らぶ☆パニック


第十話 ミラクル・クリスマス



一、


 コンパクトの中は、こじんまりとした世界が広がっている。
 先頃、鏡らんまと共に過ごした世界と、そう変わりは無い。天井も壁も床も全てが鏡張り。
 目の前には、悪魔乱馬があかねを抱きかかえたまま、にやりと笑っていた。

「ふっふっふ、待っていたぞ!オリジナル乱馬。」

 そうはきつけてきた。予め、彼が到達するのを予測していたような口ぶりだった。

「てめえ…。」
 乱馬は怒れる形相で、悪魔に向かって凄んでいた。

「ざまあないな…。その格好。」
 くすくすと悪魔乱馬が乱馬を見やる。足の下から頭の上まで見渡した。
 明らかに「小馬鹿」にしている。

「何だよ!その、なめた視線は。」
 乱馬は憤然とした顔を悪魔乱馬へと差し向ける。

「これがなめずにいられるか…。自分の姿を、良く見てみろ!」
 悪魔乱馬は笑いながら瞳を差し向けてくる。
「何?…ぎええええっ!」
 乱馬は、己の格好を見渡して、思わず叫んだ。
 おぞましい事に、さっきまで、女として館の中を闊歩していた「メイドコスチューム」のままだったからだ。そのまま、男に戻って、脱ぎ捨てる暇もなく、コンパクトへと吸い込まれたのである。

「わっはっはっは…。こりゃ、愉快だな。そら、あかね、あの間抜け面をご覧…。」
 と、腕の中のあかねに囁きかけた。
 くすっと無表情だったあかねの顔に、笑みがこぼれたように思った。だが、対する乱馬はちっとも嬉しくない。それどころか、火が出そうなくらい、顔を真っ赤に熟れさせていた。

「でええっ!脱ぐからちょっと待ってろ!」
 と明らかに動揺している。
 それから、ごそごそとボタンやチャックを外して、コスチュームを脱ぎ捨てた。
 ハアハアと恥ずかしさからか、息が荒い。
 慌てると手も上手く動かないようで、脱ぎ捨てる時に思いっきりつんのめってしまい、ドンと後ろ向きに倒れこむ。

「無様な野郎だっ。」
 悪魔乱馬はけらけらと笑い転げる。

「クソッったれ!地獄を見たぜ。」
 乱馬も思わず、赤面しながら吐きつける。
 やっと脱ぎ捨てて、黒ランニングと黒トランクスの格好に落ち着いた。

「ほお…。下着は男物を着用していたのか。」
 まだ笑いながら、悪魔乱馬が畳み掛けてくる。

「あ、あったりめえだっ!娘溺泉の呪いのせいで女に変化はするが、女物の下着を着用するまで落ちぶれちゃいねえっ!俺は男だーっ!」
 と溜まらず叫んでいた。
「それより、勝負だ!あかねを離せっ!悪魔めっ!」
 やっと落ち着きを取り戻してきた乱馬は、そう言いながら腰を落として身構える。
 ここで対した以上、決闘する以外に術はない。そう思った。

「ふん、野蛮人め。」
 悪魔乱馬は、一蹴した。
「な、何だと?」
 一言であしらわれて、乱馬ははっしと睨み付けた。
「だから、腕力で解決するなどというのは、野蛮人がすることだと言ったのだ。」
 悪魔はにやにや笑いながら吐き付けてきた。
「じゃあ、どうやって、解決するってんだ?大人しくあかねを返すとでも言うのか?てめえは…。」
 負けん気が強い乱馬は鼻息荒く、叩きつける。
「返す気はないね…。あかねさんは最高の女性だからね。」
「じゃあ、ここで決闘して勝負する以外、方法はねえだろ?」
 乱馬ははっしと睨み上げる。

「だから、野蛮人だというのだ。おまえは…。こんな小さな世界の中で、決するならば、あかねさんも巻き込んでしまうだろう?」
 と尤もな事を吐き出す。
 確かに、こんな狭い中で、二人やりあえば、少なからずとも、あかねを危険に巻き込むだろう。いくら、武道家の娘で腕っ節が強いとはいえ、逃げ込める場所がなければ、かなり危険な目にあわせてしまう。
「じゃあ、何か方法でもあるってえのか?」
 乱馬は厳しい瞳を巡らせながらたたき付けた。

