◇『生き残り』を賭けて・・・  其の弐
ayaさま作


 乱馬達が戦闘機から降りると、大勢の《SDT》クルーと副長に出迎えられた。其の中には、女クルー達も居た。
 乱馬のもとに、真っ先に駆け寄ったのは良牙だった。
「・・・この・・・無茶しやがって!!」
 良牙は駆け寄ると共に、乱馬の胸倉を掴み、怒鳴った。
「・・・良牙・・・声でかすぎ。」
「お前!死ぬ気か!?」
「・・・死んでないけど・・・。」
「屁理屈を言うな!」
 乱馬の無関心な表情と共に送られてきた言葉に、益々腹を立てた良牙は、乱馬を突き飛ばし、壁に叩きつけた。
 誰も良牙を止めようとはしなかった。止められなかった。こんなにも激憤している良牙は初めてで、どの様に対処したら良いのか分からなかったのだ。
「貴様・・・―――」
「ホントに困った子だ・・・。」
 良牙の言葉を遮り、今や口癖と化してしまった言葉を吐きながら、良牙と乱馬の間に割って入ったのは、副長の東風だった。
「副長・・・。」
 東風の顔を見た途端、乱馬の表情は明らかに曇った。まるで、親に叱られる子のように。
「今回は助かったものの、次は其の命が無くなってしまうかも知れないぞ。」
 東風の瞳は鋭かった。
「・・・在っても・・・しょうのないものですよ・・・。」
 乱馬の其の言葉を聞いた途端、東風の目の色が変わった。
「乱馬!!」
 怒気を含んだ東風の怒鳴りに、乱馬以外のクルーは身体を震わせ、臆してしまった。普段は温厚な副長のそんな姿を見たのも初めてだった。
「そんな事を言うんじゃない!過去に囚われるな・・・過去をしっかり見つめ返さねば、先には進めないんだ!」
 男クルーは、乱馬の過去に何かあった事という事は知っているが、内容までは知らない。詳しい事情を知ってるのは、頭、副長、そして、傍で表情を曇らせている良牙だけ
の様だった。
「・・・医療室に行って来ます。」
 話をはぐらかす様に、腕の傷を理由に乱馬は東風の傍から離れ、格納庫の出入り口に向かっていった。
 乱馬が歩き出すと、出入り口の前に出来ていた人垣はぱっくりと二手に分かれ、道を作った。
 東風は、乱馬を引き止める事はしなかった。黙って、去って行く乱馬の背中を見つめているだけだった。





