第九話 決戦〜朱雀と白虎


一、

 最終決戦の幕が開いた。
 上空から硫黄の川を越え、鬼門のある場所へと潜入する。おどろおどろしい妖気が取り巻く世界。
 乱馬は佐士彦の身体からたっと降り立った。その場に居るだけでも、威圧のある禍々しい空気が流れ込んでいた。

「小僧っ!まだ生きておったのか。」
 待っていましたとばかりに、鬼門のすぐ傍の岩肌から、白虎が現れた。
「死に損ないめっ!」
 反対側の岩には朱雀。
 二人の鬼神が乱馬を両側から見下ろしていた。
「折角、生き延びたものを、みすみす命を捨てに乗り込んでくるなんて、おバカね。」
 朱雀がホホホと笑いながら言った。

「ぬかせっ!俺は絶対に負けねーんだっ!勝つまではやめねーっ!」
 乱馬はきびっと彼らを見返した。
「ふん、それで、そのでかい鳥は何だ?見たところ、八咫烏だね。その、間抜けた顔は。」
 朱雀が笑いながら佐士彦の方へ目を滑らせた。彼女も鳥の眷属。本能的に、佐士彦を牽制しにかかったのかもしれない。
「佐士彦。ありがとうよ。おかげでここまで来ることができた。礼を言うぜ。一応な。」
 乱馬は傍らに一緒に降り立った佐士彦を労うと続けた。
「もういいから、おめーは、倭姫のおばさんのところへ帰れ。」

「あほぬかせっ!一緒に戦うとまではいかんけどな、ワシかて男やっ!この勝負、見届けたる。」

 佐士彦は朱雀の方を睨みつけると、ひゅっと羽ばたいて鬼門の屋根瓦の上へと乗った。

「ふん、ただの臆病者じゃないかい。」
 朱雀はせせら笑った。
「あいつは、戦いに来たんじゃねーからな。戦士じゃねー。おまえらの相手は俺一人で充分だ。」
 乱馬はキッと睨みつける。
「バカを通り越して物も言えないね。ふん。おまえ一人で私たち三人を相手にできるとでも。よっぽどお目出度いんだ。なあ、玄武。」
 朱雀は、大和の体を乗っ取った玄武に声を掛けた。

「大和。てめえ、玄武に乗っ取られちまったままなのか。情けねーな。」
 乱馬は静かに見返した。
「ふん。おまえたちを倒した後は、もっと強靭な奴に身体を乗り換えるさ。でも、こいつの身体もなかなか馴染んできたんだぜ。ふふ。憎き袋小路の子孫の身体に憑依するなんて、最高の気分だ。俺を倒せるものなら倒してみろ。ただし、こいつの身体が無事で居られる保障は全くないぜ。くくく。」
 玄武は愉快そうに吐き出した。
「玄武はそこで高みの見物をしていればいいさ。この小僧は、俺と朱雀でバラバラにしてやろう。今度こそ復活せぬよう、血肉さえ残らぬようにな。」
 すいっと白虎が前に進み出た。
「朱雀と白虎の二人奥義がまた見られるって訳か。ふふ。それは楽しいねえ。こんなちっぽけな小僧如きにでも全力であたるか。おまえたちらしいな。ま、万が一、おまえたちが倒れたら、俺が最後の砦となって戦ってやる。まあ、まかり間違っても、俺のところまで回ってくることはないだろうがな。」
 玄武はにんまりと笑うと、鬼門の御柱の方へと下がった。
「ふふ。せいぜい楽しませてくれよ。乱馬。おまえの血潮を、あかねを飲み込んだこの御柱に塗りつけてやろう。」
 玄武はそう言いながら柱をさわっとさすった。

「あかね…。その中に居るのか。」

 乱馬は身柱を仰ぎ見た。

「おまえには見えぬか?御柱に抱かれて夢見る少女が。」
 玄武はそう言うと、はっと気を発した。
「何っ!」
 眩い光が御柱を貫く。と、ぽうっと柱の中に人影が浮かんだ。両手を上に、立ったまま固定された少女の神々しい身体がうっすらと光って見えた。薄絹衣しか身にまとっていないのだろうか。身体の銭が艶かしく浮き上がっている。
「あかねっ!」
 思わず声が出た。
「あの娘、今どんな夢を見ていると思う?」
 にやりと玄武が笑った。
「男に抱かれた夢を見てるのさ。己を守りきれなかった早乙女乱馬とかいう男のな。くくく。滑稽じゃないか。」

