らぶ☆パニック


第四話 鏡乱馬の謀略


一、


 一夜明けて、クリスマスイブ前日。
 十二月二十三日。
 穏やかな国民の休日の朝だった。

「ん!今日も新しい一日が始まるか…。」
 雨戸を開いた縁側で、早雲が、思い切り伸び上がる。

「おはよー。おじさま!」
 トタトタと音がして、鏡らんまが朝の陽光を浴びながら、茶の間の食卓へと駆けて来た。
 彼女のコスチュームは、刺激が強い「裸エプロン」。真っ白いエプロンが、妙に色っぽい。

「き、君…。その格好…。」
 早雲は、口をあんぐり開けたまま、そこへ固まる。

「こらあっ!てめえ!朝っぱらから、何て格好してやがんだあっ!」
 背後から乱馬が乱入してきた。
「えーん、あなたの好みだと思って、着用してみたのにぃ…。」
 乱馬の怒声に驚いてみせながら、よよよと鏡らんまがその場に崩れる。

「そうよね…。確かに、この子は乱馬君のコピーだから、その好みはばっちりわかるでしょうし…。」
 なびきが寝ぼけ眼をこすりながら、茶の間へ入ってくる。

「鏡の国では、毎朝、この格好にて、ハニーに朝食を作ってさしあげてます!」
 鏡らんまがなよっとしながら、言った。

「まあ、朝食を作るだなんて、もう一緒に暮らしているのね。」
 かすみが、また、おぞましい事を口走る。
 このままだと、またおぞましい想像をしてしまいそうなので、なびきが方向転換を図った。
「そんな格好で朝ご飯を作ってあげてるの?」
 と問い質す。
「ええ、だって、彼の好みの格好なんですもの。こうやって、真っ白いエプロンで朝ご飯を作ると、決まって、可愛いよって…。きゃあ。」
 顔を真っ赤に染めながら、鏡らんまが笑った。
「なるほどねえ…。やっぱり、男の子の方も、乱馬君のコピーだわよね。裸エプロンが好みなのね。」
 うんうんとなびきが頭をふる。

「お、俺はそんな趣味はねえっ!」
 乱馬は思いっきり怒鳴った。

「どーだか!あんたも、裸エプロンが好きなんでしょう?たく、不潔なんだから。」
 あかねが、不機嫌そうに傍を通り抜けようとした。

「そっか、コピーの好みはやっぱりオリジナルの好みでもあるわよねえ…。ってことは、オリジナル乱馬君も、結婚したら、毎朝、奥さんに裸エプロンつけてもらいたいって願望持ってるのね…。大変ねえ、あかね。」
 にやにや笑いながら、なびきが言った。
「なっ!お姉ちゃんっ!」
 さすがのあかねも、姉の暴言に、目を吊り上げた。
「冗談よ。冗談。おっほっほっほ。」
 なびきが笑った。

「そうですわね。あかねさんは寸胴ですから、裸エプロンをつけても、私ほど、似合わないでしょうし…。」
「な、何ですってえ?」
 あかねがそんな鏡らんまの言葉に、逆鱗した。
「抜群のプロポーションだから、つけていても可愛いんですわ!寸胴には裸エプロンは似合いませんのっ!」
 鏡らんまがたき付ける。あかねに対して、何故か、ライバル心むき出しで臨んでいる。
「確かに寸胴じゃあ似合わないな…。おめえ、絶対やるなよっ。」
 ぽそっとこぼれた乱馬の言葉。わなわなとあかねの怒りが渦巻いた。
「やるわけないでしょうがっ!このすっとこどっこいっ!」
 てーんとあかねは乱馬の後頭部をしばきおろした。