「間近で見たら、ホンマええ男やったなぁ」
 食堂の厨房。夕食の下準備をしている時の会話だった。
 乱馬が格納庫から出て行くとき、女クルーは近くに居たのだ。
「ホントに、今となってはあの無表情なお顔も、魅力の一つですわ。」
「今度、話しかけてみるね。」
「せやな。ええ奴かも知れへんし。」
 右京、シャンプー、小太刀の三人は、乱馬に好意を持ったようだ。
「・・・・・・あんなのと戦ってるなんて・・・。」
 不意に、あかねが口を開いた。表情は暗い。
「あかねちゃん?」
 かすみが心配して声を掛けるが、あかねは依然暗いままで話した。
「話には聞かされていたけど・・・、実際に見てみると・・・何ていうか・・・。」
「・・・《刈り取り》の話やな・・・?」
 それにつられて、皆険しい表情をした。
「確か・・・軍事力を手に入れる為に、他の星から地球に送り出された手先だと、聞かされていましたわね。」
「そして、このラバーがそいつ等を一掃する役を買って出たとも聞いたね。」
「そう・・・。そして奴等はこちらの思惑通りに、ラバーを一番の敵と見なし、抹殺しようと今も尚、次々に敵を送り込んできている・・・。」
 シャンプーの言葉を取り次ぐ様に、背後の入り口から男が話しに割って入ってきた。。
『副長さん!』
 女クルーが振り返ると、其処には東風が何時もの笑顔を浮かべて立っていた。
「やぁ。御勤め御苦労様。」
「如何かなされたんですか?」
 かすみがおっとりと聞いた。
「いや、ちょっと様子見にね。」
「何時からいたんや?」
「ん〜・・・、右京君の間近で見たら、ホンマええ男やったなぁ≠チて所からかな?」
「・・・結局、最初から居たんじゃない。」
 先程まで話に加わろうとはしないで、雑誌を読んでいたなびきがぼそりと呟いた。
「あはは。気にしない気にしない。」
 気にするでしょ・・・!と、誰もが思った。
「でも、確かに乱馬君は根は良い子なんだ。無愛想で、口数は少なくて、人と接するのが苦手で、きつい言い方するけど・・・。」
「・・・其れの何処が良い奴あるか?」
 当然の意見だ。そんな奴の何処が良い奴に思えるだろうか。
「・・・酷い言われ様ですね・・・副長。」
 後ろから別の声がした。慌てて振り向くと、其処には乱馬本人が立っていた。噂をすればなんとやら・・・。
「や、やぁ・・・乱馬君。如何したの?」
 額に脂汗を浮かべながら、東風は話を誤魔化そうとした。
「・・・・・・別に良いですけどね・・・。喉が渇いたんで、水飲みに来たんです・・・。」
 東風の意図が分かったらしく、それだけ言うと、自分でコップを取り出し、水を一杯飲み干してから、何事もなかったかのように厨房を出て行った。
「・・・ふぅ・・・。久々に焦ったよ・・・。」
 東風は、額の汗を拭って言った。
「あら、あかね。何処行くの?」
 厨房を出ようとしていたあかねに気付いたなびきが、声を掛けた。
「え・・・えっと・・・トイレに・・・。」
 一度、ビクッと身体を震わせて、あかねが言った。
「早く戻りなさいよ。仕事、残ってるんだから。」
「・・・なびきお姉ちゃん、何もしてないくせに・・・。」
 呆れた様に言い残すと、あかねは小走りにで食堂を追いかけた。
「・・・さて、僕は、君達のお邪魔にならない様に退散するとしますか。夕飯、楽しみにしてるからね。」
 続いて東風も、食堂を跡にした。





 あかねは、乱馬を追って通路を走っていた。何処に言ったのか分からない上に、まだ、艦内の地理は完全には把握していない。只、闇雲に走るだけ。
「・・・っはぁ・・・。何処に行っちゃったんだろ・・・。」
 あかねは足を止め、周りを見た。
「・・・此処、何処よ・・・。」
 そう言って、盛大な溜息を吐いた。
「あたしって・・・ドジ・・・。相手の行き先も分からないのに。・・・もー!!」
「おい。」
 あかねが頭を抱えていると、後ろからいきなり声を掛けられた。
「え?」
 振り向くと、ずっと探していた乱馬が立っていた。
「此処で何をしている。」
「あ・・・えっと・・・道に、迷って・・・。」
 突然の事で、あかねは少し動揺していた為、言葉に詰まってしまう。
「食堂だろ?此処の通路を真っ直ぐ行って、二つ目の交差点を右に行って、突き当りを左に行けば後は真っ直ぐ行くだけ。」
 口を挟む隙を与えない一方的な話し方に呆気を取られ、あかねは暫し固まってしまった。固まったままのあかねを不審に思いながらも、それじゃ・・・と、一応声を掛け、
去ろうとした。
「あ、あのっ・・・。」
 が、直ぐに我を取り戻したあかねは、慌てて乱馬を呼び止めた。
 乱馬は肩越しに振り返り、何?とでも言うように目で訴えた。
「あ・・・道、教えてくれて有難う。」
「別に良いけど。」
 変わらず、無愛想に言った。あかねはこの時改めて、東風の言った言葉を実感した。
(本当に無愛想・・・。何でこんなになっちゃったのかな?副長さんは、昔はこんなんじゃなかったって言ってたけど・・・。やっぱり、過去に暗い思い出があるんだわ・・・。)
「あのさ・・・。」
「え!?」
 物思いに耽っていたあかねは、乱馬にいきなり声を掛けられて、思わず大きな声を出してしまった。
「・・・俺の顔に何か付いてる?」
 そう言われて、あかねは何の事だか分からなかった。そして、自分がずっと乱馬を見ていたことに気が付いた。
「あ・・・///!ご、御免なさい!」
 乱馬は溜息を吐いた。憐れむ様な目で見られたかと思ったら、声を掛ければ大きな声は出すし、突然赤面したと思いきや今度は謝って来たり・・・。はっきり言って、あか
ねは乱馬にとって疲れる存在でしかなかった。
「早く戻ったほうが良いんじゃないのか?仕事残ってるんだろ。」
「あっ!!」
 そう、あかねは厨房のみんなにトイレに行って来ると言って出てきたことを思い出した。厨房を飛び出して、彼是十分以上は経っている。嘘を吐いてまで出てきたのに、逆
に此れではみんなに怪しまれてしまうではないか。
「早く行かなきゃ〜!迷惑掛けて御免なさい!!それじゃ!」
 一言謝りの言葉を告げると、あかねは一目散に走り出した。乱馬は、あかねの背中が見えなくなるまでその場に立っていた。そして、踵を返して、自室に戻って行った。
(・・・あいつ、道間違えた。)





