◇ホーム・スイート・ホーム 1

第一話

一、

 外は日暮れて、すっかり夜の闇に覆われている。飛行機を降りたときはまだ、明るかった筈だ。
 空港ターミナルの中に居ると、煌々とした明りが灯り続けているから、時間の経過感が殆ど感じられない。
 スーツケースを受け取り、いつものように入国手続きを受けて、ターミナルを出ると、なびきがいつものように迎えに来ていた。脇にはずっと俺に張り付いていた佐助が控えている。

「よっ!お迎えサンキュ!」
 サングラスのまま、そっちに向かって愛想を振りまく。

「たく…。あんまり目立っちゃ駄目だって、いつも言ってるのに。」
 なびきがふうっと溜息を吐いた。
「あんたさあ、人気格闘家の早乙女乱馬だって、バレバレじゃないの。」
 どこからともなく、湧いてくるフラッシュなど気にすることも無く、俺はさっさと歩き出した。たく、いつものこととは言え、こうやって格闘大会から凱旋してくると、マスコミ関連やら、自称俺のファン、そして野次馬のかしましいこと。
 もう慣れっこになっている俺は、軽く愛想だけ振りまくと、足早にターミナルを離れる。中にはしつこくインタビューをしてくる輩も居るんだが、「今日は疲れてんだ!御免よ。またなっ!」とか何とか手を振って退散。
 いや、本当、今回は長期にわたる海外遠征だったから疲れてるんだ。いくら佐助が傍で、いろいろとマネージメントをこなしてくれてるからといって、疲れていることには変わりない。
 人気稼業の性だから、こうやって、ファンやマスコミに追っかけられるのは仕方がないにせよ、やっぱ、少しでも早く、愛する妻の元へ帰りたいと思うのは当然だろう。


 現在の俺、二十八歳。職業は当代きっての格闘家。世界を股にかけて格闘大会を軸に幅広く活躍を続けている。妻一人、その間に双生児の息子と娘。練馬区内の天道道場に居を構えて現在に至っている。
 そ、結局、許婚のあかねと家庭を作っちまったってわけ。
 腐れ縁と言うこと無かれ。成り行き任せで結婚したわけでは決して無い。それなりに、紆余曲折があって、ロマンスがあって、現在の俺たちが居る。


「で、やっぱり、予定よりも早く帰って来ちゃったんだね。」
 リムジンを飛ばしながらなびきが溜息を吐いた。
「仕方ねえだろ。最後に予定されていたオマケみてえな格闘戦の対戦相手が怪我で不能になっちまったんだから。」
「せっかく出来たスケジュールの穴なんだから、観光でもしてくれば良かったのに。」
 と来た。
「あんなあ…。佐助と俺と二人きりで観光して、何が面白いっつーんだよっ!それよりは、ここんところ押してたスケジュールの空間を家族のために早く帰って、家で休暇取りたいって思うのが不通だろ?」
「まあね…。」
 区切ったあとでなびきが、ぼそぼそっと小声で呟くように言った。
「でも、あかねたちにだって都合はあるでしょうに。」
「くおら!その都合っつーのは何なんだ?俺に言えないようなことでもあるのかよう?」
 なびきの言葉に過剰反応してしまった俺。思わず食って掛かる。
「おい、まさか…あかねの奴、夫の留守中に「浮気してる」なんてこと…。」
「あ、あるわけ無いでしょう!!バッカ!あんたが一番わかってる筈じゃないの?あかねはそんなに器用な子じゃないんだから。」
 なびきが半ば怒鳴りながら言い放った。
 ま、当然だな。あいつは俺をすっ飛ばして、他の男に走るような薄情な奴ではねえし、俺のこと、絶大に信頼して、留守をしっかり守ってくれているわけだ。
「亭主元気で留守が良いってね…。まあ、世間の主婦は大概そう思ってるわよね。都合で早く帰られるのが一番大変かもよ。」
 何か歯に衣がかるような言い方だなあ。
「あん?何だその「亭主元気で留守が良い。」って奴は。」
「物のたとえよ。一般家庭じゃ、ご主人の長期出張は奥さんに取ったら、これとない休養の機会にもなるらしいから。」
「そりゃあ、一般家庭の話だろうが!」
「ま、そうね。天道家は一般家庭じゃないものね。」
「早乙女家だ!俺は婿養子に入ったわけじゃねえぞ!」
「同じことじゃない。嫁の実家に同居して、道場を継いでるんだから。」
「同居っつーたって、ちゃんと母屋、俺の甲斐性で改造して住んでんだぞ!」
「でも、土地はウチのじゃない。」
 そんな会話を投げ合ってるうちに、ハイウエイは混み出した。相変わらず、車が道路事情以上に氾濫している、この豊かな国は、ラッシュ時には道の動きが止ってしまう。やっぱ、公共交通機関を利用して鉄道を選ぶべきだったかなと思うこともあるくらいだ。
「ねえ、乱馬君。」
「何だよ。」
「せっかくスケジュールが空いたんだからさあ、明日、一本仕事引き受けてくれないかなあ…。」
 そら来た。この金の亡者め。
「やーだね。」
 俺は口を尖らせて返事してやった。
「何で?良いじゃないの。仕事の一本や二本。」
「あんなあ…。俺は海外遠征で疲れたまってんだ!せっかくオフになったんだから、家でゆっくりしてえ!」
「そんなの一晩休めば…。」
「時差ぼけだってあるんでいっ!久々、家でゆっくりできる機会なんだ!絶対に仕事入れさせねえからな。」
「ケチ。」
「何とでも言え。嫌ならマネージメント、今度の契約更新時に他の会社に頼むぞ。俺くらいになってくると引き受けてやるってところ、結構あるんだからな。」
「わかったわよ!オフにしてあげるわよ!その代わり、あかねに文句言われても知らないからね。」
「言うわけねーだろっ!あいつが、そんな文句!!」

