クリスマスの後先





 結局、今年のクリスマスは何もなく終わってしまった。



 今日はもう十二月二十六日。
 イブからずっとあれだけ騒いでいた天道家周辺は、ぱったりと静かになった。大きなクリスマスツリーはきれいさっぱりと片付けられ、今度はお正月の準備に、かすみという主婦は余念がない。
 なびきが眠そうな目をこすりながら二階から降りてくる。道場から上がって来たあかねと鉢合わせ。
「冬休みなのに、朝早くから熱心ね。」
 と何やらにやにやしている。
「何よ、お姉ちゃん。その目は。」
 身体を動かして血色が良いあかねは、姉に訝しげな視線を投げかける。
「何って・・・。クリスマス。どうだったの?」
「別に・・・。」
 あかねは少し怒ったように言った。
「あれ?乱馬くんは・・・?」
「知らないわよっ!あんな奴。」
 そう言葉を投げつけると、ぷいっとソッポを向いた。
「おかしいわね・・・。何も貰わなかったの?あんた・・・。」
「貰うも貰わないも、イブからずっと行方不明よ。あいつは!」
「そう言えば、イブのパーティーのときにシャンプーや右京、小太刀に追いかけられて、逐電したっけね。もしかして、あれからずっと帰ってきてないの?」
「そうよ!あれっきり音沙汰なしよ。」
「なるほど、それでお冠ってわけか。あかねは。」
 なびきは笑い転げた。
「別に、怒ってるとかそんなことはないわよ。あたしには関係ないもん。」
「関係ないって、あんた、乱馬君の許婚でしょうが。」
「ああ、もう、うっさいわね!許婚って言ったってお姉ちゃんたちが勝手に決めただけじゃないっ!」
 不機嫌がビリビリと伝わってくる。
「クリスマス、振られちゃったか・・・。たく、乱馬君もはっきりしないから。」
 なびきはそう言いながら欠伸をひとつ。
「わあ、もうこんな時間。補習授業に遅れちゃうわ。」
 あかねは姉にそう言葉を叩きつけると、たったと着替えに階段を上がっていった。
 なびきはやれやれと言わんばかりに、その後姿を見送った。
「たく・・・。乱馬くんったら、何やってるんだか。情けないわね。折角協力して、無料であかねのサイズ教えてあげたのに・・・。あの様子だと肝心なもの貰ってないか。・・・ま、いいっか。あの子たちの問題だから、姉の私が口を挟む余地なんかないわね。ほっときゃいいわね。さてと・・・。お金の代わりに取らせてもらった写真があるし。よっし、九能ちゃんに売りつけてやるか。」
 なびきはほくそえみながら、手にした女乱馬の色っぽい生写真を握り締めた。



「行ってきまーす!」
 あかねは大急ぎで、朝日が光る門を駆け抜けて表へ飛び出した。
 小乃接骨院の前を通ると、かすみお手製のセーターを着た東風が朝霜の下りる道で、骨格標本のベッティーさんとステップを踏んでいた。余程、あのセーターが嬉しかったのだろう。
 あかねは複雑な思いでその横を通り過ぎた。

「おはよー!」
「あかね、おはよう。」
 冬休みに入ったとはいえ、高校では補習授業が毎日行われている。
 あかねたち二年生も多分に漏れず、二学期に習ったことを復習するために、今週いっぱいは休み返上で午前中だけ補講があった。
 今朝も女友達と合流して、いつも通う通学路。

「ねえ、クリスマス、どうだった?」
「見て見て、あたし、これ貰っちゃった。」
「あー、学校にアクセサリーなんか持って来てもいいのかなあ?」
「いいの、見つからなきゃ。だって、せっかく彼があたしにってイブに買ってくれたものだもの。ミカは?」
「えへ、横浜の夜景を見てきちゃった。アウトレットにも行ったのよ。」
「わあ、いいんだ。その分じゃ、ファーストキッスは・・・。」
「ナイショ。」
「あー、ずるい!白状しろっ!」
 四人、五人と寄れば、女子高生たちの会話も弾む。増してやイブ、クリスマスと恋する乙女たちには絶好のイベントの後である。それぞれの報告会がささやかに行われる。これもごく自然な流れだ。
 その中を、あかねは黙ったまま、友人達の弾む会話を聞いていた。
「ねえ、あかね。あんたはどうだったの?」
「当然、乱馬くんと一緒だったのよね?」
「今年はちゃんと二人きりのクリスマスできたの?」
 ほら来た。矛先はいつかはあかねに向かい始める。彼女たちにとって、あかねは興味の対象であった。何しろ、もうこの歳で「許婚」が居るのである。それも、相手は同じ屋根の下に住んでいるという同学年の少年だ。
「クリスマスなんてなかったわよ。あいつはイブからずっと行方不明だもの。」
 あかねは大方の期待を裏切るような言葉を投げつけた。
「行方不明って・・・。どうして?」
「あ、ひょっとして、乱馬くんもてるから。他の女の子たちに囲まれてまた、断われなかったとかいうんじゃないの?」
「そうねえ・・・。右京も乱馬君の許婚だって主張してるし、セントヘベレケ学園の黒薔薇の小太刀とか、あと、シャンプーとか言ったっけ?中国から乱馬君の嫁になるって押しかけてきた猫飯店の娘って・・・。」
 はあっとあかねは大きく溜息を吐いた。
 図星だったからだ。
「もしかして、あの子たちに追いかけられて一昨日のイブからずっと行方不明とか・・・。」
「えーっ!?プレゼントも貰ってないとかあ?」
 返事に窮したあかねを見て友人たちは掻き立てる。
「信じらんないっ!乱馬くんの本命ってあかねじゃなかったの?」
「あかねさあ、それで平気なの?」
「あかねってもてるからさあ、さっさと乗り換えちゃえば。」
 友人たちの無責任な言葉にだんだん口は固く結ばれてゆく。苦笑いすらできない状態に陥れられる。
 情けないけれど、彼女たちの憶測どおりなのだ。イブの日に、三人に追い縋られながら、乱馬は気配を消してしまった。当然、家にも帰って来ない。一体どこで何をしているやら。
 もしかして、三人娘のうちの誰かと懇意になって・・・。
 ぶんぶんと心で頭を振った。



