◇ホーム・スイート・ホーム 1

第二話


一、


 はあ、何でこう、忙しいときに限って、邪魔者がはびこるんだろう。


 ふっと愚痴がこぼれそうになった。
 
 戦争のような朝を終えて、八時過ぎ。
 おじいちゃんたちにかしずかれて、二人の子供たちは、元気に玄関を飛び出して行った。
「いってらっしゃい、車に気を付けて、おじいちゃんたちの言うことをちゃんと訊くのよ。勿論、幼稚園の先生のこともね。」
 「はあい!」とお返事だけは調子が良いのだけれど、ああん、もう、駆け出して行っちゃった。車が来るかもしれないから、急に道を走っちゃいけないって、あれほどすっぱく言い聞かせてるのに。
 ホント、誰に似たんだか…。

 ふっと溜息を吐いて、後ろを振り返ると、にっと笑った夫が立っていた。
 着物がすっごく似合ってる。
 何か言いたそうだけど、駄目駄目!朝っぱらから誘惑しないでよっ!今日のあたしは、いつもと違って忙しいんだから!
 彼の横をすすすっと通り抜ける。
「乱馬、朝ご飯は?」
 と訊いたら、
「うん、御飯も良いけど、あかねが食いたい。」
 と軽口が返ってきた。
「なっ!」
 一瞬固まって、言葉を詰まらせたら、
「冗談!冗談だよ。」
 って、笑いながら言葉が返ってきた。
 いや、今のは冗談なんかじゃなかったでしょう。目がマジよ。
 不器用だった許婚時代とは打って変わって、結婚したら、色々長けてきちゃって。あの「不器用少年」は何処へ行ってしまったの、って思うくらい、優しかったり、ずるかったり。
 ずっと遠征だったから、その、「欲求不満」が溜まってるってのもあるのでしょうけど…。
 投げかけてくる柔らかい瞳に、くらっときて、そのまんま、彼の腕の中へ直行しそうな己に恐々とする。

 駄目!駄目駄目!今は駄目!

 乱馬よりも自分に言い聞かせる。

 あたしが傍でトタパタと動き回るのを、楽しそうに見詰めながら、ゆっくりと朝ご飯。
「やっぱ、我が家が一番だなあ…。朝ご飯は味噌汁と白い御飯、納豆がいいや。」
 一人で納得しながら箸をすすめている。
「御飯、よそってくれる?あかねちゃん。」
「は、はい…。ちょっと待ってて。」
 ホント、男って、こっちが忙しく動き回ってても、かまわず甘えてくるんだから。久々のオフ日だから、仕方がないのかもしれないけれど。
 茶の間へ行かないで、台所の食卓にドンと座られているだけでも、邪魔で仕方がないのだけれど、無下に文句も言えず。
「ごっそさん!」
「あ、はい。」
 慌しく、食器を下げて、洗い出す。
 でも、彼は、そこから動こうとはしない。
「何?」
 と洗物を止めて振り返ると、これまたにっこり。
「お茶、お願いな。」だって…。
 お茶くらい自分で入れなよ…。と言いたいのをぐぐっと堪える。だって、極上の微笑を浮かべながら、ねだられたら、駄目、断れない。
 戸棚から茶筒を取り出して、さっさかと目分量で測って、急須に入れる。それから、熱湯をポットから注ぎ入れ、トンと目の前に置く。それから湯飲みを取り出して、こぽこぽと入れる緑茶。ほんのりとしたお茶の香りがそそり立つ。
「ちょっと薄いぜ…。お茶っ葉はけちんなよ…。」
 ですって。はあ、何だか気が抜ける。
「でも、こういう不器用さがおめえらしくっていいよな。我が家に帰って来たって感じするぜ。」

 うっ…。また、そんな目であたしを見ないで。また、くらっときちゃうじゃない。もしかして、朝っぱらから誘ってるの?

