第七話 金銀妖瞳(ヘテロクロミア)
一、
雨は止むことなく、薄墨色に染まった空から落ちてくる。
庭先の紫陽花が、水分を含んで、ゆさゆさと風に揺られて、首を振るっていた。しとしと、じめじめした、空気。梅雨特有の重苦しさが漂っている。
あかねは魁と姉のなびきに付き添われながら、和やかに、道場から母屋へと渡る。いつの間にか、怒気も消え、若者同士、仲良く歓談している。そんな風に、誰の目にも映るだろう。
玄馬は、こっそりと勝手口に回り、台所にいたかすみから、やかんを貰うと、人間へと戻った。
「あら、おじさま、パンダになってらしたの?」
かすみは、お茶のおかわりを持って、にこにこと急須に注ぎ入れながら笑った。
「ああ、ちょっといろいろありましてなあ…。はっはっは。」
玄馬は笑って誤魔化した。
「あら、あかねちゃんたちも、道場から戻ってきたようですわね。」
と、背後で急に人影が蠢いたような気がした。
「だ、誰だ?」
玄馬は険しい顔をして、さっと身構えた。かすみを守るように、すいっと手を出した。
「ほっほっほ。そんなに身構えんでも良いわい。」
聞き慣れぬ老人の声。
「そう言われてもだな…。」
玄馬の眼がいつになく真面目に輝いた。
「なあに、ワシは、おぬしらの「味方」じゃよ。敵ではないぞ。」
振り向きざまに玄馬の瞳に映ったもの。
「な、貴様は…。ポストぉ?」
「あらあら…。一昔前の、郵便ポストさん。」
玄馬もかすみも、緊張の糸がそこで途切れた。
「だから、ワシは、味方じゃと言うておろう?…自己紹介が後先になった。ワシは、葉隠流先代当主の弟、紅たすきじゃ。ほっほっほ…。以後お見知りおきを。早乙女玄馬殿。」
そう言って、ポストからひょっこりと現れたのは、一人の老人だった。
一方、そんな、酔狂なご老人がひょっこりと顔を出したことなど、知る由も無い、こちらは、母屋。
出て行くときにあった、重苦しい緊張感は、すっかりと打ち解けている。
大伯母と二人、じっと、道場から彼らが帰ってくるのを待っていた、早雲が、目を丸くしたほどに、あかねもなびきも「憑き物」が落ちたように、さっぱりとした顔をしていた。
あれほど、今朝のテレビ番組に対して、怒っていたあかねが、今はその影もないほど、にこやかに笑っている。
(言いたい事を言って、すっきりしたようだな…。)
と、早雲は素直に受け止めていた。
よもや、あかねが、魁の手に落ちてしまったなどとは、思いもよらなかったのである。
あかねは、着替えずに、そのまま客間に戻った。その辺りは、形にとらわれない、あかねらしい。前にも、大伯母には「格闘家の正装は道着」というようなことを言われているから、特に着替えてくる必要もないと思ったのだろう。
「どうでした?道場での組み手は。」
大伯母が目を細めながら、若者たちに声をかけた。
「ええ…。とっても、いい汗をかかせてもらいましたわ。大伯母様。」
とあかねが率直に言った。
「魁さんって本当に、お強いのよ…。あたしなんか、全然足元にも及ばないほどに…。」
と、はにかみながら笑う。
早雲は、あかねの受け答えの様子が、おかしい事に、すぐさま気がついた。
いつもの、覇気が感じられない。
「あかね?」
何か言おうとして、大伯母の言葉に止められた。
「さて、率直に伺いましょう…。あかねさん。魁のことは気に入ってもらえましたの?」
にっこりと微笑みながら問いかけた。
「は、はい。大伯母様。」
間髪入れずにすっと答えたあかね。そればかりではない、すぐさま、早雲には信じられない言葉が、あかねの口から直接漏れたのだ。
「私、魁さんと婚約します。」
と。
「あ、あかね?」
早雲が、腰を抜かしそうに、驚いたことは言うまでも無い。
今朝方、いや、つい今しがた、大伯母と魁が訪問するまでは、絶対にこの話は断ると断言していた末娘が、いきなり、婚約を承諾すると言い出したのだ。しかも、彼女には、乱馬という許婚が居る。
「な、なびき。道場で何かあったのかね?」
と、問い質した。
「いいえ、別に。普通に組み合っただけよ、お父さん。」
なびきはにっこりと微笑んだ。
「普通に組み合っただけ?」
「ええ。なかなか、楽しそうに、打ち合っていたわね…。」
「魁君が、あかねに何かしたんじゃないのかね?」
早雲は、なびきを揺すりながら、問いかけた。
「そんなこと、魁君がするわけないじゃない。ま、夕べの船上でも、結構楽しそうにやってたから…。あかねも乱馬君から魁君へ乗り換える決意がついたんじゃないのかしら?ふふふ…。家柄も良いし。お金もどっさりあるんでしょう?葉隠の一族って。」
まさか、この娘は、魁に買収でもされたのか?