 なびきが金儲けに熱心なところは、昔とそう変わっていない。いや、むしろ、進化しているようにも見える。九能と組んで起した企画会社で、俺のマネージメントの一切も彼女のところが面倒をみてくれている訳だ。まあ、俺はなびきの会社の売れっ子頭みてえなところもあるから、抜けられちゃ困るだろうさ。

 道路事情のせいで家に帰りついた頃には、すっかり夜更けになっていた。

「ただいまあ…。」
 ガラガラと引き戸を開いて中へ入る。
 蛍光灯が古くなってきたのか、薄暗い門戸の明り。
「お帰んなさい…。」
 トタトタと奥から響いてくるスリッパの音。にっこりと微笑みかけるのは俺のハニー、あかね。
 ふっと脇を見ると、なびきが何やら手を祈るように前に当てて、合図している。どう見ても「ごめん!」と謝っているような。あかねはそれをちらっと見て、ふうっと溜息。
 おい、こら!何だその一瞬困ったような表情は…。やっぱ、予定より早く帰って来ちまったことに、何か文句でもあんのかあ?
 そう言いたいのをぐっと耐えて、俺は靴を脱ぐ。
「お疲れ様…。あのさあ…。明日のことなんだけど…。」
 あかねは恐る恐る切り出してきた。
 やっぱり何かあるみたいだ。俺はふっと思ったね。こいつは、そういうところ、すぐに顔に出るんだな。
 そうなると、テコでも明日は家に居なくちゃおさまらねえ。誰が何と言おうとも、外へは出かけねえ!
 心に誓うと、すいっとあかねにスーツの上着を差し出した。それから、普段着にしてる、着物を着る。勿論、浴衣みたいな紺色の着物だ。オフクロが俺のために仕立ててくれたもので、最近家に居る時はこの姿が多い。昔の日本のお父さんの姿だな。
「明日…。何かあるのかよう。」
 着物に袖を通しながら、無愛想に答える。
「あのさあ…。たまにはお父さんたちと出かけて来ない?せっかく休みになったんでしょう?」
 とあかねは遠まわしに振ってきた。
 おっと、そう来るか?追い出しにかかるわけだな。
 俺は暫く考えるふりをして、それから言った。
「いや、行かねえ…。たまには家で終日のんびりと過ごしてえ…。」
 ちょっと、意地悪く言ってやった。
 と、あかねの奴、案の定、困ったような表情を浮かべる。
 やっぱ、何かあるんだな…。誰か客でも来るのか?
 で、意地悪な俺は更に追い討ちをかける。
「おまえが一緒だったら、出かけてもいいぜ。」
「うん…。あたしは明日は出かけるわけにはいかないから。」
「何でだ?たまには二人で新宿か池袋あたり、ウロウロしても良いぜ。服の一枚でも買ってやるぞ。」
「うーん…、それはありがたいんだけど…。でも、明日は駄目なんだ。」