 結局、今日の補講にも乱馬は無断欠席。久遠寺右京もこれ見よがしに欠席していた。



「天道!早乙女はどうしたあ?」
「早乙女君、悪い子!天道さん、特別に宿題を届けてちょうだいね。」
 数学の先生も英語のひなちゃん先生も、乱馬のことはあかねに訊いて来るし、言付ける。いい加減にして欲しいと思うものの、同じ屋根の下の住人。渋々プリント類を預る。

 学校の廊下ですれ違った九能には
「天道あかね、何で僕にプレゼントがなかったのだ?」
 としつこい。
「そんなものなんで先輩にあげなくちゃいけないんですか?」
 あかねはそう言って冷たく通り過ぎようとした。
 と、背後でなびきが九能に声をかけている。
「九能ちゃん、プレゼントならここにあるわよ。」
 何を言い出すのだと姉を見返すあかね。
「あたしからのクリスマスプレゼント。おさげの女の子の生写真レア物よ。さあ、どれでも今なら一枚千円!クリスマス特価よ、さあ買った!!」
「どうでも良いが、何故、プレゼントに金を払わねばならんのだ?」
「男はぐちゃぐちゃ御託を並べないの!」
 釈然としない九能と金の亡者なびきの押し問答。早い話、なびきの金儲けである。

「たく・・・。お姉ちゃんったらあ。」
 あまりの体たらくに言葉も返す元気がなくなっていた。
 廊下は俄かカップルでなんとなくいいムードが溢れ返っている。きっと、昨日、一昨日と盛り上がったペアなのだろう。ああいうふうになりたいとは思わないが、結局は棒に振ってしまった。年に一度のイベントに、怒りとも寂しさとも言えぬ感情が湧き立つのをあかねは抑えることができなかった。


 帰路は一人。
 木枯らしの中。
 家に帰るとかすみがご機嫌で鼻歌を歌いながら、障子を張り替えていた。すっかり新年の準備に入っている。まだ残っていた、モールの飾りつけもすっかり片されていて、クリスマスの「ク」の字も今はない。
「あかねちゃん、良かったらお醤油買ってきてくれないかしら。」
 かすみは手を止めてあかねに言った。
「いいわよ。着替えたら行ってくるわ。あたし、暇だから。」
 あかねはさっさと部屋へ上がると、セーターに着替えた。それから、かすみにメモを貰い、近所の商店街へと歩き出した。
 あんなに昨日まで豪華なクリスマスカラーにきらめいていた商店街も、何の変哲もない街角にすっかり戻ってしまっていた。
 年末の買い物の物色をする主婦が目立っていた。流れてくるBGMもクリスマスではなくすっかり迎春ムードだ。店頭に並べられていたクリスマス商品も姿を消し、ひたすら、新年を迎えるための鏡餅セットだの、注連縄飾りだのが目に付く。