 ピーピーと終了を知らせる洗濯機。呼ばれて、はっと我に返った。
「お洗濯、お洗濯…。」
 あたふたと駆け巡りながら、言葉を継ぐ。心を見透かされないために。所詮、夫婦は化かしあい。
 あー、ホント。乱馬には予定切り上げて帰って来て欲しくなかったかも。できるものなら、あたしだって乱馬とゆっくりしたい!!…。
 すっかり、あたしのテンポは彼に狂わされかけていた。



「なあ、何で、そんなに懸命に働いてるんだ?」
 乱馬が新聞をがさがさやりながら、あたしを見た。
 今度は場所を移して、居間。あたしが、洗濯物を抱えると、一緒に移動してきたみたい。
 縁側から、朝の陽光が、目いっぱいに注ぎこんでくる。
「何でって、いつも朝はこんなものよ。」
 あたしは洗濯物をパンパンとはたきながら答えた。
「主婦の朝は忙しいのっ!!掃除や洗濯、いっぱい用事があるんだから。」
 邪魔しないでと暗に言いながら、手を動かす。
「ふーん…。いっつもそうかな…。いつもよりも、倍以上あたふたやってるみたいだぜ?」
 とにやっと笑った。
「仕方ないじゃん、家庭訪問なんだから。ある程度片付けておかないといけないでしょう?お洗濯だって少しでも早く干して、乾かして、取り込んで、たたんで…。」
「家庭訪問だって、そんなにシャチホコばらなくっても良いんじゃねえのか?普段の早乙女家(うち)を見てもらえば…。」
 そう言って笑う。
「そんなこと言ったって…。普段の我が家なんか見せたら…。」
 あたしはちらっと、乱馬の横の方を流し見た。
 おっきなパンダがゆらゆらと、軒先でタイヤと戯れている。玄馬父さまの朝の運動だ。
「あはは…。事情を知らねえ、先生なら、卒倒すっかな…。」
「するでしょうねえ…。一般家庭には、パンダなんか、どこ探しても居ないでしょうが…。」
 思わず苦笑が漏れる。
「おーい、親父、先生が来る前に人間に戻っとけよ。」
 乱馬が笑いながら言った。

 そう。「家庭訪問」。ある程度、どこの家庭だって、どこのお母さんだって、必死で虚勢を張って、少しでも良い家庭と印象付けるように頑張ってしまうんじゃあないのかな。
 高校時代から我が家の状況を良く知ってる、龍馬の担任のさゆりならともかく、もう一人、この春赴任したばかりの新しい先生も来るんだから。

「ねえ、乱馬も、じっとしてないで、道場で身体動かすとかさあ、ロードワークに出るとかさあ…。修行したら?ずっと朝からだらだらしてるけど…。」
 さり気に、視界から追い出しにかかる。
 何だか知らないけど、朝起きてから、ずっとあたしのお尻にくっつくように、場所を移動しては傍に居る。そんな気がしてならなかったから。
「やだね。」
 でも、あたしの目論みは、乱馬の一言で潰えた。
「俺、まだ時差ぼけもあるし、疲れてっから…。今日はおめえの傍でゆっくりだらける…。そう決めたんだ。」
「はあ?何よそれは…。」
 思わず、物干し竿を落しそうになった。
「あかねの傍が、一番癒されるからな…。俺。」
 その言葉に、思いっきり脱力した。
 言い放った当人は、ご機嫌でにこにこしていたのだけれど。



二、

 とにかく、乱馬のおかげで、いつもの数倍、あたしは忙しかった。

 乱馬がずっとあたしの視野の中に居たせいもあるのだけれど、とにかく、用事が尽きない。
 掃除だって普段より念入りにしないといけないし、乱馬の分も余分に昼食を作らなきゃならないし。
 普段なら、昼食の前に、ふっと家事が途切れて、落ち着ける時間もあるのだけれど、今日はそれすらなかった。
 何故なら、まだ、やらなきゃならないことがあったから。

 エプロンを再び付けて、バンダナを頭につけて、腕まくりして。再び台所へ立つ。
 持ち物は、分厚い本と普段は奥に突っ込んでる、お菓子作りの道具。おっきなボウルや泡だて器、ヘラやスケールなど。

