アニバーサリー


「おかあさーん!」
「んー?なにー?」

呼ぶ声が聞こえて、洗濯物を干す手を止めた。
柔らかい風が吹く庭で、声がした方に向くと、縁側で胴着姿の我が子が手を振っている。
手を振り返すと、子供は笑顔になった。
その笑顔は、大切な人のそれと似ている。
素直になれなくて、喧嘩ばかりだけれど、ずっとずっと大切な、あの人と。
9才になった我が子は、好奇心旺盛で、よく食べ、よくしゃべり、よく笑い、よく泣く。
まっすぐおおきく、育ってくれている。
子供は縁側から飛び降りサンダルをパタパタさせながら、こちらに向かってきた。

「おかあさん、あのね、おれね、今日やっと、おとうさんに勝った!」
「あら、すごいじゃない」
「おとうさんがよそ見してるところをね、おれがこう、バッ、と」

表情をコロコロ変えながら身振り手振りで説明する様は、昔、彼が同じようにしていた時の仕草と似ている。
本当に彼そっくりに育った。まぁ、正直言うと、変なところは似ないでほしいのだが。
頷きながら聞いていると、ふと、二人の間に影が落ちた。
見上げると、納得いかない、という表情の、話の中心人物が、そこにいた。

「乱馬」
「あかね、よく聞け。俺は負けてねー!」
「負けたじゃん!おれおとうさんのこと投げたもん!」
「…投げたんなら、この子の勝ちね」
「おまえまで…!」

ぽんぽん、と我が子の頭を撫でる。
子供のにんまり顔に対し、大の大人は不満顔。
本当に、いつまでたっても大人げない。

「だいたい、なんでそんな隙を見せたのよ」

らしくない、と続けると、途端に目を泳がせる。
これは何かあるな、と一睨み。

「っそ、それは…」

いつまでたっても言いそうにないので、我が子に目を向けた。
我が子は素直に笑顔で口を開いた。

「それはね、あのね、おかあさんの……」



「だあああああああ!!!」

突然の大声にその先は遮断される。

「わかった!負けだから!認めるから!」

だからもうひと勝負な!とさっさと子供を抱きあげて道場に戻る彼。
持ち上げられた子供はキャッキャと笑いながら連れられていった。
その後ろ姿に、ちょっと、まだ何も聞いてない、と追いかけようとするが、強く吹く風に洗濯物が飛ばされそうになって、あわてて押さえ付けた。
気を取られている間に、ふたりの姿は道場へと消えてしまっていた。
ホント、仲良し親子。妬けるくらい。

だから、すごく幸せだ。
大切な人と、大切な人との子供と一緒にいることができて。

そうだ、今日はあの子の初勝利のために、御馳走を作ってあげよう。
あの子の大好きなものをたくさん並べた食卓にしよう。
空になった洗濯籠を持って、台所へと向かうのだった。








一之瀬的コメント
親ばか、子ばか…親としての至福を感じる瞬間!
はてさて、あかねちゃんの料理の腕は進化したのでしょうか?

数年ぶりにいただいた華緒梨さまからの投稿作品です。初投稿時12歳、今成人…。う〜ん、「呪泉洞」って凄い!と思った私でした。

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