「どうせだから…。あかねさんに決めてもらおうじゃないか。」
 すいっと悪魔乱馬は前に出た。

「あかねに決めてもらうだと?」
 怪訝な顔を乱馬が指し示した。だが、すぐに首を横に振って否定した。
「ダメだ、ダメだ。だって、今のあかねは尋常じゃねえ。いつもの瞳の輝きを宿してはいねえからな。そう、おめえがあかねの気持ちまで牛耳ってる、そんな風だ。だったら、俺が不利ってなもんだ。フェアな勝負じゃねえ。」
 とどっかと腕組みをして座り込んだ。
「フェアだったら、かまわないと言うのだろ?」
 悪魔乱馬の瞳が妖しく光った。
「だったら、こうしよう…。」
 悪魔乱馬はさっと何かを懐から取り出した。
 キラキラ光る、玉状のものだった。

「これは、本心を写して話す「言玉(ことだま)」だ。これに彼女の本音を写し取り、ここで聞き出せば良い。おまえを取るか、それとも俺を取るか…。素直な心を聞き出すんだ。」

「けっ!そんな紛い物、信用できねえ。」

「いや、既に、もう勝負は始まっているんだよ。おまえが望まなくてもね!」
 悪魔乱馬は妖しい瞳を巡らせて、乱馬を見た。

「なっ!」

 ゴゴゴゴゴっと音がして、床の鏡面が盛り上がってきた。

「ここは俺様のテリトリー、いわば領域だ。だから、俺様の不文律が即ち、生かされる世界。この勝負、受けてもらわないわけにはいかないんだよ。早乙女乱馬。」
 悪魔乱馬は笑いながら、乱馬に対した。

「な、何だ?これは…。」
 床から盛り上がってきた鏡を見て、乱馬は思わず声を荒げた。姿見くらいの大きな鏡が乱馬の背後に立ちはだかる。美しく磨かれた鏡面が、ピタリと乱馬の背後へ張り付く。

「私を百年以上もの長い間閉じ込めてきた封印の姿見鏡だよ…。魔法であっち(現世)からここへ持って来た。」
 にやりと悪魔乱馬が笑った。

「おめえを閉じ込めてきた姿見鏡だって?」
 乱馬がきびすを返した。

「ああ…。私を封じ込めた憎き鏡だよ。」

「てめえ、封印されてたのか?この鏡の中に。」
 乱馬は背後を見ながら尋ねた。

「ああ、私は今を去ること百年ほど前、来日した去る西洋ビジネスマンの持ち物に紛れてはるばる海を渡ってやってきたのだ。私はただ、祖国から離れた腹いせに、異国のこの地で夜な夜な悪さをして回ったさ。
 困った持ち主は、一緒に来ていた司祭に相談を持ちかけた。私は司祭に祖国へ帰してくれと頼んだ。祖国へ帰りたくば、この姿見鏡に入って居れと司祭に言われた。ここで大人しくしていれば、すぐに祖国へ帰してくれると約束したのに、司祭の奴は私を封じ込めると、そのまま洋館へ置き去りにしたんだ!あいつばかりじゃない、持ち主の奴まで、さっさと帰ってしまったのだ…。祖国へ返してくれるとあれほど硬く約束したのにだ!」
 悪魔乱馬の表情が険しくなった。わなわなと震え始めていた。己の境地を思い出したのだろう。

