◇天使と人間の恋 第五部
ayaさま作


 部屋のドアが開き,天界神が入ってきた。
「乱馬よ・・・大界神様がお呼びです。ついてきなさい。」
 乱馬は何も言わず,黙って天界神の後に続いた。
 久しぶりの外の空気。何処か新鮮だった。
 不意に,天界神が話しかけてきた。
「乱馬よ・・・貴方は,あの人間の女が未だ忘れられないようですね・・・。」
「当然です・・・。忘れるつもりはありません。」
「だと思いました。大界神様も,そう考えていらっしゃいます。」
「なら,俺を彼処に閉じこめた意味はないのでは?」
「そうですね・・・。しかし,精神的には落ち着いたでしょう・・・。」
 乱馬は答えなかった。
「貴方は,多くの期待を背負っています。一部では時期の神の候補とも言われいています。」
「俺は,神にはなりたくありません・・・。」
「何故です?」
「只,下界を眺めているだけの生活は俺の性分に合いません・・・。」
「確かに,貴方はそう言った性分ではありませんね。」
「それに・・・下界の良さを知ってしまっているので・・・下界を見ていると,降りたくなってしまいます。」
「成程・・・。しかし,今の貴方の最もな理由は彼女でしょう・・・?」
「良くお解りで・・・。」
「誰でも考えが浮かびます。」
「・・・天界神様・・・俺はどんな事があろうとも必ず彼奴の元へ行きます。例え,この身が滅びようとも・・・!」
「・・・其の堅い気持ち・・・大界神様にぶつけてみなさい・・・。」
 色々と話している間に,其処は大界神の部屋の前だった。
「天界神様がそのようなことをおっしゃるとは・・・何かありますね・・・?」
 そう言うと,二人は連れ立って部屋の中へ入っていった。
「よくぞ参った。」
「お久しぶりです・・・大界神様・・・。」
「この間よりは,口がきけるな・・・。」
「幾分落ち着きましたので。」
「・・・この度お前を此処に呼んだのは,他でもない,あの人間の女のことだ・・・。」
「心得ております。」
「うむ・・・それならば・・・先ず,お前の彼女に対する想いを打ち明けてみよ。」
「俺は・・・彼奴と一緒になりたいと思いました。彼奴は俺の全てです。
 下界の者ではない俺に話しかけてくれた。気味悪がらず・・・笑顔で・・・。
 何も知らない俺に,色々なことを教えてくれた・・・。」
 乱馬は鋭い瞳で大界神を見上げ,続けた。
「俺は彼奴のためなら死ねる・・・!彼奴と少しでも長くいられるのなら,滅びたって構わない・・・!
 ・・・俺は,天使じゃない・・・彼奴こそ,俺の天使です!!」
 暫しの静寂。
 大界神が口を開いた。
「お前の気持ち,よく解った・・・。・・・乱馬よ・・・お前にチャンスを与えよう・・・。
 ・・・彼女との再会を認めよう・・・。」
「ほ・・・本当ですか!?」
「但し・・・彼女の気持ちが冷めていたならば・・・諦めなさい・・・。」
「はい。」
「では,行きなさい・・・これが最後です。」
 乱馬は其の言葉を聞くと、一目散に飛び出した。
 其の背中を見つめる、二人の神・・・。
「あの子には・・・私のような思いはさせたくないのですが・・・。」
 天界神は静かに言った。
「私には、私の二の舞にならない事を願う事しか出来ないのでしょうか・・・。」
 大界神はそんな天界神を悲しげな瞳で見つめた・・・。





 あかねは,学校のとある片隅に来ていた。
 余り人目に付かないところだった。
 あかねだけが知っている特別な場所・・・。
 今は昼休み。
 先程まで,友達と話していたのだが何故か此処に来たくなった。
(何だろう・・・この気持ち・・・胸が高鳴っている・・・?一体どうしたのかしら・・・。)
 あかねは側にある木にもたれ掛かって座った。
 そして,青く澄み渡った空を眺めた。
 瞳を閉じる・・・。
 暖かい気候,寒くはない。
 意識が遠退く・・・。


