着ぐるみ戦隊〜クリスマス編

後編

「けっ!人海戦術で来やがって…。」
「何とか倒せたわね。」
 
 着ぐるみレッド@乱馬と着ぐるみホワイト@あかねは、ハアハアと息を上げながら、汗をぬぐった。
 彼らの着ぐるみの周りには、目を回した「キャロットカンパニーの残念な独り者精鋭軍団の男女が折り重なるように倒れていた。奴らが持っていた掃除機は、ことごとく破壊した。
「これで、子供会にも乱入できねーだろ…。」
 ふううっと息を吐き出す。
「さあ、帰って、クリスマス会兼忘年会よ。」
「あのよー…やけに簡単にことが運び過ぎてねーか?」
 返す口で着ぐるみレッド@乱馬は着ぐるみホワイト@あかねへと、気になることを言い始めた。
「簡単じゃなかったわよ。結構な人数、いたじゃん…。」
 周りで伸びている軍団を見渡しながら、着ぐるみホワイト@ああかねが口を尖らせた。
「でもよー…。大ボスのキャロット・ママ@厚化粧も出て来てねーじゃん。」

 そうだ。いつも着ぐるみ戦隊の前に立ちはだかる、悪の軍団の統帥、キャロット・ママ@厚化粧の姿が無かった。着ぐるみレッド@乱馬はそれが気に入らないらしい。

「クリスマスイブだもの…。きっと忙しいのよ。」
「何でクリスマスイブだと、キャロット・ママ@厚化粧が忙しいんでい?」
「さあ…。」


『その問いに答えてやろうか?着ぐるみ戦隊のバカップルどもよっ!』

 どこからともなく、声がした。

「ほら、お出ましだぜ…。キャロット・ママ@厚化粧のっ!」

 全身の神経をとがらせて、着ぐるみレッド@乱馬は声のする方へと振り返る。
 が、どんなにまさぐれども、キャロット・ママ@厚化粧の気配は無い。

『ふふふ、私はこっちだよ!』
 と、倒れている、キャロットカンパニーの残念精鋭部隊の隊員の一人の腕からその声は聞こえて来る。

「通信機?」

 着ぐるみレッド@乱馬が腕時計型のそいつを剥ぎ取ると、キャロット・ママ@厚化粧の笑い声が響いて来た。

『ふふふふ、女はねえー、クリスマスイブは年入りに化粧するのに忙しいのさっ!年に一度のクリスマスイブなんだよっ!きれいにお化粧して、きれいなドレスで着飾りたいと思うのが人情なのさっ!』

「確かに、そうよっ!クリスマスイブは女性はおしゃれするのに、とっても忙しいわっ!」
 着ぐるみホワイト@あかねが手をポンと打って同調した。
「そーなのか?女はクリスマスイブは忙しいのか?」
「ええ。」
「何でだ?」
「だって、年に数度しか廻って来ない勝負の日だもの。」
「勝負の日だあ?何の?」
「決まってるじゃないっ!愛する人をゲットするための大切な日よ。女は念入りに化粧して、メイクアップして、勝負下着を着て、その上から思いっきりドレスアップして…インパクトな瞬間に備えるのよっ!」
 着ぐるみホワイト@あかねは叫んだ。
「そーなのか?」
「そーよ!だからあたしだって…今宵はおニューの勝負下着を…」
 と言いかけて着ぐるみホワイト@あかねは言葉を止めた。
「もしかして…さっきチラッと覗いていたのは…勝負下着…だったのか?」
 こそっときびすを返した着ぐるみレッド@乱馬に、着ぐるみホワイト@あかねは顔を真っ赤にしてこそっと言葉を吐き出した。
「あーもうっ!これ以上あたしに言わせないでーっ!」
「そーか…。おニューの勝負下着を着用してたってわけか…。道理で見たこともねえ、ふりふりレースが一杯ついてたのか…。で?誰のためにつけてたんだ?」
「決まってるわ…。あんたの…ためよ…。」
「お…俺のため…か。」
 にっこりとほほ笑みを交わす、着ぐるみレッド@乱馬と着るぐみホワイト@あかねであった。戦いの空気は勿論、全く読んでいない。

