◇NIGHT☆NIGHT

前編



「最悪だぜ!」
 腫れぼったい頬を抑えながら乱馬はとぼとぼ歩いていた。着ている服はズタボロ。
 街は明るくライトアップされて、行き交う恋人たちは着飾って楽しそうだ。その中を一人。

 今宵はクリスマスイブ。
 年に一度のこの聖夜には、恋人同士や家族など、大切な人と一緒に過ごすのが慣例化している昨今。パーティーやドンちゃん騒ぎの中にあってでも良いから、愛する人と一緒に居たいもの。同じ時を過ごしたいと願うもの。
 それは承知している。
 己だって、特別な夜には、許婚のあかねと一緒に居たいと願っていた。
 ところが、彼を取り巻く環境がそれを許さない。
 許婚同士とはいえ、意思を確認した訳ではなく、未だはっきりとしない日々を送り続けている。暗黙の了解のうちに、寄り添うように傍に居る関係とでも言うのだろうか。表立って約束しなくても、イブは一緒に。彼もあかねもそう思って居た筈なのに。
 周りはそれを許さなかった。
 家族たち、特に二人の父親たちは、二人のクリスマスデートを歓迎するだろう。だが、家族たちの好奇な目にも二人は嫌気がさしていた。クリスマスが近づくにつれ、やれイブはどうするだの、小遣いをやるからどっかへ行けだの、勝手に盛り上がってくれるのである。
(ほっといてくれれば良いのによ!)
 乱馬でなくてもそう思ってしまうだろう。
 周りが穿った目を向ければ向けるほど、頑なになる天邪鬼になる少年の心。複雑な年頃である。
 そこへ、右京、シャンプー、九能兄妹、五寸釘、ムース、良牙と絡んでくるものだから、話はますますもってややこしくなる。 
 一緒にいたいと思う本当の気持ちとは裏腹に、事態は最悪の方向へと流れてゆく。

 結局、今年も、かすみさんの号令で天道家で忘年会をかねたクリスマスパーティーが催され、それに出る。勿論、ターゲットのあかねもだ。
 
「まず乱馬と一緒に過ごすにはあかねを消さねばならないね。」
「そうやな・・・。何やかんやって言ってても、乱ちゃんはあかねちゃんに弱いんやから。」
「邪魔者はさっさと退散させるに限りますわね。」
 こそこそと物陰で策略を巡らすシャンプーと右京と小太刀。
 三人娘の利害はあかねを排除するということに限っては大きく一致していた。雁首を並べてあかね一掃計画を練り始める。
「あかねは単純やからな。怒らせたら勝ちや。」
「そうね・・・。きっと乱馬に勝手にしろと言うに決まてるね。」
「そこに乗じて乱馬さまをたきつければ・・・。」
 うん、うん、うんと三人で頷きあった。
 そして、頃合を見計ると、三人はここぞとばかりに、誰が乱馬と今宵を過ごすかと言い争いを始めてみた。
 案の定、あかねは勝手にしたらという言葉を投げてくる。
 当事者の乱馬いい加減にしろと言わんばかりに苦笑する。彼もはっきりと嫌を態度で示さない。そこが狙い目だった。
 あかねはだんだん立腹してゆく。三人娘の言い争いだった筈なのに、いつの間にか、乱馬とあかねの言い合い、意地に張り合いへと発展してゆくのだ。
 売り言葉に買い言葉。二人の痴話喧嘩はこのパターンが圧倒的に多い。
 そして、目論んだとおりの最終局面を迎える。
「誰が、おめえみたいな可愛くねえ女なんかとイブを過ごすか!!」
 つい口を突いて言ってしまった乱馬。
 しまったと思ったが後の祭。
「勝手にするわよっ!」
 ガツンと一発、乱馬の顔面に食らわせるとその場からあかねは居なくなった。

