◆乱馬とあかねのバレンタイン
朝霧小兎さま作



外はうっすらと曇っていた。

「ねぇ、乱馬。今日何の日だか知ってる?」

ここは、いつもの通学路。
乱馬は例の如くフェンスの上を歩いている。

「今日は・・・・。14日だろ?なんかあったか?」

両手を頭の後ろに組みながらあかねを横目で見下ろした。

「・・・・あっ!そっか、今日はバレンタインだ!」

乱馬は両手を軽く叩くとあかねの目の前に飛び降りた。

「ちょっ・・・。なによ乱馬。」

不意に乱馬が目の前に現れたのですこし驚いていた。
乱馬はあかねをじぃっと見つめていたが
ふいっと向きを変えるとすたすたと学校の方へと向かった。

「ねぇ!なんなのよ乱馬ってばっ!」
「なんでもねーよ。」

二人はこんな会話をしながら普段通りに登校した。

「天道あかねーーーーー!」

そう言って正面からやって来たのは、
風林館高校剣道部主将・九能帯刀だった。


「会いたかったぞぉ。天道あかね。」

九能は、そう言ってあかねにすり寄ってきたのだ。

「よっ。九能センパイ。」

乱馬は、あかねの背後から九能の顔面めがけけりを入れた。
しかし、今日の九能はいつもと違う。
そう、しつこいのである。

「天道あかね。この僕に渡したい物があるのではないのか?」
「・・・・ハイ。センパイ。」

あかねは鞄から大きく「義理」と書かれたチョコを渡した。

「しっかと、受け止めたぞ。さぁ!交際しよう!」

乱馬とあかねはこの九能を放っておき
始業のチャイムが鳴り終わらないうちに教室へと入った。

「おはよう。乱ちゃん」
「よぉ!うっちゃん、おはよう。」

右京は少し恥ずかしそうにしているが
乱馬を手招きし自分の所へ呼び、小声でにささやいた。

「あのな乱ちゃん、昼休みに裏庭に来てくれへん?」
「?・・・いいよ」

乱馬は自分の席へ着くとあかねが話しかけてきた。

「ねぇ、何だったの?右京」
「うん?なんか、昼休みに裏庭へ来いってさ。」
「ふぅーん。」

あかねは自分の鞄を見た。
『うちに帰ってからでもいっか・・・v』

昼休み乱馬は右京と待ち合わせの裏庭へ来た。
その後ろをこそこそとあかねがついて来ている。

「よぉ、うっちゃん、何?」
「乱ちゃん・・・あのな、その・・・」
「?」
「これ受け取って!」

右京は勢い良く何かを投げつけてきた。
そして、彼女はその場から走って去っていったのである。
乱馬は受け取った物を見た。
それは、真ん中にソースで大きなハートマークの描かれた
お好み焼きであった

「・・・・うっちゃん。」
「ってあんた、いつまで干渉に浸ってるのよ!」

あかねのけりが炸裂した。

「あっ、あかね。お前妬いてんのか?」
「ばっ、違うわよ!先生が呼んでたから捜しに来ただけっ!」
「ふぅ〜ん。じゃぁ、なんで付けてきたんだ?」
「えっ・・・・。」
「冗談だよ。冗談。」
「あっ、なぁーんだ、そっか。」

二人の間には微妙にぎくしゃくとした雰囲気が漂っていた。

放課後になり二人が帰ろうとしたときだった。

「乱馬様!」

黒薔薇の吹雪と共に高笑いが聞こえ
レオタードを着た女が校門のに立っていた。

「げつ!小太刀!」

乱馬は慌ててその場から逃げようとしたが、
なんと正面から自転車に乗ったシャンプーが現れた。

「ニーハオ!乱馬」
「げっ!シャンプー・・・!」

「乱馬様、今日はバレンタイン。
 さあ、私の手作りのチョコを受け取って・・・あっ!」

そう、乱馬と小太刀の間にシャンプーが割り込んできたのだ。

「乱馬、これ食べるね。私の手作りある。あーん・・・・」

突然シャンプーの持っていたチョコが取り上げられた。

「何するね!この非常識女!」
「ホホホホ・・・!乱馬様は私の物!
 他の女などからの施しは受けませんのよ!」
「何言ってるあるか!乱馬は私の婚約者あるよ!そのチョコ返すね!」

二人の言い争いが始まった。
乱馬は間でおろおろとしているばかりである。

「先に帰るわよ」
「えっ、・・あっ、あかね。」

あかねはさっさと帰ってしまった。
小太刀もシャンプーも今では口論ではなく
お互い武器を持ちだして通行人を巻き込んだ戦いに発展していた。

「ったく、どうりゃあいいんだよ・・・この二人。」
「何してんのや?乱ちゃん」
「あっ、うっちゃん実は・・・・。」

突然現れた右京に乱馬は一部始終を話した。

「なんや、そんなことかいな。」
「えっ、うっちゃん、解決法あるのか?」
「乱ちゃんが二人のチョコを貰ったらそれで済むやん。」
「あっ、そっか。やっぱ、うっちゃん優しいな。」