「お、おい。何をおっぱじめるんだ?」
 案の定、くっ付き虫乱馬が、のれんを手で分けて、怪訝な顔を手向けてくる。

「お菓子作るの。」
 あたしは鼻息を荒げて、気合を入れながら答える。
「あん?お菓子だあ?」
 怪訝な顔の乱馬に一言。
「だって、家庭訪問だから…。お茶菓子くらいお出ししないとね。」
「な゛っ!」
 その言葉に、乱馬は目を白黒。
「お、おい!おめえ、自分で何口走ってるか、わかってんのか?」
 と来た。
「何よ、その言い草。あたしがお菓子作っちゃいけないのぉ?マドレーヌ作ってみせるわ!!」
 あたしは、薄力粉をごそごそと流し台の奥から取り出しながらじろりと見返した。
「いや、作っちゃいけねえとまでは言わないけどよ…。大丈夫かあ?」
「大丈夫!主婦としてのキャリアはだいぶんと積み上げてきたから。」
 と強気の発言。
「おめえ…。普段、お菓子の「お」の字も作ってねえだろうが…。せいぜい、焼き芋くらいなもんだろが…。それをいきなり…。」
「まっかせなさいっ!!絶対作ってみせるんだから!」
 鼻息荒げて、あたしは言い放った。
 腐されれば腐されるほどに燃え上がる。昔からあたしの悪いところかもしれない。
 乱馬は、そんなあたしのお手並みを拝見とでも言いたいのか、どっかと、また、台所の椅子へと腰を下ろしてしまった。興味津々って顔で、じっと見詰めている。
 そんな、すぐ傍で見詰めないでよ。
 ただでさえ、初めて作ってみるお菓子なんだから。
 で、分量の粉を取り出してきて、まずは量りに乗せる。

「おい、それ…。」
 乱馬が口を挟んだ。
「何?」
「塩じゃねえか?ほれ「SALT」って書いてある。どう見ても「SUGAR」にゃ見えねえぞ。」
「あ…。」
「たく、大丈夫かよ…。塩入のケーキなんて聞いたことねえぞ!赤穂の塩饅頭じゃあるめえし。」
 そう言いながら、にやにやと笑ってる。
 分量の小麦粉とバターとお砂糖と…。とりあえず分けてビニール袋へ入れておく。
 まずは卵を白身と黄身に分けて、卵白を思いっきり泡立てるっと…。
「でやああっ!!」
 泡だて器を持って、必死で泡立てはじめると、ゆらゆらとテーブルが揺れてるように感じた。

「おっ!気合入ってるねえ!」
 うるさい、話しかけないで。気が散るわっ!
 心で吐きつけながらも、必死で泡立てる。これだけは昔から得意なの。
「おい、格闘技やってるのと違うんだぜ…。」
 相変わらず、乱馬はにやにやと笑ってる。
 時々飛んでいく、泡を指ですくいあげながら
「ほら、もうちょっと丁寧にやらねえと、肝心な中身がなくなっちまうぜ。」
 とまたからかい口調。
 そんなこんなで、卵や粉と格闘すること約半時間。
 何とか「タネ」を型に流し込む。

 あ、しまった、型にバター塗っとくの忘れた。ま、いいか。何とかなるわ。
 うーん…。粉が混ざりきってないのか、玉(だま)になってるかなあ…。

 後は、オーブンレンジで焼くだけ。
 流し場に積み重なった道具の山。片付けるのだって一仕事になってしまう。でも、その間に、焼けるのよね…。
 っと乱馬は…。にたにた笑ってる。もう、しつこいったらありゃしない。
「何がそんなにおかしいのよ。」
「別に…。おまえの仕草見てるだけで楽しいんだから、いいだろ?」

 ばしゃばしゃと使った道具を洗いながら、焼き上がりを待つ。

「おい、焦げ臭くねえか?」
 乱馬があたしに話しかけてきた。
「え?」
 慌ててあたしはレンジへと目を転じる。確かに焦げ臭い。
 中を開けてみてびっくり。
「やだ!焦げてる!」
「お、おいっ!!そのまま掴むと…。」
 乱馬の荒げた声と
「あつつっ!熱いっ!!」
 あたしの悲鳴とは同時に流れた。

「ほら…。流水で冷やせ。馬鹿っ!」
 すっかりパニックになってるあたしの腕を引っつかむと、乱馬は慌てて流し台へ持って行って、水道の蛇口をひねった。
 ザアザアと流れてくる水。昔と違って、もう、変身はしない。
 あたしは痛いというよりも、情けなさで心がいっぱい。乱馬の右手も一緒に水に濡れていた。
「たあく…。そういうドジなところは、昔っから、ちーっとも変わってねえんだから…。おまえは。」
 はいはい、どうせそうでしょうよ。あたしは不器用ですよーだ。
 俯いたまま、心の中でそう返事を返していた。

「だけど…。おめえのそういうドジなところも、俺は好きだよ。」
 はっとして見上げたら、柔らかな瞳が笑ってた。

 この頃の乱馬ってずるいのよね。
 昔は、そんな言葉、絶対あたしに正面切って吐き出してこなかったのに…。
 思わず涙腺が緩んでしまって、ポロッと涙が頬を伝って零れ落ちた。
 悔し涙か嬉し涙か、これじゃあわからないよ。すっかり、心まで半べそをかいている。
 乱馬はそんなあたしを見下ろしながら、ずっと笑ってる。
「たく、泣くようなことかよ。」
「うるさいわよっ!」
 可愛くない返事。
「痛いのか?」
 そう言いながら、水からあたしの手を出して、しげしげ眺める。ちょっと赤く腫れていた。そこがヒリヒリと痛む。
「痛くなくなるようにおまじない。」
 悪戯な瞳があたしを捉えると、すっと、降りてきた。

 この時のあたしの顔って、きっと、火傷した手よりも真っ赤に熟れていたかもしれない。
 もう、乱馬ったら…。こんなところでキスなんかしないでよ!

