◇『生き残り』を掛けて・・・ シリーズ第一弾
 ▼仁義なき戦い

ayaさま作


 広大な宇宙空間に、その艦体は当てもなく漂っていた。
 地球より、他の星の刺客を一掃する為に送り出された戦艦ラバー≠ナある。この一隻のみでも十分な戦力があるらしく、敵はラバー≠目の敵にしていた。軍事力獲得
を目的としているため、少しでも戦力がありそうなものにはとことんこだわり、確実に手に入れたいらしい。
 しかし、地球側の本当の狙いは其処ではなく、地球防衛軍≠フ結成のための時間稼ぎ、つまり囮≠セった。
 ラバー≠フクルーは総勢150余名。最近、男ばかりでむさ苦しかった中に女クルーも六名ほど追加され、心持ち華やかさを得た。
 その中で一際目立つ事が多いというか、何かといざこざを起こす男女がいる。男の名を早乙女乱馬、女の名を天道あかねという。
 この二人、始めの頃こそは仲が良いと言うほどでもなく、何となく不釣合いを感じさせたのだが、時が経つにつれ、二人は自然と一緒に居ることが多くなった(関係者談)。
 さてさて、そんな二人と周りの人物が織り成す物語をお贈りするとしよう。





「乱馬、お早う」
 朝食の時間、食堂にて。朝食を持ったあかねは、乱馬の前に立った。
「・・・お早う・・・」
 乱馬はあかねを見ずに、あかねが手にしている物を見てそう言った。眉間に皺を寄せて。
「今日ね、久しぶりに朝食作ってみたの。」
 あかねは嬉しそうに言った。
「・・・へぇ・・・」
 乱馬の視線は動かず、ある一点に集中していた。
「味噌汁が上手くいった方だと思うんだけど。」
「・・・味噌汁・・・?」
 乱馬がその味噌汁(らしきもの)に目をやったが、如何見ても味噌汁の色ではなかった。
「さ、食べて」
 乱馬は応えられなかった。
 席に座った乱馬は、目の前のトレイに乗った食事を見つめた。隣に座っている良牙でさえ顔を引き攣らせている。こんなの食うのかオーラがひしひしと感じられる。
 乱馬は取り合えず各品々の物色をし始めた。
 先ずは、主食である御飯。此れはかすみ達が炊いたのだろう、普通だった。
 問題はその隣。あかねがお勧めする味噌汁。味噌汁なのかと疑いたくもなるほど焦げ茶色をしていた。
(一体・・・何を入れたらこんな色になるんだ・・・?)
 そう思わずにはいられない。
 しかし、もっと不思議な事が。味噌汁の中からは、なにやら緑色をしたものが突き出していた。(・・・キュウリ・・・?)
 しかも所々に焦げ目が。
(焼いたのか・・・?コイツ、キュウリを焼いたのか・・・!?)
 軽い眩暈が乱馬を襲う。
(何でキュウリなんだ?普通に考えても、味噌汁にキュウリはミスマッチだろ・・・。っは、そう言えば・・・)
 乱馬は、以前あかねが言った言葉を思い出していた。
だって、『普通』じゃ面白味がないでしょ?だから、アレンジしてみたの。
(・・・まさか、アレンジして此れ≠ゥ・・・?)
 まだプカプカと浮いているのもがあったが、考えたくもないので次に進む事にした。
 御飯、味噌汁とくれば最後は定番中の定番、焼き魚のはずだが・・・。乱馬の視線の先にある物は、黒かった。上に乗った大根おろしが恐ろしいほどよく映えている。形と
大根おろしからして魚だろうという事はわかったのだが、此れはもはや食べ物ではない。おまけに魚からは如何見ても骨ではないものが突き出していた。
 此れで全ての品を物色し終えたのだが、如何見てもまともなのは御飯しかなかった。
 乱馬は意を決し、箸を手にした。
 周りのクルーも息を呑んでその光景を見ている。
 乱馬が御飯に手を出そうとした時、
「味噌汁、食べてね」
 悪魔の声が囁いた。もう、逃れられなかった。
 乱馬は諦めたかのように、味噌汁の碗を持ち、口をつけたその刹那。
「乱馬ぁー!」
「乱馬はん!」
「乱馬様!」
 自分達の作った料理を片手に、シャンプー、右京、小太刀の三人娘が現れた。あかねを押し退け、乱馬と良牙の間に割り込み、乱馬の周りに陣取った三人は、それぞれの料