『きいいいっ!何を私の前でいちゃいちゃしとるかーっ?ったく、私がここに居ないということがどういうことか、わかってないようだねっ!』

 キャロット・ママ@厚化粧が通信機の向こう側で怒鳴った。

「あん?どういうことだ?」

『私は我がキャロットカンパニーが誇る御馳走センサーで、御馳走ががたんまりあるという場所を求めて出撃したのだよ。…ククククク。』

「御馳走センサーだとお?…おいっ!キャロット・ママ、てめー、一体、どこから通信してきてやがるっ!」
 着ぐるみレッド@乱馬が問い質した。

『ふふふ…。この近場で一番御馳走が揃っている場所…それは、天道道場だーっ!』
 そう叫んだ、キャロット・ママ@厚化粧の後ろ側から、かすみの声がした。
『あら…大変…。キャロットママさんたちがやって来て、御馳走を狙っているわ…。どしましょう!』
 のほほんとした口調で、動揺している。

『そういうことだっ!ふふふふ、天道道場のクリスマス会兼忘年会の料理は全て、このキャロット軍団が貰ったわっ!あーはっはっは!』
 そう言って、ふっつりと通信は切れた。

「畜生っ!あいつらの真の狙いは、俺たちのクリスマス会兼忘年会の料理奪取だったのかあっ!」
「こうしちゃいられないわっ!着ぐるみレッドっ、全速力で、道場へ帰るのよっ!」
「今更、走っても、間にあわねえんじゃ…。」
「大丈夫!こういうこともあろうかと、なびきお姉ちゃんが、便利道具を持たせてくれているわ!」
「便利道具だあ?」
「スポンサーの九能財閥が金に物を言わせて開発した便利グッズよっ!」
 そう言いながら、白いサンタ衣装のスカートの下へと手を伸ばした。
「こらーっ!スカートをめくるなっ!いくら着ぐるみを着こんでいるっていったって、そ、それはパンツだぜっ!」
 あかねのスカートの下から、勝負下着の真っ白なレースがいっぱいついたパンティーがチラチラと見えている。
「仕方ないでしょ?ポケットが無いから、ここに挟んであったのよ。」
「どこに挟んでやがんでーっ!」
 怒鳴る乱馬を横目に、あかねはマイペースで便利グッズを取り出した。
「便利グッズ、サンタクロース専用車よっ!」
 パンティーの中から現れたのは、手のひらサイズのオモチャだった。

「何だ…これは。」
 取り出されたのは、ソリ…もとい、リアカーの模型だ。
「サンタクロース専用車@ソリよ。見ればわかるでしょ?。」
「リアカーのどこがソリなんだーっ!しかも、オモチャじゃねーかっ!」
「大丈夫、こうやって、変身ステッキの光を当てるとね…。」
 さっき、着ぐるみ戦士に変身した時に使った、バトンステッキの☆が再び怪しく光った。と、みるみるオモチャが実体化する。
 あっという間に、本物のリアカーへと変化を遂げた。唖然と見詰める着ぐるみレッド@乱馬に、着ぐるみホワイト@あかねは得意げに言った。
「ふふふ、すごいでしょ?これは、九能財閥が開発した超ハイテクなサンタクロース専用車両よ。」
「どこがハイテクなんだ?ローテクの間違いなんじゃねーのか?おい…。」
「大丈夫よ、トナカイさんが引っ張ってくれるわ。」
「おい…どこにトナカイが居るんだ?」
 キョロキョロと辺りを見回す乱馬に構わず、あかねは言葉を続ける。
「トナカイなら居るわよ。」
「どこに?」
「そこに…。」
 ビシッと着ぐるみレッド@乱馬を指差す着ぐるみホワイト@あかね。
「あん?俺?ま、まさか。」
「さあ、二段変身よっ!変身の合い言葉は…ゆうらーぶ☆サンタ苦労するっ!」
「何じゃーっ!その合い言葉はーっ!」