 朝から、大変、元気なことだ。

「ほら、あなた。あーん。」
「でえっ!自分で食うから、余計な世話焼くなっ!」
 乱馬は思わず、苦笑いした。
「あ、ご飯粒みっけ。」
 そう言いながら、乱馬の頬についたご飯を手にとって、自分の口へ放り込む。
 寝ても覚めても、乱馬の傍から離れることなく、鏡らんまは世話を焼こうとする。その傍らで、あかねが黙々と箸を動かしている。あからさまに「不機嫌」と顔に書かれている。
 鏡らんまがやって来てから、かなり苛々が蓄積しているようだ。
 どこで、あかねが暴発するかと、ヒヤヒヤしながら、天道家の人々は、緊張の朝食を続ける。
「ごちそうさまあっ!」
 ふんぬっとあかねは立ち上がると、さっさと茶の間を出て行った。

 ほおおっと、鏡らんま以外の天道家の面々から、大きな溜息が漏れる。
 とりあえず、あかねが怒りを抑えた事に、安堵したのだ。
 彼女が激こうすると、卓袱台は無事ではすまぬだろう。皆よくわかっていたのだ。

 だが、敵(あかね)もさることながら、暫くすると、トタトタと縁側を通って、引き換えして来た。そして、乱馬の背後に留まると、一気に持って来たバケツから水を注いだ。

「ぎえええっ!つ、冷てえっ!」
 たまらないのは乱馬である。
 いくら暖冬と言っても、冬の朝だ。水道水の汲み置きでも、かなり冷たい。
「な、何しやがんでいっ!この、凶暴女あっ!」
 びしょびしょになった身体をあかねに手向けると、思いっきり文句を叩きつける。
 天道家の人々も、固まったまま、あかねの所業を見ていただけだ。誰も何も言葉を継げない。

「あんた、迷惑してるんでしょ?だから、あんたを女にして、コピーらんまがあんたにまとわりつかないようにしてあげたのよっ!」
 あかねは、フンと鼻先で言い飛ばした。
「そっか…。女にしてしまえば、乱馬君との間にも過(あやま)ちは起こらないものねえ。」
 くすくすとなびきが答えた。
「過ちって、てめえなあ…。」
 わなわなと乱馬は震えている。ずぶ濡れになって、寒いだけではないようだ。
「ひっどーい!ハニーが居ないなら、乱馬さんで我慢しようと思ってたのにい…。」
 よよよと鏡らんまがのけぞった。
「何よ、これも、あんたのためでしょうがっ!」
 あかねはぐいっと鏡らんまの前に迫り出し、言った。
「鏡乱馬がこの辺りをウロウロしているのなら、乱馬には女に居てもらったほうが、探しやすいでしょう?」

「そうか、乱馬君を女にしておけば、男乱馬、イコール鏡男乱馬ということになり、要らぬ混乱も招かんわけか。」
 早雲がぱっと明るい顔になって、言い放った。
「ってことは、暫く、俺に女で居ろって言いたいのかよう、てめえは。」
 乱馬はあかねにせっついた。

「そういうこと。男乱馬を捜せば、鏡乱馬ってことになるのよ。だから、乱馬。あんた、暫く女のままでいなさいよね。」

「そんなあ、つまんなーい!」
 鏡らんまが口先を尖らせた。
「じゃあ、あんたは、結婚式までに、鏡乱馬が戻らなくっても良いの?」
 あかねはパシッと言い含める。
「うぐ…。」
 はっきりと問いかけられては、鏡らんまも、あかねの提案に承服せざるを得ない。
「わかったわねっ!わかったら、朝ご飯を食べ終えたら、早速、街へ男乱馬、即ち、鏡乱馬を探しに行くのよっ!」

「たく、何カリカリしてんだよう…。」
 ずぶ濡れになったらんまは、はふうっ、と溜息を一つ、吐き出した。




 そんな、天道家の人々の様子を、手元の鏡越しに見入っている妖しい人影があった。
 小さなコンパクト鏡だった。
 茶の間にさり気に置かれている、水屋の傍の吊り鏡。そこを通じて映像が流れこんできているようだった。
 