早雲は、ふとそんなことまで思ってしまった。
「あかねっ!正気なのか?乱馬君はどうするんだ?」
「乱馬?…」
一瞬、あかねは言葉に詰まったようだが、
「ああ、彼なら、別に何とも思って無いわ。だって、お父さんたちが勝手に決めた許婚ですもの…。あたしは、やっと、気がついたの。あたしの一番大切な人は、魁さんだって…。ね。」
あかねはそう言うと、傍に居た、魁の手をきゅっと握り締めた。
魁は優しげに、あかねを傍に抱き寄せてみせる。
「あ、あかねえっ!」
そう言ったきり、早雲は、目を泳がせてしまった。
「早雲や。おまえの気持ちもわかるが、あかねさんも、魁さんを気に入っておいでなんだ。最早、何の障害もあるまい?…ふふふ、善は急げじゃ。祝言はいつ挙げる?」
「いやだなあ、天道の大伯母様。すぐにってわけにはいきませんよ。いろいろと準備もあるでしょうし…。」
魁がにっこりと笑った。
「そうですね…。僕が、正式に、葉隠流の跡継ぎに決まった時ということで、どうでしょうか?」
と言った。
「ほお、葉隠流の正式の跡継ぎ襲名の日にとな?それは良い。目出度い事が重なって…。ほほほほ。で、それはいつのことかえ?」
「もうすぐです。」
魁の目が妖しく光った。
「もうすぐ…。」
早雲が、はっとして、返答した。
「おまえ、本当に、乱馬君のことは良いのか?冗談なんだろ?ねえ、あかねえっ!」
「この期に及んで、乱馬の事なんか、関係ないわ。あたしは、あたしの意志で決めたことなんだから。お父さん。」
あかねはきびっと父親を見詰め返した。てこでも言い出した事は曲げない。そんな危うい意志が感じられる。
「ほっほっほ…。なんと、潔い決断じゃ。それでこそ、天道家の血を引く者。そこで、相談ですが、早雲や…。」
じろりと、大伯母が早雲を流し見た。
「このまま、あかねさんは、天道の本宗家へ連れて参ります。」
「な…。何ですと?大伯母様っ!!」
早雲は、ますます大きな声を荒げた。
「あら…。あかねさんが承知したら、最初からそうすることに決めておりましたのよ。あかねさん…。あなたには、これから武道家の嫁になるための花嫁修業を、我が天道の宗家で受けさせてあげます。」
「ちょ、ちょっと待ってください、大伯母様。」
早雲が慌てて、止めに入る。
「お黙りなさいっ!このあかねさんの母君は他界されてしまわれているでしょう?それでは、娘にまともな花嫁修業を短期間でつけられる筈などない。それに、さっき、そなた自ら言っておったではないの。この子は凄く不器用で、料理一つ、まともに作ったことはないと。」
「お父さんっ!そんなこと言ったの?」
あかねが血相を変えた。
「あ、いや…。まあ、世間話のついでにな…。」
早雲が焦りながら娘を見返した。あかねたちが道場で組み手をしている間に、大伯母といろいろ話しこむ中で、つい、口を滑らせた言葉だった。
「本当に…。だから、男所帯のままではと、あれほど、後妻さんを貰いなさいと言っておったのに…。まあ、それは良い。過ぎたる事は及ばざりし。それよりも、前向きに考えたら、あかねさんを我が元で花嫁修業させるが、一番の近道…。どうじゃね?あかねさん。」
「あたしは…。」
あかねはちらっと魁を見た。
「大伯母様のところで修行なさってはいかがでしょう…。その方があなたも、ここに居候している元許婚と気まずくなくて良いのではありませんか?あかねさん。」
魁はにっこりと微笑みかけた。
「魁さんが、そう言うのなら、大伯母様。お願いします。私を一人前の花嫁にしてください。」
と、あかねが三つ指を立てた。
「あかね…。あか、あかねえっ…。」
早雲は案の定、おろおろする。
「大丈夫ですよ。お父さん…。そうだ。心配でしょうから、なびきさんも一緒に行っていただければ良い。ねえ、大伯母様。」
魁は予め、予定していたように、己の考えるとおりに大伯母を誘導する。
「おお、それが良い。なびきさんとやら、一人ではあかねさんも心細かろう。どうだね?そなたもご一緒に。」
「勿論、同行させていただくわ。天道の宗家がどんなところなのか、あたしにも興味はあるから。」
となびきまでもが、とんでもないことを言い出した。
「決まりですね。」
魁はにっと笑った。
「じゃあ、あたしたちは準備があるから…。」
そう言って、あかねとなびきは、客間から立ち去った。
その、背中を、早雲は、放心状態で見送るばかりだった。
二、
「随分、強引なことをするじゃねえか…。」
庭先から、少女の声。
ウっちゃんの店から駆けつけた、乱馬だった。
