◆君に会いにいこう
彩瀬あいりさま作




 タタン
  タタン──

 一定の間隔をおいて響く音は、レールを走る電車の音なのか、それとも電車の重みで鳴るレールの音なのか。そのどちらであるのかを、あかねは知らない。
 知らないけれど、その音に身を委ねていると心が落ち着く。それは人の鼓動に似ているせいなのかもしれないなと、そう思った。
 窓を過ぎていく景色は、一面の水田。
 風の通り道を示すように波打つ様は、一糸乱れなく整然としている。
 その水田を両脇に湛えながら進む電車は、なんだか緑の海を渡る船のようだ。
 電車の速度を感じさせないぐらいに、ゆっくりと角度を変えていく山の稜線を見ながら、乱馬がいるのはどの辺りなんだろうと考える。
 その時、大きく電車がカーブした。
 遠心力にまかせて通路側へと引き寄せられる身体をふんばり、床に落ちそうになる荷を膝に抱え込んで、あかねは今一度、流れる景色に瞳を向けた。


 早乙女親子が修行に出かけたのは、二日前のことだ。
 その日の朝、早朝稽古と称して親子喧嘩を始めた二人をあかねは怒鳴りつけた。
 喧嘩するなら修行に行った先でやんなさいよっ。
 言葉とともに、廊下に準備してあった彼らの荷物を思いっきり投げつける。
 空中でそれを真正面に受け止め、そのまま池へと落下した一人と一匹は、ざばーと池から上がる。仁王立ちのあかねに乱馬がくってかかり、そこからまた喧嘩になった。
 この凶暴女
 なによ変態
 誰が変態だ、ずん胴女
 なんですって〜
 最大級の力でもって放った平手打ちが頬に突き刺さり、背を蹴りつけ、足蹴にして、とどめに蹴り飛ばす。その冷戦状態のまま、乱馬は修行に出かけたのである。
 そして今朝のことだ。
 庭を掃除していたかすみが、ある物を見つけた。
 薬箱だった。
 雑然と詰め込んである、随分と年季の入ったそれは、早乙女親子が修行先に持参している物だ。乱馬の部屋で、それを使って手当てをするからよく見知っている。
 けれど何故それが落ちているのだろうかと不思議に思った時に、思い当たった。
 あの時、あの朝。
 いらいらに任せて投げつけた荷物。
 もしかしたら、その時に中から落ちてしまったのではなかろうか?
 薬がないのは致命的だと思った。
 家に居てもあれだけの騒ぎを起こす彼らが、修行に行って怪我ひとつしないなど有りえない。
 それがもとで命に関わるとは思えないけれど、消毒もせぬままに放置するのはあまりよくない。
 考えたのは数秒だった。
 一時間後には、あかねは荷物を抱え、電車に乗っていた。
 二人の行く先は、父親──早雲が教えてくれた。
 結構結構。
 やけに嬉しそうにあかねの肩を叩き、涙を流して喜んでは隣のかすみに宥められていた。
 またあらぬ誤解を受けたようだ。
 まったく、どうしてこう早とちりなのだろう。
 そんなんじゃないわよ──と、息巻いて家を出たけれど、こうして電車に乗って向かっていると、妙に緊張する。
 ヘンな感じだ。
 どうして乱馬に会うのにこんな風にどぎまぎする必要があるんだと、自分で自分に言い聞かせる。
 きっと喧嘩したままだからだ。
 だからなんだ。

 
 音と振動に合わせて、揺れ動く心。
 乱馬に会ったら、まずなんて言おうか?
 突然やってきた自分に対して、乱馬はなんて言うんだろう?
 きっとまたそっけなく、なにしに来たんだとかなんとか言うに決まってる。
 視線を反らせてそっぽを向く──そんな姿が目に浮かんできて、笑みがこぼれた。
 そう。
 喧嘩してたことなんて、きっと会えばなかったことになるだろう。

 
 列車のスピードが落ち始める。
 もうすぐ、目的の駅につく。
 薬と、差し入れのレトルト食品を抱え直した。

 
 さあ、君に会いにいこう。




一之瀬コメント

2003年の年末に「散文」に関する考察と称して、彩瀬あいりさまとやりとりがありまして、で、快く貰い受けることにした作品です。
ふっふっふ・・・最初読ませていただいてたときに狙っていたんで二つ返事出引き受けてしまいました。
情景がほっこりと浮かんでくる作品は長編とは違った趣があると思います。

一応、投稿規程の中では「散文形式作品は投稿を受けません」とありますが、散文的でもグッとくれば、すすんで受けることがあります。(ので、足踏みしていらっしゃる方があれば、一度作品をお送りくださいね。)
まだまだ、これからどのように展開していかれるのか、目が離せない作家さまなので、今後の活躍、私的に期待しております。…と思っておりましたら、その後「閑古鳥」を開設され、ご活躍中であります。





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