「てめえっ!」
 乱馬の怒りは燃えたぎり始める。

「太陽が西の端に沈むとき、乙女は己の夢に飲み込まれるのさ。己の抱く幻想の中、黄泉の男根に貫かれて柱と共に潰える。そして、鬼門が開く。最も、おまえがその瞬間を見ることは叶わぬだろうがな。」
 白虎が呼応した。
「我々がこの手でおまえの心臓を生きたままえぐり出して、御柱に捧げてやるから、安心をし。おまえもあの子と一緒に御柱へ捧げてやるわ。」

「ぬかせっ!俺はそう簡単にはやられねーんだよっ!」

 乱馬はだっと駆け出した。

「ふんっ!遅いっ!」

 ビュッと音がして、狙った朱雀が上に飛んだ。バサッと羽音がする。彼女の背中には鳥の羽が生えていた。

「ちぇっ!空を舞い上がりやがって。」
 乱馬はぺっと唾を吐いた。

「余所見をしている暇などないぞっ!」
 今度は白虎が乱馬に攻めてきた。
「おっとっ!」
 間一髪それを避ける。立っていた岩がバシッと真っ二つに弾けた。
「隠し武器か。」
 乱馬は白虎を睨み返した。

「あわわ、見てられへんなっ!こらっ!男女、しゃっきっと戦えっ!」

 佐士彦が叱咤激励を入れる。

「何が女男だっ!応援するならもっとマシな言葉を言えっ!」
 苦笑しながら乱馬は汗を拭った。
 この辺り、鬼門の向こう側からなだれ込んで来る妖気で生温かかった。並みの人間ならば、その妖気だけで当てられて、戦うどころではないかもしれない。
「凄まじい妖気だぜ。」
 流れ落ちる汗を拭いながらも、果敢に彼は鬼神達相手に動き回った。

「ふん、しゃら臭い。白虎。そろそろ仕掛けてやろうじゃないか。」
 朱雀が痺れをきらしたのか、白虎を見返した。
「もっといたぶってやるのも面白いぜ。」
 白虎は笑いながら乱馬へと攻撃をしかける。隠し武器を持って襲い掛かる彼は、余裕で乱馬を牽制し続けた。乱馬は紙一重で武器攻撃をかわしながらも、良く耐えた。

「こら、逃げてばっかりやと捕まったら終わりやどっ!」

「うるせーっ!俺だって攻撃の機会を狙ってんだっ!気が散るから黙ってろっ!」

「ふふっ!坊や、ちっとは攻撃してきなっ!」
 朱雀はわざと間合いに入りながら、乱馬を刺激する。
「食らえっ!」
 乱馬は溜めていた気を一気に朱雀に爆発させた。

 バアンッ!

 朱雀の目の前で乱馬の放った気砲が弾けた。

「貴様っ!」
 朱雀は寸前でその気砲を避けたものの、だらっと血が頬から滑り落ちた。
「女の顔に傷つけるなんてっ!」
 くわっと彼女の形相が変わった。

「ふん、バカな奴だ。朱雀の闘争心に火を点けやがった。」
 白虎が小さく吐き出した。

「おのれーっ!八つ裂きにしてくれんっ!」
 朱雀はくわっと見開いた目を血走らせた。そして、そのまま、メリメリッと顔の皮が剥がれ出した。と、前に見事なクチバシが現れた。それだけではない。女然としていた肉体も、バリバリッと盛り上がりだした。細かった脚は良く育ったダチョウのように、強靭な太腿へと変化する。
 
「けっ!本性を現しやがったか。鳥獣のそれをっ!」

「おだまりっ!」

 キーッと金切り声を張り上げると、朱雀は背中の羽を乱馬目掛けて打ち込んだ。
「なっ!」
 カチカチっとその羽は乱馬目掛けて飛んでくると、鬼門の扉へと彼の身体を貼り付けた。
「うっ!」
 手足をばたつかせたが動かない。
「朱雀火焔激流っ!」
 朱雀の身体が一瞬灼熱の焔へと包まれた。
「やべえっ!」
 乱馬は必死で羽のピンから逃れようと足掻く。
「死ねーッ!」
 朱雀は乱馬目掛けて焔の気を振り下ろした。

