていった。
「あ、あたしに振らないでよ!第一、そんな言い方しなくても・・・。」
 あかねは、頬を赤く染めて俯いた。
「何言うか。本当の事を言たまでね。」
 何時の間にか、乱馬の向かい側の椅子に座っていたシャンプーが話に加わってきた。
「な・・・!」
「せや。あかねちゃんの料理してるとこ見とったら、誰もそないな事言えへんやろな。」
 乱馬の隣に座っていたクルーを押し退け、自分がその場に落ち着いた右京が言った。
「確かに、料理をしているのか、大工仕事をやっているのか分からない状況ですものねぇ。」
 予想はしていたが、最後には小太刀。
 実際に、あかねが料理をする姿を見た事がないクルーは、唖然とし、其処まで酷いのか・・・!≠ニ、料理を食べさせられる乱馬を哀れに思った。
 当の本人は、余りの言われように、物を言う気力すら喪失させていた。
「・・・ところで、乱馬はん?こないな料理より、うちの特製お好み焼きを食べへん?」
「何を言うか!・・・乱馬ぁ、そんな物より私のつくた肉まん食べるよろし。」
「ふっ、レベルが低いですわ。乱馬様には、そんな庶民の食べ物はお口に合いませんことよ。ささ、乱馬様、私が作ったフランス料理のフルコースをお食べになって下さいま
し。」
 何と、乱馬に好意を寄せていた右京、シャンプー、小太刀の三人娘が乱馬に猛烈なアタックを仕掛けてきた。おそらく、最近の乱馬とあかねの様子を見て、自分達にもチャン
スはあると考えたのだろう。
「ちょっ・・・ちょっと!あんた達、何勝手な事言ってんのよ!」
 今迄、三人の様子を黙って伺っていたあかねだったが、とうとうあかねにも火が点いた様だ。
「あかねちゃん、抜け駆けはゆるさへんで。」
「お前の出る幕などないね。」
「引っ込んでいなさい。」
 三人一斉に、あかねを敵視し、思い思いの言葉を投げつけてきた。
「・・・五月蝿い。」
 今の今迄、一言も口を聞こうとはしなかった乱馬が、溜息を吐きながら口を開いた。乱馬の今の性格からして、自分の周りで言い争いをされては、我慢の限界だろう。
「あの、乱馬様・・・どちらへ?」
 席を立とうとしている乱馬に、小太刀が声を掛けた。
「・・・俺、やる事有るから。」
 乱馬は其の侭、席を離れた。そして、あかねの傍を通り過ぎる時、何かを呟いた。其れに気付くものはいなかった。
 乱馬の言葉を聞いたあかねは、テーブルの上を見て、慌てて振り返った。そして、乱馬の背中が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。
 乱馬が食堂から出ていくと、あかねは再びテーブルの上のものを見て、嬉しそうに微笑んだ。テーブルの上には、あかねが作った料理が跡形もなく食され、食器のみが載っ
ていた。
(・・・御馳走様=E・・か。・・・何だか、もっと作りたくなっちゃったよ。)
 あかねは、食器を運びながらそう思った。
 後に残された三人娘は、これから徐々にヒートアップするであろう争奪戦に、闘志を燃やすのであった。





『お母さん!ヤダよ!僕を一人にしないで!!』
 幼い少年が、人の波に飲み込まれながら、必死に母親を呼び、懸命に手を伸ばした。
 周りは火の海で、逃げ延びてきた人が次々とカプセルの中に入ってくる。幼い少年の力では、流れに逆らう事は出来なかった。
『・・・御免ね・・・。』
 少年の視線の先には、一人の女性が立っていた。只々、哀しそうに微笑んで・・・。
『ヤダ!お母さんも一緒に・・・!』
 少年は、目に涙を溜めて母親を求めた。
『本当に・・・御免ね・・・。』
 女性は、段々と小さくなっていく。
『お母さーん!!』
 少年の悲痛の叫びと共に、カプセルの扉は閉じられた・・・。