「・・・はぁ・・・。」
 溜息を吐き、乱馬はベッドに倒れ込んだ。
(・・・あんなに人と話したのは・・・久しぶりだな・・・。)
 戦友でもある良牙でも、あんなに話したことはなかった。
「・・・・・・っくそ!」
 乱馬は飛び起き、枕を壁に叩き付けた。
(・・・如何かしてる・・・。)
 再びベッドに横になると、乱馬は目を閉じた。
(・・・きっと・・・疲れてるんだ・・・。)





「あかね、何処に行っていたの?」
 あの後あかねは、途中で道を間違え、ニ・三人のクルーに道を聞きながらやっとの事で厨房まで戻ってきたというのに、夕食の準備はとっくの昔に終わっていた。しかも、
帰って来て早々、みんなに咎められる始末。
「トイレにしては、幾らなんでも遅すぎるね。」
「大体、トイレは食堂を出て右に行って真っ直ぐ行けばええだけ。何をしよればそんなん時間かかんの?」
「ま、貴女が居ない分、仕事は捗りましたけど。ホホホホホ。」
 言いたい放題言われていたが、どれも此れも的を得ていて言い返すことが出来なかった。最後の小太刀の言葉は如何かと思うが・・・。
「心配してたのよ。」
「本っ当にドジねぇ。」
「御免なさい・・・。」
 心配されていた事を知ると、謝る事だけしか出来ないあかねだった。
(・・・乱馬さんに会ってたなんて言えない・・・。)





其の日、あかねは艦内の地図を片手に通路を歩いてた。
「え〜っと・・・此処が武器庫で・・・此処がシュミレーション・・・・・・あっ!」
 部屋の位置を確認しながら歩いていたあかねの眼に映ったのは、シュミレーションルームから出てくる乱馬の姿だった。
「乱馬さん!」
 東風から聞くところによると、あかねと乱馬は同い年の筈なのだが、何故かあかねはさん&tけで呼んでいた。多分、乱馬の雰囲気がそうさせていたのだろう。
 名を呼ばれた乱馬は振り返り、うんざりした。自分の苦手とする人間に呼び止められたのだから・・・。
「・・・何・・・?」
「あ・・・え・・・っと・・・何してるのかなぁ・・・って・・・。」
 何も考えずに呼び止めてしまったものだから、あかねは言葉に困ってしまった。
「シュミレーションルームから出て来たんだから分かるだろ・・・。」
 乱馬は其の侭歩き出した。
「あ・・・まだそこら辺は聞いてないの・・・。」
 乱馬を追いかけながら、あかねは話し続けた。
「・・・・・・特訓場みたいなとこだよ・・・。」
 あかねは見ずに、簡潔に答えた。
「あの、乱馬さん・・・。」
「・・・・・乱馬で良い・・・。たしか、同い年だろ。」
「あ、うん・・・。乱馬は・・・如何して何時も・・・悲しそうなの・・・?」
 乱馬は、歩みを止めた。いきなり止まってしまった乱馬を不審に思い、乱馬の顔を覗き見ると、乱馬は目を見開き、俯いていた。
「・・・乱馬・・・?」
 乱馬は名を呼ばれると、一度身を震わせ、あかねを見た。
「・・・悲しそう・・・?」
「え?・・・ええ・・・。」
 あかねの其の言葉を聞くと、乱馬は再び歩き始めた
「・・・・・・な・・・。」
「え?何・・・?」
 乱馬の呟きが聞き取れず、あかねは乱馬を追いながら聞き返した。後ろからでは、乱馬の表情は伺えない。
「・・・俺に・・・近付くな・・・。」
 あかねは足を止め、それ以上問う事も、追う事もせずに、黙って乱馬の背中を見送った。
「な・・・んで・・・?」
 何故その様に言われたのが分からない。しかし、乱馬の先程の言葉には怒気は感じられなかった。
(・・・こうなったら、無理矢理にでも笑わせてやるんだから・・・!!)
 冷たい言葉で突き放されたにも関わらず、燃え上がるあかねだった。
 この時から、あかねの奮闘が始まったのだった。
「う〜ん・・・面白い事になりそうだねぇ・・・。」
 そして、此れを影より見守る男が居た事を告げておこう。





