◇天使と人間の恋 第一部

ayaさま作



 其処は,綺麗な汚れ無き緑が覆い茂った深い森の中だった。
 道など無い。
 そんな中を少女が一人歩いていた。
 ショートカットヘアー,端整な顔立ち。
 しかし,何故か少女の表情は不安に満ちている。
 己が何処を歩いているのか分からないのだろう。
 フラフラと彷徨うように歩く。
 暫く歩くと,目前に光り輝くところが見えた。
 少女は,期待を胸にその足を速めた。
 途端に茂みを抜け,視界が広がる。
 目の前には,大きな樹が聳え立っていた。
 有に10mは軽く越すだろう。
 上を見上げると,枝が四方八方に広がり大きな緑の傘を作っている。
 その隙間から,太陽の光が差し込み辺りを明るく照らしていた。
 よく見ると,樹の根本に人が立っていた。
 少年のようだった。
 全身を白い服で覆い,おさげを結っている。
 そして,白く輝く大きな・・・羽。
 少女は,我が眼を疑った。
 が,何度見てもしっかりと背中から其れは生えていた。
 少女は,ゆっくりと歩み寄り,声を掛けた。
「・・・貴方は・・・誰・・・?」
 少年が振り返る。
 少年もまた,端整な顔立ちだった。
「・・・お前こそ・・・誰だ・・・」
 顔に似合わず,何処か乱暴な言葉遣い。
「あたしは・・・あかね・・・天道あかね」
 少女は,自分は“あかね”だと答えた。
「・・・あかねか・・・」
「此処で・・・何をしているの・・・?」
 そう聞かれた少年は,隣に立つ樹を見上げてこう答えた。
「下界にも・・・こんなに大きな樹があったんだなぁって・・・」
 下界・・・あかねにはその言葉の意味が理解できなかった。
「・・・貴方・・・一体,何者・・・?」
 顔を顰めていった。
 すると,少年は少し微笑んで,
「天界の・・・住人・・・」
「天界・・・?」
 あかねは,益々混乱した。
「とても綺麗なところだ。・・・だが,綺麗すぎてつまらない・・・」
「・・・・・・天使・・・?」
「・・・そうとも言う・・・」
 また微笑んだ。
「どうして・・・・こんな所に・・・?」
「俺があんまりつまらなさそうだったから,大界神様が下界で色んな事を学んでこいって降ろされたんだ。」
 少年は,今度は青く澄み渡った空を見上げた。
「大界神・・・?」
「あかね達の世界では,神と呼ばれてるらしい・・・」
「か,神様・・・」
「どうして俺が此処にいるのか,分かったか?」
「ほ,本当にいたのね・・・」
 あかねは酷く感心した。
「・・・貴方・・・名前は・・・?」
 あかねは,未だ少年の名前を知らなかった。
 聞いていなかった。
「名前・・・?」
 少年は,“名前”という言葉が分からないらしい。
「あかねみたいにか・・・?」
「そう・・・」
「・・・乱馬・・・と呼ばれている。最も,これは天界でのコードネーム」
「コードネーム?」
「そう。作られたときの」
「作られた・・・?」
「俺たちみたいなのは,みんな天界の自然の中で作られるんだ。樹や,葉,水,地・・・あらゆる自然から。ちなみに,俺は樹から」
 乱馬は,話を続けた。
「世に出てきたあと直ぐに,大界神様の次に偉い人,天界神様にコードネームを貰うんだ。仮のな」
「仮?」
「ああ。俺たちみたいなのは,小さい頃からずっと色々なことを正天使様達から色々なことを学んで,大きくなって,・・・準天使になれるんだ」
 二人は,並んで座っていた。
「その時に,正式なコードネームも貰える」
「其れは,何時頃になるの?」
「人それぞれだよ。俺は今,その時期が近いから・・・こうして降ろされてる」
「多くのことを学ぶために・・・?」
「ああ」
「何時・・・帰るの・・・?」
「時が来たら・・・」
「そう・・・」
「・・・ねぇ,あたしの家に来ない・・・?」
「え?」
 あかねは立ち上がり,乱馬の前に立った。
「行くところ,未だ無いんでしょ?だったら,家に来て。歓迎するわ!このまま此処にいてもしょうがないじゃない」
 あかねの力強い説得に,
「・・・じゃぁ・・・お言葉に甘えて・・・」
 快く応じた。
「・・・っと,その前に・・・家がどの方向か分からないんだった・・・」
 あかねは,つい先程の自分の状態を思い出した。
「何で?」
「気持ちが良かったから,散歩してたら道に迷って此処に迷い込んじゃったの」
 暫しの沈黙・・・
 不意に乱馬が口を開いた。
「抱えてやるから,家がどの方向か教えろよ」
「え?」
 あかねの答えを待たずに,乱馬はあかねを抱え空高く舞い上がった。
「凄い・・・」
 あっという間に地上,500m。
 しかし,あかねは恐怖を感じなかった。
 寧(むし)ろ,安心して身を任せられる。
 不思議だった。
「どの方向だ?」
「あ,えっと・・・・・・あっ!あっち!」
 あかねは,10時の方向を指した。
「よし,じゃぁ行こうか・・・」
 乱馬は10時の方向に向かって飛んだ。
 風が心地よかった。