『・・・乱馬。』
 緑の草原と青い空が広がる中に、乱馬は居た。
 無言で、辺りを見渡していると、背後から自分の名を呼ばれた。振り返ると、其処には着物を着た女性が立っていた。
「・・・お袋・・・。」
 乱馬は、そう呟いた。着物の女性は、乱馬の母、のどかだった。
『・・・乱馬・・・、お父さんを許してあげてね・・・。あの人は貴方の為に、ああするしかなかったのよ。だから・・・―――』
「だけど・・・親父は・・・。」
 乱馬は俯き、今迄誰にも見せた事のない苦悶の表情を露にした。
『乱馬、今の貴方は一人じゃないから・・・だから・・・心を開きなさい。昔の貴方のように・・・。』
 言い終わらないうちに、のどかは段々と遠退いて行く。
「・・・お袋・・・?お袋!!」
 乱馬は、自分の声で目を覚ました。ゆっくりと身体を起こす。酷い寝汗を掻いていて、呼吸も少し荒かった。
「・・・またか・・・。」
 乱馬は、額に手をやり、俯いた。
 最近、昔よく見た夢を見るようになった。過去の辛い思い出。忘れる事の出来ない出来事。乱馬が、笑顔を失くしてしまった原因。
貴方の笑顔が見たいから・・・。
 先日、あかねに言われた言葉だ。
(・・・無理だよ・・・。俺は・・・笑えないんだ・・・。)
 乱馬は、直ぐ傍に伏せてある写真立てを見た。
(・・・笑っちゃ・・・駄目なんだ・・・。)
 乱馬は、壁に寄りかかり、其の侭動かなかった。





 其の日、ラバーは食糧その他諸々の補給と休息を兼ねて、近くの星に停泊していた。
 其の星は、緑豊かな星で、母星・地球の大昔の姿を思い出させた。
「では、後の事を頼んだよ。」
 数名の護衛クルーと物資を補給する為のクルー数名を含め、副長の東風と頭の八宝斎は、そう告げると、小型ポットに乗り込み、ラバーから離れた。
 物資を補給するクルーには、主に各チームの《AL》や、その他のクルーが行った。しかし、其の中に《SDT》クルーや、オペレーターは含まれていない。何時敵に襲撃
されるか分からない為、其の時の為に備えているのだ。
 今回から新しく加わった女クルーは、物資補給に同行することになった。色々と補給するものが多いからである。
 普段、宇宙空間を移動している時にも休む事は勿論できる。しかし、肉体的には休む事が出来ても、精神的には休まる筈もなく。だからこそ、残されたクルーは思い思いの
時間を過ごした。
「一体何日ぶりだろうな、こうやって骨を休めるのは・・・。」
 良牙は、食堂の窓際の席に座り、コーヒーを片手に窓の景色を眺めた。
「・・・女達が此の艦に乗って以来だろ?」
 良牙の向かい側に座る乱馬が言った。手元には、良牙と同じくコーヒーが置かれていた。しかし、乱馬は窓の外を見ておらず、目の前のノートパソコンに視線は注がれていた。
 食堂には、二人しかおらず、食事時には狭苦しい食堂も今ではえらく広く感じた。食事時でなくとも、常に食堂は賑わっているのだが・・・。美人クルーの御蔭で。
「もう、どれくらいになるんだ?女がこの艦に乗ってから・・・。」
「・・・さぁな・・・。」
 良牙からの問いかけがあっても、乱馬は、一向にパソコンから目を離そうとはしない。
「・・・お前な・・・こういう時ぐらい、休んだら如何だ!」
 言い終わると同時に、良牙はパソコンを無理矢理閉じた。
「・・・おい。」
 乱馬は、ジト目で良牙を睨み付けた。
「外を見てみろよ。落ち着くぜ。」
「保存してなかったんだぞ。」
 乱馬は、今も尚良牙を睨み付けて言った。
「昔の地球も、こんなんだったんだよな。」
「此れでも苦労したんだぞ。」
「写真でしか見た事なかったもんな。」
「・・・おい。」
「もう、何世紀も昔の事か。」
「人の話を・・・―――」
「いっその事、此処に移り住んで一からやり直すか?」
「聞け。」
「ぐはぁ!」
 乱馬は、傍に置いてあった(なびきの)雑誌を掴むと、一向に話を聞こうとしない・・・と、言うか、無視を決め込んでいる良牙に思いっきり投げつけた。
 良牙は其の侭後ろに倒れた。其れはもう、勢い良く。
「な、何をする!!」
 良牙が起き上がった時には、既に乱馬はパソコンを抱えて食堂を出ようとしていた。
「おい、乱馬!何処へ行く!」
「お前が居ないとこ。」
 良牙の問いに、乱馬はそう答えて、良牙の事など御構い無しに食堂を出て行った。