雨に打たれ、傘を持たずに飛び出した彼は、女に変化してしまっていた。
「君は…。昨日の…。」
乱馬の顔に見覚えのあった魁が、ちらっと見返してきた。
「てめえ…。あかねやなびきに何しやがった。」
はっしと真摯な瞳を差し向ける。
「別に、何も…。」
「すっとぼけんなっ!あかねとなびきの様子を見てたら、尋常じゃねえことは明らかだろうが。」
ずいっと前に身を乗り出して、迫った。
「言いがかりだなあ…。あかねさんは、素直に自分の気持ちを、言ってくださっただけですよ。」
あくまでもすっとぼける魁。
「てめえ…。腕ずくでも、喋らせてやろうか。」
ぐっと拳を握り締める乱馬。
「やめておきたまえ。僕は、強いよ…。それに、君は何なんだ?察するに、あかねさんの親しい友人といったところですかねえ…。」
魁はにやっと笑った。そう、まさか、目の前に居るのが、早乙女乱馬の変身した姿だとは思ってはいない。
「とにかく、てめえの思うようにはさせねえ。来いっ!相手してやる。」
そう言いながら、庭先へと誘う。
雨がまだ、しとしとと降りこんで来る。
乱馬は、雨の最中、己の闘気を解放させた。
「たく…。君も、相当、勝気な女性だな。女性に手を挙げることはしたくないが…。そうも言ってられないか。かなり、強い気だね。あかねさんよりも強いかもしれない。」
魁は上着を脱ぎ捨てた。
「魁さん?」
「大丈夫ですよ。大伯母様。すぐに終わります。」
そう言いながら、縁側へと立ち上がる。
「来いっ!勝負だっ!」
すっかりその気になった、乱馬が、濡れそぼつ地面で待ち侘びる。
女性であれば、不利に違いないのだが、あかねの危機にそうも言っていられない。
畳の向こう側では、早雲が、がっくりと放心したまま、うな垂れている。このまま、あかねを行かせるわけにはいかない。そう、思ったのだ。
「さて、行きますよ。お嬢さん。」
魁の発する気の流れが変わった。
その、空気を、すぐさま察知した乱馬。
「なっ?何だ?この荒んだ感じは…。」
「ほら…。君、僕の目を見て…。」
魁は乱馬に囁きかけた。
「目?」
そう思ったときだ。頭がくわんとぐらついたように思った。
(な、何だ?こいつの目は…。)
不気味な笑みを浮かべて、対峙する魁。
「くっ!」
本能的に危険を察知した彼は、すぐさま、視線を反らそうとした。
「無駄ですよ…。」
にんまりと魁が笑った。
彼が、己の中からどす黒い気をぶっ放そうとした、その時だった。
「突撃ーっ!!」
どこからともなく、そう声がしたかと思うと、真っ赤なポストが間に割り込むように、滑り込んできた。
「なっ!何だあ?」
真面目に対していた乱馬は、唐突に割って入ったポストの剣幕に、気圧されて、どっと後ろに倒れこむ。
「その勝負、待ったっ!」
そう言いながら、突っ込んだポスト。そこから出て来たのは、つばさの爺さん、紅たすきであった。
「これは、葉隠流の当主代理、紅たすき様ではありませんか。」
魁がすいっと怒気を緩めた。さっき、発していた、鬼気とした気は、何処にも感じられない。
「何故に、たすき様じきじき、このようなところに?」
丁寧な言葉ではあったが、鋭い剣が向けられていた。
「ふっふっふ。この前の一族会議で、はっきと明言していなかったこと。それを告げに来たんじゃよ。」
そう言いながら、爺さんはにっと笑った。
「ちょっと、待ていっ!人の間に割り込んできやがって…。こらっ!」
吹っ飛ばされた乱馬が、起き上がり際に、そう怒鳴りながら、泥まみれになった身体を起そうとした。
「良いから、貴様は黙っていろ。」
はっと見上げる背中には、こうもり傘を差しかけた玄馬が、厳しい顔をしながら、立っていた。
「親父?」
いつもと違って、おちゃらける様子のない、父親に、乱馬は怪訝な瞳を差し向けた。
「これ以上、ここで、葉隠魁に絡んでも、今の貴様では勝ち目はない。惨めに沈むのが関の山だ。乱馬。」
厳しい顔の父親がそこには居た。
「くっ…。」
乱馬は肩を落として、父の言う事に従った。己もにそれは良くわかっていた。女の形のままで、勝てるほど、甘い相手ではない。それは、百も承知だったからだ。
「とにかく、この場は、あの爺さんに任せろっ!よいなっ!」
背中から抱え込まれて、仕方なく、乱馬はすごすごと引き下がった。
「さてと、外野も静かになったところで…。本題に入るかのう…。」
爺さんは改めて、魁を見上げた。
「本題?…私とやりあうために、ここへ来られたのではないのですか?」
魁はふっと口元で笑った。
「いいや、今はやりあわぬ。」
たすきはそう言いながら笑った。