「何だか知らないが。複雑な事情があんだな…。おめえも。」
 少し同情した表情を差し向ける。取り乱した悪魔乱馬の様子は、とても嘘をついているようには見えなかった。

「私は己を呪ったね。嘘つきな人間を信じたばっかりに、姿見鏡の中へ押し込められた…。私を出し抜いた人間こそ「悪魔」だ。」
 メラメラと彼の瞳は怒りで燃えている。
「へえ…。で?」
 乱馬は膝を突き合わせて、悪魔乱馬の話に耳を傾け始めた。身の上相談を聞いているような雰囲気が漂い始める。
「私は長い間閉じ込められながらも、人間への復讐を考えていたのだ。」
「復讐だあ?また、危なっかしい話だな…。」
「私の復讐は、私を封じ込めた人間の女と結婚する事。そして、人間に悪魔の子孫を産ませること。鏡と人間界を行き来できる悪魔と人間の混血児をたくさん作って、人間界を恐怖に陥れてやるのだ!」
「そんなしみったれた復讐じゃあ、人間界を恐怖に陥れられねえと思うがなあ…。」
 何となく、みみっちい恨みだなと、思った。
「百年の長き年月を経て、おまえの間抜けなコピーが私を解放してくれた。鏡の封印を解いてくれたのだ。」
「間抜けなコピーねえ…。でも、外へ出られたんだったら、とっとと祖国へ帰ったら良いじゃねーか…。明治の昔と違って、今は簡単に、おめえの祖国へも渡航できるはずだぜ?」
「フン!さっきも言ったろう?私は復讐をするのだ!鏡を抜ければ、適当な身体を依代にし、美しい人間の娘と結婚する。そして、悪魔の子孫を増やすのだ。」

「で、あかねを狙ったってわけか。」
 乱馬は悪魔乱馬を睨み付けた。

「そうだ。この娘は素晴らしい。可愛いし、スタイルも良いし、尻もでかそうだし、子供をたくさん産んでくれそうだし、性格もそれなり勝気で悪魔の嫁には最高だよ。」

「勝手にほざきやがって!あかねは気も強いし、料理は下手だし、寸胴だぜ!だけどよ…。俺の許婚だ、てめえなんかに渡すもんかっ!」

「だが、あかねさんが、おまえを望んでいなかったらどうだ?」
 にたりと悪魔乱馬が笑った。

「俺を望まないだと?」
 乱馬ははっしと悪魔を睨みつける。

「そうだ。それを今から思い知らせてやる!」
 そう言い放つと、悪魔乱馬の瞳が妖しく真っ赤に光った。

「うわああっ!て、てめえ…。性懲りも無く…。何をっ!」

 すっぽりと乱馬の身体が鏡にのめりこんだ。

「これから「言玉」を使って、あかねさんの本心を訊き出してやる。完全なる男の私を選ぶか、それとも、不完全でおかまのおまえを選ぶか。これは見物だぞ!わっはっはっは。」
 悪魔乱馬は勝ち誇った瞳を手向ける。
「そりゃ、どういうことでい?」
 乱馬は姿見鏡に、すっぽりと半身を埋めながら叫んだ。
「あかねさんが私を選んだ瞬間、おまえは、私が封印されていた姿見鏡へと吸い込まれる。そこで私の代わりに孤独に封印されるのだ。そして、私はおまえと成り代わり、これからの人生、あかねさんと、二人、面白おかしく結婚生活を過ごすのだ。」

「な、何勝手こいてやがんでいっ!」
 乱馬ははきつけたが、身体は動かない。

「まあ、そこで決定的瞬間を見て、聞いておれ!」
 勝ち誇った悪魔乱馬は、瞳を半開きしているあかねの方へと、すすっと歩いていった。
 あかねは瞳を半分閉じたまま、じっとそこへ佇んでいた。
 鏡面がせり上がってくる中、ちょこんとそこの上に座らされている。黒い花嫁衣裳が白い肌に栄えて美しい。

「さて…。あかね。君にはどっちの乱馬が好きなのか選んでもらうよ…。」
 ふっと耳元で吐きつける。
 ゆらゆらと揺れる瞳は、虚ろな輝きを浮かべている。
 悪魔乱馬が手にした、玉も、妖しく光っている。

「あかね…。君は男の乱馬と女の乱馬、どっちが好きだい?」
 畳み掛けるように尋ねる悪魔乱馬の黒い瞳。

「男の乱馬…。」
 あかねは躊躇することなく答えた。

 にっと悪魔乱馬が微笑む。

「だろうね…。やっぱり男の乱馬が好きなんだ…。じゃあ、君は、乱馬がずっと男のままだと良いと思ってるよね。」

「勿論、そうよ…。」
 コクンと揺れる。


「こらーっ!てめえっ!何、誘導尋問してやがるーっ!!」
 乱馬が怒鳴った。
 だが、あかねにはその声は到達していないようだ。悪魔乱馬の声だけが彼女の脳裏に届いているのだろう。