 まんまと三人娘の策略は成功。
 後は、居なくなったあかねに気兼ねなく、乱馬を口説き落とすだけ。
 三人は予定通り、それぞれ乱馬を巡って猛攻を開始したのである。

 小一時間後、乱馬はその葛藤の中心へと投げ込まれ、ボロボロになって街を彷徨っていた。
 勿論、彼は三人娘の誰とも一緒に過ごす気持ちなど持ち合わせていないから、言い寄られ、詰め寄られても必死で逃げた。
 だが、事あるごとに乱馬を巡って対立する格闘少女の三人は、はいそうですかと引き下がる手合いでもない。あかねさえ排斥してしまえば、勝っち残った者が乱馬を掌中にできると頑なに信じているのである。そうなると、自然、乱馬を巻き込んでの四つ巴の争いへと発展してゆく。
 これもまた、いつものパターンであった。
 今晩はそれがいつもより激しかった。それは「クリスマスイブ」という聖夜の魔力に少女たちが翻弄されているからに他ならない。年に一度の聖夜を二人で過ごす。その一念が、彼女たちを戦いへと駆り立てる。
 乱馬はパーティー会場をメチャクチャにする訳にもいかず、天道家から離れた。居候の身の上だ。激しく天道家でやり合う訳にもいかないのだ。
 兎に角、街中を逃げ惑う。逃がすまじと追いかけてくる少女たち。
 それぞれ飛び道具まで持ち出して、乱馬捕獲に躍起になる。逃げ惑う乱馬も追いかける少女たちも、必死だった。
 それをやっとのことでまいてきた乱馬であった。またどこで彼女たちと出くわすかもしれない。ほとほと困惑しながらも、つい、口を出るのは、あかねへの恨み言。
「たく・・・。俺だってあいつらには迷惑してるんだからな・・・。それに、クリスマスイブが何でえっ!単なるキリスト教の祭じゃねえか。第一、俺たちはキリスト教徒って訳じゃねえだろうが・・・。何が嬉しゅうて、夜の街を走り回らなきゃなんねーんだよっ!」

 ふと気が付くと、町外れまできていた。新宿副都心がぼんやりと浮かぶ丘の上。街全体が巨大な光のイルミネーションだ。
 冬の夜の冷気が降りて来る。明るすぎて星は見えない。
 これからどうするべきか迷っていた。
 天道家は今頃、宴もたけなわ。大人たちは美酒に酔いしれ、ほってきたあかねの周りを男連中がここぞとばかり口説いているかもしれない。
「畜生っ!俺が何したってーんだよ!」
 己の考えていた、柔らかなあかねとの二人のイブの風景を否定しながら溜息を吐く。
 と、何かが空から舞い降りてきた。
 赤いリボンの包。己を目指して舞い降りてくる。

「え?」

 乱馬は思わずそれを手にとった。いや、正確には意識もしていなかったのに、乱馬の手の中にすっぽりと収まった。

「ホーリー、ホーリー。落しちまったぞ・・・。ここいら辺に落としたと思ったが・・・。」
 と、上からしわがれた声がした。
「誰だ?」
 ふっと上を見て仰天した。そこには、赤いサンタの衣装を着た太っちょな老人が立っていた。その風体はどこから見てもサンタクロースだ。思わず包を持ったまま立ち尽くす。
「おや、きみ・・・。」
 サンタはじっと乱馬を見詰めた。
「我輩が見えるのかね?」
 にっこりと笑った。
「こりゃ、珍しい。もしかして君はただの人間じゃないだろう?」
 悪戯な瞳が乱馬を映して立ち止まる。
「あ、いや、俺はただの人間だけど・・・。」
「いいや。ただの人間なら我輩の姿が見えるはずはない。どうら・・・。試しに。」
 ぱちんと指を鳴らした。
「わたっ!何するんでいっ!!」
 体から水が滴り落ちる。何故かわからないが、頭から水をかぶった。
 当然、少女へと変化する身体。
「ほおら、やっぱり。普通じゃない。」
 はっはっはとサンタは目を細めた。
「呪泉の水を浴びられた方か。ふうむ・・・。」
 サンタはじっと乱馬の瞳を見入っていた。そして何を思ったのか、またパチンと指を鳴らした。
「ぶあっち!熱湯をかけるなよ!」
 みるみるうちに男に戻る。
「ついでじゃから。」
 サンタは更に指をパチンと続け様に鳴らした。
「ええ?」
 あれよあれよと思う間もなく、乱馬はサンタクロースの衣装を身にまとっていた。赤いふかふかの帽子にサンタスーツ。それからアゴからは白い綿の付け髭。
「何だあ?」
 衣装の変化に乱馬は目を丸くした。
「見たところ、暇そうじゃな。すまぬが我輩の仕事を手伝ってはくれんかのう。」
「暇そうだって?冗談じゃねえっ!」
 そう叫んで文句を一発言おうとした。だが、次の瞬間、ふわっと宙へ浮き上がる体。
「お、おいっ!言ってる先から何するんだよっ!!」
「ほほほ。悪いようにはせん。なあに、一人、厄介な願い事をする子供が居てのう・・・。ほとほと困り果てておったのじゃよ。君だったら彼女の願いの代行ができるじゃろう。その子へのプレゼントの箱が君を選んだようじゃからのう・・・。」
 と目を細めた。
「くおらっ!何、勝手に決めてんだ。」
 ジタバタ暴れたが、後ろから近寄ってきたトナカイにがっしと服を噛まれて逃げられない。
「うわ!何なんだ、このトナカイは!やめろっ!」
「アカハナくんは我輩の相棒じゃからな。いいからいいから、ほら、ソリに乗って。さあ、行こう!!」