理を前に出した。
「私がつくたラーメン食べるね」
「うちの特製お好み焼き。食べて」
「私が作ったお料理の方が美味しくてよ」
 いきなりの事で、流石の乱馬も反応が鈍る。我に返った時は、如何したものかと考えを巡らせた。しかし、如何考えても行き着く先は逃亡=B普段の乱馬の行動からして
有り得ない事なのだが、この場はもう逃げるが勝ち。乱馬が椅子から腰を上げようとした時だった。
「ちょっと!いきなり割り込んできて何なのよ!乱馬の朝食はあたしが作ったんだからね!」
 目に余る扱いにあかねが怒鳴り声を上げた。
「何を言うか。こんなもの食べれたものではないね」
 シャンプーはあかねが作った料理を指差し、勝ち誇った表情で言った。
「せやせや。こんなもの食べた暁には、胃腸薬の世話になるんが目に見えてるで」
「そんな事より、こんなものが食べ物だと言い張るほうがおかしいんじゃありませんこと?」
 自分の料理をこんなもの扱いにされたあかねの怒りは頂点に達した。
「な、何ですって?!大体ね、朝っぱらからこんなコテコテした料理を食べさせようって言うほうもおかしいのよ!朝食といったら和風に決まってるでしょ!?朝から中華だ
の、フランス料理だの、お好み焼きだのって食べたくないわよ!」
 あかねのこの言葉に、先程まで勝ち誇っていた三人の表情が一変した。
 この時既に乱馬は隙をついて逃亡していた。周りのクルーも収拾のつけようもなく、只々呆然とあかね達の言い合いを傍観していた。
 あかね達の言い争いは、延々と続く事になるが、30分も経つと疲れも出てきたのか、四人共々息を切らせながら、お互いにらみ合っていた。
 周りにいたクルーも殆どが、持ち場に就いたり、部屋に戻ったりと、食堂には約十数名ほどしかいなかった。
 争いに空しさを感じ始めた四人が、部屋に戻ろうかと考え始めた時だった。
「お前等!いい加減にしろよ!!」
 聞き覚えのない声に、あかね達は一斉に振り返った。
 其処に立っていたのは、あかね達と差ほど変わらないくらいの身長をした少年だった。
「・・・何者あるか」
 少々不機嫌に言った。見知らぬ者にいきなり怒鳴られて、良い気分はしない。
「俺の事は如何でも良いんだよ。それよりお前等、リーダーに馴れ馴れしくするなよな!」
 如何やら、乱馬の事を言っているようだ。
「・・・始まったな」
「ああ。そろそろだと思ってたんだよ」
「結構我慢したほうじゃねぇ?」
 食堂に残っていたクルーはぼそぼそと何やら意味深な言葉を言い交わした。
「お前等みたいな、がさつで、自分等の事しか考えていない様なやつ等は、リーダーには不釣合いなんだよ!」
 この言葉が、シャンプー、右京、小太刀に火を点けた。
「っふ・・・いきなり何を言い出すかと思えば・・・。うちの何処に不満があるっちゅうねん!」
「私はがさつじゃないね!それに、乱馬の事もしかり考えてるある!自分の事だけなんて心外ね」
「此方の御三方はそうだとしても、この私が乱馬様と不釣合いなどと・・・。無礼にも程がありますわ!」
 三人は身を乗り出して口々に不満を言った。
 少年は、それに動じず、寧ろ、益々気に食わないといった顔をした。
 そして、あかねだが、三人ほど怒りを露にしてはいないが、それなりに腹を立てていたりもする。
(何なのこの子。いきなり怒鳴ってきて、文句ばっかり・・・!)
 そして・・・。
「だぁー!うっせぇー!」
 シャンプー達の文句の嵐に我慢しかねた少年は、大声を張り上げた。
「お前等のそういうところが気にいらねぇんだ!」
「別にお前に気に入られようとは思ってへん!・・・っていうかお前誰や。」
「ふん、てめぇらなんかに名乗ってやる名前なんかねぇ。」
 あくまで自分の事を明かす気はないらしい。そして少年は続けざまに、
「兎に角、俺は絶対にお前らの事を認めないからな!」
 そう告げて食堂から出て行った。