 ゴオッと音がして乱馬目掛け焔が飛んでゆく。

「え?」
 乱馬の前で光が弾けた。
 襲い来る焔をそいつは弾き返した。
 勿論、焼かれる筈だった身体は無事だ。焔が果てたとき、ちりちりと焦げ付くような匂いが鼻に突いた。
「甕布都の剣?」
 乱馬の腰元に射してある刀剣の柄が蒼白く光っていた。乱馬の窮地を救ったのだろうか。シュウシュウと音をたてて鞘は焔を飲み込んだようだ。

「おのれーっ!小賢しいっ!」

 し損なったことを察した朱雀は、バサバサと乱暴に羽音を立てながら地面へと降り立つ。

「落ち着けっ!朱雀っ!」
 彼女の肩を白虎ががっと掴んでいた。

「あんな、小僧相手に、ムキになるな。おまえの美貌が泣くぜ。」
 白虎は冷静になれと朱雀を嗜めた。
「顔を傷つけられて怒るのは最もだけどよ。俺たちが組めば、あんな小僧。」
 にやりと白虎は笑った。
「そ、そうね。つい、我を見失ったわ。」
「そうだ。そんな傷、回復魔法で消えるだろ?」
 キランと白虎の指先が光った。と、みるみる朱雀の頬の傷が皮膚へと同化した。
 そうだった。こいつらは回復魔法を使う。一気に致命傷を負わせて倒すしか手はないのだ。
 乱馬はゴクンと唾を飲み込んだ。

 朱雀は荒んだ気を納め、再び美貌へと立ち戻っていた。醜く裂けていたクチバシは元の人間の口へと戻っている。

「朱雀、潮時だ。あれをやるぜ。」
 にんまりと白虎が笑った。
「そうね。本来ならあたしたち二人の力を合わせるほどの相手じゃないけど。あいつの脇に差した刀剣も厄介そうだから、ここいらできっちりと殺ってしまうのがいいわね。」
 朱雀は冷たく笑った。
 乱馬はすっと門の前に降り立った。
「何をやる気だかしらねーが。俺は簡単にはやられねー。」
 
「その減らず口、すぐに利けぬようにしてやるわ。」
 朱雀が凄んだ。と、白虎が何やら呪文を唱え始めた。口元に両手の人差し指を立て、それを口先に当ててもごもごと何かを唱えている。

「ふん!もうあれをやるのか。つまらん。」

 御柱の袂に立っていた玄武がふいっと言葉を吐いた。


二、

 隠微な気が鬼門の回りに立ちこめ始めた。
「な、何だ。この荒んだ感じは。」
 乱馬は丹田に力をこめると、二の足を突っ張って身構えた。
 と、目の前の白虎が揺らぎ始めた。
「えっ?」
 彼の呪文と共に吐き出される白い気が、もうもうと天高く昇り出す。
「ふふ、小僧、覚悟をしっ!この朱雀と白虎の連理妄動術の餌食になるのだから。」
「連理妄動術?」
 はっと思った瞬間だった。ごとっと音を発てて、地面が歪んだような気がした。
「うわーっ!」
 ふわりと投げ出される感触。はっと気が付くと、闇の空間へと投げ出されていた。
「何だ?ここは。」
 はっと振り返ると、朱雀が何匹にも見えた。
『ふふふふ、ようこそ、妄動界へ。』
『おまえは屍になるまでここから外へは出られぬ。』
『我らの餌食となって地へ沈めっ!』
『ほほほほほほ。』
『はははははは。』

 幾重にも重なって朱雀が乱馬の周りを取り囲み始めた。

「くそっ!まやかしかっ!」

 乱馬は持っていた剣を抜くと、だっと飛び出し、切りつけた。

「わあーっ!」

 どさっと後ろに倒れこむ。朱雀を切ったと思ったが、切れたのは己の服であった。ピシッと裂けて血飛沫が飛んだ。

『ふふふ、もっと攻撃するがよい。攻撃すればするほど、おまえの肉体にダメージがふりかかる。』
『どうだ、小僧っ!』

「くっ!」
 刀を鞘に収めると、今度は拳を朱雀に向かって振り翳した。

『無駄だということがわからぬのか?幼稚な奴め。』

「わたっ!」
 再び乱馬へとダメージが跳ね返ってきた。
「むうっ!」
 己の拳に当ってどおっと沈む。彼のダメージはそれだけではなかった。倒れこんだと思ったら、今度は朱雀のまやかしたちが一斉に攻撃を加えてくる。
「やべっ!」
 彼は必死でその攻撃からも逃げなければならなかった。攻撃すれば己にはねかえり、守ろうとすれば敵が撃ってくる。
「どうなってんだ?」