 着ぐるみレッド@乱馬の怒声と共に、ボンッと弾けて、乱馬のくまの着ぐるみがつけていたサンタの帽子が、に、にょきっとトナカイへと変化したのだ。と共に、クマの黒い鼻が真っ赤に染まる。

「一体何だ?この不気味な変身はーっ!クマに角なんか生やしてるんじゃねーっ!」
 思わず着ぐるみレッド@乱馬は怒鳴っていた。

「さっさと行くわよ。そのソリの取っ手を引いてっ!」
「ソリじゃねーだろ?リアカーだろっ!」
「時間が無いわっ!こうしている間にもキャロット・ママ@厚化粧が御馳走を狙っているわっ!さあ着ぐるみレッド、さっさと行くわよッ!」
 着ぐるみホワイト@あかねはそう言うや、颯爽と、リアカーの上に乗り込んだ。
「こんの野郎っ!俺に引くだけ引かせて、てめーはのうのうとリアカーに乗って行く気か?」
「当り前よっ!女子のあたしに引かせる気?筋肉労働は男子の仕事でしょ?」
「そんなのは男女差別だっ!」
「いいから、ほらっ!さっさとなさいっ!」
 どこから取り出したのか、着ぐるみレッド@乱馬の真横でピシッとムチの音がした。

「でええっ!物騒なものを振りまわすなーっ!」
「言う事をきかない悪いトナカイさんには御仕置きするわよっ!」
 もう、何がなんだかわからない。これではサンタガールの格好をした女王様だ。
 ビシッとまたムチが着ぐるみレッド@トナカイ乱馬の傍で唸った。
「引きやあいいんだろ?引きゃあ!」
 着ぐるみレッド@トナカイ乱馬はやけくそになって、リアカーの取ってに手をかけた。
 と、淡い光が乱馬を包む。
「な…。何だ?これは…。」
 吐き出した途端、着ぐるみレッド@乱馬の身体がふわっと浮き上がり、猛スピードで車輪が回り始めた。
「え…ええ…ええええーっ!?空を飛んでやがるーっ!」
 空飛ぶソリよろしく、空飛ぶリアカーであった。
「す…すっげー…。」
 引いている着ぐるみレッド@トナカイ乱馬も絶句した。ヒュンヒュンと景色が飛び、あっという間に天道道場へと降り立った。

「だから言ったでしょう?ハイテクソリだって。」
「ハイテクはわかった…それより、クリスマス会兼忘年会が危ねえっ!」

 着ぐるみレッド@乱馬と着ぐるみホワイト@あかねはそのまま道場の中へとなだれ込んで行った。


★★★


 バタッ!

 大きな音と共に、玄関の門が乱馬によって開かれた。

 まさに、危機一髪。
 キャロット・ママ@厚化粧が手下たちとともに、まさに道場へと侵入せんと、道場の周りを囲んだところだった。

「けっ!何とか間に合ったぜっ!」

「お…おまえは、着るぐみレッドっ!」
 キャロット・ママ@厚化粧が着ぐるみレッド@乱馬を見つけて叫んだ。
「ぐぬぬぬ…何故間にあった?三丁目の神社からここまでは、そんなに早く駆けられないだろうに…。」

「あたしたちの愛の力を軽く見ないでよねっ!」
 着ぐるみホワイト@あかねが息まいた。
「べ…別に愛の力じゃなくて…九能財閥の開発したリアカーソリのおかげだと思うけど…。」
「細かいことは良いわっ!勝負よっ!キャロット・ママ@厚化粧!」

「ふん…所詮、多勢に無勢だ。数の多さはこちらが有利だからね。料理も奪ってしまえばこちらのものさ。」
 キャロット・ママ@厚化粧の合図と共に、
「ヘイヘイヘイ…。」
「ホーホーホー…。」
 とキャロット軍団が道場へと突入しようとした。
 と、中から光が射し込めて、道場の扉がバタンと開いた。そして、黒豚の着ぐるみが現れた。