「上条・・・雄也?」
「そう」
 あかねは、格納庫で戦闘機の整備をしていた良牙に、朝の事を話した。乱馬でなく良牙に聞いたのは、率直に言うと、乱馬は答えてくれなさそうだからである。
「クルーの中でチビなやつはそいつしかいない」
「へぇ〜」
「あいつにとっての乱馬っていう存在は、憧れであって、尊敬しているみたいだけど、それ以上に・・・―――」
「それ以上に?」
 あかねは先を促した。
「兄貴みたいに思ってるんじゃないかなぁ」
「お兄・・・さん?乱馬が?」
 疑いたくなるのも無理はない。あかねの知る限りでの乱馬像は、口数が少ない上に無愛想で暇さえあればシュミレーションルームで訓練に明け暮れ、多くの人間とは深い関
わりを持たない人物である。その乱馬が兄のように思われているとは・・・想像もつかない。
「・・・あ、乱馬」
 丁度其の時、乱馬が格納庫を横切った。噂をすれば影とはよく言ったものだ。
 乱馬はちらりと二人に目をやるだけで、スタスタと格納庫を出て行ってしまった。
「・・・っぶ・・・くっくっくっく・・・」
 すると突然良牙が腹を抱えて笑い出した。
「良牙君?」
「あ、ごめん。いや、変わったなぁって思って」
「変わった?何が?」
「乱馬だよ」
 良牙は目尻に涙を溜めていった。
「そう?大して変わらない気がするんだけど」
「乱馬と長い付き合いの奴は直ぐ分かるよ。あいつ、変わったよ。今朝の事といい、さっきの事といい・・・」
(まさかあいつがやきもちやくなんて・・・。考えらんねぇよ)
 良牙は乱馬がこちらを見た時、一瞬ムッとした表情をしたのをしっかり見ていたのだ。初対面のものには分からないぐらいの変化だが、良牙はちゃんと気付いていたのだ。
(此れも、あかねさんの影響なんだろうなぁ)
 良牙はあかねを盗み見てそう思った。





「成る程な・・・。せやったんか」
 厨房で、あかねは良牙から聞き出した事を三人娘に話した。
「何としても、今朝の言葉訂正させるね!」
「勿論ですわ。あのような屈辱、味わったのは初めてですわ」
 四人は一時休戦と称して、今朝の苛立ちを思う存分吐き出していた。
「それにしても、あの乱馬はんとそないに仲がええんやろうか?」
「多分」
「だとしても許せないある」
「上条・・・雄也、と言いましたか。膳は急げ、ですわ。早速・・・―――」
 小太刀が立ち上がりかけた時だった。
「俺が何だって?」
 忌々しく感じられるその声に反応し振り返ると、入り口の方に事の元凶である上条雄也が、仁王立ちしていた。
「上条、雄也・・・」
 あかねが、ポツリと呟いた。
「へぇ・・・。俺の事聞き出したのか。趣味悪いな、あんたらも。ま、そういう人間だって事は分かってたけどな」
『なっ・・・!』
 雄也の毒舌に、四人の怒りのボルテージは一気に上昇していった。
「お前にそんな事言われる筋合いないね!!」
「もう許さへんで!!」
「勝負ですわ!!」
 シャンプー、右京、小太刀は前に出て口々にそう言い放った。
「勝負≠ヒぇ・・・」
 雄也は、少し考える素振りをすると、
「なら、こうしようぜ。只の勝負じゃ面白味がねぇ」
「如何いう事?」
「簡単に言っちまえば、誰がリーダーに相応しいか決めるんだよ。そうだなぁ・・・テーマはやっぱり炊事≠セな」
「・・・其れはお前も出るのか?」
「当たり前だろ。勝負≠ネんだから、俺が出ないとしょうがねぇもん」
 シャンプーの問いに、雄也は悠然と答えた。
(いける!この勝負もろた!厄介なシャンプーと小太刀は其の時に何とかすればええし)
(男とあかねには絶対に負けないね!残りの二人も、私の手にかかれば大したことないある)
(・・・っふ。天道あかねと上条雄也は眼中にはないですわ。後の二人にはこの痺れ薬と眠り薬を使えば・・・)
 三人が何かを企んでいる事は、傍から見ても丸分かりだった。何しろ、顔に影を落として不気味に笑っているのだから。
(あ〜あ・・・。とんでもない事に巻き込まれちゃった。如何しよう)
 自分が口を挟む前に事が進んでしまい、途方にくれるあかねがいた。





