◇天使と人間の恋 第三部

ayaさま作


 朝は,昨夜のことが嘘だったかのように清々しく,晴れ渡っていた。
 あかねは,のそのそと起き上がり,暫くそのままで居た。
(・・・眠れなかった・・・)
 あかねは,ゆっくりとベッドから抜け出ると,服を着替え始めた。
(・・・どんな顔をして会えば良いんだろう・・・)
 自問自答・・・
 だが答えは出なかった。
 あかねは大きくため息をついて,ドアノブに手を掛けた。




 窓から,太陽の光が差し込む。
 乱馬は,暫く布団の中にいた。
(・・・結局,眠れなかった・・・)
 乱馬はゆっくりと身体を起こす。
(・・・どんな顔して会えば良いんだよ・・・)
 自問自答・・・
 だが答えは出なかった。
 乱馬は大きくため息をついて,襖に手を掛けた。




・・・何という運命の悪戯だろう・・・。
 二人は,廊下でバッタリと会ってしまった。
「・・・お・・・お早う・・・」
「お・・・・・早う」
 それ以上の言葉は出なかった。
 お互いが,自分の気持ちに気付いてしまったのだから。
 気まずくて,恥ずかしくて,どうしようもなかった。
「ちょっとぉ・・・階段の前で何固まってんのよ。下りれないじゃない・・・」
 なびきが部屋から出てきた。
「あ・・・ご,御免・・・なさい・・・」
 なびきが下りていく。
「全く,仲が宜しいことには,別に文句はないけどさぁ・・・」
 “仲が良い”この言葉は,二人を過剰なまでに反応させた。
 乱馬とあかねは,体温が一気に上昇するのを感じた。
「・・・お・・・下りようか・・・」
「そ・・・そうだな」
 でもやはり,動きは何処かぎこちない。
 階段を下りて,居間に行くまでの間,二人には恐ろしく長く感じた。




 朝食を摂り,各々が自由な時間を過ごす。
 乱馬は相も変わらず,縁側で陽に当たっている。
 しかし,考えることと言ったらあかねのことばかりだった。
 どう接して良いのか分からなかった。
 こんな事は初めてだった。
 天界では,恋心を持つ,と言うことがないからだ。
 初めて接する人間の女。
 最初は好奇心だった。
 何時の頃からだろう・・・其れが新たな感情となったのは・・・。
(・・・分からない・・・)
 これからどうすれば良い?
(・・・分からない・・・!)
 どんな顔をして・・・
(分からない!)
 悩むのは当然だった。
 何せ彼らは,

― シュゾクガチガウ ―




 あかねは、部屋で横になっていた。
 乱馬と同じく,考える事といったら乱馬の事ばかり。
 どう頑張っても頭から離れようとしない。
 恋をするのは初めてではなかった。
 前にも・・・一度・・・。
 叶わぬ恋だった。
 その人は,年上だった。
 その人は,優しかった。
 その人には・・・好きな人がいた。
 姉だった。
 今は亡き、母親のような人。
 憧れでもある人。
・・・敵わない・・・
 そう思ったから,諦めた。
 長かった髪も切った。
 大分,心の整理がついた頃に乱馬と出会った。
 最初は,好奇心だった。
 何時の頃からだろう・・・其れが恋心になったのは・・・。
 だけど,前の恋のように苦しいものではない。
 どこか、心地よいのだ。
 そして,多分あの優しい人よりも好きになってしまったかもしれない。
 しかし,実るのだろうか・・・この恋は・・・。
 何せ・・・彼女等は、