「くそ…。ベイビーめ!俺が居ないことを良い事に、原像といちゃいちゃしがやって…。」
 と、不平不満をぶちまける鏡乱馬。
「ほっほっほ…。一人前に、おまえさんもヤキモチかえ?」
 小人爺さんが笑った。
「見てろ!絶対に、あのあかねって娘を手懐けて、ギャフンと言わせてやるぞっ!」
 そんな、チンプンカンプンな言葉を投げつける。

「じゃあ、まずは、ワシの言うとおりにするんじゃ。」
 小人爺さんは、手をこまねいて、鏡乱馬に「策」を授ける。

「まずは、奴らに捕まったふりをして、あの家に潜り込むんじゃ。」
 と鏡乱馬の驚くような策を耳打ちした。
「なっ!そんな事したら、鏡の世界に連れ戻されちまうぜ!あの、鏡屋敷の番人じじいの事だ。ハニーに「封印のコンパクト」を渡してるに違いねえぞ!」
 鏡乱馬は無謀だとばかりに、吐き付ける。
「ふふふ、大丈夫じゃよ。ワシがきちんとフォローしてやるわい。これから言うとおりに、行動すれば、絶対におまえさんが危惧しているようなことにはならん。」
 そう言って、また、こそこそと耳打ちする。
「ふんふん、なーるほど!それなら、何とかなりそうだな…。」
 授けられた知恵に納得したのだろう。鏡乱馬はコクンと頷いた。
「ま、あとは、おまえさんが、いつもの如く、やっていれば良いのじゃよ。別に、演技も要らん。どうじゃ?その気になったかえ?」
 小人爺さんが笑った。

「ああ、せっかくシャバへ出て来たんだ。目イッパイ楽しくやるさ。」
 と鏡乱馬は笑った。

「んじゃあ、まずは、その服じゃが…。おまえさんの原像と同じ服にしておいてやるかのう。」
 そう言うと、爺さんは、さあっと魔法を振りかざし、乱馬と同じ薄い水色のチャイナ服へと変化させた。

「さてと、それじゃあ、街に出て、せいぜい、可愛い子に声をかけまくって、ナンパしなされ。わしゃ、少し休ませてもらうとしんぜよう。」
 そう言うと、小人爺さんは鏡乱馬の懐へと引っ込んだ。

「んじゃ、遠慮なく、ナンパに行くぜっ!」
 変な気合を入れると、鏡乱馬は街へと駆け出して行った。



二、

「へい、彼女ぉ!僕とお茶しない?」

 クリスマス前日の華やいだ街並みを背に、鏡乱馬は可愛い子漁りに余念なく、声をかけまくっていた。
 自然体に振舞っていれば良いと、小人爺さんに念を押されていた。
 もとより、己のナンパしたい欲望から、進んで鏡世界から解き放たれた身の上。
 手当たり次第、ナンパを開始していた。



「たあくっ!迷惑な話だぜ!」
 ブツブツ言いながら、らんまはあかねと己のコピー鏡らんまと共に、街中を鏡乱馬求めて、徘徊していた。
「ああん、せっかく上天気なのに、あなたは女姿。」
 少しつまらなさそうに、鏡らんまが吐き出す。
「仕方ないでしょう?見分けがつかなかったら、取り逃がしちゃうかもしれないんだし。」
 あかねはその後ろを、目くじら立てながら一緒に歩いていた。
「別に、私は、こっちの乱馬でも良いんだけどなあ…。」
 と言いながら、らんまの手をぐいっと引っ張り、腕を絡ませる。
「あんたが良くっても、こっちが良くないのっ!」
 あかねはジロッと二人を振り返る。
「何、カリカリしてんだよう、おめえ…。ああ、もしかして、ヤキモチかあ?」
 にやっとらんまがそんな言葉を吐き付けた。
「うるさいっ!こうなったのも、元はあんたが鏡屋敷へ出かけて、己の姿を鏡に写してしまったからでしょうがっ!」
 無責任な鏡らんまやらんまの言動に、思わずテンションが上がるあかねであった。