「あ,ちょっと待って」
 数分の間飛んで,あかねが声を掛けた。
 辺りを見渡し,
「あ!彼処だ!」
 指差した。
 乱馬は,とある家の前に着地した。
 大きな門なある,今時では余り無い古い感じの家だった。
 乱馬は辺りを見て,
「この格好は目立つな」
と,言った。
 乱馬は全身に力を込めた。
 すると,白く,大きな羽はみるみると乱馬の背中の中に消えて行くではないか。
「・・・嘘・・・」
 突然のことに,あかねは呆気に取られた。
「これなら目立たねぇだろ?」
 何処からどう見ても,普通の人間の男子である。
「そんなことも出来るのね・・・」
「まぁな」
「と,兎に角,中へ」
 二人は連れ立って家の中に入っていった。
 あかねの家族は,父早雲と,姉が二人,かすみとなびきの4人で暮らしている。
 家は道場を営んでいるらしい。
 母親はあかねが幼い頃に他界したらしい。
 家族には,乱馬が天使であること,下界で色んな事を学ぶために降りてきたこと等を全て話した。
 驚いてはいたものの,快く乱馬を迎えてくれた。




「大界神様・・・大丈夫でしょうか・・・」
 金色の髪を持ち,白い服を身に纏い大きな白い羽を持つ若い男が言った。
「天界神よ・・・案ずることはない・・・あの子は以外としっかりしている」
 大界神と呼ばれた白髪の男は,大きな椅子に座っていた。
 外見60歳くらい。
 大界神もまた,白い服で身を包んでいた。
「・・・私は・・・あの子が規律を犯さないか心配なのです」
「・・・様子を見よう・・・もし,規律を犯すようなことになれば・・・・・・」
「・・・・・・心得ております・・・」




 夕食時・・・
「はい,乱馬君どうぞ」
 長女かすみが,茶碗一杯のご飯を乱馬に差し出した。
 かすみは,家事全般を任されている,おっとりとした女性だ。
 あかねにとっては母親のような存在だそうだ。
「いえ・・・御好意は嬉しいのですが,俺達は食べ物を余り口にしないんです」
「どういう事?」
 隣に座っているあかねが聞いてきた。
「植物の生気を貰って生きて居るんだ。簡単に言えば,植物の養分を分けて貰ってる。あとは,太陽の光」
「他には,全く?」
「果物を時々食べる」
「へぇ〜」
「いや,驚きだな・・・どのくらい保つんだい?」
 今度は早雲が。
「植物が無くても,太陽の光さえ有れば・・・」
「・・・乱馬君自体が植物みたいなもんね」
 なびきが突っ込む。
 なびきは,次女だ。
 金の猛者とも付け加えておこう。
「まぁ・・・植物から生まれたからな」
「じゃぁ・・・あたしが乱馬を見つけたとき,樹の傍にいたのも・・・」
「生気を貰ってた」
 その後も,乱馬の話に耳を傾け夕食の時間を楽しんだ。