『ふふふふ、そろそろ死んで貰おうか。』

 すぐ傍で白虎の声がした。

「何っ!」

 そう思ったとき、体をがっと朱雀のまやかしたちに掴まれた。
「しまったっ!」
 身動きが取れない。
「心の臓を一掴みでつかみ出してやろうっ!」 
 朱雀がにんまりと笑った。

「おっと、手が滑ったわ。」

 ピシュッと真の前で朱雀の鋭い爪先が弾けた。
「うわあっ!!」
 乱馬の右胸が裂け、血飛沫が飛んだ。
「どら、こっちもっ!」
 今度は背中が裂ける。
「くそっ!もてあそんでやがるなっ!」
 大きな痛みを受けながら乱馬がうめいた。
「楽にしてやろうか?くくく。一掴みでその心臓を握りつぶしてやろう。」
 今度は白虎の声がした。
 目の前に迫った白虎の瞳が銀色に光った。

 動かぬ身体を虚空に曝し、やられると思ったその瞬間、ふわっと身体が浮いていた。


「たく、見てられへんでっ!」
 身体の下で声がした。
「佐士彦?」
 意外な伏兵の登場に乱馬はふっと我に返った。
「ほんまに、あいつらのまやかしの術にはまりよって。見てられんでつい助けに入ってもうたがな。」
 バサバサと佐士彦は天空へと舞い上がった。
「まやかし?」
「そや、鬼どもの十八番(おはこ)やがな。おまえをまやかしの輪の中に取り込んで、金縛りに陥れ、縦横無尽に」

「やいっ!卑怯者っ!」
 と、目の前で朱雀の声。
「なにぬかす。おまはんらかて二人がかりでやっとるやんけっ!ワシが助けて何が悪いねんっ!おまえらに卑怯者呼ばわりなんぞされとうないわいっ!!」
「カラスの分際で。」
「なんやと?そっちかてスズメやないけっ!」
「私は朱雀だ。スズメなどと一緒にするでないわっ!」
 焔が佐士彦目掛けて飛んできた。
「おっと。」
 佐士彦はさっと避けた。
「どや、傷、大丈夫か?」
「ああ、何とかな。」
 乱馬は身体を押えながら言った。剥き出しになった上着から、赤い鮮血が滲み出ている。
「派手にやられよったな。」
「くそっ!このままじゃ、あかねを助けられねえ…。何か方法は…。」

「イカズチを使え。乱馬。」

 佐士彦がポツンと言った。

「イカズチ?」
 乱馬は反芻した。
「ああ、イカズチ、カミナリだよ。」
 朱雀や白虎の攻撃の間を器用に飛び回りながら、佐士彦は続けた。
「おまえ、袋小路一門の血を引いとるんやろ?せやったら、その甕布都の剣に雷鳴を呼び起こせる力を秘めとるはずや。」
「でもよ、俺は袋小路家の正当後継者じゃねーぞ。正当後継者はあそこに居る、大和だ。玄武にのっとられたな。それに、俺の名は早乙女乱馬だ。」
「アホッ!そんな弱気でどないするねんっ!!」
 佐士彦は一喝した。
「あの御柱の少女、助けたないんかっ!おまえの力ってそんなくらいのものやったんけ?そんな腰抜け、こっから下りてとっととくたばっちまえっ!」
 急降下する。
「わたっ!何しやがるっ!」
 乱馬は必死で背中につかまった。その時、視界にあかねの飲み込まれた御柱が入った。鈍く光るあの柱の中に、捕らわれた許婚。
「あかね…。」
 乱馬はやおら、甕布都の御剣に手をかけた。
「よっし!やってやろうじゃねーかっ!イカズチでもミカズチでも呼んでやろうじゃねーかっ!!」
 剣の柄を握り締めた時、不思議な躍動感が彼を取り巻き始めた。