「ちょっと…。アレ。」

 と、あかねの歩みがピタリと止まった。

「あん?どうした?」
 らんまと鏡らんまは、腕をからませたまま、あかねを見やった。

「だから、あれ…。」
 あかねが指差す先に、飛び込んでくる光景。

 鏡乱馬が手当たり次第に、女の子たちをナンパしている様子が目に入った。

「彼女…。ピンクのセーターが可愛いねえ…。どう?僕とクリスマスデートなんか。」
 褒め殺しながら、同じ歳くらいの女の子に声をかけまくっている。

「げっ…。あいつ…。」
「ハニー…。」
 鏡らんまの歩みも止まってしまった。

「わかり易いっていうか、何も考えてないって言うか…。」
 カリカリしていたあかねまで、脱力したくらいだ。
 こんなに簡単に見つけ出せるとは思っていなかっただけに、思いっ切り力が抜けてしまった。
「白昼堂々と、俺の縄張りでナンパ行動を起すとは…。」
 さすがのらんまにも、思わず苦笑いがこぼれた。

「おいっ!てめえっ!」
 らんまと鏡らんまとあかねの三人で、背後を固めるまでに、気も遣わなければ、時間もかからなかった。
 だが、敵もさるもの。
 三人に囲まれたにもかかわらず、鏡乱馬の顔は、ぱああっと顔が明るくなる。
「やあ!君。会いたかったんだ!」
 そう言うと、胸元から手品のように、あかねに向かって造花の赤いバラを差し出す。
「君の方から探しに来てくれるなんて…。感激だなあ。」
 そして、そのまま、ひざまずくと、あかねの手をすいっと取った。
 何だ何だと、行き交う人々が足を止めて、あかねたちを好奇の目で見詰める。
「ちょっと、会いたかったって…。」
 慌てたのはあかねである。

 鏡乱馬の奇抜な行動に、らんまも鏡らんまも、みるみる表情を曇らせた。
「良いから、この手を離しなさいよっ!」
 じろじろとあまりに周りから、見詰められるので、あかねは真っ赤になって、鏡乱馬の手を振り切った。
「つれないなあ…。せっかく、再会できたのに。」
 きらりと光る、真っ白な歯。真摯な瞳がすぐ傍で妖しく揺れる。

「おいっ!てめえっ!何、あかねにちょっかいかけてやがるっ!」
 ずいっとらんまが身を乗り出した。
「そうよ、ハニー、私と言う者がありながら…。ひどいわっ!」
 隣りから同じ顔をした鏡らんまも睨みつける。

 その様子を見た、鏡乱馬は、ぐいっとあかねの手を引っ張った。
「えっ?」
「さあ、僕と共に、愛の逃避行!」
 焦るあかねの手を取ると、だっと明後日の方向へ駆け出そうとした。

「いい加減にしやがれーっ!」
 げいん、と叫び声と共に、らんまは鏡乱馬目掛けて肘鉄を打ち下ろしていた。

「ぐえ…。」
 そのまま、鏡乱馬は地面へと倒れ伏す。
「たあく…。何て野郎だっ!」
 怒りが収まらないのか、らんまは肩で息をしながら、倒れた鏡乱馬を足蹴にしていた。





「本当にあっさりと捕まえて来たものよねえ…。」
 天道家の茶の間で、一同は、感心しながら、鏡乱馬を見詰めた。
 荒縄で縛り上げられた彼がそこに居る。らんまにしこたまやられた傷がある。
「たく、そこら中の女の子に手当たり次第にナンパしやがって!知ってる人間がその中に居たら、どうしてくれるんだよ!俺の評判、がた落ちじゃねえかっ!」
 まだプリプリとらんまは文句を垂れていた。