「そうはさせねえっ!道場の中へは、この着ぐるみブラック様が一歩たりとも中へ入れねえぜっ!」

「ブラック!」
「ブラック隊員っ!」
 着ぐるみレッド@乱馬と着ぐるみホワイト@あかねが叫んだ。
 着ぐるみブラック@良牙の参上だった。
「着ぐるみブラック、てめー、どこ彷徨ってやがったっ!」
 着ぐるみレッド@乱馬が怒鳴った。

「うるせーっ!俺はどこへも行ってねえっ!ずっと道場を守ってたんだっ!」
 着ぐるみブラック@良牙が答えた。

「まあいい。こっからはちゃんと働けよ、ブラック!」
「てめーにだけは言われたかねーぞ、レッド!」
「喧嘩している場合じゃないわよっ!三人力を合わせて、共に、クリスマス会兼忘年会の御馳走を守るのよっ!」

 御馳走を死守せよ。それが、今回の大きな使命だった。三人は頷き合う。

「フン、おまえたちなど、我らの敵ではないわっ!行けっ!キャロットカンパニーの精鋭戦士よっ!こてんぱんに畳んでおしまいっ!」
 キャロット・ママ@厚化粧の掛け声と共に、背後から迫る、不気味な影。

「レッドっ!」
 着ぐるみホワイト@あかねが着ぐるみレッド@乱馬を振りかえった。
 道場の前の茂みの辺りに異様な殺気を感じたのだ。
「大丈夫だ。落ちつけっ!」
 着ぐるみレッド@乱馬が牽制の声を張り上げた。
「感じるぜ、そこにすげえー敵がいる。」
 着ぐるみブラック@良牙も冷や汗を流している。
 
 ビンビンに感じる、異様な殺気。
「ふふふ、とっておきの精鋭戦士に貴様たちは勝てるかな?行けっ!表舞台に立つ我らが戦士よっ!」
 
 キャロット・ママ@厚化粧の合図に、その戦士が茂みから飛び出して来た。
 ビシッとしたスーツ、きっちりと七三に分けた髪の毛、顔ん真ん中で黒ぶち眼鏡が妖しく光る。

「ふふふ、今夜は晴れての私の表舞台だっ!存分に戦わせて貰うよ。坊ちゃん、お嬢ちゃんたち!」
 ゆらゆらと不気味なオーラが背中から染み出してくる。


「何だこいつ…。ただのサラリーマン親父じゃねーぞ。」
 着ぐるみレッド@乱馬が警戒しながら後ろの着ぐるみレッド@あかねと着ぐるみブラック@良牙へと吐きつけた。
「そうみたいね…。」
「何か、とんでもない裏の顔がありそーなサラリーマンだぜ…。こいつは…。ただならぬ妖気みてーなのが漂ってやがる…。」

「ふふふ…よくぞわかったな…。教えてやろう、私の正体は……泣く子も笑う、キャロットカンパニーの宴会部長さんだあっ!」

 ガバッとスーツを脱ぎ棄てるや、中年サラリーマンは、頭にネクタイを巻き、腹に大きな顔芸の変顔の落書きをした「変なおじさん」へと変身を遂げた。
 あまりの滑稽さに、着ぐるみレッド@乱馬と着ぐるみホワイト@あかね、着ぐるみブラック@良牙の三人は、大声を張り上げて笑いだした。


「あっはははは…。へ…変だぞ…。」
「くすくすくす…そ、そうね…。きゃははは…」
「わ、笑いがこみあげてきて、止まらないぜ、わっはははは…。」
「畜生、これじゃあ、気合いも溜められねー、っへっへっへ!」
「あ、もうダメ、腹筋が…。」
「や…やばいぜ…ぶわっはははあーっ!」


「見たか、宴会部長秘儀、腹芸爆笑嵐!」
 宴会部長はノリに乗って、頼まれもしないのに、今度はそのまま皿を回し始めた。
「ふふふ、一気に貴様たちの、正義のエネルギーをこの回るお皿で搾り取ってやるっ!覚悟しろっ!」