 乱馬の抵抗虚しく、ソリに乗せられて、夜空を滑り始めた。
「こら、爺さん!俺をどこへ連れて行こうってーんだ?」
 乱馬は猛スピードで飛ばしだすソリにしがみ付きながら尋ねた。
「物覚えが悪い奴だなあ。若いくせに。厄介な願い事をする子供の元へ行くんじゃよ。我輩たちは今日は大忙しなんじゃよ。信心深い世界中の良い子たちにプレゼントを配らなければならないからのう・・・。」
「何言ってやがる。サンタクロースなんて、親が枕元にプレゼントを置いていくのが常なんじゃねえのか?そんな非現実的なこと・・・。」
「わーはっはっは。何を言うか。世界にはまだまだサンタを信じている子供たちが一杯居るんじゃ。親がない子供たちだって居るだろう?そういう子供たちにプレゼントを配るのが、サンタクロースの仕事だと昔から決まっておるのじゃよ。」
「そうか・・・?俺は今の今までサンタに会ったことなんかねえぞ!」
「それはおまえさんが幸せだったからじゃろうよ・・・。」
「んなことねーぞ!俺なんか、子供の頃は、親父と二人で放浪して苦労してたんでいっ!」
「放浪生活を不幸だと思っていたかね?」
 サンタは間髪入れずに訊いて来た。
「うっ・・・。そう言われると・・・。その生活を不幸だとは思わなかったかな。」
「そうだろう?」
「決して幸せだとも思わなかったが・・・。でもよ、何でじいさんは日本語くっちゃべってるだ?顔は外人のクセしてよう。」
 素朴な疑問であった。
「たく、おまえさんは理屈っぽいのう・・・。我輩は六十カ国語くらいベラベラに喋れるわい!」
「非現実的すぎるぜ。」
「だが、現に今は、このサンタと共におるじゃろうが。それに・・・。サンタは一人ではないぞ。」
「あん?」
「一人きりじゃあ、とても一晩で願い事は全部叶えられないからなあ。ほーっほっほ。」
 これ以上訊いても、訳がわからなくなるだけで、頭が変になるだけだと、乱馬はサンタに質問をするのは止めた。

「どうた、着いたぞ。ホーリーホーリー。どうどうどう・・・。」
 サンタはトナカイたちを沈めた。
 乱馬は辺りを見回して驚いた。見たことのある屋根瓦が下に広がっていたからである。
「おい!たくさん走ってたみたいだけどよう。町内会からすら出てねえじゃねえか!」
 と怒鳴った。下に見えるのは「天道家」だったからだ。道場つきの瓦屋根の旧家。それが下に広がっていた。
「これだから素人は。良いか、何も、我輩が今日行くのはおまえの居る時代に限ったことではないのだよ。あらゆる時空で今日はクリスマスイブなのじゃから。」
「何訳のわかんねーことを言ってやがる。」
 さらにクエッションマークが点灯する頭を抱えて乱馬はサンタを流し見た。
「いいからいいから。おぬしがプレゼントなんじゃからなあ・・・。」
「あん?」
 力強く乱馬は反目した。何を言い出すと目はつり上がりかけていた。
「良いか、よく聴け。これからおまえはプレゼントになって、ここの少女と楽しく一晩過ごしてくれれば良いのじゃよ。」
「何だあ?そいつは・・・。」
 ますます持って訳がわからない。
「行けばわかるさ。まだ、母親と死に別れて間がない少女の切ない願いを訊きいれてやってくれ。それが、おぬしの役割じゃよ。」
「おい・・・。ちゃんと説明しろ!訳わかんねーぞ!」
 そう食って掛かろうとしたときだった。
「じゃ、任せたぞ!時間になったら迎えに来てやるから。」
 乱馬はドンと目に見えない力で背中を押された。
「こら!人の話を聞けーっ!!」
 そう叫んだが、上のサンタには聞こえないらしい。一直線に天道家へと落下してゆく。
「うわー!」

 受け身を取ろうと身構えて目を閉じる。
 だが、次に来る筈の衝撃はいつまで経っても来なかった。ふわりと宙に浮いたままのような感覚。
 乱馬はそっと目を開いてみた。開いて見て、更に驚いた。
 何となく見覚えのある部屋に居たからだ。
「あかねの部屋か?」
 思わずそう呟いた。
 だが、よく知るそことは若干様子が違っていた。ベッドが新しい。机もピカピカだ。何より、見たこともない玩具が辺りに置いてある。着せ替え人形だの、ぬいぐるみだの。壁にかけられている制服も風林館高校のそれではなく、小さい。どう見ても幼稚園児の制服である。
 何よりベッドに眠っていた少女は、まだ童顔であった。
「どうなってるんだ?」
 乱馬はそっと幼女の寝顔に近づいていった。



後編へつづくのでした。




暖かな気分になっていただきたいクリスマス作品
ターゲットは「BORDER」(半官半民家)



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