― シュゾクガチガウ ―




「あかねぇ・・・ちょっと、良いかしら」
 階段の下から、かすみがあかねを呼ぶ。
「何?」
 直ぐに応じ、階段を下りる。
「御遣いを頼まれてほしいんだけど・・・今、手が離せなくて・・・」
「何を買ってくればいいの?」
「これを・・・」
 かすみは、メモ用紙をあかねに手渡した。
「結構有るのね」
 用紙には、食料や、日常品等が書かれていた。
「だから、乱馬君と一緒に・・・」
「えっ?・・・あ・・・」
 あかねは言葉に詰まった。
 何時もの様に、“うん”と言えない。
「どうかしたの?」
 かすみがあかねの様子を不思議に思って尋ねた。
「う、ううん。何でもないの」
 あかねは焦って否定する。
「じゃぁ、お願いね」
「うん」
 そう言って、かすみは廊下の奥へ消えた。
 あかねは大きくため息をつく。
(・・・何か、話すの気まずい・・・)
 トボトボと、階段を上る。
 乱馬の部屋の前。
 あかねは、深呼吸をして襖を開けた。
「乱馬」
 乱馬は部屋で羽を伸ばしていた。
 なびきのあのとんでもない一言を聞いてから、なびきの前で羽を出す事をやめたのだ。
「何だ?」
「かすみお姉ちゃんに御遣い頼まれたんだけど、荷物が多いの。一緒に行ってくれない?」
「ああ、いいぜ」
 読者の皆さんには、かなり平然とした会話と読み取れるだろうが、二人とも内心、心臓バクバクものなのだ。
 勘付かれまいと努力している。
 乱馬は羽をしまうと、あかねと一緒に家を出た。
 商店街のスーパーまでの道のり、あまり遠くはないのだが、二人にとっては万里の長城を歩いている気分だった。
(ど、どうしよう・・・何か話さなきゃ・・・)
(・・・な、何か話さねぇと・・・)
 同じ事を考える。
 しかし、焦れば焦るほど何を話したらよいのやら分からなくなってくる。
「・・・あのさ・・・」
 口を開いたのは、乱馬だった。
「な、何?」
「あかねは・・・神を信じるか・・・?」
 いきなりの質問だった。
「んー・・・乱馬が居るくらいだから、居るんでしょうね」
「もし、俺と出会わなかったら・・・俺と出会う前は・・・信じてたか・・・?」
 あかねは、どう答えて良いのか分からなかった。
 本当の事を言ってしまえば、乱馬が傷付いてしまうと思ったからだ。
 乱馬はそんなあかねの様子を、瞬時に察し、
「本当の事を言っていい。信じる者も、信じない者も居て当然だ。人其々だ」
 と、付け足した。
「・・・・・・御免なさい・・・信じては・・・居なかったわ・・・でもね、居るかもしれないとも思ったわ」
「そうか」
 再び、無言で歩く。
 暫く歩くと、公園の前まで来た。
「・・・・・・ねぇ、乱馬・・・公園よってかない?」
 今度は、あかねから話しかけた。
「良いけど・・・買い物は?」
「未だお昼だから、少しぐらい寄り道したって何も言われないわよ」
 そういって、あかねは乱馬の腕を掴み、公園の中へ入っていった。
 やはり寒い所為なのか、遊んでいる子供は少なかった。
 が、実に楽しそうである。
「やっぱり、何処の世界でも子供は元気が良いな・・・」
「天界も?」
「ああ、逆にこっちが遊び疲れちまう」
「クスクス・・・」
 乱馬とあかねは、話をしながら公園の奥へと歩いて言った。
 二人は、何時の間にか普段の二人に戻っていた。
“今のこの時間を壊したくない”
 という気持ちからだった。
 公園の奥には、小さな湖があった。
 人は・・・居ない。
「誰もいないわね・・・」
「寒いんだろ」
「町のほうかもしれないわ」
 あかねが乱馬の前を歩く。
「・・・天界にも、こんな所が?」
「ああ・・・だが、自然のものだ」
「へぇ・・・それじゃぁ、此処よりも綺麗なんでしょうね」
「いや・・・ここも十分綺麗だよ」
 あかねが、乱馬に向き直ろうとしたとき、あかねの身体がよろけた。
「きゃっ・・・」
「ばっ・・・危ねぇ!」
 乱馬は直ぐに駆け寄り、倒れかけたあかねの身体を支える。
「・・・ご、御免・・・////」
 あかねは、乱馬の胸に顔を埋める体勢になった。
 乱馬もまた、あかねの背中に腕を回していた。
 乱馬の体温、乱馬の鼓動、乱馬の呼吸・・・全てが、あかねの気持ちを高ぶらせた。


オ サ エ キ レ ナ イ ・ ・ ・


「・・・馬・・・・」
「・・・え?」
「・・・乱馬が・・・・・・好き・・・」
「・・・!」
 あかねは、乱馬にしがみついた。
「乱馬が好きなの!!」
 乱馬は事態が上手く把握出来ずにぼうっとした。
 口は半開きである。
「・・・かね・・・」
 やっと口にした。
 乱馬は迷っていた。
 天界の掟が・・・頭の中を掠めた。


― 種族が違う者との恋愛を禁ずる ―


 だが、今の乱馬にはそんな事関係なかった。
 この世で最も愛しいと思った女性が、自分を好きだといってくれている。
 突き放す理由が何処に有ろうか。
 乱馬はあかねを抱きしめた。
「乱馬?」
「・・・俺も・・・あかねが好きだ・・・!・・・もう、止められない・・・!」
 掟?そんなのどうにでもなれ。
 今の乱馬には、あかねしか見えていなかった。




「大界神様・・・」
 大界神は大きく溜息をついて、
「・・・準備を・・・」
 静かに言い放った。




「乱馬・・・」
「・・・あかね」
 二人は見つめあい、初めて口付けを交わした。
 まさにその瞬間、二人の頭上が白く光った。
 その光の中から、何かが降りてくる・・・。
「て・・・天界神様!!」
 天界神だった。
「乱馬よ・・・貴方はは掟に背きました。直ちに天界へ戻りなさい・・・」
 静かに・・・そして何処か冷たく言い放つ。
「天界神様!お・・・俺は・・・!」
「貴方には、反論する権利は有りません・・・。逆らうつもりならば、強制送還します」
 そう言うと、天界神は何やら唱え始めた。
「・・・っく・・・」
 乱馬は険しい表情をあかねに向けながら話した。
「乱馬・・・」
 辺りに風が巻き起こる。
「あかね・・・!聞いてくれ・・・時間が無い・・・!」
「いや・・・乱馬・・・何処行っちゃうの・・・?」
 乱馬の身体が浮かび上がった。
「いやぁ!!乱馬!!」
「・・・っ・・・あかね、俺がさっき言った事に嘘偽りは無いから・・・!!」
 乱馬の身体は益々上って行く。
 既に、2メートル。
「いやぁ!!行かないでぇ・・・乱馬ぁ・・・!!」
「あかね・・・俺はお前だけだから・・・!」
 4メートル・・・。
「傍に居てよぉ・・・!折角・・・っ気持ちが通じ合ったのにぃ!!」
 7メートル・・・。
 乱馬の身体が光に包まれ始めた。
「絶対・・・会いにくるから・・・!迎えに行くから・・・!だから・・・待・・・・・・」
 乱馬の言葉は其処で途切れた。
 最後まで、口をパクパクさせて何かを言っていた様だが、キィ・・・・ン・・・という耳鳴りに苛(さいな)まれ、
 聞き取れなかった。
「乱馬ぁーーーー!!」
 叫ぶと同時に、乱馬は光の中へ消えていった。
 公園は、元の静けさを取り戻した。
 残されたあかねの大きな瞳からは、涙が止め処無く溢れ出ていた。



つづく




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