「くそっ!あの皿は正義のエネルギー吸引装置か…。がっはっはっは。」
「レッド、こんな時まで笑ってる場合じゃないでしょう…っふふふ。」
「うわっはっは、仕方ねーだろ?おめーも思いっきり、笑ってるじゃねーかっはっは。」
 着ぐるみレッド@乱馬も、着ぐるみホワイト@あかねももんどりうって笑い転げている。反撃どころでは無かった。
「畜生…みすみすこのまま、キャロットカンパニーの連中に…クリスマス会兼忘年会のっはっは、料理をっほっほ、持って行かれるのかよーっ!」
 着ぐるみブラック@良牙も成すすべなく笑い転げる。

「ケケケ、行けっ!手下ども、料理を尽く奪うのだ。そして、奴らにとどめをさせーっ!」
 キャロット・ママ@厚化粧が手下たちに命じた。

 が、手下たちにも異変が…。
 彼らもまた、宴会部長の腹芸爆笑嵐にあてられて、その場でもんどりうって笑い転げてしまっていた。勿論、役に立たない。

「がはは、役にたたねー手下どもだな、っはっはっはー。」
 着ぐるみレッド@乱馬がキャロット・ママ@厚化粧に話しかけた。

「きいいいーっ!役立たずどもめっ!」
 キャロット・ママ@厚化粧はハンカチを噛んで悔しがっている。

「でも、レッド…っほっほ。何で、キャロット・ママ@厚化粧はっはっは、平気なのかしらっはっはー。」
 笑いを堪えながら、必死で着ぐるみホワイト@あかねが問いかける。
「もしかして…厚化粧で、宴会部長の腹芸が良く見えてねーんじゃねーか?っはっはー。」
「一理ありだな…っはっは…。」
「だったら、勝機はあるぜ…っへっへ。」
 三人は頭を付き合わせて、笑いを堪えながら、着ぐるみレッド@乱馬が考えた作戦を吟味した。
「わかった…。それが良いぜっへっへ…。」
「きゃはは…そうしましょう。」
 着ぐるみブラック@良牙も、着ぐるみホワイト@あかねも互いに頷いた。


「何をごちゃごちゃやっている?手下どもが戦闘不能なら、このキャロット・ママ様自ら引導をを渡すまでよ。覚悟おしいっ!」
 金切声でキャロット・ママ@厚化粧が叫んだ。

「けっ!そうはいくか、ブラックッ!」
 着ぐるみレッド@乱馬の掛け声と共に、着ぐるみブラック@良牙が前に飛び込んだ。
「爆砕点穴っ!」
 着ぐるみブラック@良牙は自慢の得意技で、地面に思い切り人差指を突き立てた。

 ズゴオッ!

 と地面が歪み、一斉に土が盛り上がる。
「な…。」
 キャロット・ママ@厚化粧の顔面を、ヒュッと石がかすめ飛んだ。

 みしっ!

 キャロット・ママ厚化粧の顔面にひびが入る。

 パリンッ!

 次の瞬間、キャロット・ママ@厚化粧の顔から、ファンデーションの塊がこそげ落ちた。下から現れたのは、くすんで荒れた肌。

「み、見るな―っ!我が、ひび割れ地肌をーっ!」
 焦ったキャロット・ママ@厚化粧は、顔を手で覆い隠すと、すたこらさっさとその場を逃げ出した。
 キャッロット軍団の手下たちも、キャロット・ママ@厚化粧が逃げると、蜘蛛の子を散らすようにそれに従って、どこかへと逃げ去って行く。
 天道家の庭の真中には、泥で汚れた腹芸の顔を付きだして、一人たたずむ宴会部長の姿だけが残った。回していた皿も、素人芸の悲しいところ、爆砕点穴の反動ですべて転げ落ち、バリバリに割れていた。

「さて…どーする?宴会部長…。誰も居なくなっちまったぜ…。」
 笑いが収まった着ぐるみレッド@乱馬は、バキバキッと両手の指の関節を鳴らしながら、宴会部長を透かし見た。