「わぁ・・・凄ーい!」
 あかねは、周りの光景に声を上げた。
「あかね、一人で遠くに行かないでね。」
「もう、かすみお姉ちゃん!あたしはもう子供じゃないんだから!」
 16歳になる妹を、今でも子供扱いする姉にあかねは頬を膨らませた。
「仕方がないじゃない。あんた、今にもどっか行っちゃいそうなんだもの。」
 横から口を出してきたのは、なびきだった。あかねとなびきとは、年は一つしか違わないのだが、なびきはとても大人っぽく見えた。否・・・あかねが幼いのか・・・?
「もう!二人とも子供扱いして・・・!」
 そんな三人のやり取りを、東風を含むクルーは微笑ましく思った。
「シャンプーちゃぁ〜ん!」
 しかし、其の和やかな雰囲気をぶち壊す、嫌〜な声が・・・。
「・・・っ何するか!!」
「ぐおっ!」
 皆さんお察しの通り、ぶち壊しにしたのは、自他共に認める無類の女好き、ラバーの頭を務める八宝斎だった。
 何故今迄、其の八宝斎が女がいるのにもかかわらず、手を出してこなかったかというと、答えは簡単。隔離されていたからだ。しかも、尋常な隔離のされ方ではない。
 先ず、ロープ、ガムテープ、ワイヤーで身体を拘束し、更に何処で手に入れたのか厚さ20cmもの鋼鉄の箱に押し込んで、回りに鎖を頑丈に巻き、更に更に地下にある、
どんな衝撃にも耐えうる金庫に入れるという、聞く者の身を固まらせる程の禁固の仕方だ。
 おまけに、女クルーが乗艦してから何週間と経っている。其処までされて生きている事のほうがよっぽど恐ろしい・・・。
 ・・・とまぁ、こんな理由から八宝斎の我慢は限界をとうに超えており、女クルーを始め、そこ等じゅうの女の子に触りまくっているのだ。
「右京ちゅわ〜ん!」
「いっぺん死んで来い!こんの、ど阿呆!!」
「ぐへっ!」
「小・太・刀ちゃん!」
「無礼者!!乱馬様以外が、この私に触れようなどと・・・許されませんことよ!」
「どべっ!」
 殴る蹴るの暴行・・・否、拒絶を受けようとも、次へ次へと向かってゆく底力は妖怪の如し。皆、怒りを通り越し、呆れ果てていた。
「さて、さっさと買い物を済ませちゃおっか。」
 東風はもう、八宝斎の事等気に掛けてはおらず、スタストと先に進んだ。慣れているのか、男クルーも東風の後について行く。女クルーも、困惑より怒りが勝っているのだ
ろう、御構い無し。
「・・・おねいちゅわ〜ん!」