「ははは…。原像の君が女たらしだから、虚像の僕らがそれに似ただけだと思うがねえ…。」
 悪びれる風もなく、鏡乱馬はそんなことを吐き付けた。
「確かに一理あるわねえ…。」
 笑いながら、無責任に笑いながら、なびきはらんまの方を見やった。
「くおらっ!それはどういう意味でいっ!俺は節操なしじゃねえぞ!」
「あら、でも優柔不断じゃないの。」
 なびきにずばり言われて、ぐうの音も出ない。
「たく、トンでもねえ奴だぜ!」
 らんまは不機嫌だ。
 その傍を、これまた、むっとした鏡らんまが傍に居た。

「で、すんなり捕まえられたのだし、これからどうするのかね?」
 早雲が一同に確かめるように問いかけた。

「そりゃあ、そこの鏡女らんま共々、封印カーテンができあがるまで、ここへ入っててもらうのよ。」
 あかねが、トンとコンパクトを置いた。フタの部分に「封印」と記されたコンパクトだ。
 前に、鏡らんまがこちらで大暴れした時に、簡易捕獲器として、爺さんが持ち出した「あれ」だ。鏡を覗き込むと、そのまま、中へ誘われ、閉じ込められてしまうという、コンパクトだ。

「そうだな…。この中に入れておけば、悪さもしねえし…。」
 天道家の面々は、じっと鏡から出て来た二人を見詰める。
「あんたたちさあ、確か、クリスマスに結婚式挙げるって言ってたわよね。」
 なびきが鏡らんまに言った。
「ええ、そのつもりです。」
 鏡らんまは、すぐさま答えた。
「この中に入って、しっかり見張っておけば、こいつも逃げられねえしな…。」
 うんうんとらんまが頷く。
「封印カーテンも、明後日のクリスマスまでには出来上がるって、お爺さんも言ってたし。丁度よいわね。」
 あかねも納得する。

「ってことで、ここへ入れ。そら。」
 そう言いながら、らんまはコンパクトをパカッと開き、鏡乱馬に差し向けた。

「仕方がねえよなあ…。じゃあ、一緒にコンパクトの中へ入ってようか。」
 観念したのか、素直に鏡乱馬は応じた。

「嫌に素直だなあ…。」
 らんまが怪訝な顔を差し向けたが、
「ま、良いんじゃないの?素直に鏡の中に居るって言ってるんだから。」
 とあかねはあっさりとしたものだった。
「ちゃんと、封印のカーテンが出来上がったら、お爺さんに元の鏡まで送り届けるから。」
 などと、言い含める。
「帰ったら結婚式ね。」
 にっこりとかすみが笑った。
「それじゃあ、皆さん、お世話になりました。」
 ちょこんと頭を下げると、鏡の二人は、コンパクトをじっと覗き込む。
 と、すいっと吸い込まれるように、二人の姿が見えなくなった。

「一丁あがりっと。」
 パチンと音を鳴らして、コンパクトが閉じられた。

「ふう…。これ以上、事が悪化せず、素直に、鏡へ入ってくれて、良かったぜ。」
 らんまは、傍にあったやかんを取ると、ざざざっと己へ注ぎ込む。
「あら、男に戻るの?」
 なびきがにやにやしながら、言った。
「あったりめえだっ!もう、女で居なきゃならねえ、理由もねえだろっ!」
 むくむくと伸び上がる男性の手足。華奢な女体から、強靭な身体へと変化を遂げていた。
「あとは、カーテンが出来上がるのを待つだけね。明日にでも、鏡屋敷へ持って行くわ。」
 あかねは卓袱台から、タンスの上にコンパクトを持ち上げながら言った。