『・・・かね・・・。』


 あかねははっとして,目を開く。
(乱馬の・・・声が聞こえた・・・!)
 立ち上がって辺りを見渡すが,誰もいない。あかねは,走ってその場を離れた。
 教室へ向かうと,鞄をもって再び出る。
「あ・・・あかね?!どうしたの・・・?!」
 友人が声を掛ける。
「早退!!」
 短く答えると,一目散に駆けだした。
「あかね・・・元気・・・に・・・なった・・・?」






 校門を出ると,取り敢ず家に向かった。鞄を起き,着替えずに再び外へ駆け出す。
 かすみが,何事かと見に玄関へ来たときは,既にあかねの姿はなく鞄だけが虚しく残されていた。
 あかねは,町中を駆け回った。滅多に行かないようなところまで。
 しかし,目的の者は見つからなかった。
 公園で途方に暮れていた。
(いるわけ・・・無いよね・・・。)
 そう思った途端急に悲しくなってきた。瞳から涙がこぼれ落ちる。
(馬鹿みたい・・・。)
 あかねは,歩き出した。






 同時刻,乱馬は下界に降りてきていた。町の上空を飛び回った。
(何処にいるんだ・・・あかね・・・。)
 家をこそーっと覗いてきたがいない。
 前に教えてもらった“がっこう”も覗いてみた。やはりいない。
 公園も探した。何処にもいない・・・。
 乱馬は,ある場所に向かって飛んだ。
 其処は,汚れ無き緑が覆い茂った深い森の中だった。そう・・・乱馬とあかねが初めて出会った場所。
 大きな樹の前に,乱馬は立ち尽くした。
 乱馬は不安で一杯だった。あの時から既に3ヶ月が経っていた。
(もう・・・駄目かもしれない・・・。)
 正直言って自信はなかった。いきなり消えてしまったのだから・・・。最後のあの言葉は聞こえていなかったかもしれない・・・。もう,他の男を見つけているかも。様々な思いが巡る・・・。
(諦めるしか・・・無いのか・・・?)
 その時だった。
「・・・乱・・・馬・・・?」
 後ろから声がする・・・。懐かしい・・・あの声・・・。
 乱馬は慌てて振り返った。
 紛れもなくあかねだった。目には涙が浮かんでいる。
「乱馬・・・なの・・・?」
 確認するかのように、幾度と無く聞いてきた。
「乱馬よね・・・?」
 少しずつ、あかねが歩み寄る。乱馬は、両手を大きく広げ、
「あかね・・・。」
 名を呼んだ。
 あかねは、進める足を速め、乱馬の胸に飛び込んだ。
「ら・・・乱馬ぁーー!!」
「あかねっ・・・」
 あかねは、声を出して泣いた。今まで溜めていたものを吐き出すかのように・・・。乱馬も包み込むように優しく抱いた。このときの衝動は堪らなかった。
「夢じゃ・・・夢じゃないのね・・・?」
「夢じゃない・・・。」
「・・・会いたかった・・・。」
「・・・っ・・・あたしもっ・・・。」
 暫く、抱き合った後乱馬はあかねを自分の身体から離した。
「あかね、聞いてくれ・・・お前の一言で・・・俺達の未来が決まる・・・。」
 あかねは黙って聞いた。
「俺が、天界へ連れ戻されたのは掟を破ったからだ・・・。」
「掟・・・?」
「当たり前だけど・・・種族の違うもの同士の恋は認められていない・・・。」
「そんな・・・。」
「今まで、お前に会いに来れなかったのは閉じ込められていたから・・・。」
「あたし達・・・もう駄目なの・・・?」
 あかねの瞳には、再び涙が浮かんでいた。
 乱馬はあかねの肩を掴み、目線の高さを合わせた。
「聞いてくれ・・・!今、俺が此処に居るのは、大界神様にチャンスを貰ったからだ・・・。」
「チャンス・・・?」
「・・・あかね・・・お前は・・・俺と・・・ずっと一緒にいたいか?」
 聞くまでも無いと思った・・・。しかし、聞いておきたかった。
「馬っ鹿じゃないの?!」
 あかねの言葉を聞いて、乱馬は、
(・・・駄目か・・・。)
 そう思って、あかねの肩を掴んでいた手を離した。
「何を馬鹿みたいな事聞いているの?そんな事言うまでも無いじゃない!!」
 そう叫んで、乱馬の背中に腕を回した。
「へ?」
 間抜けな声を出す乱馬。