そう言うと乱馬は争っている二人の間に入り、
お互いから手にしている武器を取り上げ、いったん落ち着かせた。

「シャンプーに小太刀。争いは止めろよ。なっ。」

乱馬は二人から貰ったチョコを手にし言った。

「乱馬様がそうおっしゃるのであればこの小太刀、今回は引き下がりますわ。」

小太刀はそう言った後シャンプーを一睨みして立ち去った。

「あっ、出前頼まれてたある。再見、乱馬。」

シャンプーもそそくさと去っていった。

「乱ちゃん、うちと帰るか?」

乱馬は右京と帰ろうかとも一瞬思い出したが、あかねの顔が脳裏に浮かんだ。
『先に帰るわよ』このあかねの言葉が、その時の表情が
何となく淋しそうに感じたのである。

「わりぃ、うっちゃん。オレ先帰るわ・・・。またな。」
「乱ちゃん・・・・!」

乱馬はあかねに追いつこうと走って帰っていた。
まだ、そんなに距離は離れていないはずである。
彼が本気で走ればすぐに追いつくだろうと思い走っていた。
途中小さな公園の前を通た。普段はあまり通らない。
ただ、今日だけは何故か通りたくなったのである。
乱馬はその公園の中を見た。
すると、あかねが唯一人でブランコに腰掛けていたのである。
夕日に照らされたその横顔は誰かの迎えを待つ幼い少女のようにも見えた。
乱馬は暫くその横顔に見とれてしまっていた。
その視線に気づいたのかあかねが乱馬の方を見た。
その瞬間二人の視線が合った。
乱馬はしどろもどろに声を掛けた。

「あ、あかね。何してんだよ、こんなところで。」
「乱馬こそ、何よ。」
「・・・・・。」

乱馬はあかねのほうに近寄っていった。

「あのね、乱馬・・・・。これ、あげる。」
「えっ・・・。」

あかねが差し出したのはいびつな形で
見た目もお世辞でも上手いとは言えない包装をされた包みだった。

「・・・・・。これって・・・。」
「うん。私の手作りチョコ・・・・。乱馬のために一生懸命作ったの。」

今日のあかねはやけに素直である。
『可愛いとこあるじゃねぇか・・・』
乱馬は今が夕方であって良かったと思った。
昼間の日の光では自分の顔が赤いのが分かるからである。

「・・・・食べてみて」

予想もしなかった言葉があかねの口からでた。
はっきり言ってこれは乱馬にとって最も勇気のいる事である。
彼女の料理の下手さは他に比べようもなく、
一度彼女の手作りクッキーを一人で食べお腹を壊したという経験もある。
乱馬ははっきり言って躊躇していた。

「・・・やっぱり、嫌?手作り・・・」

あかねの目からは一筋の涙。
乱馬は彼女の涙には一番弱いのである。
彼は勇気を振り絞り包装を解いた。
中身を見てみると以外と普通の・・・まともな形である。

「・・・食べるぞ・・・!見てろよ、あかね。」

乱馬はチョコにかぶりついた。
やはり、味は何とも形容しがたい・・・・。
脳天に突き抜けるような味であった。
しかし、ここでそれを顔に出してはあかねの気持ちを踏みにじることになる。

「・・・・おいしい?」
「えっ、あっ、あぁ・・・・。」
「・・・・・・美味しくないんだ。」
「ばっ、何言ってんだよ!美味いぜ!」
「乱馬・・・・。好きだよ」

一瞬自分の耳を疑った。
これは夢ではないのかとも思った。
あの、あかねから「好き」と言う言葉を聞くなんて夢にも思っていなかった。

「・・・あかね。」
「きゃっ!」

乱馬はあかねの手を引き自分の所に抱き寄せた。
そして、耳元で何か一言二言ささやいた。
あかねはじっとして乱馬に抱かれている。
ふっと、離れたかと思うと

「帰ろっか。父さんたちも心配してるだろうし・・・ね。」
「・・・そうだな。」

いつの間にか二人は手をつないでいた。
二人ともそれに気づいているのかいないのか分からない。
ただ、無言で歩いていた。
影が長く伸びている。

−−俺も好きだよ。あかね。−−








 作者さまのコメント

 らんま小説も初挑戦!
 「乱×あ」な世界に入る前が余計だったかな?と思いつつも、
 右京も、シャンプーも小太刀も勝手に頭の中で動いちゃって・・・。
 で、結局こんな長さに・・・。あぁ〜、文才が欲しい。




 乱馬とあかね、いろんなバレンタインの風景が、二次創作の中にはあります。
 様々な方の描く、同じテーマの違った風景を楽しむ。これも二次創作の醍醐味の一つでもあります。
さりげない優しさや温かさのある作品は好みなので、いろんな作品で楽しんでみたいです。

 今度はホワイトデーなんかいかがでしょう?
と、邪悪なリクエストをしたところ、書いてくださいました。続けてどうぞ。


 また、今更ながらに思うのですが、「あさきゆめみし」の朝霧小兎さまの初乱あ小説は「呪泉洞投稿作」だったのですね…。
 思うに、実に恐ろしいことです(笑

(一之瀬けいこ)



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