「にしても、鏡乱馬君が素直すぎたのも、何かひっかかるのよねえ。」
 気になったのか、なびきがちらりとコンパクトへ視線を流しながら言った。
「あん?」
「だってさあ、仮にしも、乱馬君のコピーでしょう?あんなに素直に人の言う事をきくかしらって思うじゃない。普通。」
 とにべもない。
「おめえなあ…。そういう言い草はねーだろがっ!たく、何が言いたいんだよう!」
「だから、素直な仮面の下に何かありそうだってね…。」
「ふん!そんなのあるわけねーだろ?今頃、コンパクトの中で二人、仲良くやってんじゃねえのかあ?」
 乱馬は吐きつけるように言った。
「二人、仲良くねえ…。」
 そう言ったなびきの言葉を受けて、玄馬パンダがささっと看板を上げた。

『狭い鏡の中で二人きり』

 ぽわんと、一同の頭の中に、また、濃厚なワンシーンが、それぞれに浮かんだ。
 それは、男乱馬と女乱馬がいちゃいちゃするという、とんでもない構図だった。

 思わず、うっとなって、一同の顔から苦笑いが零れ落ちる。

「こらっ!てめーらっ!変な想像すんなっ!」
 乱馬が、怒声を上げた。



三、

 さて、所変わって、こちらはコンパクトの中。
 きらめくような輝きの壁や床。それらに囲まれて、鏡乱馬と鏡らんまが相対していた。

「ハニー、二人っきりね。」
 つとっと寄って来る鏡らんまを、鏡乱馬は制した。
「何で?ハニー。邪魔者は居ないわよ。」
 と、怪訝な顔を差し向ける。

「確かに、邪魔者はいねえ…。俺とおめえと二人きりだ。時間もタップリある。」
 鏡乱馬は、胡坐をかき、腕組みしながら言った。
「だが…。本当に、これで良いのか?ベイビー。」
 ちらっと鏡乱馬を流し見た。
「これで良いって、何で?…はっ!もしかして、ハニーは、私と結ばれるのが嫌で…。」
 よたよたっと鏡らんまは横へ寄れる。
「別にそういうわけじゃあねえけど…。ほら、俺たちは、遅かれ早かれ、明後日には結婚式だぜ?いわば、クリスマスまでの遺された時間は、お互い独身最後の限られた期間だってことだよ。おめえ、それがわかってて、ここで二人きりの時間を過ごすって言うのかよ…。勿体無えと思うのが普通じゃねえか?」
 鏡乱馬はたたみかける。
「独身最後の限られた時間…。」
 反復した鏡らんまに更に追い討ちをかける。
「俺もよ、おめえと同じ原像から生まれてる。それに、鏡の中にこもったままの、鏡屋敷のお嬢様の無念も一緒に背負ってる。いわば、おめえと俺は似たもの同士の一心同体。だからというわけじゃねえが、おめえの気持ちもわかるんだ…。おまえさあ、勿論、一人の男に尽くしたいという思いもあるだろうが、自由なアバンチュールを楽しみたいって気持ちも、あるんじゃねえのか?」
 ときた。
「自由なアバンチュール…。」
「そうだぜ…。少なくとも、結婚しちまったら、火遊びはできねえ。ま、いずれはおめえと俺は鏡の中で所帯を持つということは良いとして、ほれ、お互い、独身生活に悔いを残したまま、結婚しちまっても良いのかなあ…。」