「ならば…。白旗をあげに来たとでも?」
「それも違う…。ワシは宣戦布告しにきたのじゃ。魁。」
たすきは微笑みながら言った。
「宣戦布告ですか?それは面白い…。」
「そう、宣戦布告じゃ。改めて、決闘の詳細をおぬしに、申し渡しにな。」
たすくは、小さな身体を、はっしと魁へ向けた。
「改めて言いおく。葉隠魁よ。ぬしが、葉隠氏の当主となりたいのなら、この月末、七月の晦日(つごもり)に、天道本宗家の裏に広がる、天の原山へ来い。そこで勝負じゃ。」
「七月の晦日(つごもり)ですか?」
「ああ…。そうじゃ。」
「…。結構。その日、天の原山へ、伺いましょう。」
魁は不敵な瞳を浮かべながら、たすきを見返した。
「時刻はそうじゃな。日が沈んむ頃合が良かろう。」
「あい分かりました。そこであなたと、勝負して、勝てば文句はないと…。」
「いや、勝負するのはワシではない。貴様とワシとでは、力の差は歴然。確かに、このワシが、おまえさんを倒す技を身に付けているとしてもだ、もう、年を取りすぎて、気も腕力も劣ってしまっておるからのう…。」
「たすき様ではないとなると?他に優秀な人材が葉隠氏の一族の中に居るとは思えませぬが…。」
魁は瞳を細めた。
「おまえの相手は、こやつじゃ。」
そう言いながら、たすきは乱馬を指差した。
それを聞いた乱馬の瞳が、ぎらりと輝いた。
「それで良かろう?」
爺さんはにっと笑って乱馬を見た。
「ああ、望むところだ。お預け食らっちまったからな…。これ以上、嬉しいことはねえ。」
はっしと睨み返す、乱馬の瞳。
「この娘が私の相手とな?…ふん。この葉隠魁も甘く見られたものだ。」
不平だったらしく、魁は鼻先で軽くいなした。
「不満かの?」
爺さんはにっと笑った。
「不安も何も、こんな小娘で、私の相手が務まるかどうか…。」
魁は掌を上に向けて、小ばかにしたように吐き出した。
「確かに、今のこやつは、おぬしに敵うまいよ…。」
「お、おい。爺さん。何だその物言いは。」
傍の乱馬ががっと睨んだ。だが、爺さんは乱馬の声など、耳に入らぬように続ける。
「ふふ、だが、期限までには日がある…。その間に、ワシがこやつを鍛え直してやるわ…。勝負はそれからだ。その、首を洗って、待っておれ。魁よ。」
爺さんはにやりと笑った。
「ふっ。その娘が正式な対戦相手ですか…。僕はてっきり、その役目、早乙女乱馬が担うと思っていたんですがね…。」
魁はふっと言葉を漏らした。
『だから、俺が早乙女乱馬だ!』
そう吐き出そうとした乱馬の口を、玄馬ががっしと押さえ込んだ。
「あが、あがががが。(何、しやがんでいっ!)」
急に口元を押さえられて、目を三角にして、押さえ込んだ父を見返した。
「黙ってろ!余計なことは言わんで良い。」
玄馬はそう、耳元で囁きかけた。
「ふふふ。早乙女乱馬とやり合いたいか…。おまえ。」
たすくはにっと笑って魁を見返した。
「ええ…。万が一にも、私に食らいついて来られるのは、かの青年くらいしか居ないでしょう…。まあ、彼でも、役不足ではありますがね。」
「あがあが…(何をっ!)」
「大人しくしろっ!!ったく。」
脇の騒々しさには、一切目もくれず、魁とたすくは、互いを牽制しあう。
「まあ、この娘と遣り合えば、何故、ワシがこやつを選んだか、わかるだろうさ…。」
「是非、そうあって欲しいですね…。女性にあまり、手荒なことはしたくはないのですがね…。」
「ま、並の女性と思って、やりあうと、痛い目に遇うから、せいぜい気をつけることだ。」
「ふふふ。お手柔らかに願いたいものですね…。ま、戯言はともかく、わかっておられるでしょうが、僕が勝てば…。」
「葉隠流の当主の座は、貴様にくれてやるわっ!」
「ふふふ。今の言葉、確かに聞きましたよ。」
「ああ。流派諸共、おまえの好きにすれば良いわ。…但し勝てばの話じゃぞ。」
「ええ、勿論、そのつもりです…。勝って、あかねさん諸共、流派の興隆に務めますよ。くくく…。では、決闘の日を楽しみにしておりますよ。お嬢さん。」
ゆっくりと舐めるように、乱馬へ視線を流すたすく。
(こいつの瞳…。)
思わず、魁の目を覗き込んだ乱馬は、はっとした。
戦慄が再び、身体中を突き抜けて行く。
その瞳には、確かに魔性が棲んでいる。そう思った。
野性の輝きとは違う、禍々しいもの。その気配を感じたのだ。
「おい、てめえ。」
やっと、口から手を外された乱馬が、負けじと魁を睨んで言った。
「わかってると思うが…。決闘の日まで、あかねに手を出すなよっ!」
と凄んだ。