 クリスマスマジックは終わったのだ。
 今更ながらに、ますます複雑な思いが募ってゆく。

「あー、もうっ!何であたしがこんな思いしなきゃいけないのよっ!乱馬のバカっ!」
 誰彼とにではなく、自分自身に独りごとを吐き出してみる。

 と、傍らに気配を感じた。
 斜め後ろから近づいてくるこの気配。
「よっ!何一人でわめいてんだ?」
 乱馬だった。
(何よ、こういう想いにさせた張本人は誰だと思ってるのよ!)
 目線でそれだけ伝えると先に立って歩き出す。
「何プンスカしてるんだよ!」
 それにつられて彼も歩き始める。
 あかねは押し黙ったまま、俯いていた。
(今の今までイブからどこへ逐電してたのよっ!)
 そう返す気力も削ぎ落ちていた。喧嘩を吹っかける心境でもなかった。
「こら!何とか言えよ。」
 だが、相反して乱馬は元気だ。
 肩を並べるのが癪に障るので、あかねはとっとと歩き出す。早足になり、いつしか小走りに。
「おい、待てよ!」
 相変らずの横柄な態度である。あかねはいい加減投げ遣りな気持ちになってきた。いや、クリスマスを棒に振られた恨み辛みが一気に爆発したと言った方が正解だったかもしれない。

「もお、何よ!今までどこをほっつき歩いていたのよっ!人の気も知らないでっ!」

 立ち止まるとそう言って凄んだ。

「悪かったよ・・・。」

 予想に反して、素直な答え。これにはあかねの方が拍子抜け。
 と、乱馬がごそっと掌に何かを乗せた。赤色のリボンが映えるオレンジ色の小箱。乱馬にはそぐわないラッピングだ。
 空気の流れが変わった。

「これっ!」
「え?」
 目の前に出された小包を見て、あかねは立ち止まる。
「だから、やるって言ってるんだよ!」
 乱馬の顔は真っ赤。今にも火を噴きそうになっている。視線は空を泳いでいる。この不器用男。これでも精一杯、勇気を振り絞ったらしい。
「何で?」
 あかねの方も、どう切り返せば良いのか、固まってしまった。
「本当は一昨日の晩におめえにやるつもりだったんでいっ!これ以上、言わせるなっ!」

 もしかして、なびきが今朝言っていたのはこれのことだったのだろうか。

「クリスマスは終わっちまったけどな・・・。あ、でも、俺のせいじゃねえからな。あいつらがしつこくって、その上、良牙の奴にまで出くわして、そのとばっちりで何だ。ずっとあかりちゃんを探して彷徨ってしまってよ・・・。その・・・。」
 ぼそぼそと言い訳も歯切れが悪い。
「迷惑なら、取り下げるけど・・・。」
「・・・しい。」
「あん?」
 良く聞こえなかったのだろう乱馬はあかねを覗き返した。
 
「嬉しい・・・。」

 そう言ったまま、あかねは俯いて固まってしまった。
 
 乱馬のことだけを言えたものではない。あかねもこの恋を受け入れるには純粋すぎるほど不器用であった。

 二人道のど真ん中で真っ赤になって立ち止まっている。
 冬のお天道様が柔らかく二人を照らし続けていた。


瑞穂さま作画から・・・イメージとしていただきました☆


 
「くおら、なびき!全然サイズが違ったじゃねえかっ!」
 その後、乱馬はなびきに文句を言った。それはそれは物凄い勢いで言ったそうな。
「何言ってるの、ぴたりだったでしょ?」
「中指には小さすぎて入らなかったぜっ!」
「中指?何言ってるの!許婚からの指輪は薬指って決まってるでしょうが。それに・・・。あかねがあんなに嬉しそうにしてるんだから・・・。いいじゃない。」
 なびきの流す視線の先には台所で奇声を上げながらがんばるあかねの姿。
「健気よねえ。プレゼントの代わりにってご馳走だなんて。」
 乱馬は黙ってなびきを睨みつける。あかねの手料理と言えば、とても常人には受け付けられない奇怪な代物だ。それに、イブからこの方殆ど身体を休めていない乱馬にとっては地獄を見ることは明らかだ。

「あ、そうそう。あたしからもクリスマスプレゼント。あの写真で沢山稼がせて貰ったから・・・。はい。」
 乱馬の手に渡されたのは「胃薬」と「消化薬」。

「昨日までなら、かすみおねえちゃん特製の皿料理がずらっと並んでいたんだけどね・・・。来年からはちゃんと段取りして、きちんとクリスマスなさいね。乱馬くん。」
 なびきにとっては完全に他人事。
 
 幸せなクリスマスは終わってもまだなお。その余韻を残しながら、時は過ぎてゆく。
 また三百六十四日後に巡り来る次の聖夜に向かって。










すいません・・・。突発です。
それも時間がなくて、小一時間で叩きだした作品(あうあう・・・
現在私は年末主婦(涙
風邪で寝込んだ分、確実に後ろに押してしまって、年賀状作業でパソコンは塞がるわ(結局300枚近く印刷している)、よっちゃんの部活の雑用に時間取られまくるわ、仕事は忙しいわ、んでもって家事は普通にこなさなきゃならないわで・・・。

瑞穂さまに捧げます。
この方の絵板イラストから広げた妄想の風呂敷から叩きだした作品なので。
はあ、すっきりしたところで、クリスマス後片付けの続きだ(爆!
事後承諾ですが管理人特権で使わせていただきました。




(c)2003 Ichinose Keiko  Jyusendo