 鏡らんまの欲望をそそりだすように、誘う言の葉。かなり勝手な論理ではあった。だが、嫌に説得力があるのも事実だった。

「つまり、どういうこと?ハニー…。」
「おめえだって、あのもう一人の乱馬や、もっとイケメンの現世の男に興味はあるんじゃねえかなあってよ…。このまんま、ここで二日間を俺と過ごして、封印カーテンができあがって、鏡世界へ帰って、ハイ結婚で、本当に後悔しねえかなあ…。」
 すいっと一息吸い込むと、続けて鏡乱馬は言った。
「少なくとも、俺は嫌だね。」
 とはっきり言い切った。
「嫌って?」
 恐る恐る問いかけてくる、鏡らんまの瞳。
「せっかくシャバへ出て来たんだぜ?おめえを再認識するためにも、自由なアバンチュールを楽しみたい…それが本音さ。」
 じっと鏡らんまの瞳を覗き込む。
「本音…。じゃあ、どうしようって言うの?」
 鏡らんまは見上げながら問いかける。
「お互いに、クリスマスイブは、自由にシャバを歩き回って、独身生活に悔いなきように、アバンチュールなり何なり、楽しまねーかって事だよ。お馬鹿さん。」
 ツツンと鼻先を右手の人差し指で突付く。
「互いに干渉しねえで、自由に楽しむんだ。てめえはてめえで、俺は俺で、それぞれシャバ世界のクリスマスイブを楽しんで、二日たったらきっぱりと忘れる。そして、鏡の世界へ帰ったら、二人でウエディングベルだ。どうだ?悪い話じゃあねえと思うが…。」
「うーん…。」
 煮え切らす、考え込む鏡らんまに、更に吹きかける鏡乱馬。
「この二日間は互いに干渉しねえから、おめえがどんな男に言い寄っても、俺はやきもち焼かなねーぞ。たとえ、おめえが、イブを過ごすのに選んだ相手が、原像の男乱馬でもな。」
 その言葉に、ひくひくっと鏡らんまの肩が動いた。
「彼と過ごしても良いの?」
 と問いかける。
「ああ、かまわねえさ。俺の原像だからな。俺みてえなもんだし…。」
 ゆらゆらと鏡乱馬の黒い瞳が光もないのに揺れた。
「わかったわ、ハニー。その話に乗ったわ。」
 その気迫に押され、鏡らんまは、つい、そう返答を返してしまった。
「おっ!乗ってくれるかっ!さすが、俺のベイビー!!」
 ぎゅううっと鏡らんまの両手をつかみ、握り締める。
「その代わり、クリスマスにはウエディングベルよ、ハニー。」
 真摯な瞳で鏡らんまは迫った。
「ああ、勿論だ!ベイビー。」

 一体、どこまで「不埒なカップル」なのだろう。

「でも、ハニー。ここからどうやって出るの?一度入ってしまったら、外から叩き出してもらわないと、出られないわよ。」
 心配げな鏡らんまの言葉に、にっと鏡乱馬は笑った。
「それなら、大丈夫…。あいつが上手くやってくれるさ。」
「あいつ?」
「ああ、強力な助っ人だよ。ベイビー。」
「誰なの?」
 鏡らんまの問い掛けに、鏡乱馬は言った。
「俺が鏡屋敷を抜け出た時、その森の外れで見つけた小さな湖の畔の洋館に住んでる小人爺さんだ。俺も詳しい素性は知らねえが、森の精霊なんだそうだ。」
「ふうん…。湖の畔の古い洋館ねえ…。」
「親切な爺さんだぜ。」
 鏡乱馬は肩をポンと叩いた。
「で、ここから出たら、こっそりと天道家を離れるんだ。それから、二人、クリスマスイブの明日を自由に過ごす。で、明けてクリスマスには鏡屋敷で落ち合おう。」
「わかったわ、クリスマスにお屋敷で…。」
「ああ、そこで落ち合ったら、そのまま封印の鏡から鏡の国へ帰って…結婚式だ。ハニー。」
「きっとよ…。」

 二人は、乱馬の顔同士で、じっと見詰めあった。

 と、背後から光が差し込めてきた。出口に伸びる一筋の光だ。

「さあ、出口が開くぞ。」
「うん!」
「クリスマスイブ、お互いに楽しく過ごそうぜ!イエーイッ!」

 さあっと差し込めて来た、光目掛け、二人は、共に飛び出していた。
 とんでもハップンな「クリスマスイブ」が待ち受けているとも知らないで。



つづく




  言い回しが古いのは、一之瀬の青春時代が遠いからです(汗)


(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。