「ふふふ。大丈夫。僕は紳士ですからね…。あかねさんの操は葉隠流の当主となるまでは守りますよ…。それに、あのお堅い、天道の本宗家の大伯母様が、付きっ切りで世話をしてくださるんだ。手を出したくても、許してはくれないでしょうね…。祝言を挙げるまでは。」
「絶対だぜっ!…それから、もう一つ、言っておく。あかねと、その何だ、キスもするなよっ!!」
顔を真っ赤にして、吐き出した。
一瞬、目が点になった、一同の顔。
こいつは何を言い出すのだと、誰もが目を見張った。
玄馬など、ぽかんと大口を開いてしまったほどだ。
「あはは、あはははは。」
と、魁が大らかに笑い出した。
「な、何が可笑しいっ!」
怒ったように、言葉を吐き出した乱馬に、魁は笑いながら言った。
「何を言い出すかと思えば…。手を出すなに続いては、キスもするなですか…。そんな他愛の無い事。」
「他愛が無いとは何だっ!いいか。俺は大真面目に言ってんだっ!てめえのせいで、あかねは正気を失っちまってる。そんな状態のあかねから、好き勝手に唇を奪うなって言ってんだっ!正気なあかねがてめえなんかと、キスを望むなんてことは、絶対に有り得ねえんだからよっ!!」
「何を根拠にそんな、戯言を言い出したのかはわかりませんが…。まあ、良いでしょう。君のその、友達想いな一途さに免じて、たとえ、あかねさんの方から迫ってきても、君との決闘が終わるまでは、キスもお預けと言う事にしておきましょうかね。」
「約束だぜっ!ぜーったいに、破んなよっ!」
「ふふふ。面白い娘だ。良いでしょう。その約束、承りましょう。その代わり…。決闘の日、怖気づいて来ないなんてことはしないでくださいよ。君がどのくらい強くなるのか、楽しみに待たせていただきますよ。お嬢さん。」
三、
黒塗りの乗用車が、天道家の門を、颯爽と出て行った。
その車には、持ち主の、天道本宗家の大伯母と葉隠魁、それから、あかねとなびきが、一緒に、ちょこんと乗って行った。
ブロロロロと、排気ガスを正面に受け、乱馬はぶすっと脇に立ちながら見送る。
本当は腕ずくでも止めたかったが、紅たすきの乱入で、ままならなかった。それどころか、話は思わぬ方向へと流れ始めている。
車と入れ違いに、右京とつばさのちぐはぐカップルが、天道家の門をくぐった。乱馬とあかねのことが気になって、駆けつけてきたのだった。
「おじじ様…。」
天道家の中に、たすき老人の姿を認めると、つばさは驚きの声を上げた。
「たく…。おまえが、あんなことを言い出すとは思わんかったよ。」
玄馬が、まだふてくされて、むっつりしている乱馬に向かって、声をかけた。
「何がだよ…。」
玄馬を見返しながら、乱馬は吐き出すように言った。
「あかね君に手は出すな…か。おまけに、キスもするなとなあ…。わっはっは。他の男に奪われるのが、そこまで嫌だったとはなあ…。貴様もなかなか言うではないか。うりうり…。」
さっき、懸命に渡り合ったことを、引き合いに出しているらしい。
「う、うるせえっ!あれは俺のために言ったんじゃねえっ!その、天道のおじさんのために言ったんでいっ!」
まだ、呆けている早雲を見やって、乱馬が言った。
「で、もういいだろ?爺さん。男に戻っても。」
乱馬は言った。
ついに、葉隠魁には、素性は明かされなかった。恐らく、魁に、早乙女乱馬と悟られぬために、紅たすきは、巧みに魁に、喋りかけたのだろう。
「ふふふ。暫く、おぬしには、その格好で、ワシとの修行に臨んでもらうつもりじゃ、乱馬よ。」
たすきはにっと笑った。
「女のままでか?」
思わず荒ぐ声。
「ああ、あやつの技を破る修行は、男よりも女の方が都合が良いのじゃ…。だからこそ、女装癖やその趣味のある、おぬしに目を付けたのじゃからな、ワシは。」
「お、俺は女装趣味があるわけじゃねえっ!」
「そうかな?つばさには、おぬしにも女装癖があると、聞き及んでおったが…。」
「お、俺のはつばさ(こいつ)のとは違うっ!これは、不可抗力の体質だ!バカ野郎っ!」
「ほーっほっほ。にしても、つばさ真っ青じゃな、良く化けて…。その、乳といい…。」
爺さんは乱馬の豊満な胸を道着の上から、人差し指で突っついた。
「くおらっ!何しやがんでいっ!!」
「ほお…。そのおっぱいは作り物ではないのか。手触りが良かったぞ。」
「なっ!このエロじじいっ!!」
思わず叫びながら、たすくの胸倉をぐっとつかんだ。
「ほっほっほ…。女体変化できるのか。なかなか面白い奴。」
「面白かねえっ!俺だって、なりたくって、こんな身体になるんじゃねえっ!!これは中国でのとある修行の副作用だっ!」