「ここに居たか、乱馬」
 シミュレーションルームに良牙が姿を現した。
「良牙か」
 乱馬は丁度終わったところらしく、タオルで汗を拭っていた。
「お前知ってるか?」
「何を?」
 二人は、備え付けのソファーに腰をかけ話した。
「面白い事になってんだぜ。雄也があかねさん達に喧嘩吹っ掛けたらしいんだ」
「・・・達?」
「ほら、毎日飽きもせずお前にモーション掛けてくる三人だよ」
「ああ・・・。あいつ等・・・。」
 乱馬は、三人の顔を思い浮かべると、少しうんざりしたような表情をした。
「最近、少し騒がしいだろ?あれ、決戦の準備をしてんだぜ」
「決戦?」
「そ。如何いう経緯(いきさつ)でかそうなったらしい。誰がお前に相応しいか決めるんだと」
「なっ!?」
「全く・・・。無愛想なお前の何処が良いんだか。あ、そう言えば、あかねさんも参加するみてぇだったなぁ。あかねさんも大変だよな。ここんとこ、お前に振り回されて
ばっかりじゃねぇ・・・って、居ねぇし・・・」
 良牙が乱馬の方を見た時、既に本人の姿は消えてしまっていた。





「雄也」
 乱馬は、シミュレーションルームを跡にした後、雄也の部屋を訪れていた。
「あ、リーダー!」
 雄也は、嬉しそうに乱馬のもとに駆け寄った。
「何ですか?」
「お前、あんまり余計な事をするなよ」
「・・・あ、リーダーも聞いたんですか」
「ああ。ついさっきな」
「そうですか。でも、此れは必然なんです。俺が口を出さなくても、いずれはあの四人の中でこういう事は起こっていたんですからね。とは言っても、俺は手を抜く気はありませんよ。リーダーに相応しいかどうか、この俺が見極めてやるんです!」
 雄也は、握り拳を作って力説した。
 乱馬は、少々おされ気味になりながらも雄也を止めようとした。が、室内に取り付けてある内線の呼び出し音が鳴り、阻まれてしまった。
「はい。・・・は?・・・・・・ああ。・・・・・・分かった。直ぐに行く」
 雄也は受話器を置くと、乱馬に向き直り、
「すみません、リーダー。急用が入ったので、この話は後程に」
 そう告げると、部屋を飛び出して行ってしまった。
「あ、おい!」
 乱馬の呼び止める声も空しく、雄也は部屋を出て行った。
(・・・何とかしねぇと)
 取り合えず、雄也の後を追おうを乱馬は雄也の部屋を跡にした。
「あれ?乱馬?こんな所で何やってるの?」
 乱馬が通路に出た時、あかねが丁度通りかかった。両腕には雑誌のようなものが抱えられていた。
「あかね・・・」
あかねさんも参加するらしい・・・
 ふと、良牙の言葉が乱馬の脳裏を過ぎった
「ここって・・・確か、雄也君の部屋よねぇ?何してたの?」
「いや、別に」
「そう」
「・・・お前、其れ何?」
「え?・・・ああ、此れ?調理本よ。何だか、ややこしい事になっちゃって・・・」
 あかねは俯き加減に苦笑した。
「調理本って・・・まさか、決闘の方法って料理か?」
「何だ、乱馬知ってたの?そうよ、テーマは炊事≠ネの」
「止めとけ」
 乱馬は、きっぱりとした口調で言った。
 此れにはあかねもムッとする。
「何でよ」
「何でって、一番お前に不利なテーマじゃねぇか」
(何か・・・ムカつく・・。)
「だから止めとけっ。」
「・・・嫌よ」
「お、おい・・・」
「あたし、絶対負けないもん・・・」
「お前、それ自分の料理の腕自覚してから言ってる?」
「・・・っぜーったいに止めないんだから!!」
 そう言って乱馬を睨み付けると、脱兎の如く走り去ってしまった。急変したあかねについていけず、暫し呆然とする乱馬だった。
 そして、走り去ったあかねはというと、先程まで成り行きに任せて仕方なくといった考えが一変。決戦に向けて闘志を燃やしていた。其れこそ、メラメラと効果音が聞こえ
るくらいに・・・。
 如何やら乱馬は、知らず知らずの内にあかねを煽っていたらしい。
(・・・俺、何か拙いこと言ったか・・・?)
 つくづく罪な男である。