 其の頃乱馬は、食堂を出た後行く当てもなく、結局は自分の部屋に戻ってきていた。
 ベッドに横になり、天井と睨めっこ。
 戻ってきた当初は、パソコンの仕切り直しをしようと考えていたのだが、どうも気が進まなかった。シュミレーションルームに行こうかとも考えたが、折角の休息の時間を
無駄にしたくないのは乱馬も同じであった。最終的には、寝る≠ニいう結論に至ったわけだが、如何しても眠る事が出来ないでいた。昨晩見た夢が気に掛かっているからだ。
(何で・・・今頃・・・。)
 乱馬は寝返りを打ち、壁と向かい合う形になった。
(・・・過去を見つめ返せ=H心を開け=H・・・簡単に言うなよ・・・。出来るものなら・・・とっくの昔にやってるっていうのに・・・。)
 東風に言われ続けてきた言葉と、夢で母に言われた言葉を思い返しながら、乱馬は悪態を吐いた。
(・・・今の侭ではいけないのか?今の・・・俺≠ナは・・・駄目なのか・・・?・・・・・・何故・・・。)
 自問自答の繰り返し。堂々巡り。今の乱馬には、如何する事も出来なかった。それほど、乱馬が抱えている物は大きかった。
(・・・誰か・・・教えてくれ・・・。)
 




「・・・何だか、嫌な予感がするぞい。」
 何時の間にか、ガールハントをやめて、東風達のもとに戻って来ていた八宝斎が言った。
「御頭?」
 先程までの情けない顔は何処へやら。険しい表情で空を見つめた。
「長居はしておられんようじゃ・・・。買い物は?」
「殆ど済みました。」
 東風の眼つきも既に変わっており、八宝斎の問いに的確に答える。
「ならば、早々にラバーに帰艦する。急ぐのじゃ!」
『了解!』
 八宝斎の勘は余り外れた事はない。クルーは、来た道を急いで戻り始めた。
 其の頃ラバーでは、艦内に警報音が鳴り響き、残ったクルーが戦闘配置に就いていた。
「全く・・・。こんな時位ゆっくりさせろっての・・・!」
 格納庫で、良牙は悪態を吐いた。
「・・・各員、配置に就け!直ぐ其処まで来て居る!」
 乱馬は命令を下すと、自分も戦闘機に乗り込んだ。そして、真っ先に飛び出していった。
「オペレーター。」
 乱馬は空に飛び出すと、ブリッジとの通信回路を開いた。
“何だ。”
「敵の状況を教えてくれ。」
“それがだな・・・。”
 オペレーターは、多少困惑したように話した。
“宇宙空間の、ある一定場所から動かないんだ。”
「何だって・・・?!」
 停泊中に敵が襲ってくる事はあっても、そんな事態は初めてだった。
“キューブを送り出そうともしない。一体何を考えているんだか・・・。”
 オペレーターにも、焦りの色が見え始めた。予想外に事態に、対応しきれていないのだ。
 次第に、こんな時、副長ならば何と言うか・・・。≠ニいう考えが過ぎり始めていた。そう、副長である東風に頼りきってしまっているのだ。
 停泊中の戦闘の場合、星の住民を護りながらの戦闘だった。しかし、今は如何だ?敵は近くに居ながらも攻撃を仕掛けてこない。相手の意図が分からなかった。どの様に動
いて良いのかも・・・。
 緊迫した空気がその場に流れた。
「・・・オペレーター・・・。」
 乱馬は短い沈黙を破り、ブリッジと連絡を取った。
“あ、な・・・何だ。”
「・・・距離は・・・?」
“約一万。”
「型は・・・?」
“今回はエイ≠セ。”
「敵の位置と距離が分かる簡単な図をこっちによこしてくれ。」
“了解。”
 乱馬の戦闘機のモニターに図が送られてくると、乱馬は直ぐに通信回路を切り替え、図を全機に送った。
「全機に告ぐ・・・。多分、目の前に敵と俺達の位置関係の図が行ったと思う。」
 乱馬の声は、仲間の戦闘機全機に届いた。
「この形態・・・何処かで見たことないか?」
“此れは・・・?”
 「・・・フォーメーションαだ。」
“なっ!?”
 スピーカーの奥から、驚きの声が上がった。
「今、此れをやる時だと思うんだが・・・。」
“・・・し、しかし、リーダー・・・。それでは、リーダーが・・・。”
 別のクルーから通信が入った。何とも弱々しい声だった。
「やらなければやられる。」
 乱馬は静かに言った。スピーカー越しと言えど、乱馬の威圧感は凄まじかった。
“乱馬・・・お前の覚悟はついているのか?”
「ラバーに乗った時点から、ついてる。其れに、俺達は誓った筈だ・・・。」
 乱馬は訴え掛けるかのように言った。
“・・・分かった。やろう。”
 暫く間をおいて、良牙が言った言葉は此れだった。
 他のクルーは、自分の耳を疑った。信じられなかった。ライバルであり、幼き頃からの親友という位を得ている良牙なら、止めると思っていたからだ。
“良牙、お前・・・正気か?!”
 上がるのは勿論、批判の声。
“当たり前だ。乱馬の性格は俺が一番知っているつもりだ。”
“で、でもよ・・・。”
“なぁに、俺達が失敗しなきゃ良いだけの事だろ。あとは、乱馬の腕に任せるしかねぇ。”
“・・・簡単に言うなよ。”
 緊急事態にもかかわらず、常に曇りのない声で答える良牙に、クルー達は戸惑いを隠せなかった。
 しかし、次の言葉でクルー達の考えは変わる事になる。
「お前達の腕は、俺が保障する。だから、俺の事は気にせず、思い切っていけ。」
 乱馬のこの言葉は、お前達を信用しているから・・・。≠ニも取れた。
“・・・分かりました・・・。やりましょう・・・!”
 その事を感じ取ったクルー達は、口々にそう答えた。迷いなどなかった。
 各々が、配置に就いた。
「フォーメーションα。攻撃・・・開始。」