「よっしゃ、行けっ!益荒男(ますらを)やったら決めて来いっ!!」
 佐士彦が怒鳴った。
「行くぜっ!!」

 乱馬は佐士彦の背中からどっと飛び降りた。

「ふふ、死地を求めてわざわざ舞い降りたか。」
 白虎が笑った。
「我らの手で心臓を貫いて、御柱へ捧げてやるわっ!」
 朱雀も同調した。

 地面へとつっと降り立った乱馬は、心を研ぎ澄ませた。
(鬼門の向こう側からは、禍々しい妖気がビンビンとこっちまでせり出してきやがる。それに、この空間の熱気。朱雀が暴れ回ってくれたからな。これを利用すれば、雷雲を呼べる。喩え、俺にイカズチを扱う力がなくてもな。何とかなりそうだぜっ!)
 乱馬は静かに間合いを取り始めた。白虎と朱雀が二手に分かれ、前後から乱馬を牽制し合う。
「来いっ!勝負だっ!」
 乱馬は静かに甕布都の御剣を抜いた。その切っ先は、冷たく光り輝く。

「ふふ、小僧覚悟を決めたようだな。」
「今度こそ、この手で心臓を取り出してあげるわ。」

 間合いを取っていた二人は乱馬の周りをぐるぐると回り始めた。だんだんと勢いを増す。乱馬をじりじりと円心へと追い詰めてゆく。その円心で乱馬はひたすら「その時」を待っていた。

「死ねっ!」
 白虎の叫びと共に、朱雀も一緒に襲い掛かってきた。白虎の気炎と朱雀の焔が同時に彼を目掛けて飛び込んでくる。

「今だっ!!」

 乱馬は持っていた甕布都へありったけの冷気を込めて天空目掛け振り翳した。

「何っ?」
「うわあーっ!!」

 一瞬であった。乱馬目掛けて降って来る焔は、彼の放った冷気によって駆逐されてゆく。大地が慟哭した。激しく掻き乱された。
 いや、そればかりではない。凍った剣から放たれた豪気(ごうぎ)が迸(ほとばし)ってゆく。その向かう先に居合わせた朱雀の身体を、冷気の刃は容赦なく貫き通した。
「ぎゃああああーっ!」
 朱雀の断末魔の叫びであった。
 彼女は気に貫かれ、真っ逆さまに地へと転落した。
「朱雀ーっ!貴様っ!」
 相棒が斃(たお)れたのを見て、白虎が激しく怒声を張り上げた。
「生かしてはおかぬっ!」
 白虎は己の全身から気を昂揚させた。そして乱馬目掛けて繰り出した。
「まだ、終わっちゃいねーんだよっ!」
 乱馬は翳したままの甕布都の御剣を今度は両手で一刀両断に白虎が飛ばしてきた爆裂風へ向けて振り下ろした。熱気と冷気が渦巻くその空間に、激しい雷鳴が轟き渡った。目も眩むような黄金色の発光が振り下ろした切っ先から解き放たれた。

 ドオンッ!!

 その光は白虎の身体を一瞬で包んでいった。

「ぐわあああっ!」
 
 白虎の身体が激しく慟哭した。
「畜生っ!人間如きに、この白虎様がやられるなんて…。」
 天を仰ぎ見ながらどおっと地面へと沈んでゆく。

「勝ったか…。」
 乱馬は肩で息をしながら、その場へ肩膝を付いた。身体から流れ落ちる血が地面にボタボタと染みをつけていた。
 勝敗は決した。


三、

「玄武…。俺に回復魔法を…。」
 横たわった白虎が傍らで見物をしていた玄武へと最後の願いを乞うた。

「しまった…。回復魔法か。」
 鬼たちは回復魔法を使えたことを、乱馬は俄かに思い出した。
 だが、負った傷の深さからか、すぐに身体が反応できなかった。乱馬は微かに顔をそちらへと向けることしかできなかったのである。

 玄武はゆっくり上体を起こすと、右手を白虎の方へと差し向けた。彼は黙ったまま、掌を玄武へと差し向けた。
「へへ、ありがてえ。ちょっとでもおまえの気を分けて貰えれば、俺はまだ、戦える。あいつ一人を倒すことくらい造作ないぜ。」
 にんまりと白虎が笑った。
 だがしかし、終ぞ、玄武からは癒しの気は差し向けられなかった。
 玄武は微笑を口元へ浮かべると、白虎から反対に気を吸収しはじめたのだ。
 白虎の身体から蒼白い光が、玄武の掌の中へと吸い込まれてゆくではないか。
「うあああ…。玄武、な、何故だあ…。」
 白虎が声を絞り上げた。もがき苦しみ始めた。
「貴様っ!俺の気を吸収するつもりか…。玄武っ。やめろっ!やめてくれーっ!!ぐわあああっ!…。」
 白虎の身体が激しく発光したかと思うと、みるみる縮み始めた。
 彼だけではない。先に斃れこんだ朱雀に向けても同じように手を翳し、彼女の屍から残った気を吸い上げ始めたではないか。
 やがて、白虎も朱雀も、シュウシュウと音を発しながら、ミイラのように干からびていった。白虎はネズミくらいの獣に、朱雀はスズメくらいの鳥にその姿を変える。そしてやがて地面の土くれと同化するように砂塵に消えてしまった。
 その間中、玄武は笑みを浮かべていた。