 其れからと言うもの、あかねは何かと乱馬と接触し、一緒に居る事が多くなっていた。と言うよりも、あかねが乱馬に寄って行くと言う状態で・・・。
 そんな事が続いて、もう一週間が経とうとしていた。
「乱馬♪」
 今日もまた、あかねは野望(?)を達成すべく、乱馬に近寄っていった。
 他のクルーは、最初の頃こそは不思議がったものの、今では最近の乱馬の反応が面白いため、其の光景を黙って見届けているだけだった。。
「・・・なに。」
「今朝は、味噌汁作ったんだけど・・・。」
 最近、あかねは料理の練習に力を入れていた。そして、作ったものは全て乱馬のもとに回され、乱馬の胃におさまるのだった。
 初めの頃、乱馬は食べ物と言えない物体を、あかねに泣き落とされ渋々口に入れたのだが、直ぐに乱馬の顔は蒼白になり、トイレに走ったとかないとか・・・。
 そんな事が毎日のように朝昼晩繰り返されれば、誰でも嫌気と恐ろしさが湧いてくる訳で・・・。
「・・・ヤダ。」
 乱馬は眉間に皺を作り、即答した。
「そう言って、昨日食べたのは誰だったっけ?」
 あかねは、乱馬を覗き見る様にそう言った。
「・・・五月蝿い・・・。」
 眉間の皺を深くし、更にこう言った。
「其れも昨日聞いた。・・・ねぇ、食べてよぅ。」
 あかねは御碗に注がれた・・・味噌汁(?)を差し出した。
 それを見た乱馬は、もはや反射的に退いてしまった。
「・・・いらない。」
 何時もはどんな事があろうとも、人前では絶対に表情を崩さなかった乱馬が、顔を僅かに引き攣らし、冷や汗まで掻いていた。
 周りのクルーは、一所懸命に笑いを堪えている。
「むぅ・・・。・・・食べて。」
 顔を膨らませて、更に御碗を突きつけた。
「・・・いらない。」
 乱馬は、そう言って身体を180度回転させると、其の侭食堂の出入り口へ行こうとしたのだが、あかねに腕をつかまれて引き止められてしまった。
「自分で食べないなら・・・無理矢理にでも流し込むわよ・・・」
 不敵な笑みを浮かべ、あかねは言い放った。
「・・・腹一杯だから・・・。」
「へぇ・・・おなかいっぱいなんだぁ。まだ何も食べてないくせに?」
 含みのある笑い。其れが何とも恐ろしかった。
 乱馬は、此れでもかと言うくらい眉間に皺を寄せて、更に後ずさりをした。
「・・・俺・・・戦闘機の調整が残ってるから・・・。」
 言い終わらないうちに乱馬は既に出入り口まで行っており、言い終わると同時に出て行ってしまった。
 乱馬が出て行くと同時に、食堂中にクルー達の笑いがこだました。
「あ・・・!!・・・初めて逃げられた・・・。」
 あかねは、心底悔しそうな顔をした。
「・・・でも良いわ・・・。まだまだ時間は有るんだし・・・。」