「ほっほっほ。…しかし、本当の女子ではないからこそ、魁の術のかかりは悪かったろうが…。おぬし。」
笑いながら、たすくは乱馬を見上げた。
「術のかかり?」
握っていた拳を、乱馬は途中で止めた。
「ああ、そうじゃ。奴の常套手段の魔眼じゃ。」
「魔眼?」
きょとんとたすくを見返した。
「おぬし、奴の瞳に、何か感じはしなかったかの?」
爺さんはにやっと笑って乱馬を見た。
脳裏に浮かぶ、魁の瞳。
確かに、奴の瞳を睨んだ時、何か得体の知れない物の存在を感じていた。
「おそらく、あかねさんとやらも、その姉御のなびきさんとやらも、その瞳に射抜かれたんじゃろうて。」
「瞳に射抜かれた?」
「ああ…。奴の目は人を惑わせる。左目は金色に、右目は銀色の輝きを放つのじゃよ。」
「奴の瞳の色は俺たちと同じ、黒い色だったぜ?」
「ふふふ。奴が魔眼を放つ前に、ワシが乱入してやったからな。おまえさんは見てはいないのだろう。いや、見ていても、金色の輝きは見えなかったのじゃろうて…。」
「あん?どういう意味だ?話が全然見えねえぜ。」
訝しがる乱馬に、たすくは続けた。
「金色の左目は女を、銀色の右目は男を惑わせるのに使うからのう…。おまえさんは、形は女でも、心まで男というわけではあるまい?」
「何、当然なこと聞きやがる…。」
「ふふふ。だからこそ、おまえさんには金色の輝きは見えなかったんじゃよ。魁はおまえさんを女としかとらえておらんかったからな…。銀の瞳は開いておらなんだ。」
「なるほど、あの時の対峙には、そんな意味合いがあったのか。」
ポンと玄馬が膝を叩いた。
「あん?何だ?親父…。」
急に声を発した、父親を、怪訝な瞳が巡らされる。
「実は、ワシは、道場であかね君と魁のやり取りの一部始終を見ておったのじゃよ。」
「な。何だって?親父っ。てめえ、見てただとお?」
「ああ…。確かに、魁と対峙しておった途中で、あかね君に異変が起こった…。そうか、やはり、魁の瞳に原因があったのか。」
大きく頷く玄馬に、思わず乱馬がにじり寄った。
「てめえ、傍で見ていたくせに、止められなかったのか?おい、こらっ!」
鼻息が荒い息子をいなすように玄馬は答えた。
「何を言う。ワシはなびき君に、ぬいぐるみのふりをして、道場で佇んで見守るように言われただけじゃ。何があったか、この目でしかと見届けよとな。」
「で、何もせずに、のうのうとしてたのかよ。てめえは…。」
「わはははは…。あの場はああするより仕方がなかったからのう…。少し身体が横を向いておった加減で、良くは見えなかったし…。それに、魁の奴、あかね君に術をかけたとき、道場の中に奇妙な結界を張り巡らせておったからのう…。」
「結界?」
思わず聞き返す乱馬。
「おおさ。呪縛の結界とでも言うのかのう。あの時、ワシだけではなく、なびき君も同席しておったのじゃぞ?あかね君に手を出されて、なびき君が黙って見ておるはずはあるまいが。」
確かに玄馬の言う事には一理あった。
いくら武道のたしなみがなくとも、魁が怪しい動きをすれば、それなり、なびきが対処していただろう。彼女が対処しなかったということは、これ、即ち、対処できぬ状況に置かれていたことを意味する。
「ってことは、てめえも動けなかったとでも?」
「ああ、動けんかったわ。まるで、金縛りにあったようにな…。」
玄馬は険しい瞳を巡らせた。
「畜生。姑息な手を使いやがって…。魁の野郎。」
「葉隠魁の金銀妖瞳。あれは、魔性、いや、鬼の瞳じゃからな。」
ゆっくりとたすきは一同を見回した。
「鬼ですと?ということは、何ですか?奴は鬼だとでも…。」
玄馬ははっとしてたすきを見返した。
「ああ、奴は身体に鬼を棲ませておる。それも、何百年に渡り、封じ込まれてきた祟り鬼をな…。鬼が牙を剥くとき、奴の瞳は怪しく光るのだ。」
「一体、何者なんだ?葉隠魁は…。てめえらと同じ葉隠一門だと言ってたが…。」
乱馬はたすきとつばさを見比べた。二人とも、葉隠一門に連なる一族、紅氏を名乗っているからだ。
「そうです。おじじ様。魁の身上を、明かしてください。母親は一族の者というのはわかって居ますが…。父親は一体…。」
「母の名は…比奈…。」
その名前を聞いて、ピクッと早雲の肩が動いた。
「比奈…。比奈さん…。彼女が彼の母だというのですか?」
思わず、訊き返していた。
大伯母に連れ去られるように、家を出て行った、あかねとなびき。彼女たちを見て、衝撃を受けたまま、呆けるように、物も言わずに肩を落としていた、早雲の瞳に、俄かに光が差し込んだようだった。