「……。」
 暫く無言で突っ立っていた宴会部長。事態が暗転したと悟るや否や、さっと、スーツを拾い上げた。そして、
「これまった…お呼びで無い…。しっつれいしましたーっ!」
 と叫び声を上げると、一目散に天道家の門戸を駆け出て行ってしまった。

 ひゅううーっと砂塵と共に風が吹き抜けて行く。


 こうして、無事にクリスマス会兼忘年会の御馳走は、キャロットカンパニーの魔の手から守られたのである。


★★★

「で…?俺たちが身体を張ってる間に、てめーらはここでのうのうと宴会を先に始めていたって訳か?」

 キャロット・ママ@厚化粧たちが立ち去った後、変身を解いて、道場へ入った乱馬は、その有態を見て、グッと拳を握りしめていた。
 わなわなと身体が心なしか怒りで揺れている。

「いや…ちょっと、つまみ食いをしていたらねえ…っはっはっは。」
 天道指令が真っ赤な顔をほころばせ、一升瓶片手に笑っていた。
 傍ですっかりできあがったパンダがお盆を両手に陽気に踊っている。白い腹には腹芸の如く、不気味な人面が描かれていて、踊る度に愉快げに揺れた。
 なびきもかすみも悪びれる風もなく、のどかと一緒に、お皿を片手に歓談に興じていた。


「これのどこがちょっと…なんでいっ?」

 指差す皿は、尽く空っぽだった。いや、正確には、残っている部分もある。

「良いんじゃない?ちゃんと残ってる料理もあるでしょーが…。」
 なびきがジュース片手に茶々を入れる。

 残っているのは、例外無く、不気味に色付いた不気味な物体ばかりだった。箸が自然に避けて通るあかねの料理だ。

「こらっ!これのどこが料理なんでいっ!?」
 思わず毒づいた乱馬に、ぽかっと横から拳骨が入る。
「何、失礼なこと言ってるのよっ!料理よ、それっ!」
 あかねがふくれっ面で乱馬を睨んでいた。
「嫌だ、クリスマスイブくれえ、まともな御馳走が食いてえーっ!」


 乱馬が叫んだ夜空には、煌々と浄夜の星たちがさんざめいていた。









 