「男と女が入れ替わる乱馬より、ずっと男のままの乱馬が好きなんだね…。」
 すうっと悪魔乱馬はあかねの頬をなぞった。
 そして、優しく、囁きかけるように問いかけた。

「じゃあ、選んで。君の目の前に居る、この僕、ずっと男のままで居ることの出来る乱馬を君の伴侶とすると。女と入れ替わる乱馬は嫌いだと…。この世から抹殺したいと…。」

 ちらりと、悪魔乱馬は鏡に半身を埋めた、本物の乱馬を見やった。

「女と入れ替わる乱馬が嫌いなわけじゃないわ…。あたし…。」
 あかねの口から、ポツンと囁かれた。

 一瞬、えっ、という表情を悪魔はあかねに手向けた。

「いつかは女と男に入れ替わる呪いが解けたら良いなって思ってる…。けど…呪いが解けなくても、あたしは乱馬が好きよ。」
 それがあかねの本音だったのだろう。

「あかね…。おめえ…。」
 姿見鏡に捕らわれていた乱馬の瞳が見開かれていく。

「乱馬がたとえ、女に変身したとしても、乱馬は乱馬だもの。嫌いになれるわけないじゃないっ!乱馬が乱馬である限り、あたしは抹殺なんかしないわ!」

 あかねがそう口走ったと共に、半身を包んでいた鏡の束縛が、ふっと途切れた。いやそればかりではない、強い光が乱馬を包み込んだ。
「束縛が解ける!」
 乱馬は動き始めた身体を見渡して、思わず叫んだ。



「畜生!何故だ?何故、あかねはおまえを疎まない!何故、女に変身してしまう、みっともないおまえを否定し、抹殺しようとしないんだ?」
 悪魔乱馬が悔しそうに吐き出した。

「俺とあかねの絆は、偽者のおめえがどんなに足掻いたって、切れはしねえってことなんだよっ!」
 鏡から這い出てきた乱馬は、そのまま、悪魔乱馬へと対峙した。

「ならば、あかねもおまえも、このまま、この俺様の領域で消滅させてやる!」
 悪魔乱馬の身体がぶわっと発光した。

「危ねえっ!あかねっ!」
 だっと一瞬早く飛び出すと、乱馬はあかねを抱えて飛び上がった。
「くっ!」
 悪魔乱馬から発せられた光が、乱馬とあかねを包みかけた時、握っていた拳を、前方へと突き上げていた。
「俺はおめえだけには負けねえっ!この肉体が滅んだとしても、あかねだけは、あかねだけは無傷で守ってみせらあっ!」


 乱馬が気焔を上げたときだった。その震動でか、バリンと背後の鏡が割れた。さっきまで、乱馬を捉えていた姿見鏡だ。
 その破片が、乱馬とあかねを素通りし、悪魔乱馬へと降り注ぐように突き刺さっていった。

「うわあああっ!」

 鏡の割れた破片を浴びて、悪魔乱馬が足掻き始める。
 と、みるみる彼の姿が元の小人へと入れ替わった。

「くそっ!魔法が切れた。うわあああっ!」
 小人のまま固まり、動かなくなってしまった悪魔。姿見鏡の破片を浴び、凍りついたように、鏡の中で時を止めてしまった。




二、


「ねえ、終わったの?」
 あかねが乱馬の胸元で問いかけた。
 ひっしとしがみつくのは、確かに乱馬の腕の中だ。
 瞳の中に輝きが戻っていた。あかねの時は再び動き始めたのだ。

「ああ…。おまえを誑かしていた、悪魔は滅んだみてえだな…。」
 乱馬も安堵の吐息を漏らす。
 二人の視線の先に、キラキラと輝いたまま固まった、悪魔の小人が埋もれたまま立っていた。
「ちょっとかわいそうね…。」
「かわいそう?こいつがか?」
 あかねの意外な言葉に乱馬ははっとして覗き込む。酷い目に合わされて、あわや嫁さんにさせられそうになったというのにだ。
「お人好しだな…。おめえは…。」
 ふっと笑みがこぼれた。
「だって…。最初は祖国へ帰りたくって、この異国の日本で暴れていただけなのに、封印されちゃったんでしょう?」