「おまえ、朱雀と白虎は仲間じゃなかったのか?それを…仲間の力を横取りするなんて…。何て野郎だ。」
 乱馬はキッと玄武の方へと向き直った。

「仲間?ふん。そんなもの、持った覚えはない。」
 玄武は薄ら笑いを浮かべながら冷たく答えた。
「何て奴だ。仲間を虫けらみたいに…。」
「仲間など要らぬ。幽界は力のみが雌雄を決する世界。仲間でつるむなどとは笑止っ!所詮、こやつらは、私の肥やしにしか過ぎぬ。」
「けっ!心の底から腐った鬼野郎だぜ。てめえは。」
「ふん、雑魚どもの残った気を有効に利用してやろうというのだ。充分な優しさではないか。」
 玄武は冷徹な笑みを浮かべた。

「ふふ、おまえとて、もう闘う力は残っていまい。それだけの傷を受けたのだからな。」

「喩え満身創痍でも、貴様のような野郎には絶対に負けねえっ!」
 乱馬は真正面から睨みつけた。
「ふん!強がりを。良かろう。すぐに楽にしてくれるわ。死ねっ!」

 玄武が掌を乱馬に向けた時だった。二人の間合いに飛び込んで来た黒い影。

「乱馬っ!ワシの気、分けたるっ!」
 佐士彦だった。彼はいっぱいに広げた羽をばたつかせ、カアと一声天に向かって鳴いた。と、佐士彦の体内から発せられた淡い光が、乱馬へ目掛けて飛び移った。

「こ、これは…。」

 光の輪が乱馬を包み込んだ。柔らかで温かい感じが彼の身体へと瞬時に伝わる。全身に負っていた傷がふうっと消えていった。勿論、激しい痛みも同時に。

「ふん。愚かな。多少回復させたとて、死期が少し延びただけだろうに。」
 攻撃の矛先を一度収めながら玄武が吐き出すように言った。

 佐士彦は気を乱馬に与え終わると、再びカアと鳴いた。そして、みるみる彼の身体は小さく縮み始めた。やがて、人間よりも巨大だった体は、普通のカラスくらいの大きさに戻ってしまった。
「ワシの気を分けてやったんやからな。わかってると思うが、絶対に負けんなよっ!」
 立っている気力も乱馬に注いだのだろうか。それだけ言うと、彼はどうっとうずくまってしまった。

「傷は消えた。力も湧いて来た。佐士彦。ありがとうな。」
 乱馬は拳を握りながら斃れ臥した佐士彦に声をかけた。
「さあ、始めようぜ。玄武。最期の戦いを。」
 乱馬は静かに玄武の方へと向き直った。
「ふふ!無駄な足掻きを。」
「俺は負けねえっ!絶対にっ!!」

 彼らの対峙する向こう側に、赤く燃え上がった太陽が不気味に輝き始めた。日没は近い。



つづく




ちょこっと解説 その9
 バトルシーンについて。
 実は線引きした時は簡単にキャラクターのイメージだけを引いて、バトル内容まで詳しく吟味はしていませんでした。プロットを作った段階でもバトルについての記述は皆無。そう、行き当たりばったりで書き出しています。かなりいい加減な創作ですが、文章を書き連ねているうちに、不思議とバトルシーンが脳内に浮かんでくるのです。
 二次創作を始めた頃はバトルシーンを書き連ねるのは苦手でした。画像が脳内に迫り来る漫画と違って、文章で動きを書き出すのは、思った以上に難しいものです。
 そこで物言うのはやっぱり「想像力」なのかもしれません。私の場合は「妄想力」。これに尽きます。
 ストーリーの中に入っていけるタイプの物書きの私は、乗り始めると、情景が頭に浮かび上がって来ます。まだそれを自在に表現する力は充分ではありませんが、やっと、最近、バトルシーンを書き連ねるのが楽しくなってきました。
 勿論、この作品、やっぱり「乱馬」自身へ乗り移って書いた部分が多いのが一目瞭然でしょう。


(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。