「散歩?」
 乱馬は縁側で日向ぼっこをしていた。
「そう,暫く此処に居るんだったらこの町のことある程度知っておきたいでしょ?」
「ああ・・・そうだな・・・」
「決まりね。早速行きましょう」
 乱馬とあかねは連れ立って家を出た。
 まずは,商店街の方。
「・・・空飛んでるときにも思ったんだけど,此処は建物が多いな」
「何処でもそうよ」
「元々は・・・此処も緑で一杯だったんだろうな・・・」
「・・・そうね・・・」
 其処へ,スクーターが一台通り過ぎた。
「・・・あれは何だ?」
 乱馬が興味津々であかねに聞く。
「あれは,バイクって言うの」
「へぇ〜・・・見るからに乗り物だな・・・。高速で移動が出来て,尚かつ狭い道や小回りが利くという利点を持っているな。
 だが,原動力の音からすると・・・余り良いものではないようだな。」
「か,賢いのね・・・」
只一度見ただけで,此程まで言い当てるとは,物凄い洞察力の持ち主だ。
「・・・じゃぁ,あれは?」
 乱馬が指差した方向には,車が走っていた。
「あれは車というの」
「・・・あれも,“ばいく”とか言う奴の部類にはいるな。だけど,“ばいく”とは違って,原動力が良い物みたいだな。
 “ばいく”より速度が出るな,あれは。だけど・・・小回りが利きにくいな。細い道も・・・ちょっと危ない」
 まただ。
「凄いわね・・・,其処まで言い当てるなんて。・・・でもね,車には色々な種類があるのよ。小回りが出来る,車も,人や物が沢山乗る車も有るの」
「ふ〜ん」
 二人がそんな話をしている間に,商店街に着いた。
「うへぇ〜・・・人や物が一杯だぁ・・・」
「そりゃそうよ。だって,お店がいっぱいあるところだもの」
「・・・“みせ”?“みせ”ってなんだ?」
「ん〜,物を売っている所よ。例えば・・・食料とか,家具とか・・・そう言った物をお金で買うの」
「“かね”?金か?それとも,貨幣か?」
「貨幣よ」
「ふ〜ん」
 二人は,商店街の中に入っていった。
 その間,乱馬はずっとキョロキョロしている。
 この世界の物は,乱馬にとって見る物全てが新鮮で珍しい物ばかりなのだ。
 そんな乱馬を見ていたあかねは,可愛い・・・と,思ってしまった。
「なぁなぁ,あかね。あれも“ばいく”か?」
 乱馬が指差した先には,自転車があった。
「違うわ。あれは自転車って言うの」
「“じてんしゃ”?」
「そう」
「・・・原動力は・・・人か・・・」
「当たり」
「うん,あれは良い。・・・運動になる」
「クスクス・・・次の所行きましょうか?」
「ああ」
 二人は,色々なところを見て回った。
 公園,神社,川辺etc・・・
 何処へ行くも質問の嵐だったが・・・
 二人は,帰路についていた。
「どう?楽しめた?」
「ああ。この世界は,面白い物ばかり有るな」
 丁度,あかねが通う学校の前に差し掛かった。
「あかね・・・此処は?」
 やはり質問。
「此処は,学校という所よ」
「“がっこう”?」
「勉強を教わるところ。小学校,中学校,高校って有ってね,小学校は6歳から12歳,中学校は12歳から15歳,高校は,15歳から18歳の子供が通うの。
 中学校までは,義務教育って言ってね,どんな子供も絶対に地域の小学校,中学校に通わなくちゃいけないの」
「“こうこう”は?」
「高校は,自分の行きたい学校に行くことが出来るんだけど,その代わりに,試験を受けなくちゃいけないの。
 その高校に合格しても,今まで払わなくてよかった入学金や,授業料を払わないと通えないのよ。ちなみに今は冬休みで,暫く学校は開かないの。」
「ふ〜ん・・・。其れが,この世界の制度なんだな」
「この制度は,日本だけよ。他の国は,全然違うの」
「この世界は,国に別れているのか」
「ええ」
 二人が,学校について話している間に,太陽はとっくに沈んでしまった。
 辺りは暗くなりかけている。
「早く帰ろう。お父さん達が心配するわ」
「ああ」
 乱馬とあかねは再び歩き出した。
 ポツポツと街灯が点き始めている。
「・・・ところで,ずっと気になってたことがあるんだけど・・・」
「何だ?」
「乱馬って・・・歳幾つなの?」
 確かにそうだ。
 見かけは十代くらいの少年でも,天界に住む天使だ。
 年齢が十代な訳がない。
「う〜ん・・・そうだなぁ・・・俺たちはあかね達みたいに年取るのは早くないからなぁ・・・。あかね達は,1年に1回誕生日が来るだろう?」
「ええ。あたしは,17回誕生日を迎えたわ」
「だとすると・・・俺たちは,50年に1回の割合・・・かなぁ・・・」
「ご,50年に1回?!・・・お,お父さんの歳ぐらいまで生きてやっと1歳じゃない・・・!・・・で?幾つなの?」
「ん〜・・・850とちょっと」
「はっ・・・はっぴゃくごじゅぅ!!??」
「おう!」
(ショック・・・は,850歳だなんて・・・833歳も年上じゃない・・・年上は嫌いじゃないけど・・・これじゃぁあまりにも開きすぎだわ・・・って!あたし,何考えてんのよ!!)
 ・・・そう言う問題ではないのだが・・・。
「・・・どうした?顔が紅いぞ・・・」
「え゛・・・?!き,気のせいよ!////」
「でもよぉ・・・人間で数えるなら,俺もあかねと同じ17だぞ」
「えっ!本当?」
「ああ」
(そ,そうよね。要は見た目よ。中身だって,そんなヨボヨボな訳じゃないし・・・てぇ!何考えてんのよ,あたしぃ!!////)
 あかねは思わず頭を抱えてしまった。
 そんな光景を横目で見ながら乱馬は,
(おかしな奴・・・)
と,思っていた。