 乱馬は、食堂から逃げ延びて格納庫に来ていた。整備があると口走ったものだから、来ない訳にはいかなかったのだ。
「・・・疲れた・・・。」
 乱馬はボソリと呟いて、溜息を吐いた。
(・・・毎日毎日・・・何だって言うんだ・・・あの女。)
 戦闘機のコックピットに座り、調整をしながら心の中で悪態をついた。
 この一週間で、乱馬は精神的な疲労感が増幅していた。そして、疲労感が増すと共に、益々あかねが苦手になっていく。当然と言えば当然だろうが、人と接するのが酷な乱
馬にとってこれ程迷惑な事はなかった。
(・・・ホントに・・・疲れた・・・。)
 乱馬は其の侭、瞳を閉じてしまった。





(格納庫って此処よねぇ・・・。)
 乱馬が瞳を閉じてから小一時間後、あかねが格納庫に顔を出した。
 あの後、片付けや掃除が残っていたため、乱馬を探しに出るのが少し遅れてしまったのだ。と、言うものの、あかねは不器用な為、何をやっても上手くいかず、まだ仕事が
残っているにもかかわらず、厨房を追い出されてしまった、と言うのが本当のところだろう。
(何処に居るんだろう・・・。)
 戦闘機が数十台と置かれている為、格納庫の広さは半端ではない。ラバーの中で最も大きい事間違いないだろう。
(・・・考えてみれば、あたしって入り口までしか入った事ないんだったわ・・・。)
 辺りをきょろきょろと見渡しながらあかねは、乱馬を探していた。しかし、乱馬はコックピットの中。そう簡単に見つかる筈もなく・・・。
(居ないのかなぁ・・・。)
 あかねが諦めかけた時、あかねの眼にあるもの飛び込んできた。
「・・・あっ・・・。」
 其れは、何とも間抜けな様だが、乱馬の腕だった。コックピットから垂れ下がっていたのだ。
(・・・居た・・・。)
 あかねは駆け寄り、コックピットを見上げた。しかし、何の反応も見せない。不思議に思ったあかねは、傍の梯子を上り、覗いてみると、静かに寝息を立てて乱馬が寝ていた。
「わぁ・・・。」
(寝てる・・・。)
 あかねは、覗き込むようにして乱馬の顔を見た。
(寝顔・・・可愛い。・・・何だか、何時もの無愛想な顔が嘘みたい。)
 あかねは、時間が経つのも忘れて、乱馬の寝顔を楽しんだ。
「・・・ん・・・。」
「あ。」
(ヤダ、起きちゃう・・・!)
 そう思うや否や、目を覚ました乱馬と目が合ってしまった。
「あ・・・・・・きゃ!?」
 驚いたあかねは、自分が梯子の上に居る事を忘れ、バランスを崩してしまった。
 あかねの体が後ろに傾いた。高さ数mの高さから落ちたら、たとえ武道を嗜んでいるあかねと言えど、ひとたまりもない。
「危ねぇ!」
 乱馬は咄嗟にあかねの腕を掴み、自分の方に引き寄せていた。しかし、勢いが良すぎて、あかねはコックピットの中に倒れこみ、乱馬の膝の上に座る形になってしまった。
 あかねは、いきなりの事で混乱していたが、次第に自分の状況が把握できると、一気に顔を真っ赤にして身体を硬くした。
「あ・・・・・・ありが・・・と・・・。」
「・・・いや・・・。」
 実際のところ、乱馬も少し動揺していた。
「ほ・・・ホントに有難う・・・!そ、それじゃ・・・!」
 余りに自分の格好が恥ずかし過ぎて耐え切れなくなってしまったあかねは、乱馬の膝から降り、梯子を降りて格納庫を出て行った。
(・・・何故・・・俺はあんなに焦った・・・?何故動揺している・・・?何故こんなにも・・・―――。)
 残された乱馬は、胸を握り締め自問自答を繰り返していた。
(どど・・・如何しよう・・・。)
 そしてまたあかねも、通路を駆けながら胸の高鳴りを必死に抑えようとしていた。