たすきは、頷きながら、言った。
「そうじゃ、比奈。それが、あれの母親の名前…。その名に聞き覚えがあろう?天道早雲よ。」
たすきは何事も見透かしたように、笑った。
「そうか…。魁君は比奈さんの息子だったのか…。」
早雲はふっと自嘲するように笑った。
どうやら、たすきと早雲は面識があるらしい。初対面にしては、たすきが親しげに語りかけてくる。
「おじさん、知ってるのか?あいつの母親を。」
乱馬が驚いて、早雲を見返した。
「ああ。知るも知らぬも、許婚じゃったからなあ…。おまえさんの。」
「い、許婚だあ?」
乱馬だけではなく、その場に居た全員が、大きく驚いて、早雲を見返した。
「思い出しましたよ…。比奈さん。確かに、彼女は、古武道の流れを汲む、葉隠流一門のお嬢様でした。そうか、どこか、魁君に懐かしさを感じたのは、そのせいか。結婚して、あんな立派な息子が出来ていたんだな…。」
早雲は、感慨深げに頷いた。
「ふふ、懐かしさを感じたのは、そのせいだけではないぞ。早雲殿。」
爺さんはそんな言葉を早雲へ投げかけた。
「どういうことですかな?」
「それは…。魁の父親も、おまえさんは良く知っているはずじゃからだよ、早雲殿よ。」
「魁君の父親を、私が知っている?」
こくんと揺れる、たすきの頭。
「わからぬで、当然かもしれぬが…。おまえさんの身内じゃよ。彼の父親はな。」
「私が知っている身内?」
「長らく、行方不明となっておる者が、おまえの一族におろうが…。」
「行方不明…。」
その、言葉にはっと顔を上げた早雲。その目は驚愕に変わる。それから、ゆっくりとたすきに向き直った。
「まさか…。魁君の父親というのは…。」
「ああ、そうじゃ。彼が魁の父親じゃ。」
重い声がたすきから発せられた。
「そうだったのか…。魁君の父親は…。」
「天道昂(てんどうこう)。おまえさんの従兄じゃよ。」
「まさか。昂兄さんはあの嵐の夜に…。」
早雲はたすきの顔を捉えなおした。
そんなことはあるまい、と言いたげな顔だった。
「天道の家を、追われるようにして出てしまった、おまえさんは知らんでも仕方がないことではあるがな…。ワシは、一度だけ会っておるんじゃ。比奈を孕ませた当本人としての奴にな…。」
「比奈さんを孕ませた…。」
その言葉に、ピクンと早雲の肩が動いた。
「勿論、比奈の腹に出来た子の父親が、天道昂ということは、亡くなったワシの兄上と、ごく限られた一部の一族の者しか、居らぬがのう…。」
「たすきさん、本当に、魁は、昂兄さんの血を受けた子なのか?」
その言葉に、早雲はムキになって問いかけた。
「そうじゃ。人知れず、比奈の寝屋へ立ち、そして、あの子を孕ませた。それが、あの、昂だと知った時は、ワシも死んだ兄貴も大そう驚いたがな…。比奈を孕ませた事を告げるだけ告げると、奴は比奈を連れて、どこかへ立ち去ったわ。その後の消息は、全く途絶えて知らなんだが…。」
「で、比奈さんは?比奈さんはどうしたんだ?」
「他界して久しい…。だから、魁は、昂に育て上げらたんだ。」
「そうか…。比奈さんは、もう…。」
早雲はふっと一瞬、寂しげな顔を手向けた。
「なあ、何者なんだ?その「天道昂」という奴の父親は。」
乱馬が荒々しく問いかけた。
「天道氏の本宗家嫡男。私の父親の兄の息子だ。だから、私から見れば、従兄になる。」
早雲はゆっくりと語り始めた。
「彼の父は本宗家の直系の嫡男。だから、彼も、本来ならば、天道氏の莫大な遺産をその流派と共に継いでいた筈だ。あの忌まわしい事件が起こらなければ…。」
早雲は、そう言うと、愁いを帯びた目で梅雨空を見上げた。それから、静かに語り始めた。
「我が、天道家は、元を正せば、平安末期から脈絡と続く武家の一つ。まだ、平安貴族が謳歌していた時代より、武を持って貴族に仕えた家柄だったそうだ。その後、武士が台頭する世になり、平安の御世より伝わる古武道を伝えてきた名家だった。」
「へえ…。かなりな家系の一族なんやな…。おっちゃんは。乱ちゃんとことは、比べ物にならんくらい…。」
右京が関心してみせた。
「で、その忌まわしい事件ってのは、一体、何だったんだ?」
乱馬はぐっと身を乗り出して身構えた。
好奇心旺盛な目が早雲をとらえていた。
「家康が徳川幕府を据えて以降、事実上、日本の政の要は京から江戸へと遷った。大江戸を造りしとき、いろいろあったようでな。人が群れるということは、禍も自ずと寄って来る。まだ、神仏が身近に生活の中に息づいていた頃のこと、我が祖先が、時の将軍に請われて、鬼退治をしたらしい…。」