「あんだよ…。何かあるのか?明日…。」
 したり顔で覗き込む。
 観念したのか、あかねはふうっと一発溜息を吐いた。
「家庭訪問なの…。」
 と返事が来た。
「あん?」
「だから、家庭訪問。」
「家庭訪問って…。誰の。」
「龍馬と未来。それぞれの先生が家庭訪問に来るのよ。」
「何で…。」
「何でって言われても…。」
「おい、まさか、何か不都合でもやらかしたか?あの二人。」
 家庭訪問という言葉自体で、半分混乱をきたしかけていた、俺がそう問いかける。
「ち、違うわよ!!幼稚園側のれっきとした行事よ。毎年、この時期、園児の家庭を訪問して、いろいろ親から話を聞いてくださるのよ。」
「へえ…。そんなことやってるのか、きょう日の幼稚園って。」
「別に普通のことだと思うけど…。」
「なるほどね。」
 俺はふっと息を吐き出した。
「え?」
「だから、明日、俺に仕事でも何でも入れさせて、家から追い出したかったってわけなのか。」
 どうやら図星だったようだな。あかねの奴、急に目を反らせやがった。
「だって、あたしも始めてのことだし…。その、乱馬がいたら、いろいろと先生も気を遣うかなあって…。」
「考えすぎだっつーの!」
 俺は振り向きざまに、あかねの鼻先を人差し指でツンと突っついた。
「考えすぎって?」
「あっちはプロなんだぜ。それなりに仕事って割り切ってるだろうし…。それに、俺だってあいつらの親なんだから、教育の一端を担わなくっちゃならねえだろうが。何も、母親だけが幼稚園の先生を独占できるもんじゃねえ。俺が一緒に居たって構わねえじゃねえかよ。」
「そりゃあ、そうだけど…。一般的には家庭訪問って先生とお母さんのやり取りでしょう?」
「そんなの決め付けなくって良いんじゃねえの?だって、母さんが忙しい子も居るだろうし、お父さんが教育の参加してくる家もあるだろう?第一、ひなちゃん先生が天道家(うち)に来た時だって、応対したのは、親父たちだぜ?」
「そういえば、そんなこともあったわね…。」
「それに、俺だって幼稚園の先生には興味がある。」
 とにんまり笑ってやった。
「な、何よ。そのにやけた顔。」
 たく、てめえは、本当にわかり易い性格してんだから。ちこっと、別の女に興味示せば、すぐヤキモチ。むっとした顔を手向けてきた。
「だってよー、入園式以前からずっと、海外遠征してたからよう…。そうそう、あいつらの制服姿だって、まだ、生でお目にかかってねえし。担任の先生にだって、ご挨拶くらいしてえじゃん。」
 そう言いながら、指先をあかねの鼻に押し付けてぐるぐる。
「たく、ヤキモチやきめ!俺はおめえ以外の女性に、目を奪われはしねえよ…。バーカ。」
 はっしと睨みつけてくる勝気な瞳を見つめそう言いながら、口付ける。
 一瞬強張ったあかねの身体だが、俺の甘い唇と共に、ふっと柔らかくなった。
 ほんと、わかり易いんだから、おまえは…。

(ああ、やっぱり、家が良いや。)