 帰宅した乱馬とあかねは,今に向かった。
 テーブルには既に綺麗に皿に盛られたおかずが並んでいた。
「お帰りなさい,あかね,乱馬君。丁度ご飯よ」
「ただいま」
「随分と遅かったじゃなぁい。何してたのかしらぁ」
 なびきが,意味ありげに言う。
「ちょっ・・・なびきお姉ちゃん!そんなんじゃないわよ!」
 あかねはムキになって反論するが,乱馬は,意味が分からないと言う様子で突っ立っている。
 すると,かすみが乱馬の傍にきた。
 手にはタオル。
「乱馬君,私達が,ご飯を食べている間,お風呂に入ってきたらどうかしら」
「・・・そうですね。そうさせて貰います」
「シャワーの使い方分かるかしら・・・?」
「いいえ・・・教えてください」
「じゃぁ,こっちに・・・」
 そう言うと,乱馬とかすみは連れ立って浴場に向かった。




「・・・・・・此処をこうして,こうするの・・・分かった?」
「はい・・・有難うございます」
「そう。じゃぁ,ごゆっくり・・・」
かすみはそう,言い残して,脱衣所から出ていった。




 居間では,あかねが乱馬の話をしていた。
「行くとこ行くとこ質問の嵐よ・・・」
「そりゃ,お疲れさま」
「人ごとみたいに・・・」
「人ごとだもの」
 なびきがきっぱりという。
「・・・でもねぇ・・・其程疲れなかったのよねぇ・・・」
 あかねは,昼間のことを思い返すように空を見つめた。
「理解力が凄いのよ・・・あたしが言ったこと,あっという間に理解しちゃうの。あと,洞察力。
 ちょっと見ただけで,その物の利点や汚点,どうしてそうなるかなんて直ぐに見つけちゃうんだから」
「へぇ〜・・・」
「あたし達より,遙かに頭がいいわ・・・」
「・・・宿題,やってもらおうかしら・・・」
「駄目よ,なびき。そんなこと・・・」
「あら,かすみお姉ちゃん聞いてたの・・・」
 実に残念そうに言うなびき。
「・・・伊達に850年も生きてないって訳ね・・・」
 あかねがボソッと言う。
 「な,何ですって?!」
なびき,かすみ,早雲は自分の耳を疑った。
「だから,乱馬,今850歳なんだって」
「お・・・お父さんよりも年上じゃない!!」
 当たり前である。
「でも,随分と若い姿をしているのねぇ・・・」
 流石のかすみも動揺している。
「実は,化けてたりして」
「違うわよ。乱馬達は,あたし達とは歳の取り方が違うみたい。50年に1回の割合で歳を取っているらしいの。だから,あたし達人間と同じ数え方をすれば17歳なんだって」
 みそ汁をすすりながら言う。
「な・・・成程・・・納得がいったわ・・・」
「それにしても・・・私と同じくらい生きてやっと1歳かぁ・・・その間,彼等は何をするんだろう・・・」
 早雲がしみじみという。
「あとで聞いてみましょう」
 そうこうしている内に,乱馬が居間に来た。
 服装は,勿論先程着ていた服と同じ,白一色の服である。
「すみません・・・先に入ってしまって・・・」
「良いのよ,気にしないで」
あかね達は,殆ど食事を済ませていた。
「乱馬君,あんた今850歳なんだってねぇ」
 なびきが話しかける。
「ああ」
「君たちはその長い間,何をするんだい?」
「日々勉強ですよ。立派な天使になるためにね」
「立派な・・・?」
「そう。時が来るまでの間,自分の能力を限りなく伸ばすんだよ。これだけは誰にも負けねぇ!ってなぐらいまで」
「乱馬は?何が?」
「う〜ん・・・わかんねぇ・・・」
「わ,分からない?!」
「・・・前に,天界神様にお前は万能型だって言われたんだ」
「ば,万能・・・」
「ああ・・・だから,どれを伸ばしたらいいのか分かんなくて・・・」
「・・・何時言われたのよ・・・」
「9歳の時」
 暫しの間。
「・・・・・・400年も昔の話じゃないの!!」
 計算していたらしい・・・。
「“前”とかの話じゃないわよ!!」
「お,俺にしたら其処まで昔じゃない!」
 ・・・確かにそうだ。
「400年前って言ったら,日本は丁度江戸時代に入った頃じゃない・・・」
 ちなみに,乱馬が生まれた頃は,平安時代中頃である。
「いや全く・・・面白い話だねぇ・・・」





つづく



 高校受験がひと段落ついた、ayaさまが送ってくださった、パラレル作品です。
 乱あ愛に溢れた作品をご堪能ください。
(一之瀬けいこ)



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