「ホント・・・馬鹿ね・・・。あたしの気持ちが変わったとでも思ったの?」
「あの・・・。」
「そんな訳無いじゃない・・・大好きよ・・・今でも・・・ううん・・・あの頃よりももっと・・・。」
 乱馬はあかねを抱きしめた。胸は嬉しさと幸福感でいっぱいだ。其れは、あかねにも言える事だろう。
「い・・・痛いよ・・乱馬。」
 しかし、嬉しそうだ。
「もう離さないからな・・・!離れろって言っても離れないぞ!」
「其れはこっちの台詞よ。あたしだって離れてやらないんだから」
 丁度其の時、二人の頭上が光った。
「乱馬・・・。」
 あかねが乱馬を抱きしめる腕を強める。
 あの時と同じだった。
「心配するな・・・。」
 乱馬もまた、あかねを自分の方へ引き寄せた。
 光の中から現れたのは、なんと大界神だった。
「だっ・・・大界神さま!?何故・・・!?」
 滅多な事では下界には降りて来ない大界神が、今目の前にいる。信じられなかった。
「お前達の気持ち・・・しかと確かめさせてもらった。偽りは無いな・・・?」
「有りません。偽る理由など、何処にも有りません・・・!」
 乱馬の言葉を聞くと、大界神はあかねに視線を向けた。
「あ・・・あたしも・・・乱馬と同じ気持ちです・・・。」
「うむ・・・二人の気持ちが其処まで固いのなら、お前達の望み・・・叶えてやっても良い・・・。」
「えっ・・・。」
「乱馬・・・お前は人間になる事が出来る。」
「なっ・・・!」
 信じられない一言だった。
(人間に・・・?俺が・・・?)
「これは、真の話・・・。」
「本当に・・・本当になれるんですか・・・?!」
「・・・しかし・・・これは、お前にとって大きな試練となろうぞ・・・。」
「試練・・・?」
「お前は・・・天界の者と会えなくなっても良いのか・・・?」
 乱馬は黙った。
 これまで、お世話になった人達がいる。今まで、共に学んで来た者がいる。遊んだ者がいる。
 共に励まし合ってきた者がいる。簡単に捨てる事など出来ようか・・・。出来る筈も無い。
 出来る訳が無い。しかし、愛する人と一緒になりたい。共に生きたい。・・・乱馬にとって厳しい試練だった。
「時間を与えよう。今直ぐに決めるなど無理な話。
・・・24時間後に、答えを聞こう。其れまで、考える事だ・・・。」
 そう言い残すと、大界神は光の中に姿を消した。
 乱馬とあかねは暫し無言のまま時を過ごした。沈黙を破ったのはあかねだった。
「・・・あたしは、貴方の答えに文句を付けたりしない・・・。」
「あかね・・・。」
「貴方の好きにして・・・未だ、24時間も有るんだもの・・・。焦らなくて良いわ・・・。」
 あかねは、優しく微笑み、乱馬の傍から立ち去ろうとした。
「・・・何処へ・・・?」
「家に帰るの。ずっと此処に居てもしょうがないから・・・。乱馬は、一度天界に帰る。」
「え・・・。」
「24時間、天界で過ごしてみたら・・・?きっと、答えが出るわ。」
 にこりと笑って見せ、あかねは再び歩き出した。あかねの言う事は最もだった。
 乱馬は、羽を羽ばたかせ空へと舞い上がった。





 あかねは、家に戻った。
「ただいまー」
 あかねの声を聞きつけ、かすみが出迎えに来る。
「お帰り、あかね。今日はどうしたの?早く帰ってくるなり、いきなり飛び出して行っちゃうから・・・」
「うん・・・ちょっとね・・・。でも、心配しないで」
「何か良い事でもあったの?」
 あかねの何時もとは違う様子に、かすみが言った。
「へへ・・・ちょっとね・・・」
 あかねが笑って答えた。
「そう・・・」
 あかねは、そのまま2階へと上って行った。
「あかねが笑ったところ・・・久しぶりに見るわね」
 3ヶ月前のあの日から、あかねは殆ど笑う事が無くなっていた。笑うといっても、苦笑いだった。
 しかし、今のあかねの笑顔は違う。前のように、輝いている。
 かすみは、優しく微笑み再び廊下の奥へ消えた。



つづく



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