 あたしから離れると、乱馬は言った。

「薬塗っとけよ。」
 そう言ってすくっと立ち上がった。
「俺、ちょっと出てくるわ。」
「え?」
 どこへ行くのと訊こうとしたら、先に答えが返って来た。

「茶菓子、買って来てやるよ…。俺の食いたいもんでいいよな?」
「う、うん。」
 この場合仕方が無いか。もう一回リベンジしようにも、気力はすっかり削げ落ちている。
「ついでに、昼飯の種も買ってくるよ…。その手じゃ、あんまり無理もできねーだろ?駅前の商店街の肉屋のコロッケでいいよな?冷や飯たくさんあるみてえだから、あと、味噌汁くらい作っとけよ。付け合せはキャベツの千切りでいいや。あ、トマトも買って来てやらあ。」

 マメなのか、それとも、気遣いなのか。

「親父たちも付き合えよ。ほれ、そんなところで、こそこそ覗いてねえでよ。」
 そう言いながら、ふわっと後ろを振り返った。

 え゛っ!お父さんたち、さっきのキス、覗いてた?
 もしかして、覗かれてるの知っててキスしたの?
 乱馬ったら…。やだっ!もうっ!!

 さあっと背中から汗が引いていく。と同時に、また顔が熱くなってきた。



三、

 乱馬の気遣いのおかげで、結局、お茶菓子は和菓子と決まった。
 和菓子屋さんの前を通ると、桜餅やうぐいす餅、柏餅が美味しそうに彩りよく並んでいたので、手が伸びたんだそうな。
 ま、いいかな。あそこの和菓子、美味しいし。お茶菓子としては、申し分ない。
「大丈夫だよ。この桜餅、食ったって、バッテンマークは出ねえ…。桜の花びらもな。」
 ですって。
 何、カビの生えそうな古い話、持ち出してるのよっ!!

 お昼ごはんも、買って来てもらったコロッケとお味噌汁と野菜の付け合せですませた。ほくほくのコロッケは、懐かしい味。お店で揚げたてを売ってくれる。

 いつもはお父さんたちと、のどか義母さんと四人で食卓を囲むことが多いのだけれど、義母さんは昨日から留守。泊りがけで、お花とお茶のお稽古に出ている。元々、そちらで生計をたてて来た女性(ひと)だから、今でも引っ張りだこ。この世界は奥深過ぎて、あたしには良くわからない。
 時々、無作法ながら、お花やお茶のお稽古もしてもらうんだけど、あたしには向かない。そんなに背伸びするなと、乱馬にも言われて、今は気が向いたときに、床の間に生ける、いけばなだけ教わってる。
 今日も、水切りのついでに、生け変えようとしたら、
「やめとけば…。」
 と率直な手痛いご意見。
 そう言われると余計に燃えるあたし。
「ふんだ!お義母さまに教わった腕、見せてあげる。」
 と花切りバサミを手に、パッチン、パッチンと剣山と格闘。
 仕上がった花を見て、乱馬がぼそっと一言。
「前衛的だな…。」
 それって、褒めてるの?腐してるの?
「ま、仕方ねえな…。やっちまったもんは。切った茎や葉っぱは元には戻らねえ。」
 やっぱり、腐してるのねっ!
 思いっきりむくれ顔で睨み付けてやったら、乱馬の奴、ペロッと舌を出した。先生たちが来なければ、ここで一暴れするんだけど、ぐぐっと抑えた。
 そう、あんまり時間がないんだもの。
 本来なら三時ごろまでお迎えは良いのだけれど、今日は特別。お弁当を平らげたら、速攻、お出迎えの時間になる。
 時計は午後一時少し前。
「お迎えはワシたちに任せて、あかねは先生を迎える用意をしておきなさい。」
 あたしの忙しさを察した父が、そう言って、再び、幼稚園へと向かった。勿論、玄馬義父さんも一緒にだ。こういう時は、本当にありがたい。本来なら、お迎えもあたしが一人でこなさなきゃならないのだが、父さんたちが行ってくれる分、助かるのだ。
 父さんたちは父さんたちで、少しでも孫と触れ合いたいようだから、率先して、お迎えには出てくれる。
 当然のこと、玄馬義父さんには、「絶対に、パンダに変化しないでくださいね!」と釘を刺してある。パンダが幼稚園にぬっと現われたら、それこそ「大騒動」になるだろうからだ。門戸の外や子供たちの友人が遊びに来ているときは、絶対にパンダにはならないでと、予めきつく言ってある。
 勿論、パンダさん抱っこやゆらりんこが好きな、子供たち二人には不服らしいが。そこはぐっと堪えさせている。第一、あんな非常識な体質、どう考えても普通じゃないから。
 のどか義母さんからも、幼稚園関係者の目がある時は、パンダモードになることは許さないと、刀を片手に念を押されているようで、義父さんも今のところ、パンダが世間にはばれていない。やっぱり、奥さんの刀は、それなりに恐ろしいようだ。

