第六話 愛しきうつし世
(乱馬・・・。)
ふっと差し込んできた朝の光にあかねは目を開いた。
ゆっくりと広がる現実は・・・。夢か現か。
目に飛び込んできたのは、見慣れた己の部屋の天井。モダンな壁ではなく、土壁。そして、見慣れたシミがある天井の木の板。
(夢だったのね・・・。)
さっきまで傍にあったぬくもり。その感触は、鮮明に身体に記憶されている。だが、隣りに居た彼はいない・・・。
起き上がろうとして、お腹のあたりに違和感を感じた。
何か蒲団の上に乗っている。そんな重みを感じたのだ。
視線をそちらへ移して驚いた。
見慣れたチャイナ服を着込んだおさげ髪の少年が、頭を突っ伏して眠っているではないか。
「ら、乱馬?」
キツネにつままれたように、呼びかける。
少年はあかねの呼び声に、ふっと顔を上げた。まだ眠そうな顔。蒲団の跡が頬にうっすらとついている。
「よお、あかね。」
そう言ってにっこりと微笑んだ。
さっきまで隣りに居た、青年ではない。正真正銘、少年の乱馬だった。
元の世界へ戻ってこれたという安堵感。と同時に、湧き上がる疑問。
「よおって、あんた、こんなところで何してるの?」
あかねは驚いた表情を向けたまま、乱馬に話し掛ける。
「何って・・・。あ、ああ。眠っちまったか。」
まだ寝ぼけ眼をしば立たせながら乱馬は答えた。
「朝方、親父と始発電車で帰って来て、そのまま、おまえの部屋へ入って、寝ちまってた。ごめん。」
何だか拍子抜けするような答え。ごめんと謝ってはいるが、出て行こうとする様子もない。
「で、何であんたが、ここに入って来たのよっ!!」
だんだんと目が開いてくる、あかね。すぐさま乱馬に畳み掛けた。返答次第ではリンチものだ。
だが、それに反して、乱馬は。反応が鈍い。面倒臭そうにやっとこ返事が返って来た。
「久しぶりに帰ってきたからよう・・・。長い間見られなかったおまえの顔を拝みに入っただけだよ。悪いか。」
目はとろんとしているところを見ると、寝とぼけているのだろう。声もテンションも低い。でも、何処となく態度は横柄だ。
「何でわざわざあたしの顔を拝みに来たの?神様や仏像じゃあるまいし。」
「おまえさあ、誰だって一番逢いたい奴の顔を最初に見たいもんだろ・・・。」
面倒臭そうに言いながら、また彼は蒲団へと突っ伏す。俺は眠いんだと云わんばかりに。その様子からも、どうやら本当に寝ぼけているようだ。
「じゃあ、乱馬。あたしに一番に逢いたかったわけ?」
意地悪く訊いてみた。普段なら絶対に答えない質問だろう。
「当たり前だろ・・・。」
顔を突っ伏しながら、一言あかねに放った。
彼の着ていたチャイナ服はところどころほつけている。長い間留守にして、激しい修業でもしていたのだろうか。よく見ると、手や顔に薄っすらと傷。
無性に嬉しくなった。
「ちょっと、それはいいけど、風邪ひくわよ。こんな寒いところで寝込んだら。」
「寒くねえよ。あかねの傍はいつも温けえっ・・・。」
零れた本音。寝とぼけていなければ、とても、こんなことをしゃあしゃあと口にするような彼ではないだろう。夜通し歩きとおして、ここへ帰って来て、緊張の糸が解けて眠ってしまったのかもしれない。力尽きてそのままここへ沈み込んでしまった。
あかねはくすっと微笑んだ。
「ああ・・・。やっぱり、ここがいい。あかねの傍が一番だ・・・。」
安堵の溜息と共に、呟くように囁いた。
「この言葉って・・・。」
夢の世界で言われた言葉と同じだった。同じ言葉を反芻した少年。
さっきまで夢見ていた世界は、遠からず、現実になるのではないかと、ふと思った。睦み合うように愛し合い、そして幸せな家庭を築く。そんな、温かい未来。
案外、今の彼も、遥かな未来の夢をまどろんでいるのかもしれない。
あかねは足元にあった毛布を、眠ってしまった彼の肩から掛ける。ずっと、寒さの厳しいテントの中で寝起きしてきた彼には、不自然な格好で突っ伏してはいても、極上の眠りを貪っているに違いない。憑き物が取れてしまったかのように、無垢に眠るその寝顔が、如実にそれを物語っている。
微かに漏れ聞こえる規則的な寝息。
「目が覚めたら乱馬、何でここで寝てるんだって、ビックリするかな・・・。どんな言い訳するのかしら。今みたいな本音は絶対言わないだろうな・・・。詰め寄っても、誤魔化しちゃうんだろうな・・・。」
突っ伏した乱馬のおさげがことんと垂れた。
「ねえ、乱馬の夢の中の理想のあたしは、どんな風なの。素直でそして、器用で料理上手で・・・。可愛いの?」
小さく問いかけてみた。
手を伸ばして、たらりと垂れたおさげに触ってみた。
「少なくとも、夢のあたしは今よりはずっと優しいのかもしれないわね。」
あかねはそう微笑みかけると、彼のだらんと垂れてしまった手を柔らかく握り締めた。温かい一回り大きな手。傷だらけ、豆だらけになりながら懸命に野山を駆けて来た逞しい手。
『そうじゃ、そのぬくもりを決して離しはせぬようにな。彼はおまえさんの半分なのじゃから。』
そう声が聞こえた気がする。
ふと見上げると、お爺さんに貰った夢玉が目に入った。朝の光に照り出されながら、美しく乳白色に光り輝く。
あれは夢。幻。それとも現(うつつ)。
いつか来る未来。
確かめる術はないけれど、きっと、未来は光り輝いている。そう思いたかった。
いつか時がくれば、大人になる。不器用な少年も逞しい青年へと変わってゆくのだろう。
乱馬が帰る場所は、あたしの傍・・・。
「あかね・・・。」
彼の口から小さく名前が飛び出した。
「お帰り、乱馬。」
あかねは柔らかく答えると、朝の光の中、再びまどろみの世界へと誘われてゆく。
夢玉が手繰らせた、まだ見ぬこれからの世界の余韻に浸りながら。
完
一之瀬的戯言
個人妄想的には乱馬攻めのあかね受けが一番好きなので、書きながらすごく楽しかったことは言うまでもなく。(こいつわ・・・)
青年乱馬が迫るシーンは、書きながら別方向へいきそうになるのを必死で堪えていた私。(欲求不満か?)
きっと未来の二人はこんな風にいちゃついてるんだろうなあ・・・と妄想だけは広がってゆきました。寸止め食らわせて申し訳ありませんが、このあたりが通常作品の限界かと(笑
seaさまから頂いたリクエストは、未来へ迷い込んだ乱あが子育てに遁走する話。
過去から迷い込んできた二人の子供のプロットは、実は、RNR(らんまくん倶楽部)の同人誌「LULLABY」でリレー連携で書いているので、悩んだ末に思いついたのがあかねが迷い込んだ未来と言う設定でした。
夢玉の処理が甘かったかなあというのが反省点。
子供の名前の命名はseaさまにお願いしました。
柊馬、雪馬の双子パターンもなかなか面白い作品群が仕上がってゆくかもしれません。性格的に対照的、でも、根にあるものは同じと言う双子たち。それを見守る逞しい父親の乱馬。この先は皆さんで妄想発展させていったくださいませ。
2003年2月作品
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