「鬼?」
「ああ、本当に妖怪の鬼を退治したのか、鬼とも並び称せられた蛮族を退治したのか、その辺は昔の事なので、一切は不明なのだが…。その鬼を退治して葬った塚というのがあるのだよ。本家のある場所のすぐ近く天の原山の頂にね。「鬼塚」。我が一族はそう呼んでその塚を守って来たんだ。古武道とともに、連綿とね…。」
「その塚と忌まわしい出来事というのは関係があんのか?」
乱馬が率直に質問を投げつけた。
「その続きはワシが話してやろうか?早雲よ…。」
背後から、その場に居た者とはトーンが違う、低い男の声が響いた。
「だ、誰だ?」
その声に、乱馬は睨んで振り返る。
そこには、一人の壮年男性がすっくと立っていた。
筋肉が盛り上がる体。鋭い眼鏡。一見して、鍛え上げていることが伺われた。
「久しぶりだな。早雲。もう二十数年になるかのう…。」
男はにやっと笑いかけながら早雲に向かって吐き出していた。
その男の顔を正面から捉えると、早雲の目は、大きく見開かれていった。
「おまえ、昔と変わらぬな…。」
男は、そう言いながら不敵な笑みを浮かべる。
「おじさん、知り合いか?あいつと。」
乱馬の顔がきつくなった。
目の前に突然現れた男。
全く、その「気配」を感じさせなかった。
かなりの「手練(てだれ)」ということを如実に現していた。
が、それだけではない。
かの、男。身体から発せられる「気」が、荒んでいた。闘気というよりは妖気、いや鬼気に近い。
只者ではないことは、感じるに明らかであった。
「知り合いも何も、今しがた、話していた、我が従兄、昂兄さん…天道昂兄さんだよ。」
早雲の声を受けて、男はにやっと笑った。
「生きていたのか…昂兄さん。」
早雲は呟くように問いかけた。
「っていうことは、てめえが、葉隠魁の父親か?」
乱馬は食らいつくように激しい瞳を投げつけた。
「おう。そうよ。ワシは葉隠魁の実父、天道昂だよ。お嬢さん。」
昂は女の形のままの乱馬を、流し見ると、嘲るように笑った。
(この親父…。魁ほどではねえが、かなり、気が荒んでやがる…。)
そんなことを思いながら、乱馬ははっしと睨みあげ、好戦的にな言葉を吐きつける。
「何しに来やがった…。てめえ。」
不逞な笑みに、乱馬は思わず叫び返していた。
「ほお、元気だけはあるなあ、小娘め。まあ、良いわ。魁の奴が、たすきが対戦相手を決めたと連絡を寄越したものだから、様子見がてら、ここへ立ち寄ったまでのことだが。…貴様が魁の相手か…。何しろ、早雲は我が息子、魁の義父上にもなられるのだからな。」
そう言いながら、昂はにっと笑った。
「昂兄さん、どういうつもりで、魁君をあかねを婚姻させようと思ってる?あんな姑息な手を使ってまでも…。」
早雲は、苦々しい顔を手向けた。
「理由か?ふふふ。我が身に巣食った鬼が、天道家へ復讐したがっておるのでな。その片棒を担いでおるまでよ。」
「復讐だって?どういうことだ?てめえ…。」
乱馬は、はっしと昂を睨み付けた。
「やっぱり、今回のことも、あの夜の異変と、関わりがあることなのかい?昂兄さん。」
早雲は、乱馬を押し退けて、じっと昂の顔を見詰めた。
「おい、詳しく話してくれよ、おじさん。そいつとおじさんには、過去に何があったんだ?」
乱馬は大きく目を見開いて、傍に立ち塞がった早雲を、見詰めた。
「やはり、話しておくべきだな…。あの夜、何があったのかを…。」
早雲は、静かに語り始めた。
ゴロゴロと遠雷が聞こえ始めた。
湿気を含んだ生ぬるい空気が、雷様を呼んだのだろうか。
昼間だというのに、辺りは、こげ茶色に変色し始める。重苦しい湿った空気と、分厚い雲が、この町全体を覆い尽くすように降りてきた。
つづく
一之瀬的戯言
くどいようですが、この作品の底辺に敷いてある設定も、一之瀬の自由創作です。
早雲さんの身内については、原作、アニメ共に一切が謎です。天道家がそもそもどのような家柄であったかも、語られませんでした。
家の感じや古い道場があること、鎧兜や槍などを持していることから思うと、恐らくは「武家」であっただろうということしかわかりません。
また、「たまごをつかむ男」から、かすみさんが幼少の頃はお婆さん(早雲さんの母?)と、一緒に生活していただろうことも伺えはするのですが…。
ですから、この先の設定は、全くの一之瀬オリジナル創作だと思って読み進めてくださいませ。よろしくお願いいたします。
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