 と、二人の頭上から、ひらひらと何かが降って来た。

「ん?何これ…。」
「あん?送り状?」
 二人が目を見張る中、そいつはぺタリと小人の固まりへと張り付いた。
「えっと、悪魔の故郷へ送りますから、送り主は速やかにサインしてくださいだあ?」
 書いてある文面を見て、思わず声が漏れた。
「どういうこと?」
 あかねも一緒になって覗き込んだ。
「さあ、良くわかんねー…。」
「じゃあ、あたしが書くわ。」
 あかねは意を決すると、一緒に出てきたペンを取った。
「お、おい、こらっ!おめえ、また勝手にそんな事。」
 乱馬は止めに入ったが、あかねはさらさらとそこへサインを入れた。「天道あかね」と。
「ほら、乱馬も一緒に署名してよ!」
 あかねはペンを乱馬へと差し出した。
「ちぇっ!連名かよう…。しようがねえな…。」
 苦笑いしながらも、言われたとおり、乱馬もさらさらと名前を書き連ねた。「早乙女乱馬」と。

 書いた途端、目の前に凍っていた小人の悪魔は、すっと消えていなくなってしまったではないか。勿論、送り状も跡形も無く消えてしまった。

「な、何だったんだ?今のは…。」
「さあ…。鏡の国の送付システムでも発令したのかも…。」
 呆れつつ、突き合わせた顔。ふっと二人なずんで笑い出す。
「でも、誰が配達するんだ?あんなの…。」
「案外、サンタさんかもね…。」
「んな訳ねーだろっ!」
「わかんないわよ…。だって、今夜はクリスマスイブなんでしょう?」
「まあ…。奴がここから居なくなるんだったら、別に何だって良いけどよう…。」
 二人顔を見合わせ、クスクスっと笑い転げた。

「でもさあ…。一つ疑問があるんだけど…。あたしたちはどうやって出るの?」
「さあ…。」
「さあって乱馬…。」
「多分、外の連中が叩くか何かしてくれねえと、出られないんじゃねえかなあ…。」
「何、暢気な事言ってるのよ。」
 あかねが思わず怒鳴っていた。
「だって、仕方がねーじゃんか。俺もおまえも出方知らねえし…。」
「まあ、そりゃあそうだけど…。まさか、ずっとここに二人きりだなんて…。」
「嫌か?」
 悪戯な瞳があかねを捕らえる。
「べ、別に嫌ってわけじゃないけど…。」
「俺も別に嫌じゃねえよ…。一緒に居るのがおまえだからな。」
 とにっこり微笑んだ。
「乱馬…。」
 あかねがポッと頬を染めた。耳まで真っ赤に染め上げるのが可愛くて、思わずぎゅうっと抱きしめる。
「今のあかね…。すんげえ、可愛い!」
 二人きりの空間ということが、乱馬を積極的な行動へ導いたのかもしれない。いや、何よりも、女に変身してしまう己をあかねが否定しなかった事に、それなり感動していた。
「ちょ、ちょっと乱馬っ!」
 あかねはジタバタと乱馬の腕の中で動いたが、彼の逞しい腕は、それを許さなかった。柔らかなあかねを優しく抱きしめる乱馬の顔は、満足そうに微笑んでいた。








 変化は、鏡の外へも当然伝わっていた。

 眩いばかりの光がコンパクトから差し込めたかと思うと、そのまま、小人と入れ替わっていた鏡乱馬を貫いたのだ。
「うわあああっ!」
 唐突の変化に、その場に居た、天道家の人々も鏡屋敷の爺さんも、鏡らんまも成す統べなく見守るだけだった。やがて、光が収まったとき、そこには、鏡乱馬が立っていた。
「も、戻った!戻ったぞ!ベイビーっ!」
「ハニーっ!」
 ひしと抱き合う、鏡乱馬と鏡らんま。

「じゃあ、乱馬君とあかねは?」
 天道家の人々は、色めきだった。そして、コンパクトを眺めた。
「な、何も変化が現われんぞ!」
 早雲が切望的な声を張り上げた。
「乱馬君とあかねはどうなってしまったの?」
 不安そうに、なびきが眺めた。
「あらあら、ずっと鏡の中なら大変ね…。」
 かすみものほほんとだが、不安げにコンパクトを覗き込む。
「でもないか…。ほら、コンパクトのフタが開いてる。」
 なびきが覗き込む。