「・・・おかしい・・・。」
 乱馬達が、敵の予想だにしなかった行動に困惑している頃、東風達はまだ、小型ポットにすら辿り着いていなかった。
「御頭もお気付きになられましたか。」
 八宝斎の呟きに、東風も同意した。
「うむ・・・。敵が動いておらん。」
「はい。おそらく、宇宙空間に停滞しているのでしょう。」
 東風は、上空を見上げながら言った。
「何故じゃ?・・・一刻も早く戻らねば・・・。」
 流石の八宝斎も、額に脂汗を掻いていた。
「・・・あ、あれは・・・!」
 ラバーを見ていた東風は、幾つもの光の筋が二手に分かれて飛んでいくのを見た。
“・・・副長!”
 丁度其の時、東風が持っていた無線機にブリッジのオペレータークルーから通信が入った。
 東風は、走りながら無線機を手に取り、応答した。
「何だ!」
“たった今、《SDT》が出ました!”
(やはり・・・。)
「・・・フォーメーションが何か分かるか・・・?」
“・・・αです・・・。”
 クルーは、声のトーンを低くして告げた。
「・・・わかった。直ぐに戻る。」
“了解。”
 東風は、険しい表情をしたまま、通信を切った。
「・・・あの・・・フォーメーションαって・・・。」
 今の会話は、東風の周りにいるもの全てに筒抜けだった。
 女クルー以外は、目を見開き驚きを露にした。
 不審に思いながらも、聞き慣れないフォーメーションの名に、あかねは東風に問いかけた。
「・・・αは・・・今の時点で組まれているフォーメーションの中でも、一番危険なものだ・・・。」
 東風の表情は、依然として晴れない。何処か、八宝斎の様子も暗い。
「・・・死人が出る可能性だってある。」
 東風は続けて話した。
「《AL》は・・・特に、確率が高い・・・否、確実と言っても過言ではないかもしれない。」
「え・・・。」
 《SDT》の《AL》は・・・乱馬だった。



つづく



作者さまより

其ノ一以来、出てこなかったハッピーを再び登場させる事が出来てちょっと一安心する私であります。ほんとに、申し訳がないくらい忘れてました(汗)。
まだまだ、登場数が明らかに少ないキャラが多数居りますので、ぼちぼちと織り交ぜながら出していきますので、気長に待ってくださいませ。





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