会話文だけのえぴろーぐ


「じゃあ、こうしましょう。トランプゲームで負けた人があかねの料理を食べるって。」

「それなら、公平よね…。」

「何のゲームをやるんでい?」

「ばば抜きよ。シンプルで良いでしょ?」

「じゃあ、おばさまが配るわね。」



五分経過



「やったぁー、あたしが一番であがりぃー。」

「おばさまもあがりだわ。」

「ぬぬぬ…お父さんもあがりだよ。」

『パフォパフォフォー(やたっ!あがったー)』

「かすみお姉ちゃんと乱馬君の一騎打ちね。」

「あらあら、手に汗握る展開ね。頑張ってね。かすみちゃん。」

「母親だったら息子を応援しろっ!」

「そうこうしているうちに、最後一組のカードになったわ。乱馬君からババを抜くかそれとも…残すか。」

「ふっ…俺はどんな勝負にも負けたことがねーんだっ!いざっ!勝負だ―っ!かすみさんっ!」



「………。」



「あら、まあ…どうしましょう…勝っちゃったわ…。」

「じゃ、あかねの料理を食べるのは乱馬君ってことで…。」

「いいなあ…乱馬君は、あかねの料理がたくさん残っていて…。ワシらも食べたかったな…」

「じゃあ、おじさんが食えよ。」

「いやいや、もうお腹がいっぱいだー。食べられないよ。」

「ってーか、てめーらが食べねえで、あからさまに故意で残したもんだろーがっ!」

「イブに働いていたあんたたちに思いやりで残してあげたのに…。ねえ、かすみお姉ちゃん。」

「思いやりじゃなくて、嫌がらせじゃねーのか?」

「乱馬、てめーはそんなにあかねさんの料理は口にしたくねえのか?」

「良牙…てめー、ばば抜きに参加してなかったな?どこ行ってたんだ?」

「ちょっとトイレに行くのに、迷ってたんだ。」

「トイレに行くのに迷うのか?」

「仕方ねーだろ…。天道家は町内一周するくらい広いんだから…。」

「こいつ…町内一周してやがったな…。」

「乱馬、いいから一度食ってみろ。あかねさんの料理は一口食べれば天国のドアが開くぜ。さっき食った俺が保障してやる。」

「あのなあ…良牙…。天国のドアが開くって、死にかけたってことじゃねーか!冗談じゃねーぜ!」

『地獄のドアかもよ』(ぱふぉふぉふぉふぉ)

「ますます悪いわいっ!」




「できたわよー。温め直しておいしさ倍増したわよー。」




「不味さ二倍じゃねーのか…?」

「さ、食べて…。」

「やっぱ、食べなきゃダメか?」

「トランプゲームに負けたんだから食べなさいよね、男らしく。それとも罰金払う?」

「何?あたしの料理を食べるって、トランプゲームの敗者への罰ゲームなの?」

「あわわわ…。な、泣くなっ!」

「じゃ、食べて…。」

「……。」

「乱馬っ!男らしく食べなさいっ!」

「わー、おふくろっ!刀振りまわすなーっ!わかった!わかったよ。食うから…。」

 

 …………。



「ダメだ…固まってる…。」

「情けない子ねえ…。」

「もう…何よ…料理くらいで気を失うなんて。」

「ま、仕方ないわね。あんたの料理は、リーサルウエポンだから…。いくら乱馬君が強くてもねえ…。」

「誰の料理が最終兵器ですって?失礼しちゃうわね。」

「なら、あかね、あんたも食べてみなさいよ。」

「え?」



 …………。



「あら、案外、隙が多いわね…。あたしの不意打ちで簡単に口に入っちゃったわ…。」

「ふむ…乱馬君と共にまだまだ修行不足だね…。」

『っていうか、本当はなびきちゃんが最強じゃないのかねー?』

「あらまあ…あかねちゃんまで固まっちゃったわ。どうしましょう?」

「ほっとけば?…それより、お姉ちゃん、ケーキがあるんでしょ?」

「そうそう、そうだったわ。さっそく皆でいただきましょう。」

「あかねと乱馬君の分はどうするんだね?」

「ちゃんと切り分けて取っておいてあげないとね…。」

「何たって、今夜はクリスマスイブだからねー。無益な争いはこれ以上御法度よ。」

「じゃ、お茶をいれるわね。やっぱりコーヒーかしら?」

「あたしミルクティー。」

「じゃ、僕はコーヒーで。砂糖・ミルク付きでお願いします。」

「ワシはコーヒー。ブラックで。」

『ワシはカフェオレーで…砂糖もミルクもたっぷりね。』

「私は御抹茶にしましょうか?」

「おばさま、渋いっ!」






 道場のど真ん中で、固まったままの乱馬とあかね。
 …聖夜は更けていく…。
 さんざめく星たちの輝きの下で…。





おしまい



2013年12月20日筆
甘栗ケンさんといなばRANAさんに捧げます(逃亡)

 すんません…殆ど会話の妄想だけで突っ走った結果の作品です。
 なんか、こう、炊事に立っているとき、もわんと浮かんだ妄想の台詞を元に、ざざっと勢いだけでパソコンに書き連ねた短編です。故に、おまけ文の「えぴろーぐ」が素に近いかも。口調だけで誰の台詞かわかれば、成功なんですが…。
 妄想が弾けてくると、こういうのをぼそぼそ口走って台所に立っていることが頻繁にあるので、不気味がられることもあります…。
 しっとりとしたクリスマスの長編作品をまた書いてみたいと思いつつ…十月から続く職場の多忙モードと風邪にノックアウトされて書けませんでした。…来年こそ、しっとりとした作品を書きたい…。

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