 そして、あれよあれよと言う間に決戦当日。
 ブリッジ下の広場には多くのギャラリーと、その中央に向かい合う五人の姿が在った。それぞれの前には流し台が備え付けられ、コンロがその上に置かれていた。今では全
く使われていないコンロは、倉庫の奥深くに眠っていたものを引っ張り出してきたのである。
 五人とギャラリーとの距離は、およそ10mは離れているだろう。
 この事が何を示しているかは、直ぐに分かる。
 事の原因でもある乱馬本人はというと、ブリッジから其の場を見下ろしての観戦だ。
“えー、それでは今から・・・って、これ言うのか?”
 司会者のクルーは、何故か其処で躊躇し、実行係であろうクルーに話しかけ、一言二言言葉を交わすと、再びマイクに向かった。
“・・・えー、それでは今から『早乙女乱馬争奪戦!! 〜愛しの彼に愛の手料理をv〜』を開催する”
 タイトルが発表されると同時に、一気に会場の気温が下がった。
「・・・最低のネーミングだな・・・」
「ああ・・・特にサブタイトルがな・・・」
「誰が考えたんだよ・・・」
 漸くショックから立ち直ったギャラリーは、口々に不平を言った。
 乱馬本人はというと、タイトルを聞いた途端ずっこけた侭、未だに起き上がれずにいた。
(何なんだ・・・一体)
 やっぱり、無理矢理にでも止めておけばよかったと今更ながら後悔する乱馬であった。
“ルールは簡単だ。相手の行動を妨害したり、守ったりしながら自分の料理を仕上げるんだ。そして、出来上がった料理を・・・あそこにいる本人に食べさせる事。食べさせ
た時点で、決着とする”
 司会者は、ブリッジにいる乱馬を指差しながら言った。それと同時に、五人が一斉に乱馬を見る。凄まじい闘気を放ちながら。
 此れには流石の乱馬もたじろぐ。
(冗談だろ・・・?)
“それでは・・・始め!!”
 開始の合図と共に五人が一斉に行動を開始。
 相手を妨害しても良いというルールにもかかわらず、五人は自分の作業に専念している。
 ある程度作業を進めてから・・・と、言う事だろう。
 開始十分は平穏に勝負は行われていた。が、
「甘いね!」
 シャンプーの声が響いた。その視線は小太刀に向けられていた。
「・・・流石にこの程度の事は、易々喰らってはくれないですわね」
 小太刀の手には、団扇と小さな包みがあった。
 如何やら、眠り薬か痺れ薬かをシャンプーに向かって飛ばしていたらしい。それを、シャンプーが団扇で扇ぎ返したのだ。
 原始的だ・・・という事は、敢えて突っ込まないでおこう。
「当然ね!そんな子供騙し、私には通用しないね!」
 両者が睨み合っている間、残り三人は着々と作業を進める。