「フタが開いたらしめたもの!コンパクトをコンコンと叩けば、きっと二人は出てきますじゃ。これも封印の鏡の一種なら、原理は同じかと。」
 鏡屋敷の爺さんが、そう進言した。

「試してみる価値はありそうね…。」
 なびきがそう発っしたかと思うと、傍らから玄馬パンダがのっしのっしと歩いてきて、コンパクトをがっと横取りした。
 そして、パカッとフタが開いた鏡面を下にすると、トントンと叩き始めた。

 そして、ついでに、大きく振った。

 シーン…。と静寂が走る。
 一同の瞳が、真剣に、コンパクトへと手向けられる。
 皆がゴクンと唾を飲んだ時だ。

 ブワンッ!
 と音がして、中からどっかと、人影が出て来た。

 思わず、玄馬も早雲もなびきもかすみも鏡屋敷の爺さんも、出て来た人影に、視線が釘付けになった。
 目の前に現れた人影は、ぴったりと抱擁しながら、熱い唇を重ねていたからだ。
 キラキラと鏡の破片が、雪のように一緒に零れ落ち、二人を柔らかく包む。

 たくさんの瞳が、そのまま無言で固まっている。
 
 瞼を閉じたまま重ねる唇。見られていることなど知る由も無いのか、二人は夢中でキスし続けていた。

「はあああ…。」
 誰からとも無く、吐息が漏れた。
 その音を聞いて、ビクンと揺れた肩と肩。そして、くちづけていた唇が離れた。

「げ…。おめえら…。」
「や、やだ…。皆……。」
 目が点になって固まる、二人。乱馬とあかねであった。


 
「あんたたち…。やっと、そこまで進んだのね…。」
 ぼそっと漏れるなびきの声。
「早乙女君…。待った甲斐があったね…。」
「ぱふぉ、ぱふぉ、ぱふぉ!」
 涙を流しながら、抱き合って喜ぶ父親たち。
「帰ったらおばさまにも報告しなくては…ね。」
 にこにこと微笑むかすみ。
「ふふふ、やっぱり、あの二人は君のコピーじゃなあ…間違いなく。」
 鏡屋敷の爺さんも、眼鏡の縁をつかみながら頷く。彼らの横には、鏡乱馬と鏡らんまが、これまた熱い抱擁とベーゼを交わしている真っ最中だった。
「勝手にやってくれって、感じよね…。」
 なびきがにやっと笑った。そして、更に追い討ちをかける。
「もう、言い逃れもできないわよ…。決定的瞬間を、皆にしかと見られちゃったからには…。」


「いや…。あの、その…。これは…。」
 震える声で、必至で弁明を試みるも、言い逃れも出来る状況ではなかった。
 あまりに焦ったので、あかねを抱く手を離すことも忘れて、うろたえていた。

 と、焦る乱馬の傍を、カランコロンと音をたて、もう一つ、コンパクトが転がり落ちてきた。

「ん?もう一つコンパクトが…。」
 一同の視線がそれに釘付けられる。
 どうやら、乱馬の懐からこぼれ落ちたようだ。
 つかつかつか…。再び、玄馬パンダが中央へ進み出て、そいつをちょこんとつまみあげた。それから、パッカとフタを開き、トントンと再び叩いてみせる。

 ボワン!

 また音がして、今度は、たくさんの人影が一気になだれ落ちてきた。

「げ…。てめえらは…。」
 はっと息を飲む乱馬とあかねの前に、ヨレヨレになった少年と少女たち。鏡らんまにコンパクトに押し込められた、シャンプーと右京と九能帯刀と小太刀とムースの五人である。
 久々にシャバに出てこられた少年少女たちは、一斉に乱馬たちを睨み付けた。

「乱馬、これはどういうことか?」
「乱ちゃん!うちらを閉じ込めて、一体何やねん!」
 そう言いながら睨んだ先に、あかねを抱き寄せたまま固まっている乱馬を見つけた。
「乱馬様…。悔しい、その雰囲気は!」
 小太刀が口を噛んだ。
「こら、貴様。僕が居ない間に、あかね君に手を出しよったか!」
「女たらしは、生かしておけないだ!」
 睨み付ける九能とムース。勿論、三人娘も鼻息荒く、息巻いている。