 安堵感と共に、抱き寄せる。至高の時。




二、


 翌朝、いつもの如く目が覚める。
 身体はまだ、アメリカ時間だから、正直辛い部分もある。だからと言ってゆっくり寝かせてくれないのが、子供たち。

 彼らが寝入った後で帰ってきたものだから、朝方、父親が寝床に潜っていることに気付くや否や、龍馬(りゅうま)なんかは、「父ちゃん、起きろ!!」と俺の体の上にドスンと馬乗りになってくる。
 いや、しつけーったらありゃしねえんだ。
 こっちは眠気をまだ引き摺ってるから、ううむ、ううむと生返事して蒲団にしがみついてるわけだが、子供にはそんなこっちの事情なんかどうでも良いんだ。己の目の前の事象しか見えてねえというか、何も考えていねえというか。
 で、我が家の場合、これが二人だから、もっと凄い。
 龍馬一人なら、誤魔化せるのだろうが、未来(みく)が居るんだ。
 こいつは女の子だが、これまた、あかねに輪をかけたようなお転婆幼女。龍馬ほど乱暴ではないにせよ、物心付いたときから武道をやらせているので、それなり急所を知ってる。
「お父さん、朝ですよ。起きないと幼稚園に遅れますよ。」
 と来た。別に俺が幼稚園へ行くわけじゃねえんだが…。
 ある意味、単純明快な龍馬よりも、口が立つ分、未来の方が厄介かもしれない。おしゃまな口調で起しに来た。
「父さんはお仕事で疲れてて眠いんだ…。もうちょっと寝かせてくれ!」
 そう言いながら、蒲団へ潜り込む動作。
「駄目!朝ご飯ちゃんと食べないと、大きくなりませんよ!!」
 その言い方が、あかねが子供らに言う口調とそっくりだったから、思わず噴出しちまった。
「父ちゃん!起きろよ!!」
「お父さん!!」
 久しぶりに会ったという珍しさも手伝っているんだろう。二人して、上からのしかかって、揺らせて…。
「わーった!!わかったから、退け!!」
 もうこうなると寝てられねえ。
 時差ぼけでぼおっとしている身体をよっこらしょっと起しに懸かる。

「あら、まだ寝ててもいいのに。」
 台所へ行ってみると、あかねが忙しそうに動き回りながら言った。
「へええ、早起きしてお弁当なんか作ってるのか。」
 思わず、俺は目を見張る。
 この春からの幼稚園に控えて、随分早くから、玉子焼きだのハンバーグだの鶏そぼろだの、かすみ姉さんに習いながら、やってたっけな。こいつの不器用はまだ健在で、双子の子供らが幼稚園にあがってからやってたんじゃ間に合わないからと、一所懸命修行していた。
 ひょいっと出来上がった玉子焼きをつまみ食い。
「お、腕上げたな。まだコゲコゲが目立つけど。」
 そう評しながら飲み込む。
「父ちゃん!それは俺たちの弁当だぜ!!」
「お行儀悪いんだから!」
 と二人に睨まれた。

 久々に我が家に帰って来た身としては、こういう何気ない日常の情景に、それはそれは、言い表せないほどの安堵感を持つものだ。朝ご飯を作りながらの弁当つくりは、奥さんにとってはかなり大変なことには違いないが、それを見ているこちらは気持ちが良い。
 トタトタと子供たちがパジャマで走り回る。
 良く寝て、元気持て余してるんだな。
「龍馬も未来も早く着替えて、幼稚園へ行く支度しなさいよ。龍馬、あんた、最近ハンカチ持って行ってないでしょう?駄目よ、ちゃんとしないと。若葉ちゃんに嫌われるわよ。」
「はあい。」
「未来。龍馬一人だと心配だから、ちゃんと面倒みてあげなさいよ。」
「はあい。」
 すっかり母親らしくなったあかねが、弁当作りの手を緩めながら指示してる。
 何とも微笑ましい光景だ。
 こういう光景を俺はずっと望んでたんだ、などと訳の分からないことを心で思いながら、朝の気分を満喫する。
 本当は後ろからこっそりとあかねに近寄って、ぎゅううっと抱きしめてやりたい気分なのだが、思うだけでやめにした。
 だって、相手は超が付くほどの不器用あかねだから、そんなことをした日には、包丁の一本もすっぱ抜けて飛んでくるかも知れねえ。
 でも、こう、エプロン姿の女性って、そそるものがあるじゃねえか。トントンとリズム良く鳴るまな板と、家族のためにひたむきな表情と。あかねが器用で子供らが周りをうろちょろしてなかったら、速攻、後ろから「ぎゅううっ!!」なんだがな。勿論、その後に「チュッ!」なんていう擬態音付きで。理性でそれ以上は制限するだろうけど…。
 久々に味わう我が家の朝だから余計にこんなことを思うのかもしれねえ。