(始まりよったな。あかねちゃん達は眼中にないさかい、うちは安心して作業を・・・・・・ん?)
 隣で作業を進めている雄也に眼を向けた時、右京は愕然とした。
 敵ではないと思っていたが、その手さばきはとても素人とは思えなかったのだ。
(こいつ・・・出来る!甘く見すぎた。よくよく考えてみれば、男にとって不利な勝負方法を自分から持ち出してくるなんて、余程自分の腕に自信がない限り無理や)
 右京は、焦りを感じた。
(早めに潰さな・・・!)
 右京は、懐から小ベラを数本取り出すと、雄也の手元に向かって投げた。
「うおっ?!」
 小ベラはまな板にささり、野菜を刻んでいた雄也の手を止めさせた。
「・・・っへ。こっちも仕掛けてきやがったか」
 雄也は、口の端を吊り上げてそう言った。
「出る杭は打っとかな・・・うちが痛い目に遭うからなぁ」
「俺は売られた喧嘩は買う主義なんだ。後悔すんな・・・よっと!!」
 言い終らない内に、雄也は右京の足元に何かを投げつけた。
 すると、右京の周りが煙に包まれた。
「・・・っな?!煙幕!?」
 右京は、辺りに神経を集中させ、雄也の気配を探った。
「・・・上!」
 右京の頭上に、雄也が迫っていた。竹刀を掲げて。
ガキィ・・・ン
「・・・っく」
「へぇ・・・。でっけぇヘラだな。どっから出したんだ?」
「・・・っ。うちの相棒・・・っや!」
 右京は雄也を押し返し、間合いを取った。
「向こうも始まったみたいですわね」
「思いっきり戦えるね!」
 もはや、あかねの事など頭の片隅にもなかった。
(あの四人戦い始めたわね。あたしの方に火の粉が散らなくて助かったわ。自分の作業に集中できる)
 するとあかねは、手元のソースを沸騰した湯の中にぶち込んだ。計量スプーンも何も使わず。
 あかねの作業を見ていた乱馬は、ぎょっとした。
(ちょっと待て、何でソースを入れるんだ・・・)
 次にあかねが手に取ったのは、醤油。此れも目分量。ドバドバと入っております。
(・・・黒っ)
 そして、あかねは具らしきものを入れ始めた。
 刻んだトマトに、湯気だっているキュウリ。そしてピーマン。黄色の。
(・・・カラフルにしたかったんだな。)
 あかねは、鍋を暫し見つめると、材料を詰めてある袋の中からある物を取り出した。
 味噌こしと味噌。
 それを見た乱馬は、驚いて身を乗り出した。
(あ、あれ、味噌汁だったのか?!・・・じゃぁ、この間のあれ≠熏。みたいに作って・・・。し、知りたくなかった・・・)
 乱馬の戸惑いを他所に、あかねは作業を続ける。
 乱馬は、この先のおぞまし光景を見続けることに苦痛を感じ、観戦していたブリッジから姿を消した。