 そんな事があって以来、乱馬とあかねの関係はぎこちないものになってしまった。
 目を合わせようとはせず、二人ともお互いがお互いを避けるように行動するようになった。勿論、あかねが乱馬に話しかける事もない。
 そんな二人を、クルー達は不思議がっていた。
 乱馬に問いただしても、何時もの如く無愛想な顔で、五月蝿いの一言で一掃され、あかねに聞いても、頬をほんのり赤く染めて黙りこくってしまって、何でもないの一言で
話にならない。
 二人の間に何かがあった事は明確だった。只、其の何か≠ェ分からない。
 しかし、この状況を楽しんでいる者が一人居た。副長である東風だ。
「・・・面白くなってきたね・・・。」
 東風は、実はあの時密かに身を隠して居合わせていたのだ。俗に言う覗き見=Bしかし、そうまでする東風の意図がつかめない。只本当に楽しんでいるのか、はたまた別
に何か考えがあるのか・・・其の辺りはまだ分からない。
 兎に角、二人が情緒不安定なのは確かだ。此の侭、戦闘≠ニ言う状態に縺れ込んでしまっては、特に乱馬の方は如何いう状態になってしまうかは目に見えている。一刻も
早く、この状況を如何にかしなくてはならないのだが、今はとても無理だろう。
 しかし、こういう時に限って不幸≠ニ言うものは舞い込んでくるものであって・・・。





 艦内に、何時もの警報音が鳴り響いた。
 クルーは直ぐに、戦闘配備に就き、迫り来る敵に備える。
「敵機母艦、距離一万!こちらに向かってきます!前回同様、大型です!」
 ブリッジにオペレーターの状況確認の声が響いていた。
 どうやら、今回の母艦もピーマン型≠フ様だ。
 格納庫でも班長が固まり、《AL》の乱馬と共にフォーメーションの確認等を行っていた。
「・・・よし。各自、配置につけ。」
『了解!』
 乱馬が指令を出すと共に、各々が各機に乗り込み始めた。
「副長。」
 乱馬は戦闘機に乗り込むと、東風に通信を送った。
“・・・乱馬君。”
「《SDT》出ます。」
“前みたいな事がないように。良いかい?”
「・・・了解・・・。」
 渋々・・・といった感じだろうか。一応、お決まりとなった返事を返し、乱馬は数十機の戦闘機を引き連れ、宇宙空間へと飛び出した。
 敵機母艦は直ぐに其の姿を現し、悠然とラバーの前に立ちはだかった。
「フォーメーションは確認した通り、Bでいく。全機攻撃開始・・・!」
 母艦からキューブが飛び出し始める頃、乱馬はフォーメーションを確認し、攻撃命令を出した。
 此方よりも遥かに数の多いキューブを撒き、次々に撃墜していく。時間が経てば、少しずつキューブの数は減っていく。
「《エース》は俺に続け。」
 ある程度の数になると、乱馬は各班の《エース》に命令を出し、母艦に迫っていった。
“おい、乱馬。今回も《口》か?”
 A班《エース》の良牙から通信が入った。
「いや・・・今回は別だ・・・。」
“何だって?!”
 乱馬の信じられない言葉に、良牙は思わず大きな声を出してしまった。只でさえ手強い敵を、最大の弱点である《口》を叩かず、作戦もなしに別の場所を攻撃と言う事は、
無謀に等しいと言うもの。
 勿論、この会話は他の戦闘機にもブリッジにも筒抜けであって・・・。
“何を言い出すんだ、乱馬君!!”
 当然の如く東風からの通信が入った。
「副長。今までの様に《口》を叩くばかりでは、近い内に敵に対策を打たれてしまいます。ですから、《エース》は何時ものように《口》を。俺が、背後に回ります。」
“た、確かに君の言う事は正しい。しかし、そういった事は次の機会に、作戦を練ってからでも遅くはないだろう?!”
 東風は必死に説得を試みる。が、その間にも乱馬率いる戦闘機は母艦にどんどん迫っていく。
「各班《エース》は、《口》を叩け。」
“り・・・了解。”
“乱馬君!!”
 もはや、乱馬は東風の言う事など聞いてはいない。《エース》に命令を下し、自分は母艦の背後に回るべく、軌道を逸らし、たった独りで目的のポジションへ向かっていって
しまった。
 《エース》は、命令されたとおりに《口》に向かって攻撃を開始し、乱馬は敵に妨害される事なく、敵の背後に回ることに成功していた。
(・・・此処は・・・。)
 其の直後、母艦は爆発を起こした。即席の作戦は、何とか成功を納めた。