「ほお…。あかねは今日も頑張ってるね。」
 ワンテンポ遅く起きてきた、父さんがのれんをくぐる。
「あ、おはようございます。」
 俺はにっこりと愛想良く朝の挨拶。舅だもんな。俺も若い頃に比べて、随分とその辺りは丸くなったと思う。
「おお、乱馬君か。早いな。」
「ええ…。こいつらに起されちまって、寝てられなくなって…。」
 ぽりぽりと頭を掻く。
「わっはっは。子供は元気だからねえ…。」
 早雲父さんは満面の笑みを浮かべて笑った。
「で、あかね…今日の幼稚園の送迎のことだが…。」
「お父さんたちに頼むわ。」
「そうか!」
 それを聞いた途端、ぱああっと明るくなる早雲父さん。爺馬鹿なんだな。
「あたし、今日は先生を迎えるのに忙しいし…。たまにはお父さんたちも行きたいでしょう?」
 忙しそうに手を動かしながらあかねが言った。
「なあ、送り迎えなら、俺も行きたい。」
 さりげに俺は父親を主張する。
「乱馬は駄目!!」
 速攻返されたお言葉。
「何でだよう…。」
 予想はしていたが、少しムッとした言葉を返す。
「だって…。あんたは一応、有名人なんだからさあ。雑誌やテレビに出てる人気格闘家。ただでさえ目立つし…。」
「ヤキモチか?」
「そんなんじゃないわよっ!!必要以上のトラブルに巻き込まれないためよ!まだ、この子らが格闘家、早乙女乱馬の子息だって、殆どの人が知らないんだから。入園して日が浅いし…。」
 まあ、あかねの言うとおり、トラブルになりかねないというのは目に見えてるから、ここは我慢かなあ…。おっと、父さんが居ないとなると、二人っきりかな?
 などと、ちょっとした下心を胸に「しょうがねえなあ…。」と諦めの言葉を吐く。
「あ、それから、乱馬。あたし、今日は忙しいからね。」
 と付け加えることを忘れない、あかね。まるで、俺の下心を見透かすような言い方だった。
「何だよそれ…。」
「だから、あんたにそうは付き合ってられないってこと。」
 う…、こいつめ、先に釘を刺してきやがったぞ。
「とにかく、仕事もないんだったら、お願い、今日一日、ううん、家庭訪問が終わるまであたしを邪魔しないで!」
「ちぇっ!ひさびさに、ゆっくりといちゃいちゃ出来ると思ってたのに…。」
 つい小さく漏れてしまうと
「いちゃいちゃってなあに?」
 とすかさず未来が訊いてきた。
 たく、子供というのは油断もすきもない。どこで好奇心をたぎらせて、こちらの会話を聞いているかわかったもんじゃねえ。
「んっとな、お父さんとお母さんが仲良いってことかなあ…。」
 俺はすらっと模範的な答え。
「ふーん、ラブラブってことなんだ。」
「ラブラブ?…おめえ、そんな言葉どこで覚えたんだ?」
「だって、幼稚園で皆言ってるよ。どこのお家でもお父さんとお母さんはラブラブなんだって。」
「あっそう…。どこのお家でも、お父さんとお母さんがラブラブねえ…。」
 思わず苦笑いが零れ落ちた。
「ねえ、未来のお父さんとお母さんもラブラブだよね?」
 小さな瞳が無邪気に問いかけてきた。
「ああ、ラブラブだよ。こんくらいな。」

「きゃっ!」
 丁度弁当作りが一段落して、こっちを振り向いたあかねを引き寄せ、その唇に軽く、ちゅっとやってみせる。
「ちょっと、乱馬ぁっ!子供たちの前で何てことを…。」
 おっと、あかねの奴が真っ赤になって熟れてる。
「わあ、お父さんとお母さん、チュウしてる。」
「ラブラブだあ!」
 単純に喜ぶ子供たち。

『朝から欲情するな!バカ息子!』
 起き抜けパンダがにゅっと顔を出す。
「仲良きことは美しきかなだよ、早乙女君。」
 からからと早雲父さんが笑った。
 あかねだけは、真っ赤になって、黙り込んだ。今のキスでちょっと気分を害したかな?でも、こういう拗ねた顔も可愛いんだよな、こいつ。
 親父たちや子供たちが居なければ、このまんま、あかねを食っちまいたいくらいなんだが…。そこは、ぐぐっと理性で我慢した。
 まだ、一日は始まったばかりだから。



つづく





 こやつは、朝っぱらから何を…。  
 このように、未来モードの私の作品は、無下に乱馬さんが鼻の下を伸ばしている作品が多いかもしれません。
 原作であかねに冷たかった分、結婚後は妙に優しくなっているのが、早乙女乱馬だ…とどこかで思っているからかも?

(c)Copyright 2000-2006 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。