 で、また、乱馬と二人っきり、広い我が家に放り出されてしまったのだが、生憎、あたしは忙しい。
 昼御飯の洗い物、乾いた洗濯物の取り込み、来客の準備など。大慌てで遣り始める。
 相変わらず乱馬は、目を細めて、じっとあたしの様子を観察がてら、傍から眺めてるだけ。本当に、今日一日、あたしの傍に張り付いてるだけで、何事もするつもりはないのね。
 何だか、ずっと、監視されてるような気がして、落ち着かなかった。だからこそ、余計に今日は失敗ばかりしているような気がする。

 で、暫くして、迎えに出ていた父さんたちが、子供たちを連れて帰ってくる。こうなると、再び我が家は賑やかになる。
 ともすれば、そのまんま着替えないで駆け出して行こうとする子供たち。彼らをなだめすかして、持って帰って来たお弁当箱を、通園鞄の中から吐き出させ、それから、身包み剥ぐように、脱衣所へ連れて行って、道着に着替えさせる。
 今日みたいな日は、道場で組み手稽古させるのが一番だ。
 龍馬も未来も、さすがに、乱馬やあたしの血を引いているから、稽古をするときは本当に生き生きしている。互いに、勝気な性分だから、二人並べておくと、遮二無二なって競い合うように稽古するのだ。
 まだ、身体の大きさも体重も差はない。殆ど同じなので、筋肉も力も均等だ。だからこそ、二人とも、負けじと頑張るのだ。

「ほら、乱馬もたまには子供たちと組み手なさいよ。」
 まだ、あたしの周りを張り付いている乱馬に向かって、牽制の言葉をかけた。とにかく、子供たちと道場で組み手さえしていれば、邪魔になることはないだろう。
「ええ?俺今日は、おめえの傍でだらけるって決めてんだけど…。」
 案の定、口を尖らせた。
「父ちゃん!組み手サボっちゃ駄目だっていつも言ってるじゃん。」
「やらないなんて、ずるい!!ねえ、未来のお相手してよ。」
「駄目、俺の方が先だいっ!!」
 道着に着替えた子供たちが、ぐうたら乱馬にせっついて来た。
 腕を引っ張ったり、足を持ったりして、乱馬を促す。こうまでされると、さすがに、嫌だとは言い辛いだろう。
「わかったよ!父ちゃん、疲れてっから、ちょっとだけだぜ。」
「わあい!!」「やったあっ!」
 乱馬は渋々、重い腰を上げる。
 してやったり。
 あたしは、ほっと溜息を吐き出す。
 道着に着替えて、道場へと行ってしまった、乱馬と子供たちを横目に、再び、家庭訪問モードへと切り替える。

 急須にお茶っ葉を用意しておかなきゃ。おしぼりもお手拭タオルを絞って…。えっと、お絞り置きどこへしまいこんだっけ…。茶托は、お盆は…。

 そうこうしているうちに、玄関先で呼び鈴が鳴った。
 さて、どっちの先生のお出ましかな。
 あたしは、そわそわと玄関先へと足を動かした。



つづく




 第二話は一転、あかね視点。
 この作品は書き方を模索していた実験作品の一つでもあります。
 で、あかねちゃんの思ってることの中に、私の本音がちらりと覗いているかも…。亭主っつうのは、子供よりも厄介なこともあります(実感!


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