「いや…。あの…。これは、その…。てめえらを閉じ込めたのは、そっちの鏡から出て来たコピーで…。俺じゃなくて…。その」
 あかねを抱きながら、たじたじと後ろへ下がりながら、乱馬は苦しい言い訳を始める。

「何?コピーだあ?」
「どこにそんなのが居るね!」
「いい加減なこと言ったらあかんでっ!乱ちゃん!」
「最早、言い逃れは聞く耳持ちませんわ!乱馬様っ!」
 一同辺りを見回したが、忽然と、鏡らんまと鏡乱馬の姿が消えていた。

「ほっほっほ…。彼らはとっくに帰りましたわ。これから今夜は二人でクリスマスを祝うらしいですのう…。」
 鏡屋敷の爺さんが、持っていたコンパクトを指差しながら言った。

「あいつら…。逃げやがったな!」
 乱馬は思わず叫んでいた。

「何、訳のわからんことを言っているんだ?貴様っ!」
 九能がずいっと前に立った。
「その手が何よりの証拠だ!早乙女乱馬っ!」
 九能の木刀の切っ先が、あかねの腰へ回った手に向けられた。
「最早言い逃れはできまいっ!くうーっ。僕がついていながら…。すまん、あかね君!」

 謝られても、どう答えてよいやら、あかねの顔も引きつっている。

「早乙女乱馬っ!そこへ直れーっ!成敗してやる!ちぇすとーっ!」
 九能は思いっきり持った木刀を振りかぶった。
「乙女心踏みにじった償いは受けてもらうね!」
「この代償は、思いっきり高こつくでーっ!乱ちゃんっ!」
「乱馬様、手を取り合う相手が違っておりますわよっ!」
 シャンプーも右京も小太刀も、容赦しないと言わんばかりに、間合いを詰める。
 そして、一気に飛びかかった。

「だああっ!やめろーっ!」
 そう叫んではみるものの、大人しく引き下がる相手ではない。
「来いっ!あかねっ!」
 たまらず、あかねの手を引いて、走り出した。

「たく…。関係を進めたら進めたで、賑やかなこと。」
 なびきがふふんと二人を見送った。
「乱馬くーん、あかねをよろしく頼むよ!」
「ぱふぉふぉふぉふぉ〜。」
 父親たち二人は悠長に手を振りながら、声をかけた。
「あらあら…。皆さん、元気ね…。」
 かすみも笑った。

「さてと、ワシはコンパクトを持って帰るとするかのう…。」
 鏡屋敷の爺さんは、よっこらしょと立ち上がる。手にした封印のコンパクトをしっかりと持った。この中には、鏡乱馬と鏡らんまが肩寄せあっている。
「冷えると思ったら、雪…か。」
 爺さんは空を見上げた。
 そして、手にしたコンパクトを、そっとポケットにしまいこんだ。

 しとしと雨が、雪へと変わっていた。綿雪が静かに闇に舞い降り始める。
 その向こう側で、逃げ惑う乱馬とあかね、そして、追いかける少年、少女たち。
 賑やかな声が、耐えることなく響き続けていた。

 今日は聖夜。
 恋人たちの、ホワイトクリスマス。





 完





 諸般の事情があり、一般公開が一年遅れてしまった作品ではありますが、お楽しみいただけましたでしょうか?
 「らんま1/2」らしく、賑やかで楽しい作品を書きたくて作った話です。
 決定的瞬間を捉える…というのが七海さまのリクエストで、テーマだっただった筈なのに、だんだん横道へ。
 しかも、らんまや乱馬がたくさん出てきて、漫画ならともかく、文章ではさぞかし「ややっこしい作品」だったと思います。混同されて脳内がパンクされた方がいらっしゃいましたら、一之瀬の文章力のなさをお恨みください。
 でも、書いている本人はとっても楽しんでおりました。それだけは確かであります。

 何はともあれ、メリークリスマス!
 一年遅れのクリスマスまでに、アップが完了して良かった…であーります。(ケロロ軍曹風)

(2004年12月完結作品)


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