「乱馬君・・・。」
 戦闘機から降りた乱馬に、真っ先に声を掛けたのは言うまでもなく東風だった。
「君は、反省という言葉を知らないのか?」
「・・・知っていますよ。常識として。」
「そういう事を言っているんじゃない!」
 淡々と返事を返してくる乱馬に、痺れを切らした東風が怒鳴った。
「下手をすれば、君どころか、君に続く戦闘員までもが命を落としかねないんだぞ!」
「独断で作戦を変更した事は謝ります。しかし、得る物はありました。」
 乱馬の言葉に、格納庫に集まっていた《SDT》は驚きの声を上げた。
「・・・後で、班長をミーティングルームに集めよう。・・・解散。」
 東風は溜息をついて、取り合えず指示を出した。
「・・・乱馬君。余り無茶をしないよう何時も言っていた筈だよ。」
 厳しい眼つきで、乱馬を見据える。
「・・・別に俺には・・・―――」
「命なんて在ってもしょうのないもの・・・というのは無しだよ。」
 先手を打たれ、乱馬は黙りこくってしまった。
「・・・特に、今はね・・・。」
 東風は、そう言い残すと格納庫を出て行った。





「・・・今まで、俺達は《口》が最大の弱点だとしてきました。」
 《刈り取り》との戦いが終わって一息ついた頃、《SDT》の班長はミーティングルームに集まっていた。
「と言う事は・・・―――」
「はい。また一つ、弱点を発見しました。」
 東風の言葉に繋げるように、乱馬が話す。
「リーダーが回った、背後ですか?」
 B班の班長が問いかけてきた。
「・・・そうだ。」
 乱馬はスクリーンの前に立ち、手元のキーを操作した。スクリーンに映し出されたのは、今回の敵艦とラバー。
「・・・敵機母艦に攻撃を仕掛ける前までは、今までと何等変わりはありません。」
「問題は攻撃を仕掛けるとき・・・か・・・。」
 東風は静かに呟いた。
 乱馬はキーを操作しながら話し続けた。
「今迄の様に、俺が各班《エース》を率いて、敵機母艦に向かいます。」
 スクリーンには、敵機母艦とラバーの間に、数機の戦闘機が映し出された。
「この時、寸前で右斜め上と、左斜め下に二手に分かれるんです。」
「・・・何故だい?」
「今回は、俺は敵の横を通って背後に回りましたが、敵の側面にも大砲のような物が無数に取り付けられていたのを見ました。俺が撃ち落されなかった事が不思議なくらいで
す。」
 乱馬は、スクリーンに今回戦った敵機母艦の拡大図を映し出した。
「つまり、上下左右を回っては、確実にやられると言う事で斜めか・・・。」
 A班班長は納得したように呟いた。
「斜めだと、死角になる可能性もある。」
 班長は、次々に自分達の意見を出していく。
「・・・違うよ。斜めは相手にとって完璧な死角になるんだ。」
 東風は、確信した瞳でそう言い放った。其れに、各班長は驚きを隠せない。
「如何いうことです・・・副長。」
「其の侭だよ。今回の相手の型の構造は、もう随分前からわかっていたんだ。」
「・・・では、背後が弱点だと言う事は分かっていたのでは?」
 B班班長は身を乗り出して問いかけて来た。
「そうです。何故教えてくれなかったんですか?そうしたら、リーダーがあんな危険を冒す必要はなかった筈です!」
 乱馬は、無愛想なれど、クルーからの信頼は厚かった。言葉には出さずとも、皆乱馬の身を案じていた。
「いや、分かっていたのは構造だけで、弱点が如何こうという事は余りわかっていなかったんだ。」
「・・・副長。」
 今迄黙って、班長達と副長のやり取りを見ていた乱馬が、不意に口を開いた。
「何だい?」
「新しいフォーメーションが出来ますね・・・。」
「ああ、そうだね・・・。この事はおって知らせよう。・・・解散。」
 各班の班長は納得したのか、ぞろぞろとミーティングルームから出て行った。
「・・・相手も・・・手強くなってくるだろうね・・・。」
 ミーティングルームには、東風と乱馬の二人だけが残っていた。
「・・・また、対策を打てば良いだけの事です・・・。」
 乱馬はそう言って、ミーティングルームから出て行った。
「まったく・・・簡単に言ってのけるんだもんなぁ。」
 東風は、椅子に深く腰掛け微笑んでそう言った。



つづく




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