 そして、戦いは続く。
 相手を邪魔するだけだったはずの攻防戦は、何時の間にか入り乱れ、戦闘へと発展していた。
 四人とも本気だった。その気迫は、周りにいるギャラリーに一言も発せさせないくらいで。
 既に料理の事など頭にはなかった。
 只々目の前の敵を倒すのみ。
 ちょっと視線を外すと、其処はまるで魔女が怪しげな薬を作っている光景を彷彿させた。作っている人物が美少女なだけに、まだ救いようがあった。
 彼等は気付いているのだろうか。
 備え付けられている五つの流し台の内、四つは使い物にならないことを。その時点で、勝者が決定してしまっている事を・・・。





 真っ直ぐ部屋に戻った乱馬は、副長である東風から預かった、フォーメーションのデータが入っているディスクの中身の確認と、改善の余地がある部分を思慮していた。
 以前の乱馬ならば、如何に敵を翻弄し、且つ確実に倒す方法を最優先させていたが、最近では違う。味方の安全を何よりも優先していた。
 今迄、味方の事を考えていなかった訳ではない。味方の事を信頼していたからこそ、好戦的なフォーメーションになっていたのだ。今は仲間を思う気持ちが表に出るように
なっただけ。只それだけなのだ。
(・・・αはいらないな)
 乱馬はデータに目を通しながら、自嘲気味に笑った。
 前の出来事を思い出しているのだろう。
(後は・・・)
 乱馬が作業を進めようとした時だった。大きな爆発音と共にラバーの艦体が揺れたのは。
「!!敵か?!」
 乱馬は慌てて部屋を飛び出し、格納庫に走ろうとした。
 が、何時まで経っても聞きなれた警報音は響いてこなかった。
「・・・まさか・・・」
 乱馬は、100%近い確信を持ち、嫌な予感を抱きながら広場へと向かった。
 広場に近付くにつれ、黒い煙と、焦げ臭い匂いが乱馬を迎えた。
(・・・予感的中・・・)
 広場に足を踏み入れた乱馬は、溜息を吐きながらそう思った。
 辺り一面真っ黒で、下手に歩けば倒れているクルーを踏んでしまいそうだった。
 そんな中、一際黒くなっている場所で動くものがあった。
 乱馬は、足元に注意しながら其処に歩を進めた。
「・・・っゴホッ・・・ゲホゲホッ・・・。も〜一体何なの〜?」
 動くものの正体はあかねらしかった。
「おい」
 乱馬は座り込んでいるあかねの隣にしゃがみこんだ。
 あかねの周りには、何やら金属っぽいガラクタが転がっていた。
「あ、乱馬」
「お前、何やったんだ?」
「ゲホ・・・それが、あたしにもよくわからないの。デザートにケーキを焼こうと思って、オーブンの中に入れたんだけど、いきなり爆発して・・・」
「また余計なもん入れたんだろ」
「そんなつもりは・・・」
「で?」
「で・・・って?」
「この状況、如何するつもりだ?」
「あ」
 あかねは、初めて周りの状況を理解して言葉に詰まった。無機物も有機物も真っ黒になって転がっているのだから当然だろう。
「あ〜・・・あ、あははははは・・・」
「・・・笑い事じゃねぇと思うんだけど・・・」



 この後暫く、東風と《AT》は後始末に頭を悩ませたそうな。


 因みに、参加者のお言葉を・・・
「ちくしょー!!こんなのやってられっかぁー!!」
「勝負にならないね!引き分け以外認めないある!」
「もう一度仕切りなおしや!こんなの勝負でも何でもあらへん!!」
「信じられませんわ!こんな終わり方!」


めでたしめでたし(?)







(用語)
○《AT》・・・整備チーム

作者さまより

やっと出来上がりました。
“『生き残り』を掛けて・・・”のシリーズ第一弾です。
このシリーズなんですが、実は第四弾まで考えてあるんです。
私の作品の中でも、一番気に入っているので、シリーズ化してでも書きたいらしいで
す(笑)。
もう暫く、お付き合いください。


みそ汁にキュウリはさすがに入れませんが、季節になると私はキュウリのスープを作ります。
母直伝。
材料はたまねぎ(スライス)、ベーコン(細切り)、キュウリ(冬瓜でも可)
キュウリはぶつ切りにして、材料をサラダ油でさっといためて、そこへ水を注ぎ入れ、コンソメを割りほぐし(味付けは好みに塩コショウ、薄口醤油をたらしても良し)、でくつくつと煮て出来上がり。夏場にいいです。ドロッとしたのが好きな方は「吉野葛」を仕上げにどうぞ。勿論、水溶き片栗粉でも。
何をコメントしている…。

いや、やっぱり、あかねちゃんは、料理が…。
(一之瀬けいこ)


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