◆I need you
ayaさま作


 乱馬が修行の旅に出て,一週間が経った。
 冬休みも,もうすぐ終る。
 連絡は,4日前から途絶えたまま。
 旅に出て,3日はちゃんと,連絡は来た。
 今回の旅は,乱馬単独のため,代わりに連絡する者が居ない。
 天道家に住まう者は,気にし始めていた。
 許嫁のあかねも例外ではない。
 毎日毎日電話の前に居座っている。
(声が・・・聞きたい・・・)
 考えることは,乱馬の事ばかり。
(電話が出来ないんだったら,手紙ぐらいよこせばいいのに・・・)
「・・・馬鹿・・・」
 悪態をついても,言い返してくる者は居ない。
 あかねは,急に淋しくなってきた。
 何時も居て当たり前の乱馬が側にいない。何時も側にいるからこそ,居ないときは不自然に思え,胸にポッカリ穴が空いたような気持ちになる。
 何をしてもつまらない,面白くない,楽しくない,夢中になれない。
 体を動かしても,疲れるだけ。清々しい気分になれない。
 あかねは,のそのそと自分の部屋に戻った。
 ベッドに横になる。
 そして,何かを願うように瞳を閉じた。



 あかねは,ゆっくりと横たわっている自分の身体を起こした。
 其処は,暗かった。
 辺りを見渡しても,何も見えない。
 おまけに,何か不気味さを感じさせるほど,肌寒かった。
 あかねは,仕方なく立ち上がり,歩いた。
 自分が何処を歩いているのか,検討もつかぬ。
(此処・・・何処だろう・・・)
 そう,思うしかなかった。
 一歩一歩歩を進めるに比例して,不安さも増していく。
 異常なまでの孤独感が,無情にも,押し迫ってくる。
(何で・・・居ないの・・・?)
 あかねは,乱馬を思っていた。
 乱馬と出会ってから,色々なことに巻き込まれて,辛いこと,悲しいこと,苦しいこと,楽しいこと,嬉しいこと・・・今までに余り感じることがなかったことを,この短い一年で沢山味わってきた。
 だが,そんな時は何時も,乱馬が傍にいた。
 だから,乗り越えられてきた。成長できた。
 乱馬が居なかったら,そんな体験できなかっただろう。
 体験できたとしても,もっと先のことになっていただろうし,それ以上の体験は臨めなかっただろう。
 そう思うと,あかねにとって,『早乙女乱馬』という,一人の男の存在がとても大きいものになっていたのだと実感した。
(・・・乱馬に・・・・・・会い・・・たい・・・・・・)
 そう考えた,その時だった。
 目の前に,見慣れた赤いチャイナ服を着て,後ろで一つお下げを結っている少年が,こちらに背を向けてたって居た。
「・・・乱馬・・・?」
 すると,少年がゆっくりとこちらを向いた。
 紛れもなく,乱馬だった。優しく,微笑んでいる。
「乱馬!」
 あかねは,駆け寄った。
 其の間も乱馬は,只微笑んで立っているだけだった。
 あかねは,必死に駆けた。しかし,一向に近づかない。それどころか,段々と,離れている。
(やだ・・・何で・・・?!)
 そうしている間にも,乱馬は遠ざかっていく。
「嫌・・・!乱馬!待って・・・!」
 叫ぶが,聞こえてるのかいないのか,乱馬は微笑んだまま2m・・・3m・・・と,遠くなる。
 乱馬の身体が小さくなっていく。
 あかねは,目に涙を溜めながら追ったが,とうとう,乱馬は見えなくなってしまった。
「嫌・・・乱馬ぁーーー!!」


 はっとして,起きあがる。
「・・・・・・夢・・・」
 目には,涙が溜まっていた。
 あかねは,両足を抱え,顔を埋めた。
「・・・もう・・・何で・・・居ないの・・・?」
(やっと・・・乱馬の顔が見れたと思ったのに・・・どうして・・・夢なの・・・何で・・・消えちゃうの・・・?)
 認めたくなかった。
 乱馬が傍にいない現実を。
「・・・早く・・・帰ってきてよぉ・・・」


その日も,乱馬は帰っては来なかった。


「・・・行ってきます・・・」
 力無い声を発し,家を出る。
「・・・あかね,元気がないわ・・・」
「気持ちは,分らなくもないわ。・・・全く・・・あの子は・・・一体何処で,何をしているのかしら・・・」
 かすみとのどかは,元気のないあかねを心配した。
 勿論,心配しているのは,この二人だけではない。
 家に住まう者全てが,気に掛けた。
 日に日に元気を無くしていく少女と,未だ帰らぬ少年のことを・・・。




 何時もの様に学校に行って,何時もの様に友達と話して,何時もの様に授業を受けて,何時もの様に様に帰る。
 そんなことを繰り返して,8日経つ。
 乱馬から家に連絡がなかっただろうか,帰ってきただろうか,ずっと考えていた。
 気がつくと,家の前。
 あかねは,玄関の戸を開けた。
 何時もと何ら変わりはなかった。
「・・・ただいま・・・」
 家の者に聞こえるか聞こえないかの小さな声で言ってみた。
 靴を脱いでいると,奥から,パタパタとスリッパの音がする。
 聞こえたらしい。
「お帰りさい」
 出迎えたのはかすみだった。
「・・・乱馬は・・・?」
 あかねは,静かに聞いた。
 かすみは,首を横に振りながら,
「・・・連絡もきていないわ」
 その事を聞くと,あかねは何も言わず,自室に入った。
 かすみはあかねの背中を心配そうに見つめた。


 夕食を済ませ,お風呂に入り,皆々が息をつく時間。
 あかねは,自室のベッドに横たわり,天井を見つめていた。
 連絡が途絶えた5日前までは,乱馬に腹を立てて居たが,何時の間にかそんな怒りも消え失せ,今は只々,乱馬の身を案じるのみ。
 様々な思いが頭を過(よ)ぎる。
 しかも,良くないことばかり。
 考えないようにするが,どうにも止まらない。
 眠ってしまおうかとも考えたが,昨日見た夢を再び見てしまうのが恐くて眠れなかった。
 あかねは,寝返りを打って,壁を見る格好になった。
 暫く,そうしていると,窓の方から,カリカリ・・・と音がする。
(乱馬・・・?)
 慌てて,窓の方に行くと,其処にはペットのPちゃん(もとい,良牙)が其処にいた。
 あかねは,鍵を開け,Pちゃんを招き入れた。
「・・・お帰り・・・Pちゃん・・・」
 何時もなら,大喜びして抱き締めるところだが,とてもそんな気分にはなれなかった。
 Pちゃん(良牙)も,少し疑問に思っていた。
 あかねは,Pちゃんをゆっくり抱えると,一緒にベッドに入った。
「・・・・・・乱馬が帰ってきてくれれば良いのに・・・」
 ボソッと言った。が,Pちゃんにはしっかり聞こえていた。
 Pちゃんは,あかねの口から乱馬の名が出てきたことにショックを受けた。
「・・・・・・乱・・・馬・・・・・・」



 ふと気がつくと,時計は午前3時を指していた。
 あかねは,自分が何時の間にか寝てしまっていたことに驚き,あの夢を見なかったことにほっとした。
 Pちゃんは,横でスヤスヤと寝息を立てている。
 そして思った、
(・・・この隣で寝ているのが乱馬だったらどんなに幸せだろう・・・)
 と。
 その時だった。
 コンコンと,何かを叩く音がする。
 ドアではなく,窓の方から。
 あかねは,Pちゃんを起こさないようにゆっくりとベッドから抜け出て,窓の方へ行ってみた。
 黒い・・・人影。
 月明かりに照らされた其の黒い人影は,紛れもなく乱馬だった。
「・・・乱馬・・・?」
 あかねは,恐る恐る鍵を開けた。
 鍵が開いたと分ると,乱馬は迷いもなく入ってきた。
 大きなリュックを背負って。
「・・・御免・・・寝てるとこ・・・その、下開いて無くて・・・えっと・・・ただいま・・・」
 遠慮がちに言葉が発せられた。
 あかねは,未だ信じられず,呆然と其処に立っていた。
暫し,無言の時。
沈黙を破ったのはあかねだった。
「・・・どうして・・・5日間も・・・連絡くれなかったの・・・」
「・・・・・・ちょっと・・・山奥に・・・入りすぎて・・・。・・・天候も・・・悪くなって・・・下りようにも,下りれなくて・・・。
 天候が・・・良くなって・・・おりたは良いけど・・・今度は・・・森に迷いこんじまって・・・連絡しようにも・・・村も,町もなくて・・・其れで・・・」
 申し訳なさそうに,口籠もって話した。
「・・・其れで・・・ずっと・・・5日間も・・・?」
 乱馬は何も応えなかった。
「・・・っあんた・・・あたし達がどれだけ心配したと思ってんの・・・?!・・・どれ・・・だけっ・・・心・・・配・・・したと・・・・・・っ」
いきなりのことで,感情が暴走し,止めどなく涙が流れる。
 乱馬は,静かにリュックをおろし,あかねに近付いた。
 そして,そっと抱き締めた。
「・・・御免・・・」
 あかねの耳元で,そっと呟く。
「・・・もうっ・・・帰ってきたら・・・いっぱい・・・いっぱい文句を言ってやろうって・・・思ってたのに・・・
 こんなことされたら・・・言えないじゃない・・・っ」
「・・・御免」
「・・・・・・乱馬の・・・馬鹿・・・」
 そう言って,あかねは乱馬の背中に腕をまわした。



“乱馬・・・”
“・・・ん?”
“あたしね・・・分ったことが,一つだけ有るの・・・”
“何?”
“・・・・・・T need you・・・”
“・・・へ・・・?”
“クスクス・・・その内分るようになるわよ・・・”



 T need you.・・・私には貴方が必要です。





作者さまのコメント今

回の作品は、受験勉強をしているときに思いついたのです。
「あ、これ良い!」
ってな感じで。
この作品は、結構前に出来ていたのですが、投稿するのに時間がかかってしまいました。
また、投稿したいと思っています。


 受験前にも関わらず書いていただきました・・・
 思いついたら書かずに居られないのは物書きの悲しき性(さが)。
 でも、溜め込んで集中できないより、すっきり書いて集中した方が…。時と場合にもよりけりですが(笑

 いつも要る人が傍に居ない不安。常に傍らにあるときは、何とも思わないものですが、ぽっかりと己の傍にある筈の空間が空いてしまうと、身につまされる、そんな経験は誰しも持っているかと思います。離れて初めて知る、人の温